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勇者な彼女と闇翼の黒竜!

〜登場人物〜



★水守みすず

現代日本人。

ストレス多めなスーパー裏方のパート従業員。

生き甲斐は乙女ゲームなどのゲームと少女漫画。

人生捨ててる今時のオタク。

ある日突然事故により『リーネ・エルドラド』に召喚されてしまう。

年齢24歳。

容姿、黒髪ボサボサを百均ゴムで一纏め。黒目。眼鏡。上下ジャージ。スニーカー。→胡桃色の髪と茶色の瞳。


★エルファリーフ・ユスフィアーデ

トルンネケ地方ユティアータ街の領主の妹。

純粋で優しいお嬢様で、みすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢19歳。

容姿、薄いオレンジの髪。碧眼。とても可愛い。

得意属性『風属性』


★ナージャ・タルルス

異世界『リーネ・エルドラド』へみすずを誤って召喚してしまった魔法使い(見習い)。

ユスフィアーデ家のメイド見習いとして働きながら王都の学校に通っている。

舌ったらずで話す、かなり“いい”性格の少女。

年齢13歳。

容姿、茶髪ツインテール。金眼。

得意属性『火属性』


★マーファリー・プーラ

ユスフィアーデ家で働くメイド。

過酷な境遇の経験と、それでも健気に働く前向きな性格からみすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢21歳。

容姿、灰色の髪、紫の瞳。美人。

得意属性『氷属性』


★ユスフィーナ・ユスフィアーデ

トルンネケ地方、大都市ユティアータを納める領主。

多忙ながらも妹やみすずへ気配りを忘れない、心優しい女性。

その分苦労も多く、アンニュイな表情が多い。

みすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢24歳。

容姿、薄いオレンジの髪、碧眼。美人。

得意属性『水属性』


☆ハクラ・シンバルバ

冒険者の少年。

『魔銃竜騎士』という世界で一人だけの称号を持ち、亡命者たちからは『アバロンの英雄』と讃えられている。

ホワイトドラゴンのティルを肩に乗せて連れ歩いていることが多い。

性格はかなりのトリ頭タイプ。そのくせ余計な事は覚えている。

年齢18歳。

容姿、黒と白の混色の長髪(大体三つ編み)、金眼。儚い系詐欺。

得意属性『風属性』『光属性』※その他全属性使用可能。


☆ハーディバル・フェルベール

アルバニス王国王国騎士団魔法騎士隊隊長。

王国始まって以来の魔法の天才と謳われている人外レベルの魔法使い。

性格は毒舌、ドS。ハクラに言わせるとツンデレ。

年齢18歳。

容姿、薄紫の髪、銀眼。表情筋が機能していないことの多い美少年。

得意属性『土属性』『闇属性』※その他全属性使用可能。


☆フレデリック・アルバニス(フリッツ・ニーバス)

アルバニス王国第一王子。

普段は国民に愛され、尊敬される王子然とした人物。普段は。

実際はナチュラルに鬼畜で腹黒く、子供っぽい。弟、ジョナサンへの溺愛ぶりはちょっと危ないレベル。

年齢不明(およそ二千歳)

容姿は黒髪黒眼の美少年。

得意属性は『氷属性』と『闇属性』と『火属性』※その他全属性使用可能。


☆ジョナサン・アルバニス

アルバニス王国第二王子。大雑把なようで意外と繊細な性格。口調は乱雑だが王族の中では最も常識人。

年齢不明(およそ二千歳)

容姿は黒髪黒眼の美少年。

得意属性は『土属性』と『闇属性』と『火属性』※その他全属性使用可能。


☆ランスロット・エーデファー

騎士団の団長と騎馬騎士隊隊長を務める大柄な男性。

おおらかな性格。声量が大きく、よく怒られているが実力は人外レベル。

年齢33歳。

容姿は黄土色の髪と瞳。


★レナ・ハルトン

ユスフィアーデ家、鬼のメイド長。きつめの美人で、みすずに『大人向け恋愛漫画ヒロイン』認定される。


☆アルフ・メイロン

王国騎士団騎馬騎士隊の副隊長を務めるランスロット直属の部下。ユルイ感じのおっさん。やる気ないというより過労気味。


☆カノト・カヴァーディル

とある地方のとある地方都市領主の分家の子息。

継母に家から追い出され、傭兵をしながら旅を続けている。

神速剣の使い手でアルバニス王国『三剣聖』の一人に数えられる実力者。

年齢24歳。

容姿は葡萄色の髪と瞳。

得意属性は『風属性』





落ち着いて状況を整理しよう。

私たちは、レベル4の魔獣襲撃事件で亡くなった竜人族の人のご遺体を返しに竜人の郷の一つであるフェレデニク地方、クレパス領にやってきた。

そして、そこで領主庁舎に案内された。

領主に挨拶するのに、ユティアータの領主ユフィとその妹、エルフィ、そして護衛のハクラとカノトさんは領主室へ。

お付きの私とマーファリーとナージャ…とティルは別室に案内された。

うん、ここまではオーケー。

しかしなんでか…案内された部屋は唐突に真っ暗闇。

子供でもさすがと言うべきか…ドラゴンのティルが魔法で火の玉を出してくれたおかげで、明かりが確保された。

その灯りを頼りにドアを調べたが内側からは開かない構造。

つまり、閉じ込められたらしい。

今ここね。


「……これが竜人族流のおもてなしなのかしら…」

「さすがにそんな話は聞いたことがありません…」

「そうよね…」


やだなー、脱出系ゲーム得意じゃないからほとんどやったことないのにー。

こんな事なら好き嫌いせずやっときゃよかったかも。

がっくりうなだれつつ改めて部屋を見る。

石造りで何もない部屋。

さっきから大声で何度も外へ呼びかけているけど反応はない。

それに…。


「ナージャ、あんたは大丈夫?」

「…………………」

「気分が悪いの?」


私とマーファリーの心配を完全に無視し続けるナージャ。

様子がおかしいのよね、昨日から…一体どうしたのかしら?

この暗闇でおかしくなった?

まだ子供だもんね…そうよね、不安よね…。


『ねぇ、この“おへや”うごいてない?』

「え?」

『ほら、あそこの“かべ”がうごいてるよ』

「え⁉︎」


宙を飛んでいるティルはさっきから何度も天井にぶつかりかけては降りてくるのを繰り返していた。

それで気づいたんだろう、見れば入り口とは反対の壁がゆっくり下へと動いてる!

な、なにこれ!

近付いて触ると、だんだん手のひらが下へ下へ滑る。

間違いなく動いてる!


「どういう事⁉︎ 部屋が動いてるの⁉︎ それとも壁が動いてるの⁉︎」

「お嬢様、大変です!」

「うん! …え⁉︎ これとは別件⁉︎」

「別件です! 通信端末で連絡を取ろうとしたのですが、なにかに阻害されて通信が開きません!」

「えええええ⁉︎」


マーファリーと顔を見合わせたまま固まる。

部屋は相変わらずゆっくり動き、ティルは天井にぶつかりそうになるので私の方に降りてきた。

…いやいや、いやいや…。


「……ハーディバルが言っていたのってもしかしてこういう事なのかしら」

「そ、そうかもしれませんね…」


あいつの嫌な予感すごいな…。

気をつけろって言われたのにまんまと変なことになってるわ。


「これって捕まった感じ? 私たちどうなるのかしら?」

「ど、どうなるんでしょうか…」


所詮一般人の私たちには理解の範疇外の出来事。

むしろゲームや漫画の出来事に、よもや自分が巻き込まれるなんて。


「とにかく落ち着いて状況を見極めるべきよね!」


ゲームとかだと、主人公はなんとかして脱獄するモンだし!


「心強いです! さすがミスズお嬢様!」

『その“いけん”にはぼくも“さんせい”〜』




で、およそ一時間くらい状況を見守った結果。



「もー、どーゆー事なのよ」


動いていた部屋の壁一面は唐突に鉄格子に変わった。

私たちはとんでもなくだだっ広い…コロシアムの広場のような場所が一望できる牢屋の中に部屋ごと移動させられたようだ。

見た感じここと同じような牢屋が一定の間隔で設置してある。

これじゃまるでコロシアムで戦わされたりする獣の檻の中じゃない。

…やめよう、その想像は怖すぎるわ。


「それにしても…あれって魔法陣?」


学校の校庭より広い感じの広場には、真っ黒な小難しい感じの文字とか模様とかが描かれている。

私が習ったアルバニスの文字じゃないみたいだけど…。


「そうですね…文字はよくわかりませんけど、魔法陣には間違いないと思います」

『“くろ”い“もじ”だから『やみぞくせい』の“まほう”っぽいね』

「…なんか怖い…」

「そうですね。…見たところ、起動もしているようですし…」


魔法陣の黒い文字は薄っすら光っている。

光は少しずつだけど、強くなっいてるような…?

…ハーディバルじゃないけど、嫌な感じがする。

不安が掻き立てられるような、そんな感じ。


『! ねぇ、ミスズの“うでわ”がひかってるよ』

「え?」


ティルに言われて、腕にしていた魔力補助器の魔石が虹色に輝いているのに気が付いた。

今度はなに⁉︎

ま、まさか爆発するんじゃ…⁉︎


「本当です! ミスズお嬢様、これは…」

「ま、待って! マーファリー、一度離れて! 爆発の予兆だったら大変!」

「ええ⁉︎」


私から距離を取るマーファリーとティル。

ナージャ、は元から離れている。

恐る恐る虹色になった魔石を指でつつくと…。


『気づくのが遅いです』

「わーっ!」


魔石から声が!

…あれ、でもこの声は…!


「ハーディバル⁉︎」

『やっぱりなにかあったんです? 予定の時間になっても帰ってこないし、連絡は取れないし…』

「そ、そうなのよ!」


なんで通信端末は使えないのに補助器からハーディバルの声がするの⁉︎

という疑問は頭の片隅へと吹っ飛ぶ。

かくかくしかじか、私たちの現状をハーディバルに説明すると、深い深い溜息。


『ナージャ・タルルスはそこに居るです?』

「? ええ」

『なにも言わないんです?』

「…どういう事?」


近づいてきたマーファリーとティル。

けれど、ナージャは壁に寄りかかったまま俯くだけ。


「…ナージャがどうかしたの?」

『僕が言ってもいいんです?』

「?」


ハーディバルの声は聴こえているのかな?

ナージャの表情が強張ったのがわかった。

どういう事? どういう意味なの?

なんか二人だけが分かる会話してない?


『…本当にそれで良いんだな? お前が選ぶのはその道で』


ハーディバルの声はナージャに問い掛けている。

まるで最終確認みたい。

ナージャの表情はより硬くなり、しゃがみこんで膝に顔を埋める。

縮こまってしまった。

…自分を守るみたいに…。


『…沈黙は肯定と受け取るぞ』

「ねえ、ハーディバル…なんの話をしてるの? 私たちにも分かるように言ってくれない?」

『…………。騎士団はお前の誤召喚があってから、魔導書と同時にナージャ・タルルスについても調査していた。そこでナージャ・タルルスという人間が存在しないことを確認している』

「え?」


ナージャ・タルルスという人間が…なんですって?


『お前の側にいるのは本名、アナスタシア・クレパス。クレイドル・クレパスの息女で、ターバスト・クレパスの腹違いの妹だ』

「…アナスタシア…クレパス…?」

「ナージャが?」


この街の、ううん…この領地の、領主の娘?

ナージャが?

え? どういうこと? 意味が、分からない。

どうして…。


『クレイドル氏はアルバニス王家に対して長年、反乱を企てている可能性が示唆され続けてきた。特にここ数年、国中で確認されていた『邪悪な魔力』の痕跡に関わりがあると考えらている。今の所明確な証拠などはないが、ユティアータに対するレベル3とレベル4の魔獣襲撃はクレパス領と無関係ではないだろう。僕が戦ったレベル3は竜人特有の魔法を使っていたし、レベル4の素体は竜人だった。…執拗にユティアータの領主に繰り返される不可解なターバスト氏の求婚もやはり何か裏があるんじゃないのか? 彼女の側に、名前を偽って近付いたアナスタシア・クレパスという存在が、それを裏付けているんじゃないのか? なにより、ずっと感じていたーーーナージャ・タルルスという小娘から、嘘の匂い』

「…………………」


予言の域に達しているハーディバルの『嫌な予感』は、その精度を身を以て体験してしまった。

そんなハーディバルがナージャに対してずっと感じていた『嘘の匂い』。

ナージャがこのクレパス領の人間なら…私たちをここに閉じ込めた奴らの仲間ってこと?

ターバストさんがユフィに求婚していたのが愛情からではなく、別な打算があったから?

アルバニス王家と竜人族はなんだか小難しい確執があるとは、聞いていたけど…。

は、反乱? それって…謀反よね? 明智光秀的なアレよね?


「ナージャ…なにか、言い返すこと…ないの?」


座り込んで言われたい放題になってるけど…、違うなら違うって言ったほうがいいわ。

だってほら、えーと…。


「…だって、あんた…全然竜人っぽくないじゃない? 鱗も翼も尻尾もないし…」

『竜人族の容姿は千差万別です』

「あ、そうか…」


レークさんみたいにまんま人間みたいな人もいるんだっけ。

…そうか、じゃあ、まさかナージャは本当に?


『その姿に生まれたから、お前は親兄弟に逆らえないのか? お前以外にも人のような容姿の竜人は存在する。そして、差別に屈することなく胸を張って生きている。…誇り高きドラゴンの血を引いていながらそんな些事に囚われている方がおかしいんだ。お前は何もおかしくない』

「! …そ、そうよ?」


私もそう思う。

私だって美人な方じゃないし、小学校の時は男子にブスブスドブスといじめられたものよ。

ハーディバルの言いたい事はわかるわ。

…うん、すごく…よく、分かる。


「ナージャ」


近付いて、ナージャの真ん前に座った。

震える肩。

私は…どう声をかけてやればいいのかさっぱりわからない。

分からないから…あの時のユフィとエルフィのように縮こまった体を抱きしめた。

ゆっくりと私を見上げる顔は、たっぷたっぷに涙を浮かべていて…よくまだ決壊しないものだと思わせるほど。


「…だって…だって、どうすればいいっていうの…! ワタシは、竜人族の長の一人の父さんや竜人族一強い兄さんとは違って…ただの人間! …誇り高い竜人族として、こんな、劣悪品が…出来損いのワタシができることなんて…!」

「な…」

「黒い竜の生贄になること以外…一族のためにできることなんて、そのくらいしか…ないの…‼︎」


抱き締めた小さな体が震えて、叫ぶ。

劣悪品? 出来損ない? い、生贄、だぁ?

なにを言っているの? この子。

…その姿に生まれたことを言っているの?

は? なによ、それ、意味わかんないわよ。

竜人っぽくないから?

それが、ナージャが劣悪品で出来損ないって言われる理由なの?

そんなのあり?

そんなことを理由にナージャを…自分の娘や妹を生贄にしようっていうの?

…………殴る。

絶対一発ぶん殴る…!

散々嘘泣きは見てきたからこの子が…今、本気で泣き叫んでいるって…分かるもの…!

ここの領主、あと、ターバスト!

絶対ぶん殴ってナージャは私が引き取るっ!


「…あんた、私と違ってグラマラス美女に成長する予定なんでしょ?」

「…!」

「まあ、そうなの? じゃあ、その時はわたしにお化粧させてね。もっと綺麗にしてあげる」

「……マーファリーさん…」


性格はムカつく小生意気小娘だけど、ナージャはちゃんと可愛い女の子だ。

決壊した涙の膜。

私に抱きつき返してくる事はないけど、それからしばらく声を押し殺して泣き続けた。

その間、ハーディバルの声は聞こえないし私とマーファリーは左右からナージャを抱き締める。

嘘泣きじゃない、ナージャの本気の涙。

その差くらい分かるわよ。

だってちゃんと涙が出てるし!


「…ご、めんなさい…」


どのくらい泣いたのか。

ようやく泣き止み始めたナージャが零した謝罪。

謝られるような事をナージャにされた覚えは…まあ、私はあるけど〜…今はその話は置いておいて。


「やっぱり何か知ってるの?」

「…ワタシはほとんどなにも知らないです。でも、父や兄はユスフィアーデ王家の血を使って偉大なる黒き竜を呼び出し、ワタシを服従魔法の生贄にするって…」

「…黒き竜…? それは、まさか…!」


邪竜…?

ユティアータに現れたあのおぞましい姿の魔獣たち。

あれの最終形態こそ、邪竜…!

その姿は漆黒の鱗に覆われ、周囲を腐敗させる瘴気を撒き散らしながら何もかもを喰らい尽くすという。

…ハーディバルがクレパス領主は国中で見つかった『邪悪な魔力』と関わりがあるって言ってたけど…それはつまり…イコール魔獣との関わりだ。

体が震えた。

だって、生贄って…。

色々繋がってきたら、相当怖い状況じゃない…!


「ユスフィアーデ王家の血…? それはまさかユスフィーナ様やエルファリーフお嬢様のこと⁉︎」

「…は、はい…大昔、ユスフィアーデ王家は召喚服従魔法という危険な魔法で戦国時代を生き抜こうとしたらしくて…父さんたちはその魔法を復活させるつもりみたいなんです。お二人の血を使って黒き竜を呼び出し、贄の血肉で服従させるって…」

「…っ…! …ハーディバル!」


補助器はうんともすんとも言わないけど、呼びかけると『なんだ、やっと泣き止んだです?』という冷静な声。

安定の鬼っぷり…。


「ナージャが教えてくれたの、ユフィとエルフィの血を使って黒い竜っていうのを呼び出すんだって! それで、ナージャは黒い竜の生贄なんだって!」

『………。そうなる前に着ければいいが…。…自力で脱出は厳しいです?』

「鋼鉄の檻の中なんです。わたしの魔法では…」

『ぼくの『ベビーファイヤーブレス』じゃあ、“てつごうし”はこわせないみたい』

『でしょうね…。……となると、方法は一つか…出来ればやらせたくはないが…』

「なに? なにか方法があるの⁉︎」

『その前に…ナージャ・タルルス…いや、アナスタシア・クレパスはお前たちの脱出に協力する意思はあるんです?』


くるり。

私たちが振り向くと、一瞬たじろぐナージャ。

そして握り締めた手をより強く握ると俯いた。

ええ? まさか…。


「ナージャ、あんた残る気? 生贄にさせられるとか言ってなかった?」

「…ワタシはそれしか価値がない、から…」

「何を言っているの! そんな事あるわけないじゃない!」

「そうよ、ナージャ…! この世界にはね、投げ出していい命なんて一つもないの! どんなに無価値だと言われても、意味なく生まれたと思っても…そんな命にも手を差し伸べてくれる人がいるのよ! なにより、本当に間近に死が迫った時に、必ず自分は生きたいんだと思い知るわ…! そんな風に諦めてはダメなのよ…‼︎」


…さ、さすがマーファリー…!

