第6話!
「それより、天空騎士隊が来たらユスフィアーデ姉妹を運んでもらいましょう。かなり具合が悪そうです」
「! はい、出血が激しくて……」
「ふむ……お前は?」
「私? 私は別に……。あ、でもまだマーファリーがどこにいるか分からなくて……!」
「マーファリー・プーラには途中で会ったです。彼女には登山で登ってくる騎馬騎士隊と魔法騎士隊の先行部隊をここに案内するよう頼んであるです。そうではなく、お前は?」
改めて聞かれる。
真っ直ぐな銀の瞳は私を見据えていた。
……私の心配……いや、確認よね?
そうよね、ハーディバルが私の心配するわけないし!
「私は大丈夫……」
「本当ですか!?」
「わっ!? な、何よナージャ!?」
「だって! だって黒竜様の生贄にされていたんでしょう!? 無事なわけがないですよぅ!」
……生贄。
あ、うん、まあ、確かに足に魔法で攻撃されて怪我したけど……それはウィノワールが治してくれたのよね。
――――……そうだ、私はウィノワールに助けてもらったのよ……。
どうして忘れていたの?
私の体から生えたような鎖。
それがウィノワールを操った。
その鎖は私の生命力でできていて、壊したら私は死んでしまうって……。
なのにその鎖は……今はない。
ウィノワールに頼んで壊してもらったんだわ。
「……ついでに、その黒い大きなドラゴンの卵は?」
「……これは……気付いたらあったのよね……」
ドラゴンの卵なの?
どうしてそんなものが私の体の上に浮いてるのかしら?
手で覆ってみるとずっしり重い。
ほのかに温かで、なんだか鼓動が聴こえるようだ。
「ワタシ、ウィノワール様が卵になるの見ました!」
「え! これウィノワールなの!?」
「…………『八竜帝王』やそれに連なる上位のドラゴンは、古い肉体を捨てる時、卵に転生すると聞いた事があるです。……そうか……だからお前の顔がやけにはっきり見えるようになったのか……」
「……は?」
「……お前一度死んだな?」
「え……」
……死んだ? 私が?
確かに、私は胸の鎖がなくなっている。
ウィノワールが痛みを感じる間も無く壊してくれた。
私自身が望んだから……。
私はあの時、死んだ、の?
「ウィノワール王が、息絶えるお前の体にご自身の生命力を全て注いで助けてくれたんだろう。卵に転生してまで、ドラゴンの王が人一人を助けるなんて信じ難いが……」
「…………ウィノワール……っ」
そんな!
ウィノワール、私のためにそこまでしてくれたの!?
卵を抱き締しめる。
なんでこんな、そこまでしてくれたのよ……!
私はちっぽけな人間なのに!
あんたドラゴンの王様でしょ!
「………………ありがとう……」
助けられてばっかりだ。
足の怪我は治してくれるし、生贄なんていらないって拒否ってくれたし、果てはこんな命まで……!
ここまできたら馬鹿じゃないの!?
ドラゴンの王様馬鹿じゃないのーー!?
お人好しすぎよ! 貧乏くじよ!
こんな、こんな大恩……私なんかがどう返せばいいっていうのよ……!?
「! ハクラ」
「ハーディバル! もしかして騎士団が!?」
「間も無く天空騎士隊が到着するはずです。地上からも騎馬騎士隊と魔法騎士隊の先行部隊が来ているです」
「……それは……」
「どうした?」
やっと戻ってきたハクラ。
でも、いつもの余裕のある表情じゃない。
カノトさんも立ち上がる。
なに? 空気が何か、おかしい?
「……クレイドルさんが、自分からレベル4の中に……」
「は?」
「父さんが……!?」
「しかもなんか変な呪文唱えながら……」
「……父さん……!」
「待て」
レベル4はハクラの攻撃で黒い靄を傷口から噴き出していた。
でも、今はそれがピタリと止まって……え?
…………ハクラが付けた傷が塞がってる……?
様子のおかしいレベル4に駆け寄ろうとしたナージャをハーディバルが首根っこを掴んで引き留めた。
そして、少し眉を寄せると制御の腕輪をハクラに放る。
「え」
「魔石を逆向きにしろです。補助器に変わる。僕はまだ体内魔力に余裕があるです」
「! ……ありがと……」
言われた通りに魔石を逆向きにしたハクラは、多分ハーディバルが普段蓄積している自然魔力を取り込んでいる。
私は体内魔力がそもそも少ないけど……補助器にこんな使い方があるなんて……。
というか、ハーディバルの制御器にそんな機能が!
