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目指せマイナス五キロ。人生初のパーティで恋愛イベントを成功させよ!

〜登場人物〜



★水守みすず

現代日本人。

ストレス多めなスーパー裏方のパート従業員。

生き甲斐は乙女ゲームなどのゲームと少女漫画。

人生捨ててる今時のオタク。

ある日突然事故により『リーネ・エルドラド』に召喚されてしまう。

年齢24歳。

容姿、黒髪ボサボサを百均ゴムで一纏め。黒目。眼鏡。上下ジャージ。スニーカー。→胡桃色の髪と茶色の瞳。


★エルファリーフ・ユスフィアーデ

トルンネケ地方ユティアータ街の領主の妹。

純粋で優しいお嬢様で、みすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢19歳。

容姿、薄いオレンジの髪。碧眼。とても可愛い。

得意属性『風属性』


★ナージャ・タルルス

異世界『リーネ・エルドラド』へみすずを誤って召喚してしまった魔法使い(見習い)。

ユスフィアーデ家のメイド見習いとして働きながら王都の学校に通っている。

舌ったらずで話す、かなり“いい”性格の少女。

年齢13歳。

容姿、茶髪ツインテール。金眼。

得意属性『火属性』


★マーファリー・プーラ

ユスフィアーデ家で働くメイド。

過酷な境遇の経験と、それでも健気に働く前向きな性格からみすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢21歳。

容姿、灰色の髪、紫の瞳。美人。

得意属性『氷属性』


★ユスフィーナ・ユスフィアーデ

トルンネケ地方、大都市ユティアータを納める領主。

多忙ながらも妹やみすずへ気配りを忘れない、心優しい女性。

その分苦労も多く、アンニュイな表情が多い。

いつのまにかみすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢24歳。

容姿、薄いオレンジの髪、碧眼。美人。

得意属性『水属性』


☆ハクラ・シンバルバ

異世界『リーネ・エルドラド』で冒険者を名乗る少年。

『魔銃竜騎士』という世界で一人だけの称号を持ち、亡命者たちからは『アバロンの英雄』と讃えられている。

ホワイトドラゴンのティルを肩に乗せて連れ歩いていることが多い。

性格はかなりのトリ頭タイプ。そのくせ余計な事は覚えている。

年齢18歳。

容姿、黒と白の混色の長髪(大体三つ編み)、金眼。黙っていれば儚い系の美少年。黙っていれば。

得意属性『風属性』『光属性』※その他全属性使用可能。


☆ハーディバル・フェルベール

異世界『リーネ・エルドラド』アルバニス王国王国騎士団魔法騎士隊隊長。

王国始まって以来の魔法の天才と謳われている人外レベルの魔法使い。

性格は毒舌、ドS。ハクラに言わせるとツンデレ。

年齢18歳。

容姿、薄紫の髪、銀眼。表情筋は死んでいるが美少年。

得意属性『土属性』『闇属性』※その他全属性使用可能。


☆フリッツ・ニーバス

とある事件でみすずたちと知り合う謎の美少年。

ナチュラルに鬼畜で腹黒い。

年齢不明。

容姿は紺色の髪と瞳。ナージャと同い年くらい。

得意属性は『氷属性』と『闇属性』…今のところ。


☆ジョナサン・アルバニス

アルバニス王国第二王子。大雑把なようで意外と繊細な性格。口調は乱雑だが王族の中では最も常識人。

年齢不明(およそ二千歳)

容姿は黒髪黒眼の美少年。


☆ランスロット・エーデファー

騎士団の団長と騎馬騎士隊隊長を務める大柄な男性。

おおらかな性格。声量が大きく、よく怒られているが実力は人外レベル。

年齢33歳。

容姿は黄土色の髪と瞳。


☆スヴェン・ヴォルガン

騎士団、天空騎士隊隊長を務める好青年。

魅了の体質も持ち合わせる。ドラゴンへの愛が異常。

年齢25歳。

容姿は白金の髪と緑の瞳。


☆エーデルフェル・フェルベール

王子たちの執事。ハーディバルの兄で、ミュエベールの弟。通称エルメールさん。ジョナサン王子を溺愛中。


★ミュエベール・フェルベール

王都魔法学校の教師。ハーディバル、エーデルフェルの姉。


★レナ・ハルトン

ユスフィアーデ家、鬼のメイド長。きつめの美人で、みすずに『大人向け恋愛漫画ヒロイン』認定される。





私の名前は水守みすず。

ある日、待ちに待った乙女ゲームを発売日に無事ゲットし、ウキウキとワクワクの中チャリ全力疾走してたら飛び出してきたさぎに驚いて用水路に落ちてしまう。

しかし、気付いた先は異世界『リーネ・エルドラド』。

魔力が溢れてる剣と魔法のファンタジーな世界。

なんでよりによって私が! このタイミングで!

どうやらナージャ・タルルスという小娘が、なにかの古代魔法を試して失敗した結果のようだ。

元の世界には帰れるのは帰れるようだが、参考として使用された魔導書がとにかくべらぼうに古いもので文字を解読するところから。

つまりかなり時間がかかるという。

失意の私に手を差し伸べたのは、その場にいた乙女ゲームの攻略対象みたいなイケメン騎士や冒険者ではなく乙女ゲームのヒロインのような美少女、エルファリーフ・ユスフィアーデ嬢。

とある地方の大都市ユティアータの領主の妹である彼女の厚意で私は彼女の家にご厄介になる事になった。

お陰で元の世界ではご縁のなかった豪華なセレブ生活を満喫してーーーるようで意外とそうでもない。

なぜならこの世界は、魔力が使えないと日時生活すら大変なのだ。

こうして私の魔力と剣の訓練、恋愛脳を満たす妄想と、出会ったヒロイン乙女たちの恋愛成就生活が幕を開けるのだった!






「…あれなに?」


異世界生活から半月ほど経ったある日。

街へ買い物に来ていた私は中央区にある公園にステージが設置されているのを見かけた。

かく言う私が住まわせてもらってるユスフィアーデ邸も中央区にあるわけで、その賑わいはここ数日、屋敷にも聞こえている。

つまりうるさいのよ。

そのうるさいのの原因も調べようと買い物ついでに寄ったところにこのステージ。

なに? お祭りでもあるの?


「はい! 抽選がいよいよ今日の夕方にありますからね!」


と、私の後ろで拳を握る美女はマーファリー・プーラ。

ユスフィアーデ家で雇われているメイドさんで、私の専属お世話係をしてくれている。

この大陸とは別の大陸出身で、奴隷制度のある国から亡命して来た彼女は、これまでかなり過酷な人生を歩んできた。

そんな過去を微塵も感じさせず前向きに健気に働くマーファリーは、まさに正統派ヒロイン!

必ず私が素敵なお相手を見つけて幸せにするわ!

…じゃ、なくて…。


「抽選? なんの?」

「十日後の『第三回、御三家の嫁大募集お見合いパーティ』の一般参加枠ですよ!」


……ああ、あのパーティの…。

そういえば招待枠以外にも一般から十八名選ばれるって言っていたっけ。


「しかも今回、ユスフィーナ様が辞退されたから当選する枠が三人増えるそうなんです! これはもう、一般人にはとんでもないチャンスですよー!」

「…あなた、私と一緒にエルフィに付いて参加決まってるのになんでそんなにはしゃいでるのよ」

「…あ…いや、そのつい…」


そうなのだ、私はなんとユスフィアーデ家の令嬢、エルファリーフ…私はエルフィという愛称で呼ばせてもらっている…彼女の付き人として一緒にそのお見合いパーティに参加させてもらえることになっている。

そして、エルフィが無事にイケメンと出会いイケメンと恋に落ちられるよう、と、言いくるめて私の世話係…マーファリーも付いてきてもらうことが決まっているのだ。

だが、私の計画はそんなもんじゃあないわ!

乙女ゲームヒロインに相応しいのはエルフィだけじゃない。

マーファリーだってその素養は十分!

今回のお見合いパーティで、マーファリーにも素敵なイケメンとの出会い! そして運命の恋! よ!

フフフフ…乙女ゲームプレイヤーの腕が鳴るわ〜!

ついに私の本領が発揮される日が来たって感じ!

あと十日…十日後には、二人に素敵な恋が訪れるのよ…!

うふふふふふふふ…。


「三年前から開催されるようになったこの『お見合いパーティー』は御三家のうちの二人、ランスロット・エーデファー様とスヴェン・ヴォルガン様のお嫁さん探し…しかも! 一般人も参加が出来る…! その物凄い話題性から一般参加枠の抽選は全地方中継される事になったんです! ええ、一種のお祭りです!」


あれか、宝クジの抽選みたいな感じか。

確かにテレビで放送されるもんね、年末とか。


「毎年応募が7万件を超え」

「な、7万⁉︎」

「その中でたった十八人が選ばれる…!」

「な、7万からたったの十八人…!」

「ええ、ですからその幸運な乙女たちは羨望と注目の的なんですよ!」


確かに宝クジで十億当たった人は羨望と注目の的になるものね…。

テレビで中継されるのも無理ないんだろうけど…でもさ…。


「それは、でも、その…お嫁さんって御三家の人が選ぶもんなんじゃないの?」

「そうなんですが、出会わなければ始まりもしないです!」

「…まぁね…」


その通りなんだけどさー。


「でもマーファリーはその御三家のうちの一人と知り合いじゃない」

「ハーディバル先生ですか? でも別に連絡先を知っているわけではありませんし…歳下すぎてちょっと…」


…ハーディバル・フェルベール。

御三家、フェルベール家の次男。

アルバニス王国の王国騎士団、魔法騎士隊隊長というふざけた長さの役職名を持つ毒舌ドSの鬼畜野郎である。

私がこの世界に召喚された時に側にいたのに、私の事をユスフィアーデ家に丸投げした血も涙もない男!

薄紫色の髪と銀色の瞳を持つ美貌の美少年なのだが、なに分表情筋は死んでるし性格と口が悪すぎる。

乙女ゲームの攻略対象でもおかしくない設定の顔と性格なのだが、こいつ、ちょっと難点があるのよ…性格以外にも。

同じく私が召喚された場に一緒にいたハクラ・シンバルバという御伽噺レベルの冒険者とBとL疑惑なの。

ハクラ・シンバルバ…白と黒の混色の髪に、金の瞳の美少年。

あいつもかなり攻略対象として問題ないレベルの美少年でありふざけた設定と頓珍漢な性格してるんだけど…ハーディバルとBとL関係だとしたら、乙女ゲーム的にヒロインであるエルフィやマーファリーとくっつけるわけにはいかないのよねぇ…。


「そんなに歳下かしら? えっとあいつら十八でしょ?」

「あいつ“ら”?」

「…あーいや、ごめん間違えた…。で、マーファリーは…」

「わたしは二十一です」

「…そんなに離れてなくない?」


二十一と十八…全然大した事ないと思う。

私の世界と違って、別にあいつら現役高校生とかでもないし。

むしろ普通に働いてるし。

……ハクラは働いてるのか?


「…そうですか? ミスズお嬢様は…」

「私は二十四よ。ほら、私よりマーファリーの方が全然あいつらと歳が近いじゃない」

「…???(え? ハーディバル先生以外の十八歳の人って誰…?)…ええと、そ、そうですね?」

「それとも、マーファリーってもしかして歳上が好みなの?」

「まぁ、どちらかといえば…。包容力があって、強くて頼りになる方がいいですね」


歳上かぁ。

今のところ私たちの周囲で歳上の攻略キャラじみたイケメンはいないのよね。

でも、いいこと聞いたわ、覚えておこう。


「ふーん、そんな人とお見合いパーティで知り合えるといいわね」

「まあ、わたしよりエルファリーフお嬢様とミスズお嬢様です! レナメイド長からもエルファリーフお嬢様には是が非でも御三家のどなたかと良い仲になってもらえるようサポートしてくれと頼まれていますし!」

「お、おおう…」


本日何度目かわからないマーファリーのガッツポーズ。

というか、レナメイド長…あ、諦めていなかったのね…‼︎

まあ、エルフィが自分から御三家の誰かと良い仲になるんならそれは彼女の意思も尊重した事になるわけだし…いい、のかしら?

御三家の参加者はみんな騎士団の隊長ばかりだって言ってたし、正直ハーディバルみたいなドS野郎揃いだったらどんなに良い家の人でも可愛いエルフィを嫁には出したくないわ!

もちろん、マーファリーも!

あ、となると…御三家の残り二名について情報収集しておくべきね。

攻略対象…かもしれない…相手の情報を入手するのは攻略の鍵…!


「ねぇ、それなら情報収集しておかない?」

「情報収集ですか? なんの…」

「もちろん、御三家の人たちよ。相手のことをリサーチしておくと会話する時に絶対役に立つわ!」

「な、なるほど‼︎ すごいです、ミスズお嬢様! では………どうやって…」

「え⁉︎ そ、そうね」


どうやって調べよう。

こういう場合は本人、またはその関連キャラからもたらされるものなんだけど…うーん、御三家の人たちと接点のある関連キャラ…。


「…まずは基本情報…みんなが知ってることでも構わないから、まとめてみましょう。そこに集めた情報を足していく感じで!」

「成る程、わかりました! では、なにかノートを買い足して帰りましょうか」

「そうね。パーティまであまり時間もないし、頑張りましょ!」


と言うわけで、なにやら一般応募の抽選会というので盛り上がる街の中をもう一度見て回りつつ商店街でノートを購入。

ノートといっても私の世界のノートよりはるかに分厚く、もはや本の部類なんだけど。

この世界のノート、ちょっと分厚すぎないか?

そう思うが、ほとんどの人は真っ白なこの自由帳二十冊分ありそうな本…じゃないノートを日記として使ったり、自分の本の執筆に使ったりするからこういう分厚さが人気なんだって。

学生もいちいち買い足すよりは卒業するまで一冊使い切れれば良い、という物持ちの良さ優先。

うーん、文化が違うわ。

さて、それからだが、屋敷に帰ってから早速部屋でマーファリーとレナメイド長、ナージャに協力を仰ぐ。

私はこの世界の人間ではないがハーディバルとは一応知り合いだ。

しかし! 知っているだけで奴のステータスまではイマイチわからない。

三人に聞きながら、ともかく狙い目…メインディッシュとも言うべき御三家男子の情報を書き出す。


まず一人目。

ランスロット・エーデファー氏。

この国の騎士団の団長であり、騎馬騎士隊の隊長でもある。

年齢は三十三歳。

身長体重は不明。

黄土色の髪と瞳を持つ長身美形であることは三人の謎の同意により間違いないようだ。

性格も不明。

噂では人望厚い人物でかなりの快男児であり、フリッツの先日の話も交えるととんでもなく強い。

称号は『騎士団団長』『三剣聖』『火炎剣士』『炎帝騎士』『焔の勇者』など以下省略。

多分この国で最も多くの称号を持つ。

称号から察するに得意属性は『火属性』。

エーデファー魔法剣の使い手で、身体強化魔法使いとしても国内五本指に入るらしい。


二人目。

スヴェン・ヴォルガン氏。

年齢は二十五歳。

十六歳で王国騎士団、天空騎士隊隊長になった人物。

ハーディバルが十二歳で隊長になるまでは彼が最年少隊長就任者記録保持者だった。

プラチナブロンドの髪と緑の瞳を持つ、騎士団屈指のイケメン隊長。

女性人気は騎士団の中でも特に高く、王子フレデリック様同様ファンクラブがあるらしい。

性格は不明だが、微笑みだけで女性が失神するとか、幼女にも紳士的な対応をするとか、凄いものだと性転換を試みた男が二桁に達したとか…外面は間違いなく良いものと断定できた。

いやもう良いなんてもんじゃねぇ…途中から半分信者入ってるわ…。

ファンクラブがあるだけあって情報も錯綜してる感否めないが、休日は相棒のドラゴンに全ての時間を費やしたりしている…との事。

称号は『天空の竜騎士』『竜と心通わせし者』。


三人目はハーディバル・フェルベール。

言わずと知れた魔法騎士隊隊長。

年齢は十八歳。

最年少隊長就任記録保持者。恐らく彼の記録は破られることはないだろう。

薄紫の髪の銀眼の美少年。

騎士団内でも隊長、副隊長格以外の騎士はビビって近付かないほど他者に冷淡…もとい塩対応。

が、逆にそれがドMの心を刺激してやまないらしく、表立ったものではないがヤバめなファンクラブはあるようだ。…この情報必要なかった気がする。

得意属性は『闇属性』と『土属性』…他にも全属性が使える、所謂チート野郎。

国王アルバート陛下に「この国始まって以来の魔法の天才」と言わしめたと言う。

称号は『破壊者』『天災』『天才』『毒舌騎士』『人外レベルの魔法使い』…あれ、こいつだけ称号に偏りを感じるんだけど気のせいかしら…。

あと、称号がなんて騎士っぽくないの…。



「御三家はこんなものね。…あれ、でも、ハーディバルって次男よね? 長男の人は参加しないのかしら?」


話によると長男の人はフレデリック殿下とジョナサン殿下の執事。

今回のパーティは騎士団やお城で働く士官の未婚の人も参加するらしいのに。


「エーデルフェル様はどうでしょうね…? なんでもお付き合いされている方と別れたり元サヤったりを繰り返していると言う噂がありますから」

「そうなの? じゃあ好きな人がいるかもしれないのね」

「噂だと、そのお相手ってフレデリック殿下なんですよねぇ。殿下自らが主催のお見合いパーティに、殿下が参加させないって決めたらしいですよぅ」

「マジで⁉︎」


まさかここで王子様と御三家長男が攻略キャラ除外だとおおぉぉ⁉︎

いや、王子様半獣説が私の中で確立して以降、あまり乗り気になれてはいなかったんだけど…それじゃ完全にアウトじゃない!