言葉の重みが私なんかとは違うわ…!

まさにヒロインの台詞…!


「……これ、持ってなさい」

「? これは…」

「一回だけだけど、必ず守ってくれるお守りよ」


マーファリーみたいにかっこいい事は言えないけど、自動的に一度だけ攻撃を無効化してくれるという魔法の入ったネックレス。

それをナージャの首にかける。

危なっかしいから、私よりナージャが持っていた方がいいわよね。


『………。…ミスズ』

「ん?」


……………。

え? え?? 今ハーディバルが私の名前を呼んだ…?

幻聴? 幻聴⁉︎


『空間の淀みが強くて転移魔法が使えない。けれど、騎士団は必ず助けに行く』

「! 騎士団来てくれるの⁉︎」

『…僕は安易な約束はしない。…安易にした約束がどれほど無責任なことかは分かっているから』


え、なに…突然重い話?

あんまり重い話が連続でくるのはつらいんだけど。


『僕は騎士だ…先行してでも助けに行く。だから、僕が行くまで諦めるなよ』

「……………」



ハーディバル…。



「………うん、分かった…待ってる…」


口は悪いし性格ひねくれてるけど、優しくて真面目なやつだ。

安易な約束はしないけど、助けに来てくれることだけは約束してくれる。

なんだろう…その言葉がとても安心させてくれた。

私はゲームの中のただのモブだけど、ハーディバルはそんなモブな私のことも助けに来てくれるって…そう言ってくれたから。

待ってる、信じてる。


「よし、とにかくここに居たらその黒い竜に生贄にされるんでしょ? ハクラたちと合流しましょう!」

「そうですね! …でも、どうやってここから出ればいいんでしょうか?」

『それにパパたちがどこにいるのかわかるの? ぼくは“たんさくまほう”つかえないよ』

「うっ、それもあったか…」

『それなら多分大丈夫。探索魔法ならハクラが使える。あいつがお前たちを探していれば合流は出来るはずです』


おお、なるほど!

…でも、それって探されてなかったら出会えないって事…。

い、いやいや、考えない!


『それより、その場から逃げる覚悟が出来たなら魔力補助器の魔石を右に回せ』

「え? これを?」


補助器には親指の第一関節くらいの六角形の白い魔石。

これを右に回す?

えい、くるっとな。


「!」

『わあ! ハーディバルのまりょく〜』


白い魔石が虹色に変わる。

すると大人しかったティルが大喜びで羽ばたいて来た。

なに? 補助器から虹色の光のつぶつぶが溢れて…!

これ、まさか魔力?


『リミットを外した状態です。それで僕の集めた魔力が使い放題になるです。その状態でティルと仮契約すれば、ティルは王の力を使えるようになるです』

「??? え? なに? どういう事?」

『そっかー、それならここからでてパパをさがしにいけるね〜! ミスズ、かりけいやくしよう!』

「王の力? …そのドラゴン、本当に何者なんですか?」

「ちょっ、待って待って、私置いてけぼりになってるから!」


もう少し詳しい説明プリーズ!


『言葉通りです。ティルの持つ王の力を引き出せるようになるという事。本来なら、正式な契約者であるハクラしかティルの力を正しく引き出すことは出来ない。魔力の相性もあるし…。…けど、お前を媒介にして僕の魔力をティルに与えるです。そうすればそこから逃げ出せるくらいの戦力は確保できる、という事です』

「…ちょ、ティルって何者なんですかっ! やっぱりただの赤ちゃんドラゴンじゃないですよねぇ⁉︎」

『お前の質問には答える義理ないです』

「ううううー」


…相変わらずナージャには粗塩対応。


「ティルは何者なんですか?」

『ぼくはティルだよ〜』

「……………」


諦めてナージャがティルに詰め寄る。

が、ティルは呑気な声色で当たり前のことを答えた。

それに謎のショックを受けた顔のナージャ。

えええ…? 今ショック受けるところあった?


『ティル、仮契約の事、構わないです?』

『うん、ハーディバルのまりょくたくさんたべていいんでしょう?』

『いいですよ』

『うわぁい!』


たべ、食べ…?

いや、それより今の補助器がハーディバルの魔力を使い放題なら…。


「私が魔法を使えるとかではないのね?」

『マーファリー・プーラ、言ってやれです』

「はい、お嬢様…知識もなしに魔法は使えません。それは事故のもとです」

「…ですよね」


そんな師弟でサウンド否定しなくても良くない…?


「でも、どうするの? その、仮契約って」

『ミスズ、“て”をだして』


ティルに言われて右手を差し出す。

すると手のひらにティルがキスをした。

え、と戸惑っているとその場所から手の甲へ光の輪っかが浮かび、それは私の手をすり抜けて光の紋章を現す。

あ、これ…王都のゲートにある門の紋章…。

光の魔力を現す紋章って習った!

その紋章は私の右手の甲へと戻って定着する。


『かりけいやくかんりょう〜』

「え、これで終わり?」


なんか呪文的なものを言うと思ったけど違うんだ。


「コソコソと一体なにをやっている?」

「!」


なんにしてもこれで脱出できる!

気合を入れ直そうとした私たちに、低い男の声が投げかけらた。

ナージャの肩があからさまに跳ね上がり、マーファリーが私の前に立つ。

鉄格子の外にはお供の竜人兵を連れた黒髪の竜人…ターバスト!


「兄さん…」

「ふぅん、報告では幼竜が共にいると聞いていたが…成る程、美しい。まさに完璧な生き物の姿…! 来い、俺が乗り物として飼ってやろう」

『…あのひとなにをいってるの?』

「え」


なにを偉そうに…とムッとした私とは違い、イノセントな瞳がイノセントに疑問をぶつける。

お、おおおぉ、こ、これは痛い!

ガチな純粋疑問をぶつけられると偉そうにしていた人はとても痛々しい人になってしまうのね!

唐突に哀れな人と化したわねターバスト!


「…言葉を…⁉︎」

『パパにあいにいこー! ファイヤーブレス‼︎』

「っ!」


マーファリーを通り過ぎ、ターバストたちの姿などあってないものの如し。

頭の中は大好きなパパの事だけなのね…。

ティルの吐き出した猛火で鉄格子は一撃で溶けて消えた。

は、はわわわわわ…!


「な、なんだこの火力は!」

「幼竜の吐き出す炎じゃないぞ‼︎」


ですよね!

…こ、これがハーディバルの魔力?

これがティルの…王の力?

よく分かんないけど飛躍的パワーアップ過ぎない⁉︎

竜人兵もおののくこの火力!


「…純金の瞳…五本の指爪、白銀の鱗に、四つ又の角…いや、まさか、そんなはずは…」

「なにをぶつくさ言っている!」

「タ、ターバスト様…しかし、まさか…あの幼竜は……ぎ、銀翼の…!」

「⁉︎ 馬鹿を言え! 伝説の白き竜がこんな場所にいる訳があるまい! …! あの腕輪が幼竜に魔力を与えているのだ!」

「げっ!」


秒でバレた!

これだけきらきら魔力が溢れてたらそりゃバレても仕方ないかもだけど…。


「…………」


こ、こう言う場合ゲームでは誰かが囮になってヒロインを逃すのよね!

となると、この役目は…。


「マーファリー、ナージャを連れてハクラたちと合流するのよ! 私があいつらの注意を引きつけるからその隙に逃げて!」

「⁉︎ 出来ません、ミスズお嬢様! お嬢様を置いていくなんて…」

「大丈夫、私にはホラ、ティルが居るし! マーファリーが逃げてハクラたちを連れて助けに来て。信じてるからね!」

「っ」


ヤベェ、ヒロインをカッコよく送り出す私、役得じゃない? カッコよくない? 決まったわよね?

これでマーファリーとハクラの絆が深まってフラグが立ったりして?

その場面を覗き見できないのが唯一悔やまれるところだわ!


「必ずハクラを呼んできます!」

「うん、頼んだわよ!」


マーファリーは魔法が使える。

魔法の封じられているナージャを守るのはマーファリーに任せよう。

それに、なんかティルが竜人兵にめちゃくちゃビビられてるからなんとかなる、と、いいな!

大剣を構えたターバストが私をジロリと睨む。

怖い顔……でも、迷っている時間はないわ。


「ティル! マーファリーたちを逃すわよ!」

『うん、わかった! ファイヤーブレスー!』


わー!

凄まじい猛火にターバストと竜人兵たちが慌てて更に後ろへと下がっていく。

その隙にマーファリーとナージャが壁に伝うように走り出した。

二人の竜人兵がターバストに「追え!」と叫ばれてマーファリーたちを追いかけるが、マーファリーは素早く何かを唱えて魔法陣を作る。

すると追おうとした竜人兵の足元が凍り付いて…見事なすってんころりん!

なにあれ! ギャグ⁉︎

しかも滑りまくって立てなくなってるし!


「馬鹿者! 翼を使え!」


ターバストのごもっともなご指示で翼をはためかせて飛び立つ竜人兵。

その翼をティルが火球を飛ばして狙い撃った。

え、すごいこの子、こんなこともできるの⁉︎


『おんなのひとをねらうの、かっこわるいってパパたちがいってた』

「そーよ! そーよ! 男の風上にも風下にも置けないわよ!」

「おのれ…!」

「ヤバ!」


大剣を構え直したターバストが勢いよく、私たちへと飛び込んできた。

飛んでるティルは華麗に回避するけど、二本足の私には到底避け切れる勢いではない。

そこはティルの火球がターバストを制しようとしたが、相手は竜人。

手のひらを私の腕へと向けたと思ったら、ティルのように火球が飛んできた。


「きゃあああ!」

『あ! ミスズ〜!』


パリン!

やたら大きく響く音。

左手に付けていた魔力補助器が、狙われた!

見事に壊れて地面に散らばる補助器の残骸。

右手の甲に浮かんでいたティルとの仮契約の紋章も消えていく。

…こ、これは…。


「その腕輪が幼竜に魔力を与えていたのだろう?」

「うっ」

『ミスズ、さがって!』

「ふん!」

『! わああ!』

「ティル!」


私を庇おうとしたティルは、ターバストの大剣の剣圧で吹き飛ばされる。

壁にぶつかってずり落ちたところをすぐに竜人兵に捕まってしまう。

こうなれば私は丸腰だ。

一歩、二歩と後退りしたところで逃げ場はない。

わ、分かっていたけどこのタイミングで助けに来てくれるとか、ないよね…?


「儀式の準備は整った。後は偉大なる黒き竜への贄のみ。貴様の血肉でもって、我等は黒き竜と契約を交わす。来い」

「! …はい、わかりましたなんて、言う訳ないでしょ! 嫌よ!」

「ふん」


ハーディバルと約束したの。

諦めないって。

あいつは安易な約束はしない。

だから必ず助けに来てくれる。

でも、私の足に向かってさっきの火球魔法を放つターバスト。


「うああぁぁ!」


地面に倒れる。

い! いっ…!

言葉にな、ならない程…痛い!

更にこの下衆の極みは私の髪を鷲掴み、ズルズルと広場の魔法陣の中心へと引き摺る。

髪がぶちぶちと音を立てるがターバストの歩は一切揺るぎない。

い、痛い痛い痛い! ほんとに、痛い!

地獄のような痛みが足からも頭からも…!


「あう!」

「クク…下等種族はそこで這いつくばるのが似合いだな…」

「………うっ…」


放り投げられて、そんな言葉を投げられて…ようやく頭の痛みから解放されたのに…起き上がることもできなくて…。

頬を伝う血は…頭からだ。

でも、足の方が痛い。

熱いし、皮膚が爛れて…これじゃ立って逃げるなんて、無理…。

体の下…広がる魔法陣の文字がどんどん光を強めていく。

これは、魔法が発動しようとしているってこと、だと思う。

逃げないと…ターバストの言う通りになる。

黒き竜…邪竜の生贄なんて…ぜ、絶対嫌。

死にたく、ない!



『諦めるな』



…約束したの、ハーディバルと。

あいつは助けに来てくれる。

だから、私は…上半身だけ起こして、腕を曲げ、前へと少しずつ進む。

匍匐前進…にもなってないけど…うう、足が…擦れて…と、とんでもなく痛い!

でも逃げなきゃ…逃げなきゃ死んじゃう!


「…はぁ……はぁ…」


痛い、痛い、痛い…!

なんで私がこんな目に…。


「……………」


悔しくて痛くて涙が出る。

誤魔化す事もできず、せめて、と上を見上げるとそこには半透明な球体に閉じ込められた…ユフィ?

私の方を見て必死に叫んでいる。

目が合って、ユフィが目に涙を溜めて球体を中から必死に殴っていたのに気がついた。

え? ユフィが、捕まってるの⁉︎



ーーーユスフィアーデ王家の血を使って偉大なる黒き竜を呼び出し、贄の血肉で服従させる…。



ユスフィアーデ王家の血。

それは、まさか…。


『ーーーー!!!!』

「ユ、ユフィーー!」


魔法陣の輝きが強くなった瞬間、ユフィの囚われていた球体は回転し始める。

ここから見てもわかる程、球体は鋭い棘を全体に生やした。

それでユフィは全身を切り刻まれる。

な、なんて酷いことを!

球体の回転で、棘からユフィの血が魔法陣方へと飛び散る。


「や、やめて! やめてよ! ユフィ! し、死んじゃう!」


あんな事されたらユフィ! ユフィが…!



「ユスフィーナ!」


球体を真上から真っ二つにした閃光。

深い緑色のマントが翻る。

…あれはーーカノトさん…!

カノトさんがユフィを刺々の球体の檻から助け出してくれた…。


「……………」


でも、安堵感は一瞬で消え失せる。

魔法陣が目も眩むほど光を発したのだ。

一瞬目を瞑って、次に目を開けた時どこからともなく私の真上には強大な胴体があった。

煌びやかな漆黒の鱗。

鋭い爪。ビルみたいな脚。

全体像なんて把握できない巨大ななにか。

ユフィを抱えたカノトさんが突然現れたそれにぶつかって魔法陣の外まで転がり落ちていく。

でも、怪我をして動けない私はただ、その得体の知れないものを見上げることしか出来ない。


……これは、なに?



『…んぐ…、せ、狭い』


何か聴こえた。

と、思ったら、その得体の知れないモノは黒い靄になる。

それはすぐに晴れ、私の真横に別な黒が現れた。

黒いロングマント。

漆黒の髪と、金と銀の色違いの瞳。

不思議な衣装のとんでもない美形のお兄さん。

頭の中がどれを最初に処理すればいいのか、わからない。


「…なんだ、ここは。其方なにか知っ……怪我をしているな?」

「……え? あ、は、はい…」


少し拗ねたような表情をした後、私の方にしゃがみ込んだ美形なお兄さんは頭から流れた血に眉を寄せた。

それから手をかざして「治してやる」と言う。

へ、と声を出す間も無く、お兄さんから暖かな光が私の体を照らす。

あ、これ、知ってる…ハーディバルやハクラが私の足を治してくれた時の暖かさ…。


「まだ痛むか?」

「………い、いえ…大丈夫みたいです…。ありがとうございました…」


あっという間に脚も頭も痛みは消えた。

特に足を見れば、あれだけの火傷が跡形もない。

すごいなこの人!


『ウィノワール王! その娘は王への捧げものですぞ!』


広場に響く聞き覚えのないおっさんの声。

誰かはわからないけど、内容を思うにターバストの仲間だわ。

お兄さんは嫌そうな顔をしながら私に手を伸ばして「立てるか」と気遣ってくれた。

その手を素直に掴む。

引き上げられ、立たされる。

うん、痛みはない。


「血肉は好かぬ」

『な! …で、ではなにをお望みか…⁉︎ 何を捧げれば、我等にそのお力をお貸しいただける⁉︎』

「……。姿も見せず、余をこのような狭い檻に閉じ込め、この世界の民ですらない娘をあのように無体な姿で転がし、あまつ、余に力を貸せと? 呆れて物も言えぬな」

「………」


…じ、事態がまるで飲み込めないわ。

でも、この人もこの魔法陣に閉じ込められている?

確かにこの響く声…偉い人っぽい相手にものを頼む態度じゃないわよね。


「…あの…?」

「余か? 余はウィノワールという」

「ウィノワールさん…。私はみすずといいます。あの、怪我を治してくれてありがとうございました」

「良い、気にするな。この世界の王の一人として、其方のような異界の者に無体を働いた事を謝罪しよう。すまなかったな」

「…この世界の、王様…?」


の、一人?

首を傾げる。

王様?

ウィノワール…うん、どこかで聞いたことあるな?

………確か…ええと…。


「……………。…ウィノワールって…は…『八竜帝王』…『闇翼のウィノワール』…?」


『八竜帝王』最強の?

いや、まさかね? あははははははは?


「ほう、余のことは知っておるのか」

「え、嘘本物?」

「如何にも」


バサァ、と漆黒の闇の翼が広がる。

普通の、ドラゴンの翼ではない。

口元が引きつる。

ドラゴンの翼の形をした闇。


「余こそ、八竜帝王の長ウィノワール」

「ううそ!」

「ドラゴンは人を謀ったりはせん。本来の姿ではこの檻は狭すぎて身動き取れぬ故、致し方なく人の姿に化けた。本意ではないが人の身の丈の方が見晴らしが良い事もある」

「………」


……………マ、マジで?

ほ、ほんとに…『八竜帝王』の…ドラゴン?

漆黒の鱗で全身を覆われ、闇の翼を持つ『闇翼のウィノワール』は、五本の指と四つ又の角、金と銀の瞳を持つ。

穏やかな気性で争いごとを好まないが、その力は『八竜帝王』の中で最も強大。

それ故にリーダー的な存在…。

…と、習ったような…。

……………うん、特徴割と当てはまってるわ。

頭に二つ割れした二本の角。

金と銀の色違いの瞳。

闇の翼。


マジで?


『ウィノワール王! 非礼はお詫びします! ですからどうか、我等にその偉大たるお力をお貸しください! この国を牛耳続ける忌まわしき獣の王…アルバート・アルバニスを打ち倒し、大陸を取り戻すのです! そして、王の眷属たる我等竜人族を王のお膝元へとお返し下さい‼︎』

「やはり竜人族か…。断る。争いも好まぬ」

『王! 何故です⁉︎ この大陸は元々我等ドラゴンの地! 人など滅ぼし、我等の大地を取り戻しましょう‼︎』

「………。あれは余の話など聴く気がないと見える…。弱ったな、穢れを知らぬ純潔の乙女の血は拘束力が半端ではない。力づくで出ても良いが、条約に違反したことになりかねぬ…」

「!」


穢れを知らない、乙女のーーー…。

ユスフィアーデ王家の血を使って偉大なる黒き竜を呼び出し…。

ユフィの血で呼び出された、偉大なる黒き竜…。

黒き竜って『闇翼のウィノワール』の事かぁぁぁーー!

