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恋愛未満は甘辛い? 勇者と英雄とレベル4⁉︎

〜登場人物〜



★水守みすず

現代日本人。

ストレス多めなスーパー裏方のパート従業員。

生き甲斐は乙女ゲームなどのゲームと少女漫画。

人生捨ててる今時のオタク。

ある日突然事故により『リーネ・エルドラド』に召喚されてしまう。

年齢24歳。

容姿、黒髪ボサボサを百均ゴムで一纏め。黒目。眼鏡。上下ジャージ。スニーカー。→胡桃色の髪と茶色の瞳。


★エルファリーフ・ユスフィアーデ

トルンネケ地方ユティアータ街の領主の妹。

純粋で優しいお嬢様で、みすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢19歳。

容姿、薄いオレンジの髪。碧眼。とても可愛い。

得意属性『風属性』


★ナージャ・タルルス

異世界『リーネ・エルドラド』へみすずを誤って召喚してしまった魔法使い(見習い)。

ユスフィアーデ家のメイド見習いとして働きながら王都の学校に通っている。

舌ったらずで話す、かなり“いい”性格の少女。

年齢13歳。

容姿、茶髪ツインテール。金眼。

得意属性『火属性』


★マーファリー・プーラ

ユスフィアーデ家で働くメイド。

過酷な境遇の経験と、それでも健気に働く前向きな性格からみすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢21歳。

容姿、灰色の髪、紫の瞳。美人。

得意属性『氷属性』


★ユスフィーナ・ユスフィアーデ

トルンネケ地方、大都市ユティアータを納める領主。

多忙ながらも妹やみすずへ気配りを忘れない、心優しい女性。

その分苦労も多く、アンニュイな表情が多い。

みすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢24歳。

容姿、薄いオレンジの髪、碧眼。美人。

得意属性『水属性』


☆ハクラ・シンバルバ

冒険者の少年。

『魔銃竜騎士』という世界で一人だけの称号を持ち、亡命者たちからは『アバロンの英雄』と讃えられている。

ホワイトドラゴンのティルを肩に乗せて連れ歩いていることが多い。

性格はかなりのトリ頭タイプ。そのくせ余計な事は覚えている。

年齢18歳。

容姿、黒と白の混色の長髪(大体三つ編み)、金眼。儚い系詐欺。

得意属性『風属性』『光属性』※その他全属性使用可能。


☆ハーディバル・フェルベール

アルバニス王国王国騎士団魔法騎士隊隊長。

王国始まって以来の魔法の天才と謳われている人外レベルの魔法使い。

性格は毒舌、ドS。ハクラに言わせるとツンデレ。

年齢18歳。

容姿、薄紫の髪、銀眼。表情筋が機能していないことの多い美少年。

得意属性『土属性』『闇属性』※その他全属性使用可能。


☆フリッツ・ニーバス

とある事件でみすずたちと知り合う謎の美少年。

ナチュラルに鬼畜で腹黒い。

年齢不明。

容姿は紺色の髪と瞳。ナージャと同い年くらい。

得意属性は『氷属性』と『闇属性』…今のところ。


☆ジョナサン・アルバニス

アルバニス王国第二王子。大雑把なようで意外と繊細な性格。口調は乱雑だが王族の中では最も常識人。

年齢不明(およそ二千歳)

容姿は黒髪黒眼の美少年。


☆ランスロット・エーデファー

騎士団の団長と騎馬騎士隊隊長を務める大柄な男性。

おおらかな性格。声量が大きく、よく怒られているが実力は人外レベル。

年齢33歳。

容姿は黄土色の髪と瞳。


☆スヴェン・ヴォルガン

騎士団、天空騎士隊隊長を務める好青年。

魅了の体質も持ち合わせる。ドラゴンへの愛が異常。

年齢25歳。

容姿は白金の髪と緑の瞳。


☆エーデルフェル・フェルベール

王子たちの執事。ハーディバルの兄で、ミュエベールの弟。通称エルメールさん。ジョナサン王子を溺愛中。


★ミュエベール・フェルベール

王都魔法学校の教師。ハーディバル、エーデルフェルの姉。


★レナ・ハルトン

ユスフィアーデ家、鬼のメイド長。きつめの美人で、みすずに『大人向け恋愛漫画ヒロイン』認定される。


☆アルフ・メイロン

王国騎士団騎馬騎士隊の副隊長を務めるランスロット直属の部下。ユルイ感じのおっさん。やる気ないというより過労気味。


☆カノト・カヴァーディル

とある地方のとある地方都市領主の分家の子息。

継母に家から追い出され、傭兵をしながら旅を続けている。

神速剣の使い手でアルバニス王国『三剣聖』の一人に数えられる実力者。

年齢24歳。

容姿は葡萄色の髪と瞳。




声が漏れる。

つい一ヶ月前まで、ジャージでチャリ漕いでパートの職場と自宅の往復、たまにゲームショップの生活だった私が…………。


ドレス、ヒール、お化粧で…お城の広間でパーティなんて…!



「履き慣れていないならあまりうろつかずテーブルの前にでもいやがれです」

「う、うん、そうね」


私の手を引いて、会場を優雅に進むこの美少年はハーディバル・フェルベール。

この国の魔法騎士隊の隊長で、御三家と呼ばれる名士の次男。

すでに会場には多くの人が集まっていた。

そこへ遅れてメインとも言うべき御三家の隊長たちが入ってきたのだ、そりゃざわつくだろう。

しかも、三人がそれぞれすでに女性をエスコートしていたら…。

これは御三家の三人のお嫁さん探しが一番の目的であるお見合いパーティなのだ。

会場に入ってすぐに注目されて、ヤバイと思って手を離そうとした。

いや、ほらだって、ハーディバルは撒き餌の御三家の一人。

私は別にお見合いする気はないのだから、ここは「そんなつもりありません」アピールしておくべきでしょ。

そう焦った私の手を、ハーディバルは離してくれない。


「ちょっと! 勘違いされたらどうするのよっ! 離して!」

「好都合。お前、僕の姉を見た後で本気でここの女たちがあの姉の義妹としてやっていけると思うんです?」

「……………え…、そ、それは…」


失敗した。

ここで即答して逃げるべきだったのだ。

だが、先程私はハーディバルの姉、この国の『三剣聖』の一人、ミュエベールさんに会った。

基本はいい人だが、曲がったことに対しては容赦のない鉄拳制裁。

ごくり、と今思い出しても喉が鳴る。

もちろん、恐怖で。

辺りを見回すと暴力とは無縁そうな可愛らしい子ばかり。


「うちの一族は強い女を好む傾向があるです。母も昔は実力で成り上がった傭兵でした」

「マジで⁉︎」

「父はそんな母に一騎討ちの勝負を仕掛け、勝利して交際が始まったと聞いています。…そんな一族なので、祖母、母、姉には逆らえないです。…御三家の嫁など、ハッ…幻想夢想です…」

「…………」


嘲笑…。

あの表情筋死んでそうなハーディバルが…目が、遠い。

辺りを見回すと私に対する強い嫉妬の眼差しが集中している。

しかし小声でハーディバルが話してくれたフェルベール家の実態を思うと…確かにこの場にいる可愛い子達に、そんな家に嫁入りは辛そう…。

嫁姑問題以前に、おばあさんやお姉さんまであんなに強いんじゃあ…百パー地獄じゃ…。

想像して顔から血の気が引くようだった。


「…だから私を堤防がわりにしようっての? …あんたってほんっとサイテーね」

「誰かお目当てでもいたんです?」

「…いないけどさー」


というか、エルフィやマーファリーは?

キョロキョロ探すと、成る程あちらは正反対。

エルフィと楽しそうにドラゴントークに華を咲かせるスヴェン隊長。

周囲に集まった女性たちは話の内容など耳に入っていない様子で、エルフィと楽しそうに話すスヴェン隊長に見惚れている。

反対に同じく女性に囲まれているランスロット団長は、マーファリーと一緒ではない。

すでにエスコートを終わらせて離れてしまったみたいだ。

うーん、マーファリーの好みドンピシャだと思ったんだけどなー。

というか、ランスロット団長は色々目立つからすぐに居場所が分かったけどマーファリーは?


「だったら付き合え」

「⁉︎」

「いや、付き合ってやる。パーティが終わるまで」

「…なっ…なっ…」


上から!

いや、前々から上から物を言ってたけど!

つ、ついに敬語まで…!


「私の方が歳上なんだけど⁉︎ なんで敬語まで外すのよ!」

「知るか。僕は元々敬語は得意じゃない。兄様にせめて「です」と付ければ最低限敬語らしくなるといわれたから、いつも無理に付けていたけど」

「…………」


そういえば、いつも変な敬語だなー、とは思ってた。

そ、そういう理由…。


「エルフィにはちゃんと敬語使えてたじゃない」

「兄様の真似をしたんだ。…あれは疲れる」

「……………」


成る程、これが完全な素ってわけ。

…なんだか力が抜けてきた。

うん、もういいわ。


「仕方ないわね…。でも、本当にいいの? 可愛い子いっぱいいるのに」

「うちの女どものことを差し引いたって、僕は自分の性格が捻くれていることくらい自分で分かっている」

「あ、そう」


それならもうなんも言わなくていいわねー。


「でもそれならマーファリーを探してきていい?」

「そらそろ始まるから後にしろ。…というか、マーファリー・プーラも相手を探しているか、声をかけられているんじゃないか?」

「…あ、そ、そっか…。でも変な奴に捕まってたら…」


会場はざわざわとすでにあちこちで男女が語り合いを始めている。

フリッツの事前情報で変人奇人が多いのはマーファリーも知っているだろうから…そういう奴らに声を掛けられても付いて行ったりしないとは思うけど…でも心配だわ…。


『ご来場の皆様、本日はお集まりいただきましてありがとうございます』


会場の中に男の声が響く。

見れば中央にステージのような場所があり、そこにタキシードの男性がマイクのようなものを手に話し始めたところだった。

今日の天気だとか、良い出会いがどうとかつらつら述べた後「では、今日という日を祝して殿下から祝いの言葉を頂きましょう」と脇にそれる。

そして出てきたのは若干疲れた顔のジョナサン殿下。

会場が割れんばかりの拍手と、困惑の声でざわつく。

あれがフレデリック殿下?

小さくない?

誰? え? 殿下?

殿下はお二人とも成人しておられるだろう?

そんな声がダダ漏れ。

…んん? なんでこんなにざわついてるんだ?


『こほん』


ジョナサン殿下が一つ咳き込むと、一気に静まり返る。

そりゃ王子様が話すんだからみんな静かに聞くわよね。


『…あと五年もしたら元に戻るからごちゃごちゃ言ってんじゃねーよ…』


睨みとともにそんな一言。

第一声がそれって…。

しかし効果は抜群。

会場の空気が一気に冷えたのが肌で感じ取れた。

…というか、元に戻るってなに?


『あー、俺のことはいい。とにかく今日だ。フレデリック主催のこのパーティも三回目…だが、見合いのパーティそのものは二百年前から続いているな。そろそろ千回は超えた頃だろう』


????

二百年前から…⁉︎


『こういった場で相手を見つけた夫婦も多い。伴侶を見つけるということは、人間という種が血を繋いでいく上で必要な事。俺たちのように寿命も老化もない生き物にとっては得難いものだ。お前たちの子孫が今後もこの国を支えてくれると、俺は信じている。御三家の者以外にもまだ相手のいない城や騎士団の者も多く参加している。そういった者たちも良い相手と巡り会えることを祈る』


以上。

と締めくくり、スタスタと去っていく王子様。

長々演説されるよりはシンプルで良いけど、所々わかんないこと言ってたな。

拍手して見送る私の、怪訝になっていた顔に気がついたハーディバルが「どうした」と声を掛けてくる。

いや、あのね…。


「元に戻るからって、なに?」


やはりもじゃもじゃの獣人になるの?

五年後にはあの美少年がもじゃもじゃの毛むくじゃらに?


「言っておくけど、獣人になるわけじゃないぞ」


うげ、心を読まれたかのような返し…!


「殿下たちは元々とうの昔に成人の姿で成長が止まっている。あの人たちは半分幻獣族だから」

「う、うん。…うん?」

「今、子供の姿なのには事情がある。生命力を消費してしまったからだ。あの人たちは寿命がない。お前のように生命力を魔力に変換して使ったとしてもあの様に若返るだけで死ぬわけではないんだ。なにに生命力を使ってきたのかは公表されていないけどな」

「……わ、若返ってるの? なにそれ、羨ましいっ」


私は生命力を魔力に変換して使えば寿命が減ってしまうのに、王子様たちは若返る〜⁉︎

ほ、本気で羨ましいんだけど⁉︎


「だからまあ、あと五年もすれば元の大人の姿に成長して元に戻る、という意味だ。…惜しいといえば惜しい…あんなに可愛いのに…」

「…うーん、それは確かに惜しい…」


成長するのは生き物として仕方ないとは思うけど…美少年ショタが成長するのは…!

いや、ショタの醍醐味といえばそこなんだろうけど!

まあ、あれだけの美少年…成長すればさぞやイケメンになる事だろうなぁ…!

そうなったら、攻略対象枠にも入れるんだろうけど〜…。

五年も待つのは辛い。

私、三十路になっちゃう…。


「…でもあんたも王子様が可愛いとか、思ってるのね…」


意外。そこはほんっとに意外。

子供とかめっちゃ嫌いそう。


「三千年以上、王族に仕え続けた一族だ。もう、血…本能だろうな」

「…お、おおう…」


そいつぁ、すげーや。


「それにうちの一族はお世話を焼くのがまるで呪いのように定着しているんだ。…僕も少し前までランスロット団長のお世話係だった。…まあ、未成年の僕の保護者代りとしてランスロット団長があてがわれていたんだろうけど……あの人、私生活グダグダだからお世話のし甲斐が無駄にあってどっちが保護者やら…!」

「あー、うん」


そんな感じするわー…。

フリッツも仕事脳って言ってたもんねー。


「マジ早く結婚しろ…!」


……本日一番の真顔で本気の心の声、頂きました。



「ハーディバル隊長」


と、そこで「フリータイム、開始でーす」と司会者の声が響く。

途端に声を掛けてきたのは金髪のイケメン。

青い瞳がキラキラした、騎士の服の…。


「こんばんわ、ハイネル」

「ご一緒してもよろしいですか?」

「却下です」


こいつがハイネル!

と、私がフリッツに教えてもらったことを思い出していると、それすら上回る速度でハーディバルが同行拒否。

あまりの速度に私が項垂れそうになる。

ハイネル・グロウリー。

右大臣だか左大臣だかの息子で、ハーディバルの部下。

ハーディバル大好き過ぎて魔法騎士になったという、やばいレベルのドM。

なので、ハーディバルにスパーンと同行拒否され落ち込むどころか嬉しそう。

目のキラキラが増したわよ…。


「それより聞きましたか? 傭兵の中で最近凄い手練れが現れたらしいって噂」


ハーディバルのご一緒拒否を物ともせず話題を振ってくる。

その話題に無視を決め込んだハーディバルは私の手を掴むと…。


「なにか飲みましょう。お腹は空いてるです?」

「…う、うーーん…。そうね、お腹すいたかも」


完全無視〜⁉︎ 一応部下でしょ〜⁉︎

驚いたけど、ちらりとハイネルを見ればめちゃくちゃ嬉しそうだよ⁉︎

あ、あれか、放置プレイありがとうございますか!

こ、怖いよーー!


「…なにを飲みます? お酒は…飲めます?」

「お酒か〜…あんまり得意じゃないんだけど…」

「じゃあ果実ジュースにしますか」


はい、と朱色のジュースを注いで差し出された。

美味しそう…いい香り…。

いや、それより…ハイネルがまだ諦めずに話しかけているけどシカト決め込んでいる。

…逆効果だと思うんだけど…。


「あれ、冷たい」


ジュースの瓶…まるで酒瓶みたいに大きい…はテーブルにただ置かれているだけ。

常温で、冷蔵庫から出したばかりのように冷えているとは思わず口にして驚いた。


「簡単なトラップだ」

「トラップ?」

「一応お見合いパーティだからな…気遣いが出来るように、あちこち不備が用意されているんだろう。姉様の考えそうなことだ…」


深い溜息。

ハーディバルが注いでくれたコップの中身は冷えていてすごく美味しい。

ふと、ハーディバルが手にしたままのジュースの瓶を触ってみると、そちらもキンキンに冷えている。

しっとり結露で濡れた瓶と、他のジュースやお酒の入った瓶を見れば…私が飲んでいるジュース瓶だけが冷えているっぽい。


「あんたが冷やしたの?」

「冷たい方が好みだからな」


お前の好みかい。

自分もコップにジュースを注いでこくこく飲むハーディバルに、がっくり項垂れる。


「…でもどうやって?」

「氷の魔法」

「…別に凍ってないわよ?」

「凍らせたら飲めないだろう。…冷やしただけだばーか」

「一言多い」


ほんっと口の減らないガキンチョね!

いつの間にかまた敬語取れてるし!


