へし折れ死亡フラグ! 乱立するフラグを選び抜き、恋愛イベントを発生させよ!
〜登場人物〜
★水守みすず
現代日本人。
ストレス多めなスーパー裏方のパート従業員。
生き甲斐は乙女ゲームなどのゲームと少女漫画。
人生捨ててる今時のオタク。
年齢24歳。
容姿、黒髪ボサボサを百均ゴムで一纏め。黒目。眼鏡。上下ジャージ。スニーカー。が、デフォルト。→胡桃色の髪と茶色の瞳。
★エルファリーフ・ユスフィアーデ
異世界『リーネ・エルドラド』のとある地方領主の妹。
純粋で優しいお嬢様で、みすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。
年齢19歳。
容姿、薄いオレンジの髪。碧眼。とても可愛い。
得意属性『風属性』
★ナージャ・タルルス
異世界『リーネ・エルドラド』へみすずを誤って召喚してしまった魔法使い(見習い)。
ユスフィアーデ家のメイド見習いとして働きながら王都の学校に通っている。
舌ったらずで話す、かなり“いい”性格の少女。
年齢13歳。
容姿、茶髪ツインテール。金眼。
得意属性『火属性』
★マーファリー・プーラ
異世界『リーネ・エルドラド』、ユスフィアーデ家で働くメイド。
過酷な境遇の経験と、それでも健気に働く前向きな性格からみすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。
年齢21歳。
容姿、灰色の髪、紫の瞳。美人。
得意属性『氷属性』
★ユスフィーナ・ユスフィアーデ
異世界『リーネ・エルドラド』の大都市ユティアータを納める領主。
多忙ながらも妹やみすずへ気配りを忘れない、心優しい女性。
その分苦労も多く、アンニュイな表情が多い。
いつのまにかみすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。
年齢24歳。
容姿、薄いオレンジの髪、碧眼。美人。
得意属性『水属性』
☆ハクラ・シンバルバ
異世界『リーネ・エルドラド』で冒険者を名乗る少年。
『魔銃竜騎士』という世界で一人だけの称号を持ち、亡命者たちからは『アバロンの英雄』と讃えられている。
ホワイトドラゴンのティルを肩に乗せて連れ歩いていることが多い。
性格はかなりのトリ頭タイプ。そのくせ余計な事は覚えている。
年齢18歳。
容姿、黒と白の混色の長髪(大体三つ編み)、金眼。黙っていれば儚い系の美少年。黙っていれば。
得意属性『風属性』『光属性』※その他全属性使用可能。
☆ハーディバル・フェルベール
異世界『リーネ・エルドラド』アルバニス王国王国騎士団魔法騎士隊隊長…という長ったらしい役職の少年。
12歳という若さで魔法騎士隊の隊長になり、王国始まって以来の魔法の天才と謳われている人外レベルの魔法使い。
性格は毒舌、ドS。ハクラに言わせるとツンデレらしいが、デレは見当たらない。
年齢18歳。
容姿、薄紫の髪、銀眼。表情筋は死んでいるが美少年。
得意属性『土属性』『闇属性』※その他全属性使用可能。
☆フリッツ・ニーバス
とある事件でみすずたちと知り合う謎の美少年。
ナチュラルに鬼畜で腹黒い。
年齢不明。
容姿は紺色の髪と瞳。ナージャと同い年くらい。
得意属性は『氷属性』と『闇属性』…今のところ。
☆カノト・カヴァーディル
とある地方のとある地方都市領主の分家の子息。
継母に家から追い出され、傭兵をしながら旅を続けている。
神速剣の使い手でアルバニス王国『三剣聖』の一人に数えられる実力者。
年齢24歳。
容姿は葡萄色の髪と瞳。
異世界『リーネ・エルドラド』へ召喚されて三日目の朝。
私、水守みすずはあくびをしながら背を伸ばした。
ふわふわふかふかのベッドは天蓋付き。
カーテンが開けられる音。
しかし眩しい朝陽は天蓋のカーテンが弱めてくれる。
私は三日前、このユスフィアーデ家の見習いメイド、ナージャ・タルルスという猫かぶり腹黒小娘に誤って召喚された。
なんか古代魔法とかいうとんでもなく古い魔法の失敗だったらしく、元の世界へ帰る魔法…送還の方法はその古い魔法を解析しないといけないという事で、非常に時間がかかるらしい。
予約してようやく手に入れた私の生き甲斐、新作乙女ゲームをプレイ出来なくなったのは非常に…非っっっ常に悔しいけど!
この世界で、まさに乙女ゲームのヒロインのような可愛い女の子たちに出会えたからそれはなんとか耐えられそうなのよ。
今の私の興味は彼女たちの恋の行方!
まあ、まだ出会ってなかったりもありそうだけど…あのとにかくヒロイン力の高い三人の美少女および美女!
エルファリーフ・ユスフィアーデ…私がお世話になる事になったユティアータという街の領主の実妹。漫画に出てきそうな純真無垢のリアルお嬢様!
マーファリー・プーラ…ユスフィアーデ家のメイド。私の専属お世話係。魔法のない大陸からの亡命者で元奴隷という暗い過去を持っているにも関わらず、前向きで明るく優しいの!
ユスフィーナ・ユスフィアーデ…エルファリーフの姉で、この街の領主。領主になって一年の新米領主でとにかく忙しそう。気配がするのよね、恋の!
帰れる算段がつくまで彼女たちを乙女ゲームプレイヤーとして、必ず幸せにしてみせる!
もちろん、本当に幸せにするのは彼女たちのお相手になる男の人だけど!
そう、これはリアル乙女ゲームなのよ! 私的に!
「ミスズお嬢様、お着替えのお手伝いは?」
「だ、大丈夫よ!」
ああ、ヤバイヤバイ。
そんなこと考えてたらマーファリーに首を傾げられてしまった。
とりあえずコルセットは勘弁なので、今日も普通のワンピースを選ぶ…のだが、エルフィの趣味でこれがなかなかに私に似合わなさそうな可愛らしいものばかりがクローゼットに並んでいる。
普段ジャージで生活していた私には、クローゼットの中が未知の世界のようにすら思えた。
…実際ここは異世界なんだけど…クローゼットの中は最早魔王の住むダンジョンのようだわ…。
レベル5では到底挑めない迷宮よ!
「…マーファリー…どれがいいと思う?」
「そうですね、昨日は黒い御髪にお似合いのお色を選ばせていただきましたが、本日髪を染色されますので…こちらの霞色のスカートにブラウスはいかがでしょう? ピンクの紐リボンを胸元を飾れば、髪を別な色にした後も十分愛らしくなると思いますよ」
「…あ、こんな物もあったのね…」
でもこのブラウスも襟とか袖にひらひらのレースついてるわよ?
…は、恥ずかしい…わ、私なんかにレースなんて…。
「靴は昨日と同じものでよろしいのですか? エルファリーフお嬢様は他にも何足かご購入されておられますけど」
「う、うん。変じゃないでしょ?」
「ええ。それではお化粧させて頂きますね」
「よ、よろしくお願いしまーす」
まあ、確かにエルフィが靴も何足か買ってくれてはいるんだけどね…このピンクのパンプス以外はヒールがあるのよ。
中にはどこに履いていくんじゃと聞きたくなるほど、派手な白いピンヒールまで…。
まあ、それを言ったら絶対に裾を踏みそうなドレスが十着くらいあるけど…。
これもどこにどのタイミングで着るの?
高そうで勿体ないけど、私がこの素敵なドレスへ袖を通す日はきっと来ないわね。
マーファリーにお化粧をしてもらいながら、じっとその楽しげな表情と魔法の手を眺める。
相変わらずすごいなー、他人の顔に化粧するなんてその手のお仕事の人みたい。
しかも顔だけじゃなく髪も。
あっという間に編み込みを作って、後ろにおさげを完成させる。
「出来ましたわ。本日は簡単に解ける三つ編みです」
「あ、ありがとう」
とは言うけれど、髪の結び目にはやはり花飾りがあしらわれてある。
は、早業…。
「うふふ、毎日お化粧や髪型を弄らせていただける日が来るなんて…」
と、ものすごく楽しそうなマーファリーは、お化粧が大好き。
彼女は過酷な奴隷生活で失った人間性を、お化粧によって取り戻したらしい。
確かに、私みたいな残念すぎる地味女をここまで引き上げてくれるんだから…お化粧ってすごいわ〜。
もちろんマーファリーの腕前があってこそだろうけど。
うっとりと私の仕上がりに満足げな微笑みを浮かべるマーファリー。
可愛いんだけど、可愛いんだけど…若干怖い…。
「あ、そういえばミスズ様はパーティにご興味などはおありですか?」
「パーティ⁉︎」
ほんの少し気落ちした私のテンションが上限はち切れる勢いで上がった。
だって、マーファリー、あなた今なんて言った⁉︎
パーティ⁉︎ パーティって!
「実は、一ヶ月後にフレデリック殿下主催の『第三回、御三家の嫁大募集お見合いパーティ』があるんです」
「王子様の主催⁉︎ …って…いうか…え? お見合いパーティ⁉︎」
御三家の嫁って、なに⁉︎
なにその題名の付いたお見合いパーティ…⁉︎
世に言う街コン⁉︎
親に言われても参加したことないけど…王子様の主催って聞くと心が傾く!
「はい。現在御三家の一人息子であるランスロット・エーデファー騎士団長とスヴェン・ヴォルガン天空騎士隊隊長、そしてフェルベール家の次男、ハーディバル魔法騎士隊隊長がなんと全員独身! 婚約者も恋人もなしなのです!」
「ハッ…」
ハ、ハーディバルって、あのドS騎士!
え、そりゃああんな毒舌でキッツイ性格してたらいくら綺麗な顔してても彼女なんかできるわけないわよ!
…とは思うけど…参加男性全員騎士団の、隊長とか団長の偉いところなんだけど、ど、どうなの?
地位は高いって言う感じ?
聞いただけだとかなり女子の好きそうな職業と地位よね?
仕事が忙しくて彼女が作れないのかしら?
それで王子様が気を遣って…?
でも『第三回』って言ってなかった?
「ご、御三家ってなに?」
「あ、そうですね。ご存知ないですよね。御三家とはエーデファー家、ヴォルガン家、フェルベール家の三家の事です。アルバニス王国建国当初は無数に存在していた王国の元王族の一族なのですが、アルバート陛下が即位されてからは同盟国、その後はアルバニス王国に吸収合併され、以後、アルバート陛下を支え続け、尚且つ衰退する事なく残っている唯一のお家なのだそうです」
「へ、へぇ…つまり元々は王族の一族なんだ?」
「はい。そういうお家は少なくないのですよ。バルニアン大陸の地方を治める領主のほとんどはそういうお家だそうです。ユスフィアーデ家も大昔は王家だったそうですから。ですが、国王陛下のお側で陛下を支え続け、バルニアン大陸の隣接する小大陸にその名を与えることを許されたのはエーデファー、ヴォルガン、フェルベールのみ! これはすごい事ですよ」
「え⁉︎ 大陸の名前になってるの⁉︎ す、すごっ」
「はい! 領地も大陸そのものを頂いているんです! それ故に尊敬を込め、御三家と呼ばれているんです!」
あ、あいつそんなにすごい家のお坊ちゃんだったのー⁉︎
エルフィの誕生会に招待されるっていうから、それなりにいいところのお坊ちゃんなのかなーとかぼんやり考えてたけどむしろ格上⁉︎
というか、そんな凄い家の跡取りたちとのお見合いパーティってやばくない⁉︎
「ちょ…そ、そんな凄い家の跡取りのお見合いパーティの話になんで私が興味持つと思ったの…」
「あの、実はユスフィーナ様とエルファリーフお嬢様、招待されているんですけど…二人ともお断りしようとしているんですよ」
「ええ⁉︎ なによそれ勿体ない⁉︎」
というか最高のシチュエーションじゃない!
完全に恋愛フラグよ⁉︎
それを断る⁉︎ エルフィなに考えてるのー⁉︎
「ですよねー。はぁ…ユスフィーナ様は領主としてのお仕事が本当にお忙しいからのようですけれど、どうやらエルファリーフお嬢様はユスフィーナ様に気を遣ってらっしゃるみたいなんです。お姉様のユスフィーナ様が先に幸せになるべきだとお考えのようで…」
「な、なんていい子なの…! でもそれはそれよ! 勿体ないわ! 絶対行くべきよ!」
「ええ、ですからミスズお嬢様が興味をお持ちならエルファリーフお嬢様の付き添いとしてご一緒して頂けないかな、と。ミスズお嬢様が一緒なら、行って頂けるかもしれません」
御誂え向きな展開きたーーー!
「ええ、勿論いいわよ! 私に任せて!」
「本当ですか⁉︎ さすがミスズお嬢様です! はあ、ご相談してよかった〜」
「…で、でも私みたいな平民が行っていいのかしら…」
「え? そんな大丈夫ですよ。招待客はエルファリーフお嬢様のような領主の親族やそれなりのお金持ちの方々ですけれど、応募して抽選が当たればどんな貧乏人も参加できます。そう、まさに一発逆転玉の輿イベントなんです!」
「玉の輿イベント!」
拳を掲げるマーファリー。
そ、それは確かにすごいイベントだわ!
「…今のところ玉の輿に乗れた女性はいないんですけど…流石に今年は三回目…誰か一人くらい…そろそろ…」
「そ、そう」
あれ、いきなりテンションがさがった。
あーん、でも確かにそんな凄い家の跡取りの奥さん候補だもん…競争率が乙女ゲーム舞台チケット争奪戦並に凄そう…。
「ねえ、男性はその御三家の三人しかパーティには参加しないの? それに対する女子の数は?」
「え? えーと、招待客は確か十二人、同行者は二人まで…当然親族の方が来られますね。それと、一般応募の方は十八名です」
「…う、うわぁ…恐怖ね…」
つまり約三十人の奥さん候補に、プラス二十四人くらいが来る…総勢五十人越えでたった三人の争奪…。
そ、それはお嫁さん決まらないな〜…。
王子様、パーティの形式が失敗してると思うわ!
「ですが、男性は御三家の方以外にも未婚の騎士団の方やお城で働いている方が参加されると聞いたことがありますよ」
「あ、そうなのね。よ、良かった…」
流石に五十対三はきついものね…。
それに騎士団やお城で働いてる人か…あぶれても、割とちゃんと玉の輿が狙えるって事か!
素敵な企画ね〜、さすが王子様!
…そして王子様主催って事は…当然王子様も挨拶に来たりするはずよね…?
つまり王子様に会えるかも⁉︎
これは、間違いなく恋愛イベント発生の予感…!
なら、私のやるべきことは一つだわ!
「ねぇ、マーファリーも一緒に行きましょうよ⁉︎」
「………。え、は…はいいいい⁉︎ わ、わたし⁉︎ いえいえいえいえ! む、無理です無理!」
「なんでよ? だって別に身分は関係ないパーティなんでしょ? 同行者は二人までってことは、人数的にはオッケー! むしろぴったり! それに、私はこの世界の事にまだまだ疎いわ! エルフィはパーティ慣れしていそうだけど…私はパーティなんて行った事ないから不安だし…。そのことでエルフィを私に付きっきりにさせたら意味ないでしょ?」
「うっ…」
「ね? お願いよマーファリー」
ユスフィーナさんはガチで仕事の都合みたいだけど、マーファリーはこの家のメイド。
仕事の都合なら付けられるはず!
ここは是非、イケメンと出会って素敵な恋に落ちてほしいー!
あたふたと顔を青くしたり赤くしていたマーファリーは、両手を強く握りしめると俯いて考え込んでしまう。
ふっふっふっ…エルフィのため、といえばこの家のメイドであるマーファリーは断りきれないはず…ふっふっふっ…。
「…………しょうか…」
「ん?」
なに?
マーファリー、今何か呟いて…。
「…フレデリック殿下に…お会いできるでしょうか…」
「…………………………」
フレデリック…殿下。
に、お会い…会いたいと。
………………………………。
…ほああああああああああああああああーーーーー⁉︎⁉︎⁉︎
既に恋愛フラグ立ってたあああぁぁぁあ⁉︎⁉︎⁉︎
そうだマーファリーはフレデリック殿下に助けられてこの国に来たって、来たって!
つまり! やっぱり恩人の王子様と再会して禁断の恋に火がつくあれだぁぁぁぁーーー‼︎‼︎‼︎
「ち、違うんです! 分かっているんです、私なんかがお会いできる方じゃないって!」
違うことあるかーい!
よっしゃキタァァ!
赤い頰、両手でその頰を包み、あたふたと弁解する姿!
恋する乙女ぇぇぇ!
「でも、わたし…ずっと…」
ずっと…ずっと⁉︎
ずっと王子様のことが…⁉︎
「ずっと王子様に…お礼が言いたかったんです!」
「………………。お礼?」
「はい。助けていただいて、ありがとうございました、って…」
…んんん!
な、なんて、なんて…!
く、くぅ、わ、私の頭が恋愛脳すぎて汚れていた…!
マーファリーは、マーファリーは私の想像を遥かに凌ぐ…純粋なヒロインだったぁぁぁ‼︎
お礼! 助けてもらった、お礼!
くぁぁあ! まずはそこから! でも、それも、良い!
「王子様、あの時は助けてくださりありがとうございました」…照れながら、そして数年ぶりの再会に浮かされたようなマーファリーは頰を赤らめ眼前に佇む憧れの恩人へと長年の思いを告げる。
そして王子は、あまりにも美しく変化した彼女に一目で恋に落ちてしまう。
長い年月積もった想いを吐き出して、緊張に震えていた肩に手を置いた王子はマーファリーへゆっくりと顔を近づける。
ピンクの唇へ吸い寄せられるように…自らの唇を、重ねてええええええーーーー!
「…勿論、あの時助けてくださったジョナサン殿下やハクラにも改めてお礼を言えたら良いんですけど…ジョナサン殿下はあまり人前にはお出になられないと言いますし…お礼を言えるとしたら、やっぱりハクラとフレデリック殿下ですよね…。…ああ、でも、そもそもお会いできるかどうか………ミスズお嬢様? あ、あら? ど、どうされたんてすか? そんな真顔で固まって…ミスズお嬢様? ミスズお嬢様⁉︎」
ミスズお嬢様ーー!
