第3話!
「まだ出来もしない状態で気が早過ぎですよぉ、ミスズお嬢様〜。まずは魔力を使えるようになってからじゃあないですかぁ?」
「そ、それは……っ」
「わたくしどもはゲーム? に詳しくございませんが……ゲームは一時間で遊べないものなのですか?」
「……うっ……いや……あ、遊べるけど…………一時間じゃ絶対足りないのよ……!」
「は、はぁ……。それは……ええと、なんと申しますか……」
「エルファリーフお嬢様、ミスズお嬢様、御髪を染める準備が整いましたよ」
マーファリーやエルフィを困らせる私へ、レナメイド長の声がかかる。
そうだ、午後からカラコン買うついでにユティアータの町の案内もしてもらう予定なんだった。
町に行くのには私の身の安全を考慮して、髪をまず染める。
何故かと言うと、この国では私みたいな黒髪黒眼は王族や幻獣族の人に化けた姿の特徴らしい。
私がうろついて王族に迷惑が掛かる可能性や、幻獣族を食べてその力を得ようと考えるやばい連中から目をつけられないために一番目立つ髪を染める!
因みに幻獣族というのはこの世界『リーネ・エルドラド』を作った神様、の子孫。
ドラゴンと同様に人間を嫌ってアルバニス王国の辺境に島を作り、引きこもってしまっている。
人間の前に姿をあらわす事はなく、最早伝承の中だけで語られているのだが……よりによってそれによると人に化けた彼らの特徴が黒髪黒眼なんだとさ。
まあ、神様の子孫である彼らを食べて神様の力を得ようなんて考えるのは人間くらいなんだろう。
確かにそんなやばい奴らがうろついてるようじゃあ、とても人間なんかと共生は出来ないわよねぇ。
と、昨日学んだ事を反芻していた私は改めてレナメイド長が運ん出来た染色液に緊張を覚えた。
生まれてこの方、髪を染めた事なんてない私。
つまり、髪を染めるのは初体験。
どうなるか自分でも分からない。
「よろしいですか? ミスズお嬢様」
「うっ。……え、ええ……覚悟はできているわ……!」
「そんな命が取られるわけでもあるまいしぃ、緊張しすぎですよぅ」
「そんな事言われたって、私の世界で髪を染めるのはリア充だけなのよ」
「……りあじゅう?」
ではお庭へ、と促され、サクサクと髪の染色は始められた。
ああ、今日もいい天気……。
日差しを浴びながら、そんな現実逃避をしていると、レナメイド長が私の髪を櫛でとかす。
……あれ、ケープ的なものを肩に掛けたり先にシャンプーしたり……するもんじゃ、ないの?
いや、まあ、染めた事ないから分かんないけど。
「終わりました」
「へはぁ!?」
終わ!?
は、早くない!?
毛先を握って口元まで持ってくると、あ、ホントだ……?
真っ黒だった私の髪が鮮やかな胡桃色になっている。
とかされただけなのに……どうして?
「いかがでしょう」
「まあ、お似合いですわ! ミスズ様!」
「え、ま、待って待って待って? 髪ってこんなに簡単に染まるものなの!?」
「え? はい。染色液を髪の毛の表面に魔法で定着させておりますので、時間が経つと流れ落ちてしまいますが……簡単に別なお色に染められます」
そうなの!?
なんか、私の世界だと「色を入れる」みたいな事を聞いた事があったから、染めるのって大変なのだとばかり……。
あわあわしていると、レナさんが鏡を取り出して私の前へ差し出す。
そこには明るい胡桃色の髪の、見た事もない女の子がいた。
いや、女の子、なんて歳じゃないのは自分が一番分かってはいるんだけど……。
でも、な、にこれ……本当に、これ、私……?
じ、自分で言うのもなんだけど、人生で一番可愛い……。
い、いやいや、勿論マーファリーのお化粧効果もあるけど!
