二章 普通には戻れない②
「やぁ、ようこそ」
穏やかな声で悠を迎えたのは、スーツに身を包んだ男性だった。
歳は五十くらいだろうか、笑みを浮かべる顔には薄らと皺が浮かんでいる。
部屋の中央を囲うように並んだ長机、その上座に腰を下ろしている。
その隣には、白髪が混じる初老の男性が同じくスーツを着込んで座っている。
側面の席には向かい合うように、見覚えのある少女が二人、視線を投げかけていた。
一人はニッコリと笑顔を浮かべ、申し訳程度に手を振っている。
一人は机の上に足を放り出し、悠を見るなり不機嫌さを顕にして舌打ちを漏らす。
「あの、ここは……」
「まぁまぁ、その事は後で話すからさ。座って座って――ひかりちゃんの隣が空いてるでしょ、どうぞどうぞ」
促され、ひかりの隣に座る。向かいには、ハルが髪を靡かせ悠然と着席していた。
パイプ椅子の軋む音が、嫌に大きく感じられる。まるで面接でも始まるかのように、重苦しい雰囲気だ。
「さて……まずは自己紹介しようか。僕のことは知ってるかな?」
口を開いたのは、上座に座る男性だった。
入学してまだ間もない悠にとって、それは酷な質問である。それを知ってか知らずか、男性の顔には期待の色が浮かんでいる。
「先生……ですか?」
「あはは! そうだね、先生で間違いないよ――校長、だけどね」
はたと気づき、謝ろうとするが――校長の笑い声が悠を制した。
「ははは、そうだよね。始業式も忙しくて顔も出せなかったからね。知らなくて当然、当然――あはは。
じゃあ、こっちの人は知ってるかな?」
と、校長は自らの隣を指差す。さも『今度は当てられるかな?』とでも言いたげに。
「えーと……」
校長の眼差しに戸惑いを見せる悠に――初老の男性が嘆息で応える。
「オヌシは、教頭の顔も知らんのか」
校長とはうって変わり、全く以て不愉快だと言わんばかりの表情で悠を睨む。
「うぐっ……スミマセン」
「あはは、しょうがないねー。でも、こっちの姿は知ってるんじゃないの?」
その言葉を皮切りに、教頭は静かに立ち上がると掌で顔を隠す。
すると、小気味よい音と共に煙が全身を覆い隠した。
「ふん、まぁコチラが本当の姿だからな」
瞬く間にその姿は縮小され、金色の毛並みが生えた狐の姿へと変貌していた。狩衣を整えると、机上へと降り立つ。
「ふ、フーちゃん……さん」
ひかりらが列席する中で、彼が姿を現すのは当然のことだった。だがしかし教頭という肩書きを持っていたことは――悠の視線は、すぐさま校長へと注がれる。
「賢いね。そう、フーちゃんを教頭に頼んだのは僕だもんね。そんな奴が普通の人間であるはずないもんね」
屈託のない笑顔に、陰りが混じる。
「初めまして。伊邪那岐命……と言えば解るかな」
悠の全身に、ぞくりと悪寒が走る。
伊邪那岐命――神世七代の一柱に数えられる格の高い神であり、日本の大地を創造したとされている。
生み出した神々は森羅万象を司り、代表は伊勢神宮に祀られている天照大神などが存在する。
そんな神様が自分に、一体何をしようというのだ――。
悠の目つきは自然と鋭さを増す。
「あはは、そんな睨まないでよ。別にとって喰おうなんてしないから」
「では何故、僕を呼んだのですか……自己紹介なんてして、何の意味があるんです」
その言葉を聞きとがめ、校長は卑しく笑う。
そして、ゆっくりと悠に人差し指を向けた。
「それはね――君に、この『神様部』に入部してもらうからだよ」