…ナージャが迎えに来るまで、私の妄想は終わらなかった。
****
「はぁ、朝っぱらからなにやってるんですかぁ。しっかりしてくださいマーファリーさぁん。その雌豚の担当はマーファリーさんでしょ〜」
「ご、ごめん…。…でも、それよりもナージャ、口汚いわよ。レナメイド長に報告するからね、今の」
「ごめんなさい。それだけはやめてください」
「あんたそんなに流暢に喋れたの? 初めて見たんだけど」
食堂への道すがら、腹黒猫かぶり小娘の新たな一面が露呈した。
…こいつあの舌ったらずな喋り方もわざとか…なんてあざといの…恐ろしい子…!
「おはよう…って、あれ? エルフィだけ? ユスフィーナさんは?」
食堂の扉を開くと、テーブルには食べる準備万端のエルフィだけがポツンと座っていた。
私の顔を見るとパアァ、と可愛らしい笑みを向けてくれる。
朝から可愛いわねぇ、エルフィ。
でも、昨日は朝ご飯の時ユスフィーナさんもいたのに…。
夜はいなかったけど。
「…はい、おはようございます。…お姉様でしたらもう出掛けられましたわ。…お仕事が溜まっておられるそうですの」
「ええ! ず、随分早く出るのね…⁉︎」
まだ七時半よ?
学生やサラリーマンだってゆっくりご飯食べてると思うんだけど⁉︎
…そ、そういう私だって実家暮らしなのを良いことにパートに間に合うギリギリまで寝てたし…。
それともこの世界はもう働く時間なのかしら?
「…はい…領主になられてから…ずっとお忙しそうで…。あんなに毎日、朝早く、夜遅くまで……お身体を壊さないか、心配ですの…」
「エルフィ…」
俯いて姉の身を案じるエルフィは、出会った時のようなとても深刻な表情…。
そうよね、お姉さんのことだものね…。
でも、昨日の夜にマーファリーが言っていたのはこういうことだったんだ。
朝早くから出かけて、夜も遅くまで仕事をしてるから…同じ家に住んでるのにすれ違い生活だったのね…。
エルフィ…。
「…わたくしにもなにかお手伝い出来ることがあれば良いのですけれど…」
「…そう、ね」
仕事かぁ…領主の仕事なんてすごく難しいし、大変そう。
ただのパート経験しかない私にも手伝うのは無理だろうな〜…。
…ああ! メイドや使用人の皆さんも神妙な面持ちに!
は、話を、話題を変えよう!
なにか楽しいものに!
「あ、ところでエルフィ、マーファリーに今朝聞いたんだけど、来月? なんかパーティがあるんですってね」
「…あ、ええ。フレデリック殿下主催の、お見合いパーティがありますわ。…わたくしもご招待頂いたんですが…お姉様があんなに働き詰めですと…とても自分だけ遊ぶ気にはなれなくて…。お断りしようと思っていたところなのですわ」
うっ!
先手を打たれた…しかも、朝聞いていたよりも断る理由が重くなってる!
あの話題の後だと余計に!
「そうですわ! ミスズ様、わたくしの代わりに参加してくださいませんか?」
「へあ⁉︎」
「いけません、お嬢様!」
「ひぃ⁉︎」
名案! とばかりに手を叩いたエルフィへ、間髪入れずにメイド長のお叱り。
シュンとうなだれるエルフィ。
あれはあれで可愛い。
…というか、うっかり私の方が悲鳴あげちゃったわよ…。
「…でも…」
「でもではございません! ユスフィーナ様があの様にお忙しい状況だからこそ! エルファリーフお嬢様がしっかりと良縁をもぎ取ってユスフィアーデ家へハーディバル様をお連れするべきです!」
まさかのドS騎士推し⁉︎⁉︎
「…ま、またそのお話ですの…? で、ですがハーディバル様は御三家の…」
「そうです、御三家の次男でらっしゃいます! フェルベール家はご長女の方が既に結婚され、婿をお迎えになりお子様も三人いらっしゃいますので世継ぎの心配はないとされています。長男の方はフレデリック殿下、ジョナサン殿下付きの執事! 恐らくご婚姻はまだ先でしょう…。ですから! 自由に婿入りできる次男のハーディバル様は絶好の獲モ…お相手なのですよ!」
レ、レナメイド長?
…今『獲物』って言いかけなかった…?
「あれ程の才ある方が、しかも! フェルベール家の血筋の方がユスフィアーデ家にいらしたとなればお家は安泰です! ユティアータの民も安心すること間違いありません!」
「…そ、それはそうかもしれませんが…」
「あんなお美しい殿方もそうおりませんよ! その上騎士団の隊長の一角を務めておられる! 家柄も申し分ない…なにが不満なのですか! お嬢様!」
性格じゃないかな。
…とは、間違っても口を滑らせられない空気。
当然私と同じことを考えていそうなナージャも思い切り口を結んでいる。
だよね…あの剣幕のメイド長に、それは言えないわよね…。
「…レナ」
「なんですか、お嬢様」
「この国は自由恋愛、自由結婚の国ですのよ。その様な損得でお相手の気持ちも、わたくしの気持ちもない結婚は致しません。絶、対、に」
「な…! …う…っ…」
ズパーーーン!
…あの剣幕のレナメイド長を、一刀両断…⁉︎
ポカーン、となる私とメイド、使用人一同。
…エルフィの言ってることは…まあ、確かに至極真っ当な事、だわ。
す、すごい、エルフィ…意外と芯がしっかりしてる子だったのね…。
は、はわわ、新たな魅力を見せつけられてしまったわ〜!
「…さあ、お食事を始めましょう。ミスズ様、どうして立ってらっしゃいますの? どうぞお席にお座りください」
「は、はーい…」
あらら、レナメイド長がしょんぼりしてしまった…。
あれだけ気持ちよく返り討ちにされちゃ仕方ないよね…少し可哀想だけど…。
「レナ」
「は、はい…出過ぎたことを申しまし…」
「いいえ。心配してくれてありがとう。我儘を言ってごめんなさい。けれどわたくし、できれば素敵な恋をして結婚したいの。…応援してくれなくて?」
「…お嬢様…。…いいえ、勿論、心より応援致します…!」
「ありがとう」
ンンンンンーーーー!
フォローも忘れない! なんって完璧なお嬢様なのエルフィーーー!
んもう一生ついて行きたくなるぅ!
そんなこと言われたら、一生お仕えしたくなるぅぅぅー!
「………あの、レナメイド長? ハーディバル様と言えば、昨晩ご連絡があったのでは…」
「ハッ! そ、そうですお嬢様! 本日ハーディバル様がユティアータを訪問されるそうなんです!」
「え。…えぇ! い、一体なんの御用で…」
「は、はわわ…」
「っ」
あのドS騎士が、来る⁉︎
…って、私にはあんまり関係ないだろうな…ナージャのあの青い顔を見る限り。
もしかして、処しに来たのかしら、ナージャを。
「…魔獣討伐との事ですが…ユスフィーナ様は王国騎士団へ依頼を出されていないそうなのです…。恐らく表向きはその様な用向きという事だと思います…」
「うっ…。そ、そうですよね…お姉様、多分そこまで気が回っておられませんものね…。では一体なんの御用なのかしら…。まさか、ナージャは連れていかれてしまうのでしょうか…」
「えええー! い、嫌ですお嬢様〜! ナージャは、ナージャはここにいたいです〜」
「…ナージャ…」
…うん、私はもう騙されないわ。
ナージャのあの泣き顔を見ても心が全ッッ然動かない。
けど、ナージャのことなんかよりあのドS騎士が来る方が問題よね。
うーん、顔立ちや職業、お家柄自体は申し分ないんだけど…エルフィやマーファリーを預けるには性格に難ありまくりなのよねぇ、あのドS騎士…。
乙女ゲー的にはありなのかもしれないけど…。
いや、もしかしたら好きな女の子の前では超優しいデレデレ男と化すかもしれないけど…あの毒舌が心配だわ…。
攻略キャラに入れるべきか…外すべきか…悩みどころね…。
………。あと、マジでハクラとBとLの関係だったら完全に外すべきなんだけど、確認するにはどうしたらいいのかしら…。
さっきエルフィが思いっきりこの国は自由恋愛、自由結婚の国って言ってたから、BとLは私が考えているよりポピュラーなのかも。
普通に聞けば答えてくれ…いや、あいつは普通に聞いても絶対答えてくれなさそう…。
う、うううぅ〜〜ん…!
そんな感じで私はしっかり美味しい朝食を味わった。
まあ、悩みどころではあるけれど、エルフィたちほど慌てる事でもないかなぁ、と思ったのだ。
それよりも魔石の使い方なのよ。
結局トイレはマーファリーに流してもらうことになるんだもの、申し訳ないし居た堪れないし…。
お風呂もマーファリーに手伝ってもらわないと入れないのよ?
恥ずかしいし居た堪れないし…今日中に必ず使えるようにならないと…!
昨日と同じ様にエルフィ、マーファリー、ナージャと私の四人で書庫で魔石を使う練習を始めて見たけれど…。
「うーーん、うーーん」
「イメージ、イメージです、ミスズお嬢様!」
わかってるわ、マーファリー!
手のひらから身体の中の魔力を魔石に込めるイメージよね!
…け、けど…。
「あーーっ! ダメー! …なんで? 昨日、属性を調べるときは簡単に魔力が取り出せたのに!」
「…やはり魔石は難しいですよね…。昨日の属性魔力検査器は亡命者がこの国に来て最初に貰える物の一つなんです。これまで魔力と無縁だった亡命者に、魔力がどんなものかを教えて、そして使えるきっかけになるよう開発されたものなので、魔力が抽出されやすい作りなのです」
「…そ、そうなの…」
「やはりもう少し検査器で練習して、イメージを固めてから改めて魔石に挑戦いたしましょうか…」
「う、うーん…そ、そうね…」
つまりあの砂時計みたいなやつは魔力が取り出しやすく作られているものなのね。
それで私みたいな初心者でも、簡単に魔力が取り出せたと。
まだ魔力の使い方がわからない以上、魔石使用が遠退くばかり。
うう、でも、まさかこんなにも魔石…否、魔力を使うのが難しかったなんて…!
乙女ゲーや漫画なら、使いこなしちゃうものなのに!
「因みにお嬢様、昨日申し上げました通り普通の人間の体内魔力許容量は大変少ないです」
「え? ああ、うん。そんな様なこと言ってたわね」
「ですから、検査器で練習される場合必ず一日一時間までになさって下さい。それ以上は体内魔力切れになってしまいます」
「へ…⁉︎」
なんて⁉︎
一日、たったの一時間⁉︎
「そうですわね…体質や使用する魔法にもよりますが、継続して体内魔力を使い続けると大体一時間ほどで使い切ってしまうといいますもの。自然魔力を体内に取り込むのには睡眠が必要です。体が動かなくなってしまう前にやめた方が賢明ですわ」
「ええ、魔石や通信端末は体内魔力を使いますから、やり過ぎは禁物です」
「そ、そんな…」
早く魔石を使えるようになりたいのに…。
…ん? 魔石や…通信端末…?
え? 待って? それじゃあ…通信端末でやるゲームも一日たったの一時間までってこと⁉︎
そ、そんなあああ!
「な、なんとかならないの⁉︎」
「は、はい⁉︎」
「だってその理屈でいくと通信端末でゲームするにしても一時間が限界ってことじゃない!」
「は、はぁ、そ、そうですね…」
「そんなの嫌、じゃなくて困るわ! 私はゲームがしたいのに!」
「…お、落ち着いてくださいお嬢様⁉︎」
衝撃の事実に思わずマーファリーへ詰め寄る。
でも、だって仕方ないじゃない!
ゲーム…特に乙女ゲームは私の生き甲斐! 人生の潤い!
ないと生きていけない、栄養分!
この世界に乙女ゲーがあるかはまだ分からないけど、それにしたって一時間は短すぎる!
「まだ出来もしない状態で気が早過ぎですよぉ、ミスズお嬢様〜。まずは魔力を使えるようになってからじゃあないですかぁ?」
「そ、それは…っ」
「わたくしどもはゲーム? に詳しくございませんが…ゲームは一時間で遊べないものなのですか?」
「…うっ…いや…あ、遊べるけど……一時間じゃ絶対足りないのよ…!」
「は、はぁ…。それは…ええと、なんと申しますか…」
「エルファリーフお嬢様、ミスズお嬢様、御髪を染める準備が整いましたよ」
マーファリーやエルフィを困らせる私へ、レナメイド長の声がかかる。
そうだ、午後からカラコン買うついでにユティアータの街の案内もしてもらう予定なんだった。
街に行くのには私の身の安全を考慮して、髪をまず染める。
何故かと言うと、この国では私みたいな黒髪黒眼は王族や幻獣族の人に化けた姿の特徴らしい。
私がうろついて王族に迷惑が掛かる可能性や、幻獣族を食べてその力を得ようと考えるやばい連中から目をつけられないために一番目立つ髪を染める!
因みに幻獣族というのはこの世界『リーネ・エルドラド』を作った神様、の子孫。
ドラゴンと同様に人間を嫌ってアルバニス王国の辺境に島を作り、引きこもってしまっている。
人間の前に姿をあらわすことはなく、最早伝承の中だけで語られているのだが…よりによってそれによると人に化けた彼らの特徴が黒髪黒眼なんだとさ。
まあ、神様の子孫である彼らを食べて神様の力を得ようなんて考えるのは人間くらいなんだろう。
確かにそんなやばい奴らがうろついてるようじゃあ、とても人間なんかと共生は出来ないわよねぇ。
と、昨日学んだ事を反芻していた私は改めてレナメイド長が運んできた染色液に緊張を覚えた。
生まれてこの方、髪を染めたことなんてない私。
つまり、髪を染めるのは初体験。
どうなるか自分でも分からない。
「よろしいですか? ミスズお嬢様」
「うっ。…え、ええ…覚悟はできているわ…!」
「そんな命が取られるわけでもあるまいしぃ、緊張しすぎですよぅ」
「そんな事言われたって、私の世界で髪を染めるのはリア充だけなのよ」
「…りあじゅう?」
ではお庭へ、と促され、サクサクと髪の染色は始められた。
ああ、今日もいい天気…。
日差しを浴びながら、そんな現実逃避をしていると、レナメイド長が私の髪を櫛でとかす。
…あれ、ケープ的なものを肩に掛けたり先にシャンプーしたり…するもんじゃ、ないの?
いや、まあ、染めた事ないからわかんないけど。
「終わりました」
「へはぁ⁉︎」
終わ⁉︎
は、早くない⁉︎
毛先を握って口元まで持ってくると、あ、ホントだ…?
真っ黒だった私の髪が鮮やかな胡桃色になっている。
とかされただけなのに…どうして???
「いかがでしょう」
「まあ、お似合いですわ! ミスズ様!」
「え、ま、待って待って待って? 髪ってこんなに簡単に染まるものなの⁉︎」
「え? はい。染色液を髪の毛の表面に魔法で定着させておりますので、時間が経つと流れ落ちてしまいますが…簡単に別なお色に染められます」
そうなの⁉︎
なんか、私の世界だと「色を入れる」みたいな事を聞いたことがあったから、染めるのって大変なのだとばかり…。
あわあわしていると、レナさんが鏡を取り出して私の前へ差し出す。
そこには明るい胡桃色の髪の、見たこともない女の子がいた。
いや、女の子、なんて歳じゃないのは自分が一番わかってはいるんだけど…。
でも、な、にこれ…本当に、これ、私…?
じ、自分で言うのもなんだけど、人生で一番可愛い…。
い、いやいや、勿論マーファリーのお化粧効果もあるけど!
そんな、髪の色が変わっただけなのに、こんなに印象って変わるのね…。
「か、可愛い…! お可愛らしいです、ミスズお嬢様…!」
「え、い、いやぁ、そ、そんなこと…。…そ、そうかなぁ?」
「ええ、とっっても愛らしいですわ! やっぱり印象がガラリと変わりますわね! せっかくですからもっと明るい色もお試しになられますか?」
「え! いやいや、これ以上明るいのは勇気がっ」
「そうですか?」
お似合いだと思いますけど、と手を合わせたまま首を傾げるエルフィの安定の可愛らしさ。
マーファリーも何故か感動でもしているかのように目をキラキラさせ、頬を染めて私を見ている。
なんだか二人の眼差しに居心地悪くなってきたんだけど。
「では次は瞳の色をごまかすカラーコンタクトですね」
「この世界にもカラコンがあることに驚いたわ」
私が居心地悪そうにしていることに気がついたのか、レナさんが言う。
カラーコンタクト…異世界にもまさかあるとは。
そして、私には永久に無縁だと思ってたのに。
だが、この世界は魔法の世界。
そう言った私にレナさんが「カラーコンタクトは視力の悪い方だけでなく、魔力制御にも使われるのですよ」と教えてくれた。
どういうことなのか。
魔力や魔法のある世界なのに、魔石が普及しまくっているせいで意外と魔法を覚えない人が多いんだって。
魔法は使うのにそれなりの知識と技量と制御技術が必要で、低級・初級の魔法も結構難しい。
慣れないうちは瞳に魔法制御機能のある魔石の粉末が用いられた、なんかとりあえずすごい制御用コンタクトをつけたりする人もいるんだという。
そしてカラーコンタクトが普及しているのにはもう一つ理由がある。
なんと、魔法を使う時に集める自然魔力の影響で瞳の色が変わってしまう体質の人が意外と多いらしいのだ。
それを誤魔化す為にカラーコンタクトは近年普及しているんだって。
なんというか、瞳の色の変化は幼少期に起こりやすく、夫婦間で生まれた赤ちゃんの色が親のどちらにも似ていなくて奥さんが浮気を疑われる事件が多発。
社会問題になっていた事があるらしい。
自然魔力を集める事で、使う魔法の属性に近い色に瞳が染まる事が医学的に証明されてからはそんな事もないみたいだけど…親や兄弟と同じ瞳の色でいたい、と考える人が増えたので、カラーコンタクトは結構ポピュラーなものなんだって。
また、その自然魔力で『闇属性』の人は私と同じ黒い瞳になってしまうことがある。
となると、やはり私と同じようにそれを隠した方がいいとカラコンを愛用する人がほとんどなんだってさ。
もちろん、視力が悪くて眼鏡を好まない人にも度数の入ったコンタクトは重要なアイテムみたいだけど。
かくいう私もお金があればコンタクトにはしたい。
だって、眼鏡って二十四時間つけていられる代わりに曇ったりズレたり汚れたり傷ついたりするんだもん。
そりゃあ、眼鏡には眼鏡の利点もあるわよ?