「失礼」


私が憤慨していると、また新しい声。

今度は女の子の声だ。

テーブルの側の私たちに「邪魔」と言いにきたのかしら、だとしたら退けてあげないと。

見当違いなことを考えて「あ、今退きますね」と口から出かかった。

私たちへ声を掛けてきたお嬢さんが、あまりにも見事なたて巻きロールで思わず吹き出しそうになって…言葉にはならなかったけど。

ちょ、しょ、昭和の少女漫画かっ!

金髪たて巻きロールとか昭和の少女漫画でしか見たことないぞ⁉︎ ブッフーーー!


「ハーディバル・フェルベール様、お久しぶりですわ。コペルタル家のルビアでございます」


ドレスの裾を摘み、お上品にお辞儀をするお嬢様。

あ、多分エルフィと同じ招待枠の人ね。

同じお嬢様でも、なんか色々エルフィとは差を感じるわ…。

だ、ダメ、むり、直視出来ない…!

出来るだけ目を逸らしておこう…わ、笑ったら失礼よねっ。


「…お久しぶりです、ルビア嬢」


ハーディバルは実にシンプルな返しをして頭を下げる。

私が側にいても尚、話しかけてきたって事はこの子はハーディバル狙い。

多分ガチ勢ね…。

おお、どうするどうするハーディバル。

ワクワクしながら成り行きを見守ってやろう、ふふふ。


「…あの、わたくしのこと、覚えていてくださいまして?」

「…はぁ、まぁ、お名前くらいなら」

「今年も誕生会にご招待したのですが…来てくださいませんでしたわね…」

「仕事が忙しいので、お誘いそのものをほとんどの方にはご遠慮いただいているんですが」


お、おお! 出会って数秒でいきなりのジョブの打ち合い!


「ユスフィアーデ家のエルファリーフ様のお誕生日にはお顔を出されたと耳にしました」


あ、エルフィもそんなこと言ってたな。

もしやハーディバルってエルフィに気があるの?

なんだ、それならそうと言ってくれれば…。


「…ああ、彼女は…以前街で見かけた時に死の気配が感じられたので……少し様子を見に行ったりはしましたけど」

「な、なにそれ…」


思わず口を挟んでしまった。

エルフィに、死の気配? 死相ってこと?

不吉すぎるんだけど⁉︎


「…たまに見えるんですよ、邪気とは別の…白い靄のようなもの。霊的なものではないんだけれど…それにとても近いもの。そういうものをまとっている人間は半年以内に必ず死ぬか、危険な目に遭うんです。僕の経験上、今の所外れなく。あんまり死ぬんで死の気配と呼んでいるです」


こ、怖…。


「い、今は大丈夫なの?」


エルフィがそんな怖いものをまとっていたなんて…。

もしかして、それでエルフィにあのダサいけど『どんな攻撃も一度跳ね返す』魔法の入った魔石のネックレスをプレゼントしたの?

だとしたら、本当に凄い精度だ。

だってエルフィはレベル3の攻撃をあれで防いでくれたんだもの。

あの時の攻撃がもしヒットしていたらエルフィだけじゃなく、私たちも死んでいた。

もう危険は去ったってこと、だよね?


「今は……、…その話、今じゃないとダメです?」

「き、気になるじゃない」

「こほん!」


ルビア嬢がわざとらしい咳払い。

…あ、ああ、そうでしたね、お話の途中だったんだ。


「…お仕事熱心ですのね。それも騎士のお仕事と言うことですの?」

「そう言うわけではないですが、貴女は危険な目に遭うと分かっている者を我が事と無関係だからと無視するのですか?」


スッ、と真横の気配が冷えた。

うわ、ルビア嬢、やめておいた方がいいわよ、それ以上は…!

それでなくとも貴女結構ズケズケ言っちゃってるし!


「そ、そうではございませんわ。…た、ただ、貴方様が彼女を気に掛けてらっしゃると、噂になっておりましたから…。その、お付き合いされているのかと…」

「はぁ。だからといって貴女に嫉妬する権利がおありだとでも?」

「………そ、それは…」

「…失礼、僕はあまり女性に優しくする事が出来ない。貴女に魔獣化されても困るので、もう話しかけないで下さい。それがお互いのためになると思うのですが…どうでしょう」

「……………。…は、い…失礼致しました…」


ぺこり。

お辞儀をして、すごすごと人の波の中へと消えていく。

忘れてたけどこの会場はとにかくだだっ広い。

百人以上がいるんだからそりゃ広いよね。

…う、うーん…。


「ちょっとキツすぎるんじゃない?」

「それが良いのに…」


と、横から羨ましそうに呟くハイネル。

そうね、あんたにはご褒美のレベルなのかもね。

でも、純粋なお嬢様にはかなりきついと思うわよ。


「…踏んで散る花には、興味がない」


…ああ、そういえばハーディバルの一族は強い女が好きみたいなこと言ってたな。

あの程度でへこたれる女子には何も感じないって事なのか。

これは声をかけた相手を間違えたルビア嬢の運が悪かったとしか言えないわね。

合掌〜。


「何か食べるか?」

「…そうね、なかなか美味しそうな料理が並んでるし…食べちゃおっかな〜」


最近剣術と言う名の筋トレと体力作りをしてるから大分体重も落ちてきたし…今日はコルセットであんまり入らないかもしれないけど…。

うっ、コルセット…思い出したら苦しくなってきた。

…いや、私は負けないわよ…!

お城の料理なんて二度と食べられないと思うもの! 食べる!


「この世界の料理は口に合うのか?」

「あ、うん! どれも美味しいわよね」

「ふーん、お前の世界の料理も少し興味あるけど…お前は料理が作れなさそうだよな」

「失礼ね、少しは作れるわよ」


…ほぼお母さんが作ってくれてたけど。

お母さんが仕事に行く日とかは、ちゃんと作ってたもん!

…野菜炒めやチャーハンくらいなら…。


「じゃあ、どんな?」

「じゃあ、どんな⁉︎」


なにその聞き方⁉︎


「作れるんだろ? どんな?」

「ど、どんなって…な、なんで!」

「僕は料理が趣味なんだ。異界の料理に興味がある」

「あんたが料理⁉︎」

「フェルベール家は嗜みとして必ず学ぶ」

「……や、ヤバそう〜…」


ドS騎士の料理!

おどろおどろしい物しか想像出来ず、口から本音が漏れた。

するとかなりムッとした表情で睨まれる。

いや、だって…。


「言っておくが上手いぞ。ハクラや殿下たちにも褒められた」

「お世辞よ絶対」


と、言ってからそういえばハクラはお世辞が言えないのだと思い出す。

あれ、じゃあもしかして、本当に?


「…へぇ…随分きっぱり言い切るね…」

「…い、いや〜…だ、だって〜…」


スゥ…と本気でイラッとしたハーディバル。

やばい、なんか変なスイッチ入れちゃった気がする…。

だって本当にでろんでろんのヤバイ物しか想像出来ないんだもん。

見た目が悪いだけで味は美味しいパターンなんじゃないの?

…なーんて…ハハハ…。


「今度作ってやる。そしてまた食べたいですと土下座させてやる」

「自信ありすぎでしょっ! 料理くらいでそんな事するわけないし」

「言ったな? その言葉忘れるなよ…!」


…なんか本当に変なスイッチ入ってるし…。

えー、やだなー。

…でもそこまで自信があるハーディバルの料理はちょっと興味あるかも。

確かにこの世界の料理は美味しいものが多いけど…ぱく…あ、このフルーツサラダおいしーい!


「ハーディバル様、ごきげんよう」

「! …ごきげんよう…」


私がフルーツサラダに夢中になっている隙を突いて、また新たなお嬢様がハーディバルに特攻を仕掛けてきた。

なんと、果敢な!

ちらりと見れば今度は黒髪ストレートの美少女。

赤いドレスは全体的に宝石が散りばめられていて、シャンデリアの光を反射しテカッテカだ。

…ま、眩しい…物理的に眩しいわ、この子。

しかも後ろには数人の取り巻き付き…。

まさか、後ろの子たちもハーディバル狙い?

赤信号もみんなで渡れば怖くない、てか?

いやいや…。


「カルデアラ家のリリアナですわ」

「はぁ」


一切の興味なし。

いや、あの声色は、若干不機嫌。

…ん? 私、やたらとこの無表情ドS騎士の感情が分かるようになってない?

こんなスキル要らないんだけど…?


「お相手がお決まりですの?」


先程のルビア嬢には完全スルーされた私だが、リリアナ嬢は速攻で探りを入れてきた。

防波堤代りに連れ回される事になっていたけど、にっこり微笑まれると本気で背筋に悪寒が走る。

黒い髪に赤い唇。

美人だが、いや、美人だからこそ、超怖い。


「ええ、まあ……」

「先程から楽しそうにしてらっしゃいますものね。ですが、せっかくのお見合いパーティですもの、少しは他の方ともお話された方がいいですわ。貴女もそう思いません事?」

「え⁉︎ …えーと……そ、そう、ですね…」


適当に流そうとしたハーディバルを半ば遮るように私へ問い掛けるリリアナ嬢。

うっわ、これは…私が堤防でも本当に恋人候補でも関係なしに切り崩しにかかってるぜぇい。

さっきのルビア嬢はかなり直球タイプだったのね…。

今度の子は強敵よ、どうするのハーディバル…⁉︎


「…そうかもしれませんが…その御髪は染められたのですか?」

「え、ええ…黒髪には憧れておりまして…」

「王族主催のパーティに、よくその色で恥ずかしげもなく出られましたね。不敬とは思わなかったのですか?」

「…え…」


私も「え…」と見上げてしまう。

ハーディバルの銀眼は鋭く、そして先程うっかり「毛がない」と王子様に発言してしまった私を咎めた執事さんのような冷たい、怒気を含んだ声色。

唐突に怒りを露わにされたリリアナ嬢は完全に固まった。

まあ、出会い頭に怒られたらそりゃ固まるわよね。

出だしはいい感じだったのに、まさかの髪の色を注意って…お前は学校の先生かっ。


「王族と同じ黒い髪にわざわざ染めてきたなんて、自己顕示欲と虚栄心の塊のような人ですね。似合うと思ってんのかです。不快なので二度とツラ見せんなです」

「ちょぉっ! 言い過ぎ! 言い過ぎ!」


それは言い過ぎだー!

無表情のまま、出るわ出るわ毒舌絶好調!

いやいや、出し過ぎ出し過ぎ毒出しすぎ!

初対面っぽいのにそれは酷すぎるって!

慌てて腕を掴み、リリアナ嬢に「ごめんなさい! お酒飲んでるみたいで!」と私がフォローするはめになる。

ああ! リリアナ嬢が完全に石化してる!

その後ろの取り巻きみたいな子たちももれなく硬直!

ですよね!


「し、失礼しますわ!」


これ以上は彼女たちのトラウマになる!

そう判断してハーディバルの腕を掴み、壁際へと移動した。

もちろん毒舌絶好調のハーディバルにうっとりしたハイネル付きで。

…こいつ、ハーディバルのお見合いを邪魔しに来たというより、振られる女子の横で罵られ気分を楽しんでる気がする。

純粋に気持ち悪いから誰かつまみ出してくれないかしら。


「…はぁ…はぁ……ああ、びっくりした!」


まさかパーティなのに毒舌披露されるとは思わなかった!

人気の少ない壁際で、心の底から溜息が出てしまう。

だって、パーティよ、パーティ! お見合いパーティ!

そこでまさかの「二度とツラ見せんな」はないでしょうよ。

いくら鬱陶しく感じたとしても言い過ぎよ!


「てい!」

「!」


ぽかり。

ハーディバルの頭を私の出来る限りの力で殴る。

ミュエさんに習った鉄拳制裁よ。


「さっきミュエさんにも言われたでしょ! あれは言い過ぎよ!」

「…ふん」

「…っとにも〜……人生初のパーティなのに…最悪よ〜…」


いやまあ、お見合いパーティな時点で日々妄想膨らませた舞踏会とかとは全然違うんだけどさぁ。

それにしたってパーティで素敵な出会いや攻略対象のイケメンとの急接近的なドキドキが、まさか毒舌ドS騎士の言動にドキドキする羽目になるとは思わないじゃない?

こんなドキドキいらないわよ! ノーセンキューよ!


「はぁ…そもそも踵を怪我しておいて…」

「そ、それは今言わないでっ」


…確かに出だし以前の問題だったけどさ…!


「僕が側にいれば怪我してもすぐに治してやるし」

「う…」

「別にお前があんな女どもにフォローを入れる必要もないだろうし」

「それとこれとは話が別よ」


確かに必要はないんだろうけどさ。

負わなくていい傷なら負わせないほうがいいと思うのよ、うん。

後々面倒ごとが増えたりするかもじゃない。

一応女子として、同じ女子へのあの言い草は酷いと思うしね…せっかく気合い入れてお洒落して来たんだろうし。

なんて考えていると、やはり面倒ごとが増えていた。


「ハーディバル様、先程は姉が失礼いたしましたわ」


赤毛の美少女が急ぎ足で私たちを追いかけて来たのだ。

ピンク色の、宝石の散りばめられたドレスやそこはかとなく先程のリリアナ嬢と似た面差し。

姉?


「カルデアラ家の次女、ルルリナですわ」


ばっさり真っ二つのリリアナ嬢の妹さんかぁ。

そういえばマーファリーが招待枠には二人まで付き人が許されていて、そういうのは身内で固めるって言ってた。

なら、やはりそこはかとなく似ているお連れさんは親戚さんかな?

彼女もお姉さん同様団体さん。


「…ご不快にさせて申し訳ございません。姉は王族の方への忠誠心がお強いフェルベール家の方に喜んでいただきたかったのですわ」

「逆効果です」

「その様でしたわね…本当に申し訳ございませんでした」


お姉さんよりは幾分マシなのかな?

第一印象はそんな感じ。

でもレナメイド長が言ってた通り、私と一緒に居てもこの絡まれ具合……フェルベール家の次男は人気の獲物というのは本当なのね。

姉がダメなら妹でチャレンジかぁ。


「あの、わたくしは姉と違って魔法に少々覚えがございますの」

「…ほう…」


おっ、相手の土俵で勝負するのね!

確かに、共通の話題なら話が盛り上がるかもしれないものね。

エルフィとスヴェン隊長のように!

脈なしも好感度次第で脈ありになるもの…頑張れルルリナちゃん!

毒舌ドS騎士をギャフンと言わせてやるのよ!


「では、今月出版された魔法学専門誌の氷魔法特集はご覧になりましたか?」

「はい! 勿論ですわ!」


おお! ハーディバルから話題を振った!

最新情報をチェック済みというのも大きいわ!


「氷魔法の基本はカローナ式魔法陣が主流でしたが、新たにティトン式が開発され、今後こちらが主流に変わっていくだろうという…」

「ええ、ですがティトン式は魔法陣にグリーブト言語が用いられるんです。これはグリーブトの言語を用いることでアバロン大陸の魔法に不慣れな者が魔法を発動し易くするもので我々バルニアン大陸の者が使うとなるとまずグリーブトの言語の習得が必要不可欠になります。その上、威力そのものはカローナ式の方が遥かに上位。それなのに我々バルニアン大陸の者がわざわざ威力の劣るティトン式を習得するべくグリーブト言語を学ぶ必要があるのでしょうか? それならカローナ式よりも威力のあるシェルティルティ式の解読を急ぐべきではないでしょうか。それにケミルト式もタイプは異なるものの生活魔法として一般の者が扱えるよう新たに術式を開発していくべきだと思うのですが、あなたはどう思いますが?」

「……………、……え、ええと…」

「……………」


…ふ、二息くらいで…。

こ、こいつこんなに喋るんだ…?

もう途中からさっぱりわからなくなったんだけど…ルルリナ嬢は……うわ、か、固まっとる…!


「…た、確かに、そ、そう思いますわ…。シェル…ええと…」


詰まった。

目も泳いでるし、後ろの取り巻きさんに目配せしても誰も分からず目を逸らしてしまう。

かく言う私も何が何やらさっぱり…。


「シェルティルティ式ですか…確かにあの術式を解読して現代の言語に訳せば、攻撃魔法や防御魔法、拘束魔法に転用できるでしょうね」

「ですがハーディバル先生、ケミルト式なんて初めて聞きましたよ」

「マーファリー! …と…」


ガタイのいいハゲがマーファリーと共に声をかけて来た。

ハゲはハーディバルに頭を下げて「ご無沙汰しています、ハーディバル先生」とマーファリーのようにハーディバルを先生と呼んだ。


「ある程度知識があればすぐ気付くです。貴女はちゃんと勉強を続けていたようですね、マーファリー・プーラ」

「あ…はい、それはその…一応…。でも今のは先生、意地が悪いと思います」

「売られた喧嘩は買います」

「い、いえ、別に喧嘩を売られたわけではないと思いますよ…?」


うんうん、とマーファリーの言葉に何度も頷く私とハゲ。

こいつ、このお嬢さんを試したのね…。なんて意地悪なの…。


「……っ…なんですの、突然割り込んできて…! 無礼ではなくて⁉︎」

「え⁉︎」


え?