…わ、私の中の王子様像にまた一つ崩壊の亀裂が…!


「あら、私は別の名士のご子息と聞いたことがあるわよ」

「えぇ〜⁉︎ 本当ですかぁレナメイド長⁉︎」

「ええ。相手が一人っ子で、どうしても後継者を残さなければいけないから何度も別れているみたいだ、って」

「どちらにせよ男の人が相手なのね…」


ハーディバルのお兄さんか…除外決定…に、しておこうかな。

なんか男の人が好きな人っぽいし…………あ、いや、待てよ…男好きっていうか、もしかしてオネェ系だったりして⁉︎

最近流行ってるしありかも、オネェ系!

一応万が一って事もあるし、情報集めとくくらいはしといた方がいいんじゃない⁉︎

別なところで役立つかもしれないし!


「ま、まぁ、一応書き足しておきましょう。ドS騎士のお兄さんなのは間違いないもの、なにか情報が役立つ事もあるかもしれないわ」

「そうですね」

「はい」

「ですねぇ」


決定。


…エーデルフェル・フェルベール氏。

年齢は二十四歳。

スヴェン・ヴォルガン氏と幼馴染の同級生であり、親友。

弟と同じ薄紫の髪は長く、後ろで纏めている。銀眼。

性格は不明だが、とりあえずお城で怒らせれてはいけないランキングぶっちぎり第一位。……え、王様より…上だと?

姉は『三剣聖』、弟が『魔法騎士隊長』なので埋もれがちがだが、二人の殿下の世話を一人でこなす時点で只者ではない上、当然ながら身体強化魔法の使い手であり、その実力は国内五本指に入る。

得意属性も姉や弟同様複数あるらしく、やはり名士御三家の長男として恥じない実力者。

…彼を知る者の情報の全ては『エルメールさんは怒らせてはいけない』で集約されていた。


……………フェルベール家、ヤバくないか。



「こ、こうして纏めると確かに色々と分かりやすいですね…フェルベール家の方々の怒らせてはいけない感とか…」

「は、はい…万が一パーティでハーディバル先生のお姉様やお兄様にお会いしても、これは怒らせてはいけないのだと思いました…!」

「ナ、ナージャはこの先一生会う機会はないと思いますけど〜………やっぱ御三家パネェですねぇ…」


レナメイド長が怯えるほどってやっぱりフェルベール家がやばいな。


「…ほ、他にも情報集めとく? あ、王子様とか、ハクラとか!」

「え、王子様やハクラもですか? ………ああ、でも、御三家の方々は元より王城の方々は王子様やハクラとも親しくされているそうですものね」

「確かに殿下たちやハクラ様の事なら、話題性として盛り上がりそうですね」

「むしろ城に住み込みの人は、殿下たちやハクラ様の方が話しやすいかもですねぇ」

「決まりね」


と言うわけで半分私の攻略のために情報を提供して頂くことにした。

どれどれ…まずは…。



ハクラ・シンバルバ。

年齢十八歳。

白と黒の混色の髪と金の瞳を持つ美少年。

アバロンの元奴隷であり、アバロンを救済した英雄。

現在はアバロン大陸とバルニアン大陸を股にかけた冒険者。

誰に対してもフレンドリーで人懐こく、人嫌いな幻獣族やドラゴン族とすら友好な関係を築く世界的にも無二の存在。

しかしその事を鼻にかけるわけでもなく、自慢する事もない。

彼の人柄はこの国の王族、アバロン大陸の王族、両方に好まれ、寵愛されている。

称号は『アバロンの英雄』『バルニアンの寵児』『魔銃竜騎士』『調和の王』『自由の象徴』『改革の王』『銀翼の使者』。


フレデリック・アルバニス

年齢は不明。二千歳は超えているとのこと。

黒髪黒眼。人外の両親を持つ為彼自身も人外。なので素晴らしい美貌らしい。

隠居ぎみの国王に代わり国政を担っており、為政者としての手腕は見事なもの。

地方領主、城の中で働く者や騎士団からも信頼が厚く、まさにカリスマの塊。

どんな問題もたちどころに解決してしまう。

王子然とした立ち居振る舞いも完璧で国内での人気は国王のアルバート陛下より高くファンクラブもある。

幻獣族のみが扱える黒い炎…黒炎こくえんを扱え、その炎は炎でありながら氷の力を有する。


ジョナサン・アルバニス

年齢は不明。フレデリック王子とは双子。因みにジョナサン殿下が弟。

黒髪黒眼。フレデリック王子よりも大柄らしいが、ほとんど表に出る事はなく、幻獣族の血を強く引いているため人嫌いなのではないかと思われる。

あまりにも表に出てこられないので、情報はこのくらいだ。



こうして見ると、ハクラの方がある意味ヤバい気がするのは何故かしら。

というか! なにこの称号…!

あいつまるで王族気取りじゃない!


「え? そうですよ。ハクラはアルバート陛下に敗北した国の王族の末裔だといわれていますから」


と、漏らした私にマーファリーがさらりと告げる。

…マジで王族…?


「でも、元王族って結構多いですからねぇ。御三家もそうですし、地方領主…この家、ユスフィアーデ家もそうですよぅ」

「あ、そ、そう言えばそうなんだったっけ」


あまり珍しいものではないんだっけ。

まあ、でもそれにしてもハクラって本当に語り継がれるレベルのことした奴なのね…。

そんなオーラないのに…。


「…さて、他にも情報集めるべき人居るかしら?」

「あ、ラッセル・フリューゲル隊長も調べておいた方が良いかもですよ〜」

「誰…って、隊長って事は騎士団の人ね」


ナージャが言うので、再びペンを取る。

私の文字も日々の練習でだいぶマシになったわねぇ、としみじみ思う。

まあ、それはさておき…



ラッセル・フリューゲル氏。

年齢は二十七歳。

海竜騎士隊の隊長。

海南の街の出身で、肌が黒く、濃緑の髪と青い瞳を持つ。

生真面目な人種の多い騎士の中でやたらと女性に声をかける。チャラいためかなり目立つ…無論悪い意味で。

あまりにホイホイ女子を取っ替え引っ替えしているのでお見合いパーティへの参加は不要と判断されたのだろう…うん、そうね…。

ほぼ海の中で魔獣討伐を行なっているので、あまり王都には居ない。

趣味は相棒のドラゴンと海乗り。好みの女性は軽く遊べる可愛い子。好きな食べ物はもちろん、可愛い女の子。嫌いな食べ物は醜いおっさん。

初めてでも優しくするよ、とマーファリーから借りた通信端末で調べた情報にあった彼のプロフィールに書いてある。

いや、なんでこいつだけ個人的にプロフィール開設してるの?

は? 遊びたい子はここにメール送ってねハートときたもんだぜこれ。


「なにかしら、もう途中から「死ね」って思えてきた」

「こいつ本当に騎士なんですかねぇ〜」

「…本当に必要だったのでしょうか…」

「ま、まあ、御三家の方々からすれば同僚の方ですし…」


レナメイド長の疑問をマーファリーがフォローする。

まあ、それもそうよね。

チャラ男はどの世界にもいる、のね。

いやまさか騎士団の、しかも隊長にいるとは思わなかったけど。

うーん、こいつ攻略対象になりえるのかしら?

乙女ゲームにチャラ男はよくいるけど…正直ゲームならシナリオがあるから安心して挑めるのであってリアルだと避けて通りたいかも。

可愛いエルフィやマーファリーをこんなチャラ男に…?

はっ、ねぇわ!

除外決定よ!


「なんか他にましな男いないの? 宰相の息子! とか」

「この国には宰相様は居ないんです。フレデリック殿下が政治を取り仕切っておられますから」

「え、そ、そうなんだ」


改めて王子様凄いわね。

えーと、宰相って私の国で言うところの総理大臣的な存在ってゲームに説明があった気がするから…王様が一番偉くて、王子様が総理大臣的な役目を担っているから宰相はいない…。

あれ、私の思っていた王子様より遥かに仕事してる。

というか、乙女ゲームの王子様ってそれなりに忙しそうなイメージだけどこの世界の王子様ガチで忙しそう。


「そうですね、御三家の方以外でそれなりの立場の殿方でお年頃の方というと、左大臣のご子息でしょうか」


あ、大臣はいるのね。

レナメイド長の話だと、この国の権威は王、王子に続き左右大臣と騎士団が並列。

その下に副大臣、事務官が上位官、中位官、下位官と続く。

騎士団が大臣と同等の地位にあるのは、それだけこの国で魔獣が日常的に現れ危険視されているからだ。

ランスロット団長と副団長の人はつまり、そのくらい偉いって事。

マジか、思ってた以上だぜ。


「右大臣は領地の統括責任者。そのご子息がスヴェン隊長ですから…左大臣ヴォルフ・グロウリー様のご子息、ハイネル・グロウリー様が…確か今年衛騎士隊から魔法騎士隊に転属されたと情報が」

「何歳?」

「十九歳と」


真顔でやりとりする私とレナメイド長。

…レナメイド長…この人、やりおるわ。

さすが、エルフィの旦那候補になりえる人物を調べている…!

アイコンタクトでキュピーンとなって、謎の頷き。


「この人はなかなか狙い目そうね」

「はい。パーティ参加者の名簿にお名前がありますので、無理に御三家の方々に拘らずともよろしいかと」


成る程。

やはり御三家という撒き餌さだけに目を向けていては攻略対象に辿り着かないかもしれないわね。

…待てよ…?


「ねぇ、レナメイド長…そのパーティ参加者の名簿って」

「こちらです」

「さすがだわ」


手渡された名簿には名前の他に年齢と職業が軽く記載してあった。

これだけではどこ繋がりのどなた、というところまではわからない。

あと、顔や性格も。

その辺りは年齢を中心に絞り込み、関係各所を整理していくことにした。

今更だけど、ようやく攻略対象を絞り込めるわね。

ハーディバルやハクラはBとL疑惑がないにしてもなんだか高望み…否、恋愛対象として何か欠点を感じるから少し様子を見ようかな。

ほらあれよ、ゲームではすぐ会いに行ける、が出来ないっていうか?

王子様たちもイマイチ私が思っていたのと違うし…毛的なものが。

なので改めて整理してみると…そうね…。


「ランスロット団長やスヴェン隊長、それと、このハイネルさんって人はいいかもね」


今度のパーティが出会いのイベントと仮定すると。

でもあと一人くらい、候補がいてもいいかも。

誰かいないかな、とレナメイド長に聞くと一人の人物の名前を指差される。


「カミル・クレシャル様はいかがでしょう」

「え、カミルですか?」

「ん? マーファリーの知り合い?」

「はい、同じアバロン出身の亡命者です」

「え、亡命者の人?」


これには驚いた。

勿論、私だけでなくマーファリーとナージャも。

だってエルフィの旦那候補に亡命者の人って…。

てっきりお金と地位のある人が候補に入ってくるかと…。


「エルファリーフお嬢様もですが、マーファリー、貴方にもこのカミル・クレシャル様はお似合いだと思いますよ」

「わたし⁉︎ いえいえ、わたしはお嬢様たちの付き人として…」

「お黙りなさい。早く結婚相手を見つけなければ私のように行き遅れますよ⁉︎」

「メイド長⁉︎」


説得の仕方が重ーーーい!


「勿論、ミスズお嬢様もです! この機会にお相手を探しておいでなさい!」

「私⁉︎ いやいや、私はこの世界の人間ではないし…」

「そんな事言って現実から逃げていると私のように行き遅れますよ」

「うぐっ」


説得力がパネェェェ…!


「い、いや、そんな事…そ、そうよそんな事ないわよ! メイド長美人なんだもん、まだ貰い手あるわよ! ねぇ二人とも⁉︎」

「エッ⁉︎ …あ、ああうん、そ、そうですよぅ」

「そ、そうです! しっかりしてるし家事は完璧…諦めるには早いですよ」

「安い慰めは結構! 自分でも性格がキツイと分かっているんです! これまでお付き合いされた方にも散々「君は一人で生きて行ける」と言われ続けたのですから! 私は一人で生きていきます!」


ええええええええーーーー!


「ですがあなたたちはまだ若い…私のように手遅れになる前に、幸せになるのです!」

「そ、そんなメイド長…」

「そんな…酷いわ!」

「えっ、ミ、ミスズお嬢様⁉︎」

「一人で生きていける女なんて、いや、人間なんていないわよ! それを、なんて軽々しく! 常套句だとしても酷すぎるわ! そんな男と別れて正解よレナメイド長!」

「ミスズお嬢様…?」


ガシッとレナメイド長の手を取る。

レナメイド長だって一人の女なのに、そんなことも分からない男としか知り合えなかったなんて運がないのよ!

多少きつめではあるけどレナメイド長だって美人の部類!

それに厳しいけど、ちゃんと優しいわ!


「男は女子より大人になるのが遅いから、きっとレナメイド長の事を本当に理解する前にそう決め付けたのよ。そんな奴らの言う事は気にしちゃダメ! そうよ、そんな奴らのために、レナメイド長が幸せを諦めて良い理由にはならないわ! 女は何歳になろうが幸せになる権利がある!」

「そ、そうですわ、レナメイド長! ミスズお嬢様の言う通りです! 諦めるのが早すぎます! メイド長、まだ三十一歳じゃないですか!」


若い!

私の世界の結婚適齢期は今もっと遅いくらいよ!


「エルフィだって同じことを言うはずよ。諦めず、みんなで幸せになりましょう」

「ミスズお嬢様…」

「そうですよ!」


キラキラキラキラ…。

我々の周りに少女漫画のようなキラキラが散りばめられる。

この瞬間、エルフィやマーファリー、ユスフィーナさんとはまた別にレナメイド長もヒロイン枠に確定した。

乙女ゲームヒロインというよりは恋愛漫画やや大人向けのヒロインね。

これはこれでありだわ!


「まあ、それはそれとしてこのカミル様ってどんな方なんですかぁ? マーファリーさんは知り合いなんですよねぇ?」

「え、あ、ええ。カミルは私と同じグリーブトの村で奴隷だったの。私やカミルはこの国に亡命してきたのが二番目で、とても早く来られた方だから馴染むのも早かった。その中でもカミルはハクラやリゴさんと同じようにすぐに自分のやりたい事を見つけて努力し始めたのよ。そのおかげで今は魔道具研究所にいるの」

「え⁉︎ 魔道具研究所って、あのエリートしか働けないっていう⁉︎」

「ええ、リゴさんとカミルは勉学に関心が高くて誰よりも『図書館』に通い詰めて、寝る間も惜しんで勉強していたわ。この国の人でもあんなに勉強しないだろうって、ミュエ先生にも褒められていたの。それで、ミュエ先生とハーディバル先生の勧めで今は二人とも『国光の城壁』の中で働いているのよ」

「マジですかぁ! ちょ、ちょーっ凄い人じゃないですかぁ⁉︎」

「『国光の城壁』って、確か……」


えーと、アルバニス王城『カディンギル』の周囲はどでかい湖で囲まれている。

中心に山があり、その山にお城があるのだが…お城の周りの湖は元々『六つの城壁』により守られていた。

現在その城壁は空中に浮かぶ島となっており、私の知る意味合いとは違う意味で城を守っている。

ええ、ぶったまげたわよ、城壁に囲まれた島が六つもお城の周りの空に浮いてるんだもん。

どうやって浮いてるのか聞けば、これも特殊な魔石で浮いてるらしい。

いや、まあ、つまりその六つの城壁は国の重要な施設であり城の一部でもある。

で、その中に『国光の城壁』というものがあった。

確か、お役所の集まりであり、国の大事な研究所が入っていて一般人は入れない『城壁』の一つ。

エリートしか働けない、私の国で言うところの霞ヶ関みたいな場所だと思われる。

…アバロンの亡命者でそんな凄い場所で働いてる人がいるなんて…。


「そんな人もパーティに参加するのね?」

「そうですね。『国光の城壁』内で働く人は機密も多いから、一般人の参加するお見合いパーティなんて参加しないと思いました」

「今回の開催者を忘れていませんが、ミスズお嬢様、マーファリー」

「「あ」」


メイド長に言われて思い出した。

王子様主催のお見合いパーティなんだっけ。


「カミル様は現在フレデリック殿下のお口添えもあり個人の研究施設を魔道具研究所の横に併設して、研究を続けておられるそうです。今後大物になる可能性が高いと見ました。ユスフィアーデ家に入られればお金の心配もなく研究を続けて頂けますし、カミル様が作った魔道具がヒットすればユスフィアーデ家も安泰…フフフ…」

「メイド長…」


素晴らしい打算だわ、レナメイド長…。

あのナージャが引くほどに。


「カミルですか…」

「…目が遠いわね、マーファリー」

「…こちらに来てから人がすっかり変わってしまいましたから…」

「そうなの? どんな人なの?」

「…正直、学校を卒業してからたまに話で聞くだけなので今どんな人間に変わったのか分からないのです。ただただ怖いですね」


マーファリーは真顔だった。


「…ま、まともな人になってるといいわね…」

「はい」


マーファリーは真顔だった…。

この人は、ど、どうなのかしら?

