第5話!
フリッツが旅立ってから数日後。その日はついに来た。
そう、お見合いパーティの日だ。
人生初のお見合いパーティのために、たるみ気味だったお腹を剣術で引き締め、朝からお風呂やら化粧やらマナーの再確認やらで死ぬかと思ったわ。
この日のために魔力の練習時間やこの世界にまつわる勉強、文字の練習は一時ストップし、私とマーファリーへマナーやダンスのレッスンが追加されたのよ。
レナメイド長の本気って怖い。
まさか本当に私たちにいい相手を見つけて来させる為にマナーやダンスを習わせるなんて……。
「ぐえっ!」
そして、その本気度を私たちは舐めていたのだ。
たった数日で私とマーファリーにもオーダーメイドのドレスが届いた。
コルセットを装着した瞬間カエルの潰れたような声。
もちろん私である。
普段はマーファリーにしてもらうお化粧もメイドが総出で行ってくれるし、髪はもちろん爪など、とにかくありとあらゆるところを手入れされた。
私同様初めての体験……いつもは整える方……のマーファリーも準備だけで疲れ果てていたがお嬢様のエルフィは実に涼しい顔で「二人とも大丈夫ですか?」と聞いてくる。
うん、あんまり大丈夫じゃない。
こんなに大変だなんて思わなかった。
舞踏会とか、パーティって……本当に私、いいところしか見てなかったのね……!
こんなにしんどいなんて思わなかったよっ!
まあ、その甲斐あって本気で「誰?」と聴きたくなるほどの美人に仕上げてもらったんだけど……これじゃあ詐欺じゃない?
普段と違い過ぎてて、それじゃあ後日会いましょうってなった時に幻滅されて終了になると思うわよ!?
マーファリーやエルフィは元から美人だからもはや後光で眩しくて直視出来ないけど!
私のは、これ完全に詐欺よ詐欺!
「では行って参りますわ」
「ご健闘をお祈りします」
「行ってらっしゃい、三人とも。とても綺麗よ、頑張ってね」
「領主様、お迎えの方が……」
「すぐに出ます」
転移陣に乗ると、ユスフィーナさんが見送ってくれる。
絶対ユスフィーナさんの方が綺麗だと思うけど……っていうか今から仕事!?
『魔獣襲撃事件』以来、仕事の忙しさは落ち着いたみたいだったのに……。
「珍しいわね、夜の刻にも仕事なんて」
「多分そろそろ他領地への視察研修があるからですわ。お姉様は領主になって一年目ですから、仕事の落ち着く時期に他の領地へ視察と研修を同時に行いますの。ユティアータは大きな町なので、同規模の町の領主様にお話をお伺いする事になると思います」
「なるほど……」
新人領主が先輩領主のところで研修するのか。
視察というより研修の意味合いが大きそうね。
……領主って本当に大変だなぁ……。
「……ふ、おお……!」
とか現実逃避していると、王都の中心……ゲートの広場に転移していた。
昼間に訪れた事はあったけど、夜来たのは初めてだからつい声を漏らしてしまう。
だって、昼と夜じゃ全然違う!
なんて煌びやかで、幻想的なんだろう……!
