第10話!
翌日の昼御飯を食べてから、領主庁舎へ行く。
フェレデニク地方、クレパス領へは庁舎の転移陣を利用してご遺体を返しに行くんだって。
魔法騎士隊がいるから棺を乗せた台車ごと転送するそうだ。
マーファリーとナージャとともに、先に庁舎に来ているエルフィとカノトさんと合流する。
そして領主庁舎の一角には既に魔法騎士隊数人と、ハクラとユフィ。
あれ? ハクラがいる?
朝会って、ハーディバルに会いに行くって出て行ったけど……。
あ、ハーディバルも居たわ。
「俺も行く事になったから〜」
「え? 昨日ハーディバルと離れたくないから行かないって言ってたじゃない? ハーディバルも行くの?」
「町の護衛で来ている僕が町を離れるわけがないでしょう、バカです?」
「一言多い!」
しかも呆れた表情でこのやろう!
……けど……。
「でもならなんでハクラは一緒に来る事になったのよ?」
「うーん……まあ、ぶっちゃけ『竜人の郷』には前々から興味はあったんだよね。……行ける機会とか今後あるか分からないから、行けるなら行こうかなって感じ? ハーディバルにも頼まれたし」
「? 何を?」
「護衛だよ。カノトさん一人でも十分な気はするけど、竜人族から『騎士団の人間は郷に立ち入らせない』って言われたんだって。だから称号はあるけど正式に騎士団に所属しているわけじゃない俺が適任かな、って」
「騎士団関係者が一人も付いていかないのはさすがに問題です。本当なら出身者のレークやケイルに付いていかせるつもりだったですが……それも断られたです」
項垂れているレークさんと、顔が完全に蛇かトカゲのような巨体の人……。
あ、あれがケイルさん?
ひ、ひええ……! レークさんと違って全身茶色い鱗に覆われた二足歩行のどでかくていかついトカゲ!
し、尻尾があるぅ!
ほ、ほんとに竜人族って容姿が人それぞれなのね……!
「クレパス様は人間がお嫌いですからね……申し訳ございません、隊長」
「お前のせいではないです。それに、想定もしていた。……まあ、そんなわけで万が一の時はマーファリー、君にも護衛を前提に戦闘魔法の使用許可を出します」
「え!? わ、わたしですか!?」
えらい驚いたマーファリー。
この国、アルバニス王国では騎士、勇士、傭兵以外町中での戦闘魔法の使用は犯罪になる。
はずだけど……ええ、許可って……?
「使えるでしょう? パーティの時の知識を思えば初級のものくらいは」
「……は、はい……それは、まあ、一応……」
「自分の身を守る、あるいは、ユスフィーナ領主とエルファリーフ嬢の身の安全を確保するためならば使用して構いません」
「……あの、ハーディバル様? なぜマーファリーに、そんな、魔法の使用許可まで? わたくしたちはご遺体を返しに行くだけでしてよ?」
エルフィの言う通り。
ただご遺体を返しに行くだけなのに、なんでマーファリーに戦闘魔法の使用許可だなんて……物騒な。
それにハクラやカノトさんがいるんだから、マーファリーにまでそんな許可出す必要あるかしら?
「……勘です」
「勘?」
「勘です」
……か、勘……。
怪訝な顔になる私たちとは逆に、魔法騎士隊の騎士たちは表情が強張る。
その表情には緊張感が漂い、空気がピリつくほど。
ハクラまで腕を組んで真顔。
ええ……? ハ、ハーディバルの勘ってそんなにやばいの?
