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第2話 妄想せよ黒歴史! マルルクきゅんとの憩いのひととき

 パジャマ兼用の部屋着が埃まみれだということで、着替えを用意された。サリサリが着付けを手伝うというのを丁重に断り、小部屋に籠る。姿見の前の椅子に腰を下ろすと、両掌で顔を覆い、低い呻き声を上げた。


「あ”あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!」


 恥ずかしい! なにが「風牙狂乱ストームファングッ!」だ!?

 馬鹿なの? 馬鹿じゃないの?


 ひとしきり呻いて平静を取り戻す。だけど、あの黒歴史の遺産で命拾いしたのも確かだ。いったいどういうことだろう。


 何かの理由で、自分で書いた物語の夢を見てる。現実では、頭を打って病院のベットの上じゃないか?

 ――そう考えたが、サリサリやキケロというキャラクターを作った覚えはない。


 ならばここは本当に異世界で、実はわたしには秘められた魔法の力があったり?


 姿見に向かいムムムと念を込めてみるも、持ちあがったりはしない。

 ……違うか。これじゃ中二病そのものだしな!


「あ”ぁッ!! あ”あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッッ!!」


 ぶり返す恥ずかしさに、椅子の上で反り返り顔を覆う。

 鏡に映るわたしの顔は、涙目で首筋まで真っ赤だった。



 サリサリによると、ここはイスタリア王国の北の砦で、城壁の外には、魔導書『偽・万魔録(ゴエティア・オルタ)』を手にし叛旗はんき(ひるがえ)した、北方侯ラグノスの軍が迫っているのだという話だった。


 夜明けには城攻めが開始されるが、王都からの援軍は間に合いそうにない。最後の望みを掛け、魔導士であるサリサリは、知られざる異邦に住まう魔神を呼び出したのだと。


「なんだよ~~! 人型決戦兵器かよ~~?! 戦争は人間同士でやってよ~~~~!!」


 砦から逃げ出そうにも、ラグノスの軍に囲まれている。万が一戦いをやり過ごせても、元の世界に還るあてもない。


「どうすんのよ、この状況……」


 あきらめ混じりのため息をこぼしながら、用意された着替えを手にする。

 なんだ……布が少ない……レース地の部分もやけに多いような……。


            §


「あの……大丈夫ですか、サワコさま? 先程から苦しげな呻き声や、『殺す気か? いっそ殺せ!』という声が漏れ聞こえてましたが……」

「あー、うん。平気」


 短いスカートのすそを引っ張りながら、心配顔のサリサリに愛想笑いを返す。胸元は大きく開き、ありもしない谷間からおへそまで透けている。上から99・55・88のバディなら蠱惑的な魔女にも見えるだろうが、すとんとした体型のわたしに着せたところで、タチの悪い罰ゲームでしかない。


「服を用意したのはサリサリ? これしかないのかな?」

「お似合いです、サワコさま! 魔性の魅力に満ちあふれています!」


 どんな魔神を呼ぶつもりだったのか知らないけど、これはわたし向けじゃないだろう? よく見てよ?


 城内は武装した兵士が慌ただしく行き交っている。でも、サリサリに連れられたわたしを見ると、誰もが顔を強張らせ足を止める。中には壁際にまで下がるひとも。


 堂々としてればいいの? くそう、誇らしさなんて欠片もないけどな!


 開け放たれた両開きの扉の向こうでは、地図の広げられた大きな円卓を囲み、10人ばかりの男達が喧々諤々(けんけんがくがく)の議論を交わしていたが、サリサリの控えめなノックで、水を打ったように静まり返った。


