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乙女ゲームのヒロインは、必ず私が幸せにしてみせる!

〜登場人物〜



★水守みすず

現代日本人。

ストレス多めなスーパー裏方のパート従業員。

生き甲斐は乙女ゲームなどのゲームと少女漫画。

人生捨ててる今時のオタク。

年齢24歳。

容姿、黒髪ボサボサを百均ゴムで一纏め。黒目。上下ジャージ。スニーカー。が、デフォルト。


★エルファリーフ・ユスフィアーデ

異世界『リーネ・エルドラド』のとある地方領主の妹。

純粋で優しいお嬢様で、みすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢19歳。

容姿、薄いオレンジの髪。碧眼。とても可愛い。

得意属性『風属性』


★ナージャ・タルルス

異世界『リーネ・エルドラド』へみすずを誤って召喚してしまった魔法使い(見習い)。

ユスフィアーデ家のメイド見習いとして働きながら王都の学校に通っている。

舌ったらずで話す、かなり“いい”性格の少女。

年齢13歳。

容姿、茶髪ツインテール。金眼。

得意属性『火属性』


★マーファリー・プーラ

異世界『リーネ・エルドラド』、ユスフィアーデ家で働くメイド。

過酷な境遇の経験と、それでも健気に働く前向きな性格からみすずから『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢21歳。

容姿、灰色の髪、紫の瞳。美人。

得意属性『氷属性』


★ユスフィーナ・ユスフィアーデ

異世界『リーネ・エルドラド』の大都市ユティアータを納める領主。

多忙ながらも妹やみすずへ気配りを忘れない、心優しい女性。

その分苦労も多く、アンニュイな表情が多い。

いつのまにかみすずに『乙女ゲームヒロイン』認定される。

年齢24歳。

容姿、薄いオレンジの髪、碧眼。美人。

得意属性『水属性』


☆ハクラ・シンバルバ

異世界『リーネ・エルドラド』で冒険者を名乗る少年。

『魔銃竜騎士』という世界で一人だけの称号を持ち、亡命者たちからは『アバロンの英雄』と讃えられている。

ホワイトドラゴンのティルを肩に乗せて連れ歩いていることが多い。

性格はかなりのトリ頭タイプ。そのくせ余計な事は覚えている。

年齢18歳。

容姿、黒と白の混色の長髪(大体三つ編み)、金眼。黙っていれば儚い系の美少年。黙っていれば。

得意属性『風属性』『光属性』※その他全属性使用可能。


☆ハーディバル・フェルベール

異世界『リーネ・エルドラド』アルバニス王国王国騎士団魔法騎士隊隊長…という長ったらしい役職の少年。

12歳という若さで魔法騎士隊の隊長になり、王国始まって以来の魔法の天才と謳われている人外レベルの魔法使い。

性格は毒舌、ドS。ハクラに言わせるとツンデレらしいが、デレは見当たらない。

年齢18歳。

容姿、薄紫の髪、銀眼。表情筋は死んでいるが美少年。

得意属性『土属性』『闇属性』※その他全属性使用可能。







「おあっっはぁぉぁーーー!」


と、女子としては如何なものかと言われそうな奇声を上げながら私、水守みすずはいい歳こいて立ち漕ぎの全力疾走で自転車を飛ばした。

早く、早く家に帰ってゲットした乙女ゲーやりたいのだ!

ああ、この日をどれほど待ち望んだだろう!

雑誌の紹介でキャラ全員…つまり絵柄に一目惚れして、声優さん陣に身悶えて、予約開始日に予約して一度の発売延期を経て…そして今! 今日! 遂に!

発売日当日余裕のゲットこれぞ田舎!

ありがとう田舎!

サイッコーよ田舎!

いや、別に普通に予約してたけど。

ともかくこうして私、水守みすずは新作乙女ゲーム『覚醒楽園エルドラ』をゲットしたのだ!

ちゃっちゃらー!

みすずはレベルが上がった! なーんてね!

ともかくハイテンション。

田舎ながらも山が少なくただただ田んぼが広がる田んぼ道。

そのど真ん中で唯一舗装された道路を一直線に走り続ける。

まだ少し陽の高いこの時間、車は一台も通っていなくい。

まさに私のためだけに存在するかのような道である。

だが、私は些かはしゃぎ過ぎたのだ。

自転車だって走れば車両。

それを忘れてはいけない。

飛び出してきた鷺…そう、田舎の田んぼ道には鷺がいるのよ鷺が。

これが意外とでかい。

ので、びっくりしてブレーキをかけるが…前輪は大きくブレて用水路へと真っ逆さま!

やばい! せっかく手に入れた乙女ゲーと財布とケータイが泥まみれになる⁉︎

我が身のことなど後回し…それがオタク。

だが……………。


「?」


用水路に落ちたにしてはあまり痛くない。

それに、全然冷たくない。

変な匂いはするけど、泥の匂いではない。

あ、それより乙女ゲーと財布とケータイは無事か?

頭を抑えながら手を地面につける。

おかしいな、草の感触を思い浮かべていたのにまるで床じゃない。

コンクリートでもないし…。


「はわわ…⁉︎」


はわわ?

上半身を起こしながら、声のした方を見上げる。

やばいな、チャリで転んで用水路に落ちたところでも見られてしまったのかしら?

かなり恥ずかしい。

それにしても安定感のある用水路ね?


「…ん???」


起き上がった私の目の前にはミニスカートで緑色のフード付きポンチョみたいな服を着たツインテールの女の子。

十二か、十三歳くらいの、可愛い子。

杖を持ち、大層動揺しまくった顔をしておられる。

どうしたどうした?


「…………」


いや、待て。

それよりも彼女の背後だ。

教室のような場所。

白い椅子と机、壁には掲示板。

左には扉、右には窓。

それに、この子なに、杖なんて持って…?

え? あら? おかしいよ?

私は自宅方面へ田んぼ道を全力疾走していたのだから…?


「ねえ、すごい音がしたけどどうしたの? まさか、魔獣?」

「? なんで鍵が閉まっているです? この教室は、夜間の子達が使うはずです。他の教室ならいざ知らず、ここは鍵などかけないです」

「そうなのか? …おーい、誰かいるー?」


男の声…二人。

そしてオロオロと戸惑う少女。

状況が掴めない。

ただ、閉まっている室内の後ろの扉がガタガタ動かされている。

教室…やはりここは教室らしい。


「…ど、どうしよう…そ、そんなあの声は…よ、よりにもよって、なんで…!」

「あ、あの〜」

「…こ、こんなはずじゃあ…! ど、どうしたら…はうう…」


私と扉を交互に見やり、ただただオロオロとする少女。

なにやら彼女の身は相当ヤバそうだが、特に追われている緊張感などはない。

扉の外にいる人物たちは中の人…つまり私と少女の身を案じているような声を何度となくかけているのだから。

…どちらかというとーー…この少女がやらかした感がある、ような…?

とにかくスルーされ続けるのも癪だし、状況が掴めないので私はガバリと立ち上がる。

驚く少女。

顔は青ざめていて可哀想だけど、私は忙しいの!

この後、家に帰って買ったばかりのゲームに興じなければならないのよ!

明日は土曜日で明後日は日曜! そして、月曜日は祝日!

この三連休、徹夜してでもゲームを進めて必ず一人目を落としてみせる!

一人目はもう決めているの!

黒髪黒目のイケメン腹黒王子に!

だから、こんなところであなたのおどおどに付き合っている時間は、ない!

私が一歩近づくと、少女は遂に涙を浮かべる。

だが私の頭の中はゲーム一色、もう止まらない。


「とりあえず私のゲームと財布とケータイどこ? あと、ここどこ?」

「へう?」


「…応答もないし、誰もいないのかな? 魔獣が暴れている感じもしないし…」

「そうですね…邪悪な魔力は特に感じませんです。…けれど、ここ数日この学園内に奇妙な魔法痕が残っていたのは間違いないです。僕の調査に付き合うと言い出したのはお前なのだから、最後まで付き合うです」

「分かってるよ。学校ってワクワクするから見回りだけでもテンション上がる〜」

「しょうもないアホ発言は控えろです」


…かつかつかつ…。

遠ざかる声と足音。

なに? 今の会話…魔獣とか魔力とか魔法とか…。

狼狽える少女は私の質問に目を思い切り逸らした。

…何にも知らないようには…見えないのよねぇ〜〜?


「…ナ、ナージャは…ナージャはなにも、悪くないですよー⁉︎」

「はあ⁉︎ え⁉︎ ちょっとぉ⁉︎」


ナージャ、という名前らしい少女は鍵のかかっていた教室の後ろではなく、教卓の横にある前の扉へとダッシュして…普通に開けて出て行った。

え、まさかの?

前は開いてた?

後ろの扉がたがた動かしてたさっきの二人はなにやっーーー。


「ぴぎゃん!」


…女の子の声だ。


「………あー…これは面倒な感じに仕上がってるですね〜…成る程、ここ数日残されていた魔法痕は召喚術でしたか〜」

「邪悪な魔力とは別件ってこと?」

「そう考えていいかもしれないですけど、その辺りはこのガキにしっかり説明してもらうです」

「…女の子なんだから優しくしてやれよ?」

「…それはこいつの出方次第です」

「あわわわわわわ…」


…見事にとっ捕まっていた。


「…あ、あの」

「少し待つです。こちらも状況がいまいち把握できていないです。お前は後です」

「んなっ⁉︎ おい!」

「ごめんごめん、言い方きついけど順序立てて整理した方がいいから少し待っててくれないかな?」

「っ…いや、でも、私…!」


首根っこをとっ捕まえられた少女は、大層な美少年二人に挟まれて本格的に泣き出した。

ごめんなさい、わざとじゃないんですぅ、と舌ったらずに泣いて謝る女の子を、だんだん可哀想に思えてくるけれど…。

彼女をとっ捕まえている美少年二人はまるでけろりとしている。

女の涙に一ミリも動かされないなんて…この美少年たち何者?

いや、それよりここは?

私、田んぼの用水路に落ちたと思ったんだけど。


「…お前泣いて許しを乞えば許されると思ってるんです? 泣いて謝るくらいなら、誠意を見せて説明するです」

「ハーディバル、容赦なさすぎ。少し緩めよう?」

「断固拒否るです。こういうガキは嫌いです」


鬼かこいつ⁉︎

美少年だからってやっていいことと悪いことがあると思うよ⁉︎


「? …魔導書ですね」

「⁉︎ あ、そ、それは!」


その鬼のような美少年が教卓に乗っかっていた一冊の本を手に取る。

それに涙が引っ込む女の子。

…え、まさか嘘泣き…?


「…かなり古い…ハクラ、お前考古学を齧っていましたね? 分かるです?」

「どれ? …うわ、ほんとに古いな…? …これは…四千年前のアルモンド文字…だと思う。いや、もしかしたらもう少し古い、その原型とか、元になったやつかも? でも紙の本になってるってことは…古代文字の一つを解読したか、あるいは理解していた人間が書いたものかな?」

「……つまり?」

「え、だから多分アルモンド文字…」

「なにが書かれているのか聞いているです」

「いやいやアルモンド文字は流石にわかんないって。シンバルバ文字なら少しは読めるけど。多分アルモンド文字はフレディも分かんないんじゃないかな…専門で調査してる人じゃないと…」

「か、かえしてくださぁい…! そ、それ、ナージャのじゃないんですぅ…!」

「説明する気になったんです?」


冷たい眼差しで本を取り戻そうと手を伸ばす少女を見下ろす美少年。

薄い紫色でサラサラの髪と、氷のような透き通った銀色の瞳。

白く、装飾品のついた軍服のような服装と足元まであるマント。

なんか偉そうだし、怖いなこの子…乙女ゲームで言うところのドS王子タイプだわ。

ゴクリ…息を飲む私と少女。


「君のじゃないなら誰のなの? もしかして『図書館』の? …でも『図書館』の本だとしてもここまで古いものは貴重だ。…どう見ても貸し出ししてるやつじゃない」

「…ギク! …あ、あう、あう…そ、それはぁ〜…」

「貴重蔵書の持ち出しは許可されていないです。違反したら罰則があることくらい常識です。そもそもどうやって持ち出せるです? 貴重な蔵書の部屋は入るのにも許可と資格が必要になるはずです」

「うんうん、許可はともかく資格は取るの結構大変だしね」

「……………」


ついに俯いて黙り込むナージャという女の子。

こ、これはかなりの劣勢だ〜…。

白と黒の混色の長い髪、金の瞳の美少年…赤いジャケットと黒いズボン、黒いブーツの彼もなかなかにエグい追い詰め方をなさる。

…うーん…それにしても…全然事態が掴めないわ…。

なんとなく、印象としてはこの二人は偉い感じだけど…服装はなんだか対照的。

同僚…には到底見えない…でも学生ではないわよね?

歳は私より下みたいだけど…。

ああんもう、私はゲームしたいだけなのにぃ〜!

いつまで待たせるのよ〜!

声をかけようか、口を開きかけた。


「…お、お仕えしてるお家の蔵書ですぅ…か、勝手に持ってきてしまったので、どうかかえしてほしいですよぅ」

「どこの家?」

「…そ、それは許してほしいのですぅ…! ナ、ナージャはただ、すごい魔法が使えるようになればお嬢様に喜んでいただけると思ってぇ〜〜」

「…うーん、ナージャ? …あのさ、俺とハーディバルは一応この学園の学園長さんに頼まれて、この学園で起きている事を調べているんだ。まあ、ぶっちゃけ俺もハーディバルも暇じゃない中、時間を割いてやってる。特にハーディバルは騎士隊長の一人だしね。…君が正直に話てくれれば情状酌量もなきにしもあらずなんだけど…嘘や誤魔化しを交えて話されると時間は食うし君は信用を無くすし誰も得しないんだよね。…こっちのいかにも異世界の人っぽい人も…やきもきしてるしさ」

「?」


異世界?

…いや、まあ…さっきから魔法とか魔力とか…遂には騎士とか混ざってきたし…確かに異世界っぽいわね?

え? いやいや? 異世界???


「うう…そ、それはぁ…で、でもぉ…ご、ご迷惑をかけたくないですしぃ」

「………。ハクラ、もういいです。しょっぴいて調べるです」

「鬼かお前⁉︎ 切り捨て早すぎだから⁉︎」

「ひいぃ⁉︎ お許しくださいなのですよぉ〜〜!」

「腹の底がどす黒くて…嫌な臭いがするです。…この場を乗り切ろうという、薄汚くて穢らわしい気配…」

「そ! そんなことないですぅ! 話します! なんでも話しますからぁぁ〜〜!」


ひ、酷すぎる…!

こんな女の子に面と向かってあんな暴言をつらつらと…⁉︎

顔は綺麗なのに中身は無情な鬼だわ!


「……ううう…。…わ、わたしはナージャ・タルルス…ユスフィアーデ家に雇われている、メイド見習いですぅ」

「ユスフィアーデ家?」

「トルンネケ地方で一番大きな領主の家です。かつては王家にも仕えていた由緒正しい名士の一つです。トルンネケ地方最大都市ユティアータは、ユスフィアーデ家が治めている、二十八ある『ゲート』の一つでもあるです」

「…うわ、結構な名士じゃないか…」

「それはそうです。ユティアータは王都とも比較的近いですし、海にも山岳地にも、大陸最大の湖マーテルにも近い…かなり立地のいい都市。元を辿ればユスフィアーデ家もかつて王族を名乗っていた事もあったというです。…確か…お嬢さんがお二人いらっしゃったような…?」


…さっぱりわかんないんですけど…。


「…でも君、まだ学生だよね? メイド見習いって…」

「ナ、ナージャはゲートが近くにない村で育ちました…。だからユティアータのゲートで学校に通っているのですぅ…で、でも、ナージャみたいな小娘は簡単にお部屋を借りられないのですぅ…でもでもぉ…ユスフィアーデ家のお嬢様が住み込みで働きながら、お金を貯めて学校に通ったらいいよって言ってくれてぇ…」

「そんなことあるのか?」

「割とポピュラーです。辺鄙な場所から王都の学校へ進学を希望する子供で、家からの援助があまり望めない場合は領主預かりとなったりするです。その方が親御さんも心配が減り、働く事で礼儀や社会性も学べ、更にお金も稼げるです」

「…あ、結構利点が多いんだな…」


へぇ〜〜。

なんかよく分かんないけど、つまりこの女の子は田舎から出てきて働きながら勉強しているのね…?

…な、なんて努力家で健気な子なの…!


