第2話!
「はぁ、朝っぱらからなにやってるんですかぁ。しっかりしてくださいマーファリーさぁん。その雌豚の担当はマーファリーさんでしょ〜」
「ご、ごめん……。……でも、それよりもナージャ、口汚いわよ。レナメイド長に報告するからね、今の」
「ごめんなさい。それだけはやめてください」
「あんたそんなに流暢に喋れたの? 初めて見たんだけど」
食堂への道すがら、腹黒猫かぶり小娘の新たな一面が露呈した。
……こいつあの舌ったらずな喋り方もわざとか……なんてあざといの……恐ろしい子……!
「おはよう……って、あれ? エルフィだけ? ユスフィーナさんは?」
食堂の扉を開くと、テーブルには食べる準備万端のエルフィだけがポツンと座っていた。
私の顔を見るとパアァ、と可愛らしい笑みを向けてくれる。
朝から可愛いわねぇ、エルフィ。
でも、昨日は朝ご飯の時ユスフィーナさんもいたのに……。
夜はいなかったけど。
「……はい、おはようございます。……お姉様でしたらもう出掛けられましたわ。……お仕事が溜まっておられるそうですの」
「ええ! ず、随分早く出るのね……!?」
まだ七時半よ?
学生やサラリーマンだってゆっくりご飯食べてると思うんだけど!?
……そ、そういう私だって実家暮らしなのを良い事にパートに間に合うギリギリまで寝てたし……。
それともこの世界はもう働く時間なのかしら?
「……はい……領主になられてから……ずっとお忙しそうで……。あんなに毎日、朝早く、夜遅くまで…………お身体を壊さないか、心配ですの……」
「エルフィ……」
俯いて姉の身を案じるエルフィは、出会った時のようなとても深刻な表情……。
そうよね、お姉さんの事だものね……。
でも、昨日の夜にマーファリーが言っていたのはこういう事だったんだ。
朝早くから出かけて、夜も遅くまで仕事をしてるから……同じ家に住んでるのにすれ違い生活だったのね……。
エルフィ……。
「……わたくしにもなにかお手伝い出来る事があれば良いのですけれど……」
「……そう、ね」
仕事かぁ……領主の仕事なんてすごく難しいし、大変そう。
ただのパート経験しかない私にも手伝うのは無理だろうな〜……。
……ああ! メイドや使用人の皆さんも神妙な面持ちに!
は、話を、話題を変えよう!
なにか楽しいものに!
「あ、ところでエルフィ、マーファリーに今朝聞いたんだけど、来月? なんかパーティがあるんですってね」
「……あ、ええ。フレデリック殿下主催の、お見合いパーティがありますわ。……わたくしもご招待頂いたんですが……お姉様があんなに働き詰めですと……とても自分だけ遊ぶ気にはなれなくて……。お断りしようと思っていたところなのですわ」
うっ!
先手を打たれた……しかも、朝聞いていたよりも断る理由が重くなってる!
あの話題の後だと余計に!
「そうですわ! ミスズ様、わたくしの代わりに参加してくださいませんか?」
「へあ!?」
「いけません、お嬢様!」
「ひぃ!?」
名案! とばかりに手を叩いたエルフィへ、間髪入れずにメイド長のお叱り。
シュンとうなだれるエルフィ。
あれはあれで可愛い。
……というか、うっかり私の方が悲鳴あげちゃったわよ……。
「……でも……」
「でもではございません! ユスフィーナ様があの様にお忙しい状況だからこそ! エルファリーフお嬢様がしっかりと良縁をもぎ取ってユスフィアーデ家へハーディバル様をお連れするべきです!」
まさかのドS騎士推し!?
「……ま、またそのお話ですの……? で、ですがハーディバル様は御三家の……」
「そうです、御三家の次男でらっしゃいます! フェルベール家はご長女の方が既に結婚され、婿をお迎えになりお子様も三人いらっしゃいますので世継ぎの心配はないとされています。長男の方はフレデリック殿下、ジョナサン殿下付きの執事! 恐らくご婚姻はまだ先でしょう……。ですから! 自由に婿入り出来る次男のハーディバル様は絶好の獲モ……お相手なのですよ!」
レ、レナメイド長?