ルルリナ嬢が突然マーファリーに噛み付いてきた⁉︎

なんで⁉︎


「知ってますわよ、貴女! ユスフィアーデ家のメイドでしょう⁉︎ メイドの身分でエルファリーフ様の付き人としてお見合いパーティに参加するなんて…はしたないとは思いませんの⁉︎」

「………そ、それは…」


え、えええええ〜〜⁉︎

ま、まさかマーファリーがハーディバルの仕掛けたトラップに気が付いたから⁉︎

逆恨み過ぎるしあからさま過ぎるよ⁉︎

そ、それになによその言い草は…!

マーファリーがメイドで、メイドがお見合いパーティに参加するのが……はしたないですって…?

なに言ってるの…!


「彼女はーーー」

「はぁ⁉︎ いきなりマーファリーに八つ当たりとかやめてよね! 今の貴女の発言の方が遥かにはしたないわよ!」

「ミ、ミスズお嬢様⁉︎」


ハーディバルが仲裁に入ろうとしたのに気付かない程、私の頭にはカーっと血が上っていた。

だって! マーファリーは、アバロンって大陸で奴隷として大変な目に遭っていたのよ。

この国に来てきっとすごく勉強したの!

私にも色んなことを毎日教えてくれるし、お化粧や髪型を整えてくれる時のキラキラとした楽しそうな笑顔!

奴隷という『物』からマーファリー・プーラという『人間』になったから、今日、ついさっき! マーファリーは王子様にお礼を言ったのよ…!

この国に来て幸せだって言ったマーファリー。

それはマーファリーが人一倍努力したからよ!

魔力を使えるようになるの、本当に大変なんだから!


「な! なんですか、貴女も! ハーディバル様をずっと独り占めして…!」

「まんまと防波堤代わりにされてるだけよ! あんたみたいな姑息な女が多いから! なんで私がって思ってたし、本気でこの毒舌ドS騎士を落とそうって努力して来たんなら少しは手伝ってあげようかと思ったけど…あんた無理!」

「は、はぁ⁉︎」

「全っ然付け焼き刃じゃない! なにが魔法に覚えがあるのよ! どうせその魔法雑誌の最新号とか先月号とかチェックして満足してたクチでしょう⁉︎ そんなんで魔法騎士隊の隊長が落ちるわけないじゃない! バッカじゃないの!」

「ミスズお嬢様っ」

「…な、な、な、なんっ…なんて失礼な方なの…!」

「どっちが失礼よ! マーファリーに謝って‼︎」

「ミ…ミスズお嬢様…」


こんな女となら喧嘩上等よ!

せっかくユスフィアーデ家のメイドさん一同に可愛くしてもらったけど、私の可愛いマーファリーを虐めるなら相手になってやるわ!


「まあまあ、お二人さん落ち着いて」

「そうです、少し離れるです。あと、あまり興奮して怒りにとらわれないほうがいい。魔獣になるです」

「う!」

「っ!」


ガタイのいいハゲに間に入られ、ハーディバルに「魔獣」と言われた瞬間…この間の『魔獣襲撃事件』の時のことを思い出した。

自分の体から黒い靄が出て、それが魔獣へと喰われていく。

あれは本当にゾッとした…私の体から出た負の感情が、魔獣をより強く肥え太らせる。

それを思い出した瞬間、上っていた血が急速に下がっていくのを感じた。


「………」

「あと、この場で普通に言い争い始めるとかめちゃくちゃ面白い。笑かすなです」

「笑かしてないわよ! つーかあんた笑ってないでしょ⁉︎」


このドS騎士!

なに人の真剣な怒りを笑いものにしてんのよ!


「…それと、先程の差別的発言はご自覚がおありですよね?」

「…⁉︎ …さ、差別的発言…?」

「メイドの身分で、と。ご自覚がないのは尚、如何なものかと思います。…カルデアラ家のルルリナ様、でしたね…お名前、ちゃんと覚えさせていただきましたよ」

「………あ……い、いえ、そ、それは…」


その時、出会って初めてハーディバルが微笑んだのを見た。

こいつ、笑えたんだ…と思った私よりも周りの人間たちが真っ青な顔をする方が目に留まる。

え? なに?


「すぐにカウンセラーを探された方がいいですよ。絶望で魔獣にならないように、気をつけて下さいね。お姉様共々」

「…………」


まるで地震に怯える時のマーファリーのような真っ青な顔。

取り巻きだった数人が「ヒッ…」と声を漏らしてルルリナ嬢から離れて行った。

この時の私はまだ、御三家というものをちゃんと理解していなかったので、なんで周りの人たちがこんな反応をするのか分かっていない。

とりあえず凄い家、なーんて緩い認識しかなかったのだ。

ハーディバルが笑顔を消して、側に控えていたウエイターに「カルデアラ家の令嬢がお帰りだそうです」と声をかけるとすぐに彼女と、彼女の姉が会場から連れ出されていく。

…お見合いパーティとは思えない、凍り付いた会場内。


「…あの、ハーディバル先生…あの方たちは…」

「さあ?」


完全に興味なし。

マーファリーが心配してやる必要ないわよ、と言いたいところだが、あんな真っ青な顔されるとさすがに心配になる。


「まさか身分剥奪的なことにならないわよね? 流石にそれはやりすぎだと思うわよ?」

「…我が国に身分があるのは王族だけです」

「え、そうなの…」

「そうです。大臣などの役職は優秀なら誰でもなれるです。…ただ、王や王子の執事、領主と領地の総括、騎士団の強化や維持などを行う能力があるのが、今のところエーデファー、ヴォルガン、フェルベール家のみと言うだけの話」


銀の瞳が細くなると、周りの人間は皆一様に目を逸らす。

それが御三家が御三家と呼ばれる所以ってこと、らしい。

そんな家の人に睨まれたら…やっぱりあの姉妹はあんな豪勢なドレス着られなくなるんじゃ…。


「それより、リゴ・ティトン。久しぶりです」

「あ、はい!」


あ、さっき仲裁してくれたハゲ!

…ん? リゴ? それ、どっかで聞いたような…。

あ! ハクラが「もし魔力ゼロなら頼ったら?」って言ってた研究者か!

フリッツもハクラの友達って言ってたし、マーファリーもアバロンからの亡命者仲間だとか言ってたな。

このハゲがリゴさんか。


「あの、ミスズお嬢様…こちらはリゴです。私と同じアバロンの元奴隷で今は『国光の城壁』で研究員をしているんですよ」

「初めまして、リゴ・ティトンと申します」

「あ、は、はい、初めまして、みすずです」


意外と紳士的にきちんとお辞儀をして挨拶されてしまった。

本当にめちゃくちゃ体格良くて、とてもインテリ研究員には見えないわ。 ハゲだし。


「氷魔法特集読みましたよ。大成果ですね。まさかたった五年で新しい魔法を確立するとは驚いたです。僕は使う方専門なので、心から賞賛するです」

「あ、ありがとうございます…! い、いやぁ、先生にそんな風に言っていただけるなんて…」

「アバロン大陸の人間の教育が浸透していけば定着していくでしょう。あちらも魔獣対策はしなければならなくなるでしょうから、名が残ること確実です」

「いやいや! そんな、俺なんてまだまだで…」


べ、べた褒め!

そしてハゲはめちゃくちゃ謙虚!

…さっきのご令嬢たちと比べると謙虚すぎるくらい!


「で、なにか僕に相談でもあるんです?」

「うえ⁉︎ …は、ははは…敵いませんね、本当に…なんで分かるんですか?」

「でなければ声なんてかけてこないでしょう、こんな場で」

「はあ…。…実は、ジョナサン殿下にアバロン大陸に帰って学校を作らないかと打診されているんです。自分はまだ研究を続けたい。でも、アバロン大陸に平民や元奴隷が通える学校を作ると言うことには…必要性を感じています。…どちらがいいのか…」

「……………」


なんて立派な悩みなの…!

ハゲなんて罵ってごめん、リゴさん!

初対面なのにハゲとか馬鹿にしてごめんなさい…!


「いいんじゃないんです? まだこちらで研究をしていれば」


数秒の間、リゴさんを眺めていたハーディバルは口元から指先を外すとあっさり言い切った。

アバロン大陸がどんなところか分からないけど、学校がないのはちゃんとした教育が受けられないってことだもんね。

私は勉強嫌いだけど、勉強の大切さはこちらの世界で「知らないことの恐ろしさ」を学んだからよく分かるわ。

それでもハーディバルはリゴさんにこちらに居ればいい、と言う。


「…そう、でしょうか…」

「確かにアバロン大陸は学ぶ機会を平等に与えてこなかった。学校は今後必ず必要になるです。そして知識の蓄積量はバルニアン大陸の方が圧倒的に上。こちらから教員となる人材を派遣するのはアリですし、殿下がアバロン大陸の出身者で、元奴隷のお前が学校を作ればその地によく根付くだろうと考えるのも分かる。でも別にすぐでなくともいい、とか言ってなかったです?」

「…言われました」

「知識は一朝一夕で得られるものではないです。人を教え導くのも簡単なことではないです。お前はまだ若いし、研究員には成り立てです。今後新たな研究員がお前の部下なり後輩なりで入ってくるです。そうなれば今とはまた違う環境になるです。そういった後進に、自らの知識や経験を指導してみて、それが自分に向いているか不向きかを感じてみてからでもいいでしょう」

「…! …成る程、確かに…」


…め、めちゃくちゃ的確なアドバイス…!

こ、こいつ私より六つは歳下よね?

私も思いつかないわよ、そんなアドバイス!

す、凄いんだけど…⁉︎


「ありがとうございます!」

「いえ、お前は努力家だし、今後も成果を期待するです」

「は、はい、頑張ります!」


明らかに私より年上っぽいリゴさんが、一切敬語を緩めることなく本気の尊敬の眼差しを向け、頭を下げる。

ふ、複雑!

でも、あのアドバイスは的確だと私も思う。

…そうか、本当に『先生』なのね…ハーディバルって。

ちゃんと『人を教え導いてる』もの。


「あんた騎士より教師の方が向いてるんじゃないの」

「無理です。アバロンの民は割と僕の性格にも柔軟でしたが、この国の民は大体途中で根をあげるです。現に騎士団でもこういう変態以外僕に近寄らない」

「…ああ、そう…」


変態呼ばわりされたハイネルは恥ずかしそうに「いやあ、それ程でも」と頭をかく。

褒めてないわよ。


「…ハーディバル先生くらいなら優しい部類なんだけどなぁ」

「ね」


と、申すのはリゴさんとマーファリー。

そ、そうか、二人は元奴隷…もっと酷い目にあってたからハーディバルごときの毒舌はなんともないのか…!


「何より僕ほどの戦力、教員なんぞで腐らせておくのは勿体無い」

「自分で言う?」


そりゃ十二歳で騎士隊の隊長なんて相当凄いんだろうし、この間の『魔獣襲撃事件』で東地区に現れたレベル3を一人で相手してたって聞いたからやっぱり凄い魔法使いなんだろうけど。

間近でフリッツが同じレベル3を倒すのを見てたから、あれと同レベルの魔獣と戦ったハーディバルもフリッツくらい凄いんだろうなって…分かるけどさー。


バッターーン!


大きな扉の開く音と、慌てた人物の大声が会場に突如響く。


「団長! ランスロット団長! レベル4です! レベル4が現れました!」


ざわ!

私も顔を入ってきた騎士へ向けた。

レベル、4⁉︎


「へぇ」


呑気に呟いたハーディバルに顔を戻せば口許が笑ってる。

…表情筋死亡は誤りか。

いや、それより、レベル4って、魔獣の事よね?

あの大きくておぞましいレベル3の、上⁉︎

なんでそんなもんが…! だってレベル3も数十年ぶりって…!


「ハイネル、預っていろです」

「はっ!」


ほい、っとハーディバルは魔力制御の腕輪を外してハイネルに投げる。

顔は無表情に戻っているが目が楽しそう。

なんか、ワクワクしてない?


「状況を報告しろ」

「はい! ユティアータの街から救援要請があり、先遣隊が戦闘! レベル4と確認しました! 先遣隊は全滅…! 現在、ハクラ様とフレデリック殿下が対応に向かわれました!」

「…………」


出入り口付近まで歩み寄った三騎士隊隊長たち。

なぜかそこで三人は顔を見合わせる。

…ユティアータ、と聞いて私とマーファリーは口を覆った。

そんな、ユティアータって…ユスフィーナさんたちが⁉︎

どうしてまたユティアータなの!


「…我々必要ですかね?」

「えー、僕は戦ってみたいですレベル4。レベル3って思ってたより弱かったです」

「うん、それを差し引いても魔獣討伐は我々の騎士団の仕事だからな! 我々が行かないわけにはいかないぞスヴェンくん!」

「まあ、それもそうですね」


緊・張・感!


「では私はハーディバルくんと討伐へ向かおう! スヴェンくんはカミーユ副団長とともに各地方の防衛を頼む! レベル4がどのような影響を及ぼすかわからない!」

「了解しました、二人とも、周辺周囲に注意して暴れて下さいね。あまり壊しすぎないように」

「心掛けよう!」

「ハクラがいるなら結界張ってあるんじゃないんです?」

「だからと言って壊して良い訳ではありませんよ、ハーディバル隊長…」


すげぇ不吉なこと言ってるよ⁉︎


ハーディバルが一度ちらりと私とマーファリーを見て、ランスロット団長と共に一瞬で転移して消えた。

私は元よりマーファリーは肩が震えている。

エルフィを探すとすでに私たちのところに駆け寄ってきていた。

顔色は真っ青だ。


「さあ、騎士の皆さん。お仕事の時間ですよ」

「「「はっ‼︎」」」


スヴェン隊長が柔らかな微笑みで会場内の騎士たちに声をかけると、大きな声が響く。

それはとても力強くて、隊長さんの優雅な微笑みにも少し気分は和らいだけど…。


ユティアータが…この間のやつより強い魔獣に、襲われてる…!


「ミスズ様…わたくしユティアータに戻りますわ! マーファリーはミスズ様と王都で待っていてください」

「お、お待ちくださいお嬢様! 危険です!」

「その危険な場所にお姉様が居ますのよ!」

「エルフィ…お、落ち着いて」


とは言ったものの私も混乱していた。

だって目の前でレベル3を見てるのよ、私。

あれより強い奴なんて…!

エルフィが狼狽えるのは分かる、あの場所は私にとっても家なんだもの!

団長さんやハーディバルが余裕くさいこと言ってても、どうなるかわからないじゃない!

魔獣の恐怖で街の人が魔獣になることだってあるのだし…!


「まあ、落ち着け落ち着け。ハクラが居るなら街に被害はでねーよ」


泣き出したエルフィにオロオロしていた私とマーファリーのドレスの裾を、いつの間にか現れたジョナサン王子が引っ張っていた。

そ、そういえばハクラは今日、街で見回りの手伝いしてたっけ…。

転移魔法という便利なものがあるこの世界、ユティアータに瞬間移動もできるから、ハクラは勿論、団長さんやハーディバルももう街に着いてるんだ。

で、でも…。


「ハクラの得意属性は『光属性』…あいつの結界魔法は浄化の力も孕んでいる。街中で魔獣が生まれることもない。それになんかフレデリックも遊びに行ってるみてぇだしなー」

「あ、遊びに行ってる⁉︎」

「国民心配半分、遊び半分だろう。俺たちあんまり本気で戦ったりする機会がねぇから。まあ、そんな感じで…」


私たちから少し離れて、王子様は「おーっし、みんな落ち着けー」と会場に声をかける。

どうやらユティアータの関係者である私たちを宥める方を優先してくれたらしい。


「心配しなくても別に邪竜が現れたわけじゃあねぇ! あと、ついでに邪竜が現れても各騎士団の隊長、副隊長は健在! フレデリックや俺も居る! 親父もな! なにを不安に思ってるのかしらねーが、そんなに不安ならユティアータの現在を見せてやる!」


え!

みんなが王子様の指差した方を見る。

多分、魔法で映し出された映像。

広間の壁一面に映画館のようなモニターが映った。

そこには街よりも巨大な黒い怪獣がドシンドシンと歩み寄っている。

う、うそ…!


「あ、あれがレベル4…?」


会場が驚愕の声に満ちる。

ゴ、ゴジーラじゃない、あんなの!

黒い影のような巨大怪獣。あれがレベル4…!

天空の星の川で眩い中、その怪獣はまさしく異様。

だがそれが、突然なにかにぶっ飛ばされた。


「は?」


モニターが追う。

というより、離れた。

事態の全体図が分かるようにユティアータの街の全貌が映るように、カメラワークが離れたのだ。

すると街を取り囲むように巨大怪獣が五体も…!

ちょちょちょちょ…‼︎


『ずるいですよ殿下! それは僕の獲物です!』

『これはすみません、まさか壊れると思わなくて』


…映像からなんとも場違いなのではと思うような声。

というかそれはフリッツの声よね?

…フリッツ、駆けつけてくれたのね…!

フリッツが一緒に戦ってくれたなら大丈夫かも!

それにジョナサン王子の言う通り街は白い光の囲いで覆われている。

あれがハクラの結界?