小さな光の粒子が巨大な王都の空を漂って明るく保っている。
その更に上には美しい星の川。
きちんと区画で整理された町並みの美しさは昼にも来た事があるから知っていたけど、夜だと雰囲気が大人っぽくなる。
「あの光の粒は何?」
「あれは町の地下を流れる湖の水に含まれる光の魔力だそうです。アルバート陛下は『光属性』が得意属性だと言われていて、その魔力が城から湖に流れ、湖から町へと流れてくるそうです。『光属性』の魔力は邪気を退け、浄化する力を持ち、王都は他の町より人が魔獣化しづらいと聞いた事がありますね」
「へー!」
マーファリーって結構魔力とか魔法に詳しいよね。
でも、いつまでもゲートの中にいると他の出てくる人に迷惑だから端に退けないと。
と、言っても王都のゲートって学校の校庭くらいあるから端まで行くのにも大変。
歩いてる途中、転移して来た人にぶつかりそう。
「……王様の魔力って凄いのね……町全体に光の粒々が漂ってる。こんなに長い間目視出来る魔力があるなんて」
私の魔力なんてすぐ消えたのに。
「『光属性』と『闇属性』の魔力は他の属性に比べ自然へと吸収されるのが遅いそうですから、吸収前の魔力が夜になるとこのように輝いて見えるのだそうですよ」
「それに陛下は半分神格化しておられるから、幻獣族やドラゴン族のように体の中で魔力を生成出来るそうです。この町に漂う光の魔力は陛下が生み出しておられる魔力なのですわ」
「えっ、すごっ」
この国の王、アルバート・アルバニス陛下は四千年前にこのバルニアン大陸を統一、平定した。
その際、彼に従う事を最後まで拒んだ国の王族や民がアバロン大陸に流れ着いて定住したわけだけど……アルバート王の凄いところはここからである。
彼の王は幼少期に幻獣族の一体を喰らい、熾烈極めた修行によりその幻獣の力を得たという。
大陸平定を成し得たのも、その幻獣の力を得たおかげ。
そしてその力は王から寿命を奪い、いつしか死をも奪った。
半神半人……半分人間で、半分神さま。
寿命がないため長期間安定した政治を行え、死をなくした事で人々は王に抗う事を考えなくなった。
むしろ半分神さまになった王へ人々は信奉を捧げるようになったのだ。
絶対王であり、絶対神。
ドラゴンや幻獣とも対等に交渉出来る無二の王。
それがこの国の王さま。
だからこそこの国は四千間、他の国が生まれる事はなく戦争をしていないのだという。
世界のどこかで毎日戦争をしている私の世界では考えられないわよね。
でも、まあ、争う国がなければそりゃ戦争は起きるわけない、か。
魔獣という脅威もあるわけだし。
「失礼。お見合いパーティの参加者の方ですか?」
ゲートの端へとたどり着くなり一人の衛騎士さんが話しかけて来た。
この人も参加者なのかなと思ったが、笑顔で「会場へご案内いたします」と言われたのでそうではなさそうだ。
日本の人力車のような乗り物へ案内されると、その乗り物は私たちを乗せるなり一人でに動きだして衛騎士さんの後ろをついていく。
昼間と違って……というか、前回王都に来た時より遥かに衛騎士さんが多い。
マーファリーも気になったようで前を歩き出した衛騎士さんに「今日は見回りの方がずいぶん多いのですね」と声をかけた。
「はい。お見合いパーティ中は三騎士隊の隊長がおりませんから。本日は衛騎士隊が人数を増やして対応する事になっておりますので」
あ、お見合いパーティのせいでしたか。
というか、そうなるとこのパーティ……って……。
「も、もしかして結構、かなり……大掛かりなパーティなんですか?」
どうしよう、ゲームの中のパーティしか知らないのに、初参加がそんな途方も無い規模だったら心折れそう。
「いや〜、どうでしょう? ただ、昨年はハーディバル隊長が控えておられたのでここまで警備も大掛かりではなかったんですよ。……今年はハーディバル隊長も成人ですからね……」
ははは、と空笑いする衛騎士さん。
つまり昨年……『第二回、御三家の嫁募集お見合いパーティ』の際はあのドS騎士は参加せず警備に回っていたと。
でも今年は成人年齢だから、パーティに参加する羽目になってるって事?
「……そうでしたの。確かに騎士団の隊長が三人もいないのはなんとなく不安ですわね」
「ええ、ラッセル隊長は基本王都にはいらっしゃらないので実質カミーユ隊長しか居ないんですけど……い、いや、王都に隊長たちがいるのは間違いないんですけどね? でもせっかくのお嫁さん探しに魔獣が出たからって助けてもらうわけにはいかないですもんね……大丈夫です、はい、町は必ず我々がお守りします……!」
「「「…………………………」」」
いや、あんたが大丈夫?
どうやら不安いっぱいみたいな衛騎士さん。
確かに隊長……特に主戦力級の騎士隊の隊長さんがいないのは不安なのかも。
「そんなに不安に感じないでよ。今日は俺も見回り手伝うからさー」
「ぎゃあああああ!?」
ポンっと肩を突然叩かれて思わず悲鳴をあげた…………衛騎士さんが。
不安を口にしていた衛騎士さんの肩を叩いたのは白と黒の長髪を三つ編みにした美少年。
「ハクラじゃない!?」
うわ、なんか久しぶり。
ほぼ一ヶ月ぶりだわ。
「……ハクラ…………久しぶり」
「あれ、マーファリーも参加するの? ドレス似合ってるよ。かわいいね」
「え!? ……あ、ありがと……」
かぁあ……と赤くなるマーファリー。
うん! かわいい! 完全に同意するわ!