…ユフィの血で呼び出されたなら、このドラゴンの王様を縛り付けてるのは……。


私の血…。


「ご、ごめんなさい!」

「ん?」

「…そ、それ、わ、私のせい、かも…」

「…………」


私の血…さっきターバストに足を焼かれ、髪を引っ張られて流れた血のせい、かも。

それを説明すると、真顔で「成る程」と言われてしまう。

あ、あああ、やっぱり私のせいかぁぁぁ…!

怪我を治してもらったのに…最悪…恩を仇で返したようなもんじゃない!


「だが、其方のせいではないさ。其方に怪我を負わせた者が悪い」

「………」


…優しい。

それに、怖くない。

どうしてだろう?

この人も爬虫類みたいな瞳なのに…。

ターバストに会った時、怖くて身が縮み上がった。

でもこの人…いや王様ドラゴンは全然怖くない。

……安穏系…『闇属性』…。

パッと顔を上げる。

そうか、この人が怖くないのはハーディバルと同じだから…。


「だが、一つ頼みごとをしても良いか」

「は、はい! なんでしょうか!」

「余はあまり力づくというのは好まぬ。余が力を使う事で、不可侵条約に違反したことになる心配もある。…そもそも余が人の世に居るのがすでに良い事とは言えぬ。…アルバニス王家の者達に、余が本意ではなく呼び出されてここに居ることを伝えに行ってはくれまいか」

『ウィノワール王!』

「…あの小煩い小物が無益な争いを始める前に、其方はここから逃れ、このことを王家の者達に…。頼む」

「…わ、分かりました!」


な、なんてまともな王様なの…!

広場に響く声の主がまさしく小物に見える大器っぷり!

王様ドラゴンは恩人でもあるもの、頼まれたからには早く助けを呼びにいかないとよね。

さっきカノトさんがユフィを助けてどこかに落ちたような?

まだ近くにいるかしら?

辺りを見回すと、横たわったユフィにカノトさんが光を当てているのを見つけた。

多分治癒魔法だわ。

『風属性』は治癒魔法もあるって習ったし。

よし、まずはカノトさんと合流してユフィの容態の確認ね!

それからハクラたちも探して、マーファリーたちのことも助けに行って…。


「わっ!」


やるべき事をあれやこれやと考えていたら突然後ろに…王様ドラゴンの方へと体が引っ張られた。

奇妙な感覚に驚いて振り返ると、私の胸の部分から半透明な鎖が伸びている。

ギョッとしたけど、その鎖の先が王様ドラゴンの首や体を絡め取っていて青ざめた。

う、うそ…! そんな、まさか…!


ーーー贄の血肉で服従させる…。


ナージャの言っていた事が頭をよぎる。

そうよ、魔法陣はちゃんとユフィの血を吸収していたわ。

じゃあ、なぜ私の胸からこんなわけのわからない覚えもない鎖が伸びて王様ドラゴンの体に巻きついているの?

…私の足の怪我…そこから流れていたーーー血!

それは、どこへいったの?

口を覆って、過ぎった考えに身が震えた。

純潔の処女の血。

そ、そうね、私は彼氏なんかいた事ないわけで…!


「っ!」


王様ドラゴンの表情が苦痛と怒りに歪む。

その身が黒い靄が包み、靄は翼の形へと変わっていく。

金と銀の瞳が真っ赤に染まり、闇の翼が開くとそこには黒竜が居た。

悲痛な咆哮が響く。

あまりにも大きく、苦しげな咆哮に私の体が宙へ浮かんで床に叩きつけられる。

い、痛い…痛い、けど!


『グオオオオォオオオォォォォ‼︎‼︎‼︎』


「ウィ、ウィノワール…!」


私の体は一定以上、黒竜からは離れない。

むしろウィノワールが大きくなって引き寄せられた。

でも、ウィノワールはーーー抗っている。

だって体が召喚された時よりも、小さい!

…………そうだよね…嫌だよね…っ。

争いは好まないって言ってた。

条約を破るわけにはいかないって言ってた…!

それを、無理やり…こんな…!


「!」


ウィノワールがゆっくりカノトさんと倒れたままのユフィの方へと体を向ける。

長い尾がゆるり揺れた。

や、やだ…!



「ハクラ・シンバルバが古の契約に基づき願い奉る。汝の真の名をもって、王の力をここに解放しろ! シルヴァール=ニーバーナ‼︎」



カノトさんとユフィ、ウィノワールの間に真っ白な光の紋章が浮かぶ。

なにあれ。

ティル?

でも、ウィノワールと同じくらいの大きさの、純白のドラゴン…!

そのドラゴンがウィノワールの身体を押さえつける。

二体のドラゴンの咆哮が重なり合い、轟音になって轟いた。


「あ! ハ、ハクラ!」

「…えー…なんでウィルがここに居て暴れてるの?」


着地してきたハクラ!

ウィ、ウィル? あ、ウィノワールだから?

な、馴れ馴れしいわね相変わらず⁉︎


「…ち、ちがうの! 待って! あの王様ドラゴンは操られてるの!」


だからやっつけちゃダメー!

私が叫ぶと、振り返ったハクラが「あ、そういうこと」と相変わらずゆるい感じで納得してくれた。

よ、良かった、やっつけられるかと思った…。

じゃ、なくて!


「ところでミスズはどうして胸から鎖が生えてるの?」

「こっちが聞きたいわよ! あと、助けに来るの遅い! 何してんのよ!」

「ええ…そんなこと言われても…。空間の淀みを調べてって呼び出されて、なんか様子がおかしいなって思ってたらマーファリーがぼろぼろで助けてって言ってきて…それで慌てて探しにきたんだよ? もー、街の中は魔獣がウロウロしてるし…本当になんなんだよ〜…」

「⁉︎ 魔獣…⁉︎ そんな…マーファリーとナージャは無事⁉︎」

「ナージャには会ってないな。途中ではぐれたって言ってた。でも、ミスズが一番危ないからって言われたよ」

「エルフィは⁉︎」

「分かんない」


…そんな…!

魔獣まで現れてるなんて本当にどうなってるのよ…⁉︎

エルフィ、ナージャも…お願いだから無事でいて…っ!


「でも困ったな」

「?」

「ティルをあの姿にしてる間、俺、ここから身動き取れないんだよね…」

「え…」


あれやっぱりティルなんだ?

…ではなく。

ハクラが動けない?

え、じゃあ誰があの竜人親子を殴るのよ?

あいつらをなんとかしない限り、多分ウィノワールは解放されないわよね?

通信や転移は空間の淀みで不可。

ユフィは怪我して動けないみたいだし、カノトさんは今もユフィに治癒魔法をかけている。

マーファリーは無事みたいだけど、エルフィとナージャは行方知れずのまま…。

私の胸にはウィノワールを繋ぎ止める謎の鎖。

ちょっとお! 状況変わってないじゃない!

むしろなんか悪化してる気がする!


「ミスズは動けないの?」

「ダメ、この鎖、千切れな…いっ!」

「⁉︎ 大丈夫⁉︎」

「………うっ」


千切れるとは思ってなかったけど、触っただけで身体中にビリビリって電気が走ったわよ⁉︎

なんなのこの鎖〜っ!


『無理に引き千切ろうとするな!』

「!」


頭の中に響く声。

これは、ウィノワール…王様ドラゴンの声だ!

でも、どうして?


『その鎖…余を従属させて操る力がある。だが、その鎖は其方の生命力で出来ているのだ。壊せば其方は死ぬ!』

「え、ええ⁉︎」

「どうしたの⁉︎」


ハクラには聴こえてないのか。

どうもこうもないわよ…。


「この鎖、私の生命力で出来てるんだって…! …ウィノワールを従属させて、操ってるの! どうしたらいいの…⁉︎ 切ったら私死んじゃうって…!」

「! …従属させて操る…じゃあウィルが今カノトさんたちを攻撃しようとしてるのは…」

「きっとクレパスの領主だわ! あいつらアルバニス王国を倒して、大陸を自分たちのものにするって言ってたの!」

「ええ⁉︎ それって謀反ってこと⁉︎ そんな大事おおごとになってたの⁉︎」

「………。言われてみればそうね⁉︎」


今更だけど確かに大事だわ!


「その為にウィルを操って利用しようとしてるのか…」

「その通りだ!」


バサ、と翼のはためく音。

ナージャを抱えたターバストが淀んだ色の空に浮かんでいる。

口元には笑みを携え、勝ち誇ったかのように…!


「しつこいなー…」

「貴様だけは…! 人間の分際で『八竜帝王』に認められた貴様だけは…この私の手で殺す!」

「そういう小さいことにこだわってるからドラゴンたちに相手にされないんだよ」

「殺す!」


…どうやらハクラも私と同じ意見らしいわね。

それより小脇に抱えられたナージャは⁉︎

ぐったりしてるけど…まさか死んでないわよね⁉︎


「…困ったな…俺動けないんだけど…」


ボソリと呟きながらも魔銃を構えるハクラ。

ティルが巨大化してる間は、身動き取れないんだっけ?

とは言えティルはウィノワールを抑えてるもんね…元には戻せないわよね。


「……カノトさんも無理そうだし…」

「!」


あ…ハクラが動けないの、ティルだけが理由じゃない。

私がここにいるからだ!

私がウィノワールと繋げられているから…!

ど、どうしよう…このままじゃ間違いなくジリ貧!

カノトさんの方はまだユフィの治療中っぽいし…。

やっぱり相当酷い怪我なのね…!


「死ね!」


大剣を持ち出したターバストはナージャを放り投げると急降下してくる。

ちょ! ナージャ!

慌てて走るけど私の足でナージャをキャッチできる距離に間に合うわけもなく!


「ナージャ!」


でもふわん、とナージャの体が浮き上がる。

首元には光り輝くソランの花のネックレス。

『自動攻撃無効化魔法』が発動したんだ…!

も、もおぉ! 飛行石か!


「ナージャ! ナージャ、しっかり!」

「う…」


良かった、気を失ってるだけみたい。

…攻撃無効化の魔法が今発動したってことは酷い事もされてないってことよね…。

…あとはエルフィとマーファリーが無事かどうかだけど…。


「…………………………」


二体のドラゴンが相撲よろしく拮抗した押し合いを続ける光景。

ハクラは動くことも難しい中、ターバストの攻撃をなんとか凌いでる。

カノトさんは治癒魔法をユフィにかけ続けているし、私は鎖でウィノワールとつながっていて逃げられない。

状況は、不利なまま。

一向に良くなる気配はない。

……ハーディバル…早く来て…!

いつになったら助けに来てくれるのよ…このままじゃ…!


「うっ」


背中ゾワっとした!

なに?

恐る恐る振り返ると、理由はすぐに分かった。

コロシアムの塀には黒い影が無数に蔓延っていたのだ。

あの気持ちの悪い影の塊は…魔獣!

あれ、まさか全部?

うそ、でしょ…? なんでこのタイミングであんなにたくさん…!

しかもなんかうごうごして、一箇所に集まっいくような…?


「……………あ…あれは…」


魔獣が集まっていく場所は、来賓席だ。

一番偉い人が座るような場所。

そこにいたのは、黒い翼と黒い髪、顔半分を鱗に覆われたおっさんとーーーエルフィ!

あいつだ! あいつ、きっとターバストの親父!

だってそっくりだもん、絶対そう!

ちょっと、そんな場所に居たら絶対危な…!


「なにを!」


エルフィを引き寄せる。

その手には、剣!

エルフィの腕を切り裂くと、その血を魔獣たちへと振り撒いた。

こ、コロスーー!

嫁入り前のエルフィの玉のお肌に傷をつけるなんてあの親父ーーー‼︎‼︎

しかも高笑いしてる! こっからでもわかるわよこのクソジジーーーッ‼︎


「!」


魔獣がうようよと形を変えていく。

なに?

どんどん、混ざって…一つに…!


「…嘘でしょ…」


レベル…4…!

あれだけ居た魔獣たちが…エルフィの血を浴びた魔法陣みたいな場所に入るとそのまま空中に浮かび、塊になって…巨大怪獣になっちゃった…!

そんな…あんなに簡単にレベル4の魔獣を…。

それじゃあユティアータを襲った高レベルの魔獣を作り出していた奴らってーーー。


「ふはははは! ユスフィアーデ王家の血さえあれば、魔獣すらも操れる! 素晴らしい…。人間でもユスフィアーデの一族は特別に我が一族に迎えてやろう…」

「…………」


ハクラと戦っているターバストが笑いながらそんなことを言う。

…本当に、どこまで底辺な男なのよ。

求婚って、つまりそう言うことだったの?

最低、最低よ…。

あの魔獣になった人たちは…あれじゃあもう、助からないのよ…⁉︎

ユフィも、エルフィも、こんな事したくないに決まってる!

酷い、酷いよ…!


『…………』


ウィノワールの声も聴こえない。

でも分かる。苦しんでる…!

誇り高いドラゴンは、怪我で動けないユフィとそんなユフィを必死に助けようとしているカノトさんを…無抵抗な二人を殺すなんて許せないんだ。


「………………………」


ナージャ。

泣き腫らした赤い目許。

実のお父さんにも、お兄さんにも劣悪品だの出来損ないだの…きっとそう言われ続けて生きてきたのね。

そんな酷い家族でも、あんたにとってはきっと、家族、なのよね…だから、あいつらの言いなりになろうとしたんでしょ?

…ほんと、ばか。



ーーー『諦めるな』



…でも、ハーディバル…このままじゃ、どうしたらいいの?

お願い、早く来てよ。

じゃなきゃ、なにも出来ないまま…ユフィも、カノトさんも、ハクラも、エルフィも、ナージャも…マーファリーも…。

そんなの嫌。

嫌よ…私を支えてくれた人たちが苦しんで傷ついて、死にそうになってるのよ。

私、どうしたらいいの。

なにも出来ないの?

諦めない、頑張る。

でも、なにをどうしたらいいのよ?


胸の鎖。

私の命。

闇翼の王竜を、縛する忌まわしいもの。

触るとビリビリ、電気が走ってとても痛い、けど…。


『ならん』

「でも、他にこの状況をなんとかする方法なんて…」

『其方はこの世界の民ですらないのだろう』

「⁉︎ それは…」

『余は『八竜帝王』が一体…魂の輝きで其方がこの世界の者でないと分かる。だからこそ、この世界の為に無理はするな。其方には帰る場所、待つ家族がいるのであろう? また、会いたいのだろう?』


分かる。

私がウィノワールの苦しみが分かるように、ウィノワールにも私の気持ちが分かるんだ。

…お父さん、お母さん、鈴太郎お兄ちゃん、鈴城お兄ちゃん…。

うん、会いたい。

会いたい、会いたいよ…!

ずっとずっと押し込めていたけど、本当はーーー寂しかったよ!

毎日顔を合わせて、無駄話や世間話や軽口ばっかりだったけど…家族に会えないのがこんなにつらいなんて思わなかった。


『其方の生命は其方だけのものではない。其方に再会したいと望む親兄弟のものでもあるのだ』


ウィノワール。

ドラゴンなのに…王様なのに、どうしてそんなに優しいことを言うの。

ずっと我慢していた私の心を…どうしてこんなに理解してくれるの…?

真っ暗な世界で、真っ黒なドラゴンを私の命の鎖が雁字搦めにしている。

耳には苦しげな咆哮が、いくつもの呻き声とともに聴こえてきた。

これは、魔獣になった人たちの苦しみの声。

…そうだ…魔獣になった人たちにだって、待ってる家族が…友達や恋人がいたはずだ。

エルフィも、ユフィも!

家族に会いたい人は私だけじゃない。

聴こえる…苦しい、助けてって叫ぶ声が!


『! ならん!』

「いいの!」

『⁉︎』

「…これは、私にしか出来ない事だと思うの! 騎士団も駆け付けるって言っていたし、アルバニス王家の人たちもすごく強いから…戦争になってもきっと竜人たちは、勝てない! でもね、でも…私は…今、苦しんでる人たちや、騎士団や王家の人たちが勝つまでの間に犠牲になるかもしれない人たちをなんとかしたいのよ! 私の大切な友達が、今この瞬間にも死にそうなのよ⁉︎ 助けたいに決まってるじゃない!」


優しいエルフィはきっと泣いてるわ。

真面目なユフィは、カノトさんが助けてくれるって信じてるからね!

ハクラは、まあ、強いからなんとかなりそうだけど…。

ナージャやマーファリーはこのままじゃ魔獣に食べられちゃうかもしれない。

魔獣になった人たちの中にも、もしかしたらまだ助けられる人がいるかも。


『…其方はこの世界の民ではないのだろう。何故、この世界の民のために命を懸ける?』

「そんなの関係ないからよ! エルフィもユフィもマーファリーもナージャも、あとハクラも一応私としてはカノトさんも…大切な友人なの! お父さんやお母さんやお兄ちゃんたちには勿論また会いたいし、やり残した乙女ゲーのことを思うとやっぱり死にたくはないんだけど! ………でも、今なんとかしなきゃいけないって思うの! 今助けたいのよ! …だから私、命懸けるわ!」


鎖に手をかける。

自分で、自分にしか出来ないことをやるの!

ウィノワールを解放すれば…少なくともハクラはティルを巨大化させておく必要がないからターバストをきっちりやっつけてくれるはず!

ハーディバルくらい強いらしいハクラとティルなら、レベル4の魔獣だって倒してくれるわ!