白くて綺麗…。

怪獣が口からどす黒い光線を吐いても、結界が吸収するように消してビクともしない。

お、おお、すげえ…。


『…でも、早い者勝ちでしょう?』

『…はぁ? あんた引っ込んでてくださいよ! 騎士団の仕事です!』

『えー、やですよー、こんな獲物僕も久しぶりなんですからー』

『ちょっと二人ともずるいよ! 俺も戦いたい〜! 一匹くらい残しておいてよ!』

『はっはっはっ! 三人ともどっちが悪者か分からなくなるから魔獣を獲物扱いしないでくれたまえ!』


…う、うん、ほんとにね…。

ハクラの声もなかなかに物騒だ。

というか、あれよね…? あの怪獣、レベル4よね?

うん、明らかにこの間のレベル3より巨大で強そう。

獲物ってお前ら…。


『本気で魔法を使いまくっていい機会なんて今後あるかどうかわかんないんです。遊ばせてもらうです!』


なんてややキレ気味のハーディバルの声がした後、ユティアータから少し離れた土地に巨大な魔法陣が広がる。

そこからモコモコ土が盛り上がり、怪獣より三倍くらいありそうな土の人形が生まれてきた。

それだけでも会場は騒ついたのに、その土人形…ゴーレムは石の体、それを経て、天の川のような星空の光で輝くダイヤモンドの体に構造を作り変える。

その頃になると会場はシーーンと静まり返ってしまう。

唯一「え、そんなんあり?」と誰かが呟いた。

う、うん、そ、そうね〜…え、か、怪獣が縮んだとかじゃない、よね?

だよね? だってユティアータの街は変わらずそこにあるし…。

四方を取り囲むように居た魔獣…その一体がゴーレムにヒョイと持ち上げられて、ぶん投げられるので多分遠近法的なものが働いてなくてもゴーレムがでかいと思う。

あっという間に魔獣は一箇所に集められ、そのうちの一体が口から破壊光線を放つ。

なんでかそれは、放った魔獣の背後から放った魔獣の背中へ直撃。

自分の攻撃をなぜか背後から受けて吹っ飛ぶ魔獣。

それを…


『行きましたよ殿下』

『あ、僕はここにいればいいんですね』


と、なにか嬉しそうなフリッツの声。

その直後、ぶっ飛んでいった魔獣はなにか凄い衝撃に宙へと飛んだ。

と、飛んだよ…別に羽とかないのに…あの巨体が宙を舞った…。

で、更に宙で別な衝撃を受けて地面にクレーターを生むほどの落下と着地を果たす。


「……頭が痛い…」


呟いたのはジョナサン殿下だ。

隣にいたエルメールさんも頭を抱えてる。

…確かにどっちが悪役かわからない程、一方的。


『お返しするです』


で、その間、他の三体がゴーレムに攻撃をしていた。

口からどす黒い破壊光線を延々と吐き続けていたのだ。

ゴーレムはそれを延々と受けていたけれどビクともせず、それどころか、ハーディバルの一言で体内に溜めていた攻撃を全部…お返しした。

自分たちの攻撃がまとめて返ってきた魔獣三体のやられ具合といったら…同情を禁じ得ない…。

因みに残りの一体はとっくに氷漬け。

あれはフリッツの仕業だわ…。

ユティアータの街の大地は抉れてるし凍ってるし燃えてるし割れてるしで、どエライことになっている。

エルフィの涙はとっくに引っ込み、むしろ表情は引き気味になってるんだけど…。

まあ、確かに…ひ、引く程、強いわね…。


『ああ、全部やられちゃったし…。ずるいよ二人とも! 一匹くらい残しておいてくれてもいいのにー…』

『ふーん、早い者勝ちです』

『じゃあ浄化はお任せしますよハクラ』

『…えげつねー…』


ハクラの言う通りえげつない強さだ。

ジョナサン王子が「少しは加減しろよ…」と呟きながらも、会場の人たちに「まあ、このように…大丈夫だっただろ?」とやや疲れ気味な顔で同意を求める。

会場全体が頷いた。

スヴェン隊長が「我々いります?」と言っていた意味も。

街に被害は一切見られないが、街の周囲は大惨事だぞ。

と、思ったら街の中心から白い光が魔獣へ注がれ、その間に大地は元へ戻っていく。

緑までは元に戻ってないけど…あんなに砕けていたところや抉れた場所も…。


「…殿下、わたくしユティアータに帰らせていただきますわ」

「ん? うん、まあ、もう大丈夫だろう。だが一応、護衛の騎士をつけるぞ。どーせアルフが後始末にいく羽目になるだろうから一緒に行くといい。おーい、エルメール、アルフこっちに呼んでくれー」

「もう呼んであります」

「おお、さすが…」


王子様が言う前に動いているとは…さすが執事さん。

…言う通り、ヒゲもじゃのおじさんが「ちーっす」とやる気なさげに会場に入ってきた。

そこからは数人の騎士が会場に居たお見合いパーティ参加者を集め、別室に案内していく。

確かにもうお見合いパーティどころではない。

参加者の騎士はいなくなったし、レベル4の影響で他の街にも強力な魔獣が現れるかもしれないと警戒態勢が取られている。

誰もそんな中で出会いを楽しめるわけがない。

アルフ副隊長はエルフィを安心させるように「領主様とは連絡つきますから大丈夫っすよ」と言ってくれた。

そ、そうか、ユスフィーナさん無事か…よ、良かった…。


「うちの先遣隊は大丈夫でしょうか…」

「死人が出たとは聞いてねーな。ハーディバル隊長とランスロット団長も居るし、ハクラが先に行ってただろ。まぁ、行ってみて確認して見りゃいいや。ほんじゃあ、ま、行きますかー」


緩いおっさんだな!


「待て、アルフ」

「はい、殿下」

「後始末は頼む。んで、隊長二人とフレデリックを早急に戻らせてくれ。他の隊長は集めておく。これはちょっとアレだろ」

「ですね、了解しました」

「ハクラの奴は好きにするだろうから…まあ、あいつがいればユティアータは大丈夫だろう」

「ういーっす」

「エルメール、親父んとこ行くぜー。動くとは思えねーけど一応なー」

「はい」

「じゃ、お前ら気をつけて帰れよ」

「はい、ありがとうございます」


エルフィがお辞儀をしたので私とマーファリーもそれに続く。

なんてしっかり者のショタなのかしら。

とても王子様やってるわ…!

あ、でも中身は成人なんだっけ。

立ち去る王子様は、なるほど、確かに王子様だった。

そしてエルフィの転移石でユティアータへ一瞬で帰る。

いつもはお屋敷だけど今日は領主庁舎。

私もあんまり来たことないけど、今日は夜なのに住民が集まっている。

恐怖と不安でざわざわとしている人々。

まあ、そうよね、ここ現場だもん。

その波を押しのけてアルフ副隊長他五人の騎士が「ランスロット団長は?」と進む。

会議室のような場所に職員さんが騎士たちとエルフィを呼びに来た。

広めの部屋に、十人以上の男性が横たわっている。

その場にはユスフィーナさんとランスロット団長、ハーディバルとハクラ、そしてやはりフリッツがいた。


「お姉様!」

「エルフィ! もう帰って来てしまったの⁉︎ なぜ王都に泊めてもらわなかったのです」

「ユティアータが危機にさらされているのに自分だけ安全な場所にはいられませんわ!」

「なんだ、マーファリーとミスズも帰ってきたんだ?」

「そりゃ、心配だし。…フリッツも、ありがとね、来てくれて…」

「え? ああ、ええまぁ」


楽しそうだったので。

と、こじんまりと聞こえた気がしたが聞き流そう。


「いやー、ちょっとアレはないっすよ団長〜。レベル4っすよ、相手…ハクラの結界がなかったら街崩壊してるんすけど〜?」

「む! なんか私のせいになってるが、あれはほぼハーディバルくんと殿下だぞ! 私はハクラくんと怪我人の治療をしていたから出番がなかった!」

「そーそー、フレディとハーディバルが楽しそーに獲物総取り。ずるいよねー」

「「こんな機会滅多にないし」」


こいつら…。


「……殿下?」


ユスフィーナさんの小声の疑問がやけに大きく室内に響いた。

そういえばユスフィーナさんの隣にはもう一人、葡萄色の髪のイケメンがいる。

彼も「そういえば…」と呟いてフリッツを見下ろした。

ハクラやハーディバル、ランスロット団長はなにやら「あ〜〜」と変な声を上げる。


「あ、そういや団長、ハーディバル隊長、フレデリック殿下、ジョナサン殿下が早く帰って来いって言ってましたよ。対策会議やるから急ぎめでって」

「ん、確かにこれはやらねばならんだろうなぁ。こちらも報告したいことができたし…よし、帰ろうハーディバルくん!」

「ですね。ハクラ、お前どうするです?」

「俺はもう少し怪我人見てるよ。他の街に何かあったら先行するから、カミーユさんに伝えておいて」

「すまんな! ハクラくん! よろしく頼む!」

「僕はユティアータの民を落ち着かせてから帰ります。ヨナに言っといてください」

「いや、ダメっしょ。俺が怒られちゃう」

「そうですよ、フレデリック殿下。僕の獲物…ではなく、騎士団の仕事にまで手ぇ出しやがって…犬耳カチューシャ取り付けて写真撮るぞ」

「ちょ、怖…! ちゃ、ちゃんと後始末つけたら帰りますよ…!」


ハーディバルの脅しがおかしい気がするが、それよりも…。


「で、殿下? …ふ、フリッツ…あんた…」


みんながフリッツを「フレデリック殿下」と呼ぶ。

それに平然と答えるフリッツも…それは肯定ってこと?


「まぁ、ごねるようなら俺が連れて帰るよ」

「それは心強い! 重ねてよろしく頼むぞハクラくん!」

「うん、じゃーね」


隊長二人が帰還していくのを見送って、その後残った私やユティアータの領主や幹部の職員さんたちは目線が一箇所に集中している。

ハクラはフリッツの横に来て「まだ言ってなかったの」と呑気に問う。


「ふふ。…改めて自己紹介をしますね、ユティアータの民よ。僕はフレデリック・アルバニス。この国の第一王子です」



………………………………………。



「「「ええええええええええええ!!??」」」





****




「嘘! こんなの詐欺よ⁉︎」

「ヨ、…ジョナサンに会ったのではないのですか? 僕と同じ顔なのだからとっくに気付いてると思いました」

「だって髪の色がーーーっていつの間にか黒くなってるー⁉︎」

「色を誤魔化すくらいわけないですよ」


くっ、確かに…。

髪の色も目の色も割りと簡単に別の色に出来るものね。


「でもまさかフリッツが王子様だなんて…!」

「…本当は早々に正体を明かして、誤召喚被害に遭ったミスズには謝罪するつもりだったんですよ? でも、お見合いパーティに来た時バラした方が面白そうかなって」

「………………」


分かったわ。

フリッツはただのフリッツでしかないということが…!

あ、いや、フレデリック王子か…。

王子様がこんなにナチュラルに腹黒いなんて…。


「なんかジョナサン王子の方が王子様っぽかった気がする…」

「おや、初めて言われました」

「嘘でしょ⁉︎」

「いえ、本当に」


マジかよ、とドン引きする私に真顔で言い切るフリッツ改めフレデリック王子。


「ミスズは意外と人を見る目がありますね」

「…そ、それ褒められてるの…」

「ええ、かなり」

「おーい、フレディ〜、こっちの話にもそろそろ参加してー」


ハクラに呼ばれて笑顔で「では」と挨拶する姿は、まあ、確かに王子様に見えなくもないけど…。

ユスフィーナさんたちのところへと向かうフレデリック王子。

王子様かぁ…。あれが…。


「驚きました…まさかフレデリック殿下がこんなに側にいたなんて…」

「マーファリー…。…うん、そうね…」

「わ、わたし…お礼…あうううう…」

「そ、そうね…」


言いたかったのよね、フレデリック王子にも。

なのにまさかフリッツがフレデリック王子だったなんてね、思わないわよ、そりゃ。

マーファリーがアバロンで助けてもらった時の王子様たちは成人した大人の姿。

まさか縮んで子供になってるなんて誰が想像するだろう。

想定していた王子様ルートがことごとく破壊され尽くした感…。

だってショタは…ショタはダメよ〜!

嫌いじゃないけど、嫌いじゃないけどフリッツは強すぎて怖い。もちろん物理的に。

いや、中身もナチュラルに腹黒いからアレだけど。

そもそも中身は成人男性なんでしょ⁉︎

ショタの醍醐味の一つ、少年の心が欠け…欠けて? あれ、でも悪戯っ子だっだし? かなり少年? いやいや?

あれ、わけわかんなくなってきたぞ?


「それより私たちはどうしよう…なんかここ、怪我人が休んでるところっぽいもんね」


会議室のテーブルや椅子を端に退けて、怪我人が寝かされているらしいのだ。

新しく雇われた勇士や傭兵は、きちんと仕事をしたようなのだが…なにぶんレベル4が相手では秒殺。

すぐに常駐している衛騎士が対応したが彼らも秒殺された。

そして騎士団の先遣隊も…一分しないうちにやられたんだとか。

そんな相手が五体。

そして、そんな相手をフレデリック王子とハーディバルの二人で片付けた。

映像で見ていたけど、魔獣が可哀想になるレベルで圧倒的だったのよね。

いや、あいつらが化け物?

でも勇士や傭兵、衛騎士さんや先遣隊の騎士さんたちも頑張ったわよ。うん。

あなたたちが時間稼ぎをちょっとでもしてくれたから、街は無事だったんだもの。


「どうやら死人はゼロらしいな〜」

「重傷者もランスロット団長の活性化魔法とハクラ殿の治癒魔法で回復しているようですから、気が付いたらすぐ動けそうですね」

「そーね、こんな時はジャンジャンバリバリ働いてもらわにゃ〜ね。…あれ、お嬢ちゃんたち、まだここに居たのかい?」


あ、アルフ副隊長さん…。


「はい…なにか手伝えることありますか?」

「なんでもお手伝いします! わたし、メイドですので!」

「え? そうなの? でもその格好じゃあ動きづらいでしょ。今日はもう大丈夫だから帰って休んだら?」

「いえ…、じゃあ着替えて来ます!」

「はい! 屋敷のメイド仲間にも声を掛けて集めます!」

「うーん…じゃあお願いしようかなー。正直、街の人が集まっちゃって庁舎内は混乱してるんだよねー。出来るだけお家に帰ってもらって…まあ、あんなヤバイのが襲って来たんじゃあ不安なのも仕方ないんだけどさ〜。…でもさすがにこれは動きづらいのよね〜」


確かに、庁舎内は街の人が押し寄せて居て普段の静けさは皆無。

あまり人もが集まりすぎると、恐怖が感染して魔獣化する人が現れるかもしれない。

今はハクラの『聖結界魔法』で魔獣が生まれる原因…邪気は生まれてすぐに浄化される状態だけど、それはハクラがいる間だけ。

…こんな便利な魔法、各街や村にあればいいとも思うけど…『光属性』はレアな属性。

それに、使用者がずっと魔法を継続して使い続けなきゃいけない。

ハクラくらい体内魔力量があるなら話は別だが、普通の人間は自然魔力を集め続けなければいけないから…まあ、ずーっとは無理だ。

とにかく街の人たちを落ち着けて、家に帰してやらないと庁舎内がいつもの作業に戻れない。

庁舎がいつも通りに戻れば、街の人たちもすぐ日常に戻れるだろう。

というのがアルフ副隊長の言い分だ。

でも、なるほどとも思う。

人間ってそんな長時間緊張してられない。


「分かりました! 行こうマーファリー、まず着替えてメイド長たちにも協力してもらえるよう頼みに行こう!」

「はい!」

「副隊長!」

「ほいほーい。それじゃ、準備が出来たら街の人に声かけ宜しくね〜」


別の騎士さんに呼ばれた副隊長はやる気ない感じで立ち去っていく。

あんな感じの人が騎馬騎士隊…ランスロット団長の直属の副隊長。

いや、逆にバランスがいいのかも?

やる気に満ち満ちてる団長さんの横にあんなやる気ない感じの人がいたら、いい感じに力が抜けるのかしら?