一応攻略キャラ候補って事にでもしておくか。

当日会ってみてから決めよう、うん。

さて、予測不能要素が多すぎて心配が尽きないけど…とりあえず…。


「よし、じゃあとりあえず狙い目の人を決めて更に細かい情報を集める事にしましょう。まずはランスロット・エーデファー団長さん、スヴェン・ヴォルガン隊長さん、個人的にハーディバルはやめといたほうがいいと思う」

「ナージャも反対です〜」

「ハーディバル先生とエルファリーフお嬢様はお似合いだと思いますけど」

「ええ」


ここは意見が分かれた。

BとL疑惑とあのドSな性格を思えばやめといた方が無難だと思うけど…。


「まぁ、二人がそう言うなら」


攻略対象(仮)って事にしておきましょう。


「それからハイネル・グロウリーさんと、カミル・クレシャルさんね」

「このお二人は一般の騎士さんと研究員さんですからねぇ、情報を集めるのは難しそうです〜」

「そうですね。でも、カミルなら他の亡命者仲間に少し探りを入れてみます」

「では私もメイドネットワークを駆使して他のお三方について調べます」

「「「メイドネットワーク…⁉︎」」」


そんなのあるんだ⁉︎

私以外にもマーファリーとナージャが驚愕の表情を浮かべた。


「あ! そうだわ、それならもう一人!」


思い出して、私は再びペンを持つ。

首を傾げる三人。

ノートの真っ白なページに私はカノト・カヴァーディルの名前を書き出した。


「カノト様!」

「ええ、調べておいたほうがいいでしょ?」

「ええ、そうですね!」


マーファリーもメイド長も笑顔で賛同してくれた。

ナージャだけは、少し唇を尖らせる。

なによぅ。


「どうやって調べるんですかぁ? ほぼ行方不明な人じゃないですかぁ。ナージャたちで調べるのは難しいですよぉ」

「うっ、それはそうなのよね」


家を出て久しいというカノト氏。

今どこで何をしているのか、誰も知らないのだ。

そもそも容姿も分からない。

どうしたものか…と考えていると、扉を別なメイドさんがノックする。

部屋へ招くと、フリッツが魔獣討伐を終わらせて帰ってきたという。

フリッツ…そうよ! フリッツだわ!





「カノトですか?」


紺色の髪と瞳のナージャくらいの美少年。

フリッツ・ニーバスという謎の多いこの子は数日前、この街で起こったとある事件で知り合った。

とんでもなく強く、レベル3の魔獣をたった一人で倒してしまうほど。

後から聞いた話だとレベル2までは稀に現れるがレベル3の魔獣はここ数十年現れてなかったんだって。

そしてその数十年前のレベル3の魔獣を倒すのに、当時の騎士団百人近くが挑み、一週間近く戦い続け半分近くが犠牲になりかけたと言う。

それを一人で倒したと言うんだから、フリッツがおかしいのかこの間の魔獣が実はレベル2かのどっちかだ。多分前者。

大体その後も領主庁舎を数時間で改革してあっさりユスフィーナさんの支配下に置いてくるし。

何者なのかを聞いても、家出中だからと教えてくれない。

そのあたりはもう諦めているんだけどー。


「そう、フリッツはどうにか居場所を探すこととか出来ない?」

「もしやユスフィーナ嬢のことですか? 居場所を探すにしても、一応彼女の了承は取るべきでは?」

「そんなこと言って、ユスフィーナさんが自分から何かするわけないでしょ!」

「…まぁ、確かに。ですが余計なお世話なのでは? 僕もかなり余計なお世話を焼くタイプなので人のことどうこう言えないんですけど」

「なら今更いいじゃない。協力してよ」

「それもそうですね、いいですよ」

「軽⁉︎」


驚いた声を上げるナージャ。

確かにあまりの軽さに私も一瞬たじろいだ。

相変わらずよく分からない。


「僕も彼の居場所は把握しておきたい。ランスロットが是非騎馬騎士隊に欲しいと言ってましたしね」

「⁉︎ …『三剣聖』だから?」

「それもありますが、単純に騎士団が人手不足らしいので…」

「…フリッツ、ランスロット団長とも知り合いなの?」

「知らない仲ではありませんね」


ガシッ。


「? え?」

「まさか、スヴェン・ヴォルガンさん」

「…まぁ…それなりには?」

「ハイネル・グロウリーさん」

「…ま、まぁ…多少は…」

「カミル・クレシャルさん」

「カミル? ま、まぁ…全然知らない人ではーーー」


そこまで確認したら、私の背後にレナメイド長他、この屋敷のメイド、使用人一同の目の色が変わる。

やたらおかしなその空気に今更なにかヤバイスイッチを入れてしまったと気付いたフリッツ。

残念ながらもう遅い。


「すいません、ちょっと用事をーー」

「そう。どんな用事?」


にっこり。

微笑んだ私に思いきり目を逸らすフリッツ。

ズルズル引きずって食堂へ軟禁。

そこでフリッツの知る情報を洗いざらい喋ってもらった。

もちろん、攻略に必要な情報よ。

それによるとランスロット団長は仕事の話ばかりしてしまうため女性と良い仲に発展することができない。

力の加減が下手。ストレートに失礼なことを言う。つまり脳筋プラス仕事脳でデリカシーがないのだ。

成る程。

スヴェン隊長は甘いマスクで紳士的、低くて魅力的な声。

女性がきゃあきゃあ言う為当然女性の扱いはお手の物。

しかし彼は極度のドラゴン愛を持つ男。

休日どころか日がな相棒のドラゴン、パル(♂)にべったりで、普通のお世話では飽き足らずドラゴンの寝床(樹の上)で一緒に寝る。

これにドン引きしない女性は、まあ、いない。

ついでに彼はレナメイド長たちのタレコミ通り男性の恋人がいるらしいのだ。

ドラゴン愛の激しい彼を受け入れてくれたそのお相手を本気で愛している…もちろんドラゴン愛とは別の意味だ、恋愛的な意味だ…ので、割り込むのは困難ではないだろうかとの事。

なので彼のドラゴン愛と、その付き合ったり別れたりを繰り返すお相手への愛の事も込み込みでオーケーな女性が…居ればいいなぁ…と、かなり遠い目で仰っていた。

なるほど、かなり厳しそう。

ハイネル・グロウリー。

彼は名士の次男で、兄が優秀かつ、早々に結婚して子供をもうけた為家で居場所がない。

つまりかなり孤独を抱えていた。

しかしある日その孤独故に魔獣化してしまったのだという。

そしてその時助けてくれたハーディバルに憧れて騎士を目指し始めたんだって。

一つの得意属性しかなかった彼は血のにじむ鍛錬でもう一つ属性を扱えるようになり、騎士学校に入学。

衛騎士隊で二年働いた実力上位者は騎馬騎士隊、魔法騎士隊、天空騎士隊、海竜騎士隊への転属希望が出せる。

それを利用し、ようやくハーディバルのいる魔法騎士隊に転属した本当に努力の人だった。

今回初めてお見合いパーティに参加するらしいのだが…。


「恐らくハイネルの目的はハーディバルのお見合いの邪魔ですね」

「はえ⁉︎」

「ハイネルはかなりハーディバルにお熱というか…最近転属したばかりで相当浮かれているんです。あと、ハイネルはドMなので僕はお勧めしません。とてもエルファリーフ嬢があの変態の性癖を満たせるとは思えない」

「除外するけど異論のある人居るかしら?」


その場の誰一人、異論は出さなかった。

当然である。

私もページを破り捨てた。

めっちゃあぶねー…! そんな野郎の攻略にエルフィやマーファリーをあてがうところだったわ…!


「それとカミルですが」

「聞いたところによるとかなりヤバイ人みたいなんだけど」

「実力は確かなんですが…部屋に…二人の殿下の盗撮写真がびっしり貼られています。壁はもとより天井にもトイレにも浴室にも…普通に怖いです」

「除外するけど異論のある人居るかしら?」


同じく全員が顔を青くして除外賛成に頷いた。

屋敷の中を殿下たちの盗撮写真まみれにするわけにはいかない。

全員ドン引きしている。私もだ。

なんてヤバイ男なの。

フリッツすら顔がしかめっつらだ。


「…なにかしら…お見合いパーティって、まともな人がいない場所なの?」

「いえ、その、隊長となるとカミーユ以外は変人ですが」

「そうね」

「問題があるのは一握りですよ」

「そう?」


ちなみにカミーユ氏は衛騎士隊隊長。

最年長騎士で、騎士団の副団長という老騎士だそうだ。

老騎士といっても六十代らしいから私からしたらまだ若いと思うんだけど。


「でも、その問題点を聞く限り隊長二人もかなりムズゲーね」

「三人です」


レナメイド長に訂正を入れられてしまった。

はいはい、ハーディバルもね。


「他にまともな人居ないの?」


レナメイド長の推しはヤバイ人と危ない人だと判明したので、今度はフリッツに聞いてみる。

もうこの際謎の美少年フリッツの意見でもいいや。

ほぼ投げやりでの質問だった。


「ゲオルグ・カルティエはどうですか? 騎馬騎士隊の超堅物! 寡黙、無愛想、怖い顔! でも小動物と甘いお菓子大好きな癒し系ですよ」

「……………」


聞いた私が間違っていた気がする。

笑顔で女子が苦手な三拍子揃えてきて、何故そこでギャップ萌え推し?


「…て、程度によるわね…レベル五段階でどのくらい寡黙、無愛想、怖い顔なの?」

「レベル五です。見た目は熊みたいです。ゴリッゴリのマッチョで、身長は198…」

「アウトよそんなの!」


そんなのエルフィとマーファリーが隣に並んだら美女と野獣じゃない!

だからそういうの求めてないんだってばー!


「良い子なんですけどねー。ではリゴ・ティトンはどうです? 彼も研究ばかりで女っ気がないのでパーティに強制参加組です」

「だ、大丈夫なの?」


すでに研究員にいい印象などない。

そういう意味での「大丈夫なの?」である。


「ハクラの友人ですから大丈夫ですよ。かなり常識人ですね。アバロンでは肉体労働用の奴隷だったそうで今でも結構ムキムキですよ!」

「まだスキンヘッドなんですか?」


と、話に割り込んで質問してきたのはマーファリー。

…え? スキンヘッド…って…故意にハゲてる人の事じゃ…。


「彼は奴隷の時からハクラと同様かなり頭の切れるタイプでしたからね。そのせいでなかなかストレスを溜め込んでいたんでしょう。あのハゲ頭は病によるもののようですよ」

「そ! そうだったんですか…すみません…」

「今は完治してるそうです。でも、髪を切りに行く時間がもったいないからと今もあの頭のままですね」


まともな人の様だけど…ハゲはちょっと…。

しかもハゲ+マッチョ…。

あまり美しさを感じないわ。


「パス」

「良い人なんですけどね〜。サフィール・ティディール」

「どんな人?」

「城のお抱えシェフの一人です。料理の腕は確かですよ。なにしろ城のお抱えですから」

「お、おお?」


それはなかなかの優良物件な気配!

詳しく聞こうと思ったが…。


「ちょっと刃物収集癖があるのが難点…」

「パス」


なにそれ怖い。

そしてそれから何人か…というか、気づいたら名簿の男性全員の情報が出終わっていた。

全員分の情報を持っているフリッツにも驚いたけど、パーティ参加者のほぼ全員なにかしら残念な事にも驚きだ。

まあ、残念ならまだマシかもしれない。

中にはヤバそうなのや危ないのが何人か混ざっていたし。


「ねぇ、みんなどう思う? 今までの話を聞いてエルフィ(とマーファリー)を幸せにできる男がいる様に思えた?」

「・・・・・・・・」


全員目を逸らすなり顔を背けるなりのその反応はきっと私と同じ意見なのね。

そうよね、私もそう思うわ。


「一部は確かにアレですが、いい子はいますよ? ゲオルグとかリゴとか」

「…そうかもしれないけど、見た目って大事なのよ」

「女性はみんな見た目を重視しますよね」

「人間見た目が九割なの」

「…なんと悲しい生き物なのでしょうか」


そうね、それは同意するわ。

でも、仕方ないの。


「生まれてくる子供のためよ」

「な、成る程…女性は見目のみでそこまで考えるのですね…」


ショックを受けたフリッツに、私だってこんな事言いたくないとは思ったわ。

そんな現実、子供のフリッツには重いもの。

でもお前間違いなく勝ち組だからなフリッツ。

お前絶対成長したらイケメン確実だから。

百パー関係ないから!


「…あの、それではとりあえずカノト様捜索に関してのお話をしてはいかがでしょう?」

「あ! それもそうね」


お見合いパーティの件はなんか、すごくがっかりしてきたけれどそれはそれ。

また今度考えましょう。

マーファリーの言う通り、フリッツに向き直りカノト氏捜索に関してどうするべきか聞いてみる。


「フリッツはカノトさんを見つけるにはどうしたらいいと思う?」

「亡くなっているとは正直考えづらい。魔獣化していたとしても、彼ほどの実力者が魔獣化すれば恐らくレベル1の時点で隊長クラスが相手をする事になる。そう言う話は聞いていない」

「え…」

「魔獣化は素体となったモノや生き物の基本スペックがレベル1の時点で如実に現れるんです」


そうなんだ。

魔獣ってまだ私の知らない事があるのね。

まあ、とりあえずカノト氏が魔獣化している可能性も死んでる可能性も低い。

良かった。


「家とあまり上手くいっていないことを思うと、本家に頼っているとも思えない。彼は真面目な人物だと聞いたことがあるので、分家の身で本家に頼ったりは考えないでしょう」

「分家と本家ってつまり親戚でしょ? 親戚なら頼ってもいいんじゃ…」

「レール家の当主は分家でありながら一時期都市領主となっていたカヴァーディル家をあまり快くは思っていないらしいんですよ」

「うわ…めんどくさい…」


いいじゃん別に、そんなのやれる人がやれば。

と、思う私は所詮庶民。

貴族的な人たちには彼らなりの事情があるのだろう。

…めんどくさいけど。


「まぁ、面倒くさいのは同意しますけどね。…つまりは、恐らくカノトはそうなると…彼自身の力で生計を立てているはず。『剣舞祭』で二回優勝し『剣聖』の称号もある彼が、農業やら人の下で普通に仕事をしているとも考えづらい。手っ取り早く稼ぐなら勇士か傭兵をやるのではないでしょうか」

「勇士か傭兵」


…といわれても、私の中の傭兵のイメージはあの雑魚ども。

一応フリッツもジャンル分けすると傭兵に入るんだっけか。


「そういえば正直『勇士』と『傭兵』の違いがわからない」

「まぁ簡単に言えば資格の無有ですね」

「資格?」


フリッツが言うに『勇士』は騎士同様一定の実力があると認めて貰った『資格』が有る者を指すようだ。

それがない者が『傭兵』。

なので数は『傭兵』が圧倒的に多く実力もピンキリ。

ユティアータは今まで残念なほど底辺な傭兵の巣窟であり『勇士』と名乗っていた奴らも実は無資格者だったらしい。

ちなみにその無資格者どもは資格詐欺の容疑でも罪状が増えたという。当たり前だ。

いや、待て。


「フリッツは、それなら資格取れるんじゃないの?」

「これが資格取得には成人年齢が必要になるんですよ」

「成人年齢。この世界の成人年齢って」

「十八です」


そうか。それじゃあフリッツはまだ資格取れないのか。

特別待遇してもらえないの?

と聞けば、それが出来るのは騎士団。

あ、そうか。ハーディバルは十二歳で隊長になったんだっけ。

なんで成人年齢にならないと資格が取れないのかと言えば、それほどの実力があるのなら国で管理したいのと、子供が魔獣と戦ってなにかあっても国が責任が取れるよう国で守るという意味があるのだそうだ。

その為、未成年で『傭兵』を名乗って仕事をする場合なんの保証もなければ、全ての責任が親に行く。

中には傭兵団を名乗り、家族ぐるみで傭兵家業を生業とし我が子も働かせる者もいるらしいが、その場合当然家族みんなプロだ。

それなりの実力が子供でも仕込まれるし、親がきちんとフォローする。

結構しっかりしてるんだなぁ。


「話を戻すと、カノトが勇士の資格を持っているなら勇士協会ですぐに調べられます」

「勇士協会?」

「勇士は勇士協会に所属する決まりがあるんです。一定の実力は認められていますが意外とランク分けがされていて勇士の中でも上位の者は依頼が殺到して大変です。勇士を抱えておきたい町や村は多いですから。だから、協会で依頼を受け付けて手の空いている勇士にも仕事が行くように振り分けるんです。せっかく資格があるのに、仕事がないと意味がないでしょう?」

「へぇ」

「傭兵にも傭兵ギルドはありますが、ギルドの場合依頼を取るのに逆に手数料がかかります。まあ、実力がピンキリですから下手な傭兵にうまい仕事がいくのを防ぐ目的ですね。逆に実力がある者には指名で依頼が来て、指名料も上乗せされる。ある意味傭兵の方が実力主義の世界です」

「へぇ〜」


あれ、ちょっと待て。


「それじゃあユティアータにいたド底辺どもは…」

「調べによると彼らは自分からユティアータに売り込んで来たようでしたよ? ギルドを通さず、自分から営業かけてくる者もまあ、中にはいます。そういうのは手数料をケチる小物が多いんですが…たまに本当に強い僕のようなのもいます。雇うのは領主の判断で、もう賭けですね」

「成る程…」


実力主義だからこそ、ってやつか。

そしてユスフィーナさんは博打やっちゃならねぇな…。


「…つまり、ギルドか協会で調べればカノトさんを見つけられるってこと?」

「所属していればの話ですが、そういった仕事をしているなら誰かしら噂を耳にしていてもおかしくないでしょうね。なにしろ称号持ちはそれだけで依頼値が跳ね上がる」

「強いから」

「そうです」


そうか、それなら見つけるのは簡単そう。

因みにそのギルドや協会へは通信端末で連絡出来るそうなので、レナメイド長が「問い合わせしておきますね」と頷いてくれた。

うん、パーティ参加者の面子から攻略対象を絞るべく大層無駄にした時間を思えばカノトさん探しのなんと楽なこと…!