だから…私はーーー


『待てミスズ』

「?」

『其方の賭けに余も乗ろう。余の真名を教えておく。あの世に持っていくが良い、きっと役立つ』

「? …うん…?」


よく分からないけど、貰えるものは貰っておこうかな。


『其方の覚悟、しかとこのダークヴァール=ウィノワールが受け取った。痛みも感じる必要はない。一瞬で終わらせる』



ダークヴァール=ウィノワール。


それが、『闇翼のウィノワール』の真名。

苦手なはずの爬虫類みたいなあの瞳が、どうしてか全然怖く感じない。

金と銀の瞳。

まるで、ハクラと…ハーディバルの瞳のような色。

ウィノワールが翼を広げる。

私の命の鎖が、バラバラに飛び散った。

本当だ、痛くない。

なんの痛みも感じない。

…ありがとう、ウィノワール…。

すごく、安心する…これが…………………。






********




ワタシの名前はアナスタシア・クレパス。

フェレデニク地方、クレパス領の領主の娘として生まれた。

母はワタシを産んですぐに居なくなる。

どうして、どこへ…そんな疑問を抱くこともない程、母がいないことはワタシには当たり前の事だった。

初めからいなかったのだから。

そして父や兄や、父や兄に付き従う人たちがワタシを「劣悪品」や「不良品」、「出来損ない」や「恥曝し」と言うのも初めからだった。

父はワタシをできる限り視界に入れたがらず、唯一会話してくれた肉親の兄もワタシを蔑んだ目で見下ろしている。

それが普通で、日常。

窓のない狭い部屋がワタシのお城。

日がな一日をその部屋で過ごす。

言葉は外から聞こえるものを聴いて覚え、時折、兄に屋敷の掃除を言い渡された時にメイドや使用人と少し、会話して修正した。

そして、屋敷の仕事を手伝うようになってからワタシの母がどうなったのかを知る。

ワタシの母は、出て行ったのだ。

父は母を娶る前に番いを亡くし、生きる希望を失っていたらしい。

そこへ兄が歳若い母を引き連れて来た。

母は気の進まない結婚をして、ワタシを産んで、理想と現実に打ちのめされて出て行った。

竜人はドラゴンのように一途な人が多いから、好きでもない相手との結婚はやはり苦痛以外のなにものでもなかったんだろう。

そう、ワタシは最初からいらない子だったんだ。

どうして産んだの。

どうして最初から…。

そんな疑問も浮かばないほど、ワタシにとって生活は当たり前のものだし、待遇もいつものものだ。

それ以外をワタシは知らない。

それ以外を知る事になったのは…父と兄に言われてユスフィアーデ家に潜入した時だ。


優しい笑顔のお嬢様。

優しくしてくれる領主様。

厳しいけど、ちゃんとやればちゃんと褒めてくれるメイド長。

初めて通う学校。

初めての友達。

初めての勉強。

広くて陽の当たる部屋。

ふわふわの、太陽の匂いのするベッド。


………夢のような毎日。

でも、ワタシには役目があるの。

ユスフィアーデ家の血を引く者をクレパス家へ招くよう、促す。

父さんと兄さんがなにか画策しているのには気付いていた。

でもその全貌までは知らない。

ただ、偉大なる黒竜を呼び出し服従させる力がユスフィアーデ家の血にはある。

だからそれが欲しい。

そして、王都で邪気を集めてくる。

なにに使うのかは、教わらなかったけれど…。



(ワタシは、ナージャ・タルルス)



アナスタシア・クレパス。

呼ばれた記憶のない名前は、ナージャ・タルルスという存在しない名前に上書きされて行く。

異世界から間違えて人を召喚した時はもうダメだと思ったけど…みんなが庇って、守ってくれた。

ワタシはみんなを騙してるのに…。




レベル4の魔獣にユティアータが襲われた翌日、街は真っ白な結界に包まれた。

でも街の中は不安や不満で満ちていて、勿論ワタシも…。

定期報告も兼ねて、兄と連絡を取るべく中央区の下町…家と家の隙間の薄暗い場所に入り込む。

ほんの少し奥には人が数人集まれる秘密の集会所がある。

そこで兄の代理人の竜人に、報告をしたり兄の指示をもらったりするのだ。

この時、さすがのワタシにも聞きたいことがあった。

あの魔獣は、なに?

まさか…。

待ち構えていた代理人へ、レベル4の魔獣について問いただす。

けれど、返されたのは思っていた通りの答え。


「あなたが知る必要はないと思われますが、それでも知りたいのですか?」

「………………………」


ワタシが知る必要はない。

確かにワタシは知る必要がないのかもしれないけど!


「で、でも…今回のことは…わ、ワタシも死ぬかと思ったし…」

「そういえばあのお方より言付けを預かっております。潜入が終わり次第、贄のお役目をあなたにお与えになるそうです。これは大変名誉なことですよ」

「………。…にえ…?」


一瞬、なにを言われたのかわからなかった。

一年学校に通ったワタシは、全く理解できないわけでは無かった。


ワタシは、生贄になるのか。


不良品、劣悪品と言われてきたワタシの使い道。

なんだかとても、あっさりと心の中に染み入った。

分かりました、と頷いて、それ以上は知る必要がないのだと納得する。

ワタシは死ぬのだ。

お嬢様たちと同じように捧げられるんだ…。

そう思うと、一人で死ぬわけではないと不思議な安堵感を覚えた。

お嬢様たちからすればこの上なく迷惑な話なのに…。

間者と別れて細道を戻る。

すると、なぜか出口にハーディバル・フェルベール様が無表情で佇んでいた。

喉が引きつる。

冷や汗も出る。

よ、よりにもよって…!


「え…あ…」

「アナスタシア・クレパス」

「…………………」


慌てふためきながら、このなんとも言えない状況の誤魔化し方を考え始めるよりも早く銀の瞳を細めたハーディバル様が…ワタシの本当の名前だったモノを呼ぶ。

バレたんだ。

すぐに分かった。

…でも、どこまで?

まさか…全部…な、訳はないと思うし…。


「……邪悪な魔力の気配がする」

「え…」

「お前の心は罪悪感で魔獣に片足を突っ込んでいるんだ。だから、魔獣の魔力に近付いている。…このまま真実を隠し、お前に対してなんの疑いも抱いていない者たちを欺き続ければ間違いなく魔獣になるぞ」

「…………………」

「本当にいいのか? 彼女たちはきっとお前に騙されていたとしても、困った顔で許すだろう。お前が異界の民を誤召喚しても、お前を見捨てなかったように。そんな人たちを騙し続ける道で本当にお前は後悔しないのか?」


持っていたカバンを、抱きしめた。

一応、学校で必要なものがあったからと言い訳して出てきたから持ってきたカバン。

これもお嬢様が買ってくれた物。

喉が急にカラカラに渇く。

ハーディバル様はずっと無表情。

ワタシの心を見透かすように、普段のような冷淡なものとは明らかに違う声色。

その声はどこまでも純粋に、ワタシの心に問いただしていた。


本当に、いいの?

お嬢様たちを、このまま騙し続けて。

このままじゃお嬢様もユスフィーナ様も、ワタシと同じように偉大なる黒竜の贄になるのよ?



ーーー死ぬのよ?



「……お前の父親や兄君がどんな事を画策しているのか…騎士団では大凡把握している。これ以上加担するのならお前も処罰の対象になるだろう。…アナスタシア・クレパス、本当にいいのか? お前もお前の家族も、このままだと重罪人になってしまう…」

「………」

「たくさんの人が傷つき、誰も幸せにならない。そんな未来で本当にお前は…」


お嬢様たちが死ぬ。

父さんや兄さんは重罪人になる。

たくさんの人が傷つき、誰も幸せにならない未来。


あ……………嫌…そんな未来、嫌…嫌だ!



「ハーディバル」

「…、…ああ、やはり感じたですか」

「うん。…大丈夫?」

「問題ないです。…まあ、いつもの残滓のようなものです」

「そうか…。手がかりもなし?」

「ですね…」


顔を上げると、道向こうからハクラ様とミスズが歩いてきた。

このままこの二人にもワタシの正体をバラされるのだろうか。

不安と恐怖でハーディバル様を見るけれど、彼は眼を閉じる。


「ナージャ、大丈夫? まーたこのドS騎士に虐められたんでしょ?」

「…え……い、いや…別に、です…」


そんなワタシをどう思ったのか、ミスズはワタシを気遣う。

ハーディバル様は、確かに言葉が厳しい方だけど……悪者はこの人じゃない。

ワタシだ!


「……………。…僕は衛騎士隊の騎士塔に行くですが、お前らどうしたです」

「ミスズに魔力補助器の使い方教えようと思って」

「お前使ったことないだろう」

「うんまあ、そうだね」

「おおい⁉︎」

「なら、騎士塔に付いてくるです? あそこなら訓練所も入っているから暴発してもどうにかしてやるです」

「ちょ…っ、コレ暴発するような道具なの⁉︎」

「お前がさせなければしないです」

「うっ。…そういえばナージャはこんなところでどうしたのよ? なんか邪悪な魔力があったらしいけど」


邪悪な魔力。

ワタシの体から溢れ始めた魔獣の魔力…。

そうか、ハクラ様もハーディバル様のように、ワタシの邪悪な魔力を感じてここに…!

そんなにワタシは魔獣になりつつあるの?

……い、嫌…! 魔獣になんかなりたくない!


「…ワ、ワタ………ナージャは…」

「確か近道していたんでしたっけ?」

「…!」


そう誤魔化してくれたのは、ハーディバル様。

まるでここでバラすつもりはないと言うかのように見下ろされる。

…どういうつもりなんだろう…?

なんにしても、助かった…っ!


「…そ、そうなんですぅ…ここを突っ切ってくると最短距離なんですよぅ」

「だからってこんな狭くて暗い道よく通って来たわね。挟まったらどーするのよ」

「は、挟まりませんようっ!」

「そんなの今の内だけよ」

「…そりゃあ、ナージャはお前と違ってグラマラス美女に成長する予定ですからぁ? あっちこっちつっかえちゃうかもですけど〜」

「何ですってぇ⁉︎ どういう意味よ!」


いつもの軽口。

ワタシが誤って召喚したこの人は、ワタシを怒るし怒鳴るけど…いつもけろりと許してくれる。

お嬢様やユスフィーナ様とは違うけど、この人も優しくてお人好しだと思う。

…なんだろう…ミスズはワタシと対等でいてくれる、ただ一人の人、みたい。

話していると心が軽くなる。

…こんな人がワタシのお姉ちゃんだったらな…と、思うくらい…。


「…それより、僕らは騎士塔に行きますがお前はどうするんです? 付いてくるなら多少魔法について面倒見てやってもいいです」

「え!」

「…へぇ、いいじゃない、そうしましょうよ! あんた魔法使いになりたいんでしょう? ドS騎士の部下の魔法騎士もたくさん来てるみたいだから、勉強になるんじゃない?」

「……………そ、そうです、ね…」

「…ミスズって落差激しいって言われない?」

「は? 急になによ?」


…魔法使いになりたい。

それはワタシの、仮初めの夢。

理由付で言っていたこと。

ユスフィアーデ家に潜入するための方便だ。

なのに、ワタシはいつからか本当にそうなれたらいいのにと思い始めた。

優しいお嬢様やユスフィーナ様のことを強い魔法使いになれば……嘘を本当にしたら助けられるかもしれないと思ってしまったから。

そんなこと出来もしないのに…。

事実、ほら、ミスズを誤召喚でこの世界に連れてきてしまったじゃない。

ワタシには無理。

無理なのよ………。






「え…ちょっと⁉︎」



ハクラ・シンバルバの声にワタシは瞳を開いた。

その目に最初に見えたのは、ワタシが誤ってこの世界に呼び出した女性。

彼女の胸から鎖が飛び散る。

闇翼の黒竜を縛り付けていたミスズの命の鎖が。

ワタシの頭を膝に乗せていた彼女は、そのまま崩れ落ちた。

何が起きたのか理解が出来ない。

どうしたの? なにが、どうしたっていうの?

倒れたミスズは動かない。


「…ミスズ…お嬢様…?」


お嬢様なんて、これっぽっちも思ってなかったけど、他にどう呼べばいいのか分からなかった。

ワタシと交代のように倒れたミスズの肩に触れる。

肩を揺する。

反応は、ない。

そんな最中、咆哮がその場に響き渡る。

闇翼の王…『八竜帝王』ウィノワール。

あれが父さんの望んだ偉大なる黒竜…。

『八竜帝王』で最も強い力を持ち、ドラゴン族の頂に座するお方…!

生きてこの目で見られるなんて…。


「きれい…」


反対に銀の翼を広げた白竜。

金の瞳を持ち、銀の鱗は白く輝く。

二本の角は四つに分かたれ、最高位のドラゴンであるかのお方は五本の指を持つ。

…? そう、それは伝説のドラゴン。

『八竜帝王』…銀翼の王…ニーバーナ王…⁉︎

ええ⁉︎ ど、どうしてここにいるの⁉︎


「どうして! ウィル!」


ハクラがまた叫んだ。

呼ばれた竜王は色の違う瞳を閉じる。

闇の翼が未だかつてない程に大きく広げられると、途端に霧散した。

なにが起きているの?

父さんたちの計画はどうなったの?

兄さんは…?


「なんだ⁉︎ どうなっている⁉︎ 鎖が切られた⁉︎」

『…余の力を持ってすれば、元よりこの娘の命を散らすことなど造作もなきこと。しかし、この娘は自らの手で鎖を千切る覚悟をした。故に、余はこの娘の想いに報いる』


…鎖? 千切る? 覚悟?

なに? なんの話をしているの?

ミスズは、どうなったの?

黒い闇の霧がワタシとミスズを覆っていく。

気配は間違いなくドラゴン!

それに、包まれる⁉︎


「……あ…あなたは…」

『ミスズ、気高き勇者の魂を持つ娘。其方に余の残りの生を与えよう』


黒い霧が凝縮していく。

なにが起きているのか分からない!

ただ、ものすごい力を感じる。

両手で顔を庇うように黒い光の凝縮を遮っていると、それは唐突に終わった。

ミスズの上には黒い卵。

え? …これは、まさか、まさか?


「ウィ、ウィルが…た、卵に…」

「ば、バカなーーー!」


兄さんの叫び声なんて初めて聞いたかもしれない!

長い間ずっと準備してきて、ようやく召喚に成功したウィノワール様が…まさか、卵に転生した⁉︎


「うっ…」

「‼︎ ミスズ様!」


横に倒れていたミスズ様が呻く。

肩を揺すって、何度も何度も呼びかけた。

お願い、起きて!



ーーー『たくさんの人が傷つき、誰も幸せになれない未来』



そんな未来は嫌!

お嬢様も、ユスフィーナ様も、あなたも優しい!

優しい人が傷付いて、死んじゃう未来なんて嫌!


「お願い! 眼を開けてぇ!」

「その卵を奪え! アナスタシア!」

「っ!」


ミスズの胸の上に浮かぶ黒い、人の頭ほどの卵。

これは、間違いなくドラゴンの卵!

そしてこの卵が現れる前にウィノワール様が霧散して…凝縮した。

だから、この卵は間違いなく…ウィノワール様の転生したドラゴンが入っている!

高位のドラゴンは力が弱まると卵に転生して、新たな肉体を生むという…。

そんな瞬間に立ち会えるなんて凄いことだけど、ウィノワール様はどうしてこのタイミングで転生したの?

ううん、それよりも…兄さんがこの卵を奪えって…。


手を伸ばす。

脈打つ卵。

偉大なる黒竜。

優しい人たち。

たくさんの人が傷つき、誰も幸せになれない未来。


本当に、ワタシはその道で…………いいの?




「…………ナージャ」



ミスズと目が合う。

それは、ワタシの…名前。

たくさんの人が呼んでくれる、ワタシの名前。


「なに、また泣いてるのよ…。…明日、死ぬほど目、腫れちゃうわね…」


仕方ないなぁ、と下から伸びた手が頬を撫でる。

本当だ、もう、目許が痛い。

痛いけど…でも、それよりも…。


乱暴に袖で目許を拭う。

痛みよりも、失う事の方がワタシはーーー

だから…!



「兄さん! もうワタシたちの負けです! ウィノワール様は転生してしまった! もう、偉大なる黒竜は手に入りません!」


両手を広げる。

兄さんたちのやろうとしてることはきっと、ハーディバル様の言うようにたくさんの人が傷つき、誰も幸せになれない事だ。

自分たちだけがいい世界なんて、そんなのありえない。

ワタシたちはドラゴンじゃないんだ。

ドラゴンのように、自然を生み出す力なんてない!

それなのに、ドラゴンと同じように生きるなんて無理なのよ!

自分たちだけがいい世界なんてありえない。

そんな世界は成立しない!


「不良品が! 生意気に口答えするな!」

「!」


赤い炎を纏った斬撃が飛んでくる。

今のワタシは魔法は使えないけど、竜人の体は多少頑丈。

腕をクロスさせて防御の態勢をとるけれど、衝撃はいつまでも襲ってこない。

恐る恐る、眼を開ける。

はためくマント。

葡萄色の髪。


「! カノト様!」

「…カノト・カヴァーディル…!」


どうしてワタシを庇うの。

ワタシを庇っても、あなたになんの得もないのに。


「…ターバスト・クレパス…貴方を倒します」

「ほう? 随分大口を叩くな…⁉︎」

「貴方はユフィを傷付けた。そしてエルファリーフ様のことも、彼女たちの大切な友人たちも。…僕が貴方を倒す理由です」


細身の剣。

あんな細い剣で、大剣使いの兄さんと戦うつもりなの⁉︎

無理よ…いくら『剣聖』でも、兄さんは竜人族でも一、二を争う実力者なのよ…⁉︎


「…ナージャさん、そのままミスズ様を頼みます。きっとすぐにハクラ様が駆けつけてくださるので」

「!」


ハクラ様?

そういえばさっき声がした。

辺りを見回すと、魔法陣の外で横たわるユスフィーナ様へ手をかざしている。

ドレスは真っ赤。

…っ! …ユスフィーナ様…!


「余所見とはいい度胸だ!」

「………」


振り下ろした兄の剣撃が地面を大きく抉り取る。

しかしその場にカノト様の姿はすでにない。

ワタシでも辛うじて視えた。

兄の体に一、二、三、と傷が増えていく。

傷が増えていくのは見えるのに、いつ攻撃されて出来たのかわからない。

は、速…⁉︎

兄さんが構え直す間にも、更に五、六…。

剣を振る間に、八、九…。

だ、だめ、全然見えない…!


「くっ! 小蝿がっ!」


! 違う! 倍だわ!

兄の鱗すら切り裂く斬撃が、ワタシが見えていたものの倍以上、兄の体についている!

やっと姿が目視できたと思ったら、カノト様は剣を振りながら風魔法で兄の体を浮き上がらせた。

あれは、無数の風の刃で敵に切り傷を作る攻撃魔法!


「シルファング・カット!」

「っーー!」


竜人族の体は魔法耐性も高い。

特に兄は…。

そんな兄の体にあれほどの切り傷を…!

