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side『とある少女の見てきたもの』


 ワタシの名前はアナスタシア・クレパス。

 フェレデニク地方、クレパス領の領主の娘として生まれた。

 母はワタシを産んですぐに居なくなる。

 どうして、どこへ……そんな疑問を抱く事もない程、母がいない事はワタシには当たり前の事だった。

 初めからいなかったのだから。

 そして父や兄や、父や兄に付き従う人たちがワタシを「劣悪品」や「不良品」、「出来損ない」や「恥曝し」と言うのも初めからだった。

 父はワタシを出来る限り視界に入れたがらず、唯一会話してくれた肉親の兄もワタシを蔑んだ目で見下ろしている。

 それが普通で、日常。

 窓のない狭い部屋がワタシのお城。

 一日をその部屋で過ごす。

 言葉は外から聞こえるものを聴いて覚え、時折、兄に屋敷の掃除を言い渡された時にメイドや使用人と少し、会話して修正した。

 そして、屋敷の仕事を手伝うようになってからワタシの母がどうなったのかを知る。

 ワタシの母は、出て行ったのだ。

 父は母を娶る前に番いを亡くし、生きる希望を失っていたらしい。

 そこへ兄が歳若い母を引き連れて来た。

 母は気の進まない結婚をして、ワタシを産んで、理想と現実に打ちのめされて出て行った。

 竜人はドラゴンのように一途な人が多いから、好きでもない相手との結婚はやはり苦痛以外の何ものでもなかったんだろう。

 そう、ワタシは最初からいらない子だったんだ。

 どうして産んだの。

 どうして最初から……。

 そんな疑問も浮かばないほど、ワタシにとって生活は当たり前のものだし、待遇もいつものものだ。

 それ以外をワタシは知らない。

 それ以外を知る事になったのは……父と兄に言われてユスフィアーデ家に潜入した時だ。


 優しい笑顔のお嬢様。

 優しくしてくれる領主様。

 厳しいけど、ちゃんとやればちゃんと褒めてくれるメイド長。

 初めて通う学校。

 初めての友達。

 初めての勉強。

 広くて陽の当たる部屋。

 ふわふわの、太陽の匂いのするベッド。


 ………………夢のような毎日。

 でも、ワタシには役目があるの。

 ユスフィアーデ家の血を引く者をクレパス家へ招くよう、促す。

 父さんと兄さんが何か画策しているのには気付いていた。

 でもその全貌までは知らない。

 ただ、偉大なる黒竜を呼び出し服従させる力がユスフィアーデ家の血にはある。

 だからそれが欲しい。

 そして、王都で邪気を集めてくる。

 なにに使うのかは、教わらなかったけれど……。


(ワタシは、ナージャ・タルルス)


 アナスタシア・クレパス。

 呼ばれた記憶のない名前は、ナージャ・タルルスという存在しない名前に上書きされて行く。

 異世界から間違えて人を召喚した時はもうダメだと思ったけど……みんなが庇って、守ってくれた。

 ワタシはみんなを騙してるのに……。




 レベル4の魔獣にユティアータが襲われた翌日、町は真っ白な結界に包まれた。

 でも町の中は不安や不満で満ちていて、勿論ワタシも……。

 定期報告も兼ねて、兄と連絡を取るべく中央区の下町……家と家の隙間の薄暗い場所に入り込む。

 ほんの少し奥には人が数人集まれる秘密の集会所がある。

 そこで兄の代理人の竜人に、報告をしたり兄の指示をもらったりするのだ。

 この時、さすがのワタシにも聞きたい事があった。

 あの魔獣は、なに?

 まさか……。

 待ち構えていた代理人へ、レベル4の魔獣について問いただす。

 けれど、返されたのは思っていた通りの答え。


「あなたが知る必要はないと思われますが、それでも知りたいのですか?」

「……………」


 ワタシが知る必要はない。

 確かにワタシは知る必要がないのかもしれないけど!


「で、でも……今回の事は……わ、ワタシも死ぬかと思ったし……」

「そういえばあのお方より言付けを預かっております。潜入が終わり次第、贄のお役目をあなたにお与えになるそうです。これは大変名誉な事ですよ」

「………………。……にえ……?」


 一瞬、何を言われたのか分からなかった。

 一年学校に通ったワタシは、全く理解出来ないわけでは無かった。


 ワタシは、生贄になるのか。


 不良品、劣悪品と言われてきたワタシの使い道。

 なんだかとても、あっさりと心の中に染み入った。

 分かりました、と頷いて、それ以上は知る必要がないのだと納得する。

 ワタシは死ぬのだ。

 お嬢様たちと同じように捧げられるんだ……。

 そう思うと、一人で死ぬわけではないと不思議な安堵感を覚えた。

 お嬢様たちからすればこの上なく迷惑な話なのに……。

 間者と別れて細道を戻る。

 すると、なぜか出口にハーディバル・フェルベール様が無表情で佇んでいた。

 喉が引きつる。

 冷や汗も出る。

 よ、よりにもよって……!


「え……あ……」

「アナスタシア・クレパス」

「………………」


 慌てふためきながら、このなんとも言えない状況の誤魔化し方を考え始めるよりも早く銀の瞳を細めたハーディバル様が……ワタシの本当の名前だったモノを呼ぶ。

 バレたんだ。

 すぐに分かった。

 ……でも、どこまで?

