第5話!
「嘘! こんなの詐欺よ!?」
「ヨ、……ジョナサンに会ったのではないのですか? 僕と同じ顔なのだからとっくに気づいてると思いました」
「だって髪の色が――っていつの間にか黒くなってるー!?」
「色を誤魔化すくらいわけないですよ」
くっ、確かに……。
髪の色も目の色も割りと簡単に別の色に出来るものね。
「でもまさかフリッツが王子様だなんて……!」
「……本当は早々に正体を明かして、誤召喚被害に遭ったミスズには謝罪するつもりだったんですよ? でも、お見合いパーティに来た時バラした方が面白そうかなって」
「………………」
分かったわ。
フリッツはただのフリッツでしかないという事が……!
あ、いや、フレデリック王子か……。
王子様がこんなにナチュラルに腹黒いなんて……。
「なんかジョナサン王子の方が王子様っぽかった気がする……」
「おや、初めて言われました」
「嘘でしょ!?」
「いえ、本当に」
マジかよ、とドン引きする私に真顔で言い切るフリッツ改めフレデリック王子。
「ミスズは意外と人を見る目がありますね」
「……そ、それ褒められてるの……」
「ええ、かなり」
「おーい、フレディ〜、こっちの話にもそろそろ参加してー」
ハクラに呼ばれて笑顔で「では」と挨拶する姿は、まあ、確かに王子様に見えなくもないけど……。
ユスフィーナさんたちのところへと向かうフレデリック王子。
王子様かぁ……。あれが……。
「驚きました……まさかフレデリック殿下がこんなに側にいたなんて……」
「マーファリー……。……うん、そうね……」
「わ、わたし……お礼……あうううう……」
「そ、そうね……」
言いたかったのよね、フレデリック王子にも。
なのにまさかフリッツがフレデリック王子だったなんてね、思わないわよ、そりゃ。
マーファリーがアバロンで助けてもらった時の王子様たちは成人した大人の姿。
まさか縮んで子どもになってるなんて誰が想像するだろう。
想定していた王子様ルートが事ごとく破壊され尽くした感……。
だってショタは……ショタはダメよ〜!
嫌いじゃないけど、嫌いじゃないけどフリッツは強すぎて怖い。もちろん物理的に。
いや、中身もナチュラルに腹黒いからアレだけど。
そもそも中身は成人男性なんでしょ!?
ショタの醍醐味の一つ、少年の心が欠け……欠けて? あれ、でも悪戯っ子だっだし? かなり少年? いやいや?
あれ、わけ分かんなくなってきたぞ?
「それより私たちはどうしよう……なんかここ、怪我人が休んでるところっぽいもんね」
会議室のテーブルや椅子を端に退けて、怪我人が寝かされているらしいのだ。
新しく雇われた勇士や傭兵は、きちんと仕事をしたようなのだが……なにぶんレベル4が相手では秒殺。
すぐに常駐している衛騎士が対応したが彼らも秒殺された。
そして騎士団の先遣隊も……一分しないうちにやられたんだとか。
そんな相手が五体。
そして、そんな相手をフレデリック王子とハーディバルの二人で片付けた。
映像で見ていたけど、魔獣が可哀想になるレベルで圧倒的だったのよね。
いや、あいつらが化け物?
