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一章 三人の落ちこぼれ共⑥

 静止の声も聞かず、ほのかは気だるそうに保健室を後にした。見捨てられた狐宮司きつねぐうじは小さな嘆息たんそくを吐き、やれやれと肩を落とした。


「……揃いも揃って、バカモンが」


 静かに木槌きづちたもとへと戻されると、悠はその場へ崩れ落ちる。

 刃をひいた――その意味はつまるところ、これ以上続ける意思はないと示していた。


「その名を出す以上、どうなるか解っているのだろうな」


 問いかけるが、ひかりは迷いなく頷く。


「解ってるつもり」 


「つもり、か……ふふ」


 何かを察したように、含み笑いを浮かべた。

 校長という人物も、彼らと深く関わりがあることを物語っていた。


「誰の入れ知恵だ?」


「他の誰でもない……ボクの意思だよ」


「言うようになったわ」


 狩衣かりぎぬなびかせヒラリとひるがると、狐は瞬く間に姿を消した。

 その様子をただ呆然と見守っていた悠は、ようやく安堵あんどのため息をついた。


「「はぁぁー……」」


 重なった嘆息は、ひかりのものだった。膝を折り、糸が切れた人形のようにへなへなと尻をつく。

「こ、怖かったぁー」


 その姿は先程まで啖呵たんかをきっていた人物とは思えなかった。思わず、笑みがこぼれる。

 それを見咎みとがめると、ひかりは顔を真っ赤にして俯いてしまう。


「ボ、ボクだってこわいもん……先輩、本気だったから」


 はたから見れば、彼女は普通の少女も同然であった。


「あの、なんで俺を――」


 言い終えるまもなく、ひかりは理解したかのように応える。


「キミが、助けてくれたから」


 まだ涙が浮かぶ目を細くした。もろく崩れそうな笑顔ではあるが、彼女の誠意が感じられる。


「その、ありがとう……」


 経緯を表し、悠は頭を下げたところで――ひかりの胸元の異変に気づいた。

 控えめな胸のふくらみが突如として、充填中の風船のように質量を伴い始める。もはや、はち切れんばかりに張り出したひかりの胸に目を奪われる。


 もはやサイズはH――いや、Jカップまで膨れていた。華奢きゃしゃ体躯たいくに見合わない巨乳……制服の下は一体どのようになっているのか、悪しき妄想が膨らんでいく。

 だが、すぐにその想像は裏切られた。

 成長しきった胸が、唐突に暴れ始めた。それは胸特有の揺れではなく、まるで何かが這い出てくるような――


「上手くいきましたね、ひかり」


 茶色の羽根をまき散らしながら、上着のすそから姿を表したのはにわとりのようだった。


「あ、ハル!」


 爪を鳴らして降り立つと、その相貌そうぼうが明らかとなる。

 ギラつく両眼に鋭くとがったくちばし養鶏ようけいとは一線を超えた体格の大きさは、まさしく軍鶏しゃもであった。


「まったく――泣かないと言いながらあなたのまぶたに浮かぶソレはなんなのでしょう? こちらも肝を冷やしましたよ」


「う……銃を向けられるなんて思ってなかったもん」


 ハルに確信を触れられ、しゅんと肩を落とす。


「まぁ、あのチビは撃つ気だったでしょうね……それでもアレを納得させたのです、自信を持つと良いですよ」


 ひかりの姿を見かねたのか、フォローする軍鶏。どうやらハルは、かの先輩やフーちゃんとは違い、ひかりの味方についているようだ。

先ほど聞いた『誰の入れ知恵だ』という狐の言葉が、今にして理解できた。彼女の助力を得て、ほのかとフーちゃんの説得を行ったのだと。


「ありがとう。あとは校長先生の指示を待つだけだね」


「不本意ですが……ね。本当に余計な物を拾いましたね」


 腰を下ろしている悠を、首を高くして軍鶏が見下ろす。それはおおよそ動物が何かを見た、という眼差しではなく喰らうにしても面倒な獲物だ――そう一瞥するかのような、極北きょくほくの冷たさを込めたまなこだった。