シルファング・カットは攻撃魔法の中でも上級でしょ⁉︎

それを動き回りながら使うなんて…カノト様の魔法スキルレベル、どんだけ高いのよ⁉︎


「生意気な…人間風情がーー!」


兄の大剣の剣先に、カノト様が立つ。

あんな細い剣で…兄に勝てるのか。

そんな風に思ったワタシは本当にまだまだ勉強不足だわ…。


「…貴様の、その剣は…!」

「…『剣聖』の称号を頂いた時に、陛下に賜りました。ウインドドラゴンやエアドラゴンの鱗を、名匠ケファネルが鍛えた宝剣です」


学校で習ったことある。

エーデファー地方の『カタルシア』という街に住む伝説の鍛治師一族…ケファネル。

ドラゴンの鱗を武器や防具に加工する秘術を持つ、古の王族の一つ。

彼らの作る武器や防具はもれなく国宝になり、称号を与えられた者に特別に贈られるんだって!

…なんて綺麗なの…半透明なのに、うっすらと緑色。

そうか、兄さんの魔法耐性すら無関係に魔法でダメージを与えられたのはーーー



「ハーファムブート」



凄まじい風圧!

あの兄さんの体が…全身に無数の斬撃を浴びて血が噴き出している…!

『剣聖』…こ、こんなに強いなんて…!

あの兄さんが一太刀も浴びせられずに…負けちゃうなんて…!

どさりと倒れた兄さん。

ワタシは、駆け寄ることなくその姿を見つめた。

…その資格がない。

ワタシは、兄さんと同じ志は持てなかった。

兄さん……ごめんなさい。


ワタシは、アナスタシアは…ナージャ・タルルスとしてのワタシの方が好き。

たくさんの人に呼んでもらえるこの名前が好きなの。

ワタシを「ナージャ」と呼んでくれる、たくさんの人たちが傷つく未来をワタシは望まない。

そのために、兄さんや父さんとも…ワタシは…!








********





「…ヒュー…噂には聞いてたけど、俺でも全部見えなかった…! カノトさんの固有スキル技!」

「! ハクラくん、ユフィは⁉︎」

「大丈夫、怪我は全部治ってる。でも出血が酷かったから輸血しないとダメだ。治癒魔法でも、無くしたものは戻せない」

「……病院に連れていかなければならないんだね。…でも…」

「うん、その前にクレパスの領主とレベル4をなんとかしつつ、エルフィを助けないとね」


頭上でそんな会話がする。

あー、ダメだわ、すっごいボーーッとする。

頭が回らないわ。

私、一体どうしたんだったかしら…?

確か、生命力が鎖になってウィノワールを無理やり従属させるのに利用されて…。

それから………思い出せない。

マジでどうしたんだったかしら…。


「ミスズ様、大丈夫ですか?」


…あ、そうだ、目を開けたらナージャがボロボロ泣いてたのよ。

今日だけで一生分泣いたんじゃないのってくらい。

目元は真っ赤。

可哀想。

それなのに私の心配だなんて、どういう風の吹き回しよ。

…あ、一個思い出したわ…ウィノワールに言われた言葉。


「…大丈夫…」

「うわ! ミスズが生きてる!」

「っ、どーゆー意味よ⁉︎」

「うわぁ⁉︎ お、起き上がったぁ⁉︎」

「なによその反応⁉︎」


ふらふらする頭を抱えながら上半身を起こすと、ハクラがユフィをカノトさんに任せて後ろに後退る。

しかもなに! まるでお化けでも見たかのようなその反応! 失礼しちゃう!

…イタタタ…! 叫んだら頭が…。


「…ええ〜? …なんで生きてるの? …やっぱりウィルがミスズを助けてくれた、んだよね?」

「?」

「そ、そうですよぅ! ミスズ様、生贄にされたのになんで生きてるんですかぁ⁉︎」

「……そんなこと言われても…」


よく覚えてないのよねー。

なんでかしら?

…そして…このお腹の上にある真っ黒なダチョウの卵はなに?

流石の私も生んだ記憶はないわよ?

そもそも産卵は出来ないわ!

なによこの卵⁉︎



「…よもやウィノワール王が貴様のような人間の小娘一人のために、転生を選ぶとは…」



そこへ響いてきた声。

黒い髪と、黒い鱗に顔を半分覆われたオヤジがコロシアム上空に浮かんでいた。

ターバストと同じ黒い翼…もしかしなくてもあの左脇に抱えられているのはエルフィ⁉︎

…エルフィ…腕から血が!


「父さん…」


ナージャのお父さん。

…ということは、やっぱりあいつがクレイドル・クレパス…!

このクレパス領の領主……ラスボスね!

……………ん?


「ちょ、ちょちょ! あれってレベル4の魔獣じゃないの! なんであんなヤバイものがここに⁉︎」

「え、今気づいたの? うん、そうだよ。…それにしてはずっと微動だにしないんだよね。すぐ襲ってきそうなものなのに…」

「…多分、エルファリーフお嬢様の血を使って従属させていると思います! エルファリーフお嬢様たち、ユスフィアーデ家の血にはそういう力があるんです! 父がそう言っていました!」

「! では、ユフィがあんなに傷だらけにされたのは…」

「ウィノワール様を操るためです! 父と兄はその為にユスフィーナ様をクレパス領に嫁がせようと画策していたんです! でも、ずっとお断りされて…こんな強硬手段に…!」

「えーと、じゃあまさか魔獣をあの速度で成長させているのもユスフィアーデ家の血の力?」

「…す、すみません、ワタシも全て知っているわけじゃないんです…。で、でも父に命じられて、ワタシは王都で何度も邪気集めをしていました……それが関係しているのかもしれません…」

「……………そう。わかった、話してくれてありがとう」


剣を構えるカノトさんと、銃を構えるハクラ。

二人に諸々をバラしたナージャは手を握り締めて「ごめんなさい、ずっと騙していて…」と項垂れた。

…そう…吹っ切れたのね…よかった。

そうよ! あんたはあんなオヤジや兄貴にこき使われ続ける必要ないわ!

それでいいの!


「魔獣は俺に任せて。この間は全部ハーディバルとフレディにやられたから今日は俺がやる!」

「では、僕はクレイドル様を…! エルファリーフ様を救出します」


…なんて頼もしい背中…。

立てそうにない私と、気を失ったままのユフィ。

そして魔法の封じられているナージャは、まあ、足手まといでしかないけど…。

ひどく忌々しいと思っているのが顔に出まくっているクレイドルは、急に更に上空へと昇り始めた。

ず、ずるいわ! 翼があるって!


「カノトさん、飛行系使えるの?」

「はい」

「あ、じゃあマジでよろしく」

「…天翔ける翼無き者へ、疾風の慈悲を与えよ。ウインド・ステップ!」


か…『風属性』万能ーーー!

一瞬であんなに昇っていったクレイドルに追い付いたー⁉︎

なにあれ、転移魔法じゃないの⁉︎


「ミスズたちはここを動かないで。ホーリー・シールド」

「わ!」


ハクラが手をかざすと私たちを囲うように真っ白なドームが現れる。

なにこれまるで出口のないかまくらだわ!


「少し離れるね。何かあったら大声で叫んで呼んで」

「げ、原始的⁉︎」


と、言いたいことだけ言い終えたハクラは多分カノトさんと同じ魔法で宙へと飛び上がる。

…い、いいなー…『風属性』…。

魔法で空を飛ぶ…ファンタジーなら夢よね…。

残念ながら私の魔力属性じゃ無理だけど…。

……………まあ、私がこんな呑気に構えていられるのも、要するにカノトさんとクレイドルの戦いは真っ暗な空の上の方で、しかも高速で行われていてちっとも見えないからなんだけど…。

なによあれ、なにがどうなってるのやら…遠くで声とか戦ってる音みたいなのはかろうじて聴こえる。

でも戦況はさっぱり分からないわ。

そうこうしているとレベル4とハクラの戦いも始まったらしい。

とんでもない大きさの光の十字がレベル4の周りを囲うように現れると、それがキラキラとフラッシュのように輝いてあの巨体に突き刺さる。


「…う、うわぁ…」


ハーディバルもそうだけどハクラも大概容赦ないわね〜…。

やっぱ魔法レベル三桁超えてるやつはレベル4すら余裕って感じ?

…頑張れ、ハクラ。

早くその魔獣をやっつけちゃえ…っ!

早く、素体になった人たちを…助けてあげて…!


「ハクラくん!」

「うわ! カノトさ…エルフィ!」


突然真後ろから声がして、振り返ると腕を切りつけられて血を流すエルフィを抱えたカノトさん!

カノトさんのマントで止血してあるけど…これ、かなり深そう…!


「僕の治癒魔法では、この傷は…! エルファリーフ様の傷も深い! このままでは出血で死んでしまう!」

「そんな! エルフィ! しっかりして!」

「……………………」

「エルフィ!」


この傷を治せるのはハクラだけ!

でもハクラはレベル4と戦ってる。

レベル4が大きな口を開けてあの黒い光線を吐く。

それを光の壁で打ち消して、また光の十字架がレベル4に突き刺さった。

大きな悲鳴。

…あれじゃ聴こえないじゃない!


「あの、父さんは…⁉︎」

「エルファリーフ様を放り投げて、レベル4のところへ…」

「! そんな、まさか……ダメよ父さん! やめて!」

「⁉︎ ナージャ?」


突然狼狽え始めるナージャ。

コロシアムの外で戦っているハクラにこちらの声が届かないように、ナージャの悲痛な叫び声もクレイドルには届かない。

初めから聞く耳など持っていないのだろうから余計に。

カノトさんのマントで止血されていたエルフィの腕から、また血が垂れ始める。

ああ、どうしよう…!


「…っ! 気休めでも!」


そう言ってカノトさんが治癒魔法をエルフィに掛け始める。

…本当だ、ハクラの治癒魔法とは全然違う…。

あいつは一瞬で、瞬く間に傷を癒した。

カノトさんの治癒魔法は多分初級のものだ。

光が弱い…巻かれたマントの包帯は、どんどん血が染みていく。

エルフィの顔色も…真っ青に…!


「エルフィ…」


ハーディバルがくれた『攻撃無効化』のネックレス。

ユフィの胸にかかっているネックレスも…どちらも石は魔法が入っていた時のような輝きを失っている。

二人とも、一度はちゃんと魔石が守ってくれたんだろう。

でも、あいつらは一度防がれた程度じゃ諦めなかったのね。

ハーディバルの言う通りになってしまった。

『死の気配』…ハーディバルが言っていた、半年以内に必ず死んでしまうか、死ぬほど危険な目に遭うか。

でもお願いよ! 二人とも死なないで…!


「……………くっ」

「カノト様! …まさか、体内魔力が尽きて…」

「まだ、大丈夫……自然魔力が集まりづらくなっているんだ」

「………」


レベル4との壮絶な戦い。

ハクラが周囲の自然魔力を独占してるから…?

でも、それじゃエルフィが!


「空間の淀みが自然魔力を遮断しているんだと思う。この街の中で使えた自然魔力量は限界に近いんだ。ハクラくんは…体内魔力量だけで戦っているのか…」

「⁉︎ あれ程の魔法を体内魔力で⁉︎ …ほ、ほんとにチート野郎ですね…」

「それ、保つの?」

「彼の体内魔力量にも限界はあります。けれど、ハクラくんは『光属性』…魔獣を浄化することに長けた属性です。…すみません、だから…それよりも僕の方が…!」

「!」


諦めたくないのに!

カノトさんの表情があまりにも悔しそう。

ゆっくりと治癒魔法の光が弱まっていく。

…止まらない血。

ああ…エルフィ…!



「ヒール!」



カノトさんの治癒魔法が完全に消えた瞬間、別な声が治癒魔法を唱えた。

手首から肩あたりにまでぱっくり開いていたエルフィの怪我は、瞬く間に泡のような光に包まれて消えていく。

こんなことが出来るのは……!


「……………遅いわよ…」


薄い紫色の髪とマント。

銀の瞳と、真白の騎士服。

表情筋が死滅しているかのような無表情。

その姿を見た途端、とてつもなく泣きたくなった。


「…転移魔法が使えない中、単独先行してきたんです。文句は受付けないです」

「ハーディバル様!」

「ハーディバル隊長!」


ナージャとカノトさんはパァっと明るい顔になるけど、私は逆だ。

だって、本当に…遅い!

…遅いけど…。


遅いけど、ちゃんと、本当に、助けに来て…くれた…。



「間も無く天空騎士隊の先行部隊が到着するです。が、ハクラがレベル4をなんとかしてくれそうですね」

「はい。ですがまだ反逆を企てたクレイドル卿の身柄を確保出来ていません」

「分かりました、天空騎士隊が到着し次第、騎士団で確保します。僕の探索魔法から逃げられる奴なんざいないです。…でもその前に」


ハーディバルがどこからどこまで知ってるのかはわからないけど、血まみれで倒れるターバストへ手をかざす。

床から無数の鎖がその体を拘束し、ハーディバルがかざした手を拳にして引き寄せると今度は床の超巨大な魔法陣がガシャーン! という大きな音と共に霧散していく。


「嘘…!」

「…無効化…⁉︎ この規模を一瞬で…! …闇魔法ですか…?」

「僕の闇魔法は常人の十八倍の威力が出ちゃうんです。制御しても闇魔法は威力が出過ぎるですね」

「自然魔力なしで⁉︎ …このチート野郎…」


ナージャの顔!

気持ちはわかるけれど!

…せ、制御の腕輪を着けてそれって、あんた…!


「それより、天空騎士隊が来たらユスフィアーデ姉妹を運んでもらいましょう。かなり具合が悪そうです」

「! はい、出血が激しくて…」

「ふむ…お前は?」

「私? 私は別に…。あ、でもまだマーファリーがどこにいるかわからなくて…!」

「マーファリー・プーラには途中で会ったです。彼女には登山で登ってくる騎馬騎士隊と魔法騎士隊の先行部隊をここに案内するよう頼んであるです。そうではなく、お前は?」


改めて聞かれる。

真っ直ぐな銀の瞳は私を見据えていた。

…私の心配…いや、確認よね?

そうよね、ハーディバルが私の心配するわけないし!


「私は大丈夫…」

「本当ですか⁉︎」

「わっ⁉︎ な、なによナージャ⁉︎」

「だって! だって黒竜様の生贄にされていたんでしょう⁉︎ 無事なわけがないですよぅ!」


…生贄。

あ、うん、まあ、確かに足に魔法で攻撃されて怪我したけど…それはウィノワールが治してくれたのよね。

……………そうだ、私はウィノワールに助けてもらったのよ…。

どうして忘れていたの?

私の体から生えたような鎖。

それがウィノワールを操った。

その鎖は私の生命力でできていて、壊したら私は死んでしまうって…。

なのにその鎖は今はない。

ウィノワールに頼んで壊してもらったんだわ。


「…ついでに、その黒い大きなドラゴンの卵は?」

「…これは…気付いたらあったのよね…」


ドラゴンの卵なの?

どうしてそんなものが私の体の上に浮いてるのかしら?

手で覆ってみるとずっしり重い。

ほのかに温かで、なんだか鼓動が聴こえるようだ。


「ワタシ、ウィノワール様が卵になるの見ました!」

「え! これウィノワールなの⁉︎」

「……『八竜帝王』やそれに連なる上位のドラゴンは古い肉体を捨てる時、卵に転生すると聞いた事があるです。…そうか…だからお前の顔がやけにはっきり見えるようになったのか…」

「…は?」

「…お前一度死んだな?」

「え…」


…死んだ? 私が?

……………確かに、私は胸の鎖がなくなっている。

ウィノワールが痛みを感じる間も無く壊してくれた。

私自身が望んだから…。

私はあの時、死んだ、の?


「ウィノワール王が、息絶えるお前の体にご自身の生命力を全て注いで助けてくれたんだろう。卵に転生してまで、ドラゴンの王が人一人を助けるなんて信じ難いが…」

「……ウィノワール…っ」


そんな!

ウィノワール、私のためにそこまでしてくれたの⁉︎

卵を抱き締しめる。

なんでこんな、そこまでしてくれたのよ…!

私はちっぽけな人間なのに!

あんたドラゴンの王様でしょ!


「………ありがとう…」


助けられてばっかりだ。

足の怪我は治してくれるし、生贄なんていらないって拒否ってくれたし、果てはこんな命まで…!

ここまできたら馬鹿じゃないの⁉︎

ドラゴンの王様馬鹿じゃないのーー⁉︎

お人好しすぎよ! 貧乏くじよ!

こんな、こんな大恩…私なんかがどう返せばいいっていうのよ…⁉︎


「! ハクラ」

「ハーディバル! もしかして騎士団が⁉︎」

「間も無く天空騎士隊が到着するはずです。地上からも騎馬騎士隊と魔法騎士隊の先行部隊が来ているです」

「…それは…」

「どうした?」


やっと戻ってきたハクラ。

でも、いつもの余裕のある表情じゃない。

カノトさんも立ち上がる。

なに? 空気がなにか、おかしい?


「…クレイドルさんが、自分からレベル4の中に…」

「は?」

「父さんが…⁉︎」

「しかもなんか変な呪文唱えながら…」

「…父さん…!」

「待て」


レベル4はハクラの攻撃で黒い靄を傷口から噴き出していた。

でも、今はそれがピタリと止まって…え?

……ハクラが付けた傷が塞がってる…?

様子のおかしいレベル4に駆け寄ろうとしたナージャをハーディバルが首根っこを掴んで引き留めた。

そして、少し眉を寄せると制御の腕輪をハクラに放る。


「え」

「魔石を逆向きにしろです。補助器に変わる。僕はまだ体内魔力に余裕があるです」

「! …ありがと…」


言われた通りに魔石を逆向きにしたハクラは、多分ハーディバルが普段蓄積している自然魔力を取り込んでいる。

私は体内魔力がそもそも少ないけど…補助器にこんな使い方があるなんて…。

というか、ハーディバルの制御器にそんな機能が!


「素体になっているのが竜人族なら、竜人の血を取り込みすぎです」

「…! まさか…! …ごめん!」

「謝罪は行動で示しやがれです。少なくとも、現時点で『八竜帝王』クラスの力を持っているのはティルだけです」

「…ティル…、ごめん起きて! 疲れてるのはわかるけど、やばいんだ!」


え? え? なにがやばいの⁉︎

レベル4の傷が治ったっぽいのは分かるけど、ハーディバルもいるんだしなんとかなるんじゃないの?

天空騎士隊も来るみたいだし…。

と、二人とレベル4を交互に見ていたら巨大怪獣がむくむくと形を変えていく。

それはまるで、レベル1がレベル4になるまで早送りで見せられた時のようだった。

ゴジーラ的だった寸胴な体から、首が伸びていく。

背中からは翼が生えて、もやのような体には鱗が覆う。

………ちょ、ちょっと待って…。


鋭い牙。

大きな口に、長い舌。

目は六つも開き、鋭い爪が生える。

尾はより長く伸びて、先端は剣のよう。

黒い霧が身体中から噴き出し、それは瞬く間に私たちのいるコロシアムに降りてきた。


「ハクラ!」

「我らを守れ! ホーリー・シールド!」


ハクラがさっき作ったかまくら状の結界!