いや、可愛いエルフィやマーファリーのためには無駄な時間じゃなかったけど。

でも、これだけ時間を割いてロクなのいないとがっかりじゃない!

改めて二人にお似合いな攻略対象探しは必要ね!


「通信端末といえば、ミスズさんは通信端末はまだ持たないんですか? エルファリーフ嬢は、もうミスズさん用に通信端末を購入済みとか言ってましたけど」

「あ、うん…でも魔石を使うのもまだたまに失敗するから、マーファリーに通信端末使ってオッケーが貰えないのよ。早くゲームしたいのに…」

「通信端末の方が扱う情報量が増えますから」

「…まだ魔力が上手く使えないんですか?」

「…えへへ…」


笑って誤魔化す。

そうなのよね…この世界に来てそろそろ一ヶ月経つのに、私まだ魔力が上手く扱えないのよ。

するとフリッツが訝しげな顔のまま考え込む。


「…生命力魔力変換魔法には掛かっていない、とハーディバルは断じたんですよね?」

「へ? …え、ええまあ。すぐに魔法が高威力で使えていたらその可能性大だった、みたいなことは言ってたような?」


でも断言…と言われると微妙かも。

かかってなさそうでよかったんじゃないんです? みたいなニュアンスではあった。


「…では、きちんとハーディバルに魔力を使ったところを確認してもらったわけではないと」

「え、まぁ、そうね。というか、あの頃からほとんど魔力の使い方は上手くなってないし」


正確にはほぼほぼ使えてない、が正しい。

トイレは一瞬の起動で済むから、最近は平気になったけどシャワーはまだ全然。


「うーん、それなら一度きちんと鑑定してもらった方がいいかもしれませんね。昔、母に「異世界の者の中には魔力を持たない」者もいる世界があると聞いたことがあるんです。もしミスズさんが本当に魔力のない人間だったとしたら、この世界に無理やり適応しようと無意識に生命力を魔力に変換して使っているかもしれない。人間は適応力が高いですから」

「…そ、そこまで適応力高くないと思うけど」

「それでなくとも事故ですし」

「うっ」


フリッツに見上げられて指摘されると、私はもとよりナージャも眼を逸す。

まあ、そうなんだけど。

…自分の魔力がからっきしだとは思いたくないなぁ。


「あの、フリッツ様? そもそも魔力のない人間なんているんですか?」

「正直この世界においてもゼロではないんですよ。体内魔力許容量の欠損者といって、生まれつき障害がある人はいるんです。滅多にいないですけど」

「まあ」


つまり体内魔力許容量の多い体質の真逆の体質ってことか。


「そういう人たちはどうしてるの? 魔法どころか魔力が使えないんでしょ?」

「国で保護して施設で暮らしています。魔力がないだけで、他は普通の人間と変わりませんからね。…最近はアバロンから来た亡命者の中に、アバロンでの暮らしとほぼ同じだからと自分から望んでその施設行きを希望する方もいますよ」

「そうなんだ…。フリッツって本当になんでも知ってるのね…」

「えっ」


冷や汗かいた顔。

しかしすぐに「いやいや、一般常識の範囲ですよ」と焦った笑顔を作る。

ちらりとレナメイド長たちを見るとサッと目を逸らされたんだけど、本当に一般常識の範囲なのかしらね?


「そ、そうではなくて、ミスズさんが生命力を魔力にして使っていた場合の話ですよ!」


話を逸らしにかかったわ。

ますます怪しい。


「使い方が上手くなるのはいいですが、その分もし生命力を魔力にして使っていたら寿命が縮まるんですよ」

「ハッ! そ、そうか…!」


重大な問題だった!

フリッツのこと怪しんでる場合じゃない!


「じゃあすぐドS騎士を呼んで調べてもらった方がいいわよね…」

「え、お待ち下さいミスズお嬢様。どうやって連絡するんですか? わたしどもはハーディバル先生の個人的な連絡先を知りませんし…騎士団に魔獣討伐以外の理由で隊長に来て頂きたいなんて…い、言えませんよ…?」

「…そ、そうね…」


騎士団って魔獣の討伐とか国民の平和を守るのが仕事だもんね。

んん、それにあいつ、私が今更「生命力魔力変換魔法にかかってるかどうかちゃんと調べて」とか言ったら毒の応酬がものすごそうだし…。


「…それならお見合いパーティの日に聞いてみてはいかがでしょう? ハーディバルの事ですから女性に声をかけられてもそう簡単になびかないでしょうから、話す時間はあると思いますよ。それまで出来るだけ魔力を使うのを控えておけばいいのでは」

「それは名案ですね!」

「そうね」


そっか、どうせ後十日もすれば強制エンカウントなんだもん、その時に確認して貰えばいいのか!

さっすがフリッツ頭いい!


「あ、それと僕明日には別な街に行くのでお世話になりました」

「ええええええ⁉︎」


唐突に告げられた別れに振り返る。

ちょっと待ってよ、いきなりすぎでしょ⁉︎


「新しく勇士を雇えたそうなので、契約終了なんです」

「そんな…。まだ居れば良いじゃない。そんなに急いで出て行かなくても」

「いやいや、勇士の出番を取るわけにはいきませんし…さすがにそろそろ期限切れといいますか」

「?」


小声でなにかを付け加えていたが聞こえない。

聞き返しても、笑顔で誤魔化される。


「まぁ、どうせまたすぐにお会いできますよ」

「そう? フリッツって貴重な美少年ショタ枠だからいなくなられるのは寂しいわ。すぐ戻って来てね!」

「うん? …いや、戻っては来れないと思いますけど…え? なんですか?」

「ううん! なんでもないわ!」


唐突な別れではあったけど、そうか…フリッツは新しい勇士か傭兵が来るまでの繋ぎなんだもんね…。

仕方ない。

でも、それなら…。


「そうだ、連絡先教えてよ。まだ傭兵として活動するにしてもしないにしても!」

「通信端末が使えないのに?」

「…マーファリ〜」

「はい、わたしの端末に連絡先を登録させて下さい」

「…うーん。まあ、いいか。いいですよ」


なぜか少し悩んで、フリッツは自分の端末を取り出した。

連絡先の交換をしてから、今夜はフリッツのお別れ会ね、とメイド、使用人にお願いしてご馳走を用意してもらうことにする。

寂しいけど仕方ない。

むしろ親御さんとちゃんと仲直りできると良いわね。




****




フリッツが旅立ってから数日後。その日はついに来た。

そう、お見合いパーティの日だ。

人生初のお見合いパーティのために、たるみ気味だったお腹を剣術で引き締め、朝からお風呂やら化粧やらマナーの再確認やらで死ぬかと思ったわ。

この日のために魔力の練習時間やこの世界にまつわる勉強、文字の練習は一時ストップし、私とマーファリーへマナーやダンスのレッスンが追加されたのよ。

レナメイド長の本気って怖い。

まさか本当に私たちにいい相手を見つけて来させる為にマナーやダンスを習わせるなんて…。


「ぐえっ!」


そして、その本気度を私たちは舐めていたのだ。

たった数日で私とマーファリーにもオーダーメイドのドレスが届いた。

コルセットを装着した瞬間カエルの潰れたような声。

もちろん私である。

普段はマーファリーにしてもらうお化粧もメイドが総出で行ってくれるし、髪はもちろん爪など、とにかくありとあらゆるところを手入れされた。

私同様初めての体験…いつもは整える方…のマーファリーも準備だけで疲れ果てていたがお嬢様のエルフィは実に涼しい顔で「二人とも大丈夫ですか?」と聞いてくる。

うん、あんまり大丈夫じゃない。

こんなに大変だなんて思わなかった。

舞踏会とか、パーティって…本当に私、いいところしか見てなかったのね…!

こんなにしんどいなんて思わなかったよっ!

まあ、その甲斐あって本気で「誰?」と聴きたくなるほどの美人に仕上げてもらったんだけど…これじゃあ詐欺じゃない?

普段と違い過ぎてて、それじゃあ後日会いましょうってなった時に幻滅されて終了になると思うわよ⁉︎

マーファリーやエルフィは元から美人だからもはや後光で眩しくて直視できないけど!

私のは、これ完全に詐欺よ詐欺!


「では行って参りますわ」

「ご健闘をお祈りします」

「行ってらっしゃい、三人とも。とても綺麗よ、頑張ってね」

「領主様、お迎えの方が…」

「すぐに出ます」


転移陣に乗ると、ユスフィーナさんが見送ってくれる。

絶対ユスフィーナさんの方が綺麗だと思うけど…っていうか今から仕事⁉︎

『魔獣襲撃事件』以来、仕事の忙しさは落ち着いたみたいだったのに…。


「珍しいわね、夜の刻にも仕事なんて」

「多分そろそろ他領地への視察研修があるからですわ。お姉様は領主になって一年目ですから、仕事の落ち着く時期に他の領地へ視察と研修を同時に行いますの。ユティアータは大きな街なので、同規模の街の領主様にお話をお伺いすることになると思います」

「成る程…」


新人領主が先輩領主のところで研修するのか。

視察というより研修の意味合いが大きそうね。

…領主って本当に大変だなぁ…。


「…ふ、おお…!」


とか現実逃避していると、王都の中心…ゲートの広場に転移していた。

昼間に訪れた事はあったけど、夜来たのは初めてだからつい声を漏らしてしまう。

だって、昼と夜じゃ全然違う!

なんて煌びやかで、幻想的なんだろう…!

小さな光の粒子が巨大な王都の空を漂って明るく保っている。

その更に上には美しい星の川。

きちんと区画で整理された街並みの美しさは昼にも来たことがあるから知っていたけど、夜だと雰囲気が大人っぽくなる。


「あの光の粒は何?」

「あれは街の地下を流れる湖の水に含まれる光の魔力だそうです。アルバート陛下は『光属性』が得意属性だと言われていて、その魔力が城から湖に流れ、湖から街へと流れてくるそうです。『光属性』の魔力は邪気を退け、浄化する力を持ち、王都は他の街より人が魔獣化しづらいと聞いたことがありますね」

「へー!」


マーファリーって結構魔力とか魔法に詳しいよね。

でも、いつまでもゲートの中にいると他の出てくる人に迷惑だから端に退けないと。

と、言っても王都のゲートって学校の校庭くらいあるから端まで行くのにも大変。

歩いてる途中、転移して来た人にぶつかりそう。


「…王様の魔力って凄いのね…街全体に光の粒々が漂ってる。こんなに長い間目視できる魔力があるなんて」


私の魔力なんてすぐ消えたのに。


「『光属性』と『闇属性』の魔力は他の属性に比べ自然へと吸収されるのが遅いそうですから、吸収前の魔力が夜になるとこのように輝いて見えるのだそうですよ」

「それに陛下は半分神格化しておられるから、幻獣族やドラゴン族のように体の中で魔力を生成できるそうです。この街に漂う光の魔力は陛下が生み出しておられる魔力なのですわ」

「えっ、すごっ」


この国の王、アルバート・アルバニス陛下は四千年前にこのバルニアン大陸を統一、平定した。

その際、彼に従うことを最後まで拒んだ国の王族や民がアバロン大陸に流れ着いて定住したわけだけど…アルバート王の凄いところはここからである。

彼の王は幼少期に幻獣族の一体を喰らい、熾烈極めた修行によりその幻獣の力を得たという。

大陸平定を成し得たのも、その幻獣の力を得たおかげ。

そしてその力は王から寿命を奪い、いつしか死をも奪った。

半神半人…半分人間で、半分神さま。

寿命がないため長期間安定した政治を行え、死をなくしたことで人々は王に抗うことを考えなくなった。

むしろ半分神さまになった王へ人々は信奉を捧げるようになったのだ。

絶対王であり、絶対神。

ドラゴンや幻獣とも対等に交渉できる無二の王。

それがこの国の王さま。

だからこそこの国は四千間、他の国が生まれる事はなく戦争をしていないのだという。

世界のどこかで毎日戦争をしている私の世界では考えられないわよね。

でも、まあ、争う国がなければそりゃ戦争は起きるわけない、か。

魔獣という脅威もあるわけだし。


「失礼。お見合いパーティの参加者の方ですか?」


ゲートの端へとたどり着くなり一人の衛騎士さんが話しかけて来た。

この人も参加者なのかなと思ったが、笑顔で「会場へご案内いたします」と言われたのでそうではなさそうだ。

日本の人力車のような乗り物へ案内されると、その乗り物は私たちを乗せるなり一人でに動きだして衛騎士さんの後ろをついていく。

昼間と違って…というか、前回王都に来た時より遥かに衛騎士さんが多い。

マーファリーも気になったようで前を歩き出した衛騎士さんに「今日は見回りの方がずいぶん多いのですね」と声をかけた。


「はい。お見合いパーティ中は三騎士隊の隊長がおりませんから。本日は衛騎士隊が人数を増やして対応することになっておりますので」


あ、お見合いパーティのせいでしたか。

というか、そうなるとこのパーティ…って…。


「も、もしかして結構、かなり…大掛かりなパーティなんですか?」


どうしよう、ゲームの中のパーティしか知らないのに、初参加がそんな途方も無い規模だったら心折れそう。


「いや〜、どうでしょう? ただ、昨年はハーディバル隊長が控えておられたのでここまで警備も大掛かりではなかったんですよ。…今年はハーディバル隊長も成人ですからね…」


ははは、と空笑いする衛騎士さん。

つまり昨年…『第二回、御三家の嫁募集お見合いパーティ』の際はあのドS騎士は参加せず警備に回っていたと。

でも今年は成人年齢だから、パーティに参加する羽目になってるってこと?


「…そうでしたの。確かに騎士団の隊長が三人もいないのはなんとなく不安ですわね」

「ええ、ラッセル隊長は基本王都にはいらっしゃらないので実質カミーユ隊長しか居ないんですけど…い、いや、王都に隊長たちがいるのは間違いないんですけどね? でもせっかくのお嫁さん探しに魔獣が出たからって助けてもらうわけにはいかないですもんね…大丈夫です、はい、街は必ず我々がお守りします…!」

「……………」

「……………」

「……………」


いや、あんたが大丈夫?

どうやら不安いっぱいみたいな衛騎士さん。

確かに隊長…特に主戦力級の騎士隊の隊長さんがいないのは不安なのかも。


「そんなに不安に感じないでよ。今日は俺も見回り手伝うからさー」

「ぎゃあああああ⁉︎」


ポンっと肩を突然叩かれて思わず悲鳴をあげた……衛騎士さんが。

不安を口にしていた衛騎士さんの肩を叩いたのは白と黒の長髪を三つ編みにした美少年。


「ハクラじゃない⁉︎」


うわ、なんか久しぶり。

ほぼ一ヶ月ぶりだわ。


「…ハクラ……久しぶり」

「あれ、マーファリーも参加するの? ドレス似合ってるよ。かわいいね」

「え⁉︎ …あ、ありがと…」


かぁあ…と赤くなるマーファリー。

うん! かわいい! 完全に同意するわ!


「ミスズもこの間会った時とは別人みたいに可愛いね。誰かと思った」

「あ、う、うん…一応パーティだから綺麗にしてもらったのよ…」

「そうなんだ。女の人ってほんとあっという間に変わるなー。そんな綺麗になったら男が放っておかないよ。今日は送り狼に気をつけた方がいいかもね」


……………。

やばい。顔が、めちゃくちゃ熱い…!

こいつ爽やかな笑顔でなんて小っ恥ずかしいことを!


「は、ハクラ様〜、やめてくださいビックリするじゃないですか〜〜っ」

「泣くほど驚くと思わなかったんだよ…」


対して衛騎士さんは半泣き。

う、うーん…本当に大丈夫か?


「…あんたはパーティ参加しないの?」

「あーうん。フレディに誘われたんだけど、ハーディバルがパーティに参加するとなると警備が心配でしょ。 せっかくバルニアンに居るんだし、手伝うことにしたんだ。カミーユさんにも死にそうな顔でお願いされたし」

「そ、そうなんだ…」


どことなく衛騎士隊全体に不安が感染している気配を、察した。


『ぼくもおてつだいするんだよ』

「まあ! あの時の!」


ハクラの長い髪の間から顔をだしたのは蛇…でなく白いドラゴン。

途端に目をキラキラさせるエルフィ。

私はドラゴンなんてトカゲか蛇の仲間にしか見えないけど、エルフィは平気そう。むしろ好きそう。


「そうですわ、前回お会いした時はきちんとご挨拶できず申し訳ございませんでした。わたくしはエルファリーフ・ユスフィアーデと申します」

「そうだっけ?」

「その白いドラゴンに夢中だったわよ」

「でもその前に名前は聞いてたし」

「あ、はい。ですがご挨拶はしていませんでしたので」

「そんなの気にしなくていいのに」


…相変わらず緩いというか軽いというか。


『ぼくはティルだよ』

「はい! よろしくお願いいたしますわっ」

「…ドラゴン好きなの? 珍しいね、女の子で」

「そうですか? こんなに可愛らしいではありませんの」

「だよねー。でもこの国の人はティルを見るとほとんど敬遠っていうの? 恐れ多くて近づけないみたいな感じだよ? アバロンは男女問わず見慣れないからすっごく怖がられる。ベルとメルが見た目怖いのもあるのかな〜」

『ふたりともすごくやさしいのにね』

「…ハクラ様、ベルとメルってまさか『獄炎竜ガージベル』様と『雷鎚のメルギディウス』様のことじゃないですよね…?」


事実、ティルを見るなり肩を飛び上がらせて距離をとった衛騎士さんが恐る恐る振り返りながら問う。

うん、ちょっと待て。

私も聞いたことあるわよ、その『獄炎竜ガージベル』と『雷鎚のメルギディウス』って。

確か『八竜帝王』っていう一番強くて偉いドラゴンのことじゃなかった?