 ほのかやフーちゃんが表した態度を殺気と捉えるなら、ハルのそれはまさに排他である。


「あの、その……ハルさん」


 一層、冷気を纏った軍鶏の眼差しが悠を見やる。


「助けてくれてありがと――っ!?」


 せめてもの握手をと右手を伸ばしたところで、鋭い痛みに腕を引っ込める。


「――気軽に触らないでくれます? 人間」


 軍鶏はショベルカーのように、しかし素早い動作で鋭く手の甲をいだ。引き裂かれた皮膚が、その鋭利えいりな爪の先に残っている。


「ハル!?」


「黙りなさい。私も多少はいきどおっているのですよ?」


 ペッ、とえぐりとった皮膚を払うと冷徹れいてつな目はひかりに向けられた。


「我々の目的、忘れたわけではないでしょう? 回り道は嫌いなのですよ。できるだけしたくないのです」


 氷点下まで落ち込んだその双眸そうぼうは、まさに覗き込めば目をえぐられるかのように恐ろしく怪しく光っている。


「……ゴメンね」


 ひかりは頷くと、ハルに一度、悠に一度頭を下げる。


「まぁ、いいですよ。私は授業もあるので戻りますよ」


 言い終えると、軍鶏はチャカチャカと爪を鳴らして保健室の窓際に立つ。出血を抑える悠はその様子を見守るが――ふと、ハルと目が合う。


「何をしているのです、人間。私が出られないでしょう?」


 あごで窓の取手とってを指す。慌てて手をかけると、耳元に嘴が近づいた。よもやと身をこわばらせるが、訪れたのはギロチンの音にも似た言葉だった。


「ひかりに感謝しなさい……腐れゴキブリ。本来なら、あなたのような目障りはとっとと消しておくべきだと思っていますので」


 悠は、身体中の温もりが抜けていった。

 この鶏はひかりと同じような味方ではない――そう確信する。

 力なく窓を開け放つと、軍鶏は鼻を鳴らしてわずかな隙間から外へ抜け出していった。

 自らを王将に例えると、詰みの一手が増えた瞬間だった。

 飛車ひしゃと角将が睨む中、影から静かに控える桂馬けいま――ハルが音を鳴らして盤に舞い降りた瞬間である。


「――ゴメンね。ハルは悪い子じゃないの」


 沈黙の後、ひかりが口を開いた。


「ちょっと、人間が嫌いなだけだから――手当てするね」


 目を伏せながら、慣れた様子で棚の残骸ざんがいから救急箱を掘り起こした。

 ガーゼに消毒液を宛てがい、包帯でテーピングを施す。

「ありがとう――よく解ったね、救急箱があるの」



「うん、いつも保健室でお手伝いしてるから――もう慣れちゃったよ」


 無垢な笑みを浮かべるひかり。

 彼女を中心として取り巻く狐、ほのか、軍鶏。一体彼女たちは何者なのか。湧き上がる疑問を口にしようとした瞬間、扉が開かれた。


「――失礼します。ほのか様から修繕しゅうぜんと諸々の依頼がありましたので」


 作業着をまとった男が四、五人現れる。


「あ、ご苦労様……キミ、行こ?」


 包帯の巻いていない左手を引いて、出口へと促される。


「ちょ、ちょっと……あの人たちは?」


「あれは先輩――ほのかちゃんの知り合いだから大丈夫。壊れた棚とか――キミの友達の処理をしてくれるの」


 言いづらそうに、谷口の方を見やる。


「気の毒だけど、あの子の記憶は消させてもらうね。キミを抱えるだけでボク達は精一杯なんだ」


 悠としても、今朝の記憶は消してもらいたかった。友人の悪行も自業自得である。口は挟まず、頷いた。


「じゃあ、ボクも行くね。キミも授業に遅れちゃダメだよ」


 保健室の前で別れを告げ、ひかりは足早に階段へと消えていく。


 怒涛どとうの時間が過ぎ去っていった。

 拳銃を所有し、学生でありながら煙草をたしなむという暴挙を平然と行う上級生。宙を舞い、理解できない力を操るミニサイズの狐宮司。敵対心をむき出しにする軍鶏のハル。そして、バスの中で出会った謎の少女――ひかり。


 未だ熱を帯びた右手だけが、それらは「夢でない」と訴えかけていた。


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