何十時間ゲームしてても目が乾かないという利点が!
外せばすぐ寝られるし、起きたらすぐ装備できる!
コンタクトみたいに水がないとつけられない、なんてこともないし、使用期限もない!
「ではミスズお嬢様、いよいよユティアータの街へご案内致しますね!」
「レナ、ハーディバル様はいつ頃お見えになるのでしょう?」
「午後には、と仰っておりましたから…お嬢様は屋敷でお待ちになられた方がいいかもしれません」
「そうね」
「あと、万が一を考えてあなたもお留守番なさい、ナージャ」
「ええ⁉︎ そ、そんなぁ、レナメイド長〜! ナージャを見捨てるんですかぁ⁉︎」
「処罰されるような事をしたのはあなたでしょう? むしろ、ユスフィアーデ家で罰を下されなかっただけありがたいと思いなさい」
ギロリ。
ナージャを見下ろすレナメイド長の威圧感たるや。
ドS騎士にも引けを取らないわね…。
でもそうか、あのドS騎士が来るからエルフィはお留守番かぁ。
「残念ですわ…ミスズ様にユティアータの街をご案内したかったのに…」
「エルファリーフお嬢様、そんなにお気を落とさないでください。ユティアータはトルンネケ地方最大都市! とても半日では回りきれません」
「…そう、ですわよね。ミスズ様、次は必ずご一緒いたしましょう」
「うん、そうね!」
ちょっと残念だけどお客…例えそれがあのドS騎士だったとしても…が、来るんじゃあ留守にはできないものね、仕方ない。
ったく、何時に来るかくらい具体的に伝えておきなさいよね!
エルフィに手を振りながら、マーファリーと一緒に庭を門の方へと進む。
今更だけど…この屋敷に来て、私初めて屋敷の外に出るんだったわ。
綺麗なバラが巻き付いたアーチを抜けると更に道。
…あ、うん、わかってたけど、やっぱ敷地もくそ広いのね…。
川まで流れてるし。
どこもかしこも、手入れが行き届いててとても綺麗な庭。
なんつーか、庭だけで私の実家三軒分ありそうなんだけど…。
とにかくマーファリーについて進むと、ようやく道が見える。
ええ、庭に道よ。ちゃんと舗装された、道。
その道を歩いていくと、堅牢な塀と門構。
門の端にある扉を開けてようやくユスフィアーデ邸を抜け出した。
「?」
抜け出した時に後ろ髪を引かれるような感じがあったけどなにかしら?
「えーと、コンタクトは…」
私の横でマーファリーが通信端末で地図を見る。
覗き込むと、な、なんという大都市…!
思わず目をひん剥いた。
「こ、これがこの街⁉︎ ほ、本当に大きいのね」
「はい、ユティアータは王国でも指折りの大都市の一つ。トルンネケ地方首都ケルニヘンよりも大きいんですよ」
そして、マーファリーがこの街の大体の主要施設を教えてくれた。
街の中央はこの屋敷や、領主庁舎…私の世界で言う市庁舎がある。
一応街の政の中枢ね。
『ゲート』という巨大な転移魔法の『出口』は領主舎のなかにあるらしい。
この街へ転移魔石を使って来た人が現れる場所のことね。
住民の暮らす住宅地も中央に集中していて、東には大きな畑や牧場。
西には商店街。
南は魔法学校や研究所などがあり、この街で一番大きな病院がある。
北は公園や娯楽施設があるらしく、少し治安が良くないから絶対一人では行かないようにと強く念を押された。
少し意外…魔獣化、なんて恐ろしい現象のある世界にも、治安が悪いところなんてあるんだ…。
「…こう言う事はあまり言いたくないんですが…エルファリーフお嬢様やユスフィーナ様の伯父様が治めておられる頃は、とても治安のいい安全な街だったんです。わたしもその頃にこの街に来たんですが…」
「辞めちゃったの?」
「いえ、お亡くなりになってしまったんです。視察中に、事故で…。お父様を早くに亡くされたお嬢様たちにとって、ダリウス様はお父様代わりの方だったんですよ」
「そうだったんだ…。それで、次の領主にユスフィーナさんが?」
「はい。この街の領主はケルニヘンの領主様の指名制なのですが、ダリウス様の後任の方がユスフィーナ様を大層強く推して下さって丁度一年前に就任されたんです」
い、一年前!
うーん、これは、私領主なんかやった事ないけど…確かに大変な時期かも。
最初の三ヶ月ははじめての仕事を覚えるのに必死で、それ以降は慣れて来て気の緩みも出てどえらい失敗とかするじゃない?
一年でやっと一人前になったかなー、と思うとまたどえらいことやらかす時期だわ。
「ユスフィーナ様…それでなくとも大変なお仕事をされておられるのに…」
「? 他にも何かあるの?」
「はい、それが……、…あ、い、いいえ、これは〜…な、なんでもありません」
「え、ちょっと! そんな言い方されたら気になるじゃない!」
言いかけて途中でやめられるって一番興味を刺激されるー!
マーファリーの肩をガシガシ揺らしてお願いし続けると、やっちまった顔で「わたしが言ったって内緒にして下さいね」と釘を刺された。
もちろんよ、私は口の硬い女よ!
「…実は」
「ごくり」
「ユスフィーナ様、求婚されているんです」
「ええええ⁉︎」
きゅうこん⁉︎
球根…いや、求婚!
そんな、まさか! 突然の恋愛フラグ⁉︎
「ですがユスフィーナ様には他に想いを寄せる方が!」
「えええええええーー!」
きゃああああ! なによそれー!
少女漫画級の萌展開ーー!
く、詳しく〜! それは、詳しく聞かねばじゃないいい!
「どう言うことどう言うこと⁉︎」
「ここより北東には山脈地帯があり、その地方を治める領主のご子息がユスフィーナ様にご執心なんですよ」
「ええっ! 領主の息子ってことは、すごい御坊ちゃまってこと⁉︎」
「いえ、相手は地方領主のご子息です。ユスフィーナ様は地方領主様より土地を治めることを認められる地方都市領主…格で言うならあちらが上です」
「玉の輿ってこと⁉︎」
「そうですね…」
ひゃ、ひゃあああ!
なんて修羅場な展開なの〜!
格上貴族に見初められたユスフィーナさん…。
けれど彼女には他に好きな人が…!
うひゃひゃひゃ! な、なんという、良い!
「しかも、そのお相手は竜人族の長の息子! 言うなれば竜人族の王子様です」
「竜人族の王子様⁉︎ …王子さ、え? りゅ、竜人?」
「はい、竜人族は人里に降りたドラゴンと人が結婚し、交配して生まれた種族。人間よりも遥かに長寿で、力も魔力も桁違いに強い方々! その姿も様々で、人に近ければ鱗があるくらいですが、ドラゴンに近ければ二足歩行するドラゴンのようなんだそうですよ」
「ちょちょちょちょっと待って! 人間とドラゴンが…え? 結婚して子供…出来るの⁉︎」
「はあ、まあ、出来ちゃったみたいですね」
ふぁ!
ファンタジーーーー!
「あまりにも人と見た目が違うので、山脈地帯へと引きこもっておられるそうですけれど…アルバニス王国ではちゃんとアルバニス国民として扱われている、れっきとした人間なんだそうですよ。…ドラゴンの森に棲まうドラゴン族は、彼らを拒絶したと言われていますから…」
「え? なんで? だって半分はちゃんとドラゴンなんでしょう?」
「ドラゴン族のほとんどは人間を嫌悪しておられるんです。幻獣族にはもはや拒絶の域で嫌われていますけど…。大昔、人間がドラゴンや幻獣の棲家を侵し、己の長寿の為に肉や血を狙った事で、完全に敵と認定されたのだと伝わっています」
「んなっ! …あ、じゃあまさか黒髪黒目が狙われるって…」
「はい、その名残といいますか…もう四千年も経つのにまだ信じている者がいるみたいですね」
「四千も経ってるのに⁉︎ 忘れなさいよそういうのー! んもーぅ!」
…まあ、髪の色を染めたのは…ちょっとウキウキしたし、意外と可愛くなれたから…まあ、いいんだけど…。
恨むわよ、過去の人!
なんて余計なことを!
「そのような過去がある為、アルバート陛下はドラゴン族、幻獣族の領域への不可侵の条約を交わされたのです。以後アルバニス王国ではドラゴンの森と幻獣の森に立ち入った者から市民権の剥奪、生命の保証はなし、また立ち入った者への治療行為も禁止、という厳罰を敷いて徹底的に彼らとの交流を絶っています。これは彼らの領域に立ち入らない代わりに、人間のことも食べないでくださいという約束に基づいたもの。ドラゴン族の森へと入れるのは王族のみ! …そのような機会はないとは思いますが、ミスズ様もドラゴン族の森には絶対近付いてはいけません! あまつ、入ったりしたら食べられますから! ドラゴンの森に入ったら、二度と生きて出られないんですよ!」
「…は、はい…」
うっわ、そうだったんだ…。
どこにあるか知らないけど、食べられるのは絶対嫌!
そんな死に方、嫌よ!
そんな機会ないと思うけど気をつけよう…。
「と、このようにこの世界のことを知らないとうっかり死んでしまうかもしれません。魔石が使えるようになったら文字や世界の勉強をいたしましょうね」
「くっ…勉強は嫌いだけど…命に関わる事は確かに知っていた方が無難ね…。わ、分かったわよ〜…」
なんかすっかりマーファリーに丸め込まれた気がする…。
「って違うわよ! ユスフィーナさんの恋バナを聞いていたのよ! ねぇ、マーファリー、その竜人の王子様に求婚されてるユスフィーナさんの好きな人って誰なの⁉︎ どんな人⁉︎」
「…わっ! …あーっと、わたしも詳しく知っているわけではないんですが、マーレンス地方レール家の分家、カヴァーディル家の長男の方で、現在は旅をされていて連絡がつかないとか…」
「えーっ! なんでなんでー!」
「カヴァーディル家は当主が亡くなってから後妻が幅をきかせていて、前妻との子であるカノトさんを後妻が追い出したんです」
「成る程! もしかして、自分の子供を次の当主にしようと目論み、前妻との間にできた子供を追い出したとか、そういうパターン⁉︎」
「ええ、よくわかったですね」
「そりゃあ、泥沼ゴシップ雑誌や少女漫画じゃあ王道な展開じゃない⁉︎ 昔の童話でも、大体そんな…………………」
…マーファリーはあまり詳しくないと言っていた。
そして、マーファリーの声ではない男の声が途中から解説していたような…。
恐る恐る振り返ると、まあ、一昨日ぶり…。
「ド、ドS騎士…」
「…たった一日で別人みたいになりましたね。中身はこれっぽっちも成長してないようですが」
「一言余計よっ!」
ハーディバル・フェルベール!
私が召喚された時にたまたま近くに居合わせた、この国の王国騎士。
なんか魔法騎士隊の隊長らしく、偉そうというより腹が立つ毒舌ドS!
薄い紫色の髪と、冷たい銀の瞳の美少年だ。
性格と口は悪いの一言に尽きる。
朝にとんでもなくすごい家の次男と聞いたが、あまり敬おうとは思えない。
「こ、こんにちわ、ハーディバル先生! お久しぶりです!」
「お久しぶりです、マーファリー・プーラ」
「知り合い⁉︎」
そして先生⁉︎
「は、はい。ハーディバル先生はわたしが亡命してきたばかりの頃にこの世界のことや魔力の使い方を教えてくださった先生なんです。わたしの苗字…『プーラ』も先生が考えてくださったんですよ」
「別に…国からの命令でしたからとてつもなく仕方なくです」
「…あんた、ホント一言多いわね…。あ、そうだ…」
ハクラにも言ったけど…私まだこいつに名乗ってなかった。
今度会った時お礼ついでに名乗ろうと思ってたのよね。
かなり癪だけど…お世話になったのはホントだし。
「私の名前まだ言ってなかったでしょ。私は水守みすず。名前はみすずだからみすずさんって呼ばせてあげるわ」
「ところでユスフィアーデ家の門の前で何をしているんです?」
「スルー⁉︎ もっと興味持ちなさいよ⁉︎」
「追い出されたんです?」
「違うわ!」
「あ、あの、ええと、ミスズお嬢様のカラーコンタクトを買いに行こうと思って…」
「カラーコンタクト? …ああ、確かに黒い瞳は珍しいです。その方が無難かもです。…成る程、それで髪の色も変わっているのですね」
「はい。先ほど染めたばかりなんですよ。お可愛らしいですよね」
「低脳を自ら晒す愚かさ丸出しのお馬鹿さんが王族と同じ髪色だったのには素直に腹が立っていたので純粋によくやったとは思うです」
「言い方があるだろうが他にーーー!」
「ニアッテルンジャナイデス」
「心を込めろ!」
ナージャとは違う意味で腹の立つ!
「(うーん…弄ばれてるなぁ…。ミスズお嬢様、先生の好きなタイプだから…)…ハーディバル先生はエルファリーフお嬢様にご用事があるのですよね。今ご案内します」
「出かけるんじゃなかったんです? 別に一人で行けるです」
「そのつもりだったけど…。ちなみに何の用なの?」
用件は聞いてないってエルフィもメイドたちも大騒ぎしていたのは今朝のことだ。
私が用件を聞いて、ナージャを連れて行くとかなら…まあ、少しくらい説得してみよう。
別にあんな腹黒小娘どうなろうと知ったこっちゃないけど、エルフィが悲しむのは嫌だしね! そうよ、エルフィのためによ!
「書庫を見せていただくつもりです。例の魔導書について何かわかるかもしれないので」
「魔導書?」
「あ、マーファリーは知らないのね。私が召喚された時にナージャのやつが参考に使ったらしい魔導書のことよ。もしかして帰る方法がわかったの⁉︎」
「古代文字の解読がそんなに簡単だと思ってるんです?」
「…うっ…いや、思ってないけど…」
私の世界でも難しいことはだってわかってるけど〜〜っ!
「…この世界はかつて無数に国が生まれ、滅ぼしあった歴史があるです。その時に、文字を生み出すレベルの文明がある国はほとんどなかったです。逆に文字のある国はそれなりの文明と、生き残りのためにやばい魔法をいくつも生み出したと伝わっているです」
「……や、やばい魔法…?」
「その内の一つが召喚魔法。異界から人間を召喚して、勇者に祭り上げて戦わせるもの。この世界の人間では難しい、生命力を魔力に変換する魔法を異界の者は使えたと言います。そのことを知らされず、あるいは知っても…生命力を魔力に替えて戦った異界の者は、強大な力と引き換えに自らの生命力を使い果たして死に至るです」
「………………」
…ガチでやばい魔法だった…!
え、なに、それじゃあまさか…! 私は…っ⁉︎
「なので現在は異界の者を召喚する魔法は禁忌とされているです」
「私は⁉︎」
「ソッコー魔法が使えたらやばいです」
「ううん、使えない! 今日も練習したけど魔石もまだ使えない!」
「じゃあ大丈夫なんじゃないんです? そもそも、僕の初見では人を呼び出す魔法でもないでしたし」
「…よ、よかったぁ…」
あー、一安心!
魔力が使えなくてやきもきしてたけど、そんな話聞いたら使えないことに安心よ〜。
…でも、そうか〜…私の世界でいうところの異世界に召喚されて勇者としてチートなスペック発揮するのが必ずしもいいこととは限らないのね…。
命…生命力と引き換えに戦わされる…。
ううう、考えただけでゾッとしちゃう!
「…と、まあ、一応お前のそのあたりの事も調べるつもりだったです。魔法がすぐに使えたのでないなら別にいいです」
「…え、心配してくれたの?」
もしや、フラグ…?
「問題が増えるのは面倒です。魔力を使わず生活させる必要がないならそれでいいです」
「…そろそろそのブレなさに感心してきたわよ…」
…あと、期待もしなくなってきたわよ。
こいつに人らしい優しさを期待することを。
「で? 僕の用向きを聞いてお前はどうするつもりです?」
「え? あ、うーん。書庫を見るってことはその、一応私の帰る方法について調べてくれてるって事…」
「いえ、魔導書盗難に関しての調査です」
「…でしょうね…」
諦めも付いてきたわ。
「…どうしますか、ミスズお嬢様…」
「うーん…」
まさか出掛ける直前に会うなんて思わなかった。
ナージャが魔導書をユスフィアーデ家の書庫から無断で持ち出した盗難の件…私に関係あるようでほぼない。
…でもなー…もしかしたら、私の帰る方法に関する魔導書があるかもしれないし…。
そう考えるとあの書庫、私も調べる必要があるんじゃない?
…それに、なによりまさかマーファリーとこのドS騎士が知り合いだったとは思わなかった!
歳下の先生と歳上の生徒…こ、これはなかなかないシチュエーション…!
でも、わ、悪くない!
「出来の悪いあなたがこんなに立派になるとは思いませんでしたよ」と、いつもは無表情なハーディバルが、マーファリーの頬に手を添えて微笑む。
マーファリーの中ではまだ幼さの残るイメージしかなかった歳下の教師は、すっかりと凛々しい騎士に成長していた。
勉強を教わっていたあの頃はただの子供だったのに。
そう思いながら、近づいてくる唇に静かに目を閉じ…………。
「…なにかろくなことを考えていない気配を感じるです」
「ろくなことを考えていない気配ってどんな気配ですか…。先生って相変わらず変なものを感じ取る能力にも長けていますよね。それも霊感なんですか?」
「…いや、これは騎士の第六感というやつです。それより真顔で天を仰ぎながら固まっているこいつは一体どうしたんです?」
「さ、さあ? 今朝もこうなられたんですが…。やはりお加減が悪いんでしょうか…? もしやお腹が空いて…? ミスズお嬢様、ミスズお嬢様、しっかりなさってください。ミスズお嬢様〜〜」
****
とりあえずハーディバルとマーファリー、ハーディバルとエルフィのフラグを打ち立てるべく同行することにした私。
家柄的にもお似合いなエルフィもいいけど、実は師弟関係だったマーファリーもいいわ〜。むふむふふ。
これはどっちとも恋愛フラグを立てておくべきよね〜。
…ハーディバルがハクラとBとLでなければ。
くっ、やっぱそこがネックだわ。
どう確認したらいいのかしら。
単刀直入に聞いていいもんか…ぐぬぬ。
でも、その場合も応援するから心配しないでドS騎士!