そんな、髪の色が変わっただけなのに、こんなに印象って変わるのね……。
「か、可愛い……! お可愛らしいです、ミスズお嬢様……!」
「え、い、いやぁ、そ、そんな事……。……そ、そうかなぁ?」
「ええ、とっっても愛らしいですわ! やっぱり印象がガラリと変わりますわね! せっかくですからもっと明るい色もお試しになられますか?」
「え! いやいや、これ以上明るいのは勇気がっ」
「そうですか?」
お似合いだと思いますけど、と手を合わせたまま首を傾げるエルフィの安定の可愛らしさ。
マーファリーも何故か感動でもしているかのように目をキラキラさせ、頬を染めて私を見ている。
なんだか二人の眼差しに居心地悪くなってきたんだけど。
「では次は瞳の色をごまかすカラーコンタクトですね」
「この世界にもカラコンがある事に驚いたわ」
私が居心地悪そうにしている事に気がついたのか、レナさんが言う。
カラーコンタクト……異世界にもまさかあるとは。
そして、私には永久に無縁だと思ってたのに。
だが、この世界は魔法の世界。
そう言った私にレナさんが「カラーコンタクトは視力の悪い方だけでなく、魔力制御にも使われるのですよ」と教えてくれた。
どういう事なのか。
魔力や魔法のある世界なのに、魔石が普及しまくっているせいで意外と魔法を覚えない人が多いんだって。
魔法は使うのにそれなりの知識と技量と制御技術が必要で、低級・初級の魔法も結構難しい。
慣れないうちは瞳に魔法制御機能のある魔石の粉末が用いられた、なんかとりあえずすごい制御用コンタクトをつけたりする人もいるんだという。
そしてカラーコンタクトが普及しているのにはもう一つ理由がある。
なんと、魔法を使う時に集める自然魔力の影響で瞳の色が変わってしまう体質の人が意外と多いらしいのだ。
それを誤魔化す為にカラーコンタクトは近年普及しているんだって。
なんというか、瞳の色の変化は幼少期に起こりやすく、夫婦間で生まれた赤ちゃんの色が親のどちらにも似ていなくて奥さんが浮気を疑われる事件が多発。
社会問題になっていた事があるらしい。
自然魔力を集める事で、使う魔法の属性に近い色に瞳が染まる事が医学的に証明されてからはそんな事もないみたいだけど……親や兄弟と同じ瞳の色でいたい、と考える人が増えたので、カラーコンタクトは結構ポピュラーなものなんだって。
また、その自然魔力で『闇属性』の人は私と同じ黒い瞳になってしまう事がある。
となると、やはり私と同じようにそれを隠した方がいいとカラコンを愛用する人がほとんどなんだってさ。
もちろん、視力が悪くて眼鏡を好まない人にも度数の入ったコンタクトは重要なアイテムみたいだけど。
かくいう私もお金があればコンタクトにはしたい。
だって、眼鏡って二十四時間つけていられる代わりに曇ったりズレたり汚れたり傷ついたりするんだもん。
そりゃあ、眼鏡には眼鏡の利点もあるわよ?
何十時間ゲームしてても目が乾かないという利点が!
外せばすぐ寝られるし、起きたらすぐ装備出来る!
コンタクトみたいに水がないとつけられない、なんて事もないし、使用期限もない!
「ではミスズお嬢様、いよいよユティアータの町へご案内いたしますね!」
「レナ、ハーディバル様はいつ頃お見えになるのでしょう?」
「午後には、と仰っておりましたから……お嬢様は屋敷でお待ちになられた方がいいかもしれません」
「そうね」
「あと、万が一を考えてあなたもお留守番なさい、ナージャ」
「ええ!? そ、そんなぁ、レナメイド長〜! ナージャを見捨てるんですかぁ!?」
「処罰されるような事をしたのはあなたでしょう? むしろ、ユスフィアーデ家で罰を下されなかっただけありがたいと思いなさい」
ギロリ。
ナージャを見下ろすレナメイド長の威圧感たるや。
ドS騎士にも引けを取らないわね……。
でもそうか、あのドS騎士が来るからエルフィはお留守番かぁ。
「残念ですわ……ミスズ様にユティアータの町をご案内したかったのに……」
「エルファリーフお嬢様、そんなにお気を落とさないでください。ユティアータはトルンネケ地方最大都市! とても半日では回りきれません」
「……そう、ですわよね。ミスズ様、次は必ずご一緒いたしましょう」
「うん、そうね!」
ちょっと残念だけどお客……例えそれがあのドS騎士だったとしても……が、来るんじゃあ留守には出来ないものね、仕方ない。
ったく、何時に来るかくらい具体的に伝えておきなさいよね!