でも勇士や傭兵、衛騎士さんや先遣隊の騎士さんたちも頑張ったわよ。うん。
あなたたちが時間稼ぎをちょっとでもしてくれたから、町は無事だったんだもの。
「どうやら死人はゼロらしいな〜」
「重傷者もランスロット団長の活性化魔法とハクラ殿の治癒魔法で回復しているようですから、気がついたらすぐ動けそうですね」
「そーね、こんな時はジャンジャンバリバリ働いてもらわにゃ〜ね。……あれ、お嬢ちゃんたち、まだここに居たのかい?」
あ、アルフ副隊長さん……。
「はい……何か手伝える事ありますか?」
「なんでもお手伝いします! わたし、メイドですので!」
「え? そうなの? でもその格好じゃあ動きづらいでしょ。今日はもう大丈夫だから帰って休んだら?」
「いえ……、じゃあ着替えて来ます!」
「はい! 屋敷のメイド仲間にも声を掛けて集めます!」
「うーん……じゃあお願いしようかなー。正直、町の人が集まっちゃって庁舎内は混乱してるんだよねー。出来るだけお家に帰ってもらって……まあ、あんなヤバイのが襲って来たんじゃあ不安なのも仕方ないんだけどさ〜。……でもさすがにこれは動きづらいのよね〜」
確かに、庁舎内は町の人が押し寄せて居て普段の静けさは皆無。
あまり人もが集まりすぎると、恐怖が感染して魔獣化する人が現れるかもしれない。
今はハクラの『聖結界魔法』で魔獣が生まれる原因……邪気は生まれてすぐに浄化される状態だけど、それはハクラがいる間だけ。
……こんな便利な魔法、各町や村にあればいいとも思うけど……『光属性』はレアな属性。
それに、使用者がずっと魔法を継続して使い続けなきゃいけない。
ハクラくらい体内魔力量があるなら話は別だが、普通の人間は自然魔力を集め続けなければいけないから……まあ、ずーっとは無理だ。
とにかく町の人たちを落ち着けて、家に帰してやらないと庁舎内がいつもの作業に戻れない。
庁舎がいつも通りに戻れば、町の人たちもすぐ日常に戻れるだろう。
というのがアルフ副隊長の言い分だ。
でも、なるほどとも思う。
人間ってそんな長時間緊張してられない。
「分かりました! 行こうマーファリー、まず着替えてメイド長たちにも協力してもらえるよう頼みに行こう!」
「はい!」
「副隊長!」
「ほいほーい。それじゃ、準備が出来たら町の人に声かけ宜しくね〜」
別の騎士さんに呼ばれた副隊長はやる気ない感じで立ち去っていく。
あんな感じの人が騎馬騎士隊……ランスロット団長の直属の副隊長。
いや、逆にバランスがいいのかも?
やる気に満ち満ちてる団長さんの横にあんなやる気ない感じの人がいたら、いい感じに力が抜けるのかしら?
それにだる〜ってしてるのに仕事はかなりテキパキしてる。
やっぱり副隊長さんになるくらいだから優秀な人なのね。
とにかく、人混みかき分け屋敷に戻り、普段着に着替えて屋敷の商人やメイドさんに手伝ってもらい町の人たちを家に帰す。
みんなとにかく不安そうで、また町の側に強い魔獣が現れるんじゃないかとなかなか帰ってくれない。
まぁ、前回の襲撃の時もレベル3につられてレベル2が集まって来たもんね……。
でも、だとしても今回は町の中には入れない。
ハクラが『聖結界魔法』を使っているからだ。
立ち入ろうものなら、その場で強い浄化魔法がレベル2までの魔獣をダメージなしで浄化する。
……ほんとに便利だな『聖結界魔法』……。
いや、この魔法自体相当の魔力を使うみたいだけど……。
やっぱりハクラのような体質の人間じゃないと、こんなに長時間維持するのはきついらしい。
普通の人がやるなら、五人くらいの『光属性』の魔力がある人が力を合わせないとダメみたいだ。
……というのはマーファリーから聞いた話なんだけどね。
「もー……大丈夫って言ってるのに……。みんな不安になりすぎですよぅ」
「そうね、でも……その気持ち分からなくもないわ……。こんなに立て続けに、あんな高レベルの魔獣に襲われたのよ。この町、何かおかしいんじゃ……」
「……それはぁ……でもぅ……」
マーファリーもナージャも不安げな顔。
異世界から来た私ですら「何かおかしい」と思う程だもの……この世界の住人は尚の事不安なんだろうな……。
「ユスフィーナ様か領主になってから、おかしい事ばかり起きる……! 本当にあの人が領主でいいのか?」
「そうね……別な人の方が良いんじゃないかしら?」
「私の弟が魔獣になって行方不明になっても、何にもしてくれない奴らをずっと放置してたのよ……!」
「カールネント様にお願いした方が良いんじゃないかね?」
「ああ、俺もそう思っていた……ユスフィーナ様より、まともな領主にしてもらおう」
「!」
そうだ、そうだ、と町の人たちが騒ぎ出す。
庁舎内に集まっていた人たちは不安が治らないのだろう。
その不安を、全て領主のユスフィーナさんにぶつけ出した。
私や屋敷のメイドたち、使用人たちがどんなに宥めようとしても、一度漏れ出した不満はどんどん大きくなる。
屋敷の中で安穏と暮らしていた私は、町の人たちがどれほど不安や不満を溜め込んでいたのか知らなかった。
きっとそれは、領主のユスフィーナさんや王都の学校に通っているエルフィも同じだろう。
大きくなる声は、行動へと移される。
一人が「辞めさせろ!」と叫ぶと他の住人たちも「そうだ、辞めさせろ!」と声を上げ始めた。
もう、止まらない。
辞めさせろ、辞めろ!