それにだる〜ってしてるのに仕事はかなりテキパキしてる。

やっぱり副隊長さんになるくらいだから優秀な人なのね。


とにかく、人混みかき分け屋敷に戻り、普段着に着替えて屋敷の商人やメイドさんに手伝ってもらい街の人たちを家に帰す。

みんなとにかく不安そうで、また街の側に強い魔獣が現れるんじゃないかとなかなか帰ってくれない。

まぁ、前回の襲撃の時もレベル3につられてレベル2が集まって来たもんね…。

でも、だとしても今回は街の中には入れない。

ハクラが『聖結界魔法』を使っているからだ。

立ち入ろうものなら、その場で強い浄化魔法がレベル2までの魔獣をダメージなしで浄化する。

…ほんとに便利だな『聖結界魔法』…。

いや、この魔法自体相当の魔力を使うみたいだけど…。

やっぱりハクラのような体質の人間じゃないと、こんなに長時間維持するのはきついらしい。

普通の人がやるなら、五人くらいの『光属性』の魔力がある人が力を合わせないとダメみたいだ。

…というのはマーファリーから聞いた話なんだけどね。


「もー…大丈夫って言ってるのに…。みんな不安になりすぎですよぅ」

「そうね、でも…その気持ちわからなくもないわ…。こんなに立て続けに、あんな高レベルの魔獣に襲われたのよ。この街、何かおかしいんじゃ…」

「…それはぁ…でもぅ…」


マーファリーもナージャも不安げな顔。

異世界から来た私ですら「なにかおかしい」と思う程だもの…この世界の住人は尚の事不安なんだろうな…。


「ユスフィーナ様か領主になってから、おかしい事ばかり起きる…! 本当にあの人が領主でいいのか?」

「そうね…別な人の方が良いんじゃないかしら?」

「私の弟が魔獣になって行方不明になっても、何にもしてくれない奴らをずっと放置してたのよ…!」

「カールネント様にお願いした方が良いんじゃないかね?」

「ああ、俺もそう思っていた…ユスフィーナ様より、まともな領主にしてもらおう」


「!」


そうだ、そうだ、と街の人たちが騒ぎ出す。

庁舎内に集まっていた人たちは不安が治らないのだろう。

その不安を、全て領主のユスフィーナさんにぶつけ出した。

私や屋敷のメイドたち、使用人たちがどんなに宥めようとしても、一度漏れ出した不満はどんどん大きくなる。

屋敷の中で安穏と暮らしていた私は、街の人たちがどれほど不安や不満を溜め込んでいたのか知らなかった。

きっとそれは、領主のユスフィーナさんや王都の学校に通っているエルフィも同じだろう。

大きくなる声は、行動へと移される。

一人が「辞めさせろ!」と叫ぶと他の住人たちも「そうだ、辞めさせろ!」と声を上げ始めた。

もう、止まらない。

辞めさせろ、辞めろ!

声は大きくなり、人々はユスフィーナさんたちが会議している領主室へと雪崩れるように移動し始める。

ヤバイ、ヤバイヤバイ!


「ちょっ! みんな落ち着いて! だめよ、そんな感情的になったら!」

「そうです! 皆さん落ち着いてください!」

「はわわ〜!」


ナージャが突き飛ばされる。

それをなんとかキャッチしたが、だめ、みんな、まるで我を忘れてる!

怖いのは、分かるわよ。

レベル3でもめちゃくちゃ怖かったもん。

あんな巨大怪獣に襲われたら…そりゃ絶対怖かったに決まってるけど…でも!


「やめて、みんな落ち着いて!」


『そうだよ、おちついて。“いかり”や“ふあん”にとらわれては“きけん”だよ』

「っていうか、まだ庁舎に居たの? 帰って大丈夫だよ?」


キキーッ、とばかりに領主室へ押し寄せて居た人波が止まる。

声から察するに、ハクラとティルだ。


「ドラゴン…!」


一人の男の驚愕の声に、人々が騒つく。

ああ、そうか…ドラゴンは人々の畏怖の象徴。

たとえ小さな子供ドラゴンでも、存在感は抜群なのね…。

一気に街の人たちが冷静になった…。


「あ、あの…領主様…ユスフィーナ様は…」


それでも尚、食い下がろうとしたのか。

若い男の声に、ハクラはあっさり「中にいるよ」と答える。


「みんなが不安なのをどうしたらなんとか出来るかすごく悩んでたよ」


人垣で分からないけど、とても優しい声が響いてきた。

多分いつもみたいな呑気な笑顔を浮かべているんだろう。

でも、言ってることは…私たちにも想像できる。

いつも難しい顔で街の事ばかり考えていたユスフィーナさん。

今はもっと難しい顔で悩んでるんだろう。


「そうですね、皆が不安に思うのも無理はない」


続いて聞こえてきた声はフレデリック王子だ。

街の人たちがフレデリック王子を、王子と認識しているかは分からないけど…この街でフリッツのことを知らない人は少なくない。

だって二週間以上たった一人で街の外や中に現れた魔獣を狩り尽くし、行方不明者を取り戻したのだ。

みんな彼にはとても感謝している。


「でも、大丈夫。今はハクラの『聖結界魔法』が発動している。この魔法は魔獣を立ち所に浄化する高等魔法の一つ」

「そうそう。俺もいるし、ティルもいる。あと、なんとねー、『三剣聖』のカノト・カヴァーディルさんもこの街と契約してくれることになったんだよ! 大ニュースだよね」

「ええ、ランスロットと同じ『三剣聖』です。そういえば先程もレベル4を一人で押さえていましたよ。いやぁ、さすがですね」

「さ、『三剣聖』が…⁉︎」


え?

ちょ、なにそれ、私知らないわよ⁉︎

『三剣聖』カノト・カヴァーディルって…ユスフィーナさんの初恋の相手じゃない⁉︎


「…俺は戦えなくて不完全燃焼気味なんだけどね〜。今度きたら絶対! ぜーんぶ俺にやらせてよねー? フレデリック殿下?」

「さぁて、どうしましょう。ハーディバルもあれだけ暴れてまだ余裕そうでしたからね」

「で、殿下?」


お、気づいた。

ハクラのあからさまな呼び方に、街の人たちが本格的にざわざわと騒ぎ始めた。

…ああ、なんて楽しげな声…。


「ええ、僕の本名、フレデリック・アルバニスといいます」


えええええ!

街の人たち他、ナージャや屋敷の使用人、メイドの皆さんも驚愕して後退りする。

中には腰を抜かした人も。

ですよね。


「で、で、で、殿下がなぜここに⁉︎」

「もちろんレベル4を倒しに」


あれ、おかしいわね…今副音声で『レベル4で遊ぼうと思って』って聞こえた気がしたんだけど…?


「殿下自ら…⁉︎」

「お、俺たちのために?」

「ええ、もちろん。大切な我が国の民を、僕が守りに来るのは何かおかしなことですか? …まあ、少しやりすぎて騎士団の仕事まで取ってしまいましたが…」


ハーディバルに「引っ込んでろ」とまで言われてたのに「早い者勝ち」とか言い放ってたほどね…。


「ユティアータの民よ、それ程不安になることなどありませんよ。何かあれば騎士団は元より、僕が必ず駆けつけましょう。ユスフィーナ・ユスフィアーデは確かにまだまだ領主として未熟かもしれませんが、彼女の民を…いや、あなた達を想う心の強さを僕は認めている。今トルンネケ地方に彼女以上にユティアータを想う者はいない」

『いまは、ぼくやパパもいるよ』

「うん、まだしばらくは居るよ。カノトさんも来てるから、レベル4がまた来ても平気平気。邪竜が出ても倒せる気がするしね〜」

「…まぁ、王国始まって以来の戦力が集まってますからね…今の時代…。父も邪竜退治に自分が出なくても良さげだとぼやいてましたし」


過去最強かよ。

…ちらほらと、というか、どんどん街の人たちは安堵の表情に変わっていく。

殿下がまた来てくれる。

『三剣聖』や『魔銃竜騎士』が居る。

そしてなにより王子の認めた領主が、自分達のためにどれほど心を砕いていたのか…。

お願い、分かって。ユスフィーナさんは、本当に頑張っていたの。

その頑張りが追いつかなかったのは…本当に悔しいけど…。


「殿下がユスフィーナ様をそこまで評価してるなら…」

「あ、ああ…俺たちが知らなかっただけで、ユスフィーナ様は頑張ってくれてたのかもな…」

「そ、そうよね、ユスフィーナ様はまだお若いし、領主になってたった一年…。私たちが期待しすぎたのかも…」

「長い目で見てやればいいのか? で、でも…」


やはり少し不安は拭いきれていないのかな…。

先ほどの鬼のような顔の人はいなくなったけど、不安そうな顔はちらほら。


「魔獣の件は調査中です。恐らく、なにか原因があると思われます。騎士団が本格的に調査を始めていますから、すぐに原因は突き止められるでしょう」

「多分、解決するまでは騎士団の隊長が一人は駐在してくれると思うよ。大丈夫大丈夫。カノトさんもいるしね」

「ええ、カノト・カヴァーディルはランスロットと同じ『三剣聖』…騎士団の隊長クラスの実力者です」


これを聞いて「おお…」と声が漏れる。

…ハーディバルがとんでも巨大ゴーレムを生み出して、レベル4を千切っては投げ、千切っては投げてたのであのレベルの人が二人いると思うとそりゃ安心だわ…。

むしろ過剰戦力では?

今度こそ、街の人たちは安心した顔で頭を下げて、庁舎を次々後にした。

ええ〜〜…わ、私たちの数時間の苦労は?

…いや、円満解決でいい感じだけど。


「ありがとう、ハクラ、フレデリック王子…あと、ティル」

『なんてことないよ』

「遅かれ早かれこうなっていたでしょう。…でもまさかレベル4が現れるとはね…」

「あれが邪竜の一歩手前か…」

「…………」


邪竜…。

もはや伝説の存在。

魔獣の最終形態で、ドラゴンの魔獣化した姿。

幻獣族はこの世界の創造神の子孫で魔獣化することはないが、ドラゴンは究極的に邪気を溜め込んだ生物が最後に進化する姿でもある…らしい。

理性はなく、破壊衝動と食欲にのみ支配された怪物。

この世界のドラゴン族が人間を忌み嫌う最大の理由が邪竜を生み出した事があるからだという。

そしてレベル4は、その邪竜の一歩手前の姿。

そんなものが五体も現れた。

じゃあ…まさか次に現れるのは……。


「まあ、ガチで現状戦力なら倒せそうだけど」

「少なくともフレディは倒せそう」

「父に倒せたなら倒せると思います。問題は食べられるかどうか…」

「ええ〜、やめてよ食べないでよ…! なんかフレディが邪竜を食べるとか想像したくないんだけど!」

「でもたまにドラゴンって食べたくなるんですよね…」

『ぴゃあ〜〜!』

「ティ、ティルは食べませんよ」


…なんの心配もなさそうである…。


「…あの、殿下…エルファリーフお嬢様とユスフィーナ様は…」


マーファリーとナージャが心配そうに二人を見る。

そうか、二人とも領主室の中か。

街の人たちが押し寄せて来たの、きっと怖かったしショックだっただろうな…。


「大丈夫…じゃないわよね…」


二人ともこの街のことを本当に大切に思ってるもの。

絶対落ち込んでるよね…。


「そうだね、二人ともかなり落ち込んでる。屋敷に帰して休ませたいところだけど…結構問題山積みだし今日は無理かな。フレディは帰った方がいいと思うけど」

「うっ…。まあ、そうだね…。僕抜きで対策会議は始まってるだろうし、僕がいなくてもどうにかするだろうけど…今後の指揮は取らないとダメかな」

「あ、それからフレディが急に留守にするから、俺がヨナの執務手伝いする事になったんだからねー?」

「あはははは」


なんか緩いわね、この二人。

力が抜けるというかなんというか。


「…ねぇ、私になにか出来ることある?」


前の『魔獣襲撃事件』の時は本当になにもできなくて…エルフィやユスフィーナさんが夜通し頑張っていた時も屋敷でお茶飲みながらお菓子食べてのんびりしちゃった。

でも、今度は何かしたいのよ。

魔獣と戦ったりは絶対無理だけど。


「わたしも…! お嬢様たちのためにできることはありませんか⁉︎」

「…ナ、ナージャも……ワタシも…できることあれば、やりたい…」

「じゃあなにか差し入れ作って来てあげたら? 俺お腹すいて来たよ〜」

『ぼくも〜』

「そうですね、なにか食事を持って来てあげてください。僕はこのまま帰りますが、あの姉妹は少し何か入れた方がいい。食欲がないと言いそうですが、倒れられては余計に街が不安定になるでしょう。それにハクラは街を覆う規模の結界を張り続けている。本来ならあまり動かない方がいいんでしょうが…」

「うーん、別にこのくらいなら平気だけどね〜…。お腹減るとちょっとやる気が減る」

「す、すぐ持ってくるわ…」


お腹減るとやる気も減るの⁉︎

ま、魔法って奥深い…!


「…あ、あの…殿下、ハクラ…」

「うん?」

「こんな時に、本当は言うべきじゃないとはわかっているんだけど……グリーブトで、助けてくれて…本当にありがとうございました。…今日も、ユティアータを守ってくれて……わたしの大切な場所を…守ってくれて……ほ、ほんとうに……ありがとう…!」


ぽろり。

マーファリーの目から涙が床に落ちる。

頭を下げたマーファリーの涙に、私も思わず泣きそうになった。

ああ、そ、そうだよね…。

マーファリーは、人生を救われてる。

第二の人生、第二の故郷のようなこの街も…この二人に、また助けてもらったんだ。


「…マーファリー、僕は僕の国の民を守ったに過ぎない。これは僕の義務だ。これからもそれは変わらない。君がそれを嬉しいと感じたなら、どうかこれからもユティアータの街を愛し、この街の領主へ力を貸してあげてほしい。特に今は…一人でも多くの支えが彼女たちには必要だろう」

「俺も出来ることをしてるだけだから気にしないでいいよ。命は大切だからね」

「…っ…」


…ちょっとお前ら人間出来過ぎじゃない?

私まで胸が熱くなったじゃない。

…くそう、カッコいい。

外見じゃなく中身がめちゃくちゃカッコいい…!


「…は、い…!」


マーファリーの涙と、強く頷く姿。

彼女の人生の中で、今日は特大イベントの連続だったに違いない。

恩人へのちゃんとしたお礼を言えた日。

まさかのレベル4との遭遇もあったけど…きっとマーファリーの中で今日という日は別な意味で忘れ難い、大切な思い出になったと思う。

良かったね、マーファリー。




****




ハクラご所望の晩御飯を作ってもらい、庁舎に戻った後…私は領主室にて同じくご飯を頂いていた。

領主室にはハクラとエルフィ、ユスフィーナさんとアルフ副隊長、そしてカノトさん。

き、気まずい…。

あれぇ? どうしてこうなった?

確か食事だけ置いて帰ろうとしたら、エルフィが私にご飯を食べたか聞いてきて、パーティで少し食べたと言ったらハクラが「え、パーティの話聞きたい」と満面の笑みで言い出したから…そのまま着席してご飯になったのよ、ね?

なんかそれにしては空気が重い…。


「ねえ、ハーディバルはちゃんと女の子と仲良くなった?」

「なるわけないでしょ」


…ああ、そうだ…出だしでハクラがそんなこと聞いてくるもんだから、つい私がきつめに返してしまったのが原因だわ…!

だ、だってハーディバルの奴、女子を三回連続でぶった斬りしたのよ?

なにあいつお見合いパーティでまで無双してくれちゃってんのよ。

ハクラも「あ、なんかヤバイことがあったな」って変に気ぃ遣ってそれ以降話しかけてこないんだもん…お陰でこの空気よ! 最悪よ!

エルフィとユスフィーナさんは途方もなく暗い顔で全然ご飯進んでないし、カノトさんとアルフ副隊長は黙々と食べててまるで食事すら作業の一環と言わんばかり!

な、なんとかしなさいよ、ハクラ!

元はといえばあんたのせいよ!


「時に、ハクラ」

「なーに?」

「結界魔法はどれくらい保つのよ?」

「…どんくらいって言われても…続けようと思えばずっと張ってられるけど…。でも、俺用事があるからね?」

「わあってるよ。その為にアバロンから戻ってきてるんだろう? しかし、そうか…ハーディバル隊長といいお前さんといい…体内魔力量の多い人間ってのはホント常識が通用しないねぇ〜」


食事を早々に終わらせたアルフ副隊長、ナイス!

お陰で若干場の空気が和らいだ、かも。

…ん?


「え? ハクラ、ずっと結界張ってられるって、寝てる時も?」


それは流石に無理くない?


「え? 出来るけど」

「はあ? ど、どうやって? だって魔法って集中力とかいるんでしょ⁉︎」

「結界魔法はその範囲じゃないよ」

「いやいや、お前やハーディバル隊長くらいだぞ〜?」

「そんな事ないでしょ。フレディやヨナはそもそも補助系苦手だからアレだけど、ドラゴンはみんなできるって言ってたよ」

「…ドラゴンを基準で持ち出すなよ…」


…あ、こいつとハーディバルは規格外で参考にならないのか。

そうか…。


「…体内魔力量が多いって、どんな感じなんですか?」


口を開いたのはカノトさんだ。

おお、初めてまともに声聞いた。

…そういえば、顔もまともに見た気がする。

葡萄色の髪と瞳の、儚い系詐欺のハクラと違って本当に儚い系の綺麗なお兄さんって感じ。


「どんなって?」

「いや、その、魔法を使う時の感じとか…。僕も魔法は使うけど、僕が使う時とはやっぱり違うんだろうなって…」

「うーん、アバロンで使う時は体内魔量の範囲でしか使えないけど、バルニアンは無制限で使いたい放題って感じ?」

「そ、そんなに…。…それでハーディバル隊長はあれ程のゴーレムを作り出したのか…」

「多分もっとその気になればあのレベルのゴーレムは十体くらい余裕で作れたと思うよ」

「え…⁉︎ あ、あれを…⁉︎」


…う、うわ…なんか恐ろしい事言い出したわよこの子…!

ま、まじか〜、毒舌ドS騎士〜!