「ミスズもこの間会った時とは別人みたいに可愛いね。誰かと思った」
「あ、う、うん……一応パーティだから綺麗にしてもらったのよ……」
「そうなんだ。女の人ってほんとあっという間に変わるなー。そんな綺麗になったら男が放っておかないよ。今日は送り狼に気をつけた方がいいかもね」
…………………………。
やばい。顔が、めちゃくちゃ熱い……!
こいつ爽やかな笑顔でなんて小っ恥ずかしい事を!
「は、ハクラ様〜、やめてくださいビックリするじゃないですか〜〜っ」
「泣くほど驚くと思わなかったんだよ……」
対して衛騎士さんは半泣き。
う、うーん……本当に大丈夫か?
「……あんたはパーティ参加しないの?」
「あーうん。フレディに誘われたんだけど、ハーディバルがパーティに参加するとなると警備が心配でしょ。 せっかくバルニアンに居るんだし、手伝う事にしたんだ。カミーユさんにも死にそうな顔でお願いされたし」
「そ、そうなんだ……」
どことなく衛騎士隊全体に不安が感染している気配を、察した。
『ぼくもおてつだいするんだよ』
「まあ! あの時の!」
ハクラの長い髪の間から顔をだしたのは蛇……でなく白いドラゴン。
途端に目をキラキラさせるエルフィ。
私はドラゴンなんてトカゲか蛇の仲間にしか見えないけど、エルフィは平気そう。むしろ好きそう。
「そうですわ、前回お会いした時はきちんとご挨拶出来ず申し訳ございませんでした。わたくしはエルファリーフ・ユスフィアーデと申します」
「そうだっけ?」
「その白いドラゴンに夢中だったわよ」
「でもその前に名前は聞いてたし」
「あ、はい。ですがご挨拶はしていませんでしたので」
「そんなの気にしなくていいのに」
……相変わらず緩いというか軽いというか。
『ぼくはティルだよ』
「はい! よろしくお願いいたしますわっ」
「……ドラゴン好きなの? 珍しいね、女の子で」
「そうですか? こんなに可愛らしいではありませんの」
「だよねー。でもこの国の人はティルを見るとほとんど敬遠っていうの? 恐れ多くて近づけないみたいな感じだよ? アバロンは男女問わず見慣れないからすっごく怖がられる。ベルとメルが見た目怖いのもあるのかな〜」
『ふたりともすごくやさしいのにね』
「……ハクラ様、ベルとメルってまさか『獄炎竜ガージベル』様と『雷鎚のメルギディウス』様の事じゃないですよね……?」
事実、ティルを見るなり肩を飛び上がらせて距離をとった衛騎士さんが恐る恐る振り返りながら問う。
うん、ちょっと待て。
私も聞いた事あるわよ、その『獄炎竜ガージベル』と『雷鎚のメルギディウス』って。
確か『八竜帝王』っていう一番強くて偉いドラゴンの事じゃなかった?
「そうだよ」
「なんて呼び方されてるんですか!? よよよよよく生きてますね!?」
「えー、別に……だって長いじゃん」
長いか?
メルギディウスって方は確かに長いけどガージベルってそんなに長くなくない!?
「フレンドリー過ぎない!? 『八竜帝王』って一番偉いドラゴンなんでしょ!? 呼び方可愛すぎるでしょ!?」
「そうだけどベルは怒らせなきゃ割とぼーっとしてるし、メルはただのブラコンだし……」
「人嫌いとお伺いしておりますわ」
「まぁ確かに好きじゃないみたいだね。騒がなければ平気だよ。自然を敬う心があれば別になんとも思わないって言ってた」
「……ほ、本当にドラゴンの王様たちと知り合いなのね、あんた……」
「知り合ったのはほぼ偶然だったんだけどね〜」