「で? ユスフィアーデ家の見習いメイドが何故こんな古代の魔導書を持っていたんです?」

「…そ、それは…ナージャはすごい魔法使いになりたくて…」

「うんうん?」

「…お、お掃除の時にたまたま書庫で見つけて…」

「はぁ…我々ですら読めないこの魔導書を、君が読めるのです?」

「……….よ、よめないですけどぉ…」

「読めない魔導書を持ち出すなんてバカの底辺の極みです」

「ふぐぅ…!」

「ハ、ハーディバル…」


よ、容赦なーい…。


「……つまりこれはユスフィアーデ家の蔵書だと…。…確かに、あの家ならこれくらいの貴重な本を持っていても不思議はないです」

「へえ、なんかそう聞くと興味湧くなー。一度その書庫見せてもらいたい」

「…自分で交渉するです。…で、どのページの魔法を試したのです?」

「…さ、最後のやつですぅ…最後のページのやつならきっとものすごい魔法なのだと思って…」

「時代を疑うほど安易な考えの原始的な典型ですね」

「うぐぅ…!」

「ハ、ハーディバル…」


こ、こいつ…ハーディバルって奴…こんな小さな女の子にどんだけ容赦ないの…⁉︎

お前の血は何色だ⁉︎


「…パッと見た限り、この魔法陣は召喚関係みたいです」

「どれどれ? …ほんとだ。…でも、今のものとかなり違うな。なにが召喚できるんだろう?」

「まあ、少なくとも異世界人を召喚するものではないと思うです。…あれ、これは…?」

「なに?」

「……呪縛系の陣に酷似しているです」

「召喚系に呪縛系? 呪縛系の道具を召喚する感じなのかな?」

「…そもそも発動に必要な属性や魔力量や圧縮量もどこに書いてあるかわからないです。よくこんなやばいもの実行しようと思ったですね…ドのつく素人でも身の程を弁えて諦めるレベルの難易度ですけど」

「はうぅっ!」

「ハーディバル…」


…これはもはや世に言うパワハラ…モラハラなのでは…?

う、訴えたら勝てるんじゃないの?


「…さて、お待たせしたです。いい子で待っていたですね」

「!」


あ、やっと私の番か!

んもー、待ちくたびれたわこのドS美少年め!


「あの、ここはどこ⁉︎ 私、早く帰ってしなきゃいけないことがあるんだけど!」

「ここはリーネ・エルドラド…多分貴女の住んでいた世界とは違う時空間にある世界…異世界です」

「………………か、帰りたいんですけど…」

「少なくとも今のところ無理です。魔法のエキスパートたるこの僕ですら、魔法陣の意味が分かりかねている…解読して分析して、逆の力を持つ魔法陣を作り出さないと…この本には送還用の魔法陣がないように見えるです」

「…確かに召喚関係の最後のページなら送還用の魔法陣が載っているはず、か…その前のページのは召喚系のとは少し違う」

「…送還用の魔法陣が別ページにあるとしても、それを見つけ出さねばならないです。…これはかなりの重労働…タダではやりたくないです」

「つーかタダじゃ出来ないってこれ。解読するなら文字の専門家に聞かないといけないし、下手したら古代魔法の研究員とか探さないと…」


…美少年がぴったりくっついてその古代魔法の魔導書とやらを覗き込む…なんて美しく眼福な光景なのだろう。

少し前の私ならニマニマした顔で眺めていたに違いない。

だが、今の私は頭の中に今しがたスパーンと言い渡された言葉がぐるぐると回る。

い、今の所無理…。

今の所無理?⁉︎

つまり、帰れない⁉︎

いいいい異世界って言ったわよね、この鬼畜ドSな美少年!

は、はああああああ⁉︎

ちょっと待ってよ、私は確かに異世界に憧れていたわよ?

でもそれは二次元的なものの話で三次元で異世界に行くなんて、流石にそんなこと信じられるほど子供でもないわよ!

高卒だけど、一応就職して六年目のいい大人なんだから⁉︎


「…そ、そんなバカな…ゆ、夢でしょ、これ…ま、まさか用水路に落ちてはまって抜けなくなって気絶して水死した…⁉︎」

「…かなり残念な死因ですね」

「ほんとね⁉︎」

「水死っていうか、それだと溺死じゃない?」

「た、確かに!」


美少年二人に肯定されてしまった、私の死亡。

そうか、私は…し、死んで…そ、そんな…!


「まだ予約して買ったばっかりなゲーム起動すらさせてないのにぃぃいいぃ!」

「さて、問題が増えたです。…とりあえずこのガキの保護者であるユスフィアーデ家の方にお越し頂くです」

「⁉︎ お、お待ちください、お嬢様には…!」

「これ以上アホの上塗りするなです。お前がアホなことをすれば、身柄を引き受けているユスフィアーデ家の者が責任を負うことになるのは当然です。それが嫌なら二度とアホなことをせず慎ましく生きるんですね」

「…そ、そんなぁ…」

「で、あの人どうする? お城で預かってもらおうか?」

「ユスフィアーデ家の者に一緒に引き取ってもらうしかないです。本人はゲームをやるために帰りたいそうですから、ユスフィアーデ家でこの魔導書の解析を行ってもらうです」

「まさかの丸投げ」

「そんな時間ないですから」

「まぁなー」





美少年二人…純白の軍服チックな服装で、薄い紫色の髪と銀の瞳を持つ方…ハーディバルはパタンと魔導書を閉じる。

その隣の白と黒の混色の髪を伸ばし、三つ編みにしてまとめた金の瞳の美少年…ハクラは腕を頭の後ろで組む。

私を召喚したと思われるツインテールの少女…ナージャは泣きながらしゃがみ込んだ。

しかし、泣きたいのはこっちなんだよ。

異世界ってあんた…。

召喚は〜、突然に〜♪ …じゃ、ねーよ。

私は帰ってゲームしたかったのに…。

ただ普通に生きていただけのに、なぜ私なの…?

そもそも、こんなことあるぅ⁉︎


「すごい落ち込みっぷり。よっぽどゲームしたかったんだな。こっちの世界にもゲームはあるよ?」

「…ふざけないで。私がやりたかったゲームは四ヶ月も前に予約して、発売延期を経てようやく発売されたやつなのよ…同じものがこの世界にもあるっていうの…⁉︎ あんた乙女ゲーに出てきそうな美少年だからって下手な慰めしてくるんじゃないわよ⁉︎」

「…ごめん?」

「なんです、おとめげーって」

「さあ?」

「ギャルゲーの女の子版よ!」

「…ぎゃるげい?」

「…我々ゲームはしないので専門用語はやめろです」

「だったら聞くな!」


専門用語って言われると悲しくなるし!

……………あれ?

ちょっと待て、この三つ編み美少年、なんか言ってなかった…?

毒吐き美少年も…。

ゲームが……ある⁉︎


「…ねえ、今ゲームあるって言ってなかった…? それって、ボードゲームじゃなくって…テレビゲームとか持ち運びができるポータブルゲーム機とかスマホゲームとかもあるってこと…?」

「? 異世界の用語はよく分かんないけど、通信端末が使えればゲームは出来るんじゃないっけ? 俺とハーディバルはそういうのあんまり興味はないんだけど…なんか毎月色々新作発売されるよな?」

「ええ、まあ…仕事が忙しくてそれどころではないです。今日もこのように仕事が増えましたし」

「うう!」


ギロリと見下ろされるナージャは竦みあがる。

うん、あの綺麗な顔に睨まれたらああなるわ。

それでなくとも散々毒を吐かれた後だし…お、恐ろしい子…。

でも、そんなことよりゲームが…ある!

じゃあ、もしかして乙女ゲーもあるのかしら…⁉︎

気を持ち直したので、立ち上がって拳を握る。


「そのゲームはどうすれば出来るの⁉︎ 元の世界に帰るのに時間がかかるなら、そのゲームをやってみたいんだけど!」

「どうすればって…通信端末がないと出来ないし、通信端末は国民番号と魔力がないと使えないし……なあ、ハーディバル?」

「少なくともすぐには無理です。つーか、今、衛騎士とユスフィアーデ家に連絡しているので話しかけるなです」

「!」


毒吐きドS美少年が手元で操作している電子辞書のようなもの。

もしかしてあれが通信端末ってやつ?

あれ、魔法がどうとか言ってたから、魔法で連絡とかしてるのかと思ったらまさかの機械⁉︎

スマホを大きくしたやつみたいで…でもなんかモニターみたいなのが浮き上がっとる!

え、なに? 想像していた魔法の世界ではないのかしら?


「あう、あう…ナージャはどうなるのですかぁ…?」

「さぁね。ユスフィアーデ家の人に聞いてみないと」

「ふえぇん…! お嬢様や学校のお友達に会えなくなるのは…いやですぅ…! ごめんなさぁい…もう、もうこんなことしないから、許してほしいのですぅ…おねがいしますぅ…!」


な、なんて健気な子なの…!

両手で顔を覆い、肩を震わせて泣くナージャに私は胸が痛んだ。

だって私もそれなりに…いや、なかなかの田舎人間なんだもの。

田舎から出てきて働きながら勉学に励んでいるという、幼い女の子のこの姿には同情を禁じ得ないわ…!


「…あ、あの…ナージャちゃん…泣かないで? きっと大丈夫よ…」

「…おばさん…ナージャをゆるしてくれるのですかぁ?」

「おばさんじゃないわよ! わたしこれでも二十四歳よ⁉︎ まだ若いわ!」

「ひゃあ⁉︎」

「…二十四…?」

「⁉︎」

「年相応」

「⁉︎」


こ、この美少年コンビまで!

…ん? いや、ドS美少年はそうでもない、か?


「あ、そうか! なんか奴隷みたいなみすぼらしい服着てるせいか!」

「⁉︎⁉︎」


まるでトドメとばかりに言い放つ三つ編み美少年。

オブラートは一切ない。

…だが自分の格好は上下グレーのジャージとスニーカー。

髪は切るのも面倒で伸ばしっぱなしの、後ろで一纏め…。

コンタクト買うくらいならゲームに使いたいからと、眼鏡。

ん、ンンンンン…。


「…はっ…まさかおば、…お姉さん奴隷? でも、それにしては割とはっきり物申すな? それに女の奴隷にしては結構しっかり着込んでるし…」

「今おばさんって言いかけただろ⁉︎」

「異世界にも奴隷っているんです?」

「奴隷じゃないわよ! 社畜でもないし!」

「しゃち…? え、なに?」

「…教員室の応接室に移動するですよ。衛騎士が間も無く到着するはずです」

「んな! なんなのよあんたちはー! 乙女ゲーの攻略キャラみたいなくせに全然紳士的じゃないし優しくなーい!」

「……? あの人、召喚の時に頭でも打ったのかな…?」

「もしくは異世界人はほとんどがあんな人種なのかもしれないです」

「聞こえてるわ! 違うわよ!」


くぬぅ…こいつらー!

自分の立場分かってるの⁉︎


「ちょっと! あんたたちさっきから失礼すぎるわよ⁉︎ そもそも初対面で人をおばさん呼ばわりしたり奴隷扱いしたり服…は確かにダサいけど! いきなり無断で召喚? しておいて名乗りも謝りもせず話を勝手に進めちゃって! その上帰れないですって⁉︎ 損害賠償請求されたって文句言えない立場だって分かってるの⁉︎」

「それは全部これの責任ですから」

「ひいい⁉︎」


ドS美少年はナージャを親指で指す。

…まあ、確かに…。

私を召喚したのも最初におばさん呼ばわりしたのもナージャだわ…。

泣いてるし可愛いし健気な子だけど諸悪の根源はこの子ね…。


「ですが、確かに名乗ってはいませんでしたね…。失礼。僕は王国騎士団、魔法騎士隊隊長、ハーディバル・フェルベール」

「俺はハクラ・シンバルバ! 職業は〜…うーん、今はとりあえず冒険家かなー」

「…王国騎士と冒険家…?」


と、姿勢を正し、先ほどまでとは別人のように殊勝に腰を折り胸に手を当てて自己紹介をするドS美少年…改めドS騎士。

騎士!

それに、三つ編み美少年改め冒険家の美少年!

なにそれ、まさか結構すごい人たち?

というか、私より歳下みたいなのに…⁉︎


「…あ、あなたたち私より歳下…よね? なんかすごいお仕事してるのね…?」

「俺はともかくハーディバルは王国始まって以来の魔法の天才って言われてるから。最年少、十二歳で魔法騎士隊の隊長になったんだって!」

「言っておきますがあんな腐りきった大陸の為に我が国の王族や幻獣族や八竜帝王…果ては大地の神まで巻き込んでるお前はクソふざけた存在以外の何者でもないです」

「…あはは…」


…なんかやばいやつなのね、ハクラは…。

ハーディバルというドS騎士の眼差しの鋭さは、ここ一番のものだ。

なんか恨み辛みみたいなのもふんだんに籠っている。

…一体なにしたのかしら。


「まあ、顔は広いかな?」

「そんなレベルの問題か」

「…お、怒らないでよハーディバル〜」

「別に怒ってはいないです」

「あ、拗ねて」

「殺すぞ」

「すいません」


…訂正、どっちもやばそう。


「あの…ところで私が帰る方法のことなんだけど」

「ああ、その辺りの話もユスフィアーデ家の方が来たら詳しく話すです」

「さっき丸投げって言ってなかった?」

「うん」

「ハクラは知りませんが僕は忙しいので面倒事には巻き込まないでほしいです」

「ほんとに薄情無情冷血ねあんた⁉︎」

「俺も大事な用があるからそっち優先したいんだよね。異世界には興味あるけど…」

「どいつもこいつも⁉︎」


ええええ…こ、こういう場合はもっと積極的に「帰る方法を探すのはお任せください!」とか「異世界なんて面白そう! 俺も協力は惜しまないよ!」とか、そういう展開になるんじゃないの〜⁉︎

騎士と冒険家なんでしょ〜⁉︎

乙女ゲーとか漫画じゃそういうもんじゃない⁉︎

面倒とか、大事な用があるとか…こ、こいつら乙女ゲーの攻略キャラみたいな顔してるくせに!

展開的に私、主人公の位置じゃない⁉︎

それをこうもドスルーするって…!

……や、やっぱり…グレーのジャージとスニーカーに女子力皆無の眼鏡と一つ結びがルートを逃したのかしら…?

女子力が低すぎて、恋愛イベントに発展しない…?

…せっかく異世界で、こんな美少年たちに会えたのに…やっぱり現実ってそんなもの⁉︎


「…なんかロクなこと考えてない顔してるです」

「うーん、異世界から召喚されたばかりで色々混乱してるんじゃない?」

「ゲームがどうとか言っていましたしね…。それより、いい加減移動するです。今後のことについて、とりあえず住む場所が決まるまでは面倒見てやるです。仕事のついでに」

「うん、一緒に行こう?」

「!」


手を差し伸べてくれたのはハクラ。

人をおばさんと呼びかけた若干オブラートの足りない失礼な子だと思ったけど…ドS騎士よりは優しい…!

満面の笑顔はまるで太陽のようだわ…。

ちょっと泣きそうになっていた私だけど、その手を取ってようやく教室から出る。

ナージャちゃんは俯いて泣いたまま、ドS騎士の後ろに付いていく。

…うーん、この子もどうなっちゃうのかしら…。

諸悪の根源とはいえ、働きながら勉強してる、なんて聞いた後だとあんまり怒らないであげてほしい。

きっと早く一人前になりたいってい気持ちが焦っちゃったんだろう。

…よし、決めた。

ゲームができなくなった恨みはあるけど、私は味方になってあげよう。

とりあえず目下被害者の私がフォローすれば、多少は大目に見てもらえるかもしれない。

教室を出てすぐにハクラは私の手を離し、ニコニコしながらハーディバルの持つ魔導書へと興味を移した。

美少年がぴったりくっついて並んで歩く様はやはり眼福だ。

というか、立場…かなり違うのに仲良しね…?


「二人は仲がいいのね…?」

「うん、ハーディバルは俺にとって特別だしね」


ニコ!

と、なんとも可愛い笑顔。

そして、台詞の威力。

真顔で妄想が広がる私。

それは所謂…青い春…BとL的な…?

乙女ゲーや少女漫画の方が好きだけど、意外とそっちも嫌いじゃないんだけど、私…。


「同じ体内魔力容量が多い体質で、正反対の魔力属性…歳も同じで、お互いはじめての友達だし!」

「黙って歩けです」

「その上ツンデレ! 可愛いでしょ?」

「殺すぞ黙れ」

「…ツンが強めなのね…」

「一年に一回デレるかデレないかなんだよ」


…ただのツンじゃない…。

まあ、よくわからないけど、共通点の多いはじめての友達ってことなのね。

ドS騎士はともかく、ハクラは人当たりもそれなりに良さそうだから友達多そうなものだけど。

あ、もしかして…。


「幼馴染みたいな?」

「ううん、出会ったのは五年前…十三歳の時」


この二人、十八歳なのか。

へぇ、それまでは違う学校だった、とかかしら。

でも十三歳になるまで友達がいないなんて、ハクラって中学生デビューした系?

…それならあんまり深く聞かない方がいいかしら?

そういうのって黒歴史だものね。


「歩きながらベラベラ話すなです。舌噛んで死ぬなら死ね」

「酷いな。俺が舌噛んだらハーディバルが治してよ」

「置き去り確定です」

「……………」

「死ね! いや、殺す!」

「あはははー」


…なにかを耳打ちしたハクラに対して烈火の如くお怒りになるハーディバル。

…成る程…恋愛イベントが起きなかったのはそういうわけなのね…!

いいわ、BとLも嫌いじゃないから!

美少年同士のBとLなんて、眼福よ!

むしろそっちに転がり落ちそうで、怖い!