しっかり祝福するわ…‼︎
「ミスズお嬢様」
マーファリーに声を掛けられて顔を上げる。
エルフィとナージャ、レナメイド長が書庫への扉を開けるところだった。
出戻りした私たちがハーディバルを連れてきたことに最初は「え?」という顔をした三人だけど、事情と用向きを説明するとすぐに書庫へ案内してくれたのだ。
昨日も今日も入った書庫だが、そういえば、一つ不思議なことがある。
私がこの世界の言葉や文字を理解できることだ。
「ねえドS騎士」
「なんです」
「(否定しないんかい)…私なんでこの世界の言葉や文字が理解できるのかしら? わかる?」
「…召喚魔法には通訳魔法が組み込まれているものです。クソガキの未熟な魔法がなんの因果か中途半端な召喚魔法に変化した、と僕は考えているです。…魔導書には召喚魔法っぽいものもあったので、混ざったのかもです。まあ、詳しいことは使った本人しかわからないです」
「ナージャ〜〜?」
「ひぃう⁉︎ な、なんですかぁ〜〜⁉︎」
説明しなさい、と詰め寄ってみても案の定「わからないですよぉ〜」と逃げ回りやがる。
クッ…これだから事故は! なんでもありで困るのよ!
「生命力魔力変換魔法が上手いことかかっていなくて良かったですね」
「そ、それはそうね」
「? なんですかぁ? それ」
「……お前、召喚魔法が禁止された経緯も知らずにあんなやばいもん……いや、もういいです…」
「え…? うひゃああ⁉︎」
ドS騎士がナージャへ向けて手を差し出すと、ナージャが魔法陣に囲まれる。
紫色の魔法陣から鎖が螺旋状に広がりナージャの中へ消えていく。
え⁉︎ なに⁉︎
「ハーディバル様⁉︎」
「半年間の魔法封印の刑です。本来なら十年間の封印です。ありがたく受け取るです」
「魔法封印〜〜⁉︎ ひ、ひどいですぅ〜! ナージャは魔法使いを目指してるのに…」
「ああん? 魔力も封印してやろうかです」
「ヒィ! …ご、ごめんなさい! なんでもないですぅ〜〜!」
…安定の鬼具合…。
でも、ナージャの処罰はこれで終わったってこと?
…え…たったの半年…? …解せぬ…。
私の異世界生活と同じ日数にすべきじゃないの?
「大体、魔法使いを目指しているなら禁忌とされている理由を調べるのが一般的です。使用者に反動があるものだったらどうするです? 言っておきますがありますよ、マジで。使ったら死ぬやつ」
「…へ…⁉︎」
青ざめるナージャ。
…う、うわ、本当にあるんだ…使ったら死ぬ魔法とか…激ヤバじゃない。
召喚魔法…生命力魔力変換魔法とかいうのもヤバさはさっき聞いちゃったし、よくわかるけど。
ナージャ、あんた知らなかったのね?
…し、知らないって本当に恐ろしい…!
「生命力魔力変換魔法のことも知らないのには驚きを隠せないです。お前本当に魔法使い志望です? はぁ…頭が痛いです」
「うっ…でっでも…」
「言い訳をする内は魔法を使う資格はないです。魔法は剣や包丁と同じ。人を幸せにするのも不幸にするのも、使う者次第。それを正しく認識できない者は使わないほうがいい」
「……………」
………う…。
き、厳しいけど、ドS騎士の言っている事は正しい。
そういう危ない魔法が現実にある以上、ちゃんとした知識もなしに使うのは自分も他人も危険にさらす。
私も危うく、そんなヤバい古代の魔法にかかるところだったんだから。
言葉的に変だからあまり言いたくないけど、事故だったおかげで生命力魔力変換魔法とかいうのにかからなかったところは、まあ、感謝だけどね。
「ナージャ、しばらく魔法は使えないけど、その間にもっと魔法のことを学びなさい。あなたなら素敵な魔法使いになれますわ」
「お嬢様…。…はい…頑張ります…」
珍しく舌足らずではなく、ちゃんとした口調で頷くナージャ。
さすがドS騎士…いや、魔法騎士隊隊長様のありがたいお叱りの言葉は心に響いたようだ。
「ちょっと、なんかフォローの言葉はないの?」
「別に。強いて言うなら、魔法使いを目指すことにしたきっかけは常に心に置いておくことです」
「…魔法使いを目指したきっかけ…」
暗かったナージャの顔がほんの少し明るさを取り戻す。
しかし、また俯いて…なんかさっきより暗くなった。
ええ…? ドS騎士結構まともな助言したわよ〜?
「さて、クソガキへの罰則実行は終わったので次は書庫の調査です。書庫の書籍リストはないのですか?」
「レナ、ありますか?」
「確か地下に…」
え、この書庫、地下もあるの?
レナさんとエルフィが壁一面の本棚の中の一箇所、場所でいうと一階の屋敷側の扉の横へと近付く。
一階の屋敷と書庫を繋ぐ扉の横の本棚をエルフィが軽く押す。
一瞬だけ白い光が本棚を覆うと、あのいかにも重たそうな本棚は自分から自動ドアよろしく奥へと下がっていった。
そして本棚が下がった分の隙間に地下へ続く階段が…!
わ、わあ! すごい! いかにも貴族のお屋敷だわー!
「え、ええええ〜〜っ⁉︎ こんな仕掛けがあったんですかぁ⁉︎」
「すっご〜い!」
「わたしも知りませんでした…!」
「ええ、この仕掛けを知っているのはユスフィアーデ家の者と十年以上この家に仕えてくれている者のみですの。この下には貴重な蔵書が多いので…」
「…口外はしません」
「ありがとうございます、ハーディバル様」
驚く私とナージャとマーファリー。
つまり秘密の地下書庫なのね! きゃ〜、わくわくする〜!
あ、っていうか、そんな場所に私も入っていいのかしら?
「あの、エルフィ…その地下って私も見てみたいんだけど」
「ええ、構いませんわ。ミスズ様が元の世界に帰る為のお力添えになるのでしたら」
「ありがとうっ」
やった! 言ってみるもんね!
しかし、そんな浮かれた私の横でドS騎士は静かに鋭い眼差しでナージャを見下ろす。
「けれど、それだと少しおかしいです」
「? なにがですの?」
「貴重な蔵書が地下にある。そして、あの魔導書はどう見てもその部類。…どうして持ち出した人間は、その『貴重な蔵書がある地下』のことを知らなかったのでしょう?」
「ギクゥ!」
跳ね上がるナージャの肩。
髪の毛まで逆立つほどの驚き具合に、その場の全員の眼差しがナージャに集まった。
…確かに…ドS騎士の言うことはごもっとも。
あの魔導書かなり貴重って、何度も言ってたものね…。
そんなものが地下じゃなく、上の階の本棚に?
それは、違和感があるね。
「…それに地下への扉はユスフィアーデ家の者の魔力でなければ反応致しませんわ。…わたくし、地下へはほとんど行きませんから…お姉様が資料をお探しの時に誤って上の階に持って来てしまったのかしら? …でも、お姉様もあの魔導書についてはなにもご存知なかったし…」
「あ、あう、あう…」
「……まあ、ユスフィアーデ家の方が所有を覚えていないのであれば盗難の件は不問になりますけど…。…一応上の階のものを含め調査だけはさせていただきます」
「はい」
…怪しい。
今更だけど怪しいわ、ナージャ!
こいつ何か隠してる! なんとか炙り出してやれないものかしら…日頃の恨みも溜まっていることだし!
ドS騎士は仕事以上及び仕事以外の事はしないみたいだし…ここは私がねっとりと追及してやるべきかしら〜? ふふふふふふふ…!
「…ミスズお嬢様、わたしはこちらでお待ちしていますね」
「え? なんで?」
「本来ならわたしはまだ地下のことを知らされるべきではなかった立場です。使用人として、ここから先へ進む事は…なんだかいけない気がしますので」
真面目ねぇ、マーファリー!
「な、ならナージャも上で待って…」
「マーファリー・プーラ。上に残るならその小娘を見張っていてくださいです」
「はい、分かりましたハーディバル先生」
「せんせ…⁉︎ え⁉︎ マーファリーさん、このドS騎士とお知り合いだったんですかぁ⁉︎」
「ええ、わたしが亡命して来たときの先生なのよ」
「……………あ、あう…」
項垂れたナージャ。
まあ、そりゃ想像つかないわよね…この二人が師弟関係なんて…。
しかもマーファリーったら従順…!
それはそれで心ときめくけど…同じくらい、なんか怖い!
「では参りましょう」
エルフィに案内されて降る地下への階段。
薄暗い階段は、壁に埋め込まれた魔石がエルフィが歩く速度で次々に明るくなる。
魔石って触っていなくても起動するのね…まだまだ不思議がいっぱいだわ〜…。
そうしてしばらく降ると、扉が現れる。
重厚感のある重そうな扉にエルフィが手をかざすと、やはり自動ドアよろしく勝手に開いていく。
ここの扉もエルフィたち、ユスフィアーデ家の人間でなければ開かないらしい。
かなり厳重ね…いよいよすごいものがあるって感じ?
ワクワクしながらエルフィとレナメイド長の後ろに付いて、地下の書庫へと足を踏み入れる。
「わあ…広ーい」
上の書庫には敵わないけれど、こちらもなかなかの広さ。
壁は本棚や壺やらなにやらよくわからないものの飾られた棚でびっしり。
…若干、想像してたのと違う…もっとどんよりしてて、薄暗くって、宝箱とかが無造作に置かれたりしてるのかと思った…。
現実の地下書庫は広いし明るいし、宝箱は一個もなく、なんというか、博物館みたいな感じ。
書庫と言う割に本棚は三つだけ。
ハーディバルが真っ先にその本棚に近づいて見上げると…。
「……」
銀の瞳がほんのり光る。
なにかしら?
「ハーディバル様?」
「…やはり…」
「? え?」
「…いえ、こちらの話です。本はこれだけです?」
「…ここより下にもう一つ、禁庫がありますが…」
「禁庫…。そちらを見せていただく事は…」
「無理ですわ…。危険な魔導書や、道具が封じてあると聞いたことがあります。我が家が王家と名乗っていた時代の負の遺物…。二度と世に出ぬ様にと、硬く強い封印が施されているそうです」
「…そうですか…。まあ、そう言うものは昔王家と名乗っていた家には付き物ですからね…。分かりました。上階の本のリストだけ確認させてください」
「はい。レナ」
「こちらです」
とことことハーディバルの横に来て例の本棚を見上げてみるけれど…うーん、難しい題名ばかり。
魔法も使えない私にはさっぱりだわ。
「ねえ、私が帰るのにヒントになりそうな本ってある?」
「ないです。…ここにあるものは例の魔導書より遥かに新しい。ここ三百から八百年以内のものです」
「…え……あの魔導書そんなに古いの…⁉︎」
「あの魔導書は文字が大凡四千年以上、紙の本の文化が浸透して来たのが三千八百年前…」
「……………そ、そうなんだー…」
と力なく声が出た。
ああ、もう全然年代が違うのねぇ…。
「それに、こちらの調べた結果あの本は『写し』であることも判明しているです」
「『写し』?」
なにそれ。
「言うなれば本当にやばい魔法の載ったオリジナルを守る為の偽物です。紙の本が誕生し、浸透して来た三千八百年前にあの偽物が作られたことを考えると…もしかしたらギリギリアルモンド文字を扱える民族が残っていたのかもしれないです。…というのはハクラの見解です」
「…ほ、ほんとにやばい魔法の載った本物…。…な、なによそのほんとにやばい魔法って」
「注目すべき点はそこではないです。お前の知りたい、元の世界に帰る方法が載っているのは恐らく『本物』の方です。残念ながら『本物』は我が国の誇る『図書館』の禁書庫にもなかったです。もしかしたらと思いましたがこの本棚にもない」
この本棚。
ユスフィアーデ家の、地下書庫の本棚にも…。
え? ちょ、ちょっと待ってよ…。
「な…なんか、それ…変、よね? …ナージャはこの家の書庫から…その偽物? を持ち出した、って言ってたんだし…」
「この家が偽物を掴まされた、という事か…あるいは…あのクソガキが嘘を吐いているか、です」
…なんだろう、圧倒的に後者な気がして仕方ないんだけど。
「あの、ハーディバル様…ナージャは嘘を吐く様な子ではありませんわ」
ああ、エルフィ…あなたは騙されてるのよ!
あの腹黒猫かぶり小娘の本性をあなたは知らないの!
…言ってやればいいのかなぁ、でもなぁ…ここまで純粋に信じているエルフィを傷つけるのは心が痛むのよね…。
「本のことは…きっとわたくしのお祖父様が偽物と知らずに手に入れたのではないでしょうか。お祖父様は古いものがお好きでしたから…」
「まあ、例えどちらだろうと『オリジナル』がないのであれば僕の用件は終わりなんです。あのクソガキが『オリジナル』の在り処を知っている可能性は限りなく低いので」
「え? どうしてそう言い切れるのよ?」
「知っていてなんで偽物を使うんです? 普通に『オリジナル』を使えばいい」
「…あ…まあ、確かに…」
それもそうか。
じゃあナージャもあの魔導書が偽物だって知らなかったかもしれない?
…ただ、どちらにしても私が帰る方法はその『オリジナル』にあり…なのか。
「そしてついでに言うと『オリジナル』を手に入れたところでやっぱり解読と解析分析、研究が必要になるのでお前が帰る方法が確立されるのには時間がかかるです」
「ちくしょう。もういいわよ、時間がかかるのはわかったわよ!」
改めて現実を突きつけてくるな!
「あ! ねえ、下にやばいのが封印されてる禁庫があるって言ってたけど、そこに『オリジナル』がある可能性は…」
「え⁉︎」
「お前まじアホです。エルファリーフ嬢の話を聞いていなかったです? 禁庫は封印されているです。解いていいことがあると思うです?」
「………ううん……思わない…」
だよねー。
…危ない橋は渡らないに限るわよねー。
それに、その『オリジナル』がなかったら、やばい事が起きるだけかもしれないもんねー。
「…あんたは、そのオリジナルを探して今日来たの」
「回収しないと、危険と判断したです。他にも『写し』がある可能性、『オリジナル』が既になんらかの形で消滅した可能性もありますが…こうなった以上、広域捜索手配する事になるです。お金もかかるし、悪用を試みる者も出るかもしれないのであまりやりたくはなかったですが」
「わたくしも別な場所を探してみますわ…屋敷の中にも本はありますもの…」
「よろしくお願いします」
…なんか、すっごくややこしい事になってきた…。
でもあのまま出掛けなくて良かったかも。
帰る方法が遠のいた気がするけど、出掛けていたら今の話も聞けなかったもの。
つまり、私が探さなきゃいけないのはナージャの持っていた魔導書の『オリジナル』というわけね。
「というか、タイトル教えてよ! 私も探すんだから!」
「アルモンド文字で『楽園への道』…だそうです」
「…楽園への道、ねぇ…。…え、ちょっと待ってよ! なによアルモンド文字って、どんなの⁉︎」
「調べろです」
「お、鬼ー!」
知ってたけど!
く、くぅ…探すにしてもアルモンド文字ってやつが分からなきゃ意味ないじゃない!
「ああ、それと帰るついでにユティアータの周りの魔獣を掃除しておくです。行方不明者リストがまだユティアータから騎士団に提出されていないのですが、ユスフィーナ様はそれほどお忙しいんです?」
「え⁉︎ あ…は、はい…かなり…。そ、そうでしたか…申し訳ございません…」
「政も大切ですが魔獣化した者もこの街の民。どうか忘れないであげてほしいです。心から傷ついたからこそ、魔獣になってしまった者もいるのですから」
「…! …わたくしがお姉様のところへ行って、リストをお借りして参りますわ!」
「あ、いえ、僕が行くので連絡しておいて頂ければ…」
「ではご一緒いたします! さあ、参りましょうハーディバル様!」
「…え…いや……あの…⁉︎」
ガシッとハーディバルの腕を掴み、グイグイ引っ張りながら階段を上って行くエルフィ。
それにレナさんが慌てる。
「いけませんお嬢様、お待ちください! お嬢様に先に行かれては私たちが閉じ込められてしまいます!」
「はいい⁉︎」
この部屋はユスフィアーデ家の者がいて初めて開く。
そして、ユスフィアーデ家の者が去れば自然と閉じるのだという。
と言うことはーーー
「待って! お願い待ってエルフィ〜〜‼︎‼︎」
****
危うく地下室に閉じ込めれるところだった私とレナメイド長。
ハーディバルが引き止めてくれたので、無事脱出を果たした。
…あの子、意外と一つのことしか見えなくなる事があるのね…ああ、冷やっとしたぁぁ〜〜っ!
陽はまだ高いので、領主庁舎へ行くハーディバルとエルフィとは別に私はマーファリーとナージャを伴い、カラコンを買いに行く事にした。
まあ、ハーディバルとエルフィの行く末も気にはなるんだけど…とてもあの勢いのエルフィとドS騎士がどうにかなる場面は思いつかない。
でもって、ナージャが付いてくるとは思わなかったからちょっと驚いた。
屋敷にはレナメイド長がいるし、エルフィはドS騎士と一緒だからかも。
…それにしても、地下では地味に疲れたわ…。
「えーと、商店街はこっちね」
「あ、待ってくださいミスズお嬢様。転移陣を使いましょう」
街の西だと聞いていたので、適当に進もうとしたらマーファリーに引き止められる。
転移陣?
首を傾げつつ振り返ると、街灯の下にかぐや姫の出て来た竹の切り口みたいな壁に覆われた模様のある床。
なに? これ。
「ユティアータはそれなりに広い街ですから、街中にこういう転移陣があるんですよぅ」
「ここに魔石が配置してあるでしょう?」
「…うん?」
街灯に、なんだか丸い車のハンドルみたいなもんが設置してある。
いや、これはもうアレよ、粒チョコの入ったプチプチ方式のお菓子みたいなアレ!
遥か昔に卒業したから名前がわからない〜!
マーファリーが『商店街・北』と書かれた魔石に触れる。
その瞬間、若干の嫌な予感。
「ほあ⁉︎」
ハッとした時には、景色がお店の並ぶ場所に変わっていた。
おいおいおいおい、街の中の移動すら転移魔法だと?
便利すぎるだろ!