「そうだよ」

「なんて呼び方されてるんですか⁉︎ よよよよよく生きてますね⁉︎」

「えー、別に…だって長いじゃん」


長いか?

メルギディウスって方は確かに長いけどガージベルってそんなに長くなくない⁉︎


「フレンドリー過ぎない⁉︎ 『八竜帝王』って一番偉いドラゴンなんでしょ⁉︎ 呼び方可愛すぎるでしょ⁉︎」

「そうだけどベルは怒らせなきゃ割とぼーっとしてるし、メルはただのブラコンだし…」

「人嫌いとお伺いしておりますわ」

「まぁ確かに好きじゃないみたいだね。騒がなければ平気だよ。自然を敬う心があれば別になんとも思わないって言ってた」

「…ほ、本当にドラゴンの王様たちと知り合いなのね、あんた…」

「知り合ったのはほぼ偶然だったんだけどね〜」


どうしよう、詳しく聞いてもいいのかな。

とか思って居る私の横でエルフィがハクラの背中にいるドラゴンをじーっと触りたさそうに眺めてる。

…そんなにあのトカゲが触りたいのかしら…私は嫌だな。

そしてその眼差しに気付いたのか、トカゲ…じゃなくティルがハクラの肩へヨジヨジと登っていく。

どうやらハクラの服にはフードが付いていて、その中に収まっていたみたい。

長い髪で覆われてて気づかなかった。


『パパ、あのひと、ずっとぼくのことみてる』

「誰?」

「す、すみません、あまりに可愛らしくて…」


耳打ちしたドラゴンに振り返るハクラ。

申し訳なさそうなエルフィに、改めて「変わってるね」と漏らす。

やはりこの世界の常識的にエルフィのドラゴン「可愛い」発言は少々おかしいようだ。


「…実はわたくし、小さな頃はドラゴン公園の職員に憧れていた時期がありましたの」


なんだそれは。

ドラゴン公園?

訝しげな私にマーファリーが「ヴォルガン大陸にあるヴォルガン家所有の土地にあるドラゴンが暮らしている自然公園です」と耳打ちしてくれた。

海外にある野生動物の暮らす公園と言う名の広大な土地のようなものっぽい。

ヴォルガンというと、確か御三家の…。


「ドラゴン公園ってスヴェンさんの実家だね。へー、今は違うの?」

「父が亡くなり、母が体調を崩し、姉が叔父に付いて領主を目指すようになってから現実を見ましたわ…。わたくしが自分だけ好きなことをしても良い場合ではないのだと。…ですが、いつか遊びに行くくらいはしてみたいのです。入園料を払えば、ドラゴンと触れ合えるそうですから…! 卒業して、お姉様のお仕事を手伝って…ひと段落したらいつか必ず…!」


落ち込んだかと思えば、すぐに顔を上げて瞳を輝かせるエルフィ。

そんなに憧れるものなのか?

私にはわからない。

でもエルフィにそんな夢があったなんて…なんて健気でいい子なの…! 知ってたけど!


「そうなんだ? じゃあ、ニーグヘルの卵がそろそろ孵りそうなの知ってる?」

「ニーグヘル様にお子様が⁉︎ いつ卵が孵られるのですか⁉︎」

「そろそろらしいんだけど、もう一ヶ月くらい待ってても全然なんだよねー。アバロンが「早く帰ってきて」ってうるさいんだけど、ニーグヘルの赤ちゃん見るまでは絶対帰れない。…スヴェンさんが赤ちゃんが孵ったら一般公開もするって言ってたから、その時観に行くのオススメ! ドラゴンの赤ちゃんなんてそうそう見れないから!」

「確かにそうですわね! お姉様にお願いしてニーグヘル様の赤ちゃんだけは見に行かせていただきますわ!」


パンダかよ。

…ツッコミたいけど、この世界にパンダがいるかはわからない。

とりあえずエルフィのテンションはだだ上がりしている。

私は逆に下がった。

だって、ドラゴンって私にはトカゲとか蛇の部類。

それの赤ちゃんなんて特に興味ない。

なぜこんなに生き生き話が盛り上がるのかさっぱりだ。


「きっととても愛らしいのでしょうね…ニーグヘル様の赤ちゃん…楽しみですわ〜…っ」

「…なんか、エルフィってスヴェンさんと話が合いそう。今日パーティに参加するなら話しかけてみたら?」

「スヴェン様…ですか?」


…………………………。

ん? ハクラ今、なんかナチュラルにエルフィのことエルフィ呼びしなかった?

いや、そうじゃなくてあまりに興味なさすぎて聞き流しそうになったけど、スヴェンって今日のパーティの目玉…御三家のスヴェン・ヴォルガン氏⁉︎

そうか、そういえばフリッツの話ではドラゴン愛が異常すぎて女子に引かれるのも彼女が出来ない要因って言ってた!

…けど、スヴェン・ヴォルガン氏って男性の恋人がいるからそこもネックだったはず…。


「…ね、ねぇ、ハクラ…スヴェン・ヴォルガンさんって恋人がいるんじゃないの…?」


男の。


「ああ、エルメールさん?」

「……………。はい?」

「こないだまた別れたって言ってたよ、ハーディバルが。スヴェンさんが結婚して子供作るまでは絶対よりを戻さない宣言したんだって。本当かなぁ、スヴェンさん、エルメールさん大好きなのに…あははは」

「……………」

「……………」

「……………」


…じわじわと衝撃から回復する。

え、え? エルメールさんって、確かドS騎士…ハーディバルのお兄さん…。


「……。…ゆ、有名なの?」

「そうだねー、お城では有名かな」


マジか。

これはかなりの衝撃…!

というか…。


「そういうあんたはハーディバルと、その、付き合ってないの?」

「俺とハーディバル? 別に付き合ってないよ。たまに勘違いされるけど…。だってハーディバルの側って魔力が心地いいんだもん」

『ね』

「? 魔力?」

「うん、俺とハーディバルって得意属性魔力が真逆だからさ〜」

「得意属性の魔力が真逆だと、側にいるのが心地いいものなの? 逆に反発するとかじゃなくて?」

「そう。磁石みたいに惹かれるんだよ」

『『まりょく』がつよいにんげんは、そういう“けいこう”があるんだよ。ふつうの『まりょく』しかもたないにんげんは、からだから“はっする”『まりょく』もよわいから、そういう“かんかく”にはならないんだ』

「俺とハーディバルは持ってる魔力の量も多いし強い。それに複数の得意属性持ちでしょ? 俺が『風属性』と『光属性』、ハーディバルが『土属性』と『闇属性』。二つの得意属性が二つとも反対な相手はレア中のレアでしょ」

「へ、へぇ…?」


思い切って聞いてみたところ、ハクラとハーディバルは別にBとLではなかった。

良かったような、残念だったような…。

スヴェン様のところは、なんつーか思わぬ事態発覚。

まあ、元々男性の恋人がどうとか言ってたからそれは覚悟してた。

でも魔力ってそんな効能?もあるんだ?

ただし、魔力が強い人間に限る、みたいな事言ってたけど。


「だからハーディバルも絶対俺の側は嫌いじゃないはずなんだけどな〜」

『うん! まちがいなく、ハーディバルもパパをすきだよ!』

「だよな! …もっとデレてもいいのに…」

『ぼくもハーディバルだいすき!』

「ハーディバル様、羨ましいですわ…」


あれ? ハーディバル、攻略対象からまさかのエルフィのライバルにジョブチェンジ⁉︎

何故⁉︎ 違う! エルフィそうじゃない!

そこは絶対羨ましがるところじゃないのよ⁉︎


「あ、着いたよ」


ハクラが人力じゃない人力車を止める。

…今更だけどこれ、なんていう名前なのかしら?

馬車でもないし…馬いないもんねぇ?


「では、自分は魔石車をゲートへ戻しますので」

「うん。俺も見送ったら見回り再開するから、心配しないで」

「は、はい! よろしくお願いいたします!」


ませきしゃ、魔石車というのか。

動力はやはり魔石。

…すげぇな、魔石…!

CO2も出ない、エコな車は異世界にあった!


「今夜は王城の中のホールが解放されて、そこでパーティが催されるんだ。門の前に衛騎士さんがいると思うから声をかければ城内に案内してくれるよ。受付はその先」

「ありがとうございます」

「…ありがとう、ハクラ。…その、お仕事頑張ってね」

「ありがと。三人も楽しんできてね。みんな美人なんだから笑ってるだけで男は寄ってくると思うよ。笑顔笑顔」

「…あんた、初めて会った時人のこと奴隷呼ばわりしたくせに…」

「まぁね。でも今のミスズはお姫様みたいだよ。アバロンのお姫様より美人。これはほんとね」

「っ…」


…う、うあああああっ。

だ、だから! そんな、くっ! な、慣れてないのに!

いや、お世辞なのはわかってるんだけどー!

熱い熱い顔がべらぼうに熱いぜ!


「あ、ありがと…お世辞でも、その…嬉しいわよ…」

「え? お世辞じゃないよ。俺、お世辞とか言えないから」

「…!」


ぼふん。

多分、私は今…耳まで赤くなっていると思う。

確かに初対面から散々言われた身としては、ああ、この子嘘つけない子なんだろうなぁとは思ってたけど! 実際初対面の私は誰がどう見ても、自分でも最悪に底辺だと思っていたし!

でもそんな子だからこそ、多分、その、本当にお世辞とかは言えない。

お世辞じゃないなら…今までの言葉は全部…………んがああああああ!


「あ! でも俺がアバロンの姫たちよりミスズを褒めたの内緒にしてね! バレたら怖い!」

「バレないと思うけど…。ふふ、うん、わかった、ここだけの秘密ね」

「わかりましたわ」

「うん、絶対よろしく! …あの二人怖いんだよ…どこからともなく俺の言った悪口聞きつけて文句を何時間も延々と…」

『ごじかんおこられたときは、バルニアンにかえりたいっておもったよね』

「うん。結婚するならハーディバルか、文句の多くないお淑やかな子がいい」


結婚相手にハーディバルか文句の多くないお淑やかな子って、なによその選択肢…。

でも五時間はきついな…。何を言ったんだ、何を。


「あ、でもミスズは怒らせてもあんまり長々文句言わないよね。そういうタイプでもいいなー。すぐ言ってくれた方が次回から気をつけられるし」

「私は永遠に根に持つわよ」

「……うわ、エルメールさんタイプ…。…やっぱいいや…」


…エルメールさん根に持つタイプなのか…。

でもね、ハクラ、一応イケメンなんだから一ついいこと教えておいてあげるけどね。


「文句言わないタイプの女はたっぷり恨みを溜め込んで、一気に爆発させるから気をつけなさい」

「怖⁉︎」

『ソランタイプだ!』

「母さんタイプか! 怖!」


…ハクラのお母さん、お淑やかに恨み溜め込むタイプだったか。

怖…。

あ、いや、待て待て!

ハクラとハーディバルがBとLでないんなら、攻略対象ってことにしても問題ないわよね! ということは!


「ねぇ、連絡先教えてよ。えーと、ほら、エルフィはドラゴンの話とか…なんだっけ? さっきのなんとかっていうドラゴンの卵がどうとか」

「ニーグヘル様ですわ、ミスズ様! ニーグヘル様は魔石を作ってくださる偉大なドラゴンなのですのよ!」

「ああうん、それそれ。それの卵の情報とかハクラに聞けるし連絡先聞いておいたら? 二人とも!」

「いいよ」


え、わたしも? という顔をしたマーファリーだが、ハクラにも会えたらお礼を言いたいと言っていたのでまんまと…じゃなく「まぁ、教われるのなら」みたいな顔で連絡先を交換した。

もちろん、ドラゴン好きの露呈したエルフィも。

始終ティルに釘付けだったけど。


「ミスズはいいの?」

「私はまだ通信端末を使うところまでいってないのよ。それに…」

「それに?」

「もしかしたら、生命力魔力変換魔法っていうものにかかってるかもしれないんだって。だから、魔力は極力使うなって…」

「え…、…ああ、そうか…事故とは言え召喚されてきたんだもんな。その可能性はあるか。…ハーディバルなら判別できると思うから今夜聞いて見たら?」

「そのつもり」

「ごめんな、俺はまだそこまで鑑定スキルが高くないんだ」

『ぼく、わかるかもよ?』

「いや、ハーディバルのほうがいいよ。パーティに遅刻させるわけにもいかないだろ?」

『そっか〜』


…あれ、ハクラも召喚魔法の危険性知ってたんだ?

となると尚の事、ナージャの無知っぷりが目立つというかなんというか…あいつめ〜…。


「あ、そうそう。もし万が一本当に体内魔力が溜められない体質だったらリゴに相談するといいよ。リゴは俺の友達なんだけど、そういう研究をしてるんだ。多分力になってくれるよ」

「…リゴさん? …うん、わかった。もしそうだった時は話しかけてみるわ」


リゴってフリッツも言ってたわね、ハクラの友達でいい人だって。

でもハゲ!

…まあ、そうでないことを祈るばかりだわ。



****



ハクラと別れて湖のほとりにある広場へと進む。

その広場はそこそこの人が集まっており、そのほとんどは今回のパーティの参加者へ意気込みをインタビューするメディアの人。

うわぁ、めんどくさい。

私たちも立ち所にロックオンされる。


「すみません、参加者の方々ですね⁉︎ 意気込みをお願いします!」

「申し訳ございません。目立つことは控えたいのです。お許しください」

「あ、えっとでは、その後ろの!」

「す、すみません、急ぎますので!」

「わ、私も!」


涼やかにインタビューを断るエルフィに付いて、マイクを避ける。

広場の転移陣を発動させるエルフィ。

次の瞬間、王城門前…城壁広場へとたどり着く。

六つの城壁への転移陣が並んでいる。

赤い転移陣、騎士のオブジェは『騎士団の城壁』。

名の通り騎士団の詰所や宿舎や訓練所などがある。

黄色い転移陣、本のオブジェは『歴史と知識の城壁』。

通称『図書館』。この国の知識の宝庫。

紫色の転移陣、女神のオブジェは『慈愛の庭の城壁』。

城で働く士官や客、旅人などが泊まれる超大型ホテル街だ。

青の転移陣、剣と盾のオブジェは『力と守りの城壁』。

闘技場付きの健康ランドのような場所らしい。

緑色の転移陣、花のオブジェは『国光の城壁』。

国の研究施設や戸籍の管理など役所の中枢。ここはアイテムがないと入れない、一般人立ち入り禁止。

白い転移陣、クリスタルのオブジェは『眠りの城壁』。

衣類、食料、魔石などが保管された氷点下の貯蔵庫。一応施錠された扉はあるが、用がないのに立ち入ると下手したら誰にも気付かれず凍死する。

普段なら多くの人が『図書館』や健康ランド…じゃなく『力と守りの城壁』に訪れる場所。

その奥に、十メートルはありそうな城門がそびえている。

普段は閉まっているその門が、今日はしっかり開いてお客を迎え入れていた。

お、おお…すげぇ迫力…。


「参加者の受付は中になります! 参加者の方は奥へどうぞー」


門番の衛騎士さんに促されて、ついに城門をくぐる。

噴水と、左右に広大な庭。

まあ、山頂なので緑は豊かだろうけどさ。

噴水を過ぎていよいよ城内。

また衛騎士さんたちが待機していて、こちらへ、と案内される。

まあ、案内してもらえるのはいいんだけど。


「やばい…もう足が痛い…!」

「は、早いですわ、ミスズ様…!」

「だ、だってこんな高いヒール、そんなにすぐ履きなれないわよ〜」


足がガクガクなんだけど! つらい!

愚痴る私をマーファリーが支えてくれるが、それで治るわけもなく!


「どうしました?」

「あ…」


エルフィがサクサクと受付を済ませ、私が休める場所はないかと受付にいた衛騎士に聞いてくれた。

しかし、その前に私とマーファリーに女性の声がかかる。

振り返ると胸元が大きく開いたボディコンのような服に薄い肩掛けを纏った紫髪の美女。

な、なんというグラマラス…! かつ、お色気!


「まあ、ミュエ先生! ごきげんよう」

「ごきげんよう、エルファリーフ」

「先生、どうしてこちらへ?」

「会場設営の手伝いよ。男ばかりでは華やかな飾り付けに欠けるでしょう? それから女性たちへのアドザイザーとして別室で講義をしていたの。あなたたちより前に到着している一般参加の子たちへ最低限のマナーとかをね」

「そうでしたの」


…あのミニスカボディコン風の服装はマナー的に大丈夫なんだろうか?