声は大きくなり、人々はユスフィーナさんたちが会議している領主室へと雪崩れるように移動し始める。
ヤバイ、ヤバイヤバイ!
「ちょっ! みんな落ち着いて! だめよ、そんな感情的になったら!」
「そうです! 皆さん落ち着いてください!」
「はわわ〜!」
ナージャが突き飛ばされる。
それをなんとかキャッチしたが、だめ、みんな、まるで我を忘れてる!
怖いのは、分かるわよ。
レベル3でもめちゃくちゃ怖かったもん。
あんな巨大怪獣に襲われたら……そりゃ絶対怖かったに決まってるけど……でも!
「やめて、みんな落ち着いて!」
『そうだよ、おちついて。“いかり”や“ふあん”にとらわれては“きけん”だよ』
「っていうか、まだ庁舎に居たの? 帰って大丈夫だよ?」
キキーッ、とばかりに領主室へ押し寄せて居た人波が止まる。
声から察するに、ハクラとティルだ。
「ドラゴン……!」
一人の男の驚愕の声に、人々が騒つく。
ああ、そうか……ドラゴンは人々の畏怖の象徴。
たとえ小さな子どもドラゴンでも、存在感は抜群なのね……。
一気に町の人たちが冷静になった……。
「あ、あの……領主様……ユスフィーナ様は……」
それでも尚、食い下がろうとしたのか。
若い男の声に、ハクラはあっさり「中にいるよ」と答える。
「みんなが不安なのをどうしたらなんとか出来るかすごく悩んでたよ」
人垣で分からないけど、とても優しい声が響いてきた。
多分いつもみたいな呑気な笑顔を浮かべているんだろう。
でも、言ってる事は……私たちにも想像出来る。
いつも難しい顔で町の事ばかり考えていたユスフィーナさん。
今はもっと難しい顔で悩んでるんだろう。
「そうですね、皆が不安に思うのも無理はない」
続いて聞こえてきた声はフレデリック王子だ。
町の人たちがフレデリック王子を、王子と認識しているかは分からないけど……この町でフリッツの事を知らない人は少なくない。
だって二週間以上たった一人で町の外や中に現れた魔獣を狩り尽くし、行方不明者を取り戻したのだ。
みんな彼にはとても感謝している。
「でも、大丈夫。今はハクラの『聖結界魔法』が発動している。この魔法は魔獣を立ち所に浄化する高等魔法の一つ」
「そうそう。俺もいるし、ティルもいる。あと、なんとねー、『三剣聖』のカノト・カヴァーディルさんもこの町と契約してくれる事になったんだよ! 大ニュースだよね」
「ええ、ランスロットと同じ『三剣聖』です。そういえば先程もレベル4を一人で押さえていましたよ。いやぁ、さすがですね」
「さ、『三剣聖』が……!?」
え?
ちょ、なにそれ、私知らないわよ!?
『三剣聖』カノト・カヴァーディルって……ユスフィーナさんの初恋の相手じゃない!?
「……俺は戦えなくて不完全燃焼気味なんだけどね〜。今度きたら絶対! ぜーんぶ俺にやらせてよねー? フレデリック殿下?」
「さぁて、どうしましょう。ハーディバルもあれだけ暴れてまだ余裕そうでしたからね」
「で、殿下?」
お、気づいた。
ハクラのあからさまな呼び方に、町の人たちが本格的にざわざわと騒ぎ始めた。
……ああ、なんて楽しげな声……。