「す、すごいわね…」
「コンタクトや眼鏡のお店はあちらです」
「…あ、うん」
マーファリーに案内されて入った眼鏡とコンタクトの店。
なんというか、私のいた世界のような眼鏡も多いが気になるのは『魔法調節機能つき』やら『青色』『黄色』などの色の名前がついたもの。
カラーコンタクトのような機能のある眼鏡も売っているらしい。
え、それじゃあコンタクトでなくても、掛けるだけで目の色が誤魔化せるやつでいいんじゃ…。
…と、ぼやこうものならマーファリーから「そんなもったいない! もっとオシャレを楽しみましょう!」と色々な色のカラコンを押し付けられた。
…なんか、こういうところはエルフィの悪影響を受けている気がするわ、マーファリー!
「マーファリーさぁん、一応目の色の誤魔化せる眼鏡も買っておいたほうがいいんじゃないですかぁ? コンタクトって使用回数があるじゃないですかぁ」
「そ、そうそう! それに夜中に起きてトイレに行く時は普通の眼鏡がいいし!」
「えぇ…そうですか? …じゃあ…」
…ナージャのフォローのおかげで二つ、度入りの『青』と『緑』の瞳の色になる眼鏡を購入。
あとはもう、カラコンの色の数は途中で諦めた。
マーファリーが盛り上がっているので、そっとしておく事にしたの。
一昨日のエルフィのようにがっつりと買い込んで、満足げなマーファリーにやや脱力しつつお店を出る。
思いの外時間はかかったけど…ちょうど眼鏡も仕上がった時間だったので…まあ、いいか。
眼鏡の仕上がりも私の世界に比べてかなり早くて、三十分くらいだったし。
「?」
さて、屋敷に帰ろうか。
それともせっかく街に出て来たんだし、どこか案内してもらおうか。
口にする前に私は、なにやら武装した集団と目がバッチリ合ってしまった。
男が四人…腰や背中に剣を携えた、なんだかガラの悪そうな連中だ。
うわ、なんかヤバ…。
「ヒュー…! おいおい、随分いい女がいるじゃあねぇか! しかもメイドさんとご一緒とは!」
「おっ、いいねいいねぇ! おっねえさーん、俺たちと一杯どうだぁい? 奢っちゃうぜぇ〜〜」
「ひゃひゃひゃひゃ!」
「……………………」
「…参りましょう、お嬢様」
…あ、あまりのガラの悪さと、漂う酒臭さに絶句しているとマーファリーが私の裾を引く。
そうね、確かにこんな奴ら無視に限る。
エルフィやハーディバルみたいなお育ち良さげな人としか会ったことがないから、この世界にもこんな奴らがいるなんて思わなかった。
け、結構な衝撃…。
「…あいつら…また魔獣討伐にも行かずに昼間から飲み歩いて…」
「ナージャ、ダメよ」
「分かってますぅ」
ぶーたれたナージャ。
徹底的に無視して転移陣のところまで戻ろうとした私たちを、男たちが大声で呼び止める。
無視し続けたら、突然目の前の大地が盛り上がって鋭い切っ先を向けた。
え⁉︎ これ、魔法⁉︎
「待てって、言ってるだろう?」
「…なんなのです、あなた方! 攻撃魔法を街の中で使うのは…!」
「俺たちには許されてる。ひっく。はは、こいつぁ気の強くていい女だなぁ?」
「こっちの姉ちゃんも酒場の女より楽しめそうだなぁ…慣れてねぇ感じで…ひひひ」
「………」
「下がって」
マーファリーとナージャが私を庇うように前に出てくれるんだけど、そうなると私の真後ろにはあの鋭く尖った土の刃が…!
う、でも眼前には嫌な感じの男が四人。
商店街に居た通行人や買い物客がひそひそ「またか」「早く自警兵を」と呟いて動き出す。
…“また”⁉︎
こいつら常習なの…⁉︎
「ちょっとあんたたち! 攻撃魔法の使用は確かに認められてるかもしれないけどねぇ! それは街の中に魔獣が現れた時だけよー! そんなことも忘れたのぉ〜? 子供でも知ってる常識ですけど〜?」
「おチビちゃ〜ん、俺たちゃぁ、こっちの綺麗なお姉ちゃんたちに用があるんだ。…ガキは帰ってママのおっぱいでも吸ってな」
「はぁ? あんたちみたいなど底辺の最弱傭兵がうちのお嬢様とメイドに遊んでもらえるとでも思ってるの〜? 身の程知らずにもほどがあるんじゃない〜い?」
「…あぁ…?」
お、おお…!
普段のクソ生意気さが解き放たれるとこんなにも頼もしいの…⁉︎
あ、いやいや、子供のくせにあんなヤバげなおっさんたちをあからさまに挑発して…危ないってば!
「ナ、ナージャっ」
「マーファリーさんは下がっててくださぁい! ナージャ一人で十分です!」
「ダメよ! あなた、さっき魔法を封印されたのよ! 忘れたの⁉︎」
「あ…っ」
マーファリーが小声でナージャに耳打ちする。
そう、ナージャは今、魔法が使えない。
…ええと、つまり…こいつは魔法が使えないのにあの大口を叩いて奴らを挑発したことに…なるわね?
「ど、どっちにしろ街中で攻撃魔法は使えないしぃ」
「そんなこと言ってる場合⁉︎」
「ごちゃごちゃ言ってねぇで前に出ろよオジョウチャン…」
「大人の怖さを教えてやるよ」
「それとも、そっちの姉ちゃんたちがこのクソガキが言ったことの責任取んのかぁ? あぁ⁉︎」
や ば い。
後ろに逃げ場はないし…かと言ってナージャも私も魔法使えないしぃ…!
マーファリーは分かんないけど、どのみち攻撃魔法は使えないみたいだから逃げるしかないんだけど…!
あああ…こういう時は颯爽と攻略対象が助けに入るもんじゃないのドS騎士〜〜!
「そちらの小さなレディの言う通り。女性に遊んで欲しいならもっと誠意を見せなければ。怖がる女性とお酒を飲んでも楽しくないでしょう」
じり、じりと追い詰められる私たちと、四人の男たちの間にひょっこりと男の子が歩いて入ってきた。
男の子の登場に数歩、後ろに下がる男たち。
紺色の頭、グレーのケープ、腰には大きめの革のポシェット。
半ズボンからは白い足……。
な、なん…こ、こんな、伝説のショ、ショタアイテムが、まだ存在していた、だと…⁉︎
「は…? またガキかよ?」
「おい、坊主、女の前でいい格好するにはぁちいと早すぎるんじゃあねぇかあ? ひゃひゃひゃひゃ」
「いい格好もできない方々からのご忠告は参考にならないので結構です」
よく言った。
あ、いや! ナージャもそうだけど、なに、この国の子供って気が強いの⁉︎
あんな大人の男…しかも四人も前にして全然引かないし挑発するし!
「危ないわ! やめて!」
「ご心配ありがとうございます。でも大丈夫ですよ、僕、とても強いので」
振り返った少年はにっこり、しかし自信に満ちた笑みを私たちに向ける。
…なんか、こういう事を言っていた奴が前にもいたような…?
誰だっけ?
「…言いやがる…。なら…容赦しなくていいなぁ…⁉︎」
「⁉︎」
本当に剣を抜いた⁉︎
あんなショタに、まさか本気で斬りかかるつもりじゃ…⁉︎
そんな状態なのに紺色の頭のショタは微動だにしない。
「…ふふ、あまりにも稚拙で愚か…いっそ可愛らしくさえ思えるね…」
誰にも届かない声でそんな事を呟いているとも知らず、本気で私が心配していると今度は街中がカタカタと音を出す。
地面が、揺れてない? これ…まさか…。
「地震⁉︎」
「ひっ…! きゃあああ!」
「マーファリーさぁん⁉︎」
ガタガタガタ!
どんどん強くなる揺れは間違いなく地震…!
「違う! 下から何か来…!」
ショタの叫びとほぼ同時に、四人の男たちの真後ろの地面から何かが飛び出した。
かなり大きなモノ!
そのまま空へと回転しながら登り、突然止まるとギギギギ…と気持ちの悪い音を立てて広がった。
赤と青と黄色と黒。
色んな色の入り混じった、蛾のようであり、蚊のようであり、鳥のような…化け物が太陽の光を遮断している。
か細い首のようなところを傾けて、蚊のような口らしき部分を左右に揺らす。
体が震えて、吐き気がするほど恐ろしい。
な、なに、あれ…。
「…レベル3…? 馬鹿な…百年近く、これほどの魔獣は…」
「う、うわあああ! 魔獣だぁあ!」
男の子の呟きは一人の男の叫びによって遮られる。
私たちの行く末を野次馬していた通行人や買い物客が、我先にと散っていく。
…魔獣…こ、これが…。
「雌豚! なにぼけっとしてるの! 逃げるわよ!」
「誰がメスブ……! …う、うん! …え⁉︎ マーファリー⁉︎」
「…………っ」
ナージャに肩を掴まれて我に返った。
ちょっと聞き捨てならない事を言ってたけど、こいつの言う通り、逃げたほうがいい。
それは街の人たちの反応で、本能でわかる。
だが、私がナージャに言われた通り逃げようとした時にマーファリーがしゃがみ込んで動けなくなっていることに気が付いた。
肩を揺すっても、呼びかけても、自分の腕を抱きしめてカタカタと震えているだけ。
一体どうしたの⁉︎
「…わお、この街の傭兵は我先にと逃げ出すんですね」
「え⁉︎」
ショタの声にマーファリーではなく、その子の方を見る。
あ、ホントだ、私たちに絡んでいた男四人がいない!
「あ、あの最弱傭兵ども! なんのために雇われてるのよ! 人の税金で飯食ってるくせに〜! 信じらんない〜!」
「…君も早く逃げよう!」
「いえ、傭兵が役に立たないのでは僕が相手をするしかないでしょう。…ふふふ、久しぶりにちょっと本気出してもいい相手かも…ふふふふふふ…」
「…………………………」
「…な、なにあれ絶対ヤバい…。雌豚、マーファリーさんを連れて早く逃げるわよ」
「う、うん…? で、でも…」
笑ってる…あんな気持ちの悪いモン前に…。
ナージャの言う通り逃げたほうがいいと思うんだけど…マーファリーが全然動かないのよね。
どうしよう。
…それにあの魔獣? 全然動かないんだけどなにしてんの?
と、思ってたら、自分の体から黒い靄がふわりと浮き上がり、魔獣の方へと吸い寄せられていくのに気が付いた。
「ひい⁉︎ なにこれ⁉︎」
「! …それは、恐怖!」
「恐怖⁉︎ い、いやまあ、怖いに決まってるけど!」
「そ、そうよね…でも、怖がってると魔獣に恐怖から生まれた負の感情を奪われる! あいつを強くしちゃう!」
「……えええええ⁉︎」
ナージャが私の手を強く、握る。
私の怖いと言う気持ちが『負の感情』…魔獣の餌として吸い取られてる⁉︎
見れば街中から黒い靄が立ち上り、魔獣へと吸収されていく。
…あいつが動かないのは…あの黒い靄を食べるため…⁉︎
「ふむ、大人しいと思ったら食事のためか。…この僕を前に…随分と余裕だな」
片足の爪先をトン、と地面に付いたショタ。
その足元から氷がたちどころに広がる。
あっという間に眼に映るところは全て氷に覆われて、空に浮いていた魔獣へと無数の鋭い逆さま氷柱が突きあがった。
なにあれ危な…‼︎
「え! …魔法陣や詠唱もなしに…⁉︎」
「ハッ!」
ナージャが驚いたのは私とは違うところ。
そうだ、あの子、魔法陣や詠唱使ってない…!
確か、そんなことができるのは体内魔力の許容量が多い体質の人だけ。
そんな凄いものを目の当たりにすると思わなかったが、魔獣は、敵は空。
翼のあるそいつは氷柱をするする避けて逃げる。
「…飛んで逃げるモノって、つい追いかけて叩き落としたくなるんだよね…」
…私の聞き間違いでないなら、ショタがそんな事を言った気がした。
横顔からでも、ショタの目が完全に獲物をロックオンした狩人の目なのが分かる。
背中がゾクゾクと謎の寒気に襲われる程の危険な香り。
魔獣は上空を旋回しながら、更に黒い霧を集めている。
とりあえず魔獣が遠くに行ったから、一安心…?
なんて思ったのもマジで束の間。
空を旋回していた魔獣のストロー状だと思っていた口が、芋虫のように横に割れた。
そこからどす黒い光の弾がじゃんじゃんばかばか放たれる。
ええ、こちらの方に!
「ひっ!」
死ぬ!
あれは当たったら絶対死ぬ!
だが私たちよりも前に佇むショタが手をかざすと、その黒い光の弾はそれよりも黒い闇の渦へと吸い込まれる。
じゃんじゃんばかばか撃たれる、その全てが!
ど、どうなってんの⁉︎
「なにあれ、ナージャ!」
「闇の防衛魔法! あの子『闇属性』も持ってるんだ…!」
そして更に空がキラリと光る。
旋回する魔獣へ、それよりも高い場所から氷柱が落ちてきた!
「は、はああああああ⁉︎」
「はああああああああ⁉︎」
私とナージャの悲鳴がかぶる。
ちょ、この位置からでも大きく見えるってことは!
あんなのが落下してきたら、私らなんて押し潰される大きさなんじゃ…!
いや、それよりも、まさか!
『ギアアアアアアア』
わあああ! 魔獣直撃ぃぃ!
そして、魔獣に当たらなかった数本が…。
「きゃあああああ⁉︎」
「きゃあああああ⁉︎」
私たちの周囲に次々と落下ーーー!
ガシャンガシャンと氷の上に派手に割れて散らばる。
いやああああ! 生きた心地がしなーーーい!
こんなところで死にたくなぁぁぁいーーー!
「…さあ、もっと逃げて。鬼ごっこで遊びましょう」
楽しげなショタが落ちてきて血まみれ…もとい黒い靄まみれの魔獣へ近付きながら語り掛ける。
落ちてきた氷柱の事もあるけれど、それよりもまず何よりもあのショタが怖い‼︎
ナージャと抱き合いながら完全に震える私。
「逃げないのなら、優しく終わらせてあげますね。哀れなる我が国の民……痛みなど感じない世界へ導いてあげましょう。静かに眠りなさい」
凍り付いた地面に叩き落とされた魔獣が、地面と一体化するように凍っていく。
さっきまで吸収されていた黒い靄は魔獣の体からどんどん噴き出す。
靄は空気に触れると一瞬キラキラしたものに変わり、消える。
な、成る程、全身氷漬けにされれば…痛みも感じず静かに逝っちゃうわ…!
あわわわわ…あの子、あのショタが…ヤバーーーイ‼︎
「え⁉︎ ミスズ様⁉︎ マーファリー‼︎ ナージャ‼︎ なぜここに…!」
「え、エルフィーーー!」
「お、お嬢様ぁぁぁ〜〜!」
抱き合って震えていた私たちのところへ、エルフィが駆け寄ってくる。
エルフィの姿にようやく離れた私たち。
ナージャが両手を広げてエルフィへ飛び付くので、私も便乗。
うえーーん、こわ、こわ、怖かったよー!
「警報が鳴っているのですよ! 早く避難を!」
「魔獣なら僕が仕留めましたよ、ユスフィアーデ嬢」
「え? ……え…⁉︎ ま、魔獣が、もう一体…⁉︎」
「…え?」
抱きついた私たちを優しく抱きとめたエルフィが、ショタの後ろに氷漬けにされた魔獣を見るなり目を剥いた。
私たちも、エルフィの言葉に背筋が冷える。
確かに周りは氷漬けなので、普通に寒いんだけどそういう薄ら寒さとは違うもの。
「…エ、エルフィ! こういう時こそあのドS騎士の出番じゃないの⁉︎ あいつはどこに…」
「! あ…ハ、ハーディバル様は、東の地区にレベル3の魔獣が現れたのでそちらに…!」
「レベル3がもう一体⁉︎ 一体どうなっているんですか⁉︎」
「…わ、わたくしにも…! で、ですが、とにかく皆を中央区へ避難させなければ…!」
「………そうですね、魔獣が二体も同時に街中に現れたとなると…恐怖と不安で理性を失った者が魔獣化してしまう可能性が跳ね上がります。すぐに住民を避難させ、自警兵と常駐する衛騎士で見回りを…」
話に入ってきたショタはショタとは思えない冷静さと指示をエルフィに出す。
こ、この子今更だけど何者…。
「! 危ない!」
「⁉︎」
エルフィが私たちを突き飛ばし、ショタの後ろへ手をかざす。
私やショタの背後にいた、氷漬けになった魔物がどす黒い光線を吐き出して攻撃してきたのだ。
「エルフィ!」
その光線を一番前で受け止めたエルフィ。
なんてこと、氷を突き破って…!
…けど、エルフィの周りはなにか虹色の光で包まれ、私たちやエルフィには届かない。
魔獣はすぐにショタが再度氷漬けに…しかも今度は念入りに、さらに分厚く大きな氷の標本に変えられた。
お、恐ろしい。
「エルフィ!」
「お嬢様!」
「…だ、大丈夫ですわ…」
いや、それよりも、へたり込んだエルフィだ!
