第8話!
「では、治療をしてもよろしいですか?」
「!?」
そんな茹で頭の私の前に、胸に手をあてがった騎士が跪く。
しかもただの騎士ではない。
ちょーーっイケメンの騎士様だ。
プラチナブロンドの透けるように柔らかな髪、漂う甘い香り、低く響くような声、整った顔。げっ、右目に泣きぼくろ……!
優しい微笑みはまるで夢の中へ誘うかのような気分にさせる。
噂に違わぬ凄まじいイケメン!
ただのイケメンではない、この男!
ランスロット団長とはまた違った色気が漂う。
これは、多分色気という名のフェロモンだ!
思わず頷きそうになるが、なんとか耐えた。
だって、このイケメンに治療されるという事は……!
「え、あ、いや、あの……」
ス、スカートをまくり上げて、この大根のような足を見られるって事、でしょ……?
ひ、ひぃ! 絶対嫌! 恥ずかしい!
「……下がりなさい、スヴェン。あんたへ初対面の乙女には刺激が強すぎるわ」
「おや、困りましたね。……魅了封じはきちんと着けてきたのですが……」
「また効果切れではないのか?」
と、頭上ではそんな会話が交わされる。
そして、私が呆けている間にミュエ先生が誰かに連絡して、数分。
その数分さえ、私はまともに顔が上がらなかった。
だってついうっかりスヴェン隊長を見たら……な、なんか、いけない事になりそうで……!
くぁぁ! なんなのこの人! なんかおかしくない!?
「おい、終わったです」
「あいた!?」
……呆けていた私を戻したのはおでこへのデコピン。
ごくごく軽いものだが、衝撃に変わりはない。
なに、と思って真正面を見るとこれはまた綺麗な顔……。
しかし見覚えがある。
「え! ドS騎士!?」
「……どうせスヴェン隊長の魅了にやられ――いっ!」
ごす!
……これまた痛そうな音とともに、ドS騎士……ハーディバルが俯く。
正確には後頭部を両手で抑えて前のめりになった。
「女の顔になにやってるのかしら? ハリィ」
「…………………………ごめんなさい……」
あのドS騎士が謝った!?
……あ、そうか、そういえばこいつのお姉様か!
「……ハーディバル隊長、痛がっているところ申し訳ないのだが、魅了封じを掛け直していただけませんか? 魔石の効果がもう切れたようで……」
「……そのままパーティに出てくれた方が僕は助かるです」
「……それだと私が困るのです」
「兄様と別れたんなら別にいいではないんです?」
「いえ、少なくとも私の部隊の者の婚期がまた遅れます」
「私の婚期もな!」
「……声量下げろです。……確かに団長の婚期がこれ以上遅れるのは困るです……。仕方ありません」
……えーと……。
状況が飲み込めず、ぽかんとする私。
そんな私へマーファリーが「ミュエ先生がハーディバル先生を呼んでくださったんですよ」と説明してくれた。
なるほど。
でも、いつの間に治されたのかしら?
踵を見ると、ストッキングに着いていた血まで綺麗になくなっている。
足を触られたり、スカートをまくられた覚えもない。
だってずっと俯いてたんだから、触られたりまくられたりすれば気づく。
「いつの間に?」
「ハーディバル先生くらい魔法に長けた方なら、魔法陣も詠唱も必要ありませんから」
「ついでに疲労も取ってやったし、足に強化魔法もかけてやったからパーティ中は疲れたり怪我したりもないはずです。めっちゃ感謝しやがれです」
「……あ、ほんと……足が軽い!」
さっきまで石が突き刺さっているかのようだったのに!
立って歩くとやはりヒールの違和感はあるが、痛みは綺麗さっぱり消えていた。
これが強化魔法……すごい!