…と、美少年同士のじゃれ合いを後ろで舐め回すように堪能し、そろそろ本格的に腐の道に目覚めるんじゃあないかしらと思った頃、教員室に到着した。

その隣の部屋、応接室に通される。

広い部屋に、テーブルと赤い長めのソファーが二脚。

絨毯もふわふわ。

その赤いソファーには可愛らしい少女が座っており、横に鎧の騎士が一人佇んでいた。


「お久しぶりです、エルファリーフ嬢」


ハーディバルが胸に手を当てて頭を下げる。

可愛らしい少女は私たちに気がつくと、立ち上がってドレスの裾を摘む。

上品な仕草。

そして、丁寧に頭を下げた。


「はい、お久しぶりですわ、ハーディバル様。先日はお忙しい中、わたくしの誕生日会に来ていただきありがとうございます。欠席と伺っていたので嬉しかったですわ」


わたくし⁉︎

ですわ⁉︎

ま、マジでガチなお嬢様…⁉︎


「顔を出すことしかできませんでしたので…。お姉様は…お元気ですか?」

「はい。お気遣いいただきありがとうござます」

「…それならば良いのですが…。あまりお困りのようでしたら兄から殿下へお口添え頂くよう、私から話しますよ」


私⁉︎

ドS騎士、口調が変わってるわよ⁉︎


「……。…いえ、姉の事ですので、わたくしの一存では…」

「そうですか…」

「…なんの話?」

「世間話です」


ハクラの耳打ちは一応こちらにも聞こえたが、ハーディバルははぐらかした。

うーん、とりあえずまるで中世の貴族同士の会話みたいだったわね…。

まさか、ハーディバルって意外と良いところのお坊ちゃんなのかしら?

こんなリアルご令嬢の誕生日会にご招待されてたって…。


……………ハッ…!



水守みすず【レベル5】

職業:パート従業員

あたま:百均黒ゴム

からだ:ジャージ(グレー)

あし:スニーカー(白)


エルファリーフ【レベル99】

職業:ご令嬢

あたま:花飾り

からだ:ドレス(エメラルド)

あし:パンプス(エメラルド)



……な、なんていう、こと…。

…なんか謎のステータスまで頭の中に表示されるほどに…圧倒的、女子力の…差が!



「? …あら? そちらの方は? 珍しいお召し物ですわね」

「ウッッ‼︎」


かいしん の いちげき !


「…ええ、こちらの方のお話もしなければならないのです」

「…どういう事ですか? 衛騎士隊の方より、至急こちらに来るように、としか聞いていないのですが……あら? ナージャ?」

「っ!」


私が倒されたことにより、一番後ろで小さくなっていたナージャがお嬢様の目に留まったのだろう。

ナージャちゃん、ごめんね…私のHPは今のでゼロになったわ…。

フォローしてあげたかったけど…。


「うっ、う…お嬢様ぁ…ごめんなさぁい…!」

「…一体どうしたのナージャ…」

「エルファリーフ様」


ハーディバルが近づいて来ようとしたお嬢様を手で制する。

そして、ナージャの持ち出したという魔導書を彼女へ差し出す。


「これに見覚えはありますか?」

「…こちらは? 魔導書…?」

「この娘がユスフィアーデ邸より持ち出したと言っているのですが」

「…我が家からですか? …申し訳ございません、何分我が家の書庫はそれなりの広さでして…わたくしも全てを把握しているわけではありませんの。特に魔法関係はわたくし、あんまり…」

「そうですか。ユスフィーナ様も同じでしょうか?」

「どうかしら…? 聞いてみませんとなんとも」

「わかりました。一応物としては古代魔法書籍の部類となり、貴重蔵書指定となると思われます。無断の持ち出しは窃盗、使用は魔法法違反となります。ユスフィアーデ家の所有と分かり次第ご返却は出来ますが、それと断定できない場合は国の管理下に置いて保管、保全することになると思いますので…」

「! お待ち下さい、まさかナージャが…⁉︎」

「ええ。十五歳以下の者であっても、魔法法の罰則は適応されます。詳しくは衛騎士よりお聞きください。…ともかく、魔導書の方は騎士団で一時預かりの後、『図書館』へ寄贈となります」

「……ナージャ…」


口元をか細い指先で抑え、顔を青くしたお嬢様はショックを隠せない様子だ。

私もまさかナージャちゃんがそこまできっちり裁かれることになるなんて思わず、驚いて顔を上げる。

ちょ、ちょっと、しっかり仕事やりすぎじゃないの⁉︎


「ちょ、ちょっと待って! こんな女の子に、何もそこまで…!」

「因みに、この娘が魔法を使用した結果が彼女です。どうやら誤って異世界から人を召喚してしまったようです」

「ええ⁉︎」

「…あ…は、はじめまして…」


そうだ、私がその魔法の結果だった。

更に驚いて、元々の大きな目をもっと大きくしたお嬢様に頭を下げる。

あ、あれ? …な、なんか見事に話をすり替えられたような…?


「…異世界から物、生物などを召喚するのは元より、人間を同意なしに呼び出すのは当然のことですが重い罪になります」

「……は、はい…存じ上げております…。…ああ…なんということを……」

「お、お嬢様…ごめんなさい…」

「その上、この娘の使用した魔法は古代魔法…送還には魔導書の解読と解析が必要。…資金も相当にかかるとお覚悟ください」

「……分かりましたわ…。それよりも、その方は元の世界にお帰りいただくことができますのね?」

「…今の時点ではなんとも言えませんね。これは僕が見ても、古過ぎて分かりかねる。ただ、魔法の構造上不可能ではないと思います。…時間がかなりかかる事になるでしょうが…」

「…そうですか…。では、それまではわたくしの家で責任を持ってお世話させて頂きますわ。…あの、もし」


青い顔のままお嬢様は大層落ち込んで、私の前に歩み寄る。

今度はドS騎士も引き留めない。

私の前に来たお嬢様はそれは可愛い。

薄いオレンジ色の髪はふわふわで、それを左側にお団子にして花飾りで留めている。

唇はプルップルのピンク色。

グリーンの澄んだ瞳は、涙が滲んでいる。

…もはや敗北以前の問題。

圧倒的美少女!

眩し過ぎて、直視できない…!


「申し遅れました、わたくしはエルファリーフ・ユスフィアーデと申します。この度は我が家のメイドがとんでもないご迷惑を…! 本当に申し訳ございませんでした…! お許しいただけないことは重々に承知しております……ですが、必ず元の世界へお帰り頂けるようエルファリーフ・ユスフィアーデの名の下にお約束致しますので…」

「あ、あの、待って!」

「………」


おおおぉおぉ重い!

重いわ! 重すぎるって!

こんな可憐で無垢で優しいお嬢様に深々と頭を下げて重々しい謝罪が欲しかったわけじゃないのよぉ〜!

私が声をかけて待ったをかけたら、やっぱり涙を浮かべて謝ってたし。

あああ、こっちが罪悪感で潰れそうっ。


「そんなに思い詰めた顔しないで…? そ、そりゃ最初は驚いたけど、もう怒ってないし…」

「え? さっきゲームしたいから今すぐ帰りたいって大騒ぎして…」

「ちょっと黙ってなさいよあんた」


こんな涙に濡れた美少女の前でなんてこと言うの⁉︎

やっぱオブラート足りなさすぎるわ、このハクラって子!

例え本当のことだとしても黙ってなさいよ!


「…ゲーム…?」

「あ、それは置いておいて?」

「は、はい」


こんなお嬢様の前でゲームしたいから返せと駄々をこねたなんてバレたら更に惨めになるでしょ!


「…えっと、とにかく私はもう怒ってないから! 確かに困った事にはなってるけど…でも、そんなに思い詰められるとこっちがどうしていいかわからなくなるのよ」

「…そ、そうなのですか…? ではどのように謝罪をすれば…」

「エルファリーフ様、とりあえず誤って召喚されてしまった彼女はユスフィアーデ家で預かって頂く、という事でよろしいですか?」

「! はい、勿論ですわ! 不自由ないよう、しっかりと預からせていただきます!」


おお、なんて心強い…!

なんか逆に申し訳なくなるな…。

…というか、本当にお嬢様の家に丸投げしやがったわね、このドS騎士…。


「ありがとうございます。では、魔導書の解読に関する件はこちらで進めさせていただきます。必要になるであろう経費はユスフィアーデ家に請求させてもらう事になるかと思いますが、そちらもご了承頂いても?」

「勿論ですわ」

「次に、その娘の処遇に関してです。窃盗に関してはユスフィアーデ家所有の蔵書であるかどうかが未だはっきりしないので…こちらは保留。しかし魔法の使用に関しては明白。処罰に関しては免れないものとお考え下さい」

「…はい、分かりました…」

「あう、あう〜…」

「詳しくは書面にて纏めてお送りいたします。…では、あとの事はお任せしますよ」

「ハッ!」


ビシッとハーディバルへ敬礼する鎧の騎士。

偉そう…と思ってしまうが、そういえばハーディバルは騎士団の隊長の一人なんだっけ。

…あ、つまり本当に偉いのか。


「…あ、それともう一つ」

「はい」


話をまとめ終えたハーディバルが、ハクラと一緒に退出しようとした時だ。

踵を返して、ナージャちゃんを見下ろすと冷たい瞳がゆっくりと細まる。


「万が一沙汰が降る前に逃走でもしてみろ、お前の魔力の波長は僕が覚えた。…地の果てまでも追いかけて、必ず処す」

「………は、ひ…」


ナージャちゃんの肩が一瞬跳ねた。

さっきまでの紳士的な態度はどこへ?

た、ただの悪魔じゃない…あいつ。


「ハーディバル様、ナージャは逃げるような子ではありませんわ」

「…だと良いのですが」


…そうね、逃亡に関しては既に前科があるものね…。


「…私は職務に戻ります」

「ご迷惑をお掛け致しました…」


またも紳士モードなドS騎士。

エルファリーフ嬢に丁寧に頭を下げて、ハクラと一緒に今度こそ退出した。

…はぁ、なんて緊張感…。


「あの、まだお名前をお伺いしていないのですが…お許しいただけるなら教えて頂いてもよろしいですか?」


ドS騎士とハクラがいなくなり、一つだけため息を吐き出した私へエルファリーフ嬢が話しかけてきた。

あ、そういえばあの二人には名乗らせて私は誰にも名乗ってなかったわね。

それにしても、そんな「お許しいただけるなら」なんて…。


「そうね、ごめんね。私の名前は水守みすずです」

「ミモリ様ですね。この度は本当に申し訳ございませんでした…」

「あー、うん。もういいから…」

「ミモリ様の事は我が家が責任を持ってお預かりいたします。なんでも申し付けて下さいませ」

「え、あ…いや…」


…ならばせめて、せめてよそ行きの服に着替えさせてはくれまいか。

眩しい、眩しいのよ!

エルファリーフ嬢、可愛いし美しくて後光で蒸発する!


「ユスフィアーデ嬢、ハーディバル隊長の仰った通り記録した事柄は書面にまとめてお送りいたします。今回の件はかなりの珍事となりますので、恐らく王族の方々の耳にも入るかと思われるのですが…」


エルファリーフ嬢の美しさと可憐さに慄く私をよそに、居残りしていた騎士が告げる。

王族…そうか、この世界…いや、この国は王政なのね。

…ハッ! つまり王子様とかいたりするのかしら⁉︎

異世界に召喚されて美少年騎士と美少年冒険家に出会って…まあ、恋愛フラグ的なものは早々にへし折られたけれど…そうきたらパターン的に王子様じゃない⁉︎


「そうですわね…致し方ありませんわ…」

「…お嬢様…」

「…大丈夫よ、ナージャ。わたくしに任せて? それに、フレデリック殿下はお優しい方ですもの…きっとお許し下さいますわ」

「フレデリック…お、王子様?」

「え? あ、はい。フレデリック様はこの国の王子殿下ですわ」


よぉっしゃああああああぁぁぁぁ!

キタコレーーーーーー‼︎‼︎‼︎

王子様!

乙女ゲームの王道攻略対象職業とも言うべき…王子様!

ときめきが加速する。

だって、王子様って聞いたらときめくでしょ!


「? ミモリ様?」

「…あ、な、なんでもないわ。えっと、それで、私はどうなるの?」


もしかしてこのままお城へ?

王子様にご挨拶?

そして私を一目見た王子様は私に興味を……。

自らの姿を思い出す。

ジャージ(グレーの上下)とスニーカー。

百均のゴムで一つに結った髪に、眼鏡…。

…それは、さすがに夢見すぎ、かな…あはは…。


「我が家へご案内しますわ。…まずお姉様にミモリ様のことをお話ししないと…。あ、でも、お姉様もミモリ様の事は必ず受け入れて下さいますわ! ご安心なさって!」

「えっ、お、王子様は…」

「王子様? フレデリック殿下のことですか?」

「…には、会わない、のよね?」

「ええ、勿論。今回のこと、お耳には入ると思いますけれど…お優しい方ですもの、きっと大丈夫ですわ」


ご心配なさらないで、と微笑むエルファリーフ嬢の可愛さといったら…‼︎

ま、眩しい!

テレビやSNSで騒がれるアイドルや、声優雑誌に載っているアイドル声優なんて所詮は庶民‼︎

レ、レベルが違う!

空気、まとう気配、ほんの些細な仕草!

あらゆる面で完全に圧巻の美少女感!

も、もはや二次元のレベルの可愛さだわ…‼︎

現実に存在しない、するわけがない域に達している…‼︎

か、可愛い…‼︎

もはやなにを心配していいのかも、なにが大丈夫なのかも、なにを話していたのかすら忘れそうなほどに可愛い!


「それでは後のことはよろしくお願いいたしますわ」

「はい、お任せください」


騎士に上品な一礼をして、私とナージャちゃんを連れ応接室を後にするエルファリーフ嬢…いや、エルファリーフ様。

グスグスと涙を流し続けるナージャちゃんの手をしっかり握り締め、慈悲深く微笑む。


「大丈夫よ、ナージャ。今回のこと、お姉様だってちゃんとお話しすれば怒らないわ」

「お嬢様…」

「だからもう泣かないで。あなたを追い出したりなんてしないから…」


聖女…!

可愛いだけじゃなく優しい‼︎


「…うええぇん! ごめんなさいお嬢様〜!」

「でも、下された罰はきちんと受けなければダメよ。ミモリ様は、しばらくの間帰れなくなってしまったのだから…」

「はい、もう二度と致しませんっ」

「いい子ね」


…許す。

許すわ、ナージャちゃん…!

新作ゲームの恨みはまだ残ってるけど、この世界に召喚した件は許すわ!

だってエルファリーフ様があまりにも可愛いんですもの!

まるで乙女ゲーのヒロイン………


ハッ…⁉︎


そ、そうよ、なんでこんなに心がときめくのかと思ったら…!

エルファリーフ様はまさに…超王道系乙女ゲーヒロイン…! なんだわ!

なにしろ可愛いし、上品だし、純粋で、可愛い!

こう、プレイヤーにゴリ寄せしてくる系の乙女ゲーはヒロインが大体庶民だけど…少女漫画に出てきそうな容姿に、どこまでも慈悲深い性格はまさにヒロイン!

そうよ! 私はなにを勘違いしていたの…?

私ごときが乙女ゲーのヒロインだなんて…愚かの極みだわ…‼︎

このお嬢様と、王子様の恋物語が…見たい‼︎

チョーーーーッ見たい‼︎


「あの、エルファリーフ様?」

「⁉︎ ま、まあ、私のことなど呼び捨てで構いませんわ⁉︎」


かわいーーー!


「そ、そう? じゃあエルファリーフ…」

「はい、なんでしょうか」


かわいいいいぃぃーー!


「す、好きな人とか、いるの?」

「え?」


・・・・・・。


「い、いいえ?」

「そ、そう」


つまり、まだゲームは始まっていないってことね⁉︎

これから出会って、少しずつ絆を深め、邪魔立てする悪役キャラを二人の愛の力で倒して…そして…むふふふふふふふふふふふ!


「? あの、ミモリ様、もし宜しければお召し物をこちらの世界のものにお着替えされてはいかがでしょうか? 異界のドレスも素敵と存じますが、物珍しく目立ってしまいますわ」

「ウッッッ‼︎⁉︎」


かいしん の いちげき !


「…お嬢様、あれはドレスではないとおもいますぅ」

「え? ではなんなのかしら?」

「…あれは、きっと作業着ですぅ」

「作業着? ミモリ様は異界の農家の方なの?」


作業着イコール農家‼︎

な、なんという純粋培養感…!

フ、フフ…エルファリーフの可愛さでHPが少し回復した気がするわ…!


「でも、やっぱり異界のお召し物は目立ってしまうわ。せっかく王都にいるんですもの、お姉様にもなにかお土産を買って帰りましょう」

「…ハッ! もしかして継母や意地悪な姉に虐められているとか⁉︎」


お土産を買って帰る!

それってつまり、ご機嫌取り…⁉︎


「??? いいえ? お母様は別宅におりますし…お父様は私が幼い頃に亡くなったので後妻はおりませんわ。それに、わたくしが言うのも変かもしれませんが…お姉様とはとても仲がいいですの。自慢のお姉様なんです。きっとミモリ様のことも優しく迎えてくださいますわ!」

「そ、そうなの〜〜」


あ〜〜ん!

