第1話!
落ち着いて状況を整理しよう。
私たちは、レベル4の魔獣襲撃事件で亡くなった竜人族の人のご遺体を返しに竜人の郷の一つであるフェレデニク地方、クレパス領にやってきた。
そして、そこで領主庁舎に案内された。
領主に挨拶するのに、ユティアータの領主ユフィとその妹、エルフィ、そして護衛のハクラとカノトさんは領主室へ。
お付きの私とマーファリーとナージャ……とティルは別室に案内された。
うん、ここまではオーケー。
しかしなんでか……案内された部屋は唐突に真っ暗闇。
子どもでもさすがと言うべきか……ドラゴンのティルが魔法で火の玉を出してくれたおかげで、明かりが確保された。
その灯りを頼りにドアを調べたが内側からは開かない構造。
つまり、閉じ込められたらしい。
今ここね。
「……これが竜人族流のおもてなしなのかしら……」
「さすがにそんな話は聞いた事がありません……」
「そうよね……」
やだなー、脱出系ゲーム得意じゃないからほとんどやった事ないのにー。
こんな事なら好き嫌いせずやっときゃよかったかも。
がっくりうなだれつつ改めて部屋を見る。
石造りで何もない部屋。
さっきから大声で何度も外へ呼びかけているけど反応はない。
それに……。
「ナージャ、あんたは大丈夫?」
「………………」
「気分が悪いの?」
私とマーファリーの心配を完全に無視し続けるナージャ。
様子がおかしいのよね、昨日から……一体どうしたのかしら?
この暗闇でおかしくなった?
まだ子どもだもんね……そうよね、不安よね……。
『ねぇ、この“おへや”うごいてない?』
「え?」
『ほら、あそこの“かべ”がうごいてるよ』
「え!?」
宙を飛んでいるティルはさっきから何度も天井にぶつかりかけては降りてくるのを繰り返していた。
それで気付いたんだろう、見れば入り口とは反対の壁がゆっくり下へと動いてる!
な、なにこれ!
近付いて触ると、だんだん手のひらが下へ下へ滑る。
間違いなく動いてる!
「どういう事!? 部屋が動いてるの!? それとも壁が動いてるの!?」
「お嬢様、大変です!」
「うん! ……え!? これとは別件!?」
「別件です! 通信端末で連絡を取ろうとしたのですが、何かに阻害されて通信が開きません!」
「えええええ!?」
マーファリーと顔を見合わせたまま固まる。
部屋は相変わらずゆっくり動き、ティルは天井にぶつかりそうになるので私の方に降りてきた。
……いやいや、いやいや……。
「……ハーディバルが言っていたのってもしかしてこういう事なのかしら」
「そ、そうかもしれませんね……」
あいつの嫌な予感すごいな……。
気を付けろって言われたのにまんまと変な事になってるわ。
「これって捕まった感じ? 私たちどうなるのかしら?」
「ど、どうなるんでしょうか……」
所詮一般人の私たちには理解の範疇外の出来事。
むしろゲームや漫画の出来事に、よもや自分が巻き込まれるなんて。
「とにかく落ち着いて状況を見極めるべきよね!」
ゲームとかだと、主人公はなんとかして脱獄するモンだし!
「心強いです! さすがミスズお嬢様!」
『その“いけん”にはぼくも“さんせい”〜』
で、一時間くらい状況を見守った結果。
「もー、どーゆー事なのよ」
動いていた部屋の壁一面は唐突に鉄格子に変わった。
私たちはとんでもなくだだっ広い……コロシアムの広場のような場所が一望出来る牢屋の中に部屋ごと移動させられたようだ。
見た感じここと同じような牢屋が一定の間隔で設置してある。
これじゃまるでコロシアムで戦わされたりする獣の檻の中じゃない。
……やめよう、その想像は怖すぎるわ。
「それにしても……あれって魔法陣?」
学校の校庭より広い感じの広場には、真っ黒な小難しい感じの文字とか模様とかが描かれている。
私が習ったアルバニスの文字じゃないみたいだけど……。
「そうですね……文字はよく分かりませんけど、魔法陣には間違いないと思います」
『“くろ”い“もじ”だから『やみぞくせい』の“まほう”っぽいね』
「……なんか怖い……」
「そうですね。……見たところ、起動もしているようですし……」
魔法陣の黒い文字は薄っすら光っている。
光は少しずつだけど、強くなっていてるような……?