……今『獲物』って言いかけなかった……?
「あれ程の才ある方が、しかも! フェルベール家の血筋の方がユスフィアーデ家にいらしたとなればお家は安泰です! ユティアータの民も安心する事間違いありません!」
「……そ、それはそうかもしれませんが……」
「あんなお美しい殿方もそうおりませんよ! その上騎士団の隊長の一角を務めておられる! 家柄も申し分ない……なにが不満なのですか! お嬢様!」
性格じゃないかな。
……とは、間違っても口を滑らせられない空気。
当然私と同じ事を考えていそうなナージャも思い切り口を結んでいる。
だよね……あの剣幕のメイド長に、それは言えないわよね……。
「……レナ」
「なんですか、お嬢様」
「この国は自由恋愛、自由結婚の国ですのよ。その様な損得でお相手の気持ちも、わたくしの気持ちもない結婚はいたしません。絶、対、に」
「な……! ……う……っ……」
ズパーーーン!
……あの剣幕のレナメイド長を、一刀両断……!?
ポカーン、となる私とメイド、使用人一同。
……エルフィの言ってる事は……まあ、確かに至極真っ当な事、だわ。
す、すごい、エルフィ……意外と芯がしっかりしてる子だったのね……。
は、はわわ、新たな魅力を見せつけられてしまったわ〜!
「……さあ、お食事を始めましょう。ミスズ様、どうして立ってらっしゃいますの? どうぞお席にお座りください」
「は、はーい……」
あらら、レナメイド長がしょんぼりしてしまった……。
あれだけ気持ちよく返り討ちにされちゃ仕方ないよね……少し可哀想だけど……。
「レナ」
「は、はい……出過ぎた事を申しまし……」
「いいえ。心配してくれてありがとう。我儘を言ってごめんなさい。けれどわたくし、できれば素敵な恋をして結婚したいの。……応援してくれなくて?」
「……お嬢様……。……いいえ、勿論、心より応援いたします……!」
「ありがとう」
ンンンンンーーーー!
フォローも忘れない! なんって完璧なお嬢様なのエルフィーーー!
んもう一生ついて行きたくなるぅ!
そんな事言われたら、一生お仕えしたくなるぅぅぅー!
「………………あの、レナメイド長? ハーディバル様と言えば、昨晩ご連絡があったのでは……」
「ハッ! そ、そうですお嬢様! 本日ハーディバル様がユティアータを訪問されるそうなんです!」
「え。……えぇ! い、一体なんの御用で……」
「は、はわわ……」
「っ」
あのドS騎士が、来る!?
……って、私にはあんまり関係ないだろうな……ナージャのあの青い顔を見る限り。
もしかして、処しに来たのかしら、ナージャを。
「……魔獣討伐との事ですが……ユスフィーナ様は王国騎士団へ依頼を出されていないそうなのです……。恐らく表向きはその様な用向きという事だと思います……」
「うっ……。そ、そうですよね……お姉様、多分そこまで気が回っておられませんものね……。では一体なんの御用なのかしら……。まさか、ナージャは連れていかれてしまうのでしょうか……」
「えええー! い、嫌ですお嬢様〜! ナージャは、ナージャはここにいたいです〜」
「……ナージャ……」
……うん、私はもう騙されないわ。
ナージャのあの泣き顔を見ても心が全ッッ然動かない。
けど、ナージャの事なんかよりあのドS騎士が来る方が問題よね。
うーん、顔立ちや職業、お家柄自体は申し分ないんだけど……エルフィやマーファリーを預けるには性格に難ありまくりなのよねぇ、あのドS騎士……。
乙女ゲー的にはありなのかもしれないけど……。
いや、もしかしたら好きな女の子の前では超優しいデレデレ男と化すかもしれないけど……あの毒舌が心配だわ……。
攻略キャラに入れるべきか……外すべきか……悩みどころね……。
………………。あと、マジでハクラとBとLの関係だったら完全に外すべきなんだけど、確認するにはどうしたらいいのかしら……。
さっきエルフィが思いっきりこの国は自由恋愛、自由結婚の国って言ってたから、BとLは私が考えているよりポピュラーなのかも。
普通に聞けば答えてくれ……いや、あいつは普通に聞いても絶対答えてくれなさそう……。
う、うううぅ〜〜ん……!
