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二章 普通には戻れない①

 六時限目を終えたところで、講師の言葉などただの一つも耳に入ってはこなかった。促される如くページをめくり、書き殴られたノートは一切の纏まりもない。

 くだんの保健室以降、まるで魂を置き忘れたかのように意味を失った時間を過ごしていた。

 

 教室内の喧騒が遠くに聞こえる。

 悠は重たげに帰り支度を整えると、おぼつかない足取りで教室を後にする。


「そこの傀儡かいらい


 鉛のようにのしかかるリュックがわずらわしく感じる。

 ――もういい、置き勉でもしよう。

 悪魔のささやきに頷き、振り返る。無機質な廊下だけが視界に広がっていた。


「……そこの傀儡!」


 ようやく耳に届いたそれに目をあげると、少女が切れ長の眉を釣り上げていた。

 下地の黒に、血のような深紅の蝶が飛び交う彩色の着物身を包んでいる。背筋を伸ばし、穿たんとばかりに鋭い眼差しを向けている。


「耳が飾りでしたら、初めからおっしゃってくれません? 声を出すのも苦労なので」


 切れ長の瞼を細め、あからさまに不機嫌をあらわにする。


「あの、誰?」


 声を出すのが疲れるのは、悠も同じだった。

 朝の騒動で精神体力ともに底をつき、もはや一刻も早くプライベートな空間に浸りたい気分だ。


「なるほど……その右手に聞いても、なお忘れたと申しますか、ね」


 瞬間、高らかに心音が鳴り響く。緊張・動揺・恐怖の感情が一斉に顔面を襲う。

 悠の様子を見とがめると、口角を上げ歪な笑みを浮かべた。


「は、ハル……さん!?」


「えぇ、そうですよ。今朝はどうも」


 腰まで伸びた黒髪を靡かせ、軽く会釈する。

 機嫌を直したのか、持ち前である眉目秀麗(びもくしゅうれい)の顔立ちに戻した。


「あの、なんで……今朝の、あれは一体――」


 矢継ぎ早に疑問を投げかけるが、ハルの溜息がそれを阻む。


「失礼。その話はのちほどということで」


 返答を待たず、(きびす)を返すハル。

 悠はただその後をついていくしかなかった。



     ・     ・     ・     ・     ・     ・


 

 沈みゆく太陽が、廊下の奥を照らし出す。出口の見えないトンネルを突き進むが如く、ハルの後ろについていく悠。

 下校時間の過ぎた校内は、日中の喧騒が嘘のように静まり返っている。

 窓の外を見やると、部活に青春を注ぎ込む生徒たちの姿が見えた。


「着きましたよ」


 突き当たりの廊下の前で立ち止まる。無機質な壁が終着地とでも言わんばかりだ。


「――これを」


 向き直り、ハルが何かを差し出す。

 手の中には、赤白の糸で縫われたお守りが収まっていた。

 おそるおそる受け取り、視線を上げる。

 すると、驚くことにコンクリートの壁がうっすらと色を失い――まるで初めから存在しないかのように、奥に続く扉が姿を現した。


「なっ……」


 目を白黒させる悠をよそ目に、ハルは扉に手をかける。そのような反応など毛ほどにも興味がない、と言いたげに。


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