「…万が一邪竜が現れても倒せると思うかい?」


やけに真剣な声色でアルフ副隊長がハクラに問う。

エルフィとユスフィーナさんも顔を上げてハクラを見た。


「俺は倒せると思うな。邪竜がフレディたちより強かったら無理かもしれないけど。フレディたちより強いなら多分、アルバート王よりツバキさんが黙ってない。今怒りっぽくなってるから余計」

「…そ、想像するのも恐ろしいな…」

「? ツバキ…さん?」


その名前の響き…。

えーと、どこかで聞いたような…?

いや、そうじゃなくて、まるで私の世界の人みたいな名前…!


「その人、私と同じように召喚されてきた人?」

「え? いや、違うよ? なんで?」

「…なんだ、違うのか…。日本人っぽい名前だからそうなのかと思った」

「あー、そうだね。幻獣族の人は大体ミスズみたいな感じの名前だね」

「へえ、そうなん…」


…へ、へえ? そ、そう…え?


「え?」

「ツバキさん、知らないの? フレディたちを産んだ幻獣だよ。人間でいうとお母さん」

「…………あ…! そ、そうか…! フレデリック王子たちは、ハーフなんだっけ…!」


忘れてた。

半分神さまのお父さんと、幻獣の間に生まれたとんでもないハーフの王子様。

それがこの国の王子様。

そ、そうか、どこかで聞いたこと…そりゃ、あるわけだ。

マーファリーとの勉強で習った気がするよ…!


「…幻獣族は戦闘種族だから割と喧嘩っ早いんだ。そうでない人もいるけど、ツバキさんは怒りっぽいタイプ。最近それに輪を掛けて怒りっぽい。お陰で王族の居住区全体ピリピリしてて居づらいったら…」

「あはは、ご愁傷さま〜」

「んもぉ〜、アルフさん他人事だと思って〜!」

「しかし…邪竜…。本当に現れると思いますか?」


カノトさんが真顔でハクラとアルフ副隊長に聞いた。

誰もが気になっていること。


「さぁねぇ…敵さんが何狙いなのかも分からんからなんとも言えないわ」

「敵?」

「そう」

「魔獣のこと、よね?」


敵というと、と伺うように聞くとハクラは首を振る。


「初めて会った時のこと覚えてる?」

「まあ、そりゃ一ヶ月前のことだし覚えてるわよ?」


衝撃的だったし。


「俺とハーディバルはミスズが召喚された学校の学園長さんに頼まれて、邪悪な魔力を調べてたんだ」

「邪悪な魔力?」

「そう。大まかに邪気…の部類かな…」

「!」


邪気…!

邪気は負の感情や悪い感情や邪な思想、野心、邪心など、人を魔獣に変える『モノ』、魔獣の餌となる『モノ』全部ひっくるめた呼び方だ。

人間の複雑な感情はとても様々なものがあり、本来一概に言えるものじゃない。

だが、だからと言っていちいち負の感情だー、悲しみだ、怒りだー、なんて分析もしてられないので騎士団などではひとまとめにそう呼ぶようにしているという。


「邪気の部類ではあるが、邪悪な魔力は魔獣の使う魔力に限定されるのよ」

「え⁉︎」

「つまりミスズが召喚された学校には魔獣の痕跡があったってこと」


私が召喚された学校にはそんなものがあったの?

うわ、なんか今更ゾワーって背中寒くなってきた…!


「…おかしいんだよね、ここ数年。そういう邪悪な魔力の痕跡があるのに魔獣はいない、って事が結構あったんだ。王都に限らず国中でね」

「…そ、そうなの…?」

「そうなのよ〜、気味が悪いったらない。手当たり次第に調べてはいたんだけど…明らかに人の手が加わっているっぽいのよ」

「…人為的に魔獣の痕跡が残されていたということですか?」


カノトさんの鋭い眼差し。

ハクラとアルフ副隊長は緊張感なさげに話しているけど、胸がぞわぞわする。

人為的に魔獣の痕跡が残されている…って、なによ、それ。


「ハーディバル隊長や殿下たちは古代魔法の類が関わっていると睨んでて、その線で調査を続けてたの。魔獣を使った呪術が『図書館』の禁書に載っていたし、それに似た類の何かじゃないかと睨んでる。古い魔法は専門家が必要になるから、どーしても調査にも時間かかっちゃうのよね〜」

「…禁忌の魔法を持ち出し、魔獣を悪用して何かを成そうとしている者、あるいは集団がいると」

「多分ね。国中に痕跡がある事から一人や二人じゃあなく、かなり組織的なモンじゃあないか、ってのが騎士団の総意。過去にもそういう危ない奴等は何度か現れたみたいだけど、今回はちょっと規模がねぇ…」

「…そ、その者達が今回のレベル4を生み出した、という事ですの?」


恐る恐る、ユスフィーナさんが口を開いた。

いや、と首を振るアルフ副隊長。


「先月のレベル3も奴さん達の仕業だと思うよ。ハーディバル隊長の勘だけどねぇ…あの人の勘、ランスロット団長の『騎士の第六感』並の精度だから…ユティアータが狙われてると思って間違い無いんじゃないかしら」

「な!」

「そんな、なぜ…っ」


思わず立ち上がって、震えた声で叫ぶエルフィ。

ユティアータが狙われている?

ほんとよ! なんで、なんでこの街が狙われなきゃならないの⁉︎


「さぁねぇ…領主さんたちに心当たりがないんなら、これから本腰入れて色々調べていくしかないねぇ。…はぁ、嫌だねぇ…通常業務プラスアルファ…それでなくても人手不足なのにぃ。俺の休暇半年前なのよ〜…次はいつ休めるのかしら」

「ご、ご愁傷さま〜…」


今度はハクラが落ち込むアルフ副隊長に労りの言葉を贈る。

…え、アルフ副隊長…まさかやる気ないというより過労による疲労感…?

た、大変なんだな、騎士団…。

そういやハーディバルも割と忙しそうだっけ…。

パーティの時も忙しいから誕生日に招待するのを遠慮してもらってるとか、言ってたなぁ。


「というわけでカノト氏どう? 騎士団に入らない? 休日の保証はないけどやり甲斐とお給料の保証はするわよ? 今なら部隊は選び放題。オススメは騎馬騎士隊。いかが?」

「え⁉︎ …い、いえ…し、しばらくは傭兵として色々な土地を見て回ろうかと思っていたので…」

「そう言わないで〜、前向きに検討してみてくれない? カノト氏が入ってくれるとかなり楽になると思うの〜。おじさんの一日の休日のためにお願〜い」

「そ、そう言われましても」

「フレディが「お肉大好き〜」って主張してから畜産業界に人が流れるようになって騎士を目指す人が減っちゃったんだって。俺は年がら年中バルニアンに居るわけじゃないから特殊騎士って扱いで正式に騎士団に所属してないんだよね。この国にいるなら俺からもお願〜い」

「えええ…」


えええ…フレデリック王子の「お肉大好き〜」主張で人が畜産業界へ流れたから騎士団が人手不足〜⁉︎

そ、そんな理由で⁉︎


「…は、はぁ…分かりました。少し考えてみます…」

「「やった〜〜」」


…本当にハクラとアルフ副隊長が揃うとゆるいわね〜…。

………。

ユスフィーナさんとエルフィは真逆で、すごいショックを受けてるのに…。


「アルフ副隊長、ユスフィーナ領主様」


こんこん、と扉がノックされる。

入ってきたのはアルフ副隊長の連れてきた騎馬騎士隊の人だ。


「レベル4に魔獣化していた素体と思われるご遺体が一名だけですが、形の分かる状態で回収されました」

「お? 本当? そりゃあ運がいいね〜」

「…え? …あの、アルフ副隊長様…一名だけというのは…? レベル4の魔獣は五体のはずでは…」

「…ご存知かと思いますが、魔獣は負の感情や悪意などを喰らい成長します。あるいは同じ魔獣同士で喰らい合い、より邪気を増して強く、巨大になっていくもんです」

「は、はい」

「レベルが上がるということは、ただ邪気を蓄えるだけでは難しい。魔獣同士で喰らい合う必要がどうしても出てくるんですよ。…レベル3以上の魔獣は喰らうことで砕けた骨や肉が邪気に溶けて素体となった者は元より、喰われた魔獣の素体も同じように混じり合っちまって…まあ、そういう事になってるんです…」

「…………っ…」


う、うえ…嘘…。

グ、グロ…っ。


「ぜ、前回のレベル3の時はそのようなお話は…」

「そりゃあハーディバル隊長とフレデリック殿下はフェミニストですからねぇ…」


…気を遣って黙っててくれたのか…。

そうだよね…そんな話、あの二人はてんてこ舞いになっていたユスフィーナさんにはしなさそう。

まして、前回の時は……ユティアータで行方不明になった人がほとんど帰ってこなかったらしいもん…。

あ…じゃあ、つまり、帰ってこなかった人たちはーーっ。


「お嬢さんたちは見ない方がいいでしょう。というか、領主様は落ち着かれたのなら執務に戻ってください。そっちも滞ると色々まずいでしょ」

「………、…わ、私のせいで生まれてしまった魔獣の末路であるならば…私は、目に焼き付けておく必要が…ありますわ…」


震えた声で、震えた体で…ユスフィーナさんがそんなことを言い出した。

そんな、だって…とてもじゃないけど…!


「違うよ」

「…僕もそう思います、ユスフィーナ様。魔獣を悪用している者達がいる可能性…アルフ副隊長がそう仰っていたではありませんか。…背負わなくて良いものまで、貴女が無理に背負う必要はありません」

「で、ですが…」

「ユスフィーナさん、自分がやらなきゃいけないことをちゃんと考えた方がいいよ。最優先でやらないといけないことは、自分を罰することじゃないし、考えなきゃいけない事は死んだ人のことじゃない。大事にするべきなのも考えるべきなのも今生きてる人たちのことだ」


違う?

とハクラとカノトさんが頷いてユスフィーナさんの答えを待った。


「お姉様…」

「…………………」


震えて立ち竦むユスフィーナさんに、エルフィが寄り添って、抱き締める。

アルフ副隊長が「では、また後ほどご報告に参ります」と言い残して扉を閉めた。

虚しいほど静かになる領主室。

…私…なんでここにいるのに…こんなに何もできないの。

なんて言えばいいのかも、どうしてあげたらいいのかも全然分からない。

ユスフィーナさんのせいじゃない、なんて気安く言えないよ。

だってユスフィーナさんは…この街の領主。

この街の人が死んだことを、どうして無責任に「貴女のせいじゃない」なんて言えるの。

慣れていないから。

領主になったばかりだから。

そんなの、命を落とした人たちに言えるわけがない。

あの役立たずな底辺傭兵たちがちゃんと仕事をしていたら…死ななくてもいい人たちがたくさん助かったかもしれないのよ。

そいつらを放置した…ユスフィーナさんには…。


「…………………」


誰よりもその痛みに苦しんで泣いている人に、どう声をかければいいの?

ううん、答えはもう、エルフィが実践してる。

立ち上がって、嘆くユスフィーナさんと、姉を抱きしめるエルフィごと抱き締めた。

エルフィの緑色の瞳が涙で濡れている。

一度だけ開いたその瞳に頷いて見せて、私もただユスフィーナさんが泣き止むまでじっと彼女を抱き締め続けた。




*****




長い夜だった気がする。

屋敷に戻って部屋でぼーっとしていると、空が赤らんできて見えて「あー、全然寝れなかったわ」と自覚した。

徹夜なんてゲームに夢中になっている時くらい……だった、な。

まだ領主庁舎で後処理に追われるユスフィーナさんとエルフィ、アルフ副隊長はもうきっと先の事へと気持ちを切り替えてる頃よね…。

それに比べて私ときたら…。

……………。

かなりショックだった。認めるわ。

魔獣というものの認識。

異世界の人間の私には、その本当の恐ろしさを理解していなかった。

人…人間なのね。

人間が誰しも持っている感情。

誰でも魔獣になってしまう。

パーティの時にハーディバルが女の子たちに「魔獣にならないように」と言い聞かせていた…あれの本当の意味。

魔獣になって助けてもらえなければ、悲しい気持ちや辛い気持ちを抱えたまま邪気に溶けて死んでしまう。

怖い。

だって人間だもの、感情はどうすることも出来ない。

魔獣がどれほど悲しく、恐ろしいものなのか…こういう事だったんだ…。

この世界に来て初めて心の底から怖い。

部屋でじっとしているのもなんだか寂しいというか辛くなってきて、扉を開けて廊下に出る。

そろそろ使用人やメイドたちが起き出す頃だと思うけど、彼らは別邸に部屋があるから本邸には誰もいないのよね…。

仕方ない、書庫で時間でも潰そうか。

上着を持って廊下をまっすぐ進む。

突き当たりの扉を開くと、あれ?


「ハクラ?」


書庫が明るい。

よくよく見渡すと、二階階段の上段に人が座り込んで山積みの本に埋もれている。

白と黒の髪が見えて、そんな珍しい髪色は一人しか思いつかない。


「ん〜? …あれ? 寝たんじゃないの?」

「いや、あんた庁舎に泊まってたんじゃないの?」

「怪我人が病院に運ばれたからやる事なくなってさー。そういえばユスフィアーデ家の書庫を見せてもらいたかったなって思い出して…」


そう言えばいつだったかそんなこと言ってた気がするわね…。

背伸びをしたハクラはついでに欠伸までして、本の上に寝ているティルを撫でる。

それから立ち上がって「寝ないの? それとも眠れない?」と、優しい声で聞いてきた。


「…眠れない、かな。…まあ、もう起きる時間だし…このまま朝ごはん食べてまた庁舎にご飯届けに行こうかな…」

「え? 朝?」

「…朝よ? ほら、そろそろ日の出じゃない? 空が明るいもの」

「げっ…、ま、また徹夜しちゃったよ…」

「…………………」


本に夢中になってた、らしいのは…この山積みの本を見る限り間違い無いわね。

また、ということは常習だな、こやつ…。


「…なにこれ、ジャンルバラバラ…」

「全部面白くて止まんなくなっちゃったんだよね」


歴史、考古学、魔法、料理、文学、数学書、政治学…。

手当たり次第って感じね。

私には難しくて読んでないやつばっかり。


「……それにしても昨日の夜と違う人みたい。お化粧ってすごい。もはや詐欺のレベル…」

「殴るわよ」


本の山から立ち上がって顔を合わせるなりそれかい。

そんなの自分が一番わかってるわ。

ハッ! …それ以前に今すっぴんか!

…くっ、この正直者め…‼︎


「よっと…まぁいいか。ミスズはこの世界には慣れた?」

「…そうね…慣れたと思ってた。…けど…」

「けど?」


どうやら本を元の場所に戻すらしい。

仕方ない、手伝ってやるか。

書庫のことなら私の方が知ってるし…。


「…魔獣のことは、本当の意味でわかってなかったのかも…」


何冊かの本を床から持ち上げる。

ジャンルバラバラだから、結構大変かもしれない。

とりあえず同じジャンルの本に分けてから元の場所に戻してくるか…。


「そうかもね。俺もレベル4は初めて見た」

「…レベル3も珍しいんでしょ?」

「うん。数十年ぶり。レベル4は多分多国間大戦時代以降初めてだと思うよ」

「…! そんなに…⁉︎」

「うん、それだけ長い間、アルバニス王国はレベル1、いってもレベル2までで民を助けてきたんだ。レベル3以上は素体になった人間は死ぬ。他の魔獣も巻き込んで。…この国は昔学んだ教訓を生かして、守ってきた。アバロンじゃこうはいかないだろうな…」

「………」


近くの棚のものから持ち上げて戻す。

ハクラは私が手伝い始めると笑顔で「ありがとー」と言う。

その笑顔がなんだか無邪気過ぎて、少しだけ笑えた。

なんて能天気。

羨ましいくらいだわ。


「ありがとミスズ。本を戻す場所、俺じゃわからなかったよ」

「手当たり次第に読むからよ」

「はーい」


あらかた返し終わる頃にはもう、空は太陽が照らし始めていた。

みんな起き出す頃ね。

…はぁ、本当に長い夜だった…。


「あーあ、あっという間だったな〜…本を読んでると時間を忘れるよね」

「…そうね…」


あの本の量には驚いたけどね!

一晩でどんだけ読んだんだ!


「…ミスズはどう思う?」

「え? なにが?」

「俺はね、結構イラっとしたよ」

「…だ、だからなにが?」


笑顔のくせにセリフはなかなかそうでもない。

イラッとした? な、なにが?


「レベル3、レベル4まで魔獣を育てた奴らがいるかもしれないってこと。…レベル3とか4になるまでに、どれだけ人が死ぬと思う? 片手の数じゃ足りない人数なんだよ? …やってくれるよね…」


びりっときた。

ハクラが本気で怒ってる。

…でも、その言葉には…その言葉の中には…人の命を軽んじている奴らへの怒りで満ちていて…。

私もどんどん腹が立っていた。

ああ、そうか。

そうよね…? 人為的に魔獣をなにかに利用している奴らがいるかもしれない。

そいつらが魔獣を…本当なら浄化して助けてあげられた人たちを…遺体の判別ができなくなるくらい…めちゃくちゃにしたんだ。

ひどい。苦しくて魔獣になった人たちの、その死に方や遺体まで弄ぶ行為…!

