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一章 三人の落ちこぼれ共②

 木槌を袂に押し込み、顔を上げたところで――ソイツと目が合ってしまう。

 ギロリと獣の鋭い瞳が眼を穿うがち、思わず顔を背けた。

 頭の中で非常ベルが鳴り響いた。関わってはいけないものだと、本能が告げている。


 悠は、いつぞや見た心霊番組での一言を思い出した。

『見えてはいけないものと、目を合わせてはいけない』と。まさに今がその時だと言わんばかりだ。

 きつね宮司ぐうじは浮遊したまま眼前へ回り込む。

 怪しまれているのは明白だった。


 目の前にあるものは見えていない、気のせいだ――頭の中で必死に反芻はんすうさせた。

 狐の奥に焦点を合わせる。そこには、いつもと変わらない光景が流れていた。自分だけが、平穏という日常からつまみ出されている。


 狐は羽虫はむしのように顔の周りを飛び回る。何かに似ていると頭を過ぎったが、すぐに思い当たった。

 死んだふりをした獲物を疑う、熊の仕草だ。

 様々な角度から、狐の目が突き刺さる。一挙手一投足に、無駄な感情が表れてはいけない。紛らわすため、咄嗟にスマートフォンを取り出す。 


 だが、すぐにそれが命取りだったと痛感した。

 握った右手が、僅かに震えている。

 無表情の仮面は被ることはできるが、それを手にはめることは出来なかった。


――見られたか!?


 急いでスマートフォンをポケットにねじ込む。挙動は明らかに不自然だ。

 背中から殺気を感じ――悠は覚悟を決めた。


「うわああぁ!」


 と、静寂を破ったのはひかりの泣き声であった。


「キミのせいで、キミのせいでぇ~!」


 滝のような涙を流し、恩人である悠にしがみ付く。


「責任とってよぉぉ、ボクの大切なものを返してよぉぉ~!!」


 ひかりの悲痛な声に気付いた乗客は、なんだなんだと視線を集め始める。

 痛い、痛すぎる。好奇の目が、彼女の攫む手が。

 泣きじゃくるひかりの手を振り払い、まだ開いたままの昇降口から飛び出した。


 背中からは、少女の泣き声と幾人かの静止する声がするが、止まるわけにはいかない。あの狐の目は、明確な敵意を持っていたからだ。

 結局、バスを一本遅らせて学校へと向かうハメになった。


 

     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・     ・



「おい、元気がないなぁYOU!」


 一連の騒動から三十分後。気苦労と体操服を置き忘れてしまったことから、顧問への言い訳に憂鬱になっていた。その様子を察したのか、彼の肩を叩く一人の男子学生。


「なんだよ、谷口」


 谷口たにぐちと呼ばれた男は「おっと、生きていたのか」と軽快に笑う。

 常に気さくで底知らずの笑顔超人。僅か一ヶ月で、男女を含めた同学年全員とメールアドレスの交換、ツイッター・ラインの相互フレンドを結ぶという偉業を達成したのだ。

 彼曰く、小学一年生の時点で友達百人作ったとのこと。


 そんな人見知りのしない谷口だが、他に知り合いがいるというのに悠へ積極的に話しかける。問いただしても言葉を濁すため、次第にどうでもよくなってしまうのは彼の思惑なのだろうか。


「いや、ちょっとな……バスに体操服忘れたんだ」 


「あ~、そりゃ災難だ。体育の是岩、五月蠅うるさいもんなぁ」


 谷口は同情するように、額をパチンと叩く。

 体育教師の是岩これいわ五郎ごろう。通称『ザ・ロック』


 髪型はパンチパーマ、レスリングとアマプロレスリング、アルティメット同好会に所属し、鍛えぬかれた筋肉の塊。その風貌ふうぼうはWWE所属の某プロレスラーに似ていることから、その異名をつけられた。頭の中まで筋肉で構成され、融通が利かない純・体育会系である。

 忘れ物はビンタ、三十分ランニングなどのスパルタ教育を行うことから、生徒から嫌われていた。


 だからこそ、念には念を以てと用意をしていたのだが、悠は失態を犯してしまった。まさか困っていた少女を助けていたら体操服を置き忘れたなどと、谷口は愚か、是岩に言えるはずもない。


「ま、授業始まる前に是岩んとこに行こうぜ。みんなの前でビンタ喰らうのは嫌だろ?」


 谷口の提案も最もだった。クラスメイトの前で醜態を晒すよりも、職員室で済ませた方が目立たなくていい上に、事もスムーズに運ぶ。


「さ、闘魂注入されに行こうぜ。俺もついていくしよ」


 職員室に向かう悠に連れ添うよう、谷口も歩き出す。


「谷口……付き添いはありがたいんだが、一人で行くよ」


「気にするな。俺も体操服を忘れたのさ」

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