非常に気になるんだが、そこは異世界。

私の世界とは常識が違うのかも。


「…ですが、その…本日はまた、いつも以上に刺激的なお召し物ですわね…」

「この後旦那とデートなのよ〜! うふふ! つい張り切って買っちゃった」


既婚者⁉︎ 既婚者でそれ⁉︎

ひ、ひえええぇ⁉︎ 旦那さんいいもん食ってんなぁ⁉︎


「今年はうちの末弟がパーティに参加するでしょ? 少し覗いて様子を見てから待ち合わせ場所に行くつもりなんだけど…エルファリーフ、ハリィがなにか失礼な事を言ったら容赦なくぶん殴って注意してくれていいからね」

「と、とんでもございませんわ! ハーディバル様には先日も我が町に出現した魔獣を退治していただきましたし…。わたくしの誕生日プレゼントで頂いた魔石のネックレスも、攻撃無効化の魔法が封じてあり、守ってくださいましたもの。本日は改めて御礼申し上げねばと思っておりますの」

「…まあ! なんてダサい…」

「そ、そんなことはございませんわ! このネックレスのお陰でわたくし命拾いいたしましたのよ」


テンション高めのお姉さん…いやお姉様はエルフィの手にあるネックレスを見るなりテンションが下がり声も下がった。

うーん、それには同意する。

効果は抜群だったけどなにぶんダサい。

まさか今日もそのダサいネックレスを大切そうに首に下げているとは思わず、私とマーファリーの肩が一瞬強張った。

あのドレスに、あのダサいネックレスを合わせてきた⁉︎

正気の沙汰とは思えないわよ⁉︎


「だとしてももう少しセンスのいい物があったと思うんだけれど…? …あいつ、うちに帰ったらゲンコツね」

「ミュエ先生…!」

「ところで、そちらのお嬢さん大丈夫? あなたのお連れ?」

「あ、はい」


エルフィとの会話を打ち切り、私に向き直るお色気ムンムン美女。

そこでエルフィが「ミュエベール・フェルベール先生です。わたくしが以前通っていた魔法学校の先生ですの」と紹介してくれた。

あれ、フェルベールって…。


「愚弟がいつも迷惑をかけてるわね?」

「い、いいえ」


や、やっぱりドS騎士のお姉さん⁉︎

女性初の『剣聖』の、あの⁉︎

ひえーー⁉︎ こんな若くて美人でお色気ムンムンな人が『剣聖』〜〜⁉︎

しかも魅惑の女教師⁉︎ なんて盛りだくさんなの⁉︎


「こちらは我が家の客人ミスズ様と、我が家のメイドのマーファリーですわ」

「ミスズ…? もしかして、異界から事故でいらしたという?」

「…あ、は、はい…」

「そう、あなたが…。魔法の事故に巻き込まれるなんて災難だったわね…」

「…そ、それは、はい…まあ…。でも、特に不便もなく手厚くもてなしてもらっているので不満はないです」


これは本当だ。

エルフィは可愛いし、ユスフィーナさんも忙しいながらちゃんと私に気を遣ってくれる。

マーファリーなんてトイレやお風呂の時に必ずお世話になるし…。

本当、有り難い限り。

もし言葉も通じず、放り出されていたら世界を呪いながら死んでる自信があるわ。


「それならいいのだけれど…。今現在困っているようだったわよ?」

「あ、はい…ヒールが履きなれなくて、踵が…」


実際足もかなりクタクタ。

踵は皮が剥けて血がストッキングにどろりとついている。

マーファリーとエルフィが「きゃあ…っ」と痛そうに声を上げるが、実際痛い私は声もあげられないし足もこれ以上動かない。

プルプル立ち竦むのみだ。


「わ、わたくしの治癒魔法で…」

「いけません、お嬢様! このような廊下の真ん中で…!」

「ですが…」


しゃがみ込もうとするエルフィをマーファリーが制する。

確かに、ロングドレスのエルフィがしゃがむのは少しお行儀が悪い。

私もドレスの裾をまくらないといけないから、少し恥ずかしいし。


「私も得意属性は『火属性』と『雷属性』で治癒魔法は使えないのよね」


…わ、わおう、お姉様、なんて攻撃的な属性…!


「あ、ちょうどいいところにちょうどいい奴が…ランスロット!」


突然お姉様が私の向こう側に声を掛ける。

そこには右肩に鎧を付けた赤いマントの騎士がいた。

黄土色の髪と瞳の大柄な人物は「これはミュエベール殿!」とまるで大型犬のように駆け寄ってくる。

彼の横に立っていたプラチナブロンドの髪と緑の瞳の優しげな超イケメンも、彼に続いて近づいてきた。

同じく肩に軽微な鎧をつけた薄い水色のマントの騎士服の男性。


「こんばんわ、ミュエベール様」

「どうかなされたのかな⁉︎」

「…ランスロット団長、少し声量をお控えくださいと申し上げたばかりですよ」

「おっとすまんすまん!」


…全然声量が下がる気配のない大柄な人物…。

…ランスロット、団長…!

それって…!


「ま、まあ…エーデファー団長様…! ご、ごきげんよう…」

「ん! こちらはユスフィアーデ家の! ご無沙汰している! お元気であるかな⁉︎」

「は、はい。姉共々…」

「それはなによ、り⁉︎」


挨拶もそこそこに、ランスロット団長の側頭部をミュエ先生がチョップでぶん殴る。

な、なぜに⁉︎


「声量を下げなさい! パーティ会場でもその声量だったらつまみ出すわよ!」

「…はっはっはっ! また怒られてしまったよスヴェンくん!」

「…そうでしょうね」


ランスロット団長の横にゆっくり歩いてきた超イケメンも笑顔で頷く。

というか、やっぱり…この甘いマスクの超イケメンさんが…!


「ご無沙汰しております、ユスフィアーデ嬢。大きくなられましたね」

「ごきげんよう…お久しぶりですわ、ヴォルガン様」

「お姉様はお元気ですか? 領主となられたそうで」

「はい。日々忙しそうにしておりますが…」

「先日は大変でしたね…ハーディバル隊長が数十年ぶりのレベル3と対峙したと言っていましたが…街の被害は…」

「幸い、もうお一方手練れの者がおりましたので街や民の被害は最小限に済みました。御心配ありがとうございます」

「ふむ、我々も駆けつければよかったのだが…」

「ストップ! 仕事の話はそれまで!」


がすっ!

またもランスロット団長の側頭部にミュエ先生のチョップが入る。

…結構痛そうな音がしているのに、ランスロット団長全然平気そうだな。


「ランスロット、こちらのお嬢さん、足をくじかれたようなの。別室に運んであげて」

「なんと! それはお辛いな! では少々失礼させていただこう!」

「へ!」


どーん! と胸を叩いたランスロット団長に、まるで小型犬か猫のようにひょいと担がれる。

いわゆるお姫様抱っこで。

状況はわかるが頭が追いつかない。

え? 待って、ちょっと待って。

お姫様抱っこって、そんな、え、これはちょ…このシチュエーションは…!


「こっちよ。休憩用の部屋が用意してあるからパーティが始まる前に治療しましょう」

「わたくしが!」

「では私が…」


ミュエ先生が案内してくれた部屋に軽々運ばれる私を治療する役目に、エルフィとスヴェン隊長が名乗りをあげる。

が、正直それどころじゃないし、出来ればエルフィにお願いしたい。

だって、ランスロット団長ってっ…そんな、私が想像してたより全然色気たっぷりの大人の男じゃない⁉︎

ななななななによこの人のこの色気⁉︎

性格は全然お色気担当っぽくないのに!

いい匂いするし、あったかいし、胸板厚いし逞しいし…っ!

包容力? これがマーファリーの言ってた包容力なの⁉︎


「大丈夫か?」

「…は、はひぃっ」

「心配ない、パーティが始まる前には治る。スヴェンくんは治癒魔法のエキスパートだからな! ははは!」


…スヴェン隊長決定?

いやいや、それより顔の近くで喋んないで!

私、こんな、男の人にこんなに近くで喋られたこともなければこんな密着したこともないしですね⁉︎

お姫様抱っこなんてゲームや漫画の中で見てキャーキャー言ってるだけの…あれです、喪女というやつなんですよ‼︎

免疫ゼロ! 経験どころか免疫がないんですぅ! ゆるしてぇぇぇ!


「大丈夫?」

「……………」


別室に連れていかれ、豪華な部屋を見回す余裕すらなく、俯いて椅子に座らせられた私。

先ほどの熱い胸や腕の感触に凍りついたというか熱で茹でたというか。

頭が混乱から抜け出せない!


「では、治療をしてもよろしいですか?」

「⁉︎」


そんな茹で頭の私の前に、胸に手をあてがった騎士が跪く。

しかもただの騎士ではない。

ちょーーっイケメンの騎士様だ。

プラチナブロンドの透けるように柔らかな髪、漂う甘い香り、低く響くような声、整った顔。げっ、右目に泣きぼくろ…!

優しい微笑みはまるで夢の中へ誘うかのような気分にさせる。

噂に違わぬ凄まじいイケメン!

ただのイケメンではない、この男!

ランスロット団長とはまた違った色気が漂う。

これは、多分色気という名のフェロモンだ!

思わず頷きそうになるが、なんとか耐えた。

だって、このイケメンに治療されるということは…!


「え、あ、いや、あの…」


ス、スカートをまくり上げて、この大根のような足を見られるってこと、でしょ…?

ひ、ひぃ! 絶対嫌! 恥ずかしい!


「…下がりなさい、スヴェン。あんたへ初対面の乙女には刺激が強すぎるわ」

「おや、困りましたね。…魅了封じはきちんと着けてきたのですが…」

「また効果切れではないのか?」


と、頭上ではそんな会話が交わされる。

そして、私が呆けている間にミュエ先生が誰かに連絡して、数分。

その数分さえ、私はまともに顔が上がらなかった。

だってついうっかりスヴェン隊長を見たら…な、なんか、いけないことになりそうで…!

くぁぁ! なんなのこの人! なんかおかしくない⁉︎


「おい、終わったです」

「あいた⁉︎」


…呆けていた私を戻したのはおでこへのデコピン。

ごくごく軽いものだが、衝撃に変わりはない。

なに、と思って真正面を見るとこれはまた綺麗な顔…。

しかし見覚えがある。


「え! ドS騎士⁉︎」

「…どうせスヴェン隊長の魅了にやられーーいっ!」


ごす!

…これまた痛そうな音とともに、ドS騎士…ハーディバルが俯く。

正確には後頭部を両手で抑えて前のめりになった。


「女の顔になにやってるのかしら? ハリィ」

「……………ごめんなさい…」


あのドS騎士が謝った⁉︎

…あ、そうか、そういえばこいつのお姉様か!


「…ハーディバル隊長、痛がっているところ申し訳ないのだが、魅了封じを掛け直していただけませんか? 魔石の効果がもう切れたようで…」

「…そのままパーティに出てくれた方が僕は助かるです」

「…それだと私が困るのです」

「兄様と別れたんなら別にいいではないんです?」

「いえ、少なくとも私の部隊の者の婚期がまた遅れます」

「私の婚期もな!」

「…声量下げろです。…確かに団長の婚期がこれ以上遅れるのは困るです…。仕方ありません」


…えーと…。

状況が飲み込めず、ぽかんとする私。

そんな私へマーファリーが「ミュエ先生がハーディバル先生を呼んでくださったんですよ」と説明してくれた。

なるほど。

でも、いつの間に治されたのかしら?

踵を見ると、ストッキングに着いていた血まで綺麗になくなっている。

足を触られたり、スカートをまくられた覚えもない。

だってずっと俯いてたんだから、触られたりまくられたりすれば気づく。


「いつの間に?」

「ハーディバル先生くらい魔法に長けた方なら、魔法陣も詠唱も必要ありませんから」

「ついでに疲労も取ってやったし、足に強化魔法もかけてやったからパーティ中は疲れたり怪我したりもないはずです。めっちゃ感謝しやがれです」

「…あ、ほんと…足が軽い!」


さっきまで石が突き刺さっているかのようだったのに!

立って歩くとやはりヒールの違和感はあるが、痛みは綺麗さっぱり消えていた。

これが強化魔法…すごい!


「ありがとう、ドS騎士」

「礼なら姉様に言えです。ほぼ脅されてやったです」

「殴るわよ。あと何よ、その呼ばれ方。あんたまた…」

「こいつが勝手に言っているだけです…」

「勝手に呼ばれるくらいまた意地の悪いこと言ったりしたんでしょう? 頭を出しなさい」

「殴られるとわかっていて出す馬鹿がどこにいるんですっ」

「逃げるんじゃない!」

「逃げない馬鹿もいないです!」

「あ、あのぅ…」


なんという姉弟喧嘩…。

ご、ごめんよドS騎士、せっかく治してくれたのに…。

あんたにもそんな弱点があったのね…。

お姉さん相手には意外と表情筋が働くのも、複雑。


「す、すいません! あの、私、今日はハーディバルに用があったんですけど」

「え?」

「は? 僕に用?」


別に助けるわけじゃないけど、早めに調べてもらいたい事があるのだ。

このパーティへ参加することにしたのはエルフィとマーファリーのお相手探しのためだけど、私にはそれ以外にもう一つ…。


「…私に魔力がちゃんとあるのか調べてもらえって言われたのよ。…あんたなら分かるだろうって…」

「? 魔力は使えたんではないんです?」

「そうなんだけど…」

「はい。確かに『魔力検査器』で体内から魔力を取り出すことはできたんですが…とある方に、それは生命力を魔力に変換したものではないかと指摘されて…。それを先生に調べていただきたいのです。もし生命力を魔力として変換していたのなら…」

「寿命が縮んでますね。…ふーん…」


大した興味もなさそうに腕を組むハーディバル。

その横で「なんの話?」とばかりの団長とスヴェン隊長とミュエ先生。


「ハーディバルくん、こちらの淑女は例の…」

「はい。例の異界の民です」

「なんと、そうであったか! うむ、ならばついでに自己紹介をしておこう! 私の名はランスロット・エーデファー! 騎士団の団長を務めている!」

「私はスヴェン・ヴォルガン。天空騎士隊、隊長を務めております」

「あ、は、はい! 水守みすずです! あ、名前がみすずです!」


唐突な自己紹介。

知ってた。…というか、やっぱそうですよねー!

…まさかこんなイケメン揃いなんて…騎士団って顔面偏差値も入団の基準に入ってんじゃねーの⁉︎


「そして、あちらにいるのが…」


ランスロット団長が入り口の方へ手を向ける。

出入り口付近にある豪華な椅子には少年が行儀悪く座っており、その横に薄紫色の長い髪を一つにまとめた薄いグレーの燕尾服の男性が佇んでいた。

黒い頭に手をかけ、片足を立てていた行儀悪い少年はほんの数日前に別れたはずのフリッツ・ニーバス。


「やだ! フリッツじゃない! なんでこんな所にいるの⁉︎」

「?」


すぐに会える、とか言ってたけどほんとにすぐ会えた!

嬉しくて近付こうとすると、その前に椅子からフリッツが飛び降りて近づいてくる。


「…ん〜、よくわからんが俺はフリッツって奴じゃあないぜ。初対面だ」

「え⁉︎」


派手めな赤茶系のしっかりとした服を、少し雑に着崩した少年は、フリッツじゃない?

いやいや、でも二週間以上一緒に暮らして、毎日顔を合わせてたんだもの…見間違えるはずはないわよ?

エルフィもマーファリーも困惑気味の顔。

一体どういうこと?


「…まぁ、大体の理由はわかるけどな。…どうせそんなこったろうと思ってたし」

「? お帰りになられているのではないのですか?」

「今はパーティの方にご興味が移っておいでです。どうなさいますか? 兄君の思惑をここで徹底的に破壊して差し上げるのも一つの意趣返しとしては面白いかと思いますが」

「うーん…」


…????

スヴェン隊長が声をかけたのは執事さん。

そしてその執事さんは、少年へとそんなよくわからない言葉をむける。

フリッツにしか見えない少年は少し悩んでから「まあ、いいか」とやる気なさそうに溜息をつく。


「意趣返しはともかく、チャンスは今しかないだろう。そのために来たわけだし」


頭をボリボリとかく。

うん、確かにフリッツはこんな事しない。

フリッツではない、という言葉にじわじわと現実味が感じられて来た時、少年は私の前まで歩み寄って来た。


「えっとな、まずは名乗らせてもらうぜ。俺はジョナサン・アルバニス。遅くなっちまったが、今回あんたを誤って異界から呼び出してしまったことを正式に謝罪しに来た。本来ならば公的な場を設けて、親父や兄共々頭を下げるべきなんだが…今ちぃと立て込んでて難しいんだ。今回、あんたの承諾もなしに呼び出して、しかも滞在を余儀なくさせている事を本当に申し訳なく思う。国としても、今後出来る限りあんたが無事に帰れるようバックアップすることを約束する。どうか許してほしい」


ぺこり。

少年…ジョナサン・アルバニスが頭を下げると、ランスロット団長、スヴェン隊長、ハーディバル、執事さんも同時に頭を下げた。

下げられた私はまたもポカーンと口を開ける。

というか、開いた。

ええと……なんて?


「……………。…大丈夫です⁉︎」


頭の中で言われた内容を散々咀嚼してから慌てて返事をした。

私の声に、ようやく頭をあげる四人。

いや、待って、待って、ほんとに待って!

追いつかない、マジで頭が追いつかない!


「あ、あなた王子様なの⁉︎」

「おう、俺は弟の方だけどな」

「嘘⁉︎ だって毛がない‼︎」

「………け…え? 毛…?」


そんな! 王子様って獣人じゃないの⁉︎

もじゃもじゃ、またはふわっふさの獣人を想像していた私の目の前に王子と名乗って現れたのはフリッツと同じ顔の美少年よ⁉︎

なにこれ、どういうこと⁉︎

混乱が続く私を低い声が正気に戻す。


「…我が国に不敬罪がないとはいえ…その発言は殿下に対して失礼が過ぎるように思うのですが」


…という、実に低い、怒りを孕んだ声。

その声の主は執事さん。

その執事さんの前に、ハーディバルが立つ。


「待って兄様、こいつは異界の民。こちらの常識は通用しない」

「…そんなことはわかっています」

「け……毛、な、ない…? 俺…実はハゲてるの…?」

「そ、そんなことございませんよ! 殿下! …み、ミスズ? 私も今の発言はちょっとまずいと思うのだけれど」

「ミスズ様! な、なんということを仰るのですかぁ⁉︎」

「ミスズお嬢様、いくらなんでも、それは…!」

「ハッ!」


プルプルと確実にショックに打ち震える王子様。

私は自らの発言に、そのヤバさ、失礼さに頭を抱える。

ちが、ちがうのよ! そうじゃないのよー!


