第10話!
「マーファリーは私と王子様を救出しましょ。その時に前言ってた『お礼』言ったら?」
「!」
エルフィの横で王子様の怯えた姿にオロオロしていたマーファリーにそう耳打ちする。
なんか王子様像はかなり思っていたのとは違うけど、一応フラグは立てておくべきよね!
えーと、正直王子様は恋愛対象として犯罪の香りしかしないからなしだけど……ここを足がかりにハクラとのフラグを立てられるかも。
まあ、犯罪の香りって言ったら現在進行形でフェルベール家の皆さんが犯罪集団みたいになってるけど。
幼い男の子に寄ってたかって写真を強要……め、めちゃ危ないわよ?
そんな危ない空気のフェルベール家を引き離すのにランスロット団長が気を利かせて手伝ってくれた。
まあ、ドラゴンの話で盛り上がりつつあったスヴェン隊長とエルフィにも気を遣ってくれたようでもあるけど。
「く、くそぅ! お前ら最近人の事子ども扱いしすぎだぞ! 中身は変わってねーって何度も言ってんだろうが!」
ランスロット団長がひょいと持ち上げて助けたもんだから、王子様がじだじだ暴れてそんな事を叫ぶ。
周りの大人も「そんな事分かってますよ」と言いつつ、あれは分かっていなさそうな顔だ。
「フレデリック殿下がジョナサン殿下を愛でる理由が浸透してきただけじゃないですか」
と、謎の弁を述べたのはハーディバルだ。
なんだそれ。
「愛でてんじゃねーよ!」とキレる王子様。
う、うん? そこはキレるところなのか?
「とりあえず王子様、この子が王子様に伝えたい事があるみたいだから聞いてくれません?」
どうどう、とふーふー怒る王子様を宥めると、一発で「あ? なんだ?」と冷静に戻る。
え、ええぇ……は、早……。
ランスロット団長が床に王子様を下ろし、マーファリーが緊張の面持ちで前に出る。
頑張れ! マーファリー!
「……あの、ず、随分お姿が変わられましたね……」
「ああ、まぁちょっとな」
「…………わ、わたしの事を覚えておられないとは思うのですが……」
アバロンの元奴隷であるという事。
王子様たちに助けてもらった事を簡単に説明して、マーファリーは背を正す。
ドレスアップして、今日までレナメイド長に厳しくマナーや立ち振る舞いを叩き込まれたマーファリーは、その辺の令嬢たちにも劣らないほど綺麗だ。
きっと王子様はマーファリーと、助けた奴隷の娘を結び付けられていない。
顔がキョトンとしている。
「……助けてくださってありがとうございます。わたしは、今幸せに暮らしています……! このアルバニス王国で」
幸福に満ちた笑顔。
最高に綺麗なマーファリー。
真っ正面からその笑顔と、感謝の心を向けられた王子様は――
「そうか」
子どもとは思えない、蕩けるように甘やかな微笑みでそれを受け取った。
ただ、それはまるで我が子を慈しむかのような表情。
あ、あるぇ……?
「だが、それで満足するなよ。今日出会えるかは分からねぇが……きっともっと幸せにしてくれる奴がいるはずだ。もっと幸せになれ」
「…………あ、ありがとうございます……!」
と、爽やかに言い放つ王子様。
想像していたものと全然違う展開というか、王子様の表情が……あまりにも優しくて……。
あ、いや、恋愛フラグが立ったら立ったで問題な感じではあったんだけど……それを軽やかに超えていった、みたいな感じで……拍子抜けというかなんというか?
