第9話!
「いっっっっ……!」
「……ほんっと、どーしてこう口が悪い子に育ったのかしら」
「姉様、殿下の御前です。暴力は控えてください」
「そ、そうだな、ミュエ……話が進まなくなる。……あと、痛そうだからせめて手加減しろ……」
「まあ、殿下! 甘やかしてはハリィのためになりません! 悪い事はきちんと悪い事だと教えないと! これは我が家の教育方針です!」
「う、うん、まあ、そうだと思うけどな? 別に今じゃなくても……」
「その時その時じゃないとだめなんです! 私がいつでも側に居られるわけじゃないんですから!」
「ま、まあまあミュエ殿……」
「そうですミュエ殿。例えその通りだとしても今は殿下の前ですから」
男全員でミュエ先生を嗜めるも聞きゃしねぇ。
騎士団の隊長二人と王子と執事という本来なら偉いどころが勢揃いなのにも関わらずだ。
ミュ、ミュエ先生なんというフリーダム……。
「まあまあ」というより「どうどう」といった感じに見える。
「大丈夫ですか、ハーディバル様っ」
「わたしの氷魔法で冷やしますか!? ハーディバル先生!?」
「っ、だ、大丈夫……」
こっちはこっちであまり大丈夫そうじゃない。
エルフィとマーファリーの綺麗所に心配される姿はど事なく羨ましい。
いや、わたしが羨ましがるのはおかしいんだけどさ。
「女性に失礼な事を言うんじゃありません! 今度そういう言動を見たら魔力付与でぶん殴るわよ」
「…………どうしてこううちの女どもは……!」
「はあ?」
「ハリィ、お前も口に気をつけなさい」
「はぁい、兄様……」
頭がいたい、とばかりの執事さん。
実際殴られて頭を抱えていたハーディバルも、多分自分で治癒して立ち上がる。
自業自得とはいえ、やはり少し過剰報復な気がするんだけど……。
とりあえず差し出されたハーディバルの手に、一瞬悩む。
悩むけど、それは恥とかそういうもの。
慣れない私の情けない恥辱。
命には代えられない……。
そ、そうよ、いくら男の子の手とはいえ、相手はドS騎士なんだからかるーく考えよう!
そっと、差し伸ばされた手を取るとグイッと引っ張られる。
冷たいけれど、骨張った手。
力強く引かれて、ドS騎士なのに顔が火を噴くかと思った。
これが、男の子の手……!
ひんぎゃああああああああ!
「じゃ、試しに魔力を使ってみろです。僕の手のひらに魔力を流すように」
「………………………………」
「おい、聞いているです?」
「……き、聞いてる、聞いてる」
相変わらずえらっそーに!
……と毒づいて誤魔化そうとするがやはり美少年は美少年。
歳下とはいえちゃんと男の子。
薄紫色のマントの、団長さんやスヴェン隊長と同じデザインだが鎧のない騎士服。
そう、こいつも騎士隊の隊長の一人。
緊張していると、逆にハーディバルの方から魔力が流し込まれる。
手のひらが、暖かい……。
「…………」
私が緊張してるのバレたのかな。
ううん、これは私の命に関わってる事なんだからしっかり集中しないと。
集中、集中。
ハーディバルの手のひらへ自分の魔力を、返すように流し込む。
「もういい」
「あがっ」
ぺい。
トイレを流す時の要領で魔力を使った私の手をあっさり離すハーディバル。
そして銀の瞳をゆっくり細める。
………………ど、どうだったんだろう?
