表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/7

序章:紅の幕開け

 その瞬間、響き渡ったのは獣のごとき咆哮であった。人の発したとは思えない荒々しい叫び声は、半ば物理的な圧力を伴って周囲へ浸透していく。

 不意討ちで聴覚に衝撃を受け、気付いた時には地に膝を着いていた。体勢を崩して隙を見せたのを、見逃す理由はない。一瞬前まで向き合っていた男が、手にした剣を大きく振り上げたのが分かった。

「――舐めるな!」

 叫んだのも、腕を突き出したのも、自覚をしたのは全てが終わった後であった。

 気付いた時には、男は手を振り上げた体勢のまま仰向けに倒れ伏しており、その喉には自分の愛剣が深々と刺さっていた。目の前に転がって来た好機が余程嬉しかったのか、倒れた男は嬉々とした表情のまま、事切れている。突き立った剣がまるで墓碑の様に見え、アレスは自らの想像に小さく苦笑を浮かべた。

「何とか…命は拾ったか」

 自分が当たり前の様に存在するのがこれ程ありがたく思えるとは、意外であった。常に死は隣合わせにある――その教えを受け、また、覚悟もできていると思っていたが、周囲に満ちている死の匂いに影響されたのか、今の自分にとっては皮肉としか感じられなかった。

「全く…そのとおりだよ。ここには一面、死が溢れている」

 故に、思考もそれに感化されるのだろうか。周りでは数多くの呻き声が発せられているが、その内容も、治療による延命ではなく、一思いに命を絶つ事を求められている気がしてくる。

 節々が痛む体を持ち上げている最中も、それらの声は変わらず耳に届いてきた。

(ここで俺に、なにができる)

 例え慈悲をかけたいと思っても、全てを救うのは不可能だ。今、一部の見ず知らずの者を救ったとしても、それはただの自己満足に過ぎない。ただ、目の前の死から離れたいだけの、逃避だ。

 何よりも、逃げ出す前にまだやる事がある。

「戦況は…どうなっているんだ」

 戦はすでに大部分が乱戦となっていた。アレスの周囲に横たわるのも、自分と似た鎧兜を着けた者と、獣革で身を固めた物とが縺れ合うように倒れ伏している。呻き声を上げる事ができるのは、ましなほうであり、大半はすでに意識も命も留めてはいない。

 残るのは必然的に腕と運を兼ね備えた者。そして、戦のおこぼれに預かろうとする者ばかりであった。

「はは…いい鎧を着けてやがる。名のある首だろうな」

 すぐ後ろから聞こえてくる内容に、アレスは内心ため息をつく。

 戦場では、自らの望まぬ敵と出逢う事は数多く、逢わなくてもいい類いの存在と出逢う事もまた事実であった。振り向いた先に立つ、先の男の同族と思われる3人組もその類いであろう。お世辞にも善人には見えない者達が戦場を徘徊するのは、負傷者を救出しよう等という慈愛の精神からではなく、そこに利益を求める故だ。

「剣も鎧もいい値で売れそうだ…あまり傷を付けるなよ」

 3対1という有利な状況が余裕の根元であったのだろう。物腰から見た分では、個々での戦闘ならば問題は無いが、3人がかりともなると、確かに厳しい、という状況であった。が、わざわざ相手に付き合うような義理もない。

 突き立ったままの剣の方を見もせずに柄を取ると、喉元から引き抜いた勢いで、そのまま刃を叩き付ける。一瞬の内に放たれた斬撃は、一番手前にいた左端の男の胸元から肩にかけて、真っ直ぐに抜けた。

 その事に気付いたのは本人が最も遅く、残る2人の顔に驚愕の表情が浮かんだのが見えた後、一拍遅れで絶叫が響いた。

「一つ!」

 跳ね上げた剣先は、元から決められた道をなぞるように、無駄の無い軌跡で2人目の男に迫る。半ば反射的な行動か、男の手にした槍が構える様に動いたのが見えたが、すでにそれは無意味な行為であった。

「二つ目!」

 さすがに3人目までを奇襲で片付けるのは無理であり、喉元を狙った突きは、手にした剣に止められていた。袈裟懸けに切られた二人の男がぐらりと揺らぎ、地に倒れ伏す。それと同時にアレスの腕が霞み、目にも留まらぬ動きでその手の剣を叩き落としていた。

「これで、三つ!」

 一瞬の内に入れ替わった有利な立場にある故か、最後の呟きには余裕の色さえ見て取れる。命を狙われた以上は容赦をするつもりも無かったが、そこに油断が無かったとも言い切れなかった。

 武器をすべて失った男は、後ずさって少しでも遠ざかろうとしていたが、何かにつまずいたのか、前触れなく転倒する。尻餅をついた男に剣を突きつける格好となり、その無様に歪んだ表情を見ていると、逆に脅迫している気になってきた。

「おい――」

「ひぃっ!」

 声をかけようとした瞬間、男の発する悲鳴と共に、顔面に軽く衝撃を受けた。地面の一部を投げつけられたと気付いたのは、目に受けた衝撃で視界が霞んだ後。怯んでいたのは一瞬であったが、何をするにも十分な間がある。

 視界が回復した時には、脱兎の如く駆け出した男の後ろ姿だけしか見えなかった。二人の仲間の亡骸も、かき集めたと思われる高級な武具や装飾品も、殆んどが投げ出されている。

「…酷い物だな」

 あまりに全ての物が安く扱われすぎている。少年らしい潔癖な感情で吐き捨てたが、それもすぐに振り払われた。感傷に浸っている暇など、今の彼にはない。

「この音…」

 目の前に広がる森の奥から微かに聞こえてくるのは、鋼が打ち合わせられる音。それも、一人二人ではない、間違いなく数百単位の規模であった。

「まだ、続いてる――!」

 周囲を見渡すと、乗り手を失っている軍馬がちらほらと見受けられる。その中の一体に目をつけると、アレスは急いで傍に駆けつけた。屍と武具の山と血溜まりのせいで、お世辞にも走り易い環境とは言えなかったが、何度かつまずきながらもたどり着き、手早くその身を確かめる。

 立派な体躯には、こしらえも見事な鞍と手綱が取り付けられており、元の持ち主の地位と趣味とが垣間見える。周囲にそれとわかる様相の者が見あたらぬ事から、本来の乗り手とははぐれたのかもしれない。その距離が、戦場というごく限定された場所での事なのか、それとも、もはや生きては出会えぬ場所での事なのかは判断がつかなかった。

「申し訳ないが、相棒をお借りするぞ」

 見えぬ相手に断りを入れるのはナンセンスであったかもしれないが、自然と口を突いて出てきていた。形見とも、迷い子とも知れぬ馬だが、その足取りはしっかりしており、手綱を引くと素直に従うことからも、相当の良馬であることは確かであり、礼とけじめのつもりだった。

 その鞍にまたがる瞬間にも、木々の向こうからは小さくとも激しい争いの音が聞こえてくる。

(さて…どれだけ時間を稼げるかな?)

 今更、一人の加入で劇的に戦局が変わるとも思えないが、それでも決意は変わらない。

 手にした手綱によって急かすのは、馬だけではなく、自分自身に対してもだった。


「いくぞ!」


 気合の声も新たに、アレスは紅に染まる戦場にただ一騎、駆けつけていった。

 架空の世界、架空の国にある歴史の幕開けです。まだまだ初心者の身ですが、今後、楽しんでもらえれば幸いです。


 評価や添削など頂ければ、励みになり、もっと面白い作品にする意欲がわく為、よろしければご記入ください。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