「素体になっているのが竜人族なら、竜人の血を取り込みすぎです」
「……! まさか……! ……ごめん!」
「謝罪は行動で示しやがれです。少なくとも、現時点で『八竜帝王』クラスの力を持っているのはティルだけです」
「……ティル……、ごめん起きて! 疲れてるのは分かるけど、やばいんだ!」
え? え? なにがやばいの!?
レベル4の傷が治ったっぽいのは分かるけど、ハーディバルもいるんだしなんとかなるんじゃないの?
天空騎士隊も来るみたいだし……。
と、二人とレベル4を交互に見ていたら巨大怪獣がむくむくと形を変えていく。
それはまるで、レベル1がレベル4になるまで早送りで見せられた時のようだった。
ゴジーラ的だった寸胴な体から、首が伸びていく。
背中からは翼が生えて、靄のような体には鱗が覆う。
………………ちょ、ちょっと待って……。
鋭い牙。
大きな口に、長い舌。
目は六つも開き、鋭い爪が生える。
尾はより長く伸びて、先端は剣のよう。
黒い霧が身体中から噴き出し、それは瞬く間に私たちのいるコロシアムに降りてきた。
「ハクラ!」
「我らを守れ! ホーリー・シールド!」
ハクラがさっき作ったかまくら状の結界!
それが少しでも遅ければ、あの黒い霧に呑まれていた。
……あ、辛うじてターバストさんも結界内……。
「……うっ! クサッ!?」
「…………ハーディバル隊長……あれは、まさか……」
「……そのまさかですね」
霧は入ってこないけど、なにこのくっさい臭い!
夏場の生ゴミの日のゴミ置き場みたい〜!?
「……邪竜……」
誰かがそう呟いた。
……恐る恐る顔を上げる。
六つの目がこちらをジッと見ているんですけど。
嘘でしょ……? 邪竜? あれが?
同じ黒いドラゴンなのに、ウィノワールとは似ても似つかない醜い姿。
「ティル」
『……じかんかせぎしかできないよ? いまのぼくじゃ“じゃりゅう”をたおせない』
「うん、分かってる。自然魔力もないしね、この辺……」
「……せめて天空騎士隊が民間人を連れて逃げる時間くらいは稼ぎますか」
「! ハーディバル! ハクラ! 戦うの!?」
自然魔力も空間の淀みのせいで制限されている。
カノトさんはほとんどなくなってるって……!
そんな中で……いくら体内魔力が豊富な体質でも……普通の方法じゃあ倒せない邪竜の相手なんて!
「まあ、抗う術があるのは俺とティルだけだしね」
「僕は騎士なので」
「僕も戦います」
「ううん、カノトさんはもう自然魔力使えないでしょ?」
「引き続き護衛の任をお願いします」
「…………っ……分かり、ました……」
体内魔力がモノを言う状況。
……この場に体内魔力容量の多い二人がいるのは幸運なんだろうけど……。
邪竜は――邪神の部類に入るから人の扱える力の類では傷一つ付かない。
神に対抗出来るのは、神に牙向く事を許された幻獣族か、神竜の部類に達している『八竜帝王』、または半神半人である陛下だけ。
…………! 『八竜帝王』!
今私の腕の中にある卵はウィノワールが!
……でも、卵なのよね……?
「ん?」
あれ? ヒビが入ってる?
ギョロリと金の瞳がこちらを見ている?
は!? ……ちょ、まさか!?
『ピャアー!』
「産まれたーーー!?」
「なにが!?」
ばっきーん! って長い首が卵から出てきたー!
真っ黒な体の小さなドラゴン!
金と銀の瞳は、間違いなくウィノワール!
で、でもちっちゃーーい!
ティルくらいのサイズなんですけどー!?
『余の力が必要のようだな!』
「喋ったーーー!?」
「えええ!?」
しかもティルより流暢に喋ったーー!
「! ハクラ!」
「!」
轟音と凄い揺れがコロシアムに響く。
邪竜が私たちをロックオンして、コロシアムの壁に突っ込んできたのだ!
