第5話!
それから三時間後……。
「うん、完璧かな」
「やったぁ!」
バケツの中には茶色い光の魔力がたっぷり!
そう、私の魔力よ!
ハクラに合格点をもらえた私は跳ね上がった。
「ねぇ、これならもしかして魔法も使えちゃったりする!?」
「詠唱と魔法陣の意味を理解して魔力を収集、凝縮、固定すれば使えるよ」
「……け、結構難しそうね……」
魔法陣の意味……!?
……うわぁ、なんかかったるそう〜……。
心折れそうなんだけど。
「俺はほとんどイメージだけで使ってるけどね!」
「このチート野郎!」
何それずるい!
「でも理解してないと危ないんだよ。最低限の知識は絶対要る。ミスズは身を以て体験してるだろ?」
「…………そうね……」
ナージャが笑いながら目を逸らす。
生命力魔力変換魔法だなんて危ない魔法に中途半端にかかっているおかげで、びっみょ〜に寿命が減った私は確かに身を以て体験している。
フリッツの言う通り、剣の道も魔の道も一日にしてならず、なのね……。
「ナージャは魔法学校に通ってるって言ってたけど、収集がど下手くそだね。まだミスズの方が上手かったよ」
「うぐ!」
ス、ストレート……。
「自然魔力の収集はいかに体内魔力を消費せずに、魔法を使うかが掛かってくる魔法の基礎中の基礎。もっと練習した方がいいよ」
「は、はいですぅ……」
「魔法陣も詠唱もなしだと集めづらいのは当たり前だけどね。でも、魔法陣と詠唱なしに収集が上手くなればその分魔法陣と詠唱使った時の方が集まりやすくなるし」
「そ、そうなんですね……」
「ああ、でも凝縮と固定まで練習しておいた方がいいかな。収集しても凝縮、固定が出来ずバラけたら意味ないし」
「ううっ……! ……はいですぅ……」
「……ま、魔法って本当に難しいのね……」
「俺は多すぎて大変だったけどねー。ハーディバルに至っては俺より魔法に精通してるからもう収集、凝縮、固定の制御が出来なくて魔力制御器付けてるくらいだし」
そ、それで……。
「……でも、そのおかげで私みたいなやつが魔力補助器を使えるのよね……」
「そうだね」
今日、ハーディバルに渡されたこの可愛い腕輪が魔力補助器。
ハーディバルが魔法を使う時に余分に集められてしまう自然魔力を、特別な『魔力を溜め込める』魔石に蓄積させて、その『魔力を溜め込める』魔石から取り出して私のように体内魔力量が極端に少ない体質の人間も、不自由なく魔力を使えるように補助してくれるもの。
「確か、補助器は使えば使うほど持ち主の体質に合わせた魔力に変換してくれるようになるから、ミスズは頑張れば魔法も使えるようになるかもね」
「私が練習し過ぎて、溜め込んだ魔力がなくなったりとかしないかしら?」
「どんだけ練習する気なの……。……大丈夫だよ、まず自然魔力の収集を練習して、溜め込んである魔力を使う量を減らしていくようにすれば。補助器はあくまで体内魔力の動きに反応して、必要量の魔力を供給してくれるものだから」
「……そっか! よーし、それじゃあ……」
「でもその前にミスズは仕事探したら? 多分今日の練習見る限り、もう端末使えるようになると思うよ」
「ほんと!?」
端末……通信端末!
この世界のスマフォ的な物!
まあ、形は電子辞書っぽいんだけどね。
あれが使えるようになるって事は……!
「やったー! ゲームが出来るー!」
「「………………」」
「そういえばハクラ! あんたの知り合いにすごいゲームに詳しい人がいるってジョナサン王子に聞いたんだけど!? 私の世界のゲームも知ってるって! 紹介してよ!」
「その前に仕事探したら?」
「……うん。まあ、それはもちろんだけど……。……とりあえずまずはゲーム……」
「ゲーム買うのにもお金がいると思うよ」
「…………うん……そうね……まず仕事ね……」
そうよね……この世界でもゲーム買うのにはお金がいるわよね……。
そうよね……。
「ミスズの魔力は『土属性』で、植物に影響するタイプでしょ。薬草の生産とかしてみたら?」
「……薬草?」
「うん。薬草はポーションの材料になったり、調味料、薬、香水、色んなものに使われているし、最近は畜産業界で薬草入りの餌も流行ってるから需要が高いんだ。育てるのが難しい薬草は高値で取引されるから、一種類だけ専門的に育ててみたらいいんじゃない?」
「! つまり一攫千金ね……!」
「……上手く育てば、の話だけどね」
「ハクラ様、どうしてそんな事ご存じなんですかぁ?」
「あー、俺亡命者支援もしてるから。今人気の職業以外にも、すぐにお金を稼げるようになる方法とか色々調べてるんだよ。まあ、向き不向きもあるけどねー」
「そうなのね」
なんにしても私の魔力が植物を育てるのに向いてて、薬草の需要が高いんならそりゃあもう御誂え向きってやつじゃない!?