エルファリーフめっちゃ可愛い〜〜〜〜っ。


「いかがでしょうか、ミモリ様」

「あ! ごめんごめん、ジャージのことよね」

「じゃーじ」

「…でも私、この世界のお金とか持ってないんだけど」

「まあ、勿論わたくしから贈らせていただきますわ! それに、この世界でしばらく過ごされるんですもの…着るものはいくつかないと…」

「そ、そっか! …でも、いいの?」

「勿論ですわ! ご不自由をおかけしない約束ですもの!」


っ…いい子…‼︎


「…ただ、そろそろ夕の刻ですから、あまりゆっくりとお買い物は出来ませんの。飲食店以外のお店は夕の刻を過ぎると大体店じまいしてしまいますから」

「そうなの? なんで?」

「なぜって…夜の刻は家族と過ごすものでしょう?」

「…そ、そうなんだ?」


まあ、私も実家暮らしだけど…今日から三日間はゲームやるつもりだったからなぁ…。

そうか、この世界では夜は家族とまったり過ごすのが常識なのね。


「でもでもぉ、夜の王都も素敵ですよ〜! ちょっとくらい遅れてもユスフィーナ様ならお許しくださいますよ〜ぉ! お散歩して帰りましょ〜!」

「そうなの? …夜の王都…」


そうエルファリーフを誘惑するナージャ。

んんんー? こいつさっきまでポロポロ泣いてなかった〜?

涙の跡も残ってないんだけど。


「って、ちょっと待って! 王都⁉︎ ここ王都なの⁉︎」

「え? あ、はい」

「王都って、お城とかがある…⁉︎」

「え? は、はい。お城に興味があるのですか?」

「だとしても今日はもう入れないですよぉ〜。『城壁』はともかく、お城の見学はお昼の刻までですからぁ。それに明日と明後日は土曜と日曜だから、開放されてないしぃ」

「…この世界にも普通に土日があるのね」


ちょっと意外!

なんかあんまりそういうのないイメージだったわ。

…でもそっかー、入れないのかぁ〜!

残念だなー、見てみたかった〜、リアルなお城!

お城に入って…うっかり道に迷ったら…偶然そこには王子様が…!

どうしました、と優しく声をかける王子様…。

道に迷ってしまって、としおらしく俯くエルファリーフに王子様は手を差し出して…!


「ミモリ様? あの、どうかなさいましたか?」

「ハッ! な、なんでもないわ」


いかんいかん、つい妄想の世界に浸ってしまったわ…。

だって、乙女ゲーで出会いって言えば必須イベントじゃない…!


「…月曜になったらご案内致しますわ。わたくしも学校がありますから、朝のほんの少しの時間になるかとは思いますけれど…」

「エルファリーフって学生さんだったの⁉︎」

「はい。来年卒業です」

「…お嬢様、お買い物に行かれるなら早くしないとぉ」

「そうでしたわ! …参りましょう、ミモリ様」

「ええ、わかったわ。お世話になるわね」

「はい! なんでも仰ってください!」


うーーん。

ズッキューーーン!

エルファリーフの可愛さは、もはや…罪…!


と、内心身悶えなが、エルファリーフ、ナージャに付いて大通りへと繰り出した。

たくさんのお店が立ち並び、なんだかテレビで見るパリの街並み〜みたい!

つまり、お洒落!

看板一つ、街灯一つとってもかなり凝ったデザインだ。

それに、電柱もないから歩きやすい。

なにここ、表参道? 行ったことないけど…。

とか考えていたらエルファリーフは迷わず一軒の服屋さんのドアを開ける。

全てガラス張りでいかにも値が張りそうな…。

…無理無理無理無理⁉︎

なにここ、ジャージの女が入る店じゃないよー⁉︎


「うぶふっ! …なに立ち止まってるのぉ? さっさと進んでよぉ〜」

「……いや、だ、だって…こんな高そうなお店入った事ないし…」

「んもぉ〜、そんなの見ればわかるわよぉ〜。あんたどっからどうみても、ただの田舎者だもんね〜ぇ」

「…………」


…う、薄々思っていたけど…ナ、ナージャ…この子…。

い、いや、このガキ…。


「あんた、エルファリーフの前と性格違わない…?」

「はあ? そんなの当たり前でしょお? あんたに媚び売ってなんの得があるのよ〜」


……………ドS騎士、ハーディバルの見立ては猛烈に正しかった…。

だ、騙されていたのは、私の方だった…‼︎


「は、はぁぁ⁉︎ じゃああんた、さっき泣いてたのは…⁉︎」

「ミモリ様、ミモリ様、こちらのワンピースはいかがですか? 試着なさいませんか⁉︎」

「うわぁ⁉︎」


ドアがいきなり開く。

ワンピースを二着持ってきたエルファリーフが眩い笑顔を私へ向ける。

か、っ…可愛すぎる…!

ふ、服も。

わ、私にはとても似合わないわ!


「わぁ〜、素敵ですっ〜! きっとどちらもミモリ様にお似合いですよ〜! ナージャも早くご試着したミモリ様が見たいですぅ〜」

「⁉︎」


振り返るとエルファリーフに負けないくらい満面の笑みのナージャ。

こ、このガキ…! エルファリーフが来た瞬間…!


「ミモリ様」


……私はこの瞬間諦めた。

だって、エルファリーフがあまりにも可愛いんですもの…。

ナージャのことは後回し…。


「…貸して」

「はい!」






・・・・・・・・・・。



その後しばらく、お店が閉まる直前まで私は着せ替え人形よろしく総額いくらなのか知りたくもない服を何着も試着しまくり、これもそれもとエルファリーフがポンポン買っていくのをただただ眺めた。

まあ、いいの、だってエルファリーフがとても楽しそうだったんだもの。

下着も結構買ってもらって、その店の中で総着替えさせられるとは思わなかったけど…。


「ああ! とてもお可愛らしいですわミモリ様!」

「そ、そんなことないわよ〜」


…ウップ…!

き、キツ…コ、コルセットってこんなにきつかったんだ…!

ヒールのあるパンプスも履き慣れてないからめちゃくちゃ歩きづらぁぁぁ!

洋風ドレスなんて着たことなかったけど、貴族のお嬢様って毎日こんなのつけて生活してるの⁉︎

と、いうか…やっぱり私にこんなドレス似合わないってばぁー!

恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!


「あれ? 思わぬところで再会」

「ハクラ⁉︎」


肩を震わせて恥ずかしがっていたら反対の道からハクラが現れた!

ほ、本当にまさかの再会!

こんなに早く再会するなんて、やっぱりこいつ攻略対象キャラなんじゃないの?


『ぱぱ、しりあい?』

「ああ、さっきちょっとね」

「?」


どこからともなく幼子の声が…?

ハクラがそれに答えて、肩へ指を伸ばす。

するとその指に擦り寄る白い蛇が…。


「きゃあああ! へ、蛇ーーー!」

「蛇?」

「まあ!」


だめよ、エルファリーフ! あなたはこんな危険で気持ち悪い生き物見ちゃダメ〜!

…と彼女の目元を隠そうとしたがそれよりも早くエルファリーフは満面の笑顔を浮かべた。


「ホワイトドラゴンの赤ちゃんですわね⁉︎ 可愛らしいですわ〜!」

「うん、ティルっていうんだ」

『こんばんわ、ティルだよ』

「しゃ、喋った…⁉︎」

「ひいいぃ⁉︎ 蛇が喋っ…喋った〜⁉︎」


ナージャすら驚く喋る蛇!

なんて恐ろしいもの肩に乗せてるのよありえなーい!


「凄いですわ、ミモリ様、ご覧になって! ホワイトドラゴンの赤ちゃんですわよ!」

「ちょ! 何持ってるのエルファリーフ! 危ないわよ⁉︎ 噛まれたらどうするの⁉︎ 毒でも持ってたら…!」

「大丈夫ですよぉ〜、ミモリ様。あれは蛇じゃなくドラゴンの赤ちゃんなんですからぁ。それに、体がホワイトってことはあの子は『光属性』ですぅ。毒なんて持ってるわけないですよぉ〜」

「…へ…ド、ドラゴン⁉︎」


ドラゴンって、あのいろんなゲームや漫画に出てくる二次創作の大人気モンスター?

恐る恐る目を開いて、よーーーく観察する。

あれ、ほんとだ…蛇にしては頭に二本の角があるし、丸々とした胴体やそこからちょこんと生えた手があり、極め付けに翼があるではないか。

どっしりした両脚で、しっかりハクラの肩に乗っかっている…これは…まさか本当に…ドラゴン?

…思ってたより小さいな。


「え、ほ、ほんとにドラゴン? この世界ってドラゴンがいるの?」

「ええ、可愛いですね!」


か、可愛い…かなぁ?

まあ、そんなに大きいわけじゃないから逃げ出したいほど怖くはないけど…。


「…でもでもぉ、こんなに小さいのに喋るドラゴンなんてナージャ初めて見ましたぁ!」

「あー、まあ…珍しいよな。…その、たまたま俺と卵が孵った時に目が合っちゃって…俺のこと親だと思ってるんだよ。だから、人の言葉とかも覚えたんだろうって」

「いやいや〜! ナージャ、これでもドラゴンに関しては結構詳しいですけどぉ〜…こんなに小さいのにお喋りできるドラゴンなんて見たことも聞いたこともありませんよぉ〜⁉︎」

「…………」


出会って以来初めてハクラが居心地悪そうに目を逸らした。

ドラゴンを撫でるのに夢中なエルファリーフは気付いてないみたいだけど…へぇ、喋るドラゴンってそんなに珍しいんだぁ。


「……こんなに小さいのにお喋りできるなんて…突然変異ですかねぇ?」

「そ、そうかもな〜…」

「そんなに珍しいの? 喋るドラゴン」

「珍しいなんてものじゃないですよぉ。第一ぃ、喋るドラゴンそのものがちょ〜っレアなんですからぁ。『八竜帝王』に近しいかなり格の高い、永い年月を生きているドラゴンか〜、とんでもなく強い力を持っているドラゴンくらいです〜。こんなに幼いうちからお喋りするなんて、規格外ですよぉ」

「なに? はちりゅうていおうって」


なんかすごい名前ねー。

と、呑気に聞き返すとハクラから「え」っという短い驚きの声。


「…もしかして、まさかとは思うけど、この世界について何にも教わってないの?」

「え」

「あ…」

「あ…」


今更思い出した、とばかりにドラゴンから顔を離すエルファリーフ。

ナージャも顔が「しまった」と言っている。

しかし、よくよく考えると私の方こそ「しまった」と思った。

だってここはーーー異世界!

私の住んでいた世界とは色々違うはずなんだもの。

よくもまあ、なんにも教わろうともせず呑気に買い物に興じていたものだわ!


「あんなにこの世界のゲームしたいって大騒ぎしてたのに」

「わー! わー!」


今それ言うなーーー!


「も、申し訳ございません! わたくしったら…ミモリ様のお召し物のことばかりに夢中になって、すっかり失念しておりましたわ…。そうですよね、ミモリ様はこの世界のことをほとんどなにもご存知ないのに…なんのご説明もしないで…」

「ミモリっていうんだ?」

「あ、そういえばあんたにも名乗ってなかったわね。…そうよ、私は水守みすず! …まあ、さっきのドS騎士にも今度会えたらちゃんと名乗るわ。一応、お礼もね…」


なんだかんだ話をまとめてくれたのはあいつだし。

とんでもないドS野郎だったけど。


「ドS騎士ってハーディバルのこと?」

「他に誰がいるのよ…」

「…まあ、確かにハーディバルはドSだけど…」

「やっぱりドSなのね…」

「…どえす?」


ハッ!

し、しまった、普通に純粋無垢なエルファリーフの前で下ネタギリギリ用語を…!


「どえすとはどういう意…」

「そ、それより! こ、この世界について教えてほしいな改めてー!」

「はっ! そ、そうですわね! えぇと、どこからご説明すればよろしいのでしょうか…」

「明日にしたら? 今日はもう陽も暮れたし…。最近、あんまりいい感じしないし」

『うん、はやくおうちにかえったほうがいいよ。じゃあくなけはいが、ちかづいているよ』

「…邪悪な気配…? …それは、まさか魔獣ですの?」

『ちがうよ。でも、とてもつよいよ。…でも、ばらばらなんだ。たくさん、よぞらからおりてくるんだ』

「???」

「…なんか王都の辺りに集まってるみたいなんだ。騎士団も調査してるし、魔獣ならすぐに浄化されるとは思うけど…女の子だけで夜歩き回るのはオススメしないな〜」


…魔獣…?

なにそれ、ドラゴンとは別なの?

なんだか不吉な会話…。


「…そうですわね…ミモリ様もお疲れでしょうし…申し訳ありません、気が回らず…」

「あ、ううん。ねぇ、魔獣ってなに? 危ないものなの…?」

「はい、魔獣は危険なものですわ。人間のように邪な思いを持つ生き物が、その邪な感情を撒き散らしたり溜め込んでしまうと生まれるものですの。魔獣は人や生き物を襲い、その命や心を喰らい、成長していきます。魔獣同士が喰らい合えば、より邪気が増し、圧縮され…恐ろしく強い怪物と成り果てるそうです」

「そういう事だから割と人の多い場所に現れる。王都は一番大きい街だから、夜は危ないよ」

「そ、そんな怖い生き物がいるのね…」

「まあ、ほとんどはレベル1の時に騎士団とか勇士とか傭兵が倒しちゃうんだけどな〜」


…レ、レベルがあるの…?

まあ、最初からファンタジーチックだったもの、その辺りは驚かないわ。

もしかして夕方に早々店じまいして夜は家族と過ごす…って、魔獣対策?

そうよね、家族バラバラよりずっと心強いものね。


「まあ、全然何にも知らない状態で一気に知識を詰め込むのって結構大変だって聞くし…ゆっくりでいいんじゃない? 魔石や魔力の使い方とかは早めに教えてあげたほうがいいと思うけど」

「は、はい、そうですわね!」

「うん、じゃあ気をつけて帰りなよ〜」


ばいばーい、とゆるい感じで手を振って去っていくハクラ。

え、おい、ちょっと…。


「ハクラ、あんたも帰るのよね? いくら男の子だって、危ないって言ったのあんたじゃない」

「俺は強いからヘーキ〜」

「…え…えええ…」


ヒョロいし、全然弱そうなんだけど…。

小さいけどドラゴンがいるからなのかしらあの自信…。

というか、自分で強いなんていうなら女子を家まで送るくらいの甲斐性を見せなさいよ。


「…ハクラ・シンバルバの心配するなんて、ミモリ様ってほんとバッ……お優しいんですねっ」

「ナージャ、あんた今「バカ」って言いかけなかった?」

「嫌ですねぇ〜、そんなこと言ってませんよぉ〜」


…だったら私の顔をしっかり見て言えやぁ〜っ!


「ええ、本当に…ミモリ様はお優しいんですね…。ですがハクラ様なら大丈夫ですわ。あの方はこの国で唯一『魔銃竜騎士』の称号をお持ちの方! 騎士団には所属してらっしゃらないそうですが…フレデリック殿下やアルバート陛下も実力を認めておられるお方なんですの」

「まじゅうりゅうきし? 随分大層な称号ねぇ…? まじゅうって、さっき言ってた魔獣のこと?」

「魔法銃のことですよぅ」

「魔法銃…?」

「はい、魔力を弾丸として使う銃のことですわ。扱いが非常に難しく、魔法に長けていなければ魔力を弾丸として打ち出すことも出来ない難易度の高い武器です。それ故にあまり一般的ではなく、使いこなせる方はほんの一握り…。ハクラ様は、その魔銃に加えてドラゴンとも心を通わせ、そのお力をお借りすることができる竜騎士の才までお持ちなんですの」

「へ、へぇ〜…?」


え、えええ?

ちょ、なにそれ、めちゃくちゃ凄いやつじゃんあいつ…。

冒険家とか言ってたけど…実は騎士でもあったの?

それでドS騎士と一緒にいたのかしら。


「ひ、人は見かけによらないのね…」


今更だけど。

…ナージャ含め、この世界の人間って外側と中身が一致しないのかしら。

エルファリーフは除くとして。


「ミモリ様は見た目通りですよねぇ〜」

「はああ?」

「ふふふ。さあ、ハクラ様に言われた通り帰りましょう」


と、エルファリーフがカバンから取り出したのは赤い六角形の宝石だ。

うわぁ、綺麗。


「エルファリーフ、それなに?」

「転移魔石ですわ。これは我が家のゲートに繋がっていますの。一瞬で屋敷に帰ることのできる道具ですのよ」

「へ…」


一瞬で屋敷に帰る…?

あ、もしかして魔法の一種なのかしら。

お、おおお…なんかものすごく異世界っぽい事になってきたわ…!

…さっき服を買ったお店でも、持ちきれない袋は転送するとか言っていたけど…。


「こちらへおいでください。すぐに我が家ですわ」


エルファリーフに言われた通り、彼女の側へ近づく。

するとエルファリーフが私の手を掴む。

あああ、なんて細い指なの⁉︎

ドギマギしていると、足元に光が浮かぶ。

魔方陣ってやつだ。

ハッとした瞬間、魔方陣は私たちの体を通過していった。

そして気がつくと、目の前にはシンプルだけど豪華な部屋。

シャンデリアと絵画。

そして、ドア。

しかし部屋の自体の装飾がなかなかに美しい。

…ほ、本当に一瞬で別な場所に…。

すごい、これが魔法なのね…!