「ありがとう、ドS騎士」
「礼なら姉様に言えです。ほぼ脅されてやったです」
「殴るわよ。あと何よ、その呼ばれ方。あんたまた……」
「こいつが勝手に言っているだけです……」
「勝手に呼ばれるくらいまた意地の悪い事言ったりしたんでしょう? 頭を出しなさい」
「殴られると分かっていて出す馬鹿がどこにいるんですっ」
「逃げるんじゃない!」
「逃げない馬鹿もいないです!」
「あ、あのぅ……」
なんという姉弟喧嘩……。
ご、ごめんよドS騎士、せっかく治してくれたのに……。
あんたにもそんな弱点があったのね……。
お姉さん相手には意外と表情筋が働くのも、複雑。
「す、すいません! あの、私、今日はハーディバルに用があったんですけど」
「え?」
「は? 僕に用?」
別に助けるわけじゃないけど、早めに調べてもらいたい事があるのだ。
このパーティへ参加する事にしたのはエルフィとマーファリーのお相手探しのためだけど、私にはそれ以外にもう一つ……。
「……私に魔力がちゃんとあるのか調べてもらえって言われたのよ。……あんたなら分かるだろうって……」
「? 魔力は使えたんではないんです?」
「そうなんだけど……」
「はい。確かに『魔力検査器』で体内から魔力を取り出す事は出来たんですが……とある方に、それは生命力を魔力に変換したものではないかと指摘されて……。それを先生に調べていただきたいのです。もし生命力を魔力として変換していたのなら……」
「寿命が縮んでますね。……ふーん……」
大した興味もなさそうに腕を組むハーディバル。
その横で「なんの話?」とばかりの団長とスヴェン隊長とミュエ先生。
「ハーディバルくん、こちらの淑女は例の……」
「はい。例の異界の民です」
「なんと、そうであったか! うむ、ならばついでに自己紹介をしておこう! 私の名はランスロット・エーデファー! 騎士団の団長を務めている!」
「私はスヴェン・ヴォルガン。天空騎士隊、隊長を務めております」
「あ、は、はい! 水守みすずです! あ、名前がみすずです!」
唐突な自己紹介。
知ってた。……というか、やっぱそうですよねー!
……まさかこんなイケメン揃いなんて……騎士団って顔面偏差値も入団の基準に入ってんじゃねーの!?
「そして、あちらにいるのが……」
ランスロット団長が入り口の方へ手を向ける。
出入り口付近にある豪華な椅子には少年が行儀悪く座っており、その横に薄紫色の長い髪を一つにまとめた薄いグレーの燕尾服の男性が佇んでいた。
黒い頭に手をかけ、片足を立てていた行儀悪い少年はほんの数日前に別れたはずのフリッツ・ニーバス。
「やだ! フリッツじゃない! なんでこんな所にいるの!?」
「?」
すぐに会える、とか言ってたけどほんとにすぐ会えた!
嬉しくて近づこうとすると、その前に椅子からフリッツが飛び降りて近づいてくる。
「……ん〜、よく分からんが俺はフリッツって奴じゃあないぜ。初対面だ」
「え!?」
派手めな赤茶系のしっかりとした服を、少し雑に着崩した少年は、フリッツじゃない?
いやいや、でも二週間以上一緒に暮らして、毎日顔を合わせてたんだもの……見間違えるはずはないわよ?
エルフィもマーファリーも困惑気味の顔。
一体どういう事?
「……まぁ、大体の理由は分かるけどな。……どうせそんなこったろうと思ってたし」
「? お帰りになられているのではないのですか?」
「今はパーティの方にご興味が移っておいでです。どうなさいますか? 兄君の思惑をここで徹底的に破壊して差し上げるのも一つの意趣返しとしては面白いかと思いますが」
「うーん……」
……?
スヴェン隊長が声をかけたのは執事さん。
そしてその執事さんは、少年へとそんなよく分からない言葉をむける。
フリッツにしか見えない少年は少し悩んでから「まあ、いいか」とやる気なさそうに溜息をつく。
「意趣返しはともかく、チャンスは今しかないだろう。そのために来たわけだし」
頭をボリボリとかく。
うん、確かにフリッツはこんな事しない。
フリッツではない、という言葉にじわじわと現実味が感じられて来た時、少年は私の前まで歩み寄って来た。
「えっとな、まずは名乗らせてもらうぜ。俺はジョナサン・アルバニス。遅くなっちまったが、今回あんたを誤って異界から呼び出してしまった事を正式に謝罪しに来た。本来ならば公的な場を設けて、親父や兄共々頭を下げるべきなんだが……今ちぃと立て込んでて難しいんだ。今回、あんたの承諾もなしに呼び出して、しかも滞在を余儀なくさせている事を本当に申し訳なく思う。国としても、今後出来る限りあんたが無事に帰れるようバックアップする事を約束する。どうか許してほしい」
ぺこり。
少年……ジョナサン・アルバニスが頭を下げると、ランスロット団長、スヴェン隊長、ハーディバル、執事さんも同時に頭を下げた。
下げられた私はまたもポカーンと口を開ける。
というか、開いた。
ええと…………なんて?
「…………………………。……大丈夫です!?」
頭の中で言われた内容を散々咀嚼してから慌てて返事をした。
私の声に、ようやく頭をあげる四人。
いや、待って、待って、ほんとに待って!
追いつかない、マジで頭が追いつかない!
「あ、あなた王子様なの!?」
「おう、俺は弟の方だけどな」
「嘘!? だって毛がない!!」
「………………け……え? 毛……?」
そんな! 王子様って獣人じゃないの!?
もじゃもじゃ、またはふわっふさの獣人を想像していた私の目の前に王子と名乗って現れたのはフリッツと同じ顔の美少年よ!?
なにこれ、どういう事!?