言ってる事はかっこいいんだけど……。
「さて、それでは我々も会場に移動するとしよう! 足はもう大丈夫かね、お嬢さん!?」
「うわ、は、はい!」
大声で話しかけられて、うっかり私も大声で返事をしてしまった。
体も声も大きい人だなぁ、ランスロット団長……。
確かにこんなテンションの人とずっといると疲れそう……。
いや、普通以上にかっこいいし、やっぱり妙に色気があるんだけどね。
なんだろう、一瞬一瞬、大声の合間合間にすごく、そう、さっきの王子様に似た……優しい瞳になる。
「お見合いパーティとはいうが、純粋に楽しんで行かれるといい。せっかくだからな! はっはっはっ!」
「……あ、ありがとうございます……。……そうします」
「あ、私でよければエスコートしよう!」
「だ、大丈夫です」
私はお見合いが目的というわけではない。
ハーディバルに魔力を見てもらうのと、マーファリー、エルフィのお相手探しのためだ。
御三家のランスロット団長にエスコートなんてされたら、彼を目的に集まった女子に目線だけで殺されるって。
………………まあ、背も高いし顔も整ってるし、テンションと大声がなければそこそこ好みのタイプではあるけど……。
この人の独特な色気は私には刺激が強すぎるわ。無理。
どちらかというと、マーファリーの好みにも当てはまるんじゃない?
歳上、頼り甲斐がある、逞しい人。
うん、これはマーファリーに推してみよう!
……問題は御三家の人って事で、競争率だけど……そんなもん乙女ゲーの攻略対象なら当たり前だもんね!
「私じゃなく、パーティに全然慣れてないマーファリーのエスコートをして頂いてもいいですか?」
私もパーティ初めてだけどねー!
「ああ、もちろん構わないぞ! では行こうか、マーファリーくん!」
「は、はい!? え!? な、なんで、ど、どういう事ですか!?」
手を差し出され、ほぼ強制的にエスコートされていくマーファリー。
……頑張れ、マーファリー!
さっきの王子様の言葉を実行に移すのよ!
「ああ、まだ語り足りませんが……もうお時間ですのね」
「ええ、もし宜しければ会場でもお話の続きを……」
「はい! ぜひ!」
おお! エルフィとスヴェン隊長もいい雰囲気じゃない!
……何故かフェルベール家の人たちの顔が大層怪訝だけど……そんなに濃厚なドラゴン愛トークが繰り広げられていたのかしら。
あまりにも興味なくてシャットアウトしてたけど……。
「……ドラゴンのフンで何故あんなに盛り上がれるのか謎です……」
「確かにドラゴンのフンは私たちが生活する上で必要な魔力が含まれているから、大切な話ではあるけど……お見合いパーティの会場でもあの話の続きするつもりなのかしら……」
「……味の話までしなければいいんですが……」
「………………」
の、濃厚どころではない話してやがった……。
味? 味!?
「では姉様、私は殿下を追いますので」
「そうね。というか、あんたも参加すればいいのに」
「フレデリック殿下が放浪に出かけなければ参加していたかもしれないですがね」
「そ、そう……。じゃああんたも頑張って嫁探してくるのよ、ハリィ。あ、ちゃんとエスコートしてあげなさい」
「はぁ……」
盛大に嫌そうな顔。
だが、その嫌そうな顔の理由は――。
「ほら」
「は? なによこの手」
「お前、この状況で分からないんです? ……僕の命がかかっているんだからさっさと手を取るです……」
普段の無表情はすっかりがっかり顔になっている。
命か、なるほど。
じっとり睨むミュエ先生の眼差しは、ハーディバルを突き刺している。
「なんかごめん」
「この場合、僕の方が謝るべきです……」
深々とした溜息。
あまりにもぐったりしているからつい謝ったけど、あの毒舌すら出ないほどに姉の存在が恐ろしいらしい。
まあ、あの痛そうな音を聞いちゃうと……。
今度はすんなりと手を取った。
男の子の手。
やっぱり冷たい。
さっきこの手から流れてきた魔力が、今後私を助けてくれるんだ。
すごく、あったかい魔力だった。
「ねぇ、知ってる? 手が冷たい人って心があったかいんだってよ」
「はぁ?」
「私の世界の迷信よ」
「……それは随分しょうもない迷信ですね」