「ちが、違うの! 幻獣とのハーフって聞いてたからもっとふさふさもふもふな獣人を想像してたのよ! ごめんなさい!」

「獣人…? 殿下が? ほう…」

「兄様!」


うぎゃわわわわ!

執事さんの眼差しがますます鋭く…!

あのハーディバルが慌てた様子になるってやばいって絶対!

どうしたら…ここは土下座か⁉︎ 土下座が通用することを祈って、土下座するしかないか⁉︎

王子様を誤解とはいえハゲ呼ばわりした罪は土下座で許してもらえない⁉︎


「…あっはっはっ! なんだ、そうか! 成る程面白ぇーな。確かにこの国の者でないとそう勘違いするのかもな!」

「…殿下…」


…スカートをまくり、膝をつかんとした私に聞こえて来たのはお腹を抱えた笑い声。

執事さんが睨むように王子様を見下ろすが、王子様はそれに微笑を返す。

またもポカンとなる私。

しかし、それはマーファリーやエルフィもだった。

まさか、笑い飛ばされるなんて…。


「そうだな、俺の母は幻獣だからな。そうなっていた可能性もなきにしもあらず。だが、俺もフレデリックも獣の姿にはなれないんだ。幻獣族の獣の姿は誇りの象徴。混血の俺たちは、その誇りの姿を受け継ぐに至らなかったんだ」

「………あ、あの…」

「ああ、悪い悪い。エルメールは最近俺に対して変に過保護なんだよ。気にすんな。理由が分かればなかなか面白いもんだからなー」


軽いな!

私結構失礼なこと言っちゃったのに…まるでハクラのような軽さ。


「ごめんなさい…」

「いやいや、謝ってんのはこっちだから。…まあ、謝って簡単に許されるようなことじゃねぇのはわかってるんだが」

「! あ、いや、私別に怒ってないです! というか、ユスフィアーデ家の人にはほんっとお世話になりっぱなしで! 毎日感謝感謝だから!」


しかも王子様にまで謝ってもらうなんてそんな!

悪いのは全部ナージャの奴なのに!

国民のしでかしたこと、と言ってしまえばそれは確かに国の偉い人が謝ることになるのかもしれないけど…私は乙女ゲームができなくなったことに対して怒っているだけで、この国や、エルフィやユスフィーナさん、マーファリーやレナメイド長には感謝こそすれど怒りなんて微塵も感じていない。

謝られても困るだけだ。

あと、うっかり王子様をハゲ呼ばわりしてしまったし…。


「そうか。だが、一応国としても謝罪しておかにゃ格好がつかねーんだ。受け入れてくれるならなにか要求してくれや」

「ええ⁉︎ い、いや、そんな別に欲しいものとか…………………ゲームくらいしか…」

「ゲーム?」


しまった、つい欲望が口から!


「…ゲームって通信端末でできるやつか? あれ? まだ魔力が扱えないのか? 誤召喚されたの一ヶ月くらい前だよな?」

「殿下、その件で確認したいことが増えたです」

「確認したいこと?」


ハーディバルの補足に私も「あ」っと思い出す。

そして、私がハーディバルに魔力の確認を頼んだのを聞いていた王子様も「ああ、生命力魔力変換魔法か」と納得したように頷いた。


「確かに調べておいたほうがいいかもな。魔法の事故の影響はどんな些細なものでも下手すりゃ命に関わる。…俺も何か手伝おう」

「いえ、魔力を調べるならすぐ済みます。ドブ女、手を差し出せです」

「誰がドブ女よ⁉︎」


ゴッ!

私が叫ぶと同時にハーディバルへミュエ先生から鉄拳制裁。

こっちの怒りが吹っ飛ぶ痛そうな音。

がっくりとしゃがみこみ、頭を抱えるハーディバル。

あ、あのドS騎士の表情筋が大活躍してるわね…!


「いっっっっ…!」

「…ほんっと、どーしてこう口が悪い子に育ったのかしら」

「………姉様、殿下の御前です。暴力は控えてください」

「そ、そうだな、ミュエ…話が進まなくなる。…あと、痛そうだからせめて手加減しろ…」

「まあ、殿下! 甘やかしてはハリィのためになりません! 悪いことはきちんと悪いことだと教えないと! これは我が家の教育方針です!」

「う、うん、まあ、そうだと思うけどな? 別に今じゃなくても…」

「その時その時じゃないとだめなんです! 私がいつでも側に居られるわけじゃないんですから!」

「ま、まあまあミュエ殿…」

「そうですミュエ殿。例えその通りだとしても今は殿下の前ですから」


男全員でミュエ先生を嗜めるも聞きゃしねぇ。

騎士団の隊長二人と王子と執事という本来なら偉いどころが勢揃いなのにも関わらずだ。

ミュ、ミュエ先生なんというフリーダム…。

「まあまあ」というより「どうどう」といった感じに見える。


「大丈夫ですか、ハーディバル様っ」

「わたしの氷魔法で冷やしますか⁉︎ ハーディバル先生⁉︎」

「っ、だ、大丈夫…」


こっちはこっちであまり大丈夫そうじゃない。

エルフィとマーファリーの綺麗所に心配される姿はどことなく羨ましい。

いや、わたしが羨ましがるのはおかしいんだけどさ。


「女性に失礼なことを言うんじゃありません! 今度そういう言動を見たら魔力付与でぶん殴るわよ」

「……どうしてこううちの女どもは…!」

「はあ?」

「ハリィ、お前も口に気をつけなさい」

「はぁい、兄様…」


頭がいたい、とばかりの執事さん。

実際殴られて頭を抱えていたハーディバルも、多分自分で治癒して立ち上がる。

自業自得とはいえ、やはり少し過剰報復な気がするんだけど…。

とりあえず差し出されたハーディバルの手に、一瞬悩む。

悩むけど、それは恥とかそういうもの。

慣れない私の情けない恥辱。

命には代えられない…。

そ、そうよ、いくら男の子の手とはいえ、相手はドS騎士なんだからかるーく考えよう!

そっと、差し伸ばされた手を取るとグイッと引っ張られる。

冷たいけれど、骨張った手。

力強く引かれて、ドS騎士なのに顔が火を噴くかと思った。

これが、男の子の手…!

ひんぎゃああああああああ!


「じゃ、試しに魔力を使ってみろです。僕の手のひらに魔力を流すように」

「………………」

「おい、聞いているです?」

「…き、聞いてる、聞いてる」


相変わらずえらっそーに!

…と毒づいて誤魔化そうとするがやはり美少年は美少年。

歳下とはいえちゃんと男の子。

薄紫色のマントの、団長さんやスヴェン隊長と同じデザインだが鎧のない騎士服。

そう、こいつも騎士隊の隊長の一人。

緊張していると、逆にハーディバルの方から魔力が流し込まれる。

手のひらが、暖かい…。


「……」


私が緊張してるのバレたのかな。

ううん、これは私の命に関わってることなんだからしっかり集中しないと。

集中、集中。

ハーディバルの手のひらへ自分の魔力を、返すように流し込む。


「もういい」

「あがっ」


ぺい。

トイレを流す時の要領で魔力を使った私の手をあっさり離すハーディバル。

そして銀の瞳をゆっくり細める。

………ど、どうだったんだろう?


「お前、そもそもの体内魔力容量が人より少ない」

「へ⁉︎」

「まったくないわけではないが、常人の三分の一程度。それと、僅かだがやはり生命力魔力変換魔法の気配があった。体内魔力で補えない分を生命力で補っているようです」

「………そ、それじゃあ…」

「魔力は使わない方が、長生きできるです」


足元が真っ暗に染まるような感覚だった。

…まじか。


「まぁ、お前結構生命力逞しいから多少使ったところで問題なさそうですけど」

「一言多い!」


ごすっとミュエ先生に習って肩を殴る。

もちろん、私の非力な拳ではドS騎士を悶絶させることはできない。

…それに、この余計な一言が私の為だと感じた。

今、変に慰められたら落ち込みそうだったんだもん。


「どうしたら…」


そう呟いたのは私以上に深刻に受け止めたエルフィだ。

マーファリーも似たような顔をしている。

…だよね。この世界では魔力がなければ生活もままならない。

それに…魔力が使えないとなると…通信端末が使えない!

ゲームの道が完全に絶たれた…!

うわああああん!


「…そう深刻な顔をするなユスフィアーデの娘」


今にも倒れるんじゃないか、みたいな顔になっていたエルフィへ王子様が声をかける。

口元に手を当てて…。


「体内魔力が全然ないわけじゃねーんだろ? なら、魔力補助器が使えるさ」

「パーティが終わるまでにはご用意しておきます。それで問題なく、生活ができるようになると思いますよ」


王子様と執事さんの頷き合う姿に「は?」と顔を上げる私たち。


「体内魔力の容量が極端に少ない体質の者は補助器があるんです。例えば僕の場合、逆に魔法を使う時、コレで魔力を削って使います。でないと八倍から十倍くらい威力が増してしまうので」


と、ハーディバルは腕輪を見せてくれた。

袖の下に付けられた細身の銀の腕輪には、紫色の八角形の小さな魔石がはめ込まれている。

あら、デザイン可愛いじゃない。


「ハーディバルくんが魔法を使う時、余分に集められた魔力をその魔石を通して魔力蓄積能力のある魔石に貯蓄させていくんだ! 君のような体質の者は多くないからな! 魔力補助器はハーディバルくんが常日頃貯めてくれている魔力を他者が使えるよう変換して使える便利魔道具だ!」


大声でランスロット隊長が説明してくれる。

えーと、それってつまり…ハーディバルが普段魔法を使う時に魔力制御していて、その余分な魔力を溜め込んでいるバッテリーみたいなものがあり、私みたいな体内魔力の少ない人間が普通の人のように生活ができるようハーディバルの魔力を応用した補助器がある、ってこと?

…そ、そこまですごいのか、ドS騎士…⁉︎


「ドラゴンや幻獣族が使う『契約魔法』を参考に考えついたものなのだが、これがすごいんだ!」

「マジ声量下げやがれです。うるさい」

「まあ、問題なく魔力が使えるなら体が無理に生命力を魔力に変換しようとはしねぇだろう。だが、万が一他にも何かあるかもしれねぇから一度ちゃんと検査したほうがいいかもな」

「…は、はい…」


なんというか、至極真っ当な事を言われて困惑する。

フリッツのようになんて頼り甲斐があるショタなのだろうか、王子様…。


「あと、ゲームつってたけどな」

「忘れてください…」


今更ながら自分の命よりゲームの心配をしていた事実がはずかしい。

なのだが、王子様は黙らないし私の気持ちを笑いもしないで真面目な顔のまま…。


「ハクラを知ってるか? あいつの知り合いにこの世界にあるゲームの源流を持ち込んだ奴がいるんだ。この世界で今流行っているゲームは、全部そいつが異世界から持ち込んだもんでよぉ…俺はゲームとかしねぇから詳しくねぇ。悪いんだが、ハクラにそいつを紹介してもらって詳しく聞いてみてくれ」

「…え、ハク、………………え⁉︎ 異世界のゲーム⁉︎」

「おう、この世界で流行ってるのは異世界から持ち込まれたゲームが元になってるんだ」

「乙女ゲームもあるって事ですか⁉︎」

「…いや、すまん。ゲームしねぇから知らねぇ。本来なら呼び出して引き合わせてやりてぇんだがハクラじゃねぇとそいつに会えねぇんだよ」


少しげんなりした表情だか、ハクラ!

あいつの人脈どうなってんの?


「…王子様もハクラを知ってるんですね!」

「そりゃあな」


そこは謎のドヤ顔。

仲良いのかしら?

でもなんでドヤ顔?


「…殿下、そろそろ控室にお戻りになられた方がいいかもしれません」

「……なぁ、やっぱり俺が挨拶しないとダメなのか? 主催したのフレデリックじゃん。俺関係ないじゃん…あいつ帰ってきてるしさ〜…俺いらなくない?」

「ごねないでください」

「だって…」

「大丈夫ですよ、今の殿下は子供の姿なのですから。成人体のように怖がられたりしません」

「そんなのわかんねーじゃん…」

「ジョナサン殿下、そんなに愚痴愚痴ごねてはフレデリック殿下の思う壺ですよ。そうやってごねて困って嫌々開会宣言の挨拶をするジョナサン殿下の姿をニヤニヤ眺める腹積もりなんです」

「そこまで分かってんなら助けろよ⁉︎ なにまんまと俺にその話持ってきてんの⁉︎」

「いえ、私の口車にあまりにもころりと乗せられてまんまと騙されるジョナサン殿下が可愛らしくてつい」

「お前どっちの味方だよ⁉︎」


…執事さん、鬼畜だな⁉︎

いや、フレデリック王子も、あれ、話に聞いていたより鬼畜だな⁉︎

兄弟仲悪いのかしら?

もしや王位継承権を巡って対立しているとか⁉︎


「私はどちらの味方でもございませんが、この衣装に着替えて写真を撮らせてくれたら一度くらいジョナサン殿下の味方をしても構いませんよ」

「着ねーよ‼︎」


執事さんがどこからともなく持ち出したのはふわふわもこもこの猫耳フード付きルームウェア風の衣装。

お、おや? 展開が怪しくなってきたぞ?


「ええ、絶対似合うわ! 猫耳がダメなら犬耳もありますよ!」

「だから着ねーよ! どこに持ってんだよお前も⁉︎」


まさかのミュエ先生参入‼︎


「往生際が悪いです、ジョナサン殿下。ポーズはこちらで指定するので諦めてこちらに立つです」

「ハーディバル⁉︎ いつの間にカメラとレフ板まで⁉︎ だから着ねーよ‼︎ こんなん着て写真撮らせたらお前らの一族に末代まで脅される未来しか見えねーよ!」

「とんでもありません、末代まで家宝として大切に保管させていただきますわ!」

「ええ、殿下がお生まれになった時代はここまで鮮明な写真撮影が出来なかったのですから…。ご幼少期のお姿を保存出来る貴重な機会…! こんなチャンスは少なくとも我々が生きている時代に二度とないものなのです。むしろなんで赤ん坊のまま帰ってきてくれなかったんですか。私が丹精込めてオムツを替えて差し上げたものを…!」

「こ、怖ぇーんだよお前ら‼︎」


ジリジリと壁際に追い詰められる王子様。

あれ、なんだこの展開。

フェルベール家に囲まれて写真撮られまくっとる。

王子様の表情ガチで怯えているんだけど。


「…相変わらず熱烈だな、あの一族は。忠誠心飛び越えて違うものが溢れている」

「殿下たちが幼くなられてからエルメールがますます私に構ってくれなくなりましたからね…。それでなくともパルが子供にかかりきりで構ってくれないのに…」

「う、うむ、それは仕方がないな!」


そしてこっちではスヴェン隊長が落ち込んでいて、ランスロット団長が励ましている。

多分内容はかなりくだらない。

あるぇ? さっきまでそれなりにシリアスな雰囲気だったわよね?


「…エルフィ、さっきのドラゴンの話、今スヴェン隊長にしてみたら?」


混乱極める王子様の姿にスッと冷静になった私はエルフィに耳打ちする。

ハッとするエルフィは、先ほどの不安げな顔とは打って変わって満面の笑みで「はい!」と頷く。

うーん、天使かな。可愛い…!


「マーファリーは私と王子様を救出しましょ。その時に前言ってた「お礼」言ったら?」

「!」


エルフィの横で王子様の怯えた姿にオロオロしていたマーファリーにそう耳打ちする。

なんか王子様像はかなり思っていたのとは違うけど、一応フラグは立てておくべきよね!

えーと、正直王子様は恋愛対象として犯罪の香りしかしないからなしだけど…ここを足がかりにハクラとのフラグを立てられるかも。

まあ、犯罪の香りって言ったら現在進行形でフェルベール家の皆さんが犯罪集団みたいになってるけど。

幼い男の子に寄ってたかって写真を強要…め、めちゃ危ないわよ?

そんな危ない空気のフェルベール家を引き離すのにランスロット団長が気を利かせて手伝ってくれた。

まあ、ドラゴンの話で盛り上がりつつあったスヴェン隊長とエルフィにも気を遣ってくれたようでもあるけど。


「く、くそぅ! お前ら最近人のこと子供扱いしすぎだぞ! 中身は変わってねーって何度も言ってんだろうが!」


ランスロット団長がひょいと持ち上げて助けたもんだから、王子様がじだじだ暴れてそんなことを叫ぶ。

周りの大人も「そんなことわかってますよ」と言いつつ、あれは分かっていなさそうな顔だ。


「フレデリック殿下がジョナサン殿下を愛でる理由が浸透してきただけじゃないですか」


と、謎の弁を述べたのはハーディバルだ。

なんだそれ。

「愛でてんじゃねーよ!」とキレる王子様。

う、うん? そこはキレるところなのか?


「とりあえず王子様、この子が王子様に伝えたいことがあるみたいだから聞いてくれません?」


どうどう、とふーふー怒る王子様を宥めると、一発で「あ? なんだ?」と冷静に戻る。

え、ええぇ…は、早…。

ランスロット団長が床に王子様を下ろし、マーファリーが緊張の面持ちで前に出る。

頑張れ! マーファリー!