「ようこそ、ユスフィアーデ邸へ。お部屋へご案内いたしますわ」

「お嬢様、まさか本邸のお部屋を?」

「ええ。先程お買い物の最中にレナにお願いしておいたの。きっとすぐに使える状態にしてくれたはずよ」

「あ、そ、そうなんですかぁ…レ、レナメイド長に……ははは…」


なんという愛想笑い。

私に対する変り身とは違う、ナージャの微妙な笑みにエルファリーフは全く気付かずにっこり微笑んだ。

ほほう、どうやらナージャの苦手な人物みたいね。


「こちらへどうぞ、ミモリ様」

「あ、ありがとう」


ドアを開けて廊下へ。

うう、パンプス歩きづらい…。

そろそろ踵が限界なんだけど…。

もうすぐ部屋みたいだし、がんばるのよ、私!


「…え…ひ、広くない?」


広い廊下はかなり奥まで続いている。

左右には絵画だけでなく装飾品や壺やら鎧やら彫刻品やらがずらり!

上品な赤の絨毯がそんなだだっ広い廊下の奥の奥までびっしり敷き詰めてあり、天井には全て別なシャンデリアが吊るされていた。

…や、そ、総額が恐ろしい…。


「はい、わたくしと姉と常駐のメイドと使用人だけではとても広くて…。ですが、父の残した屋敷ですので取り壊してしまうのは憚られまして…」

「そ、そうなのぉ…」


そういうことじゃないんだけどねぇ〜〜⁉︎


「ですから、ミモリ様が来てくださって嬉しいですわ。…あ! し、失礼いたしました! ミモリ様は来たくてこの世界にいらした訳ではないのに…わたくしったら…なんて心無いことを…」

「え⁉︎ あ、いいのいいの⁉︎ そういう意味じゃないんでしょ⁉︎ 大丈夫、ちゃんと分かってるよ⁉︎」

「…ミモリ様…。…お気遣いありがとうございます…」


っくう…! やっぱり可愛い…!

笑ったエルファリーフは最強に可愛い!


「こちらが階段です。二階は寝室と食堂と書斎、渡り廊下を渡ると書庫がありますの」


ああ、あの魔導書があったという噂の書庫か。

ん? 書庫、渡り廊下の先⁉︎


「それって書庫が独立した建物ってこと?」

「はい。祖父が本好きで、本邸の横に建てたそうですわ」


た、建てたそうですわ、ってそんなさらりと…!

ひ、ひえええぇ〜! エルファリーフって、ユスフィアーデ家って…私の想像を遥かに超えるお金持ち〜⁉︎


「お風呂は一階にございます。お手洗いは寝室についておりますので…」

「あ! お嬢様、お手洗いで思い出しました!」

「?」

「魔石ですよ! このオン…ミモリ様は魔石が使えないんですよぉ〜!」

「え、ええ⁉︎」


魔石…あ!

それで思い出した。

ハクラも言っていたけれど、魔石の使い方!


「それでさっきお店の中でトイレが流せないってナージャに泣きついてきたんですぅ」

「うっ」


エルファリーフには恥ずかしくてすぐに言い出せなかったけれど、服屋にいた時、私は流石に催した。

人間だもの、無理ないでしょ?

だから服を選ぶのに夢中なエルファリーフが気づかないうちにこっそりトイレを借りた。

しかし、用が済んだ時事件は起きたの。

トイレが流せないのよ!

見慣れた形のトイレにすっかり油断していたけど、どこを探そうともトイレには流す機能が見当たらない!

オロオロしていると私がいつまでも戻ってこないことに先に気付いたナージャがドアをノックして声をかけた。

癪と思いつつも緊急事態だもの、仕方なしにドア越しに事情を話すと、ナージャは「えー、あんた魔石使えないわけぇ?」と怪訝な声を出しながらドアを開けろと催促して来たのだ。

背に腹は変えられない。

ドアを開けると、ナージャはトイレの真上についていた水色の六角形の石に手を置いた。

するとトイレがジャー、っと流れていく。

あれ? さっき私が触った時は何も起きなかったのに…。

そう呟くと深々とした溜息。

こいつぅ、さっきまでドS騎士とハクラにわんわん泣いて謝ってたくせに!


「んもぉ〜、魔石が使えないなんて、あんたこれからどうやって生活していく気よぉ〜。トイレの度に使用人に流してもらうつもりぃ? 冗談じゃないんだけどぉ〜?」

「そ、そんなこと言われても…」

「仕方ないなぁ…あとでお嬢様に相談してよねぇ。魔石が使えないと、あんたこの世界で生活していけないわよぉ〜」

「え、ええ⁉︎」



……………という事があったのよ。



「そうでしたのね。…魔石が使えないなんて、困りましたわね」

「まるで亡命者みたいですよねぇ」

「亡命者?」


それって国から逃げてる人のこと?

な、なんでそんなもんに例えられたのかわからないけど、とりあえずバカにされたようなか気がする…!


「異世界…ミモリ様の世界はもしや魔力や魔石がないのですか?」

「え、ええ。ないわ」

「ではアバロンの民と同じですのね…」

「アバロン?」


それってアーサー王の伝説で出てくる幻の島のことかしら?

はっ! まさかこの世界ってアーサー王物語の⁉︎

…ん? でもさっき王様の名前は全然違ってたような…?

王子の名前もフレデリックだったし?


「アバロンはここ、バルニアン大陸より彼方にある隣大陸のことですわ。わたくしたちの大陸とは異なり、ドラゴンや幻獣がおらず…人間だけで生活を成り立たせていると聞き及んでおります」

「??? ドラゴンやげんじゅうがいない?」


いやいや、普通そんなもんいないわよ?

…ドラゴンはさっき見たけど、幻獣…モンスター的なものかしら?

人間だけで生活してるって…つまり私の世界とおんなじ感じってこと?


「はい。その為、アバロン大陸では人は魔法を使う事ができず、科学力を発展させているそうです。科学力が進歩したことで人はより魔法から離れてしまったそうですわ。ですから、アバロンから亡命して来た方は魔法を使えない方がほとんどですの」

「そうなんだ…私と同じなのね」


さっきはちょっとバカにされたと思ったけど、本当に同じなのね。

…確かに科学の進歩した世界から魔法が浸透してる場所にくると苦労しそう…。

…トイレの意味で。


「…どうしましょう…お手洗いは、魔石で流すものですものね…困りましたわね…」

「お手洗いだけじゃなくお風呂のシャワーやお弁当やお茶を温めるときもですよぅ、お嬢様」

「そ、そうですわね…。まあ、どうしましょう…」

「そ、そうね…ど、どうしよう…」


なかなかに深刻な事態!

魔石というものがこんなに生活に密着してるなんて…。


ーー『魔石や魔力の使い方は早めに…』


…さっきハクラはそんなような事言ってなかった?

つまり、私も…魔法が使えるかもしれない、みたいな!


「ねぇ、エルファリーフ? その亡命者はこの国でどう生活しているの?」

「? この国に亡命して来た方々は一定期間寮に入り、魔石や魔力、その他この国で生活するのに必要な知識や技術などを学びながら職業訓練なども同時に行うそうですわ。そして国民番号が発行され、自立していく事ができると判断された方から寮を出て、自活しておられるそうです」

「つまり練習すれば使えるようになるのね⁉︎」

「‼︎ そうですわね!」


なぁんだー! 冷や汗かいた〜!

つまり亡命者と同じ(と思われる)私も、練習すれば魔石が…魔法が使えるかもしれないって事なのねーー!

す、すごーい! 魔法だなんて!

さすが異世界! これぞ異世界だわー!


「でもそれまではどうするんですかぁ? 主に今夜」

「‼︎ …そ、そうね…」

「…仕方がありませんわ…、ミモリ様が魔力を扱えるようになるまで、ナージャが代わりに魔石を起動させて差し上げて」

「へ⁉︎」

「えっ」


飛び上がるナージャ。

ツインテールが逆立つほどの衝撃。

私もエルファリーフが言ったことに眉を思い切りしかめた。

私が魔力を扱えるようになるまで…ナージャが私のトイレを流す役⁉︎


「嫌よ⁉︎」

「嫌ですぅ‼︎」


声がかぶった。


「そんなこと言わないでナージャ。お願い」

「い、嫌ですぅ! そ、それにナージャには他にお仕事が…!」


「おかえりなさいませ、エルファリーフお嬢様」


「ひぅ!」

「あら、レナ」


計ったかのように掛けられた声。

その声にまた跳ね上がったナージャ。

エルファリーフの呼んだ名前は、確かメイド長の…。

振り返るとリアルメイドな美人がキリリとした表情で立っていた。

髪はサイドで編み込んであり、印象としては少しきつめの美人…という感じ。

頭を下げて、一歩一歩近づいてくる彼女の威圧感にナージャも私も気圧される。


「こちらの方がナージャがご迷惑をかけたという異界の方でしょうか?」

「ウッ!」


…“ナージャが迷惑をかけた”、の部分がえらく強調されていた。


「ええ。こちらの方が異界からいらっしゃった方ですわ。…お姉様にもご説明しないといけませんわね」

「はい。お戻りになられて間もないところ申し訳ございませんが、すぐにユスフィーナ様のところへご挨拶をなさった方がよろしいかと」

「まあ…ですがミモリ様はお疲れだと思いますし…今日はもう休んでいただいた方がいいですわ。お姉様にはまずわたくしから説明に伺いますから…レナ、ミモリ様をお部屋にご案内して差し上げて」

「かしこまりました」

「え、えーと…そ、それじゃあナージャはすぐにお食事の準備をお手伝いに〜」


がしっ!

なんだかあからさまに逃げようとしていたナージャのツインテールが取っ捕まる。

…あ、あら? この冷たく見下ろす眼孔…この世界に来て割とすぐ見た事があるような…。


「どこへいくのです? ナージャ…」

「はわ、はわ…」

「貴女はお嬢様と一緒にユスフィーナ様へ申し上げなければならない事があるのではなくて…?」

「…は………はひぃ…」

「そうですわね、ナージャ…わたくしとお姉様に謝りに行きましょう。大丈夫、わたくしも一緒にお許しいただけるようお話しするわ」

「…は、はひぃ…」


…ざまぁ…と、思わなくもないけれど……や、やっぱり少し可哀想だなぁ…。

エルファリーフの天使の声に泣く泣く頷いて、一緒に右の通路を進んでいくナージャ。

その前にエルファリーフは「どうか今夜はごゆるりとお休みくださいませ」とお辞儀をしていった。

うーん、やっぱり可愛いー。

そして、残されたのは私とレナというメイド。

…な、なんか緊張するわね。


「お部屋へご案内します」

「は、はい、お願いします」


あれを見た後なので、つい身構えてしまう。

しかし、それ以上の言葉は特になく、威圧感もすっかり消え失せていた。

…あれはナージャに対して発動していたのね…。


「こちらがお部屋になります。ご入用のものがございましたら、何なりとお申し付けください」

「あ、ありがとうございます」

「とんでもございません。お嬢様より、お客様が不自由をお感じにならないようにと申し付けられておりますので、何卒ご遠慮なく」

「は、はあ…」


とは言われたものの、通された部屋は広いし綺麗だし豪華だしベッドは乙女なら一度は夢見る天蓋付き。

家具も一式、天井には廊下のものよりもお高かそうなシャンデリア…!

細かな刺繍が施された絨毯、壁一面に飾られた絵画、細やかな細工の掘られた時計、部屋に溶け込むチェスト、窓の側には薔薇の飾られた花瓶とフルーツが盛られたお皿。

部屋中央には上品な色のテーブルと、白を基調とした花柄の見るからにフワフワなソファー!

絵画のある壁の端には扉があり、開いてみるとお風呂とトイレ…お風呂とトイレぇ⁉︎

…私には一生無縁だと思っていた贅の極みを詰め込んだような部屋が目の前には広がっていた。


「…あ、あのう…ほ、本当にこんなお部屋をお借りしても…い、いいんですかね…?」

「? はい、もちろんでございますが…何かお気に召さないところが…」

「いやいや! ご、豪華すぎて…なんか気後れしてしまって!」

「…それでは、明日にでも部屋の内装をもっとシンプルなものに変更させていただきます。明日の夜には完了させていただきますので、今夜だけはご辛抱いただけませんか」

「そ、そういう意味じゃないんです! こ、これで大丈夫です、すいませんでした⁉︎」

「? そ、そうでございますか…?」


なんだかとんでもないことになりそうな予感がしたので、謹んでこの豪華なお部屋を使わせていただくことにした。

は、はぁー…庶民の中でも底辺な方の私にはまるで夢の中だわ。

…実際起きたら夢、なんてことはないかなぁ…。

そんなことを考えながら、着替えて早々に休むことにした。

レナには「夕飯はどうなさいますか」と聞かれたけれど、ベッドに座った途端とにかく眠りたくなったのよね…。

夕飯を断って、買ってもらったばかりのパジャマに袖を通し、横になるなりすぐに眠気が襲って来た、

自分で思っていたより、体は疲れ果てていたのだろう。


あーあ…やっぱり…今日買ったゲームやりたかったなぁ……。




****





人の声がする。

目を開けると、メイドさんだ。

右側に長い三つ編みの、少しきつめな美人なメイドさん。

へぁ〜? なんだか珍しい夢ねぇ。

今日は土曜なんだから、もっと寝ててもいいはず…あ、でも、昨日買ったゲームの続き……続き?

そもそも、昨日買ったゲーム、プレイしたかしら?

なんだか変な事が起きてゲームできなかったんじゃなかったっけ?

そうそう、なんか……。


「ミモリ様、起きてくださいませ。ミモリ様。朝食に遅れてしまいます」

「やはり相当お疲れなのですね…レナメイド長、あとはわたしが」

「そう? …分かりました、それではあとはお願いしますねマーファリー。それと、くれぐれもナージャを甘やかさないように…!」

「は、はい、分かっていますわ」

「う…」


目を開ける。

三人のメイド服の女の人と女の子。

そのうち二人は見覚えが…ああ…全部思い出した…。

そうよねぇ、夢じゃないわよねぇ…ふふふふふふ…。

……………はぁ。


「…おはようございます…」

「! おはようございます。お目覚めになられましたか」

「よかった、お加減が悪いのではないかと心配いたしました」

「おはようございますぅ、ミモリ様〜」


確かレナメイド長と、生意気腹黒猫かぶり娘であり私をこの世界に召喚してくれやがった諸悪の根源ナージャ。

…で、真ん中の美少女は誰かしら?

灰色の髪を肩まで伸ばした、紫色の瞳の可愛らしいメイドさん。

私の視線に気がついたメイドさんはにっこり微笑むと一歩前に出た。


「はじめまして、ミモリお嬢様。わたしはマーファリー・プーラと申します。本日よりミモリお嬢様のお世話係を勤めさせていただきます。どうぞ何なりとお申し付けくださいませ」

「ほぁい⁉︎」


おじょ…⁉︎ なんて⁉︎ 今なんて言ったの⁉︎

わ、私に対して、おおおおお嬢様ぁ⁉︎

しかも、私専属のお世話係ぃぃぃーーー⁉︎


「ままままって!」

「はい」

「私にそこまでしてもらう義理はないわよ⁉︎」


あるとしたらナージャよ‼︎

そのレナメイド長の横でぶっすーっとしてる猫かぶり小娘!

諸悪の根源!

エルファリーフに、そこまでの義務はないはず!

いくらなんでもこれはやりすぎだわ!


「…うふふふ、お嬢様の仰っていた通り謙虚でお優しいんですね、ミモリお嬢様」

「ちがーーーう! 違うってばっ」

「ですが、わたしがミモリお嬢様のお世話係を申し使ったのはなにもエルファリーフお嬢様に申しつけられたからだけではございません。わたしがアバロンからの亡命者だからなんです」

「…え?」


えーと、アバロンって言うのは…昨日の記憶を呼び起こす。

あ、確かこの大陸の隣の大陸で、私の世界みたいに魔法とか魔力の文化がない場所…。

んで、そこから亡命して来た人は最初魔法や魔力が使えない…。

この可愛いメイドさん、そのアバロンからの亡命者!


「ここ、バルニアン大陸で生まれ育った方のほとんどは日常的に、実にごく自然に魔力の使い方を覚えます。その為、具体的にどうやって魔力を使っているのか、と言うことを説明したり実際の使い方を教えたりするのがあまり得意ではないのです。ですが、わたしのようにアバロンから亡命してきた者はまずそこから覚えなくてはなりません」

「え、ええ…」

「ですから、わたしがミモリお嬢様に付きっ切りでお教えするように、とご指示をいただきました。ミモリお嬢様が魔石や魔力を使えるようになるのを、全力でお手伝い致します! 魔石や魔力は使えないと死活問題ですから」

「…そ、そう言うことだったのね…」


お世話係ってそういう意味……な、なーんだ〜。

良かったような、ちょっと残念なような…い、いやいや。


「わかったわ、宜しくね。えーと…」


確か…


「マーファリー・プーラです。マーファリーとお呼びください、ミモリお嬢様」

「わ、私のこともみすずでいいわよ⁉︎」

「? …ミスズ様…???」

「? え、ええ、水守って名字だから」

「え」

「え⁉︎」

「⁉︎」


三人の驚いた顔。

その時、私はようやく「あれ?」と思った。

そして、突然青い顔をしたレナメイド長に「もしや今まで私共が呼んでいたミモリ様というお名前は…名字⁉︎」と確認されて「え、そうですけど」と頷く。

え、何かまずいことだった?