「……嫌な予感がするんですよね……」
「王都から応援を呼びますか?」
「いえ、ユティアータは僕がいるので大丈夫。嫌な予感はむしろ……」
ちらりと私たちを見るハーディバル。
明らかに臨戦態勢な感じの騎士たちに、私たちまで不安な気持ちになってくる。
や、やだな……ただご遺体を返しに行くだけなのに……。
「ハーディバルの『嫌な予感』ってランスロットさんの『騎士の第六感』より精度高いんだもん……やだなー。……まあ、とりあえず出来る事はやるけどさー」
「ちょ、めっちゃ嫌な事言うわね!?」
「騎士団やお城の中では有名だよ。ハーディバルの『嫌な予感』の精度。もはや予言の域」
「……え、えええ……!」
「具体的に何が起きるのかは分からないですが……まあ、そういう事なのでめちゃくちゃ気を付けて行って来てくださいです」
「わ、分かりましたわ」
さすがにそんな話を聞いた後ではユフィもエルフィも表情が引き締まっている。
カノトさんは変わり映えのない、ぼんやりとした無表情。
気を付けてって、なにに気を付ければいいのよ!?
「聖結界は引き継ぐです」
「よろしくねー」
「……ハーディバルも聖結界が張れるのね?」
「『光属性』は得意ではないので『闇属性』の無効化系結界に張り直しするです」
「え、別物なの!? 大丈夫なの!?」
「大丈夫、大丈夫。ハーディバルは安穏系の『闇属性』だから」
「……安穏系……?」
なんじゃそりゃ。
と、私が思いっきり訝しんだのでハクラが教えてくれる。
私の『土属性』とハーディバルの『土属性』は同じ『土属性』だが、私は植物へ影響のある植物系。
ハーディバルの『土属性』は大地の土を操る大地系。
このように同じ属性でも、影響を及ぼすものに違いがある。
他にも『水属性』は水を生み出したりする源泉系と、水を操る水操系、水の生き物に影響を及ぼす水生系があるんだって。
そして同じように『闇属性』にも系統があるらしい。
安穏系と、堕落系。
同じ『闇属性』なのに与える影響は真逆と言ってもいいその系統。
安穏系は人をその名の通り和やかな気持ちにして、落ち着かせたり穏やかにさせる。
堕落系は人を不安にさせ、悩みをより深刻にさせたり、混乱させたり、悪い方向へと影響させるもの。
ゲームでよくある闇のイメージは堕落系ね。
これは私の『土属性』のように生まれつきのものではなく、『闇属性』の魔力を持つ人間の心に大きく左右されるんだって。
ハーディバルは安穏系の『闇属性』……とても強い意志と、優しさの現れ。
うーん、普段の態度からは想像出来ないけど、やっぱりハーディバルって根っこの部分から騎士なのね……。
ハクラやティルのような『光属性』が好むのは安穏系の『闇属性』。
だからハクラたちはハーディバルの側が落ち着くし、好ましい。
対極の存在だけど、闇は光がなければ生まれないし光は闇がないと輝いていると分からないから。
コインの裏表のようにお互いを必要としている『光属性』と『闇属性』は他の魔力属性とはどうしても別格。
うーん、もう付き合っちゃえよ……お前ら……。
じゃなくて!
「つまりハクラの聖結界は邪気が生まれたらたちどころに浄化しちゃうけど、ハーディバルの聖結界はそもそも邪気を生み出さない感じの結界って事?」
「……まあ、そういう感じのものです。魔力の低い者は気が緩み易くなるので、長期間は出来ないですが……」
「なんにしてもレベル4襲来で不安になりやすくなってるユティアータの人たちには気が緩むくらいが丁度いいと思うけどねー」
まあ、それを言ったらそうかもねー。
ハクラの能天気っぷりにハーディバルは嫌そうな顔をするけど、私もその意見には賛成かもー。
「というわけで、ユティアータはお任せください」
「はい、よろしくお願いいたします」
「お気を付けて」
あ、いよいよか……!
魔車の台車に乗せられた棺の横に集まる。
ハーディバルが手のひらをかざすと、私たちの足元に転移の魔法陣が浮かび上がった。
眩い光。
思わず目を閉じる。
巨大な扉の佇む岸壁。
気付いたら、私たちはそこにいた。
こ、これがフェレデニク地方?