駆け寄るとエルフィは全然無傷。
そして、エルフィの手には赤い八角形の非常にダサいネックレス…。
だ、ださ、なにこれ。
「…ハーディバル様が、助けてくださいました…」
「え? ど、どういうこと?」
「ほう、八角形の魔石ですか、珍しいですね」
「はい。二ヶ月前、わたくしの誕生日にハーディバル様から頂きましたの。どんな攻撃も一度だけ必ず防ぐ魔法が封じてあるからと…」
「…あ、あいつが…」
…女の子になんてダサいネックレスを…。
しかも、そんなやばい目に遭う前提みたいな魔法を封じてるとか…。
いや、助かったけど。
「…大丈夫ですか?」
「…………」
「立てますか?」
「……………?」
そしてさっきの恐ろしいショタは震えて動けないマーファリーへ手を伸ばしていた。
ショタの言葉に、ゆっくり顔を上げたマーファリーの顔は、こう言っちゃなんだが酷いものだ。
涙は滲み、お化粧でも隠しきれていない青白い顔。
歯がカタカタと音を立てて、唇まで紫色。
なにも寒いからではない。
彼女がここまで怯えたのは…地震のように地面が揺れた時からなのだ。
もしかして、地震が怖いのかしら…。
私、日本人だから地震には慣れているけど、やっぱり揺れると慣れてても怖いし…仕方ないわよね…。
「…あ、ありがとうございます…」
「…マーファリー! 大丈夫でして⁉︎」
「エ、エルファリーフお嬢様…、い、いつこちらへ…」
「わたくしのことよりあなたですわ! まあ、なんという顔色…すぐに屋敷へ戻りなさい! 屋敷には結界が張ってあります。魔獣は入れませんわ」
「…す、すみません…地面が…揺れて…っ」
「私たちが連れて帰るわ。エルフィはどうするの?」
真っ青を通り越して青白くなっているマーファリーを支えながら、エルフィへ問うと彼女は真っ直ぐと緑色の瞳を私たちへ向けた。
…この子…なんて…。
「まずは街の者たちを避難させます。新たな魔獣が生まれてしまわぬように、街の人々を安心させるのが領主の妹であるわたくしの責務ですわ」
「…そ、そう…」
…なんて、強い…。
「僕もこの魔獣の浄化が済み次第手伝います」
「え? …あ、いえ、あなたも中央区へ避難してください。領主庁舎には魔獣除けの結界が張ってありますから、そちらへ! あとはわたくしたち行政に携わる者の務めですわ」
「それならば尚のこと手伝いますよ。魔獣に脅かされた者たちの心には強者の支えが必要です。あなたのような強い女性と、ハーディバルという騎士の存在は必ず民の心の拠り所となるでしょう。あなたは不安で怯える民と、初めての事態に対応に追われているであろう姉上の側にいて差し上げた方がいい。前線には自警兵と衛騎士隊、ハーディバル…僕も手伝いますから、皆で力を合わせて乗り越えましょう」
「………。…わかりました、そうかもしれませんね…。…では、お名前をお伺いしても? わたくしはエルファリーフ・ユスフィアーデと申します」
「え⁉︎ …あー……じゃあフリッツ…うん、フリッツ・ニーバスで」
…ん?
なんか途中までいい話だったのに、最後が締まってないわよ⁉︎
****
屋敷へと戻ると、すぐにナージャがお茶を入れてマーファリーへ持ってきてくれた。
なんだ、ちゃんとメイドらしいこともできるんじゃない、この生意気娘。
ナージャのお茶を飲んで息を吐き出したマーファリーのことを、使用人一同心配そうに見守る。
街は警報が響き渡り、時々テレビのようなもの…なんでも画面が魔石でできている、通信端末の大きい版なんだとか…の放送で状況が伝えられた。
街に侵入した魔獣は現在わかっている時点で五体。
レベル2が三体と、レベル3が二体…。
レベル3は偶然居合わせた魔法騎士隊長と、謎の少年フリッツによって浄化が完了。
残りの三体も、間も無く浄化が終わるという。
しかし問題は魔獣の侵入で恐怖に打ち負け、魔獣化してしまった十人近くの住民。
まだ増える恐れがあり、もし見かけたら家から出ずに速やかに領主庁舎へ連絡してください。
また、魔獣にならないためにも家族や親しい人の側で、相手を思いやり、励ましあってください…。
繰り返される、そんな言葉にだんだん胸が重くなる。
「大丈夫ですかぁ、マーファリーさん」
「え、ええ…もう、だいぶ…」
「はぁ…。もぉ、マーファリーさんが魔獣になっちゃうかと思いましたぁ…」
「そ、そうね、わたしも…。…ごめんなさい…」
「いいですよぉ〜。アバロンは地震があると大地が消えちゃうんですもんね〜。そんな場所で暮らしてたら、地面が揺れたら怖くて固まっちゃっても仕方ないですよ〜」
「…え? 大地が、消える?」
なにそれ、やばくない?
モニター画面からナージャたちへと顔を向ける、まだ少し顔色の悪いマーファリーが「はい」とその信じ難い事象を肯定する。
「アバロン大陸は、魔力がなく…科学が進歩した場所ですが…それは大地の資源を消費してエネルギーとして利用するものでした」
「…あのですね、魔力っていうのはぁ、世界を維持する力でもあるんですよぅ。ドラゴンや幻獣が世界へ魔力を与えてくれるんですけど〜、アバロンには『八竜帝王』の『銀翼のニーバーナ』様しかいなかったんです〜。ニーバーナ様だけじゃ、大地を維持するのでいっぱいいっぱいで魔力を人間が使えるくらい与えることができなかったんですぅ。それなのにアバロンの民はそうと知らずにじゃんじゃんばかばか資源を削り取って消費しちゃうから、遂にニーバーナ様でも支えきれなくなったらしいですよ〜」
「…弱ってしまったニーバーナ様のお力が途絶えた時、アバロン大陸は大地を維持する力すら失ってしまい…地震という天災により大地は崩れて落ちるようになったんです。村を一つ呑み込む大穴が、大陸中に空きました…」
「その時のことを思い出しちゃったんですね、マーファリーさん」
「ええ…大きな地震が来たの…わたしは馬小屋を掃除していた。…大きな地震で馬が暴れて…逃げていく。でも、立ち所に馬は崩れた地面に呑み込まれていった…。か細い植物の蔦が、わたしの体を支えてくれたけど…いつ切れるかわからない。…あるはずの地面が真っ黒な空洞に落ちていくのを震えて眺めていることしかできなかった…」
「マーファリー…」
その身を抱きしめて、思い出した恐怖に震えるマーファリー。
いつも明るく笑ってくれるマーファリーに、こんなに弱い部分があったなんて…。
私が肩に手を置くと「けど」と顔を上げる。
「……王子様が現れたんです」
真っ暗な穴に吸い込まれる恐怖に泣いていたマーファリーを、一人の青年が救ってくれた。
手を差し出して「大丈夫ですか?」と声をかけて、安全な場所へと転移魔法で連れていってくれた…その青年こそ、この国の王子様。
なぜ彼がアバロン大陸に居たのかは分からないが、フレデリック王子とジョナサン王子、そしてハクラが奴隷である彼女や、彼女のように働かされていた奴隷をも救ってくれたという。
そして村を失い、我が身のことで奴隷のことなど気にも留めない村人から奴隷たちを引き受けて、このアルバニス王国へと導いてくれた。
そこからはまさに人生が一変する。
奴隷という『物』から、マーファリー・プーラという『人』へと生まれ変わった。
顔色はどこかほんのり赤くなる。
その時の記憶を思い出しているんだろう。
とても素敵な思い出だ。
…恋愛脳的にかなり美味しい…けど、それを飛び越えて…彼女の大切な思い出なんだろうな、と思う。
恐怖と絶望から引き上げて、希望と幸福な未来へ導いてくれた王子様…と、ハクラ。
「あ! …もしかして、そのアバロン大陸をハクラは助けたっていうの? どうやって…」
「昨日言ったじゃないですか〜。なんか信じ難いですけど他の『八竜帝王』のうちの二体…『獄炎竜ガージベル』様と『雷鎚のメルギディウス』様をどうやってか知らないですけどたらし込んで協力してもらったみたいですよ〜。伝承だと、『獄炎竜ガージベル』様と『雷鎚のメルギディウス』様は人間が大嫌いらしいのに…」
「…ああ、そういえばそんなようなこと言ってたわね……ほ、ほんとにおとぎ話みたい…」
意外と優しいのかしら、ドラゴンって。
まあ、ドラゴンなんてハクラが連れてた小さいのしか見たことないけど。
とりあえず名前がすごく強そう。
「…あの、わたしもう大丈夫…平気です。殿下たちを思い出したら、なんだか元気が湧いて来ましたから!」
「マーファリー…」
「そうですよ! 助けていただいたのに、地面が揺れたくらいでダメになってる場合じゃないんでした! …お嬢様たちが帰ってきたら、美味しいお料理でお迎えして差し上げないと! きっととてもお疲れでお戻りになられるはずですもの!」
マ、マーファリー〜〜〜っ!
うおううぅ! あんた、さっきまであんなに怖がってたのに…!
な、なんて、なんて健気なの〜〜〜〜っ!
「そうね、こんな事初めてだもの、ユスフィーナ様はきっと大層お疲れで帰って来られるわ。さあ、みんな! 使用人の腕の見せ所ですよ! ユスフィーナ様とエルファリーフお嬢様を全力でお迎えする準備を!」
「「「はい!!!」」」
「マーファリー、動けるならお風呂の準備をしてきてちょうだい! ナージャ、あなたはミスズお嬢様をお部屋で休ませて。夕飯になったらお呼びしますから」
「え…⁉︎ …あ、は、はーい、お任せくださぁい!」
「私にも何か手伝わせて⁉︎」
「え⁉︎」
「これは使用人の仕事です! お客様はごゆっくりお休みになられることが、仕事とお考えくださいませ!」
「…え…ええ〜〜…」
レナメイド長の一声でワッと慌しく動き出した使用人一同。
なのに私は部屋に戻って休めだなんて…。
私も何かしたいよ〜、仲間に入れて欲しいよ〜。
そうレナメイド長にねだりにねだったおかげで、ならば自らの部屋のお風呂掃除をナージャと共にして下さいと言い渡されてしまった。
…それ、実質的にナージャに風呂掃除させて私には休めと言ってるようなもん…。
だがしかし、そんな脅しには屈しないわよ!
「げっ! あんた本当に風呂掃除するつもりぃ⁉︎ ナージャが怒られるんだけど⁉︎」
「あらぁ、それは一石二鳥だわ〜」
「く、くぬぅ〜〜!」
そうはさせるか!
なんて、私に張り合ってお風呂掃除を始めるナージャ。
こちらとしてもそうはさせるものか!
張り合いながらやっていたら、あっという間にお風呂はピカピカ…天井までも。
「ふぅ…どうしよう…終わっちゃったわ…。レナメイド長、もうお仕事させてくれない、わよねぇ…」
「当たり前でしょ。今お茶持ってくるから座って待ってなさいよ」
「…あんたってほんと、私と二人きりだと別人ね〜。もう慣れてきちゃったけど」
「あんたに媚び売ったって、こっちはな〜んにも得しないんだから当たり前でしょ〜」
とはいいつつ、メイドの仕事は一応ちゃんとやるらしい。
お茶とお菓子をトレイに乗せて、私の部屋へと持ってくる。
一人でお茶するのも寂しいし「あんたも飲んでけば?」と言うとナージャは「そうする〜」と満面の笑みで椅子に座った。
はぁ、もうハイハイって感じ。
「…そういえば、さっきあのドS騎士から聞いたんだけど…あんたが使ったあの魔導書偽物だったらしいわよ。知ってた?」
「……え…⁉︎」
クッキーに手を伸ばしていたナージャが驚いたように顔を上げる。
この様子じゃやっぱり知らなかったみたいね…。
「だから騎士団で本物を探して回収するんだって。私が帰る方法も『オリジナル』って本物の方に載ってるみたい。…ねぇ、あんたはその本物の場所、知ってたりは…」
「…し、知るわけない、でしょ…」
「だよねー」
やっぱりドS騎士と騎士団が見つけてくれるのを祈るしかないのかな。
…ん、このクッキー美味しい!
「……………………………………」
私がクッキーに夢中になる横で、ナージャは両手を膝の上できつく握り締めていた。
青い顔。
思い詰めた表情。
この時、ナージャの異変に気付いてあげられていたら…あんな事にはならなかったのかもしれない。
****
あの『魔獣襲撃事件』から数日後。
私はすっかり魔石の使い方をマスターして…いたら良かったんだけど、これがそうでもない。
トイレを流すのは、まあ、ほぼほぼ失敗しなくなってきた。
んが! しかし、持久力というか…シャワーの魔石は突然止まったり、お湯が冷たくなったりするのよね。
魔石…いや、魔力! 奥が深い!
…いや、はい、素直に難しいです…心折れそう…。
魔石でこうじゃ、通信端末なんて夢のまた夢かも…。
「憂いたお顔も可愛らしいですが、何かお悩みがあるならお聞きしますよ」
「うわああ!」
…我ながら色気のない声。
むしろ、私に声をかけてきた少年…フリッツ・ニーバスの方がまだ色気がある…気がする。
振り返るとにっこり艶っぽく微笑むこのフリッツは、例の『魔獣襲撃事件』から私と同じように客人としてユスフィアーデ邸に部屋を借り、日々ユティアータ周辺の魔獣退治に出掛けている。
この街に限らず、一般的に人の集まるところには魔獣が生まれやすい。
だから、人の集まる場所…町や村の代表者は、勇士や傭兵を雇い魔獣が生まれたらすぐに浄化出来るように備えておくものなのだそうだ。
この街にも勇士や傭兵が一応は雇われ駐在していたが……あの『魔獣襲撃事件』の日に私とマーファリーに酒臭い匂いを漂わせながら声をかけてきたあの四人のような奴らばかりで何の役にも立っていなかった。
後からナージャに聞いた話だけど、ユスフィーナさんが領主になる前からああいう輩が増え出したらしい。
奴らはこの街の住人の税金で雇われているにも関わらず、力を振りかざし無銭飲食や暴力を繰り返し好き放題していた。
当然遊び呆けて、魔獣退治などでさっぱりしない。
だが、どういうわけか魔獣は街に全然現れていなかった。
奴らが魔獣を倒しに行くところは誰も見ていないが、街に魔獣の被害があるわけでもない。
なので、みんな使えない勇士や傭兵の暴挙は静観していた。
そこに今回の事件…。
もう、大事件だ!
だって、なんと百年ぶりくらいにレベル3の魔獣が現れたのだから! しかも二体も!
なんで魔獣が街に現れなかったのか?
怯えて逃げて行ったのだ! レベル3に!
街の地中で息を殺し、街に溢れる負の感情を静かに喰らい、静かに成長し続けていたそいつ。
私たちの前に現れた、あいつだ。
そして街に近づけなくなった魔獣は、街の外で他の魔獣と喰らい合いレベル2が三体も生まれてしまった。
食われた魔獣…魔獣になってしまった人たちは、もう帰ってこない。
食べられてしまったのだから。
…そして、どうしてあの日、あのレベル3が姿を現したのか。
堕落して、傲慢に成り果てたあの四人の傭兵たちが本気でナージャやフリッツを殺そうと考えたから…らしい。
あの時、傭兵でありながら真っ先に逃げたあの四人はあの後しっかり捕らえられ、ドS騎士ことハーディバルの一見拷問じみた言葉責めによりその事を白状した。
そこは超えてはならない一線。
それを越えようとした、傲慢で邪な心にあのレベル3は引き寄せられたのだという。
ゾッとする話だ。
そしてあのレベル3が私たちの前に現れた事で、街の外で生まれてしまったレベル3と、レベル2が強い邪気に猫にマタタビなごとく引き寄せられた。
その結果が、あの『魔獣襲撃事件』。
ほんとに、全く冗談じゃないわ。
…あの事件以降、まるで働かない勇士や傭兵は全員リストラ! クビ!
だがそうなると、まだ街の周辺をウロウロしている弱い魔獣を討伐できなくなる。
早く討伐しないとまた喰らい合って強い魔獣になってしまうし、魔獣化している人に死者が出てしまう。
そこでフリッツが手を上げてくれたのだ。
僕でよければ、新しい勇士や傭兵が決まるまでお手伝いしますよー、と。
実力は私もナージャもバッチリ見ていたし、そして何故かハーディバルも「彼なら大丈夫です」と太鼓判を押した。
かなり嫌そうな顔で。
…あの表情筋が死んでいるドS騎士ことハーディバルが、本気で頭を抱えながらめちゃくちゃ嫌そうな顔で言うのだ、よく分からないが、きっとそれだけ実力があるってことなんだろう。
実際、一日で五体くらい魔獣をやっつけてくるらしい。
最近この街は、行方不明になった人…魔獣になり彷徨っていた人が浄化されて無事戻ってきた、と賑わってる。
うん、いいことだ。
「ミスズさん?」
「あ…ご、ごめんごめん。つい脳内視聴者に丁寧な説明をしてしまっていたわ」
「は? 脳内視聴者…?」
「…気にしないで」
「お茶が入りましたよ〜」
ナイスタイミングよマーファリー!
…それにしても、あんな事があったのに平和だわ…。
ナージャは普通に学校に行くし、エルフィは未だ後始末に追われるお姉さんの手伝いで領主庁舎にほぼ泊まり込みだし…。
私だけマーファリーとのんびり屋敷で魔力の練習…こんな生活でいいのかしら…。
「はぁぁ…」
「どうされたんですか、ミスズお嬢様」
「さっきからぼーっとしてるんですよ。お腹が空いてるのでしょうか?」
「そろそろランチにいたしますか?」
「…ねぇ、ちょっと待って、二人の私のイメージおかしくない?」
そんなに食い意地張ったような生活してないはずなんだけど⁉︎
「そうですか? 会う度に何か食べている気がしますけど」
「ふふふ、ミスズお嬢様はわたしの作ったお菓子をたくさん食べてくださるから作り甲斐があります」
…はた、と…自らの手にあるケーキやクッキーの類に目を留めた。
庭のガーデンテラスにあるテーブルの上にはお菓子が所狭しと並んでいる。
魔力の練習が終わるとガーデンテラスでお茶とお菓子。
昼食の後はこの世界の勉強。
それに飽きるとお茶とお菓子。
もちろん夕飯も残さず食べて…あ、今朝はお代わりもした…。
「……………」
「あ、新しくフルーツパイに挑戦してみたんです。フリッツ様もいかがですか?」
「はい、いただきます。わあ、美味しそうですね〜」
「フリッツ様も甘いものがお好きなんですね」
「ええ、大好物なんです」
…穏やかな二人の会話をよそに、私は「そういえば最近少し服がきついから今日もワンピースにしよ〜っと」と、思った朝の己を思い出した。
ごくり…。
恐る恐る、腹を…摘む。
むに…。
…ある。いる…。
私の体に未だかつて、これほどの脂肪さんがご滞在されたことなんてなかったのに……!
ハッ…!
気付いてしまった。
私のこれまでの生活と、今の生活…全然違う!
今まで朝起きてご飯食べてチャリで全力疾走して立ち仕事を終えたらやっぱりチャリ全力疾走で家に帰って夕飯までゲーム!
間食なんてしなかった!
今は朝起きてご飯食べて座って勉強したり魔力の練習したり…飽きたらお茶と美味しいおやつを食べてお昼食べて勉強したり魔力の練習したり…飽きたらお茶と美味しいおやつ!
夕飯も最近ついお代わりを…だ、だってお母さんの料理より美味しいし、つい!