「これは、失礼致しました! ナージャ、すぐにお嬢様たちにお知らせしてきなさい!」

「は、はいぃ!」

「え? え? 私何か悪いことした⁉︎」

「い、いえ…。ただ、この国では名字で呼ぶ事は仕事上のみの関係が多いのです。親睦を深めたい場合は名前をお呼びすることが一般的ですので…」

「あ、そ、そうなんだ…」


つまり今までの場合だとビジネスライク以外のなんでもありません、みたいな感じだったのかな。

それは悪いことしたかも…。

…ああ、この世界は外国みたいに名前が先に来るから、エルファリーフも水守を名前だと思ったのね。


「ではミスズ様と呼ばせて頂きますね」

「ええ、宜しくねマーファリー」


と、朝から一悶着あったけど、マーファリーに手伝ってもらいながら着替えたりなどの支度をする事に。

朝食では遂にエルファリーフのお姉さんと対面することになる。

エルファリーフのお姉さんってことは、きっとすごい美人なんだろうな〜。


「出来ました」

「ん?」


化粧台の前に座っていた私はマーファリーの声に今更ながら鏡に向き直る。

面倒がって伸ばしっぱなしのとかしもしないで一纏めにしていた黒髪は左右から編み込まれて後ろにまとめられていた。

右側にピンクの花飾りをさされ、ダサい眼鏡をかけても私ではないようなシンプルたけどちゃんとした化粧も施されていて…。


「ここまでやってくれなくても⁉︎」

「お気に召しませんでしたか?」

「いっ…! …………いいえ…ありがとう…」


別人みたいに、可愛い私が鏡の中で俯いた。

エルファリーフのような遺伝子レベルの美少女ではないけれど、下手したら人生で今が一番可愛くしてもらったかも…。

マーファリーってこんな事も出来るんだ…、すごいなぁ。


「…それともエルファリーフのお姉さんに会うからきちんとしないといけないのかしら…」


何しろ相手はこんな豪邸の持ち主だし…。

エルファリーフのお姉さんだし…。

確か、領主って言われてたもん…偉い人なのよね、かなり。


「それももちろんですけれど」

「⁉︎」


あれ、私口に出てた⁉︎

マーファリーから返事が来た⁉︎


「お化粧って、素敵じゃないですか。それまで当たり前だと思っていた自分の顔が、想像もつかないほど変わってしまう。醜いと信じて疑わなかった自分が、別人に生まれ変わったような気持ちになる。生まれて初めてお化粧してもらった時の感動は、わたし、一生忘れられません」

「…………」


マーファリー…。

なんてキラキラと輝く瞳。


「わたしの生まれた国は、アバロン大陸北海のグリーブトという所で…一年中雪が降り積もるとても寒い場所でした。今でこそ改革が進み、奴隷制度も廃止されていますがわたしがいた頃は奴隷がどの街にも村にも当たり前にいたんです」

「奴隷…⁉︎」

「はい。…わたしは両親が事故で亡くなってからすぐに奴隷の烙印を押され、奴隷商人に売られた…元奴隷なんですが…毎日が絶望しかない日々でした。今まで友人だと思っていた人たちは別人のようになり、わたしを罵り殴ったり…」

「…そんな…」

「けれど、そんな日々からこの国の王子様が救ってくださったんです。アバロンとバルニアンは国交を断絶していたのに、本当にたまたま、立ち寄られた王子様たちがわたしたち奴隷をこの国に導いてくださった。感謝してもしたりません。あんな見すぼらしく醜いわたしを…この国は根本から変えてくれました…。奴隷のわたしはお化粧をしてもらった時に…人間に戻れたんです。人間の、普通の女の子が…鏡の前に座っていたんです。本当に、嬉しかった…」


マ、マーファリー…!

なんて、なんて……………なんて、なんていい子なのおおおぉ〜⁉︎

そんな、奴隷だったなんて!

アバロンからの亡命者って…っ! そりゃ、亡命者にもなるわ!

うああああ、まさか、まさかそんな境遇だったなんてぇぇ!


「ちなみに、そのお化粧を教えてくれた方がユスフィーナ様なんです」

「!」


乙女ゲームのヒロインっぽおおおぉぉぉーーーい⁉︎⁉︎

マーファリー! あなた、なんて乙女ゲームのヒロインっぽいのぉ!

元奴隷…辛い日々を過ごしていた少女は通りかかった異国の王子に救われる!

そしてその国で美しく優しい身元引き受け人に出会い、働きながら健気で愛らしい女性へと成長した。

ある日彼女は偶然にも、自分を助けてくれた王子様と再会し燃えるような禁断の恋をーーー!

きゃあああああーー! い、良いーーー!


「マーファリーさぁん、いつまで準備に時間をかけてるんでかぁ。お食事が運ばれて来てますよぅ」

「え、あ、ごめんなさいナージャ。今行きます」

「大体、あんな不細工なダサダサ〜なおばさんにいくら時間をかけたって大して変わりませんよぅ。時間の無駄ですよぅ、無駄無駄〜」

「なんですってえ⁉︎」


この猫かぶり小娘ぇ!

絶対私に聞こえるように言ってるだろう⁉︎

今日という今日は堪忍できん! 殴る!


「ふっふーん、それはどうかしら? わたしの仕上げたミスズお嬢様を見てもそう言える?」

「え」


マーファリーと扉の陰にいたナージャへ、振り返ったマーファリーが胸を張った。

なにこの子、超可愛いんですけど。

まあ、マーファリーがエルファリーフ級のヒロインレベルなのは確定として…要は今の私のことだ。

立ち上がっていた私は昨日、エルファリーフが選んでくれた朱色と真紅のワンピースと、足が痛くなるのでヒールのほとんどないピンクのパンプスを履いている。

黒い髪に赤系は映えるとの事で、エルファリーフが興奮気味に勧めてくれたもの。

そんな私を頭の先からつま先まで上から下へ顔ごとスクロールしたナージャはポカンとして…それから怪訝な顔をする。

ちょ、なんなのその顔。


「…………………。ま、まあ、さすがマーファリーさん、って感じですねぇーー。…お嬢様たちには遠く及びませんけどぉ…昨日ほど見るに耐えない訳じゃないですよ〜…」

「もう、素直に褒めればいいのに」

「ふ、ふーん…だ」

「……………」


褒めたの? それ。

…っんとにクソ生意気な猫かぶり小娘ねーっ!

けれどこれで身支度は終了。

二階の通路をマーファリー、ナージャに付いて進む。

突き当たりの大きな扉を二人が開くと大きなテーブル。

真ん中の席に、エルファリーフがすでに座っていた。

うーん、朝から可愛い!


「ミモ、ではなく、ミスズ様! おはようございます!」

「おはよう、エルファリーフ」

「昨日は色々と失礼いたしました。ゆっくりお休み頂けましたか?」

「ええ、ぐっすり眠れたわ」


そう微笑むと頬を染めてエルファリーフが微笑む。

なにあの子、本当に天の御使なんじゃないの。

マジ乙女ゲームヒロインなんだけど。

…私が幸せにしてあげないと…!


「…えっと」


そして、私と真正面の席にはエルファリーフと同じように薄いオレンジの髪と碧眼の美人が座っている。

私と目が合うとピンク色の唇が柔らかく、尚且つ上品な微笑みを向けてくれた。

あ………な、なに…あの絶世の美女は…?

背後に薔薇が咲き誇っている…⁉︎

あまりの美しさに見惚れて固まる私は、彼女が席を立ちゆっくり近づいて来ても動けない。

彼女は私の側まで来ると、深々と腰を折る。


「初めまして、ミスズ様。私はユスフィーナ・ユスフィアーデ。このユティアータ領の領主を務めております」

「ハッ! は、初めまして! 水守みすずと申します!」

「妹からお話は伺っております。この度はナージャが大変なご迷惑をおかけいたしました。本当はもっと早くお詫びに伺うべきでしたが…」

「い、いえいえいえいえ!」


悪いのはあそこで口笛を吹くが如く唇を尖らせて思いっきり顔を背けている猫かぶりのクソガキです!

…それより…な、なんという美人姉妹なの…⁉︎

神さま不公平過ぎない⁉︎


「ミスズ様が元の世界へお帰りいただける日が来るまで、私どもが全力でお手伝いさせて頂きます。なにかありましたら、お気軽にお申し付けください」

「は、はぁ…。あ、いやいや! もう十分過ぎるぐらいお世話になっていますから、そんな!」


住む場所やら着る服やら…その上、ご飯まで出してもらうなんて至れり尽くせりよ!

…強いて言うなら乙女ゲームしたいけど…ある意味リアル乙女ゲームが始まりそうな予感がするし!

お姉さんも乙女ゲームのヒロインとして申し分ないし!

…なにかしら、ユスフィーナさん…すごい美人だけど、エルファリーフとはまた違った雰囲気の美人……。

ハッ! これは…どこか影のようなものを感じるわ!

そう、私の恋愛脳が告げている…!


「…ユスフィーナさん…失礼ですけど…」

「? はい?」

「今何か、悩みがおありなのではありませんか⁉︎ 恋愛方面で‼︎」

「え⁉︎」


ザワッ…!


思った通り…控えていた使用人やメイドたちが表情を変えた。

ユスフィーナさんも大層驚いた様子で、口元を両手で覆うと一歩、私から後退る。

やっぱり…!


「…ど、どうして……エ、エルフィから…なにか…?」

「わ、わたくしはなにも…! ミスズ様、何故お分かりになりましたの…⁉︎ あの事はお話ししておりませんのに…⁉︎」

「ふ、ふふ…やっぱり…! 分かるんですよ、私には…」


恋に関して悩む乙女の微細な変化が!

恋愛脳なので!


「……………。…エルフィ?」

「あ、わ、わたくしの愛称ですわ…」


エルファリーフだからエルフィなのね。

な、なんかめちゃくちゃ可愛い…!


「…も、もし宜しければミスズ様もわたくしの事はエルフィとお呼び下さい…」

「え、いいの⁉︎ そ、それじゃあそう呼んじゃおうかな…」

「はい、是非」


うふふ、うふふふふ。

私とエルフィの間に流れるお花畑の空気。

ああ、エルフィ…なんて可愛いのかしら〜。

…ハッ! それどころじゃなかった!

ユスフィーナさんのフラグの方が先よ!


「コホン。…それで、ユスフィーナさん…物は試しです、私にその悩み、お話してみませんか? こう見えて私、恋愛相談に乗るのは得意なんです!」


ゲームでものすごく鍛えてありますから。


「……………。…そ、それは…、…い、いえ、ご迷惑をお掛けしたのはこちらです。御心配くださりありがとうございます。お気持ちだけで十分ですわ」

「そ、そうですか? え、遠慮とかしなくても…」

「…ミスズ様、姉のことまでお気遣い頂き恐縮ですわ。ですが、先にお食事に致しましょう? せっかくのお料理が冷めてしまいますわ」

「……………」


あ…これは…私とユスフィーナさんの好感度が低いから相談してもらえなかったのね。

ま、まあ、それもそうか、初対面なわけだし。

まずはユスフィーナさんの好感度を上げないことには、フラグすら見えない。

うーん、これはなかなか、面白いことになって来たわ…!

お姉さんの好感度を上げる方法を考えないと。

それと、エルフィやマーファリーの恋愛イベントに向けたフラグも調べたいし!

それには攻略キャラの調査ね。

人間関係を整理して、それから、周りにどんな男の人がいるのかを調べて〜…あ、でもこれから出会う可能性もあるのし〜…。


「うっふ…」

「?」

「?」


ふふふふふふふふ…。

忙しくなるわ…!




****




食事を終えた私は、仕事へ向かうユスフィーナさんを見送ってエルフィ、マーファリー、ナージャに書庫へと連れて来られた。

ものすごい書籍の数。

二階建ての建物をくりぬいて、その壁の全てが本、本、本…見渡す限り、ただただ、本!

うっひゃぁ〜…本は嫌いじゃないけど…ここまでびっしり本だけしかないと壮観ね。


「ミスズ様、それでは昨日ご説明出来なかった、この世界についてお話するとともに…」

「魔力を使う練習を致しましょう」

「あ、そうね。宜しくお願いします」


一階部分にあるテーブルと椅子は本を読むためのものだろう。

そこに座った私の前にタブレットのようなものが置かれる。

…んん、やっぱり私の想像していたザ・ファンタジー! みたいな世界とは違うみたいね。

タブレットをマーファリーが指先でつつくとモニターの画面のようなものが宙に立体的に浮かび上がった。

いやいや、これもう近未来のSF映画に出るやつじゃない⁉︎


「まずはこの世界『リーネ・エルドラド』についてご説明いたします」


マーファリーが画面を指で操作しながら、座った私に分かりやすくこの世界について説明してくれた。

彼女の話をまとめると…。


この世界…『リーネ・エルドラド』は大きく分けて四つの勢力がある。

東にアバロン大陸。

私が召喚された最大大国、アルバニス王国。

アルバニス王国の横にはドラゴンの棲むドラゴンの領域と、さらにその奥には幻獣の棲む幻獣の領域となる島がある。

さて、ここで私は改めて「幻獣って?」となるわけだ。

幻獣、正確には、幻獣ケルベロス族。

私の世界で言うところの地獄の番犬の、頭が三つある怪物のことかと思ったらとんでもない!

幻獣はこの世界『リーネ・エルドラド』の創造神の子孫!


「…『リーネ・エルドラド』には、大きく分けて三つの種族が存在致します。二本の足で歩く数が多く、か弱い生き物…人間。巨大な身体に翼を持つ、自然が形を取った生き物…ドラゴン。そして、三つの瞳と三本の尾を持つ『理と秩序』を守護し『理性と秩序』を司るこの世界を創造なされた神の獣…幻獣」


幻獣とドラゴンは、世界に魔力を与え、世界を豊かにしてくれる。

人間は幻獣とドラゴンが与えてくれた魔力という恵みを大切に使い、文明を築いて世界へ還元する。

一見、良好に見える関係だけど…かつて今の姿になる前のバルニアン大陸は戦争が何百年と続いていた。

その戦争のせいでドラゴンも幻獣も、人間を見限ってしまった…。

アルバニス王国の国王は、大地を傷つけた罪を背負い、謝罪を込めてドラゴンと幻獣へ領土を用意し、決して彼らの領域へ立ち入らないことを約束したんだって。

ここまでが、アルバニス王国の成り立ち。


「現在は人間に友好的なドラゴンが数多く人里で生活しておられます。もちろん、簡単にお会いできるドラゴンはあまりいらっしゃいませんが…」

「言っておきますけどぉ、人里で暮らすドラゴンのほとんどは格下で若くてあんまり強くないコが多いんですよぅ。言語を操れるのは魔石を人間に与えてくれるニーグヘル様とか、魔獣を浄化する魔法を授けてくださったホーリーアール様くらいですぅ」

「へぇ…でも、昨日ハクラと一緒にいた小さなドラゴンもお喋りしてたよね」

「…ハクラに会ったんですか?」


ん?


「マーファリー、ハクラのこと知ってるの?」

「勿論です。彼はアバロン大陸を救った英雄…わたしのことを助けてくださったフレデリック王子、ジョナサン王子と共にこの国に誘ってくれた恩人なんです。…元気、でしたか?」

「! ええ、生意気なくらい元気だったわよ?」


と、取り繕って答えてはみたけれど。

私の内心は……えええええええええ⁉︎

マーファリーからフラグいただきましたぁぁぁぁ!

まさかこんなに早くフラグもらえるなんてえぇ!

少し寂しげな笑み! 彼を気遣う言葉! いやぁぁ! なになになになに⁉︎ もしかして、もしかしてぇ!

ちょっとぉ、そこんとこ詳しく教えてよ〜!


「え? え? マーファリーとハクラって知り合いだったの? え〜、聞きたい聞きたい!」

「…知り合い…というか……わたしがこの国に来たばかりの頃、この国のことや魔力の使い方を教わった学校が同じだったと言うだけで…。…彼はあっという間に知識も魔力も飛び抜けて…とても同じ奴隷だったとは思えないほど大きな方々と肩を並べるような存在になってしまいましたから。…別の世界の、御伽噺の世界の登場人物…そんな感じです」

「へ…へえ?」


昨日会ったばかりの、あのハクラの話よね? それ…。

というか…。


「ハクラもアバロンからの亡命者だったの」

「ハクラ様は有名人ですわ。フレデリック殿下自らが、一番最初にお見初めになって奴隷の身分より解放された方だそうです」

「⁉︎ お、王子様が⁉︎」

「そうですよぅ。しかもそのあと、アルバート陛下や弟王子のジョナサン殿下、騎士団の隊長たちともそれはもう懇意にされていたそうですぅ。挙句お妃様…ツバキ様からも認められて、人間で初めての幻獣族の方々とも面会なされたとかぁ…これってもぅ、超超超ちょ〜〜! っすごいことなんですよぅ?」

「…⁉︎」

「でもでもぉ、それだけに留まらずなんとドラゴン族最強の『八竜帝王』のうち『獄炎竜ガージベル』様や『雷鎚のメルギディウス』様を味方に付けて、なんと我が国や『銀翼のニーバーナ』様にも見捨てられて滅びを待つばかりだったアバロン大陸を助けちゃったんですぅ」

「……………。ええええええ⁉︎ あ、あいつがぁぁ⁉︎」


なんとまあ、つらつらと語られる夢物語のような内容。

王子様に見初められ、王族や騎士隊長と仲良くして、人間を見限っていた幻獣やドラゴンを味方にして…滅びるはずの大陸を…救った…と?