「サワコさまをお連れしました」


 おどおどしながらも、どこか誇らしげな様子でサリサリがわたしを紹介する。場の雰囲気に飲まれたわたしは、キャラづくりも出来ないまま軽く頭を下げた。


「サリサリ。それがオマエの言ってた、『偽・万魔録(ゴエティア・オルタ)』にも記されていない魔神か?」

 上座に座る、赤毛の青年が声を上げる。口も悪いが目つきも悪い。


()()守備隊長、ハインツ・ローデシア卿です」

 小声で耳打ちし教えてくれるサリサリ。どうやら苦手な相手らしい。わたしの後に隠れるようにしている。


「どんだけ使えるのか知らねぇが、一人でこの劣勢をひっくり返せるほどのタマか?」


 ハインツは額に血の滲む包帯を巻いている。そういえば、廊下ですれ違う兵士たちにも負傷者が目立った。


 不意に、サリサリの言葉の意味に思い当たった。この軍は、既に将を失い敗走を重ね、相当に追い詰められているのだと。


「サワコさまは、影のキケロを鎧袖一触(がいしゅういっしょく)で蹴散らすほどの、強大な魔力の持ち主なんですよ!」


 サリサリの応えにざわめく室内。起こった出来事だけを見れば間違ってないみたいだけど、わたしに言わせりゃだいぶ盛ってる!


 かたわらに立つ従者の少年の報告で、ハインツは改めて事態を把握したらしい。


「ほう。序列30位の悪魔を一撃で……面白いじゃねぇか。その力、オレにも見せてみろ!」


 椅子を蹴り立ち上がると、ハインツは歯を剥き出しに獰猛な笑みを浮かべ、腰の剣に手を掛ける。


 まずい、バトルジャンキーだ。さっきは無我夢中で魔法が発動したけど、今度も上手くいくとは限らない。逆に、怪我させないよう手加減出来るかどうかも分からない。


「わたしの魔法は見世物じゃあない」

「……何?」


 緊張で声が低くなったのが幸いした。クールなハスキーボイスに聞こえたはずだ。自作小説『後宮のエトランゼ』の登場人物、女暗殺者黒蓮(こくれん)のセリフをまねたものだ。これも書き終えてないけど。


「サリサリはわたしを召喚しその任を果たした。わたしの腕を疑う前に、あんたは守備隊長の責を全うすべきじゃないの?」


 こわばる口元を無理やり歪めて見せる。……皮肉っぽく見えたかな?


 キケロの侵入を許した件を揶揄されたと気付き、赤毛の守備隊長は怒りに顔を朱に染めたが、やがて剣を収め荒々しく椅子に腰を下ろした。


「分かった、もう行け。マルルク、部屋を用意してやれ」


 はらはらした表情で成り行きを見守っていた、従僕の少年が駆け寄ってくる。正直わたしもびくびくものだった。漏らしそう。トイレ行きたい。

 わたしを見上げる従者の少年の眼差しに込められた、畏怖と敬意に気付くと、そんなセリフは言いそびれてしまった。


            §


「ハインツさまのこと、悪く思わないでくださいね。まだお若いのに、この難事にいきなり守備隊長をまかされて、ずっと気を張りつめておられるだけなんです」


 金髪おかっぱの従者の少年マルルクくんは、わたしにお茶の用意をしてくれながら、上目づかいで主人を庇う気遣いを口にした。


「口下手だけど、ほんとうは優しい方なんですよ」

 ふんわりと優しい笑顔を見せる。天使か。


 あの赤毛のバトルジャンキーも、見てくれだけは悪くなかった。やっぱり従者であるこの子が、怪我の手当てやお風呂のお世話もするのだろうか。主人の引き締まった肉体を前に、ふいに自分が敬意と憧れ以上の感情を抱いていることに気付き、戸惑ったりもするんだろうか。小さな胸をかき乱す、自分でも理解できない情動に突き動かされ、いつしか主従の一線を越えるような行為を――


 いかんいかん。思いもよらず(はかど)ってしまった。顔に出なかったろうな?


 わたしの顔を不思議そうに見るマルルクくんに愛想笑いを返し、お茶をひとくち口にする。芳醇な香りと温かさで人心地がついた。

 わたしが過去のオタばれ以上に恐れていることは、腐女子化の進行だった。


 web上での知り合いを見ていると、脱けるどころか隠すのも難しそうに思う。貴腐人たるお姉さま方だけではない。おそらくわたしより年下であろう子たちもたくさんいる様子。18禁じゃないからと一度手を出すと、あっという間に隠し場所に不自由するほど薄い本やグッズが増えるに違いない。そうなったら、とてもじゃないけど彼氏どころの話じゃあない。


 でも、たまに眺めてニヨニヨするくらいならいいじゃない?


 異世界だから正確には人種は違うのだろうが、このくらいの年頃の白人の男の子はまるで天使のよう。わたしも、なでなでくらいはしてもいいかなぁ。

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