ひどい、なんてひどい…‼︎


「許せない…。私も許せない…」

「…そう? やっぱり?」

「当たり前じゃない! だって、ひどすぎる! 誰も魔獣になんてなりたくてなったわけじゃないでしょ⁉︎ ユスフィーナさんやエルフィをあんなに泣かせのも許せないし……人の心や命をなんだと思ってるのよ!」

「そうやって正義感の強い人間の怒りを煽るのが目的だったらどうする?」

「え⁉︎」


はたと、怒りが冷めていく。

あ、そうか…。


「…怒りも負の感情…」

「そう。許せない気持ちは俺もわかるけど、怒りも魔獣に変わる要因の一つ。激情は魔獣化の引き金になりかねない。お互い気をつけようね」

「…はい…」


もしかして、注意喚起含めて私のこと煽った?

…恐ろしい子…。


「冷静でいるって、結構難しいのね…」

「人間だから仕方ないよ。その人その人で性格もあるし」

「…あんた私より歳下のくせに落ち着いてるわよね…意外と…」

「ミスズより人生経験豊富だからね」

「……………」


なんか反論が出来ない…!

…こいつの武勇伝はこの世界に来てからそれなりに聞かされてきたし!

主にマーファリーから!


「なんかムカつく!」

「あはは」

「余裕そうなのもムカつく!」


なんとかこいつにギャフンと言わせてやれないかしら!

うーん、ハクラの苦手なものとか、嫌いなものとか!

思い出そうにも、遭遇回数そのものがそんなに多くないのよね!

まだそこまで情報がない。

ハーディバルの弱点は分かってるけど!


「あんた何か苦手なものとかーー」

「内緒。…それより、ミスズは今後どうしたいの」

「え?」

「多分、ユスフィーナさんたちはこれから騎士団と協力して、レベルの高い魔獣が生まれる原因を探っていくと思うよ。ミスズは異世界からのお客さん扱いだから、別になにもせず今まで通りの生活をしていればいいと思うけど」

「それは無理!」


きっぱり、それは断言するわ!

だって、魔獣を利用する奴らがいるかもしれない。

ユスフィーナさんやエルフィを苦しめている奴ら…この街の人たちを困らせて怖がらせる奴ら…。

人の命や心を踏みにじる奴ら…!

そんなの許せない!

確かに私は一般ピーポーに過ぎないけど…。


「私も何かするわ! どうすれば良いのかは分かんないけど…エルフィはユスフィーナさんは私に住む場所やあったかいご飯、着る物も、本当に私がなんの不便もないように親切にしてくれた。この家の人たちもみんな優しいし…」


たまに厳しいけど…。

それは置いておいて。


「マーファリーがこの街のことを大切な故郷みたいに思ってるように私も、この街のことは好き! エルフィとユスフィーナさんが大切にしている場所だもの!」


街の人も本当は親切な人ばかり。

街並みも綺麗だし、お祭り好きな陽気な人たちが多い。

お見合い抽選会でステージ作ってお祭り騒ぎにしちゃったところなんていい例だ。


「私にも何か出来ることがあるはずだから…なにかするわ」

「そう言うと思った」

「…くっ…」


だから、その余裕! ムカつく!

歳下のくせに〜!


「やっぱりミスズは『勇者の資質』があるね」

「…は?」


勇者?

いやいや、確かに勇者が異世界から召喚されたー、的なのはRPGではもはや王道とも言うべきお約束感すらあるけど…。

私の場合は事故だし、魔力は全然扱えないし、体内魔力量に至っては三分の一という最弱以下の戦闘能力ですけど?


「なに言ってんの、私はただの一般人よ」

「そうだね。フレディも『勇者の資質』がある人は、本当に普通の人が多くて…その才能が開花するのは運次第だって言ってた」

「…………」


あれ? 遠回しに馬鹿にされてる?


「でも一般人だから…自分も弱いってことを最初から知っている人だから…弱い人の気持ちに寄り添って立ち上がれるんだって。ヨナが言ってたよ。…勇者は特別な事をする人間じゃない、当たり前のことが当たり前のように出来る人のことなんだってさ。当たり前のことをするのは実はすごく勇気がいることで、勇者っていうのは…その勇気がある人間のことを言うんだって」

「…そんなら勇者なんてその辺にたくさんいることになるわよ」

「…まぁ、素質があってもなれるかどうかはその人次第だからね…」

「なにそれ、意味深な言い方するわね…」

「当たり前のことが当たり前に出来ない人がいるのも忘れないであげてって事」

「まあ、そりゃそういう人もいるだろうけど…」


なによそれ、もー。全然意味わかんない。

私が勇者な訳ないでしょ、レベル3が出た時ナージャとしがみつきあって腰抜かしてたのよ。


「まぁ、つまりさ…ミスズなら当たり前のことを当たり前に出来るはずだよってこと。どうしたらいいかわからないって言ってたけど、やりたい事をやりたいようにやればって意味」

「…回りくどい」


でも、ハクラなりに激励してくれたってことかな?

勇者だなんて表現持ち出してきて、大袈裟ねぇ…。


「それはそうとさ、魔力はどうだったの?」


と、突然話題が変わる。

話はひと段落ついていたけど、まさかその話に来るとは思わなかった。


「…一応あるにはあったんだけど…」


隠しても仕方ないし、気に掛けていてくれたのはありがたいのでハーディバルに診断してもらった結果を正直に話す。

人より魔力が溜め込めない事。

そしてそれを補うために生命力を魔力に変換していた事。

ハクラは少し変な顔をしてそれを黙って聞いていた。

な、なによその変な顔は。


「生命力魔力変換魔法が掛かってるのに…体内魔力容量が少ないだけで使える魔力が減るの? おかしくない?」

「あれ? そういえばそうね?」


そもそも私のような異世界の人間は魔力そのものがない人間がいる、らしいっていう話もあった。

そういう人間に生命力を魔力に変換して使わせるのが生命力魔力変換魔法。

体内魔力容量が少ないから生命力を魔力にしているってハーディバルは言ってたけど…それってつまりちゃんと生命力魔力変換魔法にはかかってるってことじゃない?

じゃあなんでババーンと使えないの?

いや、使えても困るんだけどさ。


「事故だったから生命力魔力変換魔法が不完全な形でかかってるのかもね。たまに魔石も起動できないって言ってなかった?」

「うん…。まぁ、それ含めて今度ちゃんと検査みたいなのを受けるわ。ジョナサン王子にも言われたし」

「ヨナに会ったんだ?」

「ヨ……?」

「ジョナサンの愛称だよ。フレデリックはフレディ」

「おま…王子様を愛称呼びしてるの⁉︎」

「ミスズも呼べば? 特にフレディは俺しか友達いないから喜ぶと思うな」

「…………ッッッ!」


よ、呼べるかぁ!

相手は王子様よ⁉︎ 恐れ多いわ!

私は一般ピーポーだって言ってるでしょうがー!


「…あんた、怖い…」

「え! 急になんで⁉︎」

「…いや、もういいや」


力が抜ける。

なんというか、怖いもの知らずなのね…。

眠るティルを抱き上げて、フードの中へと入れるハクラはドラゴンすらこの扱い。

王子様を愛称で呼ぶとか彼氏かよ。


「ハッ! …ドS騎士と付き合ってないけど、まさかどっちかの王子様と付き合ってるんじゃ…⁉︎」

「え、どうしてそうなるんだよ⁉︎ そりゃ、二人は恩人だし大好きだけどあの姿に手を出したら犯罪でしょ!」

「…ああ、まあ、そうね…」


その辺りの常識はちゃんと……。


「こっちの国では!」


…アバロンは犯罪じゃないのおおぉぉ⁉︎


「それに俺、ハーディバルに嫌われたくないし!」

「色々どういう意味!」

「ハーディバル…っていうかフェルベール家の人ってフレディとヨナ大好きじゃん」


そ、そうね…すごかったわ、色々。


「手なんか出したら物理的に殺される」

「…そ、そうね…」


昨日のレベル4すらお手玉のように扱ったハーディバルとか、お城で最も怒らせてはいけないエルメールさんとか、ハーディバルすら恐れる『三剣聖』のお姉さん含め…フェルベール家は敵に回しちゃダメね。


「相性的に俺はハーディバルの方が好きだし」

「ねぇ、多分あんたのそういう発言が誤解を生むんだと思うわよ?」

「え? どういう事?」

「付き合ってるんじゃないの、っていう、誤解よ! よく誤解されるって昨日言ってたでしょ⁉︎ それ! それがまずいの! その言い方!」

「どれ?」

「ハーディバルに嫌われたくないとか、相性がいいとか、ハーディバルの方が好きとか!」

「え〜?」


なんで疑問形⁉︎


「だってハーディバルって可愛いし」

「どこが⁉︎ あとそれもアウト!」

「料理が好きなところとか、掃除好きなところとか、魔法オタクなところとか優しいところとか、照れて直ぐ魔法使うところとか可愛くない?」

「うーん! 色々突っ込みたいところはあったけど多分あんただけだと思うわよ」


意外と家庭的!

下手したら私より女子力高い気配がする!


「最近思うんだけど、俺ドMなのかなー? 殴られる時、ハーディバルが物凄く嫌そうにしてるの見るとゾクゾクするんだよね」

「…それは…………多分…ドMの皮を被ったドSよ…」

「そうなの? SとMって奥深いんだな〜」

「…………そうね…」


この若さで何に目覚めてるのよこの子………。


「……………。ところでハクラ…断ってもらっても全っ然いいんだけど…」

「? なに?」

「………トイレ行きたいのよね…」


いつもならマーファリーに起こされてから行くんだけど、今夜は徹夜しちゃったから…めっちゃ行きたくなってきた。

でも男にトイレ流してもらうのは…!

そりゃこの屋敷のトイレは蓋つきだけれどもー!

でも、やっぱり行きたいし!

マーファリーが準備して私を起こしに来るまで一時間くらいあるし!

そんなに我慢できる気がしないし!

トイレ流すのに魔石を起動させるのなんて一瞬だけど、でも、いや、だが!


「いいよ」

「えらくあっさり⁉︎」

「魔力使えないんだもんね、もちろんいいよ。ほら、俺、ティルの下の世話もちゃんとしてるから慣れてるし。全然気にしないで」

「……………」


じ、人生経験豊富か…。そうか…。そうだったわね…。


「…そういえばシングルファザーだったわね……………」


なにかしら、この、よく分からない敗北感…………。


「いや、それだけじゃなくて」

「え?」

「俺元奴隷だから○○○○が○○○○ったところも見たことあるし○○○○を○○○○に○○○○したことあるからーー」

「ごめんなさい。そ、そういうのはちょっと…!」


人生経験どうのこうのじゃなかった。




********




ユティアータ、東部。

レベル4の魔獣との戦闘があった地は、ハーディバル・フェルベールによって平地へと修復されている。

草木は元に戻すことこそできないが、あれほど激しい戦闘があったとは一見分からない。

その地に王国騎士団、騎馬騎士隊副隊長アルフ・メイロンはタバコをふかしながら佇んでいた。

近くには195センチもある巨漢の騎士。

更にその隣に、カノト・カヴァーディルが歩み寄る。


「見ない方が良いよ〜。原型は保ってる方だが、結構腐ってるからねぇ」

「いえ、大丈夫です…。…この方が唯一姿を保っていたご遺体ですか」


見下ろした先には緑色の鱗が覆った人間…竜人が横たわっていた。

四肢が腐り落ちそうになった、顔も半分が溶けていて原型は分かりづらい。

なにより、ひどい悪臭だ。

これが肉の腐った匂い。


「…あれ…? この人…」

「? どうかした?」

「…この人…この間、戦った竜人の人だ…」

「戦った?」

「はい…」


一ヶ月ほど前だろうか、カノトが別な村へと移動していた時に突然襲ってきた竜人が居た。

そのうちの一人だ、間違いない。

顔は半分たけだが、ちゃんと覚えている。

風の属性の竜人…自分と同じ属性だから印象に残っていたのだ。


「なに? 荒事?」

「ええと、どう説明したら良いものか…」


突然襲ってこられた。

理由は分からない。

簡潔にそれだけ説明すると眉を寄せられた。


「もしかしたら、同業者で商売敵を減らしたかったのかもしれませんね…」

「あー、そうかもねぇ。竜人は結構荒っぽいこともするから〜。でも、感心しないわね」


母からの刺客かとも勘ぐったがそういう事情だったのかもしれない。

カノトが困ったように笑うと、アルフも白煙を吐き出す。


「で、ハーディバル隊長が来たのね」

「え?」


巨漢の騎士が頭を下げた方向を向くと、アルフ副隊長はそちらを向くことなく現れた人物を言い当てた。

昨夜カノトもレベル4と戦った時に会っている。

薄い紫色の髪と朝日に透けるような銀の瞳の美しい少年。

氷のように動きのない表情がまるで人形のように映った。

ごくりと思わず生唾を飲み込む。

彼が現れた瞬間、周囲を警戒していた騎士たちの緊張感がカノトにも感じられた。


「会議はなんて?」

「ジョナサン殿下、スヴェン隊長、カミーユ副団長が王都に居残り。僕がユティアータを担当。ラッセル隊長は警戒区域をバルニアン海域全体に広げたので配置換えだそうです。ランスロット団長は、通常業務をこなしつつ王都で待機。必要なら出るそうです。全地方領主にはすでに厳戒態勢を維持する通達が出ているです。頭の良い者ならほとぼりが冷めるのを待つでしょうね…」

「でしょうね。うちと本気で戦争するつもりなら、話は別かもだけど…。それで、ハーディバル隊長はこのご遺体に何か感じるものはおあり?」

「…………」


アルフ副隊長の横に来たハーディバル隊長が竜人の遺体を見下ろす。

魔法のエキスパートたる魔法騎士隊の隊長は、この遺体になにを思うのだろう。

緊張の中見守ると、ふと、彼の瞳が優しくなった気がした。


「誇り高い戦士の魂。…ゆっくりと休まれると良い…」

「?」

「ああ、気にしないで。ハーディバル隊長は“視える”人なのよ」

「えっ」


みえる?

視えるというと、まさか…まさか?

狼狽えているカノトをよそに、他の騎士たちもハーディバルと同じように胸に手を当てて死者の魂へ敬意を払う。

慌ててカノトも胸に手を当て、目を閉じた。

一度は戦った相手。

ちゃんと送れるのなら送ろう。


「……人間の魔力の気配を感じる。…邪悪な魔力に霞んで消えかけているが…やはり自然発生したものではないですね。…でも、なんだろう…この感じ……すごく、ヤバイ感じ…」

「…珍しいわね、ハーディバル隊長がそんな抽象的な表現するの…。そのヤバイってどういうヤバイ?」

「危険というのとは少し違うけど、でも、やっぱり危険な感じ、です。…形容し難い…どう言ったら良いのか…。…この感じは……『極炎竜ガージベル』に会った時と似てる…」

「『八竜帝王』⁉︎ …いやいや、まさか…ご遺体が竜人だからって、ドラゴンが絡んでいると?」

「僕もそこまでは言わないです。…ただヤバさの感じがその時と似ている、という表現の話です」

「ああ、もう、何だ…。驚かせないでよ〜」


みなが胸をなで下ろす。

さすがに『八竜帝王』とは戦えない。

条約もあるし、『八竜帝王』が一体でも欠ければドラゴン族は怒り狂うだろう。

そうなればドラゴン族と人間の戦争だ。

流石に勝ち目はない。

しかし、ハーディバル隊長が『八竜帝王』と遭遇した時の感覚に似ていると例えた事は別な恐怖を植え付けて来る。

それ程の存在感。

それはもう、圧倒的な相手から受けるプレッシャー。

この遺体にそれ程の危険性が含まれていたとは。


「…ダメです、これ以上は…。邪悪な魔力の濃度が濃すぎて」

「ハーディバル隊長でも魔法の痕跡は見つけ出せない、か。レベル3の時もそうだったんだよねぇ?」

「あちらには強力な拘束魔法がかかっていたです。魔法で完全に動けなくして、街の側に埋めて自動で邪気を喰うように仕込まれていたと思われるです。レベル3に到達した時点で拘束魔法は破られる。そうなれば、あとはレベル3が自由に街を襲えるです」

「! …な、何故ですか? それは完全にこの街を狙っていたとしか…」

「だから狙われてるの」

「……………」


昨夜確かにアルフ副隊長はそう言っていた。

だからカノトも口を噤む。

納得いかない。

なぜ、この街なのだろう。

いや、それをこれから本格的に調べるのだが…それにしても手がかりが少ない。


「けど手が込んでるわね。ユティアータが狙われた要因、ハーディバル隊長はなんだと思います〜?」

「1、領主が新米で隙が多かったから。2、大都市だったから。3、立地が良かったから。4、ユティアータに恨みがあったから。5、ユティアータに関係する人物に恨みがあったから。6、王都を襲う時の予習をしたかったから…」

「うーん…動機の線からいくのは厳しいかな〜…。困ったねぇ…」


ぼりぼりと頭を掻くアルフ副隊長。

目的が分からない。

こんな事をして得する人間がいるのだろうか?