高価な薬草をたんまり育てて売ればがっぽがっぽ!
ありとあらゆるゲームを買って、エルフィたちに罪悪感を抱く事もなく遊んで暮らせるって事ね!
す、素敵〜!
「そうと決まれば早速薬草について調べるわよー!」
「がんば」
「……単純ですねぇ。薬草なんて育てるの一番難しいって有名なのに」
ナージャがそんな事言ってるとも気付かない私は拳を掲げていざ地上へ!
階段を上って、受付ロビーのある方に行くとちょうどアルフ副隊長が上の階から降りてきたところだった。
挨拶くらいしておくべきよね、知らない人じゃないし。
「アルフ副隊長さん」
「……お〜、ミスズお嬢さん。補助器の訓練は終わったのかい?」
「ええ。副隊長さんはお昼ですか?」
「いや、飯もいいけど王都に帰るとこ。その前に領主様に一度ご挨拶してくけどねー」
「そうなんですね……お疲れ様です」
そうか、副隊長さん帰っちゃうのかー。
寂しいけど仕方ないわよね、お仕事だし。
「アルフさん、ハーディバルは?」
「ハーディバル隊長なら二階の資料室にいるよん。この町にいる間はそこで仕事するんだって」
「うわー……真面目というか、大変というか……」
「本当よねー、おじさんこの町の衛騎士たちの精神が心配」
……なんて生々しい心配するのよ、アルフ副隊長さん……。
ハクラも「だね」とか頷いてないでフォローしてやりなさいよ。
受付の衛騎士さんたち泣きそうな顔で震えてるじゃない。
そりゃそうよね、いきなり別の部隊とはいえお偉い人が長期滞在する事になったんだもん。
仕事やりづらくなるわよね……。
ましてあの毒舌ドS騎士じゃあ、威圧感もハンパじゃないし……衛騎士の皆さん、ご愁傷様です。
「それはそれとして、ハクラくんに騎馬騎士隊副隊長としてそれとなくお願いがありまーす」
「えー、何……気持ち悪い……」
「例の素体の身元が分かったのよ。引き渡しの時、領主様に護衛の一人としてついて行ってあげてくれない? カノト氏だけでもいいとは思うんだけどねぇ……」
「えー、やだよー。ハーディバルは町に残るんでしょ? 俺、ハーディバルの側にいたいもん」
「理由が不純だけどそれじゃあ仕方ないわねー」
「いいんですかそれで!?」
あまりに緩い会話な上、緩い感じで終了したけど……それってユスフィーナさんとエルフィの護衛の話でしょ!?
ハーディバルから離れたくないからヤダとかどんな理由よ!?
「でもハクラくんに護衛お願いしたいって言ってたのハーディバル隊長よ?」
「やだ」
「ありゃま」
即答って……。
「あのぅ、なんのお話ですかぁ?」
「うーん? お嬢ちゃんは?」
「ユスフィアーデ家のメイド見習いですぅ」
「そうなの。……いや、ほら、この間のレベル4の襲撃で運悪く亡くなった人がいてねぇ……その後遺体の身元が分かったから、ご家族の元へ引き渡しに行くって話。領主様が自ら返しに行くっていうから」
「そ……!? ……そう、なんですね……亡くなった方が……。そうですよね、レベル4に襲われて、一人も亡くなった人がいない、なんて事……ないですよね……」
「…………」
そう言われるとしんみり雰囲気になる。
アルフ副隊長さんの言い方はかなりソフトだ。
例の素体の身元って、昨日言っていたレベル4の……。
ナージャには正直なところは言えない、わね。
でも、そっか、もう身元が分かったのね……良かった。
「まあ、その辺りの話もしに領主庁舎に行く予定なの。お嬢さんたちとハクラはどうするの?」
「俺はハーディバルに会ってから帰ろうかな。ミスズはどうするの?」
「私は……」
ナージャを見下ろすと、それはもう深刻そうな顔をして俯いている。
この子本当にユスフィーナさんとエルフィの事好きね。
いやいや、私だって好きよ?