そんな感じで私はしっかり美味しい朝食を味わった。
まあ、悩みどころではあるけれど、エルフィたちほど慌てる事でもないかなぁ、と思ったのだ。
それよりも魔石の使い方なのよ。
結局トイレはマーファリーに流してもらう事になるんだもの、申し訳ないし居た堪れないし……。
お風呂もマーファリーに手伝ってもらわないと入れないのよ?
恥ずかしいし居た堪れないし……今日中に必ず使えるようにならないと……!
昨日と同じ様にエルフィ、マーファリー、ナージャと私の四人で書庫で魔石を使う練習を始めて見たけれど……。
「うーーん、うーーん」
「イメージ、イメージです、ミスズお嬢様!」
分かってるわ、マーファリー!
手のひらから身体の中の魔力を魔石に込めるイメージよね!
……け、けど……。
「あーーっ! ダメー! ……なんで? 昨日、属性を調べるときは簡単に魔力が取り出せたのに!」
「……やはり魔石は難しいですよね……。昨日の属性魔力検査器は亡命者がこの国に来て最初に貰える物の一つなんです。これまで魔力と無縁だった亡命者に、魔力がどんなものかを教えて、そして使えるきっかけになるよう開発されたものなので、魔力が抽出されやすい作りなのです」
「……そ、そうなの……」
「やはりもう少し検査器で練習して、イメージを固めてから改めて魔石に挑戦いたしましょうか……」
「う、うーん……そ、そうね……」
つまりあの砂時計みたいなやつは魔力が取り出しやすく作られているものなのね。
それで私みたいな初心者でも、簡単に魔力が取り出せたと。
まだ魔力の使い方が分からない以上、魔石使用が遠退くばかり。
うう、でも、まさかこんなにも魔石……否、魔力を使うのが難しかったなんて……!
乙女ゲーや漫画なら、使いこなしちゃうものなのに!
「因みにお嬢様、昨日申し上げました通り普通の人間の体内魔力許容量は大変少ないです」
「え? ああ、うん。そんな様な事言ってたわね」
「ですから、検査器で練習される場合必ず一日一時間までになさって下さい。それ以上は体内魔力切れになってしまいます」
「へ……!?」
なんて!?
一日、たったの一時間!?
「そうですわね……体質や使用する魔法にもよりますが、継続して体内魔力を使い続けると大体一時間ほどで使い切ってしまうといいますもの。自然魔力を体内に取り込むのには睡眠が必要です。体が動かなくなってしまう前にやめた方が賢明ですわ」
「ええ、魔石や通信端末は体内魔力を使いますから、やり過ぎは禁物です」
「そ、そんな……」
早く魔石を使えるようになりたいのに……。
……ん? 魔石や……通信端末……?
え? 待って? それじゃあ……通信端末でやるゲームも一日たったの一時間までって事!?
そ、そんなあああ!
「な、なんとかならないの!?」
「は、はい!?」
「だってその理屈でいくと通信端末でゲームするにしても一時間が限界って事じゃない!」
「は、はぁ、そ、そうですね……」
「そんなの嫌、じゃなくて困るわ! 私はゲームがしたいのに!」
「……お、落ち着いてくださいお嬢様!?」
衝撃の事実に思わずマーファリーへ詰め寄る。
でも、だって仕方ないじゃない!
ゲーム……特に乙女ゲームは私の生き甲斐! 人生の潤い!
ないと生きていけない、栄養分!
この世界に乙女ゲーがあるかはまだ分からないけど、それにしたって一時間は短すぎる!