 まさか……全部……な、訳はないと思うし……。


「…………邪悪な魔力の気配がする」

「え……」

「お前の心は罪悪感で魔獣に片足を突っ込んでいるんだ。だから、魔獣の魔力に近付いている。……このまま真実を隠し、お前に対してなんの疑いも抱いていない者たちを欺き続ければ間違いなく魔獣になるぞ」

「…………」

「本当にいいのか? 彼女たちはきっとお前に騙されていたとしても、困った顔で許すだろう。お前が異界の民を誤召喚しても、お前を見捨てなかったように。そんな人たちを騙し続ける道で本当にお前は後悔しないのか?」


 持っていたカバンを、抱きしめた。

 一応、学校で必要なものがあったからと言い訳して出てきたから持ってきたカバン。

 これもお嬢様が買ってくれた物。

 喉が急にカラカラに渇く。

 ハーディバル様はずっと無表情。

 ワタシの心を見透かすように、普段のような冷淡なものとは明らかに違う声色。

 その声はどこまでも純粋に、ワタシの心に問いただしていた。


 本当に、いいの?

 お嬢様たちを、このまま騙し続けて。

 このままじゃお嬢様もユスフィーナ様も、ワタシと同じように偉大なる黒竜の贄になるのよ?


 ――死ぬのよ?


「お前の父親や兄君がどんな事を画策しているのか……騎士団では大凡把握している。これ以上加担するのならお前も処罰の対象になるだろう。……アナスタシア・クレパス、本当にいいのか? お前もお前の家族も、このままだと重罪人になってしまう……」

「………………」

「たくさんの人が傷付き、誰も幸せにならない。そんな未来で本当にお前は……」


 お嬢様たちが死ぬ。

 父さんや兄さんは重罪人になる。

 たくさんの人が傷つき、誰も幸せにならない未来。


 あ……嫌……そんな未来、嫌……嫌だ!


「ハーディバル」

「……、……ああ、やはり感じたですか」

「うん。……大丈夫?」

「問題ないです。……まあ、いつもの残滓のようなものです」

「そうか……。手がかりもなし?」

「ですね……」


 顔を上げると、道向こうからハクラ様とミスズが歩いてきた。

 このままこの二人にもワタシの正体をバラされるのだろうか。

 不安と恐怖でハーディバル様を見るけれど、彼は眼を閉じる。


「ナージャ、大丈夫? まーたこのドS騎士に虐められたんでしょ?」

「……え…………い、いや……別に、です……」


 そんなワタシをどう思ったのか、ミスズはワタシを気遣う。

 ハーディバル様は、確かに言葉が厳しい方だけど…………悪者はこの人じゃない。

 ワタシだ!


「…………………………。……僕は衛騎士隊の騎士塔に行くですが、お前らどうしたです」

「ミスズに魔力補助器の使い方教えようと思って」

「お前使った事ないだろう」

「うんまあ、そうだね」

「おおい!?」

「なら、騎士塔に付いてくるです? あそこなら訓練所も入っているから暴発してもどうにかしてやるです」

「ちょ……っ、コレ暴発するような道具なの!?」

「お前がさせなければしないです」

「うっ。……そういえばナージャはこんなところでどうしたのよ? なんか邪悪な魔力があったらしいけど」


 邪悪な魔力。

 ワタシの体から溢れ始めた魔獣の魔力……。

 そうか、ハクラ様もハーディバル様のように、ワタシの邪悪な魔力を感じてここに……!

 そんなにワタシは魔獣になりつつあるの?

 …………い、嫌……! 魔獣になんかなりたくない!


「……ワ、ワタ………………ナージャは……」

「確か近道していたんでしたっけ?」

「……!」


 そう誤魔化してくれたのは、ハーディバル様。

 まるでここでバラすつもりはないと言うかのように見下ろされる。

 ……どういうつもりなんだろう……?

 なんにしても、助かった……っ!


「……そ、そうなんですぅ……ここを突っ切ってくると最短距離なんですよぅ」

「だからってこんな狭くて暗い道よく通って来たわね。挟まったらどーするのよ」

「は、挟まりませんようっ!」

「そんなの今の内だけよ」

「……そりゃあ、ナージャはお前と違ってグラマラス美女に成長する予定ですからぁ? あっちこっちつっかえちゃうかもですけど〜」

「何ですってぇ!? どういう意味よ!」


 いつもの軽口。

 ワタシが誤って召喚したこの人は、ワタシを怒るし怒鳴るけど……いつもけろりと許してくれる。

 お嬢様やユスフィーナ様とは違うけど、この人も優しくてお人好しだと思う。

 ……なんだろう……ミスズはワタシと対等でいてくれる、ただ一人の人、みたい。

 話していると心が軽くなる。

 ……こんな人がワタシのお姉ちゃんだったらな……と、思うくらい……。


「……それより、僕らは騎士塔に行きますがお前はどうするんです? 付いてくるなら多少魔法について面倒見てやってもいいです」

「え!」

「……へぇ、いいじゃない、そうしましょうよ! あんた魔法使いになりたいんでしょう? ドS騎士の部下の魔法騎士もたくさん来てるみたいだから、勉強になるんじゃない?」

「…………………………そ、そうです、ね……」

「……ミスズって落差激しいって言われない?」

「は? 急に何よ?」


 ……魔法使いになりたい。

 それはワタシの、仮初めの夢。

 理由付で言っていた事。

 ユスフィアーデ家に潜入するための方便だ。

 なのに、ワタシはいつからか本当にそうなれたらいいのにと思い始めた。

 優しいお嬢様やユスフィーナ様の事を強い魔法使いになれば…………嘘を本当にしたら助けられるかもしれないと思ってしまったから。

 そんな事出来もしないのに……。

 事実、ほら、ミスズを誤召喚でこの世界に連れてきてしまったじゃない。

 ワタシには無理。

 無理なのよ………………。



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