可愛いし優しいし可愛いし。
なにより、人のために本気で頑張れる人たちだもの……尊敬してるわ。
そうよねー、ゲームや仕事の事もそうだけど……本来の目的というか……。
「ターバスト氏について調べてから帰ります!」
「? どゆ事?」
「あー……」
ハクラには呆れられたけど、ユスフィーナさんとカノトさんの恋路の最大の障害でしょ!
恋愛ゲームプレイヤーとして、情報は集めておくに越した事ないもの!
と、いうわけで!
「レークさんに会いに行きます!」
「? ? ?」
「気にしないでアルフさん。ナージャはどうする?」
「………………」
「ナージャ?」
「ん? どうかしたの? ナージャ」
なにやらハクラが呼びかけても無反応なナージャ。
私も屈んで顔を覗き込む。
すると、私の顔に驚いたのか我に返ったナージャは後ろにおののく。
失礼ねぇ!
「そんなに深刻な顔して、何か悩み事?」
「い、いえ! ……あ、あの、ナージャ、お仕事があるのでお屋敷に帰りますね! あ、ありがとうございましたーー!」
「? き、気を付けて帰りなよー?」
なにあれ?
ハクラとアルフ副隊長さんになぜか大慌てで挨拶したと思ったらダッシュで騎士塔から出て行っちゃった。
変な子ね〜、知ってたけど。
「なんだろうね?」
「さあ?」
「それじゃ、ミスズお嬢ちゃんも気を付けて帰るんだよ。……やっぱり町の中もまだ少し混乱が残ってるみたいだしねぇ」
「はい。ありがとうございます。アルフ副隊長さんも、その、あんまり無理しないでくださいね」
「ありがとう〜」
休みが全然ないって愚痴ってたアルフ副隊長さん。
顔がまた疲れている気がする……。
そんなやつれた背中を見送ってから、私は本来一般市民立ち入り禁止の二階へハクラと堂々と上がって行く。
ふっふーん、ハクラと一緒だからなのか誰にもそこ突っ込まれなかった〜。ラッキー!
「レークさん、ハーディバルと一緒にいるかしら?」
「いるんじゃない? あとはハイネルもいそう」
「うげ……」
「大事な事だから言っておくけど……魔法騎士隊にもまともな人はいるからね」
「そ、そのくらい分かってるわよ!?」
そこは勘違いしてないわよ!
た、多少やばい率高いんだろうな、くらいは思ってるけど!
こ、こほん! 気を取り直して資料室とやらをハクラがノックする。
中から男の人の声。
扉を開くと、それなりに広い部屋。
棚には本がたくさん……ここが資料室なのね。
簡易だけどテーブルと椅子があって、執務室も兼ねているようだ。
「……何か用です?」
「用はないけどハーディバルに会いに来た」
「帰りやがれです」
安定の毒舌ドS騎士……。
「お前は?」
「私はレーク副隊長さんにターバストさんの話を聞いてみたくて!」
「はい?」
ハーディバルの横でなにやら大量の書類を抱えたレーク副隊長さん。
キョトンとする彼に、溜息をつきながらハーディバルが諸々の説明をしてくれた。
すると、唐突に眉を寄せるレーク副隊長。
あれ? 何か聞いたらまずい事なのかしら……?
「…………ターバスト様がユスフィーナ様へ……。そんな話があったのですね」
「お前はこの件、どう思うです?」
「奇妙、としか言いようがありませんが……。まあ、ユスフィーナ様はお綺麗な方ですからね……。いや、しかし……」
「ほれ見た事かです。こいつも裏を感じているではないですか」
「あ、あんたねぇ……」
人の恋路にそう裏裏言うのどうなの?
大体、ターバストさんって人、ハーディバル曰く「外面のいいゲス」とか言われてたけどまさか同族のレーク副隊長さんまで!?