あのちょいちょい余計なことを言う、能天気そうな黙っていれば儚い感じなのに冒険家とかめちゃくちゃアクティブな職業の残念な美少年が⁉︎


「ね? まるで御伽噺の登場人物のようでしょう? なんだが現実味のない子なんです…」

「…そ、そうね…」


全っ然そんな大層なことをやったやつには見えないわ…!

なんとなく飄々としてて、テキトーに生きてる感じだったのに…。


「『アバロンの英雄』…亡命者は皆、彼をそう讃えます。わたしもです。…捨てた故郷とはいえ…ただ滅びるを待つだけのあの場所を救って、変革をもたらした。…今のアバロン大陸は奴隷制度が廃止され、『獄炎竜ガージベル』様や『雷鎚のメルギディウス』様のお力添えもあり大地が回復しているとか…。まさに奇跡が起きた…いえ、ハクラは奇跡を起こしたんです」

「わたくしも昨日まさかご本人様にお会いできるとは思いませんでしたわ…。…ハッ! そ、そういえば、ドラゴンさんがあまりにも可愛らしくて、ちゃんとご挨拶をしていませんでしたわ‼︎」

「そういえばナージャもです! …な、なんかあまりにも英雄オーラが感じられなくて…」

「ああ、じゃあ本当に変わっていないんですね、ハクラは。ふふふ…」


なんだか嬉しそうに笑うマーファリー。

私もまさかそんなすごいやつだなんて…微塵も思わなかった…!

凄い事にする人ってなんかこう、芸能人オーラみたいなのが出てるのかと思ったら…全然そんなことないのね…。

あいつ限定なのかしら?


「…では、次に魔力についてお話ししましょう」

「あ、うん」


嬉しそうな笑顔のまま、マーファリーがモニターを動かす。

…あんらぁ、随分嬉しそうねぇ、マーファリーったら。

これはやはり…むふふふふ。


「では魔力の種類からご説明しますね」


ファンタジー世界よろしく魔力には属性が存在するってことね。

思った通り『火』『水』『土』『風』があり、これらは四霊命と呼ばれる。

そして、上級属性に『氷』『雷』『光』『闇』。

この八つを合わせて『八大霊命』と呼ぶ。

ふむふむ。

人は必ず一つ、自分と相性のいい属性を持つ。

エルフィは『風属性』、マーファリーは『氷属性』、ナージャは『火属性』が得意。

得意な属性と相対する属性の魔法は使えない。

魔石は生活に必要な魔法を、苦手な属性であっても扱えるようにするべく進歩した技術なんだって。

例えば『火属性』のナージャがトイレを流したりシャワーを浴びる時に『水属性』の魔法は使えないけど、魔石なら問題なく使えるってことね。


「魔石には、魔法を封じ込める力がありますの。生活に使う魔法を封じて使うんですよ。また、転移魔石は位置を記憶させると何度か使えます。でも、魔石のほとんどは使い切りだったり、数回しか使えないものばかりなのですわ。空っぽになった魔石にはまた魔法を込めて再利用しますの」

「えぇ…意外と不便なのね…」

「そんな事もありませんわ。空っぽになれば別な魔法を込める事もできますし、同じ魔法を同じ魔石に使い続けると魔石の性質が変化して魔石がその魔法を記憶します。トイレやシャワー、キッチンで火や熱を起こす、夜に明かりを灯すなど、毎日使う魔石は色が属性の色に変化したり、紋章が浮かび魔石そのものの力が強くなったりします。転移魔石は同じ場所を記録させ続ければその場所専用になるんですの」

「トイレにあった魔石は水色だったでしょう〜? あれはトイレを流し続けて、その魔法を覚えた魔石なんですよ〜。ああいう感じのことですぅ」

「ああ!」


そうなのね!

…あ、そう考えると全然便利ね…。

ちょっとだけ、トイレを流し続ける魔法ってなんなのよ、って思ったりするけど…そこは深く考えないことにしよう…。


「そして、この属性に関しては例外があります」

「例外?」


マーファリーがにっこり微笑む。

可愛い。


「体内魔力許容量が膨大な体質の人間です」

「体内魔力、許容量?」


なんか長ったらしい名前の体質出てきた。


「人間は基本的に、ドラゴン族や幻獣族の方々と比べて極端に体の中に溜めておける魔力の量が少ないのです。ドラゴン族や幻獣族の方々が井戸だとしますと、人間はスプーン一杯分くらい」

「違いすぎでしょ⁉︎」

「はい。人間とドラゴン族、幻獣族はそのくらい元々の力に差があるということですわ」

「……………」


お、思った以上に人間ってしょぼいのね…!


「でもでもぉ、人間の中でもそんなドラゴンや幻獣族くらい体に魔力を溜め込める体質が極々稀〜に生まれてくることがあるんですよぅ。それが体内魔力許容量が多い人間ですぅ。今この国には九人いますねぇ」

「少なッッ⁉︎」

「はい、それはもう極稀な才能なのですわ。例えばハーディバル様やハクラ様はその体質であることで有名ですわね」

「…‼︎」


ま、またハクラ?

そしてあのドS騎士!

…あいつらそんなに凄かったのか…。


「体内魔力許容量が膨大な体質の人間はとにかく魔法使いにとっては目の敵というかぁ、目の上のたんこぶというかぁ、永遠に超えることの出来ない壁というかぁ…んもう、とにかくふざけてるんですぅ」

「なにそれ」

「そうですわね…例えば、わたくしたちは一つの属性しか使えない事がほとんどですけれど、体内魔力の容量が大きい方は複数、あるいは、全ての属性の魔法が使えます」


チートじゃない。


「他にも魔法を使うときは自然魔力を集める為に時間をかけて魔法陣や詠唱を行いますが、容量の大きい方は体内の魔力を取り出して扱えますから自然魔力を集める必要がほぼなく、魔法陣を敷く必要もなければ詠唱も省略、あるいは詠唱なしで魔法を使えるんです」


…チ、チートじゃない…!


「その上、たった一人で複合属性魔法を使ったり、アバロン大陸みたいに自然魔力がない場所でも魔法が使えるんですよぅ⁉︎ 挙句、ナージャたちみたいな一般人は体の中の魔力は寝ないと回復できないのに、あいつらは使った分は自動回復しやがるんですぅ! だから魔力切れなんてなることもなく強力な魔法を使い放題なんですぅ!」

「わ、わぁ…」


チ、チートすぎる…‼︎

もはや存在そのものが反則技…!


「そ、そうなんだ…。そう考えると九人って少ないどころか九人もって感じになるわね…」

「魔力容量の多い方が全員、魔法使いというわけではないのですが…そうですわね」

「え? そうなの? だって、せっかくそんな恵まれた体質に生まれたのに?」

「体質がそう、というだけで、やりたいことやなりたい職業が別にあったのだと思いますわ」


へぇ〜…向いてるのはわかってるけど、やりたいことやなりたいものを優先させたってことね?

なんか、それはそれでいい話。


「さて、ミスズお嬢様。魔力については理解を深めていただけましたか?」

「え? ああ、うん、それなりには?」

「では、早速ミスズお嬢様の魔力属性を調べてみませんか?」

「! 私の魔力属性!」


なにそれー!

あ、いやそっか、みんな一人一人得意な属性があるものなんだもんね!

…気になる…私の得意な魔力属性…!


「知りたいわ! どうやって調べるの⁉︎」

「こちらを使います」

「…?」


マーファリーが取り出したのは、砂時計のようなもの。

でも別に中身は入っていない。

なに、これ、砂を入れ忘れた砂時計?

いやまあ、中が空洞の丸いガラス玉が二つくっついてる…みたいな感じだけど…。


「まずは、上のガラス玉の中へ魔力を溜める練習からです。お嬢様ならすぐにできるようになりますわ」

「??? 魔力を溜める?」

「はい。上の段、こちらの中に、自分の中の魔力を取り出して溜めるのです。これが出来れば自分の魔力属性を調べてるだけでなく、魔石や魔力を使う練習も同時に行えるのです!」

「へ、へえ? なんで下も空洞のガラスがあるの?」

「溜めた魔力の性質を調べるためです。ええと、そうですね。普通の人間は一人につき一つだけなのですが、稀に複数の魔力属性を持っている人もいるんですよ」

「それって、容量が大きい体質ってこと?」

「それも分かりますし、容量の多い方以外にも魔法に才覚のある方は生まれながらに二つの得意属性がある方もいらっしゃるんですよ」

「へぇ〜!」


なにそれ素敵!

ワクワクしてきちゃうー!

…異世界から召喚されたヒロインが特別なのはデフォルトだし…もしかして、もしかして私も複数の得意属性があったり…チートな体内魔力容量だったりするのかも…‼︎

それでそれで…「すごいですわ、ミスズ様は魔法の才能がありますわ!」みたいな事になって、あれよあれよとすっごい魔法使いになって、困っている人をちょちょいのちょいっと助けていたら王子様に呼び出されて…!

「よくやってくれましたね、あなたのおかげでこの国は救われました。あなたこそ僕の妻にふさわしい…」みたいな事に…!

きゃ、きゃーーー!


「………なんか一人妄想の世界にはいっちゃってますよぅ」

「ミスズお嬢様、戻ってきてください」

「うふふ、自分の属性魔力を調べる方ってワクワクするものなのでしょう? 楽しそうで羨ましいですわ。わたくし、物心ついた時にはもう自分の属性が分かってしまったんですもの〜」

「…そういうワクワクにはみえないですけどぉ…」


マーファリーに揺すられて、妄想の世界から戻ってきた私はとりあえず緩む顔を誤魔化しながら例の器具を手に取る。

これに魔力を込める…魔力を…。

うーん、でも、具体的にどうしたらいいの?


「どうなさったんですか? ミスズ様」

「え、いや、どうしたらいいのかなーって」

「上下のガラス玉の部分に手を添えてくださいお嬢様。両手で挟むように持って…」

「ふむふむ?」

「目を閉じて集中して…自分の中に魔力があるとイメージをしてください。そのガラス玉の中に自分の中の魔力を注ぐイメージです」

「…うーん、わかった、やってみるわ」


何ごともチャレンジよね!

マーファリーに言われた通りに丸いガラスを両手で挟むように持ち、イメージをする。

イメージ…ふ、ふふふ…イメージは得意よぉ〜。


「! …この魔力の色は」

「『土属性』ですねぇ」

「え! どれどれ⁉︎」


私がウンウン唸って約五秒後、マーファリーとナージャが呟いた。

目を開けて確認すれば、両方のガラス玉の中にほんのり茶色に光るものが溜まっている。

…下の方に沈殿してる…が、正しいかな…?


「…な、なんか地味…」

「ホントですねぇ〜。『土属性』なんて極々一般的でいかにもって感じでお似合いすけど〜」

「どういう意味よ⁉︎」

「ふふふ、これでお嬢様の得意な属性が判明いたしました。これからお嬢様が学ぶべき方向も定まったというものですわ」

「…学ぶべき方向?」


どういうことなの?

ニコニコするマーファリーを見上げる。

まあ、なんつーか、属性が分かればどういう方向で魔法を学んでいきたいかが分かるらしい。

もちろん、エルフィのように嗜む程度で専門的に学ぶ事をせず、魔石を動かせる程度の魔力の使い方だけを覚えてもいいみたいだけど。

でも、せっかく魔法が使える世界に来たんだし、魔法、使いたーい!


「『土属性』は、戦闘ならば攻守に優れ、特に守りに特化したものが習得可能となります。日常的なものならば植物を育てるのに向いてますね」

「戦闘って、こんな地味オンナが出来るわけないっつーの…うぉっほん! …わぁ〜! じゃあミスズお嬢様は農家なんかが向いてるって事ですねぇ〜」

「……………」


…この猫かぶり小娘、私にだけ聞こえる音量できっちり呟いてくれやがったわね…!

しかも『農家』の部分めちゃくちゃ強調しくさりやがっってえぇ〜〜っ!

い、いや、そんな事よりも…!


「ね、ねえ、マーファリー。私の魔力って『土』だけなの? 複数属性とかじゃなく?」

「え? はい。お嬢様は『土属性』のみですね」

「………そ、そう…」


まあ、現実なんてそんなもんよね…フフ。


「ですが『土属性』にも大きく分けて二種類ございます」

「え?」

「一つは本当に『土』、つまり大地から大地の魔力を借り受ける方向に特化している場合。もう一つは大地の魔力を『植物』へと与える方向に特化している場合です」

「どちらも戦闘用の魔法がありますが、植物への作用が大きい場合はナージャのいう通り農業やガーデニングなどが向いていますわね。あ、薬草やハーブを育てるお仕事もございますわよ。『土』の魔力は植物へ成長を促したり、元気にさせたりする力がありますの。魔石にそういった魔法を封じて、肥料として使う事が一般的ですわ」

「………そ、そうなんだぁ…」


本当に地味だな…。


「植物のお医者様もほとんどが『土属性』の魔法使いなんですの」

「へ、へー…」


ごめんね、エルフィ…あなたの笑顔がとても可愛いのに私の心はあまり感動しないわ…。

植物のお医者さんって…地味…。

うーっ、どうせなら攻撃系のド派手なやつを使ってみたい!


「それで、どっちに特化しているのかはどうしたらわかるの?」

「実際にミスズお嬢様がガラス玉へ溜めた魔力を大地に与えてみるんです。そうすればすぐにわかりますよ」


成る程!

と言うわけで、私たちは全員庭へと出る。

そしてキャップの部分を外して魔力を大地へと垂らしてみた。

なんか、変な感じだけど…あっという間にガラスの中身は霧散して消えてしまう。

え、消えたけど…どうなるの、これ⁉︎


「!」


ぽん!

…と、庭の芝生の…魔力を垂らした部分がやたらと成長し始めた。

つまり…?


「…やっぱり農家向きみたいですねぇ」

「ぐっ」


…現実なんてそんなもんよねーーー!

私の魔力は、つまり『植物』に作用するタイプの方、と………そう言う事なのねー!

…乙女ゲームみたいになんかこう、特別な魔力ー! とかですらないと!

はあぁ…私の野望は所詮幻想…いや、妄想…。


「平和的な魔力ね…」

「はい、素敵ですミスズお嬢様!」


しょんぼりする私を他所に、満面の笑顔で頷いてくれるエルフィとマーファリー。

…そうよね、乙女ゲームのヒロインはこの子達だもの。

私はただのプレイヤー。

私の魔力なんてどーでもいいわ。

気を取り直して当初の目的を果たそう!


「まあ、魔力は使えるようになったから今度はーー」


マーファリーとハクラの関係について根掘り葉掘り聞いてみたいんだけど!

と、続けようとした私へマーファリーは元気「はい! いよいよ魔石を使ってみましょう!」と微笑んだ。

………うん、当初の目的以前にそれが可及的速やかな目標だったわ。


「魔石が使えるようになれば通信端末も使えるようになります! 頑張りましょう、お嬢様!」

「通信端末?」

「これのことですわ」


なにやら新しい目標を唐突に打ち立てたマーファリーへ、私が首を傾げて見せるとエルフィがスマホのようなものを取り出す。

コンパクトのように開いたそれは、やっぱり私の世界で言うところのスマホのようだ。

電話のように遠くの人物と会話ができ、文書を送り、本やドラマや映画を観たり、ゲームをしたりって……。


「それよーーーーっ‼︎‼︎」

「⁉︎」

「はわ⁉︎」

「え? え?」


ハクラが言ってた、この世界のゲームってそれだぁぁぁあ!

そうよ、私はそれがやりたかったのよ!

ゲーム! この世界にもゲームがあるって!

どんなゲームができるのかはお嬢様のエルフィに詰めて聞くことは流石の私も理性の残っている状態では出来ないけれど!


「ど、どうやって使うの⁉︎」

「…? ええと、魔石と同じですわ。極々少量の魔力を流し込み使うものですの。ただ、遠くの相手との通信や魔文書は国民番号がないと使えません」

「そんなのどうでもいいわ!」

「え、ど、どうでもいいのですか?」

「ええ! 興味ない! 私が興味あるのは、ゲームだけよ‼︎」

「げ、ゲーム、ですか…」


ハッ!

つ、つい勢いのまま、欲望を叫んでしまった!

詰め寄るのは耐えたのにこれじゃ意味ないじゃない!


「…ミスズお嬢様の世界にもゲームがあったのですか?」

「…え、ええ、色々あったのよ」


色々、本当に、色々。

その中でも私の生き甲斐は乙女ゲーム…!

リアルを捨て、現実を忘れ、私はゲームの中の優しさだけを求めていた…。

現実の男なんてキモいだけ!

ゲームの中の男の人はみんな綺麗で優しくて…まさに女子の希望のそのもの!

醜い現実より、虚無の幻想を私は選ぶ!