「…あら? ミスズお嬢様? どうされましたか?」
「う……うん………」
…これは、いかん。
このままでは…本当にただの雌豚に成り下がってしまう…‼︎
今までダイエットなんてした事なかったけど、これは、このままでは、マジでやばい…‼︎
「…このままでは、豚になる…!」
「え?」
「私! ダイエットするわ!」
「ええ⁉︎ いきなりどうされたんですか⁉︎」
「マーファリーやここのシェフの人が作るものが美味しすぎて、太ったのよ! 運動らしい運動もしていないのにこんなに食べたら太るに決まってるわ! 一ヶ月後にパーティがあるって言ったのマーファリーじゃない! 太り切った体で生まれて初めてのパーティに行くなんて嫌! だからダイエットよ」
「…そ、そうですか? あまり変わっていないような…。ねぇ、フリッツ様?」
「そのようなデリケートな話題を振らないでください。…個人的にはセミロングな女性に魅力を感じるので、体型はそれほど気にしませんけど…。ところでパーティとは?」
「あ、はい。一ヶ月後に王都、王城『カディンギル』でフレデリック王子が主催される『第三回、御三家の嫁大募集お見合いパーティ』があるのです」
「ああ、あれのこと…。お二人も来られるのですか?」
「…エルファリーフお嬢様の付き人として参加するつもりなのですが…」
「痩せなきゃ無理〜〜!」
「…………」
「…………」
だって王子様主催でしょ⁉︎
王子様に会えるかもしれないんでしょ⁉︎
このままぶくぶく太った姿での出会いなんて絶対嫌よ〜〜!
「…では、剣を学んでみてはいかがでしょうか」
「剣⁉︎」
「スポーツもありますが、身を守る術にもなりますから剣術はオススメですね」
「…身を守る術か…」
成る程、この世界は魔獣がいつどこで生まれるか分からない。
多少身を守る術を心得ていた方がいいってことね!
フリッツの言う事、一理あるわ!
まあ…実際魔物なんて前にしたらこの間みたいに腰を抜かして動けなくなってるのが関の山だろうけど。
「剣でしたら稽古用のものがあったはず…今お持ちしますね」
「う、うん…。うん? マーファリー、剣使えるの?」
「えーと、わたしはハーディバル先生に魔法使いの方が向いているから、剣は基礎だけに留めておけばと言われたことがあるので…その、あまり…」
「マーファリーさんは『氷属性』が得意なのでしたね。たしかに、生まれつき上級霊命をお持ちなのは珍しい。鍛錬すればいい線いくかもしれません」
「…ハーディバル先生にも言われました。…でも、魔法の鍛錬って本格的にやるととても大変で…」
「まあ、体内魔力量はどうすることも出来ませんからね〜。自然魔力の収集と凝縮は鍛錬が必要ですし、魔法に関する知識はもっと必要。普通に大変ですよねー」
そ、そんなに大変なのか。
「武の道も魔の道も、楽には登れない。でも、最低限の心得はあった方がいい。剣なら僕が教えてあげますよ。父が脳筋なので武器は一通り扱えるので」
「…これ聞くの何回めか分からないけど…フリッツって本当に何者?」
「えーと、そうですね…今ちょっと家出してるので素性に関しては深く聞かないでください」
「…気になる…」
「家出だなんて、ご両親は心配されてるんじゃ…」
「大丈夫です。そんな普通の両親なら僕はもっと弱いはずでしょう?」
「…随分厳しいご両親なのね…。それなら尚のこと家出なんて怒られるんじゃない?」
「そうですね。まあ、親はともかく執事には怒られるかも」
執事がいるって事はやっぱりそこそこ良いお家のお坊ちゃんなのね。
立ち振る舞いもエルフィみたいに上品だし、ハーディバルとも知り合いみたいだし…。
厳しいご両親の躾に耐えられなくなって家出してきたのかしら…。
だとしたら、可哀想…。
「いつかご両親に分かってもらえる日が来るといいわね…!」
「? ………??? …はい…?」
ご両親もフリッツの為を想って厳しくしているとは思うのよ?
でも、思春期とか反抗期の男の子にはきっと伝わらないのね!
フリッツの気持ちがご両親に…ご両親の気持ちがフリッツに届く日が来ることを祈るわ!
世界は違っても親子の複雑な時期が大変なのは変わらないのね!
うちも私が高校受験の時に早く就職して思う存分ゲームやりたいってゴネたら「今時中卒を雇ってくれるところなんてあるわけないだろ!」って喧嘩の毎日だったわ…。
今では両親の言う通りだったと、感謝してるのよ。
まあ、それはそれとしてマーファリーが倉庫から持ってきた木製の剣。
なぜかマーファリーの分も入って三本。
木製にしては意外と重い。
庭の中でも少し広めのスペースに移動して、構えから教わる事に。
「剣術には流派というものがいくつか存在します。王国で主流なのはエーデファー流魔法剣ですね」
「魔法剣?」
「身体強化魔法を使って戦う事に特化した剣術です。王国騎士は大体中級までは習得します。免許皆伝は騎士団の中でも数名のみ。まあ、ミスズさんは初心者ですから、構えて剣を振るところからです。まず握り方からお教えしますね」
と、始まった剣の練習。
立った状態で握った剣を振るという剣道のような練習が始まった。
魔法剣というからには魔法も使うみたいだが、私はまだまだ魔力の使い方がいまいち。
でも身体強化魔法か〜、普通の魔法とは違うのかしら?
フリッツに「身体強化魔法って難しいの?」と聞くと純粋な魔法よりは簡単で、使用魔力も少なくて済むようだ。
それなら私にも使えるかしら?
「え、強化魔法ですか? …普通の魔法よりは遥かに簡単ですけど…魔力の使い方が完璧でないと危ないですよ。簡単とはいえ魔法は魔法ですから」
「うう…やっぱりそうなのね」
「身体強化魔法は主に物理攻撃を得意とする剣士、槍士、体術士、そして力仕事をする時にも使われます。戦闘以外にも一般に広く使用されるものなので難しくはなく、また魔法陣も使わない。体内魔力だけで使えるものがほとんどです。当然、得意属性がその強化部分を大きく左右する」
「う、うん」
「例えば『火属性』はパワーアップ、体力アップなど。『水属性』は回復力アップなど。『風属性』はスピードアップなど。『土属性』はパワーアップ、防御力アップ、体力アップなど、ですね」
「へぇ、意外と『土属性』って強化魔法向きなのね⁉︎」
「そうですね、『火属性』と『土属性』は強化魔法も得意、と言ってもいいでしょう。だからと言って魔力もろくに扱えない状態では危険だから使わないでください」
「わ、わかってるわかってる!」
魔法の事故が怖いのは身をもってわかってます!
…はぁ、フリッツって年下のくせにしっかりしてるわ。
「あ、でもそれならやって見せてよ。魔法って私の世界にはなかったから見てみたい」
「ええ、機会があれば。では素振りを再開しましょうね。やりたいと言ったのはミスズさんなんですから」
「………はい」
…ほんと、しっかりしてるわ…。
だって私運動苦手なんだもん。
やりたいって言ったのは私だけど、上下に腕を振るだけがこんなに大変だなんて。
しかも…!
「腕を下げながら右足を折って。姿勢が悪いですよ。腕を上げた時、背中も伸ばす! 左足が外側へ向きすぎです、これじゃガニ股じゃないですか。剣の重さに振り回されては意味がないんですから、もっと振り下ろした時に脇を締めてください。腰はもっと下ろして! はあ、お腹と太ももに全然力が入ってませんよ!」
「フリッツ厳しい!」
「改善点が多くてやり甲斐がありますね?」
「…うううう〜〜」
ふふふふふ、と微笑むフリッツはえらく楽しそう!
こ、この腹黒ドSショタ〜〜!
マーファリーも笑顔で眺めてるくらいなら助けてよ〜。
「キツイ…もう無理動けない…」
三時間ほど姿勢を注意されまくりながらなんとか続けたけど、初めてでこれは厳しすぎやしない⁉︎
ガーデンテラスの机に突っ伏す私へフリッツが「まだまだですねー」と肩を落とす。
そんなのわかってるわよ! というか、私今日が初めての初心者よ⁉︎ もっと優しくしなさいよ!
…言葉にする元気はないんだけど。
「お疲れ様です、ミスズお嬢様。頑張られましたね」
「うん、もっと褒めて…」
「次はもう少し動き易い服装で基礎体力や筋肉アップの練習をしましょう。剣を振るうにしても、体がグダグダで剣を持つのすら辛そうでしたから」
「ちょ、ならなんで延々三時間やらされたのよ⁉︎」
「すいません、いじめるのが楽しくて」
「素直に鬼畜⁉︎」
テレ…と微笑むショタ、フリッツ。
なんといういじめっ子!
マーファリーも空笑いするが、私は全然笑えない!
私の三時間なんだったのー⁉︎
「さて、陽が暮れる前に領主庁舎に行きますか」
「? 領主庁舎に何か用事が?」
「ええ、昨日で粗方魔獣の討伐は終わったんで、報酬をもらいに。一応次の勇士や傭兵が見つかるまでの契約ですが、働いた分のお給料はしっかり頂きますよ」
「ええ、そうですね。…ユスフィーナ様もこれからは勇士や傭兵のお給料は歩合制にすると仰っていたそうですし」
「…ユティアータは大きな街ですからね。街の資金が潤沢なのは良い事ですが、無駄遣いしていい理由にはなりません。余ったのならきちんと民へと返さなければ」
「そうですね。…今回のことで、ユスフィーナ様の対応の遅さが問題視されています。領主をクビになったりしたらどうしましょう…」
「え、ユスフィーナさん、そんなに評判悪くなってるの?」
そんな…『魔獣襲撃事件』はあの使えないゴミ傭兵どものせいじゃない!
ユスフィーナさん悪くないじゃん!
あんなに朝から晩まで頑張ってるのに…!
「仕事をしない傭兵たちを放置していた事を追及されてるんです。そこまで手が回っていなかったのは事実のようですし…ユスフィーナ様も謝罪していました」
「そ、そんな…! あの傭兵たちが悪いのに⁉︎」
「彼らは彼らで今回の事件を招いた罰は受けるそうです」
「納得いかなーい!」
「為政者とはそういうものです。まあ、彼女の場合それだけではないんでしょう。…あの若さで領主になった彼女には、都職員たちからの嫉妬による抵抗も多いと思います。…そうだな…魔獣討伐もひと段落ついたし、あちらも少し手伝いますか…。ユティアータがうまく回らないと、トルンネケ地方全体に影響が出かねない」
「え?」
「え?」
そうと決まれば行ってきまーす、とにこやかに手を振りながら転移魔法で消えるフリッツ。
ええと…あいつ、今なんか言ってなかった?
「……フリッツ様、本当に何者なのでしょう…」
「さ、さあ……」
で、その夜。
「本当に、本当に凄かったんです!」
両手をグーにしてエルフィが興奮気味に教えてくれた。
本日午後、フリッツ参入後の庁舎は凄かったらしい。
なんでもあの腹黒ドSショタは領主ユスフィーナさんに反抗的な連中を、例の言葉責めと正論であっという間に丸め込み、あっという間に庁内を支配下に置き、あっという間に溜まっていた仕事も滞っていた仕事も終わりが見えるくらいにしてしまったんだとか。
その手腕たるや。
そもそも部外者であり、子供であるフリッツがなぜああもこの都市の政務をサクサク進められるのか…謎はさらに深まってしまったのだが…。
とりあえず今日は定時で帰ってきたユスフィーナさんの疲れ果てた顔を見つつ、一緒にご飯が食べられるエルフィの嬉しそうな顔にほっこりする。
そして、その偉業を成したフリッツはというと、メーテプという私の世界の飴菓子に似た物をもぐもぐ食べて歩いてきた。
メーテプは歩きながら食べるお菓子、らしいんだが、一応屋敷の中だぞ。
だが、誰も怒らない。
というより、怒れない。
だって…。
「本当にありがとうございました、フリッツ様…。庁舎があんなに一丸となったのは初めてです。明日でひと段落つきそうですし…カールネント様からも「今後もユティアータを頼む」と仰って頂いたのはフリッツ様のおかげですわ」
「わたくしからも御礼申し上げますわ! 姉を助けていただきありがとうございます! フリッツ様にはお世話になりっぱなしですわね…」
「いえいえ〜」
カールネント様というのはこのユティアータがあるトルンネケ地方の領主様。
つまり、ユティアータの領主にユスフィーナさんを任命した人だ。
そんな偉い人に「ユティアータを頼む」とユスフィーナさんが言われたのは、つまり今後もユティアータの領主はユスフィーナさん、と地方領主様にお墨付きを頂いたという事。
これでユスフィーナさんがクビになる心配はなくなった。
本当に良かった…。
「カールネント氏は勘がいいですから…」
「? どういう意味ですか…?」
「いえ、こちらの話です」
言ってることはよくわかんないけど、フリッツって本当にとんでもなくすごいガキンチョね。
本当に何者なのかしら?
「ところでフリッツ様〜! フリッツ様は彼女とかいらっしゃるんですかぁ〜?」
「いないし、作る気は無いですね。ちなみに好みのタイプはセミロングで髪質はサラサラ。僕が髪を触っても怒らない人で、からかって遊んだらとても楽しい人がいいです」
「あ、はーい、もういいでーす」
学校から帰ってきたナージャは瞬殺。
…ますます恐ろしいショタだわ…!
「これで光明が見えてまいりましたわね、お姉様! 明日も頑張りましょう!」
「エルフィ、あなたは明日から学園に戻りなさい。手伝ってもらったことは感謝していますが、来年卒業なのだから忙しいはずでしょう?」
「で、でも…」
「そうなさった方がいい。きちんと卒業してから正式にお姉様を助けて差し上げればいいのですよ」
「フリッツ様…。……そうですわね…わたくし、頑張りますわ!」
「そう、今後はユスフィーナ様は市民からの信頼を取り戻す必要がある。エルファリーフ嬢がいつまでも手伝っていては、変な悪評に繋がるかもしれませんしね」
「!」
「!」
エルフィが可愛いな〜とにまにましそうな私でも、フリッツの言葉には「えっ」と声が漏れた。
…そ、そうか、偉い人にはお許しもらえたけど、この都市の人たちは別な話か。
私の世界だって政治家批判は日常茶飯事だった。
ユスフィーナさんがめちゃくちゃ頑張ってるのは近くで見てたから、私はユスフィーナさんの味方だけど…。
「…そうですわね…どうしたら…」
「………。あ、そうだ! 恋人を作ったらいかがですかぁ⁉︎」
「は?」
俯いて困り顔のユスフィーナさんへ、ナージャがドヤ顔で提案する。
食堂にいた使用人、メイドを含め、その場の全員が「は?」だ。
なんでそこで恋人…と思ったが、数日前にマーファリーに教えてもらった一件を思い出した。
そうだわ、ユスフィーナさんは既に恋愛フラグが立っていたのよ!
なんとかっていう領主の長男で、継母にいじめられて追い出されているという!
ナ、ナージャのくせになんていうナイスアイデアなの!
「それはいい考えだわ!」
「ええ⁉︎ ミスズ様まで何をおっしゃいますの⁉︎」
「確かに。ここ数日の騒ぎと悪評を誤魔化し話題をすり替える意味ではなかなかいい案です」
「フ、フリッツ様⁉︎」
おお、まさかのフリッツもこっち側!
もしかしてユスフィーナさんの好きな人のこと知ってたのかしら⁉︎
「…確か、フェレデニク地方、クレパス家のターバストがあなたに求婚を繰り返していると噂で耳にしたのですが」
「⁉︎ う、噂になっているのですか…⁉︎」
「ええ、ユティアータは元より、王都にもその噂は届いていますよ」
「…お、王都にまで…」
例の竜人族の王子様ね…。
でもユスフィーナさんには他に好きな人がいるのよ!
噂になってるなら、その想い人の人から連絡とかくるんじゃ…。
「…やはり乗り気では無いようですね」
そりゃユスフィーナさんには他に好きな人がいるからね!
「…私はこの街の領主。嫁ぐつもりはございません」
「え〜、もったいないですよ〜! 会うだけ会ってみたらいいんじゃないんですかぁ〜?」
ん?
「待ちなさいよナージャ! あんたまさか竜人の王子様推し⁉︎ ユスフィーナさんには他に好きな人がいるんでしょ⁉︎」
「え⁉︎ ミ、ミスズ様…何故それを…⁉︎」
「え…」
驚いたエルフィとユスフィーナさん。
使用人の皆さんとナージャの「あ、こいつ言っちゃった〜〜」的な顔と、マーファリーの「言わないでって言ったのに」という泣きそうな顔。
「…う、噂で…聞いたわ」
通じるかわからないが、これでなんとか誤魔化せないかしら。
…ま、まさか言っちゃダメだったとは…てへ。
「そ、そんな…お姉様…カノト様のことまで噂になっているなんて…」
「……そうですか…」
「カノト? まさかカノト・カヴァーディル? あの三剣聖の一人の?」
「え?」
「?」
「へ?」
「?」
フリッツが驚きながら首を傾げる。
フリッツも知ってる人なの?
…それにしてはなんか私含めこの場の誰もが「なにそれ」みたいな顔してるわよ?
ほら、物知りなマーファリーやメイド長も。
「なぁに、さんけんせいって」
「ああ、この国は王の誕生祭に『剣舞祭』という武術の大会が行われるんですが、その大会に二回以上優勝した者へ『剣聖』の称号を与えているんですよ。大体毎年五万人以上が参加するので、二回優勝はまさに神業。しかし、現在それを成し得た者が三人居る」
「………ご、五万人…⁉︎ そんな参加人数の大会に二回も優勝した人が三人もいるの…⁉︎」
「一人はこの国の王国騎士団長のランスロット・エーデファー! あれは規格外。これまで三回優勝している。強さがふざけてるので殿堂入りという事で出場禁止にされました。次にミュエベール・フェルベール。女性初の『剣聖』であり、身体強化魔法と強力な炎の魔法で連続優勝。…あれです、ハーディバルのお姉さんです」
ああ…あのドS騎士のお姉さん…お姉さん⁉︎
…そ、それだけでそんな感じがする…。
「そして一昨年、『剣聖』になったのがカノト・カヴァーディルです。稀に見ぬ風魔法の使い手で、その剣技は神速! 美しく見事という他ない! 僕も会場で直接見たのですがあれは凄かったです」
「…ちょ、ちょっと待ってくださぁい……『剣聖』って、この国に三人しかいないって言ってませんでしたかぁ…? …え…ユスフィーナ様の想い人の方って、え…、そ、そんなに凄い、強い人、なんですか…ぁ?」
「カ、カノト様…そ、そんな凄い称号を…?」
「カノト様、凄いですわ…!」
「…なんか姉妹も知らなかったっぽいんだけど」
「…結構報道されてたと思うんですけどね」
私が知らないのは当たり前としたって、なんでこの世界のエルフィたちが知らないの。
まあ、いかにもお嬢様なユスフィーナさんとエルフィが知らないのは仕方ない…か?