エルフィに手を振りながら、マーファリーと一緒に庭を門の方へと進む。
今更だけど……この屋敷に来て、私初めて屋敷の外に出るんだったわ。
綺麗なバラが巻き付いたアーチを抜けると更に道。
……あ、うん、分かってたけど、やっぱ敷地もくそ広いのね……。
川まで流れてるし。
どこもかしこも、手入れが行き届いててとても綺麗な庭。
なんつーか、庭だけで私の実家三軒分ありそうなんだけど……。
とにかくマーファリーについて進むと、ようやく道が見える。
ええ、庭に道よ。ちゃんと舗装された、道。
その道を歩いていくと、堅牢な塀と門構。
門の端にある扉を開けてようやくユスフィアーデ邸を抜け出した。
「?」
抜け出した時に後ろ髪を引かれるような感じがあったけどなにかしら?
「えーと、コンタクトは……」
私の横でマーファリーが通信端末で地図を見る。
覗き込むと、な、なんという大都市……!
思わず目をひん剥いた。
「こ、これがこの町!? ほ、本当に大きいのね」
「はい、ユティアータは王国でも指折りの大都市の一つ。トルンネケ地方首都ケルニヘンよりも大きいんですよ」
そして、マーファリーがこの町の大体の主要施設を教えてくれた。
町の中央はこの屋敷や、領主庁舎……私の世界で言う市庁舎がある。
一応町の政の中枢ね。
『ゲート』という巨大な転移魔法の『出口』は領主舎のなかにあるらしい。
この町へ転移魔石を使って来た人が現れる場所の事ね。
住民の暮らす住宅地も中央に集中していて、東には大きな畑や牧場。
西には商店街。
南は魔法学校や研究所などがあり、この町で一番大きな病院がある。
北は公園や娯楽施設があるらしく、少し治安が良くないから絶対一人では行かないようにと強く念を押された。
少し意外……魔獣化、なんて恐ろしい現象のある世界にも、治安が悪いところなんてあるんだ……。
「……こう言う事はあまり言いたくないんですが……エルファリーフお嬢様やユスフィーナ様の伯父様が治めておられる頃は、とても治安のいい安全な町だったんです。わたしもその頃にこの町に来たんですが……」
「辞めちゃったの?」
「いえ、お亡くなりになってしまったんです。視察中に、事故で……。お父様を早くに亡くされたお嬢様たちにとって、ダリウス様はお父様代わりの方だったんですよ」
「そうだったんだ……。それで、次の領主にユスフィーナさんが?」
「はい。この町の領主はケルニヘンの領主様の指名制なのですが、ダリウス様の後任の方がユスフィーナ様を大層強く推して下さって丁度一年前に就任されたんです」
い、一年前!
うーん、これは、私領主なんかやった事ないけど……確かに大変な時期かも。
最初の三ヶ月ははじめての仕事を覚えるのに必死で、それ以降は慣れて来て気の緩みも出てどえらい失敗とかするじゃない?
一年でやっと一人前になったかなー、と思うとまたどえらい事やらかす時期だわ。
「ユスフィーナ様……それでなくとも大変なお仕事をされておられるのに……」
「? 他にも何かあるの?」
「はい、それが…………、……あ、い、いいえ、これは〜……な、なんでもありません」
「え、ちょっと! そんな言い方されたら気になるじゃない!」
言いかけて途中でやめられるって一番興味を刺激されるー!
マーファリーの肩をガシガシ揺らしてお願いし続けると、やっちまった顔で「わたしが言ったって内緒にして下さいね」と釘を刺された。
もちろんよ、私は口の硬い女よ!