……ハーディバルじゃないけど、嫌な感じがする。
不安が掻き立てられるような、そんな感じ。
『! ねぇ、ミスズの“うでわ”がひかってるよ』
「え?」
ティルに言われて、腕にしていた魔力補助器の魔石が虹色に輝いているのに気が付いた。
今度はなに!?
ま、まさか爆発するんじゃ……!?
「本当です! ミスズお嬢様、これは……」
「ま、待って! マーファリー、一度離れて! 爆発の予兆だったら大変!」
「ええ!?」
私から距離を取るマーファリーとティル。
ナージャ、は元から離れている。
恐る恐る虹色になった魔石を指でつつくと……。
『気付くのが遅いです』
「わーっ!」
魔石から声が!
……あれ、でもこの声は……!
「ハーディバル!?」
『やっぱり何かあったんです? 予定の時間になっても帰ってこないし、連絡は取れないし……』
「そ、そうなのよ!」
なんで通信端末は使えないのに補助器からハーディバルの声がするの!?
という疑問は頭の片隅へと吹っ飛ぶ。
かくかくしかじか、私たちの現状をハーディバルに説明すると、深い深い溜息。
『ナージャ・タルルスはそこに居るです?』
「? ええ」
『何も言わないんです?』
「……どういう事?」
近付いてきたマーファリーとティル。
けれど、ナージャは壁に寄りかかったまま俯くだけ。
「……ナージャがどうかしたの?」
『僕が言ってもいいんです?』
「?」
ハーディバルの声は聴こえているのかな?
ナージャの表情が強張ったのが分かった。
どういう事? どういう意味なの?
なんか二人だけが分かる会話してない?
『……本当にそれで良いんだな? お前が選ぶのはその道で』
ハーディバルの声はナージャに問い掛けている。
まるで最終確認みたい。
ナージャの表情はより硬くなり、しゃがみこんで膝に顔を埋める。
縮こまってしまった。
……自分を守るみたいに……。
『……沈黙は肯定と受け取るぞ』
「ねえ、ハーディバル……なんの話をしてるの? 私たちにも分かるように言ってくれない?」
『……。騎士団はお前の誤召喚があってから、魔導書と同時にナージャ・タルルスについても調査していた。そこでナージャ・タルルスという人間が存在しない事を確認している』
「え?」
ナージャ・タルルスという人間が……なんですって?
『お前の側にいるのは本名、アナスタシア・クレパス。クレイドル・クレパスの息女で、ターバスト・クレパスの腹違いの妹だ』
「……アナスタシア……クレパス……?」
「ナージャが?」
この町の、ううん……この領地の、領主の娘?
ナージャが?
え? どういう事? 意味が、分からない。
どうして……。
『クレイドル氏はアルバニス王家に対して長年、反乱を企てている可能性が示唆され続けてきた。特にここ数年、国中で確認されていた『邪悪な魔力』の痕跡に関わりがあると考えられている。今の所明確な証拠などはないが、ユティアータに対するレベル3とレベル4の魔獣襲撃はクレパス領と無関係ではないだろう。僕が戦ったレベル3は竜人特有の魔法を使っていたし、レベル4の素体は竜人だった。……執拗にユティアータの領主に繰り返される不可解なターバスト氏の求婚もやはり何か裏があるんじゃないのか? 彼女の側に、名前を偽って近付いたアナスタシア・クレパスという存在が、それを裏付けているんじゃないのか? 何より、ずっと感じていた――ナージャ・タルルスという小娘から、嘘の匂い』
「…………」
予言の域に達しているハーディバルの『嫌な予感』は、その精度を身を以て体験してしまった。
そんなハーディバルがナージャに対してずっと感じていた『嘘の匂い』。
ナージャがこのクレパス領の人間なら……私たちをここに閉じ込めた奴らの仲間って事?