相変わらず一瞬で移動し終わるから「来た!」って感じがないわ〜……。
「ようこそ」
ナイスな感じの低音ボイス。
ハッと振り向くと、顔の半分が漆黒の鱗で覆われた黒髪の男の人が扉の前から歩み寄って来た。
背中には大きな黒い翼、黒く長い尾。
顔そのものは人に近くてイケメンなんだけど、肌も褐色で、瞳は金色……それも、爬虫類のようなあれだ。
……なに、この人……怖い……。
いや、容姿が、じゃなく……なに?
……怖い……。
「ユスフィーナ、会いたかったよ」
「……あ、ええと……お久しぶりですわ、ターバスト様。お元気でしたか」
「もちろん。人の子のように病など罹らないからね、我らは……」
「そ、そうですか……」
タ、ターバスト。
この人がユフィに求婚してる竜人族の王子様。
……フレデリック王子やジョナサン王子とは、なんか根本的に別物な感じだわ。
言葉がトゲトゲしい……。
「ご遺体をお返しにあがりました」
「ああ、これがそうだね」
「は……っ」
挨拶もそこそこにユフィが本題を切り出す。
ええと、この人に棺を渡せば要件は終わり、なのよね。
なんだ、ハーディバルが脅すような事言うからビビっちゃったけどあっさり終わりそうじゃない。
むしろユフィが求婚お断りする間もなさそう。
とか、思っていたらターバスト氏の腕がユフィの肩に回されそうになる。
それをカノトさんが素早く遮った。
「………………」
「失礼しました、棺はこちらです」
「……ああ……」
「…………」
ボッと赤くなるユフィ。
好きな人に、そりゃあんな至近距離であんな事されて庇われたらそりゃあねえ!
ひゃひゃひゃーん! カノトさんやっるじゃない! かっこいーー!
でもってユフィさんの代わりに睨みを利かせながら棺を押すカノトさん。
を、めちゃくちゃ睨んでるターバストさん。
きゃー! ユフィの奪い合いーー!
「ええと、それでは確かにお返しいたしましたので……」
「おや? まさかこのままお帰りになられるつもりですか? 領主庁舎で父が待っております。どうぞ、ご案内します」
どことな〜くねっとりとしたいやらしい感じの口調。
ユフィが困り果てた顔をしている。
というか……。
「え、ここフェレデニク領内じゃないの?」
「そ、そのようですわね……」
「ここはフェレデニク地方クレパス領に入る関所だよ」
始めて来たのは私だけじゃない。
エルフィもマーファリーも困惑気味。
その横でハクラが教えてくれた……ここはクレパス領への関所。
あの門の向こう側が、クレパス領。
門を囲む山のような岸壁を超えるのは普通の人間には無理そうだけど……。
「あのー、俺、ハクラ・シンバルバという者なんだけど」
「! おお、貴方が!」
あれ? ハクラが名乗り出た瞬間、ユフィの時より嬉しそうというか……テンションだだ上がりしたぞターバスト氏!?
「『八竜帝王』にドラゴンの森に立ち入る事を許されし英雄! 初めまして、私はターバスト・クレパス! ここ、クレパス領の領主、クレイバスの息子です! いや、お会い出来て光栄ですよ!」
「あ、ど、どーも初めまして……」
……大歓迎やないけ〜。
奥の門番のトカゲ人間みたいな竜人たちも目をキラキラさせてる〜。
ええ? ハクラって竜人の人たちにアイドル的な人気を誇るの? なんで?