「…で、ユスフィーナ様はそのカノトと想いあっておられると…」
「ち、違いますわ!」
「え?」
「…わ、私が一方的にお慕いしているだけなのです。…お会いしたのも一度きり…連絡先も存じ上げません。…むしろ、カノト様は私のことなど覚えておられないかもしれません…」
「……………え?」
私もフリッツと同じように「え?」だ。
なにそれ、ますます萌える展開の予感…!
「どういう事なの? ユスフィーナさん、話して!」
「…十年前、伯父のマーレンス地方視察に同行した時に私の乗っていた車が魔獣に襲われましたの。…その時、当時領主だったお父上に同行してらしたカノト様が魔獣を追い払ってくださいました。歳が同じでしたので、私にもとても親切にしてくださって…」
「…待ってください、ユスフィーナ様が十年前…って事は…その“カノト様”も十四歳だったって事ですかぁ⁉︎ 十四歳で魔獣に勝つって…!」
「ハーディバルは十二歳で魔法騎士隊長になってますからね。才あるものは幼い頃から凄いんですよ」
驚くナージャへまさに今その年齢ジャストっぽいフリッツが笑顔で補足する。
とてつもない説得力に真顔で黙るナージャ。
いや、まあ、うん……。
…いや、そうじゃなくて、魔獣から助けてもらったって事ね。
そりゃ惚れるわ〜。
っていうか、それからずっと一途にその初恋を想い続けてるって事⁉︎
きゃー! す、素敵よユスフィーナさんんん!
「…うーん、でも…そうでしたか…。それじゃあターバストからの求婚には尚応えられませんね…」
「い、いえ、その…どうせ叶わぬ想いです。ですがターバスト様からの、その、ご婚姻のお話は私に領主を辞め、嫁ぐことが前提。…私は領主を辞めるつもりはありません。ですから…何度もお断りのお返事はしているんです」
「…え? そうなんですか?」
え? そうなの?
「はい。ですが、なかなか諦めていただけなくて…。今ではここ最近、ほぼ毎日お手紙が届くんです。…竜人族はアルバニス王族の方々とあまり仲がよろしくないと聞いたことがあるので、私がお断りし続けることでよもや王家にご迷惑がかかるかもしれませんし…」
「考え過ぎですわ、お姉様…」
「ですが…」
「まあ、確かに竜人族はあまり王家と仲良くするつもりはないみたいですからね。ドラゴンの血を引く彼らと、幻獣族の力を取り込んだ王やその血を引く王子たちとの確執というやつです」
「やはり…」
「フリッツ様、そんな、お姉様の不安を煽るような…」
え、王族と竜人族って仲が悪いの?
どうして…だって…。
「同じ国の人たちなんでしょう? どうして仲が悪いの?」
「竜人族が種族間の確執を主張しているんですよ。幻獣族とドラゴンは人間を同じように忌み嫌っていますが、だから幻獣族とドラゴンが仲がいいというわけでもない。食物連鎖の中でドラゴンは幻獣族の餌。彼らは本来強大な力と強靭な肉体を持つ、頂点に君臨しうる生物。だがこの世界では幻獣族という捕食者に、狩られる立場…」
「…!」
マジで?
幻獣ってドラゴン食べるの⁉︎
…あれ? でも、それでなんで王族と仲が悪いに繋がるの?
種族間の確執って…。
「そしてアルバニス王家…アルバート・アルバニスは幼少期に幻獣の一体を食らったことで幻獣の力を手に入れた。王が伴侶として選び、手に入れたのは純血の幻獣族。その息子は幻獣の血を引くハーフです。ドラゴンと交わり生まれた彼ら竜人族にとって、アルバニス王族はまさに天敵」
「……ごめんちょっと整理するね」
「はい、どうぞ」
竜人族とは。
ドラゴンと人間が交配して生まれた種族。
ドラゴン族には“人間”の括りとして拒絶され、アルバニス王国の国民として認められている。
アルバニス王族とは。
…国王アルバート・アルバニスは幻獣を食べて幻獣の力を手に入れた。
で、結婚相手にしたのは本物の幻獣族。
当然ご子息は幻獣とのハーフ。
そして、幻獣はドラゴンを食べる捕食者であり、ドラゴン族にとっては天敵。
あ、なるほど理解。
だから竜人族は王家を目の敵にしていて仲が悪い、と。
「はい、質問があります」
「はい、どうぞミスズさん」
「…幻獣食べた人って本当にいるの…」
「後にも先にもアルバニス王家のみと言われています。中でもアルバート・アルバニスは熾烈な修行でその身を苛め抜き、幻獣の力を開花させ半神半人…つまり半分神となったのです」
「え…じゃあこの国の王様って、神様なの…?」
「はい。半分神です。不老不死…まあ、言うなればそういう存在ですね」
「…ってことは王子様は…」
「王子は半分神と、純血の幻獣族との間に生まれた混血。幻獣族もまた、半永久的な寿命を持つ種族ですから、王子たちも当然寿命や老化はありません」
「………ふぁ、ファンタジー…」
おいおい聞いたか、私。
王子様も王様も人外らしいわよ。
お、思い描いていたものとはかなり違うわ…王子様像…!
どんな人なのか全然想像できなくなった〜!
もしかして、半分獣の半獣みたいな、狼男みたいな感じなのかも…!
い、いやああぁ〜〜! 王子様像がガラガラと崩れていく〜〜!
「…他に何か質問は?」
「…王子様って毛深いですか…」
「は? い、いや、多分本人は毛深くないと思っていると思います、よ?」
「でも、人間から見たら毛深いかも…」
「そ、そうですね、そればかりはその人の主観ですから…。な、なんとも言えませんね…」
やっぱり毛深いんだ…!
ううう〜、求めていたのは『美女と野獣』じゃないのよ〜〜!
そりゃあのお話も素敵だとは思うけど、乙女ゲームや少女漫画に出てくるイケメンがいいの〜〜!
せめて人間に変身してくれないかな王子様〜!
「ううっ!」
「…?」
「ええと……そ、そうですわ、お食事…お食事に致しましょう! ね、お姉様!」
「…そ、そうですね…」
こうして、私のせいでなんの解決もせずご飯になった。
********
「カノト・カヴァーディルだな?」
「……………」
僕の名前は確かにカノト・カヴァーディルだ。
父から受け継いだ、数少ない大切なものの一つ。
後妻に「跡を継ぐつもりがあるなら、見聞の旅に出ては?」と提案されて旅に出て二年になる。
あの義母の言葉が僕を家から追い出すための口実だということには気づいていた。
だが、唯一血の繋がった異母弟が父の後を立派に継いで、責務を果たすというのなら僕はそれでも構わないと思った。
腰の剣の柄へ手を掛ける。
旅を始めて二年…流れの傭兵として仕事をしながら安息の地を探す。
そんなものはないのだと、心の何処かで分かっていても、それでも。
「…竜人族の方々が、僕に何の用でしょうか」
契約期間も終わったので次の村へと移動している最中、人通りのない道のど真ん中で竜人族に囲まれる心当たり…うーん、ないな。
しかも名指しときている。
明らかに目標は僕か。
武器を持ち、殺気を放つ彼らは竜人族。
ドラゴンと人が交配して生まれた種族。
山脈地帯フェレデニク地方に棲まう彼らは、その見た目と寿命の長さから人間と距離を取り、あまりフェレデニクの領地から出てくることはない。
王都以外では初めて見たかも。
「恨みはないが、死んでもらう」
「魔獣になりたいのですか?」
「我らはそんなに軟弱ではない。貴様の首など野うさぎのそれと同じよ」
「……………」
これは話しても無駄のようだ。
目を閉じる。
五人の竜人族…さて…。
魔獣とどちらが強いかな。
斧を持つ竜人が二人。
剣を持つ竜人が三人。
まず剣を持つ竜人が襲ってくる。
うん、思った通り、遅い。
身体強化でスピードを上げれば難なく避けられる。
彼らも使ってくるかな?
竜人族はドラゴンと同じように体が得意属性の色をしていると聞いたことがある。
僕と同じ『風属性』が一人。
他は赤、茶色、紫、黒。
黒…『闇属性』は要注意かな。
僕と同じ『風属性』と『闇属性』は、早々になんとかしてしまおう。
攻撃を避けて、緑色と黒い竜人族に的を絞る。
殺してしまうのはダメだが、竜人族はタフだからとりあえず様子見も兼ねてーーー
「ぐああああぁぁぁ⁉︎」
「なに⁉︎」
僕と同じ『風属性』に十二連撃。
手応えはある。
少し距離を取り、振り返って結果を見守る。
倒れた。
死んではいない。
このくらいでいいのか。
『土属性』は硬いと思うから、魔法かな。
でもまずは『闇属性』。
「馬鹿な、一瞬でこれほどの斬撃を加えたと言うのか…⁉︎」
「こ、こいつ、我ら竜人族の鱗すら切り裂くだと…⁉︎ な、何者…」
「皆気を引き締めよ! …こやつ、出来るぞ!」
何者もなにも、あなた達は僕の名前を知っていたじゃないか。
おかしなことを言う。
そう思っている間に『闇属性』と『雷属性』が武器に属性魔法を付属させて襲ってきた。
面倒だ、二人まとめて…。
「ッガハァ!」
「ぐっふっ⁉︎」
斬る力の加減は一人目で大体覚えた。
十二連撃もいらない。
多分、このくらいの手加減で十分。
「は、速すぎて見えん…! 強い…!」
「こいつ…よくも仲間を…!」
逆恨みはやめてほしい、先に襲ってきたのはあなた達だ。
僕は自分の身を守っているだけ。
残りは『火属性』と『土属性』。
どっちも苦手だ。
『火属性』は風で消えることもあるが、基本より燃え上がらせてしまう。
『土属性』も、脆いものなら容易く壊せるけれど『風』に大地は吹き飛ばせない。
けど…そうも言っていられないよね…。
柄を握り直す。
「ハーファムブート」
身体強化で体を最大限に軽く、速く。
『土属性』は防御力が高いから一番多く斬撃を浴びせる。
僕の剣にも風の武器強化魔法がかけてある。
一撃で何撃もの斬撃を与えるものだ。
短い悲鳴の後仰向けに倒れる二人の竜人。
大丈夫、全員息をしている。
全員の口にポーションを含ませ、傷を治してから早々にその場を立ち去った。
竜人族は誇り高いから、傷を癒したこと怒るかな。
でも、こっちは命を狙われたんだし…このくらい許してほしい。
そもそも狙われる理由がーーーー…あ、いや、ある。あった、そういえば。
義母だ。
竜人族なら確実、と、彼らに依頼したのだろう。
…それは、悪い事をしたかもしれない。
死ぬつもりはさらさらないのだけれど…、それなら彼らに僕がカヴァーディル家に戻るつもりはないと義母に伝えて貰えば良かった。
「…手紙でも送ればいいのかな…」
義母…いや異母弟へ。
お前が立派にカヴァーディル家を守っていく事を祈ると。
それで義母は納得してくれないだろうか?
ああ、今日も…憂鬱だな…。
気を紛らわせるために一昨年二度目の『剣舞祭』参加をしてみたけれど…、優勝も出来たけれど…僕の心は相変わらず虚しい。
僕は何のために強くなりたかったんだろう。
誰かを守れる人間になりたかったような気はするんだけど…流れの傭兵になり、たくさんの人に感謝されるようになった今、その目標は叶えられているはずなのに…なんで…。
虚しい。
強いって、なんなんだろう。
剣の腕があることが強さ、魔法を操る力があることが強さ。
でも、大切なのは強さじゃない気がする。
僕が強くなりたかった理由…それが、一番大切だったはずなのに。
ああ、だめだ思い出せない…忘れてしまった…。
僕はなんで強くなりたかったんだろう。
********
「じゃじゃーん! 次回予告の時間だよ! 第2話はどうだったかなー? 予告担当は今回まさかの出番なし! ハクラと!」
「帰っていいです?」
「ハーディバルだよ! …あれ、おかしいね、予告担当は毎回違う人にしようって言ってなかった? あと、俺の出番ないってどう言うこと? あるって言ってたよね?」
「そんな事を言われたら僕の出番だって削られているんですけど。かなり」
「それはそれとして次回はいよいよ恋愛イベント発生の予感らしいよ! …ホントかなぁ…」
「最初から『予感』とか言って予防線張ってますしね…そもそも恋愛フラグとかも特に立ってないし。あいつの脳内でだけです」
「はっはっはー、物語の解説詐欺? そういえば最初から鷺が出てたもんね、なーんて」
「次回『目指せマイナス五キロ。人生初のパーティで恋愛イベントを成功させよ!』…………ああ、そうだ…お見合いパーティがあるんだった…クッ、死ぬほど興味ない…! サボりたい…」
「『尚、内容は変更になる場合があります。ご了承ください』っと。…名士って大変だな。頑張れ! …でも、と言うことは俺、また出番ないのか?」
おわり
〜ぷちめも用語集〜
召喚魔法
異世界から人を召喚するものを指す。
異世界の人間は生命力を魔力に変換する魔法が容易く使えるため、太古、その魔法を使い戦わせるために使用された。
現在では転移魔法が主流となっており、異界の民を早死に追い込む魔法として召喚魔法は衰退、禁止された。
幻獣族
正式には幻獣ケルベロス族。
漆黒の毛並み、三つの瞳と三本の尾を持つ戦闘種で『理と秩序』を司る『理性と秩序』を守護する巨大な獣。
自然が生き物として姿形を取った者と言われるドラゴンを主食とし犬…狼型で神に牙剥くこともある王獣種の一つ。
『リーネ・エルドラド』を創造神した神の子孫として、その世界に暮らしている。
しかしバルニアン大陸の歴史上、人間という種を嫌い、姿を消して新たに島を作り結界を張り引きこもってしまった。
現在死亡しているものや行方の分からないものも多いが大雑把に上級上位兄、上位兄、下位弟、下級下位弟とランク分けされており、上級上位兄になると世界創造すら可能。
半神半獣となっている者もいる。
人の姿に化ける事も出来、その場合は黒髪黒眼の美しい姿。
また女性の美しい歌声と甘いお菓子が大好物。
戦闘種族として人の姿に化け、戦闘技術を学ぶという名目のもと大昔は人里でお菓子を買いあさっていたという隠れた伝説がある。
ドラゴン族
自然が姿形を取った者とも呼ばれる言わずと知れた最強生物。
幻獣同様体内で魔力を生成し、フンにして出す。
『八竜帝王』という始まりのドラゴンが八体おり、それらはそれぞれ『八大霊命』を司る。
ドラゴンの森に『銀翼のニーバーナ』以外の帝王とその一族が暮らしており、その森には王族以外は入れない。
もし万が一、ドラゴンの領域に立ち入ればたちまち餌として食われてしまう。
また『八竜帝王』と彼らに近い者は人語を理解し、言語を操る。
亜種含め50以上の種類がおり、中には人里に降りて人と共生する者、人と婚姻した者もいる。
アバロン大陸
バルニアン大陸の遥か南西寄りにあるもう一つの大型大陸。(とはいえバルニアン大陸ほどではない)
太古の昔『八竜帝王』のうちの四体『銀翼のニーバーナ』、『雷鎚のメルギディウス』『獄炎竜ガージベル』『賢者ザメル』が自らの一族と共に人間のいるバルニアン大陸を離れて棲んでいた。
しかしバルニアン大陸の戦乱時代、アルバートに敗北した敗戦国民が追い出されて流れた結果、アバロン大陸に棲みつき始める。
大陸を維持するべく『銀翼のニーバーナ』のみが残り他の三体は一族共々バルニアンに立ち去るが、最終的にニーバーナの存在をアバロン大陸に流れ着いた人々は忘れ去り、その恩恵を貪り尽くす。
一時は大陸そのものが崩壊の危機に瀕したがハクラ・シンバルバにより現在は安定。
グリーブトの王子により出戻り力を貸している二体のドラゴンの王ともそこそこ良好な関係を築…こうとしてる。
数年前まで奴隷制度があったため未だ根強い人種差別があるも、またドラゴンの王様達に見捨てられるのでそんな事言ってられる状況でもない。
安心出来ない上、問題は山積み。
変革は始まったばかりなので、ハクラに早く帰ってきてほしいと、アバロンの民は割と切実に思っている。
御三家
エーデファー家、ヴォルガン家、フェルベール家を指す。
太古の昔無数に国が存在していた時代よりアルバート・アルバニスに降り、以後力を持ち続けた元王族の一族。
その中でも一族特有の力…魔法剣術の流派、ドラゴンを手懐ける術、一子相伝魔法等…で衰退する事もなく王を支え続けてきた為、バルニアン大陸の側の小大陸にその名を付けることを許されるほど確固たる地位を築いた。
現在ではエーデファー家は主に騎士団、ヴォルガン家は全領地の統括、フェルベール家は王族の世話などが定着しつつある。
因みに、現在の跡取り男子たちは全員独身。
唯一フェルベール家長女が結婚出産しており、フェルベール家は安泰…長男と次男は祖母、母、姉が強すぎるので嫁は嫁いできても可哀想だから自分たちは家を出ようと割と本気で思っているとかいないとか。
魔力
『リーネ・エルドラド』に満ちる力。
大地を維持したり、豊かにしたり、魔法をつかったり、万能。
種類が八種類あり、それらは『八大霊命』と呼ばれる。
基本の四種『土』『火』『水』『風』を四霊命。
上位の四種『雷』『氷』『闇』『光』を上位霊命。
魔力は幻獣とドラゴンの体内で生成され、フンに大量に混ざって排出される。
それらが大地や空気に変化していく。
幻獣もドラゴンもいないアバロン大陸はこのように魔力がなく、最終的に大陸崩壊の危機に陥ったのである。