「お前、そもそもの体内魔力容量が人より少ない」
「へ!?」
「まったくないわけではないが、常人の三分の一程度。それと、僅かだがやはり生命力魔力変換魔法の気配があった。体内魔力で補えない分を生命力で補っているようです」
「…………そ、それじゃあ……」
「魔力は使わない方が、長生き出来るです」
足元が真っ暗に染まるような感覚だった。
……まじか。
「まぁ、お前結構生命力逞しいから多少使ったところで問題なさそうですけど」
「一言多い!」
ごすっとミュエ先生に習って肩を殴る。
もちろん、私の非力な拳ではドS騎士を悶絶させる事は出来ない。
……それに、この余計な一言が私のためだと感じた。
今、変に慰められたら落ち込みそうだったんだもん。
「どうしたら……」
そう呟いたのは私以上に深刻に受け止めたエルフィだ。
マーファリーも似たような顔をしている。
……だよね。この世界では魔力がなければ生活もままならない。
それに……魔力が使えないとなると……通信端末が使えない!
ゲームの道が完全に絶たれた……!
うわああああん!
「……そう深刻な顔をするな、ユスフィアーデの娘」
今にも倒れるんじゃないか、みたいな顔になっていたエルフィへ王子様が声をかける。
口元に手を当てて……。
「体内魔力が全然ないわけじゃねーんだろ? なら、魔力補助器が使えるさ」
「パーティが終わるまでにはご用意しておきます。それで問題なく、生活が出来るようになると思いますよ」
王子様と執事さんの頷き合う姿に「は?」と顔を上げる私たち。
「体内魔力の容量が極端に少ない体質の者は補助器があるんです。例えば僕の場合、逆に魔法を使う時、コレで魔力を削って使います。でないと八倍から十倍くらい威力が増してしまうので」
と、ハーディバルは腕輪を見せてくれた。
袖の下に付けられた細身の銀の腕輪には、紫色の八角形の小さな魔石がはめ込まれている。
あら、デザイン可愛いじゃない。
「ハーディバルくんが魔法を使う時、余分に集められた魔力をその魔石を通して魔力蓄積能力のある魔石に貯蓄させていくんだ! 君のような体質の者は多くないからな! 魔力補助器はハーディバルくんが常日頃貯めてくれている魔力を他者が使えるよう変換して使える便利魔道具だ!」
大声でランスロット隊長が説明してくれる。
えーと、それってつまり……ハーディバルが普段魔法を使う時に魔力制御していて、その余分な魔力を溜め込んでいるバッテリーみたいなものがあり、私みたいな体内魔力の少ない人間が普通の人のように生活が出来るようハーディバルの魔力を応用した補助器がある、って事?
……そ、そこまですごいのか、ドS騎士……!?
「ドラゴンや幻獣族が使う『契約魔法』を参考に考えついたものなのだが、これがすごいんだ!」
「マジ声量下げやがれです。うるさい」
「まあ、問題なく魔力が使えるなら体が無理に生命力を魔力に変換しようとはしねぇだろう。だが、万が一他にも何かあるかもしれねぇから一度ちゃんと検査した方がいいかもな」
「……は、はい……」
なんというか、至極真っ当な事を言われて困惑する。
フリッツのようになんて頼り甲斐があるショタなのだろうか、王子様……。
「あと、ゲームつってたけどな」
「忘れてください……」
今更ながら自分の命よりゲームの心配をしていた事実がはずかしい。
なのだが、王子様は黙らないし私の気持ちを笑いもしないで真面目な顔のまま……。
「ハクラを知ってるか? あいつの知り合いにこの世界にあるゲームの源流を持ち込んだ奴がいるんだ。この世界で今流行っているゲームは、全部そいつが異世界から持ち込んだもんでよぉ……俺はゲームとかしねぇから詳しくねぇ。悪いんだが、ハクラにそいつを紹介してもらって詳しく聞いてみてくれ」
「……え、ハク、……え!? 異世界のゲーム!?」
「おう、この世界で流行ってるのは異世界から持ち込まれたゲームが元になってるんだ」
「乙女ゲームもあるって事ですか!?」
「……いや、すまん。ゲームしねぇから知らねぇ。本来なら呼び出して引き合わせてやりてぇんだがハクラじゃねぇとそいつに会えねぇんだよ」
少しげんなりした表情だか、ハクラ!