それが少しでも遅ければ、あの黒い霧に呑まれていた。

…あ、辛うじてターバストさんも結界内…。


「…うっ! クサッ⁉︎」

「……ハーディバル隊長…あれは、まさか…」

「…そのまさかですね」


霧は入ってこないけど、なにこのくっさい臭い!

生ゴミの日のごみ置き場みたい〜⁉︎


「…邪竜…」


誰かがそう呟いた。

…恐る恐る顔を上げる。

六つの目がこちらをジッと見ているんですけど。

嘘でしょ…? 邪竜? あれが?

同じ黒いドラゴンなのに、ウィノワールとは似ても似つかない醜い姿。


「ティル」

『…じかんかせぎしかできないよ? いまのぼくじゃ“じゃりゅう”をたおせない』

「うん、分かってる。自然魔力もないしね、この辺…」

「…せめて天空騎士隊が民間人を連れて逃げる時間くらいは稼ぎますか」

「! ハーディバル! ハクラ! 戦うの⁉︎」


自然魔力も空間の淀みのせいで制限されている。

カノトさんはほとんどなくなってるって…!

そんな中で…いくら体内魔力が豊富な体質でも…普通の方法じゃあ倒せない邪竜の相手なんて!


「まあ、抗う術があるのは俺とティルだけだしね」

「僕は騎士なので」

「僕も戦います」

「ううん、カノトさんはもう自然魔力使えないでしょ?」

「引き続き護衛の任をお願いします」

「……っ…わかり、ました…」


体内魔力がモノを言う状況。

…この場に体内魔力容量の多い二人がいるのは幸運なんだろうけど…。

邪竜はーーー邪神の部類に入るから人の扱える力の類では傷一つつかない。

神に対抗出来るのは、神に牙向く事を許された幻獣族か、神竜の部類に達している『八竜帝王』、または半神半人である陛下だけ。

……! 『八竜帝王』!

今私の腕の中にある卵はウィノワールが!

…でも、卵なのよね…?


「ん?」


あれ? ヒビが入ってる?

ギョロリと金の瞳がこちらを見ている?

は⁉︎ …ちょ、まさか⁉︎


『ピャアー!』

「産まれたーーー⁉︎」

「なにが⁉︎」



ばっきーん! って長い首が卵から出てきたー!

真っ黒な体の小さなドラゴン!

金と銀の瞳は、間違いなくウィノワール!

で、でもちっちゃーーい!

ティルくらいのサイズなんですけどー⁉︎


『余の力が必要のようだな!』

「喋ったーーー⁉︎」

「えええ⁉︎」


しかもティルより流暢に喋ったーー!


「! ハクラ!」

「!」


轟音と凄い揺れがコロシアムに響く。

邪竜が私たちをロックオンして、コロシアムの壁に突っ込んできたのだ!

吐き出された紫色の唾液が建物を溶かす。

ちょおおぉーー、嘘でしょおおぉ!

伝説通りあれはヤバイ! めちゃくちゃヤバイわ!

あっという間に私たちのところまで到達するわよアレー!


「ウィ、ウィル! 記憶があるの⁉︎」

『あるぞ。ニーバーナほど弱った状態で転生した訳ではないからな』

「え⁉︎ 記憶があるの⁉︎ じゃあ私のことも分かるの⁉︎」

『分かるぞ。どうやら賭けは余等の勝ちのようだな』

「…賭け…」


私のことを助けてくれた事?

…そうね、私もあなたも無事…とは言い切れないけど、助かってるもんね。

でも…。


「状況は全然良くなってないんだけどね! むしろ悪化してるけどね!」


まさかあの状況からより悪化するなんて想像もしなかったわよ!

ハクラが肩に乗せたティルを宙へ飛ばす。

…そんな、さっきウィノワールと相撲取ったばっかりなのに!


「ハクラ・シンバルバが古の契約に基づき願い奉る。汝の真の名をもって、王の力をここに解放しろ! シルヴァール=ニーバーナ‼︎」


大きなドラゴンに姿を変えるティル。

それでも邪竜の方が大きい!

コロシアムを優に超える邪竜と、コロシアムの広場サイズのティルじゃ大人と子供のようだ。

鋭い爪が振り下ろされただけで、危うく叩き落とされそう。


『邪竜か…また産まれてしまうとは』

「…恐らく数人の竜人族が素体となっているのでしょう。クレイドル氏は竜人族に流れるドラゴンの血の力を呼び覚ました。…それが邪竜の誕生を誘発したと思われるです」

『…哀れな…。…王の獣に喰われる前に、余が引導を渡してくれようぞ。幼きニーバーナの転生体ではアレには勝てぬ』

「…ニーバーナ…?」


あれはティルだけど…。

と、いうとナージャやハーディバルに変な目で見られる。

でもほら、カノトさんも不思議そうな顔してるし!


「…ウィノワール王、しかし、御身のお姿もティルと変わらぬように見えますが」


無視⁉︎

しかもハーディバルがガチ敬語⁉︎

あ、いや、ウィノワールは『八竜帝王』なんだっけ…そうか、偉いんだった。


『うむ、故にミスズの力を借りたい。ミスズ、余と契約をしておくれ。其方になら余は力を貸しても良い』

「え? 私?」

「は?」

「え?」

「…け、契約…⁉︎ 『八竜帝王』と…⁉︎」


卵の中から首を傾げるウィノワール。

………かわいい。

あれ? 爬虫類には興味ないのに…むしろ嫌いな部類なのに…!

誕生の瞬間を目の当たりにしたからなのかしら?

…かわいい!

じゃ、なくてー!


「契約って? さっきティルとしたみたいなやつ?」

『余の世話係になれ。その代わり、余は其方の望みを叶える手伝いをする』

「…えーと、それはご飯を食べさせたり体を洗ってあげたりって感じ?」

『そうだ。余はこの通り幼くなってしまった。力も赤子に戻ってしまったからな…其方が余と契約してくれれば、多少だがあのニーバーナくらいの力は戻る』


上を見る。

ハクラの呪文で大きくなったティル。

あのサイズに戻るって事…?

…まあ、あのサイズでもウィノワールは全然怖くなかったしな…。


「待ってウィル! ミスズは体内魔力容量が普通の人より少ないよ! ミスズと契約しても、ウィルの力は戻らない!」


と言うのは現在進行形でティルのサイズ維持のために魔力を削いでいるハクラ。

あ! そうよ、私の体内魔力は普通人より少ないのよ!

とてもじゃないけどハクラのようにティルをあのサイズにするなんて無理だわ。

今は魔力補助器もないし…。


「そ、そうね…お世話係になるのは全然構わないんだけど…」

『それはわかっておる。だが、余は其方が良い』

「えええ…⁉︎ な、なんで私⁉︎」

『其方が気に入ったからだ』

「………ウィノワール…」


ふんわりと私の目線に浮かぶ小さなドラゴン。

真っ黒な体に、金と銀の瞳の幼くなった王様。

命の恩人にそこまで言われたら…、…い、いやいや、でも…。


「………。…今回だけなら、僕の体内魔力を使って構わないです」

「え?」

「僕の得意属性は『闇属性』と『土属性』。お前とも、王とも相性は良いはずです。『八竜帝王』最強の王…『闇翼のウィノワール』……邪竜討伐にお力をお借りしたい」

『構わぬが、余はミスズとしか契約する気はないぞ』


頑な!

私なんかのなにが気に入ったの〜⁉︎

…えーと、つまり、だから…魔力問題もクリア?

……このままじゃティルも時間の問題だし、こっちにはユフィとエルフィの動かせない重傷患者もいる。

邪竜を倒せる力があるのは…『八竜帝王』のウィノワールだけ。

なら、迷ってる暇はない。


「わかったわ! あなたと契約する! お世話係になるわ! だから、邪竜をやっつけてくれない⁉︎」

『うむ、任せるが良い』


自信満々! 頼もしい!


「で、契約ってどうするの?」

『手を出せ。どちらの手でも良いぞ』


手。

…ティルと仮契約した時のように、差し出した右手に小さな口がちょこんとキスをする。

そこから生まれた小さな黒い光が輪になり、手の甲へと収束していく。

そして、それは闇の紋章になった。

ただティルの時とは違い、闇の紋章は私の皮膚に溶けるように消えてしまう。

これで契約終わり?


『そして叫べ、其方の名前と余の真名を』

「その前に」

「!」


ハーディバルが突然私の手を掴む。

え、え⁉︎

慌てる私を他所に、冷静に「魔力を渡す」と言い放たれる。

…そ、そうだった、私を媒体にして魔力をウィノワールへ渡すんだったわね。


「あ、ありがとね…」

「いや、こちらこそ」

「え…」

「…巻き込んだのはこちらだからな…」

「…あ、そういう…」

「?」

「な、なんでもないわ」


あれ? 私、今なにを期待したのかしら?

なんで落ち込んでるの? 私…。

うっ! ハクラの眼差しか不審がってる!

なんでもない、なんでもない!


「えーと…ハクラはなんて言ってたっけ?」

「ミスズの名前なんだっけ、フルネーム」

「水守みすずよ」

「ならこうかな。ミスズ・ミモリが新たなる契約に基づき願い奉る。汝の真の名をもって、王の力をここに解放しろ! …真名は…ミスズ知ってるの?」

「うん」


うわー、すっごい魔法使う感じの呪文!

ひゃあっほーい!

ちょっとワクワクしてきたわー!


「よーし! かっこよく決めるわよー!」

「…この状況でなんて呑気な」

「ミスズ・ミモリが新たなる契約に基づき願い奉る! 汝の真の名をもって、王の力をここに解放しろ! ダークヴァール=ウィノワーーール‼︎」


ハーディバルの冷静なツッコミが耳に届いたが無視した。

だってせっかくの魔法っぽい呪文なんだもの。

調子に乗って右手を掲げると、なんか正解のように漆黒の紋章が天に浮かび上がった。

小さな黒いドラゴンが、天空の紋章へと飛び上がるとそれをすり抜ける。

途端に、あのかわいいサイズがコロシアムの広場サイズになって登場した。

私を助けてくれた、あのドラゴンだ。

金と銀の瞳、漆黒の鱗、長い尾、闇の翼。

力強い咆哮に邪竜が反応して、おぞましい咆哮で応じた。

体の大きさはやはり大人と子供。

でも…


ウィノワールの闇の翼が黒く輝く。

なんて綺麗なの…。

その輝きが背中から首、首から口へと吐き出される。

同じく口からどす黒い光線を吐いた邪竜。

その光線は、ウィノワールの闇の光でかき消される。

どういうことなのか、ウィノワールの闇色の翼はどこまでも広がって空を覆っていく。

闇の翼からはいくつもの細い光の柱が邪竜へと突き刺さり、消える。

痛みに叫ぶ邪竜。

ううっ、邪竜から噴き出した黒い靄がまた更にどえらい臭い…。


「すごい…あれが『闇翼のウィノワール』王…! 父さんが欲しがった力…!」

「…邪竜をまるで赤子のように…!」


私も呆気にとられた。

だって、本当に強い!

サイズはティルと同じくらいなのに…力は圧倒的。

あれが神竜の領域に達したドラゴンの王様…。

『八竜帝王』…『闇翼のウィノワール』!

私の、命の恩人。

あんな力があっても争いを好まないと言い、私を助けてくれたの。


『ゆくぞ、ニーバーナ!』

『ぼくはティルだよー、ウィノワールおにいさん!』

『そうであったな』


あまりにも圧倒的な力の差に、無茶苦茶に暴れ始めた邪竜。

ひええ、こっちまで石の瓦礫が飛んでくる!

ハーディバルがバリアを張ってくれるから被害はないけど、このままじゃ床が抜けるのも時間の問題だわ!


『パパ!』

「うん! トドメだミスズ! ハーディバル!」

「え! あ、お、おう! やってやるわ!」

「はいはい、もういくらでも持っていきやがれです」


私ただの中継基地だけどね!

左右に回り込む黒と白のドラゴン。

挟まれた邪竜は、どちらを迎え撃てば良いのか分からずただ大口開けて威嚇する。

その隙に、ティルとウィノワールの特大の火炎放射!

ドラゴンの醍醐味!

きゃー! 怪獣映画みたいなんだけどー!

…っていうか熱…熱風がこっちまでくる!

熱い! あつつつつつつっ!

臭いし熱いし地獄かっ!


ポツ。…ポツ、ポツポツ…。


…私の心の声が通じたかのように降り出した雨。

まさに天の恵み!

ウィノワールとティルが私たちのところへ戻ってくる。

小さいサイズに戻って、ウィノワールは私の胸に…ティルはハクラの腕の中へと飛び込んできた。

…寝てる。


「お疲れ様…ありがとう…」


抱き締めた。

私の小さな王様。

真っ黒に焦げた、邪竜の体。

首から上は、焼け落ちている。

伝説の末路…。

この程度の被害で済んだのはまさに奇跡なんだろうけど…やっぱり後味悪いわね…。


「チトセさん」

「?」

「……ありがとう」


ハクラが明後日の方向にお礼言ってる。

どうしたどうした⁉︎


「誰です?」

「ツバキさんのお兄さん。この雨はチトセさんの黒炎能力だよ。…ほら、俺たちは濡れてない」

「! 本当だ」

「ツバキ…王妃の? え! それでは…!」


王妃様のお兄さん?

……王妃様は、確か純血の幻獣…そのお兄さん…って事はーーー!


「邪竜の邪気と瘴気が消えていく。…浄化の雨だ」

「………街全体に及んでいた瘴気が瞬く間に…。…ありがたいですね…」

「…ホンットに過保護…俺は大丈夫だったのに…」

「は?」

「ううん、なんでもない」

「…終わったのね…」

「………うん、終わったね」


ほう、と溜息が出た。

禍々しい空気が雨で洗い流されていく。

淀んでいた空気も、空間すらも直して雨は止んだ。

晴れ晴れとした夜が…そこには広がっている。

東の空が赤らんできて、それはなんとも長く、恐ろしい夜の終わりを告げているようだった。

……………え、朝?


「うそ…徹夜?」

「…ああ、やっと来た。…まあ、あの瘴気では降りられないですよね…」

「おーい!」


天空騎士隊の先行隊が到着し、ユフィとエルフィは王都の病院へと運ばれる事になった。

空間の淀みは雨が消してくれたようだが、念のため転移魔法は避ける事にしたのだ。

まあ、安全が確認されてからじゃないと空間系は怖いものね。

二人に付き添ってカノトさんが一緒に行くと言ったけど、天空騎士隊のドラゴンたちにも一応重量規制ってもんがあるのでお断りされた。

というわけで、私たちも街の外まで徒歩で向かう事になる。

安全第一…仕方ないわ。


「ミスズお嬢様!」

「やあ! ハーディバルくん! ハクラくん! そしてティルくんもお疲れ様だ!」

「……………」

「…なんだろう、ランスロット団長を見たらドッと疲れが…」


街の入り口まで来ると、騎馬騎士隊と数人の魔法騎士、ランスロット団長、そしてマーファリーが居た。

私たちの姿を見るとマーファリーが駆け寄って来てくれる。

うわぁ、な、泣いて…。


「ご無事ですかー! すみませんすみません! ほ、本当はわたしもミスズお嬢様を助けに行きたかったんですけどハーディバル先生にランスロット団長たちを待っていて状況を説明してくれって言われてーー!」

「うん! うん! 分かってる! 大丈夫だったから落ち着いて!」

「お怪我は⁉︎ お怪我はありませんか⁉︎ ああ! せっかく整えた御髪やお化粧がボロボロ!」

「怪我の次に気にするのがそこ⁉︎」


私の手の中のドラゴンにはまさかのノータッチ⁉︎

さすがマーファリーだわ…。


「ナージャ! あなたも無事だったのね! 良かった!」

「…マーファリーさん…」


こんなにテンションの高いマーファリーはお祭りやお化粧の話をする時以外で初めて見たかも。

ランスロット団長とハクラとハーディバルは状況の確認とか、小難しい話をしてるわね。

カノトさん…心ここに在らずって感じ。

そして…マーファリーの手によって即座に整えられる私の髪。

こんな時でもなんてぶれないの…マーファリー。

メイドの鑑だわ、あなた…。


「分かった、後は私が引き継ごう! ハーディバルくんは彼女たちを家まで送ってくれたまえ! 後で色々聞く事になるとは思うが!」

「僕よりハクラの方が適任です。僕も調査に加わるです。一応隊長ですから」

「む、そうか? ではハクラくん! 構わんかね!」

「うん、いいよ。さすがに疲れたしねー、俺も」

「あの、僕はユフィ、…ユスフィーナ様やエルファリーフ嬢のところへ向かいたいのですが」

「うむ! 構わんよ! えーと病院はどこになったのかな?」

「国立王都第一病院ですね」


カノトさんはユフィたちのところへ行く⁉︎

それなら、私も!


「私もユフィたちのところへ行くわ!」

「ワタシも!」

「んん⁉︎ …そうかね? 私は構わないが…ただ、アナスタシア・クレパスくん! 君は我々に協力してくれるかな! 一応、君は関係者の扱いだからな!」

「! …あ、そ、そうですね。はい、ワタシに分かる事なら」


…そうか、ナージャ…ううん、アナスタシアはクレイドルやターバストの家族…関係者、か。

腕を組んだハーディバルが少し不服そうに「いや、普通に拘束しやがれです」とランスロット団長に進言している。

安定の鬼!

でもランスロット団長は相変わらずの笑顔で「はっはっはっ!」と笑って誤魔化した。


「ワタシはそれでも構いません。お嬢様やユスフィーナ様を騙していたのは事実ですから…」

「うむ! その辺りも後で詳しく聞く事になるだろう! だが、今の今までハーディバルくんは君を拘束していないしな!」

「!」


あれ、そういえば…。


「やかましい。声量下げやがれです」

「はっはっはっ! ハーディバルくんは相変わらずツンデレ…!」


ゴッ!

ランスロット団長の膝裏をハーディバルが蹴りつける。

かくん、と仰け反るがランスロット団長はそのまま笑い続けた。

どんな身体能力よこの人…! 怖!


