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一章 三人の落ちこぼれ共③

 一階の廊下は登校する生徒で溢れかえっていた。そんな彼らが階段を上がろうとすると見えてくるのが職員室である。二階から上が教室である為に生徒の往来は少なく、静まり返っていた。

 それが余計に悠の気持ちを落ち込ませた。

 職員室の前で立ち止まる。木製のドアが重厚な鉄の門のように見えてしまう。


「気楽に行こうぜ。ゆう


 谷口に言われ、深く深呼吸をする。

 目配せをすると、ドアに手をかけた。


「おい」


 ふいに、背後からの声に振り向くが、そこには誰もいなかった。

 不可思議なことだと首を傾げると「下だバカ」と投げかけられる。

 見ると、自分の肩に隠れるように立っていたのは一人の女生徒であった。

 身長は百三十センチほど。二箇所を結ったツーテールに、絹糸のように細く鮮やかな金茶色の髪。気づかなかったことに腹を立てているのか、目頭を釣り上げて不満を露にしている。


「先輩、何か御用ですか?」


 女生徒を見て感づいたのか、谷口が応対した。

 彼は一年生全てと知り合っているため、恐らく初対面ということから上級生と推測したのだろう。彼の勘が当たったのか、少しだけ目力が緩む。


「おう、ちょっと聞きたいことがあるんだよ」


 と、手に持っていた布袋を見えるよう差し出す。


「コイツ、知ってるか?」


 見せられたのは神鳥かんどりゆうと書かれているネームの刺繍。よく見れば、それは今朝バスに置き忘れた体操服と入れ物の袋であった。


「あ、それなら――俺です」


 と、満面の笑みで谷口が答える。


「は!?」


「何を言っているんだい谷口君。いやーよかったよかった、今日バスに置き忘れちゃったんですよ~ハッハッハ」


 驚く悠を尻目に、谷口は続けた。


「じゃあそういうことで、谷口君。キミはしっかりと怒られてきたまえ」


 童話に出てくるお調子者と、彼の面影が重なって見えた。


「ほ~、お前のか」


「そうです、僕が神鳥悠です! いやー助かりました、ありがとう御座います先輩!」


 まんまと体操服を受け取ろうと、手を伸ばす。


「そうか……たしかに返したぜ」


 小さく呟くと、女生徒の身体がくゆらんだ。

 瞬間、体操服を掴んだまま谷口の腕をすり抜け腹部へと拳を打ち込まれた。


「ひゅけっ!?」


 掠れるような悲鳴と共に、その場に崩れ落ちる谷口。

 放たれたのはストレート。その一撃はまさに見事なものであった。

 腹部を殴るにはボディーブローが一般的であるが、背の低い女性徒は拳を前に突き出すだけで事が足りる。また、ブローのような肘を曲げた状態では体重が乗らず、弧を描くような軌道では速度も落ちてしまう。

 しかし、ストレートの場合は目標へ一直線に伸びるため速度は落ちにくく、肩を突き出すことで体重も乗せられる。


 まさにプロボクサーが放った一撃のそれである。素手であれば大事故になっていたが、幸いにも少女が掴んでいた体操服がグローブの役割を果たしたようだ。谷口は小さく唸りながら、床に突っ伏している。


「ひかりの借りは返させてもらったぜ!」


 その言葉に、悠の心臓が跳ね上がる。

今朝の悪夢が、頭の中で反芻される。小さな狐を連れた、かの少女の姿が鮮明に浮かび上がった。

 一方、彼女は谷口を心配する素振りなど一切無い様子で吐き捨てた。


「いいか! 次に何かしやがったら、タマ切り落としてグズの家系を根絶やしに――」


「バーカもん!!」


 彼女の言葉を遮り現れたのは、今朝見かけた狐宮司だった。彼女の背後から姿を現すと、脳天目がけて木槌きづちを振り下ろした。

 薪でも叩き割るかのような勢いだ。迷いなど微塵もない。

 見事にクリーンヒット。鈍い音が廊下に響く。


「あいだっ……何すんだよフーちゃん」


「何をするではないわ! ほのか、お前が持ち主に返しに行くというから任せたというのに……見ず知らずの者をいきなり殴るとはどういう了見じゃ!」


「はぁー? 誰も落し物だけを返しに行くとは言ってねえだろ。一緒にひかりを泣かした借りも返しただけじゃんか」


わっぱのように揚げ足を取りおって――お前がそんな振る舞いをするから、ひかりや春に示しがつかんと普段から言っておるだろうが! 加えて、お前が殴ったのは神鳥某ではないわ!」


「だってこいつが神鳥悠だっていうから……そうだよな?」


 困った様子で、悠に問いかける。

 なんと答えたらいいのか。自分の中で試行錯誤するものの、どれもさして変わりないことから、ため息混じりに答える。


「倒れている彼は神鳥悠じゃあないです」


「じゃあ、誰だよコイツ」


「ただの、体操服を忘れたクラスメイトです」

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