ガシガシブンブンと握手した手が上下に揺れまくっている。
あのハクラが逃げ腰になるレベルのテンションって……。
「何か困ってるって聞いたんだけど……」
「ああ、はい。……実は数週間前から、領内の転移陣が使えなくなってしまいまして……。我ら竜人族は翼がある者も多いのですが、地竜族や鉄竜族の血を引く者は翼を持ちません故、不便を訴えられましてね」
「なるほど……。じゃあとりあえずご遺体を領主庁舎に移動させようか。カノトさんも、ご遺体のご家族に話をしたいって言っていたし」
「はい」
「ありがとうございます。ユスフィーナたちもこちらへどうぞ」
「……は、はい……それでは、その……お邪魔いたしますわ……」
なんというか有無を言わさずユフィに「寄ってけ」って感じね……。
でも、イメージしてたよりはまともな人っぽい。
……ただ、何かしら……怖い。
「ミスズお嬢様、エルファリーフお嬢様……大丈夫ですか? お顔の色が優れませんけど……」
「! ナージャ、ちょっとハクラ様を呼んできます」
「え? ナージャ!?」
どうやら怖いと思ってたのは私だけじゃなかったらしい。
ナージャがなぜか呼びに行ってくれたハクラが近づいてきて、私とエルフィの背中を撫でてくれる。
すると、怖くて少し震えていた体はあっという間に落ち着きを取り戻す。
マーファリーやナージャは平気そうなのに……?
「大丈夫?」
「あ、うん……」
「すみません、なんだか……」
「あれかな、魔力の低い人はドラゴンや竜人の人たちの高魔力による威圧感にやられやすいらしいから……あんまり怖くて動けないんだったら帰った方がいいよ?」
「い、いいえ! 大丈夫ですわっ」
「わ、私も帰りたい程じゃ……。でも、そんな事あるの?」
「うん。体内魔力許容量が多い人間と竜人の体内魔力許容量は同じくらいって言われてる。でも、その濃度は格段に違うんだ。魔法を使う時に収集した魔力を凝縮させるでしょう? あの時みたいに竜人の体内魔力は圧縮されてるんだ。だから濃度が人間の比じゃない。量も多いし、それが威圧感……怖いと感じるらしいよ」
「そ、それでなのね……」
そう聞くと、やっぱり竜人は半分ドラゴンなんだな、と思い知る。
ハクラよりも体内魔力が圧縮されて量もある、なんて……。
見るからに力も強そうだし……ユフィはよく平気ね……?
と、思ったら震えるユフィの横にカノトさんがピッタリくっついている。
なにあれぇ! いつの間にあんな距離感に……!
まさか恋愛イベント進行中!? 進行中なの!?
……あ、いや……もしかして……。
「ハクラが側にいると震えが収まるのは……」
「俺、魔力濃度も結構あるので緩和してまーす。マーファリーとナージャは魔法を嗜んでるから、高魔力濃度にはそれなりに耐性があるんだよ」
「魔法に覚えがある人が側にいれば、お嬢様たちは大丈夫ですよぅ!」
「それでハクラ様を呼んできてくださったのね……? ありがとうナージャ」
そうだったのか。
じゃあカノトさんがユフィの近くにいるのも……同じ理由?
カノトさんは風魔法の使い手って言われてる。
カノトさんの魔力耐性の方がユフィより圧倒的に高いから、ああして隣で竜人の威圧から守ってるのね……か、かっこいい!
「まあ、竜人の人たちも別に好きで威圧感放ってるわけじゃないんだ。さっき会ったケイルさんとか、本当は猫とか犬が大好きなのに体質的に威圧感放って逃げられまくる……とても可哀想なんだよ……!」
「そ、それは可哀想ですわ!」
「そ、それは可哀想ね……っ!」
「お嬢様、ハクラ、ユスフィーナ様たちが門をくぐってしまいましたよ。追いかけませんと」
マーファリーに言われて、用意されていた魔石車に乗り込む。
ここから山頂の竜人族の町『カルーパル』までこれで登るんだって。
王都で乗った人力車風のものとは違い、屋根も扉もあって細長い馬車みたい。
自動で進み始める魔石車からは外の断崖絶壁で、赤い土が氷柱のような鋭さで地面から突き出している殺伐とした景色が延々続く。
というか、ここは、道? 道なの?
魔石車は浮いているみたいなので、特に揺れもないけど……道っぽいものはない、わよね?