「なんにしても今回の件は大事件の部類だ! ミスズくんやマーファリーくんにも後で話を伺う事になるだろう! 協力、お願いするぞ!」

「あ、は、はい!」

「分かっております」

「では一度皆、病院で検査をしてもらって、ゆっくり休まれるといい! さあ! 我々は仕事だぞ! 諸君‼︎ 張り切って行こう!」


おー、とやる気の感じられない騎馬騎士隊の声。

あ、いや、きっとランスロット団長の声が元気すぎるのね。

街の入り口にあった魔石車でまた関所まで戻り、そこからハクラの転移魔法で王都へと行く。

国立王都第一病院という場所で色々検査を受け、暖かな食事や飲み物でほっと息をつき、ユフィやエルフィの病室にも行った。

そこにはすでにカノトさんが居て、二人はベッドの上で横たわり輸血を受けている。

顔色がだいぶ戻っているわね…良かった〜。


「…あの、ミスズお嬢様、わたし、お屋敷に連絡をして参りますね」

「あ、そうよね。お願い!」


病院を出て行くマーファリー。

残ったのは私とカノトさん…と、私の腕の中でスヤスヤ眠るウィノワール。

病院の人にもそれはもう驚いた顔をされたけどそれも一瞬。

ハクラがティルを連れていたので、そういう種類の人間だと思われたのか突っ込まれることはなかった。

複雑だわ…。そういえばハクラとティルはどこへ行ったのよ…?

…正直カノトさんとお話しする事が思いつかないんだけど…。

そういえばカノトさん、ずーっとユフィの顔を眺めてるわね…。

表情は深刻そう…ここはそっと立ち去るのが正解な気がするわ…。スススス…。


「ふう」

「あ、いたいた」

「ハクラ」


フードにティルをインしたハクラが歩いてきた。

こいつ、今までどこにいたのよ。

文句を言うと騎士団と連絡してたらしい。

…仕事してたのか…ごめん。


「はい」

「はい?」


なにか細長い布を手渡された。

広げてみると…抱っこ紐的なやつ?


「あるのとないのじゃ全然違うから」

「…ありがとうございます、先輩…」


ハクラに手伝ってもらいながら装着!

背中にウィノワールを背負うようにすると、まあ! なんて楽!

両手が解禁したわ!


「でも肩凝りそう…」

「スヴェンさんに相談すると腰に巻くポシェットとかくれるよ。あの人、ドラゴンのお世話に関してはプロだから。俺もよく相談に乗ってもらう」

「プロ…! なんて心強いの…!」

「まあ、ウィルはティルと違って会話もできるし記憶もあるみたいだからそこまで苦労はしないと思うけど…」

「…全然起きないんだけど、大丈夫なのかしら?」

「ああ、うん、ドラゴンって人間と時間感覚がそもそも違うんだって。特に『八竜帝王』クラスのドラゴンは寿命がないから、寝ていることが多いらしいよ」


…そうなんだ。

そういえばティルもほぼほぼ寝てるものね…。

……………ティルといえば…ティルも邪竜と戦えていたわよね?

それって…。


「ねぇ、ハクラ…ティルって、何者?」

「……………」


急に真顔になるハクラ。

ウィノワールと私が契約した時といい、不思議と共通点が多かったような…。

それに『ニーバーナ』って、頻繁に出てきた名前…あれは…『八竜帝王』のうちの一体『銀翼のニーバーナ』ってこと?

確か『光属性』を司る銀白竜で、アバロン大陸を維持するために残った王様ドラゴンってマーファリーが…。


「…ティルはニーバーナ王の転生体だよ。ウィルと違って、ニーバーナ王はアバロンを守る為に力の全て、肉体の全てを使った。だから記憶も力も全部失って転生したんだ。本人は一応『八竜帝王』の一体って自覚はあるみたいだけど…なにも覚えてないんだよね。まあ、俺はそれで良かったと思ってる。アバロンは変わらないといけないから」


…私にはアバロンがどんな場所かはよく分からないけど、マーファリーはようやくつい最近奴隷制度がなくなったと言っていた。

偏見や差別はまだ色濃いだろう。

ハクラが『八竜帝王』のうちの二体、『雷鎚のメルギディウス』と『獄炎竜ガージベル』に頼んでアバロンの大地を取り戻し、アバロン大陸は変わろうとしているんだって。

ウィノワールの温もりを感じる今ならそれがどれほどすごいことなのか、改めて実感できた気がする。

そして、ドラゴンの王様達がどれほど寛大なのかも。


「…やっぱり全然違うわよね」

「うん?」

「ドラゴンと竜人の人たち! …比較対象が王様だからか余計そう思うわ。…ドラゴンって、本当に誇り高くて寛大な生き物なのね…」

「…うん。竜人族の人たちは、やっぱり人間に近い人が多いよね」


自己犠牲とか、そういうのとはまた違う。

自分の力が大きいから、下々の者どもを助けてやるのが当たり前、みたいな感じ。

それに対して竜人族の…ターバストやクレイドルはその巨大な力を利用しようとした。

それは、人間の考え方にとても近いと思う。


「でも人間に近いから、ケイルさんやレークさんみたいに騎士になった人たちもいる」

「……やっぱり竜人族は竜人族っていう種族なのね」

「うん、俺もそう思う」


ドラゴンの力を持つ、人。

良い人もいれば悪い人も変な人も強い人も弱い人もいる、って事だ。

なんだ、至極当たり前のことね。


「今回は規模が大きくなりすぎたけど」

「後始末めちゃくちゃ大変そうよね…」



アルフ副隊長の休暇がまた遠退いたんだろうな、と、ぼんやり思った。








********




陽だまりのガーデンテラス。

シャクシャクと私の世界でいうところのりんごを食べるウィノワール、ことウィル。

うん、今日も食欲旺盛でいいことだわ。

…本当ならハクラみたいにドラゴン食作ってやらないといけないんだろうけど…ティルと違って記憶のあるウィルは、そういうのを好まない。

こちらとしてはありがたい限りなんだけど…。


「やっぱりわからないわ、ウィルが私なんかを契約者に選んだ理由」


お世話係なら別に私じゃなくてもいいと思うのよね。

と、いまだに思うんだけど…。


『其方には分からぬかもな。だが、分からぬ其方だから良いと思ったのだ』

「…また小難しい事を…」

『それにしても、人の世は騒がしいな』

「いやいや、それはだってーーー」


あの事件から五日。

エルフィとユフィも無事退院して、ユティアータに戻ってきた。

街は平和そのものだけど、国はクレパス領の反乱未遂で大騒ぎだ。

まあ、その大騒ぎも王妃ご懐妊&第三王子、第四王子誕生のニュースでほぼ掻き消されている。

ハクラの『大切な用事』は、王妃様の出産に立ち会う事だったんだって。

んもー、超ビックリしたわよー!

まあ、驚いたのは異世界人の私より、この世界のこの国の人たちの方。

まさか二千年ぶりに王子誕生だなんてお祭りどころの話じゃない。

レベル4が現れた、並みの大混乱だったわ。

でもその大混乱が落ち着くや否や国中あげてのお祭り騒ぎ。

ユティアータも反乱未遂の大騒ぎで領主があれだけの大怪我で入院騒ぎになったのに、昼も夜も関係なく音楽やどんちゃん騒ぎが続いている。

…あの邪竜が倒された朝、まさにあの瞬間にーーー第三、第四王子が生まれていたのよ。

なんだか信じられないわ〜。

…二千年ぶりっていうのを含めて、なんかもー、ほんと規模が違う。


『椿の子か…さぞや利発な子になるであろうな』

「ウィルは王妃様のこと知ってるの?」

『うむ、余等『八竜帝王』と呼ばれる者たちをこの世界に連れてきたのは椿の母なのだ。祭という。…そして余たちが言葉も分からぬ幼竜の頃、共に育って世話をしてくれたのが祭の子等。特に神楽は余等の子供たちとも仲良くしてくれてな…。まあ、そのお陰であの兄弟は幻獣族の中でも変人扱いされておるようだが』

「…幻獣ってドラゴンを食べるって聞いたけど⁉︎」


育てた⁉︎

幻獣がドラゴンを…王様たちを⁉︎

どどどどーゆー状況⁉︎


『…そうさな、太古の昔幻獣たちは様々な世界を渡り歩き、ドラゴンを狩っていたという。しかしこの世界『リーネ・エルドラド』に居を構えるとなった時、餌がないのは困る。余等は幻獣の餌を増やすために連れてこられたのだ』

「………。家畜ってこと? …なんとも思わないの⁉︎」


人間だって牛や豚や鶏…ラックも…飼って増やして食べちゃうけど…。

それを本人たちからどう思ってるから聞いたことないし聞ける機会が来るとは思わなかったわ!


『特になんとも思わぬな。生き物の営みの一つとして、この世界に息づくものとして、それは世界の一部だ。むしろ世界を構成する一つとなった事を誇りに思っておるよ』

「…やっぱり王様は言うことが違うわ…」

『だが其方は異界からこの世界に来た者。…この世界の一部ではない。…其方が帰れるように余も手伝えることがあれば手伝おう。なんなりと申すが良いぞ』

「……うん、ありがとね…」


長い首がくねっと傾く。

…違うわ、器が!

ジョナサン王子やフリッ…フレデリック王子やハクラも器がでかいと思ったけど…なんつーか、ウィルは別物ね。

ドーンと構えてるって感じ?

でも、かわいい!

苦手だったのになぁ、爬虫類系…。

切ったりんご的果物を差し出すと嬉しそうにかぶりつく。

…かわいい…。


「ミスズお嬢様! こちらでしたか!」

「マーファリー、どうしたの?」

「すぐに着替えてください‼︎ お、王子殿下とハーディバル先生とランスロット団長がいらっしゃるそうです‼︎」

「…え…」


お、王子殿下ってどっちの⁉︎

で、しかもハーディバルとランスロット団長まで⁉︎

え、なんで⁉︎ そんな豪華メンバーが⁉︎

マーファリーに攫われるが如く自室に連れていかれ、髪や化粧を直され、普段着より少し堅苦しい感じの服に着替えさせられる。

そして連れていかれたのは屋敷の中の客間。

そこには退院したてのユフィとエルフィ。

引き続き護衛で雇われているカノトさん。

三人とも表情が硬い!

き、気持ちはわかるけど!


「い、一体なんの御用なのでしょうか…お姉様…」

「聞きたいことがあると仰っていましたから、クレパス領での事の聞き取りではないかしら…」

「ですが王子殿下たちまでですよ⁉︎ わたくしフリッツ様がフレデリック殿下だと知らなかった頃何かしてしまったのでは…! あああ…ごめんなさいお姉様!」

「お、落ち着いてよエルフィ! そんなこと言ったら私なんか二人に毛深いとかハゲとか言っちゃったのよ⁉︎」

「ミ、ミスズ⁉︎ そのお話、私初めて聞くんですけど⁉︎」


やばい墓穴掘ったわ。

ユフィに禁断の過去が知られてしまった!

そこへコンコン、と扉が鳴る。

カッキーーン、と硬直する私たち。


「こんにちわ、体調はいかがですか?」

「邪魔するぜー」

「ふが!」

「………」


…?

何故ランスロット団長はハーディバルに口…というか顔の半分をビンタされたのかしら?


「よ、ようこそいらっしゃいませ。フレデリック殿下、ジョナサン殿下…ランスロット団長様、ハーディバル隊長様」

「いきなりですみません。色々と立て込んでいましてね…取れた時間がここだけだったんです」

「とんでもございませんわ!」

「で、マジで体調はどうなんだ?」

「はい、おかげさまで…」


…まさか王子様二人とも来るなんて!

二人並ぶと本当にそっくり…というか同じ顔ね! さすが双子!

でも仕草と服の着崩し方でどっちがどっちか一目瞭然ね…。


「それはなにより。ではまず我々からの用事で…ミスズ」

「私⁉︎」

「ウィノワール王と契約したそうですね」


あ、その件か…。


「うん、じゃ、なくてはい!」

「今まで通りで構いませんよ」

「………じゃあ…」


正直中身が悪戯好きの悪ガキだと知っているのでフレデリック王子には敬語使いづらかったのよね。

にっこり笑顔もフリッツそのもの。

…腹黒王子め…。


「…それで、ウィノワール王は?」

「あれ? どこだっけ?」



え。



場の空気が凍る。

ヤバい、このままだと白い目で見られる!

慌てて腰のポシェットを開けてみると、まだしゃりしゃり果物を食べているウィルが!


「こ、こらー! ポシェットの中に食べ物は入れちゃダメって言ったでしょー⁉︎」

『其方が余が食べておる時にそのまま入れたのではないか』

「え、そ、そうだっけ? で、でも食べないでよ! 中ベトベトになるのよ!」


ウィルのお世話係は私なのでメイドさんたちに洗濯してもらうのに罪悪感を感じるのよー。

…ああ、汁でポシェットの中がびちゃびちゃ…。


「………。ウィノワール王、お久しぶりです。フレデリックです。覚えておいででしょうか」

『無論覚えておるよ。ジョナサン王子も久しいな』

「はい」


ジョナサン王子の敬語!

意外! 敬語とか苦手そうなイメージだった!


『すまぬな、其方等の国の迷惑にはならぬつもりなのだが…余はミスズが気に入ってしまった』

「…こちらとしてもミスズがウィノワール王のお世話をする事に異論ないのであれば、なにか言うつもりはありません。これも良い機会と捉えて、ウィノワール王には是非、我が国を知っていただけたらと思っております」

『…そうか…。…ふむ、ではやはり近いうち、一度森には帰らねばならぬな。ミスズはすぐに元の世界に帰れぬのであろう?』

「そのようですね。ミスズの世界は類似した世界の多い、惑星『地球』のようですから。一体どの『地球』から来たのか、そちらの調査も今進めているところだそうです」

「……………。…なんかすっごい政治的な話してる…」

「ええまあ…ウィノワール王はドラゴン族の王のお一人で、僕はアルバニス王国第一王子ですから」


そ、そうか…今更だけど、そうか…。

ドラゴン族とアルバニス王国は不可侵条約を交わしてるって習ったし…。

二人は王様と王子様なんだったっけな。

いや、忘れてたわけじゃないんだけど…変な感じ。


『そんな訳で、余は一度余の自治区がある森に帰って息子に転生した事や留守にする事を伝えねばならんな』

「弟が生まれたのでドラゴンの森には伺う予定もあります。その時に僕の方から他の王たちや、ご子息にお伝えしますか?」

『…いや、その時に同行しよう。ミスズも付いて来るか?』

「え」


ウィルの家族!

それはご挨拶した方がいいわよね?

あれ? でもドラゴンの森って立ち入り禁止でしょ⁉︎

間違って立ち入ったら…ドラゴンに食べられるって…。


「は、入っちゃダメなんじゃないの⁉︎ ドラゴンの森って…」

『余と契約しておるのだから問題ない』

「それにミスズはこの世界の民ではありませんからね。ドラゴンたちも手を出して来たりはしないでしょう」

「そ、そういうものなの?」

『というか、余の契約者に手など出そうものなら余が黙っておらぬよ』

「この世界のドラゴンは強さで序列を決めたりしませんからね」

『ガージベルの一族は力と体の大きさで序列を定めるようではあるがな。余の一族は穏やかな性質ゆえそういうことはない』

「そ、そうなの? …じゃあ、ご挨拶には行こう、かな?」


あ、というか!


「そういえば弟さんが産まれたんだってねおめでとう!」

「ありがとうございます。…丁度産まれた弟たちのためにドラゴンを狩りに行こうかと思っていたところ、邪竜がいい感じに丸焦げで食べ頃になっていたので手間が省けましたよ。まあ、個人的には生肉の方が好みなんですけど」

「邪竜のお肉は俺たちが美味しく頂きました」

「…あんなこと言ってるわよ?」

『幻獣や王族が狩りに来るのは致し方なきことよ。それもまた世界の一部』

「シ、シビア…」


よくドラゴンの王様の前でそんなこと言うわね。

と、思ったけど、さすが王様、言うことが違うわ…!


「…っていうか…邪竜って、あれ、元々は魔獣よね…? た、食べたの…?」

「食べられるってツバキさんが言うのでありがたく頂きましたよ」

「う、うわぁ…」


本気でドン引きなんだけど…!


「と、いう感じで僕らの用事は終わりましたよ。ランスロット、ハーディバル」

「では!」

「声を慎みやがれです。一応退院したてですよ」

「おっと、そうだった…申し訳ない…」


…ハーディバル、それでさっきランスロット団長さんの口をビンタしてたのか。

ユフィやエルフィ、怪我も治っているし輸血してもらったとはいえやっぱりあの件はショックが多かったものね。

怖いことも多かったし…なんだかんだあれから少し元気はない。

もう少し休んでいればいいと思うけど、ユフィは領主の仕事があるからともう復帰している。

エルフィもちゃんと卒業したいからと、学校にはいつも通り復学した。

全く頭が下がる姉妹だわ。


「まず私から!」

「声」

「…ンン…。…まず、レベル3とレベル4の襲撃事件の報告をさせていただこう。この二つの事件はやはりクレパスの領主、クレイドル氏とその息子、ターバスト氏が仕組んだことだったと判明した」

「! ………。…では、あの魔獣たちは…」

「ふむ、順を追って説明させていただくと…」


…騎士団が今回の事件関係者をひっ捕らえたり、これまでの調べなどから導き出した真相はこうだ。

ユスフィアーデ家には、王家だった時代に『服従召喚魔法』という今では禁術になっている魔法を用いて戦争を行なっていた過去があった。

それは書庫の地下の、更に深い場所にある禁庫に封じられたもの。

人間より長寿な竜人族の一部では、そういう遥か昔の禁術を覚えているものも少なくなく、クレイドルもその一人だったらしい。

抱いた野望…人を淘汰し、竜人がドラゴンと肩を並べる種として大陸を支配するためにいくつもの禁忌魔法を研究していたクレイドルは、最終的に二つの禁忌魔法を用いることを決めた。

それがユスフィアーデ家の血を捧げて使う『服従召喚魔法』とカナデルア家という同じく元王家だった家の人間の血を捧げて使う『魔獣操術魔法』。

衝撃だったのは、そのカナデルア家の人間だ。


「…ナージャが?」

「はい、遡って調べた結果カナデルア家はドラゴンと婚姻を結んだ王家の一つでした。その末裔の女性をクレイドルは娶り、ナージャ・タルルス…アナスタシア・クレパスがその娘という事になります。そしてその禁忌魔法は、カナデルア家の者の命を捧げて発動するもの。…アナスタシア・クレパスの母親は、その魔法をクレイドルが習得した時に犠牲になったようです」

「……そんな…っ」


クレイドルは自分の後妻を殺して魔獣を操る魔法を手に入れた、という事だ。

なんて酷い話だろう…。

ウィルが『半分とはいえドラゴンの血を受け継ぐ者のやることとは思えぬ』と目を閉じてしまうくらい、ゲスいわ。


「ただ、魔獣を操る力にも限界や制限、条件があるようで、ここ何年か国中で見られた『邪悪な魔力』の気配の痕跡はその調査や試行錯誤の痕跡だったようです」

「その辺りは専門家と調査しているが、古代禁忌魔法の一つ故詳しい事はお知らせ出来ない! ご了承頂きたい!」

「は、はい」

「声量下げやがれです」


なんにしても、人の命を犠牲にする魔法は禁忌に指定されている。

当たり前よね…。

そしてクレイドルはユスフィアーデ家のユフィを手に入れるべく、息子に婚姻を迫らせた。

一向に頷かないユフィから、領主という地位やカノトさんという初恋相手を奪うためにレベル3やレベル4を試験がてらユティアータに襲撃させたり、カノトさん暗殺を目論んだりしていたらしい。

カノトさんを襲った竜人たちの目的は、ユフィの恋愛対象が居なくなればターバストさんに行きやすくなる、と考えたから。

なんて浅はかなの…。

そして恋愛感情を使って自分の野望を果たそうなんて…ホンットサイッッッッテー野郎ね…!