あいつの人脈どうなってんの?
「……王子様もハクラを知ってるんですね!」
「そりゃあな」
そこは謎のドヤ顔。
仲良いのかしら?
でもなんでドヤ顔?
「……殿下、そろそろ控室にお戻りになられた方がいいかもしれません」
「…………なぁ、やっぱり俺が挨拶しないとダメなのか? 主催したのフレデリックじゃん。俺関係ないじゃん……あいつ帰ってきてるしさ~……俺いらなくない?」
「ごねないでください」
「だって……」
「大丈夫ですよ、今の殿下は子どもの姿なのですから。成人体のように怖がられたりしません」
「そんなの分かんねーじゃん……」
「ジョナサン殿下、そんなに愚痴愚痴ごねてはフレデリック殿下の思う壺ですよ。そうやってごねて困って嫌々開会宣言の挨拶をするジョナサン殿下の姿をニヤニヤ眺める腹積もりなんです」
「そこまで分かってんなら助けろよ!? なにまんまと俺にその話持ってきてんの!?」
「いえ、私の口車にあまりにもころりと乗せられてまんまと騙されるジョナサン殿下が可愛らしくてつい」
「お前どっちの味方だよ!?」
……執事さん、鬼畜だな!?
いや、フレデリック王子も、あれ、話に聞いていたより鬼畜だな!?
兄弟仲悪いのかしら?
もしや王位継承権を巡って対立しているとか!?
「私はどちらの味方でもございませんが、この衣装に着替えて写真を撮らせてくれたら一度くらいジョナサン殿下の味方をしても構いませんよ」
「着ねーよ!!」
執事さんがどこからともなく持ち出したのはふわふわもこもこの猫耳フード付きルームウェア風の衣装。
お、おや? 展開が怪しくなってきたぞ?
「ええ、絶対似合うわ! 猫耳がダメなら犬耳もありますよ!」
「だから着ねーよ! どこに持ってんだよお前も!?」
まさかのミュエ先生参入!!
「往生際が悪いです、ジョナサン殿下。ポーズはこちらで指定するので諦めてこちらに立つです」
「ハーディバル!? いつの間にカメラとレフ板まで!? だから着ねーよ!! こんなん着て写真撮らせたらお前らの一族に末代まで脅される未来しか見えねーよ!」
「とんでもありません、末代まで家宝として大切に保管させていただきますわ!」
「ええ、殿下がお生まれになった時代はここまで鮮明な写真撮影が出来なかったのですから……。ご幼少期のお姿を保存出来る貴重な機会……! こんなチャンスは少なくとも我々が生きている時代に二度とないものなのです。むしろなんで赤ん坊のまま帰ってきてくれなかったんですか。私が丹精込めてオムツを替えて差し上げたものを……!」
「こ、怖ぇーんだよお前ら!!」
ジリジリと壁際に追い詰められる王子様。
あれ、なんだこの展開。
フェルベール家に囲まれて写真撮られまくっとる。
王子様の表情ガチで怯えているんだけど。
「……相変わらず熱烈だな、あの一族は。忠誠心飛び越えて違うものが溢れている」
「殿下たちが幼くなられてからエルメールがますます私に構ってくれなくなりましたからね……。それでなくともパルが子どもにかかりきりで構ってくれないのに……」
「う、うむ、それは仕方がないな!」
そしてこっちではスヴェン隊長が落ち込んでいて、ランスロット団長が励ましている。
多分内容はかなりくだらない。
あるぇ? さっきまでそれなりにシリアスな雰囲気だったわよね?
「……エルフィ、さっきのドラゴンの話、今スヴェン隊長にしてみたら?」
混乱極める王子様の姿にスッと冷静になった私はエルフィに耳打ちする。
ハッとするエルフィは、先ほどの不安げな顔とは打って変わって満面の笑みで「はい!」と頷く。
うーん、天使かな。可愛い……!