「…あの、ず、随分お姿が変わられましたね…」

「ああ、まぁちょっとな」

「……わ、わたしのことを覚えておられないとは思うのですが…」


アバロンの元奴隷であるという事。

王子様たちに助けてもらったことを簡単に説明して、マーファリーは背を正す。

ドレスアップして、今日までレナメイド長に厳しくマナーや立ち振る舞いを叩き込まれたマーファリーは、その辺の令嬢たちにも劣らないほど綺麗だ。

きっと王子様はマーファリーと、助けた奴隷の娘を結び付けられていない。

顔がキョトンとしている。


「…助けてくださってありがとうございます。わたしは、今幸せに暮らしています…! このアルバニス王国で」


幸福に満ちた笑顔。

最高に綺麗なマーファリー。

真っ正面からその笑顔と、感謝の心を向けられた王子様はーーー



「そうか」



子供とは思えない、蕩けるように甘やかな微笑みでそれを受け取った。

ただ、それはまるで我が子を慈しむかのような表情。

あ、あるぇ…?


「だが、それで満足するなよ。今日出会えるかはわからねぇが…きっともっと幸せにしてくれる奴がいるはずだ。もっと幸せになれ」

「……あ、ありがとうございます…!」


と、爽やかに言い放つ王子様。

想像していたものと全然違う展開というか、王子様の表情が…あまりにも優しくて…。

あ、いや、恋愛フラグが立ったら立ったで問題な感じではあったんだけど…それを軽やかに超えていった、みたいな感じで…拍子抜けというかなんというか?

言ってることはかっこいいんだけど…。


「さて、それでは我々も会場に移動するとしよう! 足はもう大丈夫かね、お嬢さん⁉︎」

「うわ、は、はい!」


大声で話しかけられて、うっかり私も大声で返事をしてしまった。

体も声も大きい人だなぁ、ランスロット団長…。

確かにこんなテンションの人とずっといると疲れそう…。

いや、普通以上にかっこいいし、やっぱり妙に色気があるんだけどね。

なんだろう、一瞬一瞬、大声の合間合間にすごく、そう、さっきの王子様に似た…優しい瞳になる。


「お見合いパーティとはいうが、純粋に楽しんで行かれるといい。せっかくだからな! はっはっはっ!」

「…あ、ありがとうございます…。…そうします」

「あ、私でよければエスコートしよう!」

「だ、大丈夫です」


私はお見合いが目的というわけではない。

ハーディバルに魔力を見てもらうのと、マーファリー、エルフィのお相手探しのためだ。

御三家のランスロット団長にエスコートなんてされたら、彼を目的に集まった女子に目線だけで殺されるって。

………まあ、背も高いし顔も整ってるし、テンションと大声がなければそこそこ好みのタイプではあるけど…。

この人の独特な色気は私には刺激が強すぎるわ。無理。

どちらかというと、マーファリーの好みにも当てはまるんじゃない?

歳上、頼り甲斐がある、逞しい人。

うん、これはマーファリーに推してみよう!

…問題は御三家の人って事で、競争率だけど…そんなもん乙女ゲーの攻略対象なら当たり前だもんね!


「私じゃなく、パーティに全然慣れてないマーファリーのエスコートをして頂いてもいいですか?」


私もパーティ初めてだけどねー!


「ああ、もちろん構わないぞ! では行こうか、マーファリーくん!」

「は、はい⁉︎ え⁉︎ な、なんで、ど、どういうことですか⁉︎」


手を差し出され、ほぼ強制的にエスコートされていくマーファリー。

…頑張れ、マーファリー!

さっきの王子様の言葉を実行に移すのよ!


「ああ、まだ語り足りませんが…もうお時間ですのね」

「ええ、もし宜しければ会場でもお話の続きを…」

「はい! ぜひ!」


おお! エルフィとスヴェン隊長もいい雰囲気じゃない!

…何故かフェルベール家の人たちの顔が大層怪訝だけど…そんなに濃厚なドラゴン愛トークが繰り広げられていたのかしら。

あまりにも興味なくてシャットアウトしてたけど…。


「…ドラゴンのフンで何故あんなに盛り上がれるのか謎です…」

「確かにドラゴンのフンは私たちが生活する上で必要な魔力が含まれているから、大切な話ではあるけど…お見合いパーティの会場でもあの話の続きするつもりなのかしら…」

「…味の話までしなければいいんですが…」

「………………………」


の、濃厚どころではない話ししてやがった…。

味? 味⁉︎


「では姉様、私は殿下を追いますので」

「そうね。というか、あんたも参加すればいいのに」

「フレデリック殿下が放浪に出かけなければ参加していたかもしれないですがね」

「そ、そう…。じゃああんたも頑張って嫁探してくるのよ、ハリィ。あ、ちゃんとエスコートしてあげなさい」

「はぁ…」


盛大に嫌そうな顔。

だが、その嫌そうな顔の理由はーーー。


「ほら」

「は? なによこの手」

「お前、この状況で分からないんです? …僕の命がかかっているんだからさっさと手を取るです…」


普段の無表情はすっかりがっかり顔になっている。

命か、成る程。

じっとり睨むミュエ先生の眼差しは、ハーディバルを突き刺している。


「なんかごめん」

「この場合、僕の方が謝るべきです…」


深々とした溜息。

あまりにもぐったりしているからつい謝ったけど、あの毒舌すら出ないほどに姉の存在が恐ろしいらしい。

まあ、あの痛そうな音を聞いちゃうと…。

今度はすんなりと手を取った。

男の子の手。

やっぱり冷たい。

さっきこの手から流れてきた魔力が、今後私を助けてくれるんだ。

すごく、あったかい魔力だった。


「ねぇ、知ってる? 手が冷たい人って心があったかいんだってよ」

「はぁ?」

「私の世界の迷信よ」

「…それは随分しょうもない迷信ですね」




********




ワタシの名前はナージャ・タルルス。

ワタシの名前はナージャ・タルルス。

ワタシの名前はナージャ・タルルス。


何度も何度も繰り返し、新しい自分の名前を頭の中で繰り返した。

明るく華やかな街、ユティアータに辿り着いたワタシは不安で押し潰されそうな胸を無視して歩みを速める。

役に立たないワタシはここで、どうしても果たさなければならない目的…任務を遂行するべく真っ直ぐ領主庁舎へと入っていった。

転移魔法を使えばすぐにたどり着けた場所だ。

受付の優しい職員さんに「王都の学校へ行くために、領主様に雇っていただきたいんです」と舌ったらずに話しかけた。

すぐに職員さんは取り次いでくれて、領主様の部屋へと案内される。

少し驚いた。

だって、領主様にこんなに簡単に会えるなんて。

緊張しながら扉をノックして、開ける。

そこには薄いオレンジの髪の、とても綺麗な女の人が座っていた。

茶色いスーツを着て、入ってきたワタシへ笑顔を見せてくれる。


「いらっしゃっい。申請書、見せてもらったわ。ちょうど先日メイドが一人結婚して辞めてしまったの。えぇと、ナージャ?」

「はい」

「入る学校は決めているの?」

「は、はい。王都の魔法学校に…」

「王都の魔法学校といってもいくつかあるわよ」

「え…⁉︎」


そうなの⁉︎

し、しまった、そこまで調べてなかった…、ど、どうしよう。


「そう、魔法使い志望なのね…。それなら、私立より王立の方がいいわ。知り合いがいるの。それとも自分で選ぶ? 資料なら取り寄せればすぐに届くけど」

「い、いえ! 紹介していただけるなら、助かりますぅ」


笑顔で、笑顔で。

不自然じゃないように、こういうときは、多分、喜ぶものよね。

大丈夫、笑顔はたくさん練習してきたじゃない。

ちゃんと笑えてるはず。


「そう、じゃあ話しておくわ。エメリエ・クラプトンという女教師なんだけど、私と同級生なの」

「そうなんですかぁ、ありがとうございますぅ」


よ、よかった。

うまく話がまとまりそう。


「………あ、あのぅ」

「なぁに?」

「領主様のお名前…ユスフィーナ・ユスフィアーデ様、なんですよねぇ?」

「そうよ。あ、名乗ってなかったわね。ごめんなさい」


そう言って立ち上がった領主様は優しく微笑む。


「ユスフィーナ・ユスフィアーデというの。この街の領主になったばかり。だから私も新米なの…よろしくね」


…やっぱりこの人がユスフィアーデ家の…。

立ち上がって、ワタシも頭を下げた。


「ナージャ・タルルスです! よろしくお願いしまぁす!」


にっこり。

ワタシはちゃんと上手に笑えている。

大丈夫、大丈夫。




それから、ワタシの生活はユスフィアーデ邸の別邸、使用人部屋へと変わる。

陽が入るとても素敵な部屋だった。

初めて通された時はあまりに清潔で、明るい部屋で驚いたものだ。

なにより、ワタシが今まで過ごした部屋より広い。

メイド長に言わせれば使用人の部屋は狭いものだというけれど。


「新しいメイド見習いの、ナージャ・タルルスです! よろしくお願いしまぁす」


その晩、帰ってきたこの屋敷の主人の妹にもご挨拶した。

領主様と同じ薄いオレンジの髪と、優しい緑色の瞳のとても可愛らしい人。

ワタシを見るなり、瞳をキラキラさせた。


「わたくしはエルファリーフ・ユスフィアーデと申します。ナージャね、よろしく!」


どうしてこんなに嬉しそうなんだろう。

変な人。

それがワタシの第一印象。

でも、この人もユスフィアーデの人なのね。

…そうか、ワタシはこの人のことも…。




ワタシ、ナージャ・タルルスはこうしてユスフィアーデ邸へと無事侵入を果たした。

それから毎日忙しくて、大変で…でも、辛くなかった。

ユスフィーナ様もお嬢様もとても優しかったから。

人にこんなに優しくされたことなんてなかったから、ワタシは…。

役に立たない。

なんの価値もない。

どうしてこんな劣化品が生まれてきたのか。

そう言われて生きてきたから、ワタシは…人がこんなに優しいなんて知らなかった。

こんな任務は、放り出してしまいたい。

一年経つ頃にはそう思い始めている自分がいた。

恐ろしいことだと思う。

怖くて、怖くて、ひたすら怖くて。

父に持たされた魔導書を荷物から引っ張り出して、ページを開くように心がけた。

忘れてはダメ。

ワタシは、ワタシはーーー!


誰もいない校舎。

ワタシは、魔導書の中身をよく理解しないまま試すようになった。

怖かったから。

とにかく、穏やかな場所に浸りきってしまいたい心に支配されたワタシはワタシが怖かった。

その魔導書はあるページをある手順で開くと周囲から邪気を収集する魔法がかけてある。

だから、この魔導書の内容を試す必要性は一切ない。

ワタシはただ、父に言われた通り人の多く住むこの王都で、この魔導書を使い邪気を収集すればいいの。

でも、収集してどうするの?

首を振る。

そんなことワタシが知っても仕方ない。

父に言われた通りにすればいいのよ。兄さんにもそう言われたじゃない。

でも、ワタシ……魔法使いに、なりたい、よ。

ああ、どうして。

魔法使いになりたいなんて、そんなの、ただの表向きの大嘘だったのに。

王都の学校に通うための適当な嘘。

…でも、だって、ユスフィーナ様やお嬢様が……役に立たない勇士や傭兵に、困ってるから…!

ワタシが魔法使いになって強くなったらユスフィーナ様やお嬢様の力になれる…喜んでもらえる!

二人のためにユティアータの街の魔獣をやっつけて…あんな、あの街を好き勝手にする奴らを追い出してやれるのに!

強くなりたい。

強くなりたい!


「くっ」


言葉も必要な魔力量も、属性も分からない魔法。

でも、きっとすごい魔法にちがいない。

これを使えるようになったらユスフィーナ様やお嬢様に、ワタシ…ワタシをーーー。


どて。



「はわわ…⁉︎」




この日、ワタシは異世界から勇者を召喚した。










********





「じゃっじゃーん! 次回予告の時間だよ! 第3話は予定より話が進まなかったねー。あ、今更かー! 担当はハクラと!」

「…帰っていいです?」

「ハーディバルくんとそして私! ランスロット・エーデファーだ! はっはっはっ!」

「なんで増えるんです…意味がわからない…」

「えーと起承転結でいうと今どこ? 承?」

「おお! ではそろそろ転か⁉︎」

「恋愛イベントあった? あった?」

「どうだろう! 私にはわからないな!」

「僕は突っ込まないです」

「ちなみにドラゴンのフンは甘辛いんだよ」

「なんと⁉︎ …その情報はあまり知りたくはなかったな…‼︎」

「次回『恋愛未満は甘辛い? 勇者と英雄とレベル4⁉︎』お楽しみにしやがれです」

「『尚、内容は変更になる場合があります! ご了承ください!』だ、そうだ! はーっはっはっはっはっ‼︎」












〜ぷちめも用語集〜




〜得意属性魔力〜

人が持つ魔力の性質で、得意な属性のこと。

基本一人一つ。が、二つ持つ人間もいる。

二つの得意属性を持つのは大体生まれつき。

中には努力して二つ以上の属性を使えるようになることもあるが、相当の修練を必要とする。

また得意な属性と相反する属性…例:水属性⇄火属性など…は体内魔力許容量の多い体質の者でなければ扱えるようにはならない。



〜体内魔力許容量〜

体の中に溜め込める魔力の容量。

普通の人間はあまり溜め込むことができず、魔法を使う場合は自然の中の魔力を集めて使う。

魔力を収集、凝縮、固定、魔法展開する速度や量は鍛錬すればしただけ強く大きく大量になる。

一流の魔法の使い手は知識もさる事ながらこのような練度も必要…意外と肉体派。

対して体内魔力の容量が大きい人間は生まれつきの体質。

ごく稀に、そういう体質として生まれてくる。

自然魔力を収集する必要がほぼなく、凝縮と固定、魔法展開のみと手順を一つ省けるばかりかバルニアン大陸のような自然魔力が豊富な地では眠って体内魔力を補充回復する必要もなく自然回復が可能。

属性による不得手が少ない、鍛錬を重ねると全属性の使用が可能となる、魔法を使用する際に魔法陣や詠唱も省略出来る等、魔法に関してチート。

自然魔力のほぼないアバロン大陸でも魔法を行使できる。

ただし、バルニアン大陸のように自然魔力がないので自然回復は出来ず、睡眠により補充するしかない。

が、容量のない人間からすると使える時点でチート。

反対に生まれつき体内魔力許容量がゼロの体質の人間もいる。

とある地方の街の一つに魔力のない人間の集まる施設があり、そこは魔力がなくても生活できるよう配慮されている。

魔力がない為差別に苦しむこともあるが、体内に魔力がないため魔獣化しない。



〜アルバニス王国〜

四千年近く昔、アルバート・アルバニスによって平定されたバルニアン大陸唯一の王国。

幻獣族からは疎まれており、彼らからは見放されている。

ドラゴン族との関係は幻獣族よりは緩和で、ドラゴンの森には王族であれば立ち入ることが可能。

だがドラゴン族とも「人間を食料にしない為に」不可侵の条約を交わしているため、それを破る人間には市民権を破棄したものとする厳格な法が敷かれている。


広大な国土は各地方を領主が管理している。

人間以外にも人間と共存する事を選んだドラゴン族や、ドラゴン族との混血である竜人族が存在。

当然種族によって寿命や考え方が違う為、いざこざも多い。

多いが、その様なものは魔獣を生み、魔獣の脅威の方がもっと大きいので、内紛には発展しない。

魔獣は地方が抱える勇士や傭兵、また彼らで対処できないものには王国騎士が派遣される。

その為、勇士や傭兵、とりわけ王国騎士は国民に尊敬され、最も人気のある職業。



〜『剣舞祭』〜

年に一度行われる王の誕生祭。

優勝した者は王国騎士に試験なしで入団出来るため、大変賑わう。

剣と銘打ってあるが魔法もOK。むしろなんでもあり。勝てばよかろうなのだ。

二回優勝した者には『剣聖』の称号が与えられ、現在三人いる。



〜アルバート・アルバニス〜

アルバニス王国を四千年近く戦争のない平和な王国として治める名君。

幼少期に幻獣ケルベロスの血肉を食らい不老の効果を得て以後、修羅の如き努力によりケルベロスの力の一端が開花。

アルバニス王族の中で彼だけが半神半人として生き延びたという。

戦争尽くめの青年期を送った為、性格は武骨な武人気質。

息子たちに言わせると脳筋で戦闘脳、女性の扱いは世界一下手、紳士の才能がない等ボロクソ。

そしてその性格が災いしてなのか、ケルベロス族の椿に対して一目惚れをした後、決闘を申し込んで勝利。

一番やっちゃいけないパターンで椿を伴侶に迎えた。

人間に敗北した椿は一族から除名という屈辱まで付け加えられ、『伴侶を得たケルベロスは千年に一度発情期を迎える』という知りたくもなかった生態が発見されることとなった。

当然、夫婦仲は良いとは言えない。

当人も無理やり伴侶にしたことは反省しているらしく、しかしどう謝ったらいいものかわからないまま現在に至る。



〜魔石〜

アルバニス王国で日時生活に欠かせないアイテム。

赤く半透明な六角形の石。大体は手のひらに収まるサイズ。

魔法を封じ込めて使用する。

使用回数があり、再利用が可能。

何度も同じ魔法を使用し続けると魔石がその魔法を記憶。永遠に使用できるようになる。

また、覚えた魔法により魔石の色が変化したり紋章が浮かぶことで威力が増したりする。

多種多様な種類があり、中には八角形の小指の関節程の小さなものから島一つ宙に浮かせるほど巨大なものも存在。

使い方はほんのり魔力を与えるだけでオーケー。

ヴォルガン大陸にいるニーグヘルという人と共生する地竜が、特別な酒と交換で作製している。



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