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第6話 超越せよ黒歴史! 封印されし真の力

 マズイ。マズイ。

 瞬殺か即死系の魔法は無かったか? 強そうな呪文は長ったらしいものばかりで、とても詠唱が間に合いそうにない。サリサリを引っ張り込んだ重そうな執務机も、シュナイゼルの力の前では盾にするには心もとない。


「我が前に1000の弓兵」

「出でよ金剛(こんごう)の盾!!」


 何の面白みもない、短い詠唱の防御魔法。『エターナル・ブリザード・サーガ』の主人公、アステリオが魔法剣士にクラスチェンジしたあと多用する設定だけど、生きるか死ぬかの瀬戸際の攻防の最中、いちいち発声してられるか!!


 魔軍の放つ不可視の矢の群れは、執務机をたやすく紙屑のようにズタボロにする。威力はそれにとどまらず、魔力の盾で守られているはずのわたしとサリサリを壁に叩き付け、そのまま石壁を破って城の外へと吹き飛ばした。


「うっ……ガはっ!」


 内臓を傷つけたのか、吐しゃ物に血が混じっている。


 こわい。


 戦闘でまともに怪我をしたのは初めてだ。傍らに倒れるサリサリは、頭から血を流し気を失っている。ゲームでもごっこ遊びでもない。これじゃほんとうに死んじゃう。


 こわい……こわい!


 城壁の外から剣戟(けんげき)の音が響く。ハインツの隊が到着したの? 城門まで逃げきれれば、味方の助けが――


「城門を護るのは序列54位の鏡鎧(きょうがい)のアグレスただ一柱。早めに決着が付けば良いでしょうが、長引けば彼は倍、その倍と、無限にその身を増やして行きますよ」


 崩れた壁の穴を不可視の斬撃で広げながら、シュナイゼルが歩みよる。ハインツに助けてもらうどころか、早くしないと守備隊も全滅する!?


炎鴉(えんあ)の群れよ舞え。ここは狂宴(きょうえん)の玉座。紅旗赤槍(こうきせきそう)地に並び立てり。星海(せいかい)を貫くは(あけ)の帯。向かうは白金(しろがね)の城 ――」


 やるしかない。即死魔法なんて都合のいいものは思い出せない。でも、敵の数の多さは的の大きさに他ならない。これを当てれば万騎将の軍勢の何割かでも削れるはず!


 歩みを止めたシュナイゼルは、楽しげに口元をほころばせると、思いもよらぬ言葉を紡ぎはじめた。


「そは断絶。何人も越えるを(あた)わぬ真なる壁よここにあれ――」


 そんなはずはない!? それはわたしの、わたしだけの黒歴史。

 異世界の悪魔が使えるはずは……


「そしてそは巨人を竜を(ほふ)るもの。超竜破断光(Z・エグゼキューター)!! 」

絶対虚陣断層アブソリュート・ゼロ・ウォール


 放たれた白熱する光線は空間の断層にはばまれ、シュナイゼルの髪を揺らすことさえできずに消えた。


「《《見せて貰った》》と言ったでしょう。一万の兵ですよ。斥候(せっこう)の数も一人や二人ではありませんよ」


 剣戟の音はまだ聞えてくる。だけど、長引けば長引くほどハインツたちにとって不利になる戦いだ。


「初めて目にする術式(じゅつしき)。それなりに楽しませて貰いましたよ。さて。レディをこんなはしたない姿のままで居させるのも忍びない。そろそろ終わりにしましょう」


 穏やかな声のまま死刑宣告を下すシュナイゼル。へたり込んだわたしは、ボロボロになった黒歴史ノートを胸に抱いた。


「我が右腕は5000の歩兵の剣――」


 くだらない妄想の数々。自分を慰めるためだけの薄っぺらい設定の山。

 それでもこれは、孤独な中学時代のわたしを支えてくれた大事な想い出だ。


「――我が左腕は5000の工兵の槌」


 ネタは全て割れている。

 シュナイゼルに効く魔法なんて残ってない。

 今度こそ磨り潰される。


 ふと、ノートに触れる指先に違和感を覚えた。後のほうのページが糊付けされ開かないようになっている。


 あれ、何だっけ?

 破り捨てもしないで、どうしてこんな仕掛けを……?


「あ”あ~~~~~~~~ッッ!! 思い出したァ~~~~~~~~ッッ!!」


 走馬灯のように蘇る記憶に頭が沸騰(ふっとう)し、わたしは衝動のまま両手で頭をつかんで地面に叩き付けた。


「どうしました? 絶望していまさら命乞いですか?」


 奇行に走るわたしを前に、シュナイゼルがかすかな動揺を見せる。


「逆だよ! 逆!! 今すぐ殺せって心境だよ!!」


 だけど、これでシュナイゼルを止めることができれば。ハインツやマルルクきゅん、サリサリを救うことができるかもしれない。


『どうしちゃったんだろう最近のわたし。お日様はこんなに輝いてるのに、気持ちはいつもちょっぴりブルー』


「……何?」


 戦いを忘れ、心からの意味で問い掛けるシュナイゼル。


『ぜんぶあいつに会ったせい。のっぽでクールでぶっきらぼう。だけど、ネコちゃんだけには優しいア・イ・ツ』


 困惑するシュナイゼルをしり目に、わたしは思い出すはしから、糊付けしたページに記した文章をリズミカルに(うた)いあげる。

 これは黒歴史中の黒歴史。己の記憶からも消し去っていた()()()()()!!


 あふぁッ! いたい! いたいたしい! 心がへし折れそう!!


 だけど、頭()いてるんじゃないかという魔法の数々も、この世界では本当に効果を発揮した。

 それなら、この砂糖漬けのケーキのようなだだ甘い駄文でも!!


『会えない日々はセルリアンブルー。だけどアイツの写真をみるだけで、お部屋はすっかり桜色DA☆ZO☆』


「な……何ですこの、吐き気を催すような、むず痒いような感覚は……」

「分からないの、万騎将(ばんきしょう)さん? 教えてあげようか?」


 うす笑いを浮かべながら立ちあがるわたしに、シュナイゼルはわずかに後ずさる。


 虫唾(むしず)が走るって感覚だ――と口にしかけたのを、残る全ての精神力を使って言い止める。


()()()()()()()()()()()、シュナイゼル!」


 妄想のなかだけで熟成させた、恋に恋する小娘の痛々しい妄言の煮凝(にこご)りを、必殺の魔法と同じ精度と強度で直接脳髄にねじ込まれる。

 それは序列3位にして一万の魔軍を率いる大悪魔でも、味わったことのない衝撃だろう。


 破り捨てずに糊付けで隠していたのは、数が多くてちょっぴりもったいないと思ったからだった。

 およそ105編目のポエムを謳いあげる段になって、ついにシュナイゼルの精神防壁は限界を迎えた。


「……ソースィート……ドライミクレイジー……ラヴィニュ!!!」


 頭を抱え絶叫をあげたシュナイゼルはそのまま動きを止めた。

 立ったまま意識を失っている。


「……勝った……の?」


 けれど必殺の乙女ポエムは諸刃の剣。代償は大きい。

 耳まで赤くなった顔を手で覆ったわたしは、ぷるぷると震えながらダンゴ虫のように地べたに丸まり、地の底から響くような呻きを漏らした。


「あ”あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!! ふぁ、ふぁッ!! ヴぁああああぁぁ~~~~~~~~ッッ!!」

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