「…7…、領主を辞めさせたい。または、殺したかった」

「………っ」


騎士たちも、カノトも身体がこわばった。

しかしすぐにアルフ副隊長が「大掛かりすぎるでしょ〜」と緩やかに否定する。

その通りだ、辞めさせるのはともかく、殺すならもっと簡単な方法が色々あるはず。

確かに彼女のような地位の人間は死を望まれることもあるだろう。

殺さずとも辞めさせるだけで甘い汁が吸える者もいる。

しかし、それにしてもこれはやりすぎだ。


「…では8、ユティアータに魔獣化させたい人間がいた」

「レベル4まで使って魔獣化させたい人間? それってどんな人よ? それに人一人魔獣化させたところでレベル1ならすぐに浄化できるでしょ?」

「一人ではなく、集団で。新たに魔獣を生み、利用するのが目的」

「………、…それは、まさかでしょ…?」

「9、邪竜を生み出すことが目的だった」

「……………」


そんな事をして、誰が得をするんだ。

何度目か分からない、誰にも届かない心の中の問い。


「…生み出して何がしたいの」

「僕が分かるわけはないし、もしかしたら邪気を発さないプラスの感情…例えば好奇心や崇拝の心で目論んだ可能性はあるです」

「…っ、勘弁してほしいわ、それ…。そんな宗教団体が勢力拡大なんてしたら根絶やすのはかなり難しいよ〜?」

「…ま、それも我々の仕事ですね…」


休暇が遠のく〜、と頭を抱えた副隊長。

風の竜人の遺体に目線を戻す。

四千年近く生まれていない邪竜への興味。

だが今日まで王族を始め騎士団、勇士や傭兵たちの努力で芽は摘まれてきた。

レベル3すら数十年に一度現れるか現れないか。

それが遂に、一歩手前のレベル4まで来た。

邪竜が現れたら、勝てるか?

王は邪竜を倒した伝説を持つ。

ハクラは現状戦力ならば勝てる可能性があるとも言っていた。

だが、邪竜が生まれるのには多くの人間が喰い殺される。

生まれた後もどれほど犠牲者が出るか…。


「カノト・カヴァーディル?」

「! は、はい」


ハーディバルに呼び掛けられたと思って返事をする。

だが彼はアルフ副隊長と話していた。

顔はこちらを見ているが、別に名前を呼ばれたわけではなかったようだ。

しかしこれ幸いとばかりにアルフ副隊長が手招きしてくるので、数歩近づく。


「カノト・カヴァーディルです」


そういえば昨夜は会話もほとんどしないままだった。

改めて名を名乗り、頭を下げる。

歳下のようだが地位は上だ。

御三家の一つ、フェルベール家の子息。

流石に名前は聞いたことがあるし、昨夜のあの実力…敬意を払うには十分すぎる。


「ハーディバル・フェルベールです」

「昨晩は素晴らしいご活躍。私も命拾い致しました。ありがとうございます」

「ご謙遜、ですね」

「とんでもない、本当ですよ」


本音だ。

正直一体だけならばもう少し持ち堪えられたかもしれないが、五体はどう考えても無理だ。

彼が来てくれて本当に助かったと思う。

もちろん、フレデリック殿下も。

あの戦闘能力には超えられない壁を感じた。

体内魔力容量の多い者との差がこれほどとは思わなかったが、彼の努力も含まれてはいるだろう。

それは純粋な賞賛に値する。


「…で、騎士団にはいつ頃…」

「そ、その件はまだ…!」


真顔で尋ねられてなんの話をしていたのかを察した。

アルフ副隊長の「え〜」という声に恨みの眼差しを向ける。

気が早いというか、まだ入るとは言っていない。


「貴方が入ってくるなら新しく魔法騎馬騎士隊を作る話が進むと思ったんですが…そうですか…」

「……は…ははは…」


…あ、これは入団早々になにかとんでもない役職を押し付けられる。

ゾッとしたものを感じて乾いた笑いで誤魔化した。


「まあ、それはそれとして、今回の件…『三剣聖』の一人である貴方には正式に協力依頼をするです。よろしいです?」

「…! …謹んでお受けします。この国の民として、邪竜誕生だけは阻止しなければならないと強く感じています」

「ありがとうございます。…姉にも依頼しようかと思ったですが、なんか四人目がいるっぽいんでやめたんですよね」

「え? 四人目…?」

「お腹の中です。…甥っ子か姪っ子かはこれから分かるです」

「え⁉︎ わ、お、おめでとうございます⁉︎」

「僕に言われましても」


いやいや、おめでたい。

確かにそれなら、彼女にはお腹の子供を優先していただかなくては。


「フェルベール家は安泰ですねぇ〜。それに比べてうちの団長は…はぁ、お見合いの日にレベル4とは、運がない…」

「本当です。スヴェン隊長はエルファリーフ嬢といい感じだったのに」

「あらそうなの? 羨ましいわ〜…うちの団長も早く結婚しないかしらね〜」

「本当、早く結婚しやがれです」


ね〜、と頷き合う二人にどう言っていいやら。

タバコを消したアルフ副隊長は、かく言う自分も別れた嫁さんと息子に会いたい…と肩を落とした。

半泣きで。


「エルファリーフ嬢といえば、今どちらでしょう?」

「…あ、彼女なら領主庁舎で領主様の手伝いをなさっているかと思いますが…」

「ふむ。なら都合はいいか…」

「と、言いますと?」

「二人にこれをお渡ししようと思って」


ハーディバルの取り出した小指の関節ほどの小さな魔石が取り付けられたネックレス。

デュアナの花のあしらわれた、可愛らしいデザインのネックレスにアルフ副隊長と共に目が点になるカノト。


「これは?」

「一度だけどんな攻撃も無効化する魔法が入っているです。姉にデザインにめちゃくちゃ文句を言われたので新調する羽目になったです…」

「それは、また…」


なんと言って良いやら…。


「なぜ彼女たちに?」

「死の気配が漂っているので、まあ、気休めです。ないよりマシでしょう的な」

「死の気配?」

「マジか…」


頭を抱えたアルフ副隊長とは真逆でカノトは眉を寄せる。

なんとも物騒な気配だが、聞いたことがない。


「…視えるんですよ…たまに…。白い靄のようなものが。そういう人間は半年以内に死ぬか、死ぬような危険な目に遭う。あんまり死ぬのでそう呼んでいるです」

「…ハ、ハーディバル隊長様はそのようなものまで分かるのですか?」

「なんでかは自分でも分からないです。霊感のせいですかね?」

「……………」


あ、やっぱり本当に視えるんだ…。

ではなく。


「彼女たちに、その死の気配が?」

「あれはなかなかやばい濃度です。…それと…あいつも」

「?」

「いや、あっちは手遅れレベルなのでなんとかなりそうなユスフィーナ様とエルファリーフ嬢に気休め程度でこれを持っててもらうくらいはしようかな、と。…あの白い霧を纏っていて、助けられたことなんてほとんどないんですけど、なにもしないよりはマシでしょう」

「…………」


気落ちした声にどう声をかけていいのか分からない。

人の死を予感するものを視る力。

あまり気分のいいものではないだろう。

どんな攻撃だろうと無効化する魔法なんて、この国で何人が扱えるだろうか。

最上級の守りの力。

彼の心遣いが、危険度とともに現れている。


「…お二人も心強く思われると思います」

「今回の件が、ユティアータではなく、邪竜を生み出すでもなく…あの姉妹を狙ったものだったとしたら……気が滅入るです」

「……大掛かり過ぎます…」

「ですよね。…ですが、彼女らに危険が迫っているのは間違いない」

「…はい」


この小さな魔石に込められた彼の願いが叶うことを切に願う。

どうか、あの優しい姉妹を守って欲しい。


「僕も出来る限り、彼女たちの側で彼女たちを守ります」


民を想って流したあの涙は胸に突き刺さった。

何故強くなりたいのか。

何故強くなりたかったのか。

思い出せない心の虚無を、忘れさせるほどに。

今はただあの姉妹が二度とあんな涙を流さないよう、守りたい。


「…じゃあ一度戻りますか。…ご遺体は回収して、庁舎内に安置させてもらいましょ。肉片はあらかた回収終わってるから、王都の共同墓地に埋葬しますけど、いいですか?」

「僕に異論はありません。ご遺体の身元は?」

「調査中です。カノト氏が一ヶ月ほど前に会ったことがあるようなんですが…」

「あ、はい…五人の竜人に突然戦いを挑まれて…」

「五人?」

「え? あ、はい…?」


突然鋭く睨まれて、思わず喉が引きつった。


「今回のレベル4と同じ数ですか。しかも…その内の一人と面識があると」

「………。まさか…あの時の竜人たちが…? でも、そんな…なんの確証もないですよ?」

「貴方は魔獣がどの程度の速度で成長するかご存知です?」

「え? …ええと、それは…環境や個体差が大きいのでは…」

「はい。ですが、レベル4に成長するのに一ヶ月…ありえない! 今の時代レベル2に成長するのだってもっと時間がかかるんです。まして竜人は精神力が強く、魔獣にはなりにくい」

「…! 確かに…。竜人が魔獣化した例はかなり少ないですね…。竜人族そのものが少ないのもありますが…」

「…そ、そうなんですか…? じゃ、じゃあ…」


あの日、戦った五人の竜人が…昨日のレベル4だと?

背筋に薄ら寒いものを感じた。

彼らがどういう経緯で魔獣に“変えられたのか”は全くわからないが、ユティアータと同じように自分もなにか得体の知れないものと関わっていたかもしれない?

ただ単に、あの五人があの後得体の知れない連中に拐かされて利用されたとも考えられるが…しかし…もしかしたら。


「僕があの時、ちゃんと介抱していれば…」

「カノト氏? どうしたの?」

「戦った時、気を失わせてそのまま放置してしまったんです。もしかしたらあの後、彼らは今回の件の首謀者たちに攫われてしまったのかも…。だとしたら僕のせいで彼らは…」

「あるいは、彼らが最初からその関係者だった可能性もあるです」

「…そ、そんな…」

「なんにしても、手掛かりにはなりそうです。…ご遺体の身元をフェレデニク地方の行方不明者と照合しましょう。恐らくケデル氏もクレパス氏もご遺体をすぐに返せと言ってくるでしょうから…その辺りの調整も同時に行うべきですね」

「竜人族の領域か…。我々が届けに行くと言うと文句言われそうですねぇ。嫌だわ〜」

「知ったこっちゃありませんです」

「あの、その時は僕も同行していいでしょうか? …もしかしたら、僕が彼らと会った最後の人間かもしれません…。ご家族の方に、少しでもお話しできることがあるかもしれませんから…」

「…そうですね…その可能性は高いです…。分かりました、配慮するです」

「ありがとうございます…」








********




「じゃじゃんがじゃーん! 超絶怒涛の第4話! 急展開だね! 次回予告担当はハクラと!」

「帰っていいです?」

「そして私! ランスロット・エーデファーがお送りするぞ! はーっはっはっはっ‼︎」

「で、どの辺りに甘辛さがあったの?」

「私にはわからないな!」

「ドラゴンのフンの話し続けるんです?」

「それじゃあ次回! 『三角関係勃発! 三角お山の上のトライアングラー‼︎』お楽しみに!」

「上手いこと言ったつもりでいるのが残念な題名だな! はっはっはっ! 」

「なお『内容は変更になる場合があります。ご了承ください』…これ言い飽きましたです」

「あ! あんなところに出番終わりのカノトさん!」


「⁉︎」ビクッ


「よーし! 確保だハーディバルくん! カノトくん! 是非騎士団に!」

「騎士団なら宿舎があるので家賃は無料です! 今なら一度きり攻撃無効化魔法入り魔石プレゼントです!」

「ドラゴンの鱗もつけちゃうよー!」


「ま、間に合ってますー⁉︎」













〜ぷちめも用語集〜



〜王都アルバニス〜

バルニアン大陸、アルバニス王国の首都。

王城『カディンギル』や六城壁がある大都市。

お上りさんはとても目立つ。



〜王城『カディンギル』〜

王族が住まう城。

そのほか行政の中枢『国光の城壁』と同等の機能を持つ。

幻獣族の椿つばきにより標高1000メートル程の山が作られ、その周囲100km程の大地が六城壁として宙へ浮かされ、その跡地に『祝福の湖』と呼ばれる湖が作られた天然の要塞。

別に王様の為に作ったんじゃないそうです。



〜浮遊城壁施設〜

王城『カディンギル』を守る六つの空中島。別名六城壁。

湖のほとりの転移陣から城門前に転移すると転移陣広場があり、六つの城壁内へ続く転移陣が用意されている。

赤い転移陣、騎士のオブジェは『騎士団の城壁』。

名の通り騎士団の詰所や宿舎や訓練所などがある。

ほとんどの騎士は城壁内に住んでいるか、近場に部屋を借りて住んでいる。

その他、武器屋、防具屋、装飾品店、本屋などが入っている。

食堂はボリューミーで美味しい。その上、騎士は無料で食べ放題。ラックバーガー定食がオススメ。

ちなみにオブジェは馬だったが、どっかの誰かが壊したので建て替えられた。

黄色い転移陣、本のオブジェは『歴史と知識の城壁』。

通称『図書館』。四千年分の知識の宝庫で、六つの城壁の中では最大級の広さを誇る。

図書館の他に博物館、資料館などがたくさんあり、王都の学業施設や研究所にも転移陣が設けられていてたくさんの人が利用している。

入り浸りすぎる人が多い為、宿泊施設や温泉、簡易だが高額な賃貸物件まである理想郷。

紫色の転移陣、女神のオブジェは『慈愛の庭の城壁』。

城で働く士官や客、旅人などが泊まれる超大型ホテル街。

かつては罪人や捕虜を捕らえておく場所だった。

現在そのような罪人の収容所は湖の底にある。

青の転移陣、剣と盾のオブジェは『力と守りの城壁』。

闘技場付きの健康ランド兼スポーツクラブのような場所。

闘技場、プール、陸上ラック、コートなど体を動かす人にはオススメの施設。

年に数回、王都で行われるお祭りやイベントは大体ここでやる。

王の生誕祭である『剣舞祭』や王子たちの生誕祭『豊穣肉祭』もここで行われる。

緑色の転移陣、花のオブジェは『国光の城壁』。

国の研究施設や戸籍の管理など役所の中枢。ここはアイテムがないと入れない、一般人立ち入り禁止。

白い転移陣、クリスタルのオブジェは『眠りの城壁』。

衣類、食料、魔石などが保管された氷点下の貯蔵庫。一応施錠された扉はあるが、用がないのに立ち入ると下手したら誰にも気付かれず凍死する。



〜『豊穣肉祭』〜

フレデリック、ジョナサン、両王子の誕生祭。

お肉大好きな王子たちの希望でなんでかこうなった。

ラック好きによるラックたちのためのラック祭のようになる。

食べたり競ったり戦ったり愛でたり逃げられたり、とにかく毎年大混乱。

とはいえ、本来彼らは幻獣とのハーフなのでドラゴン肉を好む。ラックのお肉祭になっているのはほぼ人間の都合である。

因みにフレデリックはほぼ生肉、ジョナサンはこんがりが好き。



〜ラック〜

『リーネ・エルドラド』の食肉畜産生物。

牛のように大きくて、豚のように丸々として、鳥のように鳴き、猪のように強い。

いや、ちゃんと牛とか豚とか鶏はいる。

ただ、こいつが美味いのがいけない。



〜魔獣〜

『リーネ・エルドラド』バルニアン大陸に現れる邪悪な化け物。

理性はなく、破壊衝動と食欲のみ。

人の負の感情、悪意、野心等のあんまりよろしくない思想などが濃くなると、それを持つ人間や周囲の動植物、あるいは石や水などにも影響を与えて魔獣化する。

魔獣化した人間や生物の戦闘能力が高い場合、レベル1でもその強さのままであることが多い。

レベル1、黒い影の姿。地上を徘徊し、人や動物を襲う。ほとんどのものはこの姿の時に浄化される。

レベル2、大型に成長し、カラフルな色合いの生き物に近い形に変わる。空を飛ぶものものや海を泳ぐものなど様々。

レベル3、より大型に成長。主にレベル2や1を食害し、食ったものの特性が現れた姿となる。知恵を身につけたり、魔力が跳ね上がり魔法を使う。このレベルになると、素体となったものは人だろうが動植物だろうが今まで食べたものと溶け合い、死亡する。

レベル4、超大型化。体の大きさは大型のドラゴンを超える。レベル1のような黒い影の姿になり、更に魔力が強力になる。



〜邪竜〜

『リーネ・エルドラド』をかつて恐怖に陥れた怪物。

魔獣の最終形態であり、竜の姿をしている。

レベル4の魔獣がドラゴンを食べたり、ドラゴンがレベル4の魔獣を食べたりしても邪竜となるらしい。

形あるものを破壊し、命あるものを喰らう。

知恵はあるが理性はなく、その身からは瘴気を放ち生き物や土を腐らせる。

バルニアン大陸には多国が戦争を繰り返していた時代に二度、誕生しているといわれ、一度目は人間の愚かさに忠告をするついでに現れた幻獣、白夜によって食い殺された。

しかし人間が全く懲りずに戦争を繰り返した結果二体目が誕生。

即位前のアルバート・アルバニスが倒し、戦乱時代終幕の狼煙とした。



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