ターバストさんがユフィに求婚していたのが愛情からではなく、別な打算があったから?
アルバニス王家と竜人族はなんだか小難しい確執があるとは、聞いていたけど……。
は、反乱? それって……謀反よね? 明智光秀的なアレよね?
「ナージャ……何か、言い返す事……ないの?」
座り込んで言われたい放題になってるけど……、違うなら違うって言った方がいいわ。
だってほら、えーと……。
「……だって、あんた……全然竜人っぽくないじゃない? 鱗も翼も尻尾もないし……」
『竜人族の容姿は千差万別です』
「あ、そうか……」
レークさんみたいにまんま人間みたいな人もいるんだっけ。
……そうか、じゃあ、まさかナージャは本当に?
『その姿に生まれたから、お前は親兄弟に逆らえないのか? お前以外にも人のような容姿の竜人は存在する。そして、差別に屈する事なく胸を張って生きている。……誇り高きドラゴンの血を引いていながらそんな些事に囚われている方がおかしいんだ。お前は何もおかしくない』
「! ……そ、そうよ?」
私もそう思う。
私だって美人な方じゃないし、小学校の時は男子にブスブスドブスといじめられたものよ。
ハーディバルの言いたい事は分かるわ。
……うん、すごく……よく、分かる。
「ナージャ」
近付いて、ナージャの真ん前に座った。
震える肩。
私は……どう声をかけてやればいいのかさっぱり分からない。
分からないから……あの時のユフィとエルフィのように縮こまった体を抱きしめた。
ゆっくりと私を見上げる顔は、たっぷたっぷに涙を浮かべていて……よくまだ決壊しないものだと思わせるほど。
「……だって……だって、どうすればいいっていうの……! ワタシは、竜人族の長の一人の父さんや竜人族一強い兄さんとは違って……ただの人間! ……誇り高い竜人族として、こんな、劣悪品が……出来損いのワタシが出来る事なんて……!」
「な……」
「黒い竜の生贄になる事以外……一族のために出来る事なんて、そのくらいしか……ないの……!!」
抱き締めた小さな体が震えて、叫ぶ。
劣悪品? 出来損ない? い、生贄、だぁ?
何を言っているの? この子。
……その姿に生まれた事を言っているの?
は? 何よ、それ、意味分かんないわよ。
竜人っぽくないから?
それが、ナージャが劣悪品で出来損ないって言われる理由なの?
そんなのあり?
そんな事を理由にナージャを……自分の娘や妹を生贄にしようっていうの?
……………………殴る。
絶対一発ぶん殴る……!
散々嘘泣きは見てきたからこの子が……今、本気で泣き叫んでいるって……分かるもの……!
ここの領主、あと、ターバスト!
絶対ぶん殴ってナージャは私が引き取るっ!
「……あんた、私と違ってグラマラス美女に成長する予定なんでしょ?」
「……!」
「まあ、そうなの? じゃあ、その時はわたしにお化粧させてね。もっと綺麗にしてあげる」
「…………マーファリーさん……」
性格はムカつく小生意気小娘だけど、ナージャはちゃんと可愛い女の子だ。
決壊した涙の膜。
私に抱きつき返してくる事はないけど、それからしばらく声を押し殺して泣き続けた。
その間、ハーディバルの声は聞こえないし私とマーファリーは左右からナージャを抱き締める。
嘘泣きじゃない、ナージャの本気の涙。
その差くらい分かるわよ。
だってちゃんと涙が出てるし!
「……ご、めんなさい……」
どのくらい泣いたのか。
ようやく泣き止み始めたナージャが零した謝罪。
謝られるような事をナージャにされた覚えは……まあ、私はあるけど〜……今はその話は置いておいて。
「やっぱり何か知ってるの?」
「……ワタシはほとんど何も知らないです。でも、父や兄はユスフィアーデ王家の血を使って偉大なる黒き竜を呼び出し、ワタシを服従魔法の生贄にするって……」
「……黒き竜……? それは、まさか……!」
邪竜……?