「…でも…わたくし、いつでもミスズ様とお話できる方がいいなーって…昨日、ずっと考えていて………だから…ミスズ様にも通信が使えてほしいですぅ…」

「やるわ」


なんでもやるわ。

エルフィがそんなことを言うんなら、私はゲーム以外でも通信端末使うわ。


「…まあ、連絡がいつでも取れるのは便利ですもの。その方がいいですよね」

「けどけど〜、通信を使うには国民番号がないとですよぉ〜? 亡命者は手続きすれば仮の国民番号が発行されますかどぉ、ミスズお嬢様はどうなんでしょうねぇ?」

「…そうですね…ミスズお嬢様は亡命者ではありませんものね…。エルファリーフお嬢様、ユスフィーナ様はその辺り、なにか仰っていましたか?」

「いいえ、なにも。けれど、今回の件は王族の方々の耳にも入ると言われましたの。恐らく、なにかしらのアクションはあると思いますわ」

「まあ、王族の方々に? …ああ、でも異界からの誤召喚ですもの…そうなりますわよね…」

「…………」


この話は相変わらずナージャには居心地が悪いようだ。

顔を背けて微妙な顔をしている。


「ですか、その辺りがはっきりしない事には通信端末は購入しても役に立ちませんね」

「ええ…。でも、物自体は買っておきましょう。いつでも使えるように」

「そうですね、国民番号がなくても使える機能はありますものね! …時間を見たり…」

「ええ! …写真を撮ったり! 動画を撮ったり!」

「えーと、あとは計算機として使ったり…あ! 懐中電灯代わりにもなりますよ!」


…うん、ほぼほぼスマホと同じね…。


「…通信端末もいいですけどぉ、カツラやコンタクトはどうするんですかぁ? 黒髪黒目は目立つって、ユスフィーナ様から言われましたよねぇ?」

「ハッ! そうでしたわ、それもお姉様に言付かっていたんですわ!」

「え? カツラ? コンタクト??」


この世界にもカツラやコンタクトがあるんだー?

…え? それを付けるの? 私が? なんで⁉︎


「はい、実はミスズ様のような黒髪と黒い瞳は王族の方々の特徴に当てはまってしまいますの。アルバート陛下は瞳の色こそ違いますが、フレデリック殿下やジョナサン殿下はまさしくその特徴をお持ちですわ。それに、今でこそ王族の方々の特徴となっていますが黒髪と黒い瞳は幻獣族の方々が人に化けた時の特徴でもあるそうです。もし万が一幻獣信奉者などに見られて勘違いされてしまったら…。ああ、恐ろしい…! ミスズ様の身が危ないですわ…!」

「ええ、変なトラブルに巻き込まれてしまうかもしれないんです。例えば王族関係の者と誤解されて、王族の方々へご迷惑をかけてしまうかもしれませんし、幻獣信奉者は幻獣を食らえばその力を得られるという危ない思想の方々ですから…」

「は、はい! だいたい理解しました! カツラかぶります! コンタクトつけます! なんなら髪染めます‼︎」


く、食われる⁉︎

貞操的な意味ではなく、食肉的な意味で⁉︎

ひいいぃ! 絶対嫌ァァ!

それって完全に死亡フラグじゃなーい!


「昨日買い物してる時にそーゆー危ない連中に目、つけられてないといいですよねぇ。王都はいろんな人が集まりますからぁぁ…もう勘違いされてたりして〜ぇ」

「こ、怖いこと言わないでよ⁉︎」

「ともかく、ミスズ様がご了承くださって良かったですわ。それでは早速ウィッグやコンタクトのお色をお選びいただきましょう!」


パアァ、っと明るく微笑むエルフィ。

うーん、この圧倒的ヒロインオーラ!

…まあ、我が身の事だからちゃんと考えないとよね。

なにしろ命がかかってるし!

それにしても魔力や魔石の使い方やら、カツラやコンタクトを選ばないといけないとか、来日二日でなかなかハードね。

ゲームの話も地味に流れちゃうしぃ。


「では、エルファリーフお嬢様はミスズお嬢様の魔石を使う練習を見て差し上げて下さい。わたしはウィッグやコンタクトの見本表をお持ちしますね」

「分かりましたわ、任せてください」


あー、そうよね、まずは魔石使えるようにならないと。

日常生活が出来ない、のよねぇ。

マーファリーが立ち去ったあと、エルフィが赤い六角形の魔石を取り出す。

いつ見ても綺麗な石よねー。

あと、高そう。

その石へエルフィは手をかざす。


「簡単な風魔法を込めました。本来『土属性』しか使えないミスズ様には対極の魔力である『風属性』の魔法は使えません。つまり、この魔石をきちんと発動出来ればミスズ様が魔石を使えたということになりますわ」

「成る程…分かったわ」


確か一人一つの属性しか使えないのが普通、なのよね。

魔石を使えば相反する苦手属性の魔法でも使える。

ん? じゃあ…。


「ねえ、エルフィ。苦手な属性以外の魔法って、練習すれば使えるようになるの?」

「はい。例えばわたくしですとどう頑張っても『土属性』は使えないんですが、それ以外の属性なら鍛錬すればなんとか使える様になります。ただ、才能にもよります。元々複数属性を扱えるのなら力も伸びやすく、苦手属性以外も扱い易くなるのですが…元々一つの属性しか持たない場合は複数属性を持っている方の数倍から数十倍の修練と時間が必要になるそうですわ」

「え、ええ〜…」


つまりその辺りも生まれつきの才能が関係するのかぁ。

ハクラやドS騎士ってば、本当にチート野郎なのね…。

ナージャが憎々しげに説明していた理由がよーっく分かったわ! 素直にずるい!


「勿論、体内魔力量の多い体質の方のように全ての属性を使うことが出来るようになるのは、複数属性を持っている方でも不可能のようですわ」

「なにそれずるーい…」

「ですよねぇ…生まれた時から差をつけられてると思うと…理不尽って感じですよねぇ」

「まあ、ナージャいけませんわ、そんな言い方をしては! 魔獣になってしまいますわよ?」

「うっ」

「? え? 魔獣って…」


昨日言っていた人間とかの邪なものから生まれるっていう?

魔獣に、なる? どういう事?


「あ、そうでしたわ! これも大切な事ですからお教えしておきませんと。…昨日申しました魔獣というものは、邪な感情、負の感情などが蓄積されるとその感情を持つ人間やそれが撒かれる事で影響を受けた動植物が怪物になる事です。そう簡単に魔獣化することもないとは言いますが、心が病んでしまうと視野が狭くなり魔獣化し易くなるそうですの」

「…え…っ、つ、つまり魔獣って人間が怪物になる事なの⁉︎」

「はい。悪い感情がなければ、なる事はありませんが…」


…わ、私の『乙女ゲーム計画』ってよ、邪じゃない?

だ、大丈夫かしら?

けど今のところ別になんともないし…そ、それに私はただエルフィやマーファリーに幸せになってもらいたいだけだし!


「ですが、もし魔獣化してしまっても大体は騎士団や勇士、傭兵の方々が助けてくださいますわ。負の感情は誰しも持つもの! もしお悩みがありましたらなんでもお話しくださいね! わたくし、必ずお力になることをお約束いたしますわ!」

「そ、そう…あ、ありがとね」


私もエルフィの恋を応援するわ!

…とは、エルフィの始まってもいない恋を応援するわけにもいかないのよねぇ。

いや、絶対エルフィは運命の人と出会うはずだけど!

っていうか、私が出会わせるし攻略させるわ!

…それにはまず攻略対象っぽい男子をもっと探してーーー…。


「魔獣化についてはご理解いただけましたか?」

「え? あ! ええ! 大丈夫よ!」


多分。

まあ、またわからないことがあったら聞けばいいわよね。


「では、気を取り直しまして魔石の使用練習を致しましょう」

「あ…そうね、そうだったわね」




****



…とりあえず、エルフィの封じ込めた超簡単な風魔法を取り出す、という私のノルマはこの日クリア出来なかった。

意外と難しかったのと、途中でマーファリーが色見本帳を持ってきたのだ。

カツラとコンタクトを選んでおかないといけないのよ。 外出時に装備しないとならないから。

…命がかかってるし、仕方ないわ!

でもこれがまた選ぶのが楽しくて楽しくて…ついつい盛り上がっちゃったのよね。

お昼ご飯もすっごく美味しくてお代わりまでしちゃった…!


「ミスズお嬢様、それでは明日のご予定をたてましょう」

「明日の予定?」


なにそれ、すごいゲームっぽい!

一日の終わりに…といってもまだ夕飯前だけど〜…部屋に戻ってまったり中に明日の予定を立てる!

定番よね!

マイパラメータを上げて攻略対象の好感度もアップ!

それにしても、マーファリーったらまるでサポートキャラみたいなセリフ…あなたはヒロインなんだから、そんなことしなくてもいいのに。

…あ、でもマーファリーは職業メイドだっけ。


「はい。まず優先すべき事は二つ。魔石を使用するべく魔力の練習。ウィッグとコンタクト、または髪を染める。それ以外ですと、文字のお勉強、この世界のお勉強でございますかね」

「ええ…勉強〜…」


あんまりやりたくないな〜。

私、勉強するのが嫌だから高卒で就職したんだもーん。


「ですが、この世界について知らないというのは危険を知らないことと同じ事です。それに、通訳魔法はありますが文字は練習しないと書けないんですよ」

「通訳魔法なんてあるの? へぇ、便利…」


…あれ? でも、そういえば…。


「…私、普通にマーファリーと話してるわね…?」

「はい?」

「いや、だってほら、どう考えても私のいた世界とこの世界って全然違うじゃない? 言葉も…。…どうして最初から私、この世界の言葉がわかったのかしら? …いや、全然助かったけど」

「…そういえばそうですね…? それに、今日魔力についてお勉強されている時も普通に文字を読んで理解しておられましたし…?」

「そういえば…」


マーファリーが見せてくれたタブレットみたいなやつから浮き出た文字…読めてた…なぁ?

どういうこと?


「…夕食の時にエルファリーフお嬢様やユスフィーナ様にお伺いしましょう。…それで、明日のご予定はどうなさいますか?」

「あ、そうだったわね。…うーん、やっぱり魔力の使い方が優先よね。でも、髪をなんとかしないと出かけられないんでしょ?」

「かしこまりました。それでは明日の午前中は魔力の練習。午後は髪の染色とウィッグ、コンタクトのお買い物に致しましょう」

「うん、そうするわ。よろしくね」


なーんてやってると私が乙女ゲームのヒロインみたいだわ。

ははは…もう、勘違いしないように気をつけないと……。


「…ミスズお嬢様」

「? なぁに?」

「…ありがとうございます」

「…へ? なにが?」


突然マーファリーが微笑みながら私にお礼を言う。

首を傾げる。

私何かお礼言われるようなことしたかしら?


「エルファリーフお嬢様の事です。…お嬢様はユスフィーナ様が領主になられてから、一緒にいる時間が減ってしまった事で元気がなかったんです。ですがミスズお嬢様がいらっしゃって、エルファリーフお嬢様は大変楽しそうで……」

「…え…」


あのエルフィが?

…そ、そうだったんだ…。


「こんなことを言うのは不謹慎だと分かっているのですが…ミスズお嬢様が来てくださって良かったです」

「…そ、そう? …そ、そう…へへへ、私なんかが役に立ったならよかった」

「はい」


昨日は買ったばっかりの乙女ゲームの事しか頭になくて、早く帰りたいとしか思えなかったけど。

うーん、今更だけど…私ほんっとーに異世界に来ちゃったんだなぁ。

実際魔法見ちゃったし。

でも、正直不思議と不安とか不満は、ない。


「…いや、やっぱりお礼を言うのは私の方かも」

「え?」

「だって異世界よ? 異世界来たのに…私、ワクワクしてるの」


あなたやエルフィをイケメンと恋に落とせると思うと!


「不安とか全然なくて、こうして綺麗で豪華な部屋とかタダで借りられるし、ご飯は美味しい! マーファリーは優しいしエルフィは可愛い! これって幸せなことでしょ?」

「お嬢様…」


予約してようやく手に入れた乙女ゲーム『覚醒楽園エルドラ』は出来ないけど…ある意味それ以上のゲームをプレイする事になったんだから!

頑張るわ、私!

だから私に任せてね、マーファリー!

エルフィとユスフィーナさんも!

あなたたちは、私が必ず幸せにしてみせるわ〜〜‼︎















********




コツ、コツ、とブーツの音を立てて歩く。

そしてある一室の前で歩みを止め、扉を叩いた。

どうぞ、と言う声に扉を開くと黄土色の髪と瞳の騎士が庶務机から頭を上げた。


「やあ! ハーディバルくん! 今日初めて会ったな! おはよう!」

「もう夜です。近隣迷惑だから大声はやめやがれです」


ベシッ! と、ハーディバルは十数枚の紙の束を机に叩きつける。

それを手に取った騎士は笑みを深めた。


「昨日の異世界からの誤召喚事件の報告書だな! ありがとう!」

「…いいからさっさと目を通せです」

「ふむふむ…。…………」


パラパラと一通り目を落としていた騎士は、あるページで手を止める。

写真の少女をじっと見つめ、ハーディバルを見上げた。


「で、処理はどうするつもりだね」

「そうですね…僕個人としては処罰をしたフリをして泳がせながら裏で調査をするつもりでしたが……やっぱりあんたも気になったんです?」

「うむ! …この少女…ナージャ・タルルス…」


ナージャの写真のページを開いたまま、報告書をテーブルに置く。

その様子にハーディバルも鋭い眼差しを向けた。

ハーディバルにこの『騎士の第六感』なるものを教えてくれたのはこの男。

自分一人の感覚ならば、杞憂で終わらせてもよかった。

しかし自分より遥かにその嗅覚に優れたこの男が同じところに反応したとなれば話は別。


「なんだかよくわからんが気になるな!」

「では、カミーユ副団長にあんたの名で正式に調査を依頼してもいいです?」

「ああ! 構わない!」

「…それと、これ関連でもう一つ」

「?」

「この娘が持っていた魔導書の件です」

「ああ、調査は依頼してくれたのだろう? 何かわかったのか?」


ナージャが持っていた、魔導書。

古代文字を使用されたものでありながら、紙の本という形のそれはその文字の時代を思えばありえない。

ハクラの指摘もあり、違う角度からも調べてもらったが案の定。


「『写し』のようです。つまり偽物」

「偽物? …ふむ、古代魔法の魔導書の、偽物か…。確かあるはずの解除の魔法が載っていなかったのが奇妙と言っていたな」

「ええ。古い、危険度の高い魔導書に『写し』は良くあるものです。解析したものを紙に移し替えて遺す、と言った類でもないでしょう。例えそうだとしても恐らく相当ヤバめなものがこれのオリジナルには載っていると思うです」

「…そうか…。なら『図書館』の禁書庫にもそれのオリジナルがないか調べて…」

「ありませんでした。娘の話が本当なら、ユスフィアーデ家の書庫にあったとのことですが…正直疑わしいので明日にでも調べに行くつもりです」

「ふむ…。君が自ら出向くのかい?」

「僕が行った方が早いというのもあるですが……ユティアータ付近の魔獣の目撃報告が多いのでそちらを処理して来ます。…どうもあの地方は最近魔獣が多い」

「そのようだな…。あの街もかなりの大きさだ。勇士や傭兵は雇っているはずなのだが…」

「領主が変わったばかりで手が回っていないのかもです。その辺りも確認してくるです」

「頼む」


話は終わり、一応形式上頭を下げて踵を返す。

そして扉のノブに手をかけた時に思い出したように振り返った。


「ランスロット団長、殿下や陛下は異界の者のことをなんと?」

「うむ…陛下はご興味がないようだったが…あの方がなぁ…」

「……………」


両手で顔を覆ったランスロットにハーディバルも顳顬こめかみを抑え込む。

陛下が興味を示さなくとも、歳の割に好奇心が衰えない“あの方”は必ず興味を示すだろうなぁと…まあ、大体の人間は察していた。

そしてそんな“あの方”の次に取るであろう行動も。


「…力が完全に戻るまでは大人しくしていてくださいと、兄が何度も何度も何度も何度も申し上げているのに…です?」

「…すまないが万が一見かけたら釘を刺しておいてくれ…」

「…連れ戻すの諦めるの早すぎです」

「連れ戻してくれるのか?」

「…とりあえず兄様にチクっておきます」

「…頼む…」


まあ、無駄だろう。

そんなのみんな分かっている。

“あの方”の放浪癖は筋金入りなのだ。










********



「じゃじゃーん! 次回予告の時間だよ! 第1話は楽しんでもらえた? 予告担当はハクラと!」

「ハーディバルですけど、次回早々に出番が回ってくるので帰っていいです?」

「まぁまぁ、これも仕事だと思って頑張ってよ! えーとなになに? 次回はあの人たちが登場? 誰? あの人たちって」

「僕が知るわけないです。と言いたいところですが、大体お前が悪い」

「いきなりのディスり⁉︎ まあ、俺が悪いから仕方ないか。それでは次回! 『へし折れ死亡フラグ! 乱立するフラグを選び抜き、恋愛イベントを発生させよ!』お楽しみにね!」

「…『尚、内容は変更になる場合があります。ご了承下さい』………。…帰っていいです?」











※とあるサイトで同じ異世界『リーネ・エルドラド』、ハクラを主人公にBLを執筆しましたが、今作は同じ世界設定の全く別のお話です。あしからず。


また、地味に続きます。

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