やっぱり一発ぶん殴ってやりたかったわ!


「ねえ、ハーディバル…それで…ナージャはどうなるの?」


ターバストは有罪確定で、刑務所行きが決まっているらしいけど…ナージャは?

あの子も確かに悪い事をしていたかもしれないけど、最終的には自分の意思で父や兄に逆らった。

虐待されて、利用されて、その上刑務所行きは可哀想すぎる。

そりゃ生意気で可愛子ぶりっ子の猫かぶり腹黒小娘ではあるけど…。


「そうですわ! ナージャはどうなってしまうのでしょうか⁉︎」

「…ミスズやマーファリーに、あの子はクレイドル様やターバスト様に辛く当たられていたと聞きました。どうか恩情をお与えいただけないでしょうか…!」


天使姉妹かな⁉︎

驚いた顔のカノトさんとジョナサン王子。

フレデリック王子やランスロット団長はニコニコしていて、何を考えているのかわからないけど…ホンットこの姉妹は優しいわね! 天使よね!

自分たちを騙していた相手なのに…。

まあ、確かに憎らしいけど憎めない奴だし、同情の余地はあるっていうか!


「…今ご説明した通り、アナスタシア・クレパスは『魔獣操術魔法』の発動条件になるカナデルア王家の末裔に当たります。今回の事件についても、身内であり関係者という立場。無罪放免は難しいです」

「そんな…」

「で、ですがハーディバル隊長! それを言うならば私たちユスフィアーデ家も、その…『服従召喚魔法』の発動条件になる、という事なのでしょう⁉︎ 今回ウィノワール様を呼び出し、被害を与えてしまう結果になったのは私たちにも責任がありますわ! それなのにナージャだけを罰するのは、おかしいのでは…」

「あなた方は百パーセント被害者側です。それはアナスタシア・クレパス他、関係者全員の意見が一致しています。変なイチャモンは却下するです」

「ううう…」


…まあ、その理屈は私も無理があると思うわ…ユフィ…。


「それに加えてアナスタシア・クレパスは約一年間ほど王都の邪気を集めていたようです。恐らく魔獣を操ったり作り出したりするためでしょう。…本人もそれは認めています」

「禁忌魔法幇助だな!」

「アナスタシア・クレパスの持っていた魔導書…あれもクレイドルが古代魔法の魔導書を加工したもののようです。とは言え、魔導書そのものは実際古く、写しとはいえ貴重書籍に違いはない」

「無許可貴重蔵書所持だな!」

「誤召喚は言わずもがな」

「召喚魔法法違反だな!」

「これに関しては軽めの罰をすでに与えていますが、本来は五十年以上の魔法使用禁止が妥当」

「追加制裁対象だな!」

「加えて今回の邪竜事件は元を正せば反乱です」

「国家反逆罪だな!」

「あと細かいことを言うと偽名での労働は労働法違反です」

「はっはっはっ! 全部合わせたら懲役五百年は優に超えるな!」

「お、お慈悲を!」

「五百…⁉︎ ちょぉっ! な、長すぎるわよ⁉︎」


出るわ出るわ…。

ナージャってこんなに罪を犯していたの⁉︎

…エルフィじゃないけど、それがそのまま下されるんなら無慈悲すぎるわよ⁉︎

だってあいつ、まだ十三歳じゃない!

子供よ、子供!

少年法とかこの世界にないの〜⁉︎


「竜人なんですから五百年なんて余裕でしょう」

「そ、そういう問題じゃないわよ⁉︎」

「…まあ、ユスフィーナ様やエルファリーフ嬢たちがそう仰ると思いましたし、本人も反省しきりでこちらに対して非常に協力的ではあるので無償奉仕活動八十年で許される事になりました」

「ぜ、全然軽くない!」


ど、どーなんだ?

懲役五百年と無償奉仕活動八十年って!

タダ働き八十年って⁉︎

ぜ、全然軽くないわよね⁉︎


「軽いですよ。ミスズ、今回魔獣化した者、あるいはさせられた者の数は百人近い。そのほとんどの者は行方不明のまま、遺体も見つかっていないんです。クレパス領の民は半数が消えていました。…あの地はもうダメでしょう。フェレデニク地方はケデル領のみになりそうですね」

「…! ……………」


一つの街、一つの領地が消滅した。

そして、たくさんの人が帰らぬ人になったのだ。

その一端に関わったナージャは、そりゃ、無罪放免はダメ、なのかもだけど…。


「そ、そう、かも、だけど…」

「けれど困ったことが一つ。ねえ、ハーディバル」

「ええ、逃亡の恐れもないので釈放にはなるのですが監視対象ですので、二十四時間居場所を把握できる身元引き受け人が必要です。これがなかなかに難しいんですよね」

「! お姉様!」

「ええ! それでしたらユスフィアーデ家で引き取ってこき使いますわ! そうですね…我が家で働くならきちんとした知識も身につけてもらわねば困りますので、王都の学校に通わせながらになるとは思いますけれど!」

「‼︎ それはいい考えね!」


含みのある笑い方のフレデリック王子。

そして珍しく含みのある言い方のハーディバル。

色々オブラートに包んだそれを、しっかり受け取ったユフィとエルフィに私も大賛成だ。

そうよね! だってナージャ…じゃない、アナスタシアは『八十年無償奉仕活動』の刑なんだもの!

がっつり働いてもらわないとよね!


「…それは助かります。実は騎士団も現在“どっかの誰かさん”のせいでとても人手不足で…しっかり学んで使える魔法使いになったらたまーに魔法騎士隊に貸し出していただきたいくらいなんです」

「ははは、ハーディバルのところに貸し出されたらそれはもうこき使われそうですね」

「はっはっはっ! 間違いありませんな!」

「……………」


どっかの誰かさん…すっごいハーディバルに睨まれてるけど…。

ジョナサン王子が居心地悪そうに横に座ってるお兄ちゃんをジトーッと見てるわよ。

笑ってる場合か。


「…では、僕の方からの要件は終わりです。ランスロット団長」

「うむ! それでは最後、私から!」

「は、はい」


ごくり。

相手は騎士団の団長様。

一体どんな…。


「ゲオルグたちの件だ! 本人たちが結婚式などは考えていないと言っていたんだが、やはりそれはいかんと思うのだ! そこで、我々で場所を用意してはいかがだろうかと思ってな! 提案に来た!」

「…声量下げやがれ。サプライズにするにしてもあんたの声の大きさでバレるです」

「彼女は仕事を続けたいのでしょう? ゲオルグは実家住まいでしたっけ。結婚後はどこに住むんですかね。その辺りも決めているのでしょうか?」

「…いや、それは余計な世話すぎるだろ…。ガキじゃねーんだから住む家くらい自分たちで決められるだろう。あんまり口挟むんじゃねーよ、悪い癖だぞフレディ」

「いやぁ、ランスロットやハーディバルにも早く良いお嫁さんが見つかるといいのですけどねぇ」

「返す言葉もありませんな! はっはっはっ!」



・・・・・・・。



「「「????」」」


盛り上がってるところ悪いけど、私たちは何の話かさっぱり分からない。

ゲオルグ、さん? はて? 誰かしら?

結婚…? おめでたい話題なのはわかるけど…私たちになんか関係あるの?


「ん? どうした? キョトンとしているが…」

「も、申し訳ございませんジョナサン殿下…。…そ、その、なんのお話しかよく分からず…」

「え? 聞いていないんですか?」

「は、はい。…ええと、わたくしたちに関係するどなたかのお話ですか?」


王子たちが顔を見合わせる。

その後ろで固まるランスロット団長とハーディバル。

え? え??


「…これは早まりましたね…」

「ハーディバル、面倒くせぇから本人たちを呼んできてくれ」

「はーい」

「サプライズ結婚式の計画はどうしたらいいだろう⁉︎ ハーディバルくん!」

「今日は諦めやがれです」


ぱたむ。

扉が閉まり、顔を見合わせて困り果てるユフィとエルフィ。

カノト氏なにか聞いてる?

こっそり耳打ちすると、全力で首を横に振られてしまう。

カノトさんもなにも知らないらしい。

ええ? いったい誰と誰の結婚なの⁉︎


「連れてきたです」


と、ハーディバルが連れてきたのは二メートルはありそうな巨体の男。

顔は毛むくじゃらで、熊のよう。

そしてその横には…え?


「レナ?」


レナメイド長?

え? え??


「も、申し訳ございませんユスフィーナ様! お嬢様! ほ、本当はもっと早くにご報告すべきだったのですが!」

「え? え?」

「私! レナ・ハルトンはこのゲオルグ・カルティエ様と結婚します!」

「「「……………ええええええ!!!」」」


ね、寝耳に水ーー!

待って待ってどうしてそうなったのぉぉ⁉︎

っていうかその熊とぉぉぉ⁉︎


「じ、実はレベル4襲撃事件の日に派遣されてきたゲオルグ様と出会いまして…」

「自分の一目惚れであります…! 必ず幸せにしますので、結婚させて下さい!」


パチパチパチパチ。

ランスロット団長とハーディバルと双子王子が拍手する。

熊みたいな人がレナメイド長に一目惚れ!

な、なぁんてロマンチックなの…!

っていうか私の知らないところで恋愛イベントどころかエンディングまでいってるって…どういう事よ〜⁉︎

い、いや、おめでたいけどね?

おめでたいんだけどさ!


「そ、そうでしたのね。でもどうしてもっと早く言ってくれなかったの、レナ」

「…そ、それは…お嬢様たちの体調が心配で…。あのような事件の後で、言い出しづらくもあり…申し訳ございません!」

「そんな事を気にしていたの? …もう…本当に余計なことにまで気を回して…あなたの悪い癖よ。…おめでとう、レナ…本当におめでとう」

「熊さんみたいでとても頼り甲斐がありそうな方ですわね!」

「はい。騎馬騎士隊の中でも防御系身体強化魔法の使い手の方なんだそうです」

「うむ! ゲオルグは守りに関しては騎馬騎士隊一と言っても過言ではない! こう見えて料理も上手いのだ! いやあ、先を越されてしまったな! はっはっはっ!」


確かにすごく強そう。

それに、レナメイド長に一目惚れするなんて女を見る目もあるわ。

顔は怖いけどレナメイド長をチラ見しては赤くなってあわあわと汗を飛ばしている…きっと一途な人なのね。

…イケメンとは言いがたいけど騎士団の人だもの、人のために命がけで戦う人に悪い人がいるわけない。

うん、まあ、合格かな!

私が全然関われなかったのはちょっと残念だけど…レナメイド長が幸せそうに笑ってるんだし、まっ、いっか!


「…ミスズ」

「うわ、びっくりした! な、なに?」


和気藹々の雰囲気をすこーし離れて見守っていたらハーディバルが近づいてきた。

差し出されたのは銀の腕輪。

あ、これは!


「魔力補助器。壊れたんだろう?」

「ありがとう!」


マーファリーにトイレを流してもらい、シャワーのお湯を出してもらう日々に逆戻りしていたのよ!

ようやく念願の通信端末を使えると思っていた矢先のあの出来事!

早速腕に装! 着!

やった! ゲーム! これで通信端末でゲームが出来る!


「悪かったな、持ってくるのが遅くなって。誰かに頼もうかとも思ったんだが、騎士団もそれなりに人手が足りなくて」

「ううん、こっちこそハーディバルには色々お世話になっもの」


特にあの『自動攻撃無効化』のネックレス!

残念ながらエルフィとユフィはそれがあってもなお、あんな大怪我をしてしまったけど…ナージャは少なくとも助かった。

それに、本当にちゃんと…私のことも助けに来てくれたしね…。


「これにも通信機能がついてるの?」

「一応な。緊急時以外は使う必要はないが」

「そっか。まあ、でも心強いかな」

「それにしてもお前、そういう顔だったのか」

「は?」


またなにを言い出すのこいつは?

言われた意味がさっぱりわからない。

しかしハーディバルはかなりまじまじと私の顔を見ている。

…え、な、なに?


「『死の気配』で顔はぼんやりしか見えなかったから」

「え」

「…怖がらせると思ったから言わなかったが、エルファリーフ嬢とユスフィーナ様よりお前の方がよほど強い『死の気配』を纏っていたんだ。顔も体も真っ白で、時折隙間から髪や目の色がわかるくらい」

「う、うそ、私が⁉︎」

「実際死ぬ目に遭っただろう?」

「う…」


…そう、ね、その通りだわ。

ターバストに脚は焼かれるし、胸から生命力の鎖が生えて…ウィルを縛り付けた。

生命力の鎖をウィルが壊した時、私は一度死んだのよね。

ウィルがすぐに自分の生命力…本来生きるはずだった寿命を私に与えてくれなかったら…私はあの時…。

うう、今考えるとかなり怖い。

改めてウィルありがとう。

そしてハーディバルの『死の気配』の精度パネェ。


「……僕は安易に約束をすることはしない。安易な約束で後悔したことがたくさんあるから。けれど、お前が生きることを諦めずに『死の気配』から生き延びたら…約束通りお前が帰るために僕も協力する」

「……ハーディバル」

「けれどやはり時間はかかるだろう。異界への道を繋ぐのは人には簡単なことではないから。…だからまずはせめて、お前の家族と連絡が取れるようにしよう。それくらいの魔法なら多分、すぐ使えるようになる」

「…お父さんやお母さんと、連絡…取れるようになるの…?」


スマホもなにもかも全部、置いて来たのに?


「お前の魂の情報は必ずお前の家族とも繋がっている。それを辿って行くんだ。糸のようにか細いものだが肉親との繋がりは決して切れることはない。そして連絡先がわかればお前の帰るべき世界も分かる。…問題は帰り方。…だから心配ない。とはいえ、ご家族は心配しているだろう。生きているなら…生き残ったならちゃんと連絡して無事を伝えてやったほうがいい。僕も手伝う」

「……………」

「ミスズ?」


何にもなくなったと思ってた。

私の世界、お父さんやお母さん。

一応、お兄ちゃんたち。

今頃心配してるだろうな、とか死んだことになってたりして、とか…色々、寂しくなるから考えないようにしてた。

でも、私とお父さんやお母さんはちゃんと……繋がってる。

話せるようになる。

お父さんやお母さんと。

心配させてる自覚はあるし、無事を伝えられるなら伝えたい。

でもそれを口にしたら気にし易いエルフィやユフィはそれはもう気に病むと思うから…。

誤魔化して、忘れようとして、考えないようにしてきた両親やお兄ちゃんたちのこと。

私ですらそう思っていたことを、こいつは…。


「………うん…ありがとう…」


やばい、泣きそう。

ダメだ、ここで泣いたらエルフィやユフィに気を遣われる。

せっかくレナメイド長の結婚で和気藹々してるのに、空気が変になるわ。


「溜め込むなよ」

「え?」

「魔獣になるぞ」

「…………」


真顔で。

それを、今…言うか。


「なによ、どーせ私の悩みなんてあんたには関係ないでしょ」

「ああ、だからお前ほど深刻にならず、話を聞いてやれなくもない」

「…………………」


ガシッと腰のポシェットを掴み、外し、ハーディバルの顔面めがけてぶん投げた。

『んぎゃ⁉︎』と潰れたような声が聞こえたが、それに被せるように私は叫ぶ。



「あんたに攻略されるつもりなんかないんだからね‼︎ ばーーーっか‼︎‼︎」



そして逃げた。

全力でその場から逃げた。

客間から飛び出し、階段を駆け上がり、自分の部屋へと飛び込んで思いっきり扉を閉めて窓を開ける。

窓辺にうつ伏せになり、自らの発言に後悔しつつ真っ赤な顔を腕にこすりつけた。


あ あ あ あ あ あ あ ‼︎ ‼︎ ‼︎


なにやってんのよ私は!

相手は十八歳よ、十八歳!

年下すぎよ、六つよ六つ!

しかも毒舌ドSの騎士隊長よ⁉︎

顔は良いけど性格と口は最悪よ⁉︎

どこがいいのよ、あれのどこが!


「………………そう思うのに…」


始終キラキラして見えた。

優しさが滲んでくる。

私ですら考えないようにしていたお父さんとお母さんのことを、まさか考えていてくれたなんて…。

あいつのことを考えると胸がドキドキする。

話しかけられた時、変に緊張したしもう少し側に行きたいとか考えちゃったしつい口元とか見つめちゃったし…も、もう、私、これ……い、いやいやいやいや⁉︎

私は乙女ゲームプレイヤーであって、ヒロインはあくまでエルフィやユフィやマーファリー!

あいつは正直攻略対象かすら微妙なのよ!

まして、なんで私が!



「そうよ! 私はあくまでプレイヤー! ヒロインたちは私が必ず幸せにするのよーーー‼︎」









・・・・・・・・・・・。






「…『八竜帝王』を御三家の魔法騎士隊隊長の顔面に投げつけるとは…ふ、ふふ、ふふふふ…」

「おい、笑うなフレデリック。笑うところじゃねぇだろ…」

「ハ、ハーディバルくん、大丈夫かね…?」

「…ええ、僕は…。…大丈夫ですかウィノワール王」

『びっくりした。話は終わったのではないのか?』

「そうですね。…………どうしてくれようかあのドブ女…」

「ハーディバル隊長様! ど、どうか穏便に!」

(ミ、ミスズ様、逃げてくださいいい…‼︎)
















『恋愛脳オタクの初異世界生活と闇翼の黒竜』を閲覧してくださった皆様、心からありがとうございます。

読んでくださる方がいただけで嬉しかったです。

前半と後半分けて書いてたら前半が丸々消えていたから書き直すことになった時は心が折れかけて天を仰いだものですが、無事書き終わって良かったです。本当に良かったです。本当に。

番外編的なものは書きたいので、その時はまた是非よろしくお願いいたします。


閲覧ありがとうございました。

古森きりでした。


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