混乱が続く私を低い声が正気に戻す。
「……我が国に不敬罪がないとはいえ……その発言は殿下に対して失礼が過ぎるように思うのですが」
……という、実に低い、怒りを孕んだ声。
その声の主は執事さん。
その執事さんの前に、ハーディバルが立つ。
「待って兄様、こいつは異界の民。こちらの常識は通用しない」
「……そんな事は分かっています」
「け…………毛、な、ない……? 俺……実はハゲてるの……?」
「そ、そんな事ございませんよ! 殿下! ……み、ミスズ? 私も今の発言はちょっとまずいと思うのだけれど」
「ミスズ様! な、なんという事を仰るのですかぁ!?」
「ミスズお嬢様、いくらなんでも、それは……!」
「ハッ!」
プルプルと確実にショックに打ち震える王子様。
私は自らの発言に、そのヤバさ、失礼さに頭を抱える。
ちが、違うのよ! そうじゃないのよー!
「ちが、違うの! 幻獣とのハーフって聞いてたからもっとふさふさもふもふな獣人を想像してたのよ! ごめんなさい!」
「獣人……? 殿下が? ほう……」
「兄様!」
うぎゃわわわわ!
執事さんの眼差しがますます鋭く……!
あのハーディバルが慌てた様子になるってやばいって絶対!
どうしたら……ここは土下座か!? 土下座が通用する事を祈って、土下座するしかないか!?
王子様を誤解とはいえハゲ呼ばわりした罪は土下座で許してもらえない!?
「……あっはっはっ! なんだ、そうか! なるほど面白ぇーな。確かにこの国の者でないとそう勘違いするのかもな!」
「……殿下……」
……スカートをまくり、膝をつかんとした私に聞こえて来たのはお腹を抱えた笑い声。
執事さんが睨むように王子様を見下ろすが、王子様はそれに微笑を返す。
またもポカンとなる私。
しかし、それはマーファリーやエルフィもだった。
まさか、笑い飛ばされるなんて……。
「そうだな、俺の母は幻獣だからな。そうなっていた可能性もなきにしもあらず。だが、俺もフレデリックも獣の姿にはなれないんだ。幻獣族の獣の姿は誇りの象徴。混血の俺たちは、その誇りの姿を受け継ぐに至らなかったんだ」
「……あ、あの……」
「ああ、悪い悪い。エルメールは最近俺に対して変に過保護なんだよ。気にすんな。理由が分かればなかなか面白いもんだからなー」
軽いな!
私結構失礼な事言っちゃったのに……まるでハクラのような軽さ。
「ごめんなさい……」
「いやいや、謝ってんのはこっちだから。……まあ、謝って簡単に許されるような事じゃねぇのは分かってるんだが」
「! あ、いや、私別に怒ってないです! というか、ユスフィアーデ家の人にはほんっとお世話になりっぱなしで! 毎日感謝感謝だから!」
しかも王子様にまで謝ってもらうなんてそんな!
悪いのは全部ナージャの奴なのに!
国民のしでかした事、と言ってしまえばそれは確かに国の偉い人が謝る事になるのかもしれないけど……私は乙女ゲームができなくなった事に対して怒っているだけで、この国や、エルフィやユスフィーナさん、マーファリーやレナメイド長には感謝こそすれど怒りなんて微塵も感じていない。
謝られても困るだけだ。
あと、うっかり王子様をハゲ呼ばわりしてしまったし……。
「そうか。だが、一応国としても謝罪しておかにゃ格好がつかねーんだ。受け入れてくれるならなにか要求してくれや」
「ええ!? い、いや、そんな別に欲しいものとか……ゲームくらいしか……」
「ゲーム?」
しまった、つい欲望が口から!
「……ゲームって通信端末で出来るやつか? あれ? まだ魔力が扱えないのか? 誤召喚されたの一ヶ月くらい前だよな?」
「殿下、その件で確認したい事が増えたです」
「確認したい事?」
ハーディバルの補足に私も「あ」っと思い出す。
そして、私がハーディバルに魔力の確認を頼んだのを聞いていた王子様も「ああ、生命力魔力変換魔法か」と納得したように頷いた。
「確かに調べておいた方がいいかもな。魔法の事故の影響はどんな些細なものでも下手すりゃ命に関わる。……俺も何か手伝おう」
「いえ、魔力を調べるならすぐ済みます。ドブ女、手を差し出せです」
「誰がドブ女よ!?」
ゴッ!
私が叫ぶと同時にハーディバルへミュエ先生から鉄拳制裁。
こっちの怒りが吹っ飛ぶ痛そうな音。
がっくりとしゃがみこみ、頭を抱えるハーディバル。
あ、あのドS騎士の表情筋が大活躍してるわね……!