「いや、すみません。……ターバスト様、というよりも、ターバスト様のお父上様……クレイドル様はドラゴン信奉者だったので、ご子息のターバスト様が純血の人であるユスフィーナ様を選ばれたのには少し違和感が……」
「わぁ〜、なんかめんどくさそうな気配がするわ〜。……なに、ドラゴン信奉者って……」
「ドラゴン回帰を掲げる、少し過激な思想の竜人族の一派をそう呼びます。人の血を拒み、竜人族は人ではなくドラゴン族であると考える者たちですね。……フェレデニク地方は山脈地帯で、純血の人との交流も少ない上……竜人族は長寿である事からそういう考えの者が絶えないんです。……竜人はドラゴン族から『ドラゴン族ではない』と断じられ、ドラゴンの森へと立ち入る事は許されない。ドラゴン信奉者は、ドラゴン族に一族の者と認められ、ドラゴンの森で暮らす事を夢見ているのです。……なぜ、先祖が選んだあの地を捨ててまでドラゴンとして生きたいのか、私には分からないのですが……」
「ふーん? 竜人族は竜人族っていう種族なんだと思ってたけど……ドラゴン族がいいって言う人がいるのね」
人間よりドラゴンの方がかっこいいって事なのかしら?
まあ、確かにかっこいいんだろうけど……私は怖いから出来れば竜人族は竜人族でお願いしたいわ。
レークさんは竜人族の中でも珍しい容姿みたいだけど、ぱっと見普通のイケメンっぽくて怖くないし。
まあ、中身はかなり残念だけど。
「ええ、その通りなんです。我々は竜人族。ドラゴンと人と狭間の者。それ以外にはなれない。……でも、彼らはドラゴンになりたい。ドラゴンに認められたいという欲求がある。……その強い想い、思想は……私のように竜人と人とのハーフであり、ドラゴンの要素が全く容姿に現れなかった者を淘汰する動きになっているのです」
「と、とうた?」
ゲームで意味を教えてもらった事ある!
確か、不要なものを取り除く、みたいな意味!
……なによ、それ……ひどい!
「私の両親はそんな故郷に居られなくなり、ヴォルガン地方へ引っ越したのです」
「お前の生い立ちとかどうでもいいです」
「ありがとうござます」
「……………………」
……あれ…………ひど……ひどい、わよね?
いや、うん、これはハーディバルに対してであって、淘汰はやっぱり酷いわよ!
「つまりお前もターバスト氏がユスフィーナ様へ求婚しているのには、違和感があるって事です?」
「ええ。いくらなんでもクレイドル様がご子息の奥方に人間を迎える事をお許しになるのかなぁ、という違和感もあります。もちろん、ターバスト様がクレイドル様にまだユスフィーナ様へ求婚していると黙っているのかもしれませんが……」
「ユスフィーナ様は嫁がれる気がないのでしたよね。では、ターバスト氏へその人間嫌いな父上の結婚へのご意見を聞いてみれば、多少お断りし易くなるかもしれないです」
「それはありえますね」
「なるほど〜」
これはいい事聞いたわね!
ユスフィーナさんにはカノトさんっていう初恋の人が現在進行形で居るんだから、ターバストさん、本気だったら申し訳ないけど諦めてもらうわよ!
うふふふふ……さぁて、ユスフィーナさんとカノトさん……どうやって恋愛イベント起こそうかしら〜!
「よーし! それじゃあ早速その事をユスフィーナさんに教えに行くわよー!」
「お前、魔力補助器は使えるようになったんです?」
「なったなった! ハクラに合格点もらったわ!」
「ふーん……。まあ、だとしてもあまり調子に乗って使い過ぎるなです。まだ他にどんな事故の影響があるか、調べていないんですから」
「分かってるわよー」
なによ、ハーディバルってば心配性ねー。
ハクラはどーせハーディバルの側に居残るつもりなんだろうし、とりあえず「じゃあ場所貸してくれてありがと。ハクラは練習付き合ってくれてありがと〜」と言い残して庁舎へと向かう事にした。
途中でお腹がぐぅ、と鳴り、そういえばお昼時だったのを思い出す。
何か買って食べようかな?
でも、私お金持ってないのよね……。
先に屋敷に帰って、ご飯食べようかしら……?
ユスフィーナさんにターバスト氏お断り方法はその後でもいいわよね?
よーし! そうと決まれば屋敷に帰ろう。
今日のご飯は何かしら〜♪