吐き出された紫色の唾液が建物を溶かす。
ちょおおぉーー、嘘でしょおおぉ!
伝説通りあれはヤバイ! めちゃくちゃヤバイわ!
あっという間に私たちのところまで到達するわよアレー!
「ウィ、ウィル! 記憶があるの!?」
『あるぞ。ニーバーナほど弱った状態で転生した訳ではないからな』
「え!? 記憶があるの!? じゃあ私の事も分かるの!?」
『分かるぞ。どうやら賭けは余等の勝ちのようだな』
「……賭け……」
私の事を助けてくれた事?
……そうね、私もあなたも無事……とは言い切れないけど、助かってるもんね。
でも……。
「状況は全然良くなってないんだけどね! むしろ悪化してるけどね!」
まさかあの状況からより悪化するなんて想像もしなかったわよ!
ハクラが肩に乗せたティルを宙へ飛ばす。
……そんな、さっきウィノワールと相撲取ったばっかりなのに!
「ハクラ・シンバルバが古の契約に基づき願い奉る。汝の真の名をもって、王の力をここに解放しろ! シルヴァール=ニーバーナ!!」
大きなドラゴンに姿を変えるティル。
それでも邪竜の方が大きい!
コロシアムを優に超える邪竜と、コロシアムの広場サイズのティルじゃ大人と子どものようだ。
鋭い爪が振り下ろされただけで、危うく叩き落とされそう。
『邪竜か……。また産まれてしまうとは』
「……恐らく数人の竜人族が素体となっているのでしょう。クレイドル氏は竜人族に流れるドラゴンの血の力を呼び覚ました。……それが邪竜の誕生を誘発したと思われるです」
『……哀れな……。……王の獣に喰われる前に、余が引導を渡してくれようぞ。幼きニーバーナの転生体ではアレには勝てぬ』
「……ニーバーナ……?」
あれはティルだけど……。
と、いうとナージャやハーディバルに変な目で見られる。
でもほら、カノトさんも不思議そうな顔してるし!
「……ウィノワール王、しかし、御身のお姿もティルと変わらぬように見えますが」
無視!?
しかもハーディバルがガチ敬語!?
あ、いや、ウィノワールは『八竜帝王』なんだっけ……そうか、偉いんだった。
『うむ、故にミスズの力を借りたい。ミスズ、余と契約をしておくれ。其方になら余は力を貸しても良い』
「え? 私?」
「は?」
「え?」
「……け、契約……!? 『八竜帝王』と……!?」
卵の中から首を傾げるウィノワール。
………………かわいい。
あれ? 爬虫類には興味ないのに……むしろ嫌いな部類なのに……!
誕生の瞬間を目の当たりにしたからなのかしら?
……かわいい!
じゃ、なくてー!
「契約って? さっきティルとしたみたいなやつ?」
『余の世話係になれ。その代わり、余は其方の望みを叶える手伝いをする』
「……えーと、それはご飯を食べさせたり体を洗ってあげたりって感じ?」
『そうだ。余はこの通り幼くなってしまった。力も赤子に戻ってしまったからな……其方が余と契約してくれれば、多少だがあのニーバーナくらいの力は戻る』
上を見る。
ハクラの呪文で大きくなったティル。
あのサイズに戻るって事……?
……まあ、あのサイズでもウィノワールは全然怖くなかったしな……。
「待ってウィル! ミスズは体内魔力容量が普通の人より少ないよ! ミスズと契約しても、ウィルの力は戻らない!」
と言うのは現在進行形でティルのサイズ維持のために魔力を削いでいるハクラ。
あ! そうよ、私の体内魔力は普通人より少ないのよ!
とてもじゃないけどハクラのようにティルをあのサイズにするなんて無理だわ。
今は魔力補助器もないし……。
「そ、そうね……お世話係になるのは全然構わないんだけど……」
『それは分かっておる。だが、余は其方が良い』
「えええ……!? な、なんで私!?」
『其方が気に入ったからだ』
「……ウィノワール……」
ふんわりと私の目線に浮かぶ小さなドラゴン。
真っ黒な体に、金と銀の瞳の幼くなった王様。
命の恩人にそこまで言われたら……、……い、いやいや、でも……。








