表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/13

一章 三人の落ちこぼれ共①

 春先の暖かい日差しが差し込む、早朝のバスの中。

 車内には学生やスーツ姿のサラリーマンが大半を占めており、眠た気に瞼を擦るもの、何かに思いふける者など様々であった。 


 石動いするぎ高校の一年生、神鳥かんどりゆうは前から二番目、左の一人席に座っていた。

 バスの構造上、前輪の後ろに設けられた座席は足場が窮屈きゅうくつで、膝を曲げて盛り上がった前輪に足を乗せるしかないのだ。

 好んで座る人は少ない。だが、この窮屈感が彼には心地よかった。自分が座れるだけの最低限の空間で、パズルのピースのようにピタリとはまっているように感じられる。

 乗客たちは、発車までしばしの余韻よいんを過ごしていた。


 ただし、一人の少女がやってくるまでは。


 その少女は、慌ただしく車内に駆け込んできた。

 肩まで伸びているのは絹糸のように細い髪、色は烏の濡羽ぬれはのよう。息を切らしながら、定期入れを取り出したところで――しばし、硬直する。


「あれ……?」


 あどけない顔立ちに、焦りの色が混じる。鞄の中を引っかきまわしながら、しきりに疑問の声をあげていた。


「ちゃんと入れたのにぃ……うん、寝る前に確認したんだってばぁ」


 時折ときおり交る、誰かと話しているようか声は、焦っているためなのか。乗客も少女の異変に気づいたのか、徐々に視線が集まって行く。

 周りの乗客の重圧が、バスの中を陰鬱いんうつとさせる。

 それに気づいたのか、少女の手の動きは荒々しくなっていく。悠はこの空気がとても嫌いであった。


 誰も助けようとはせず、ただ少女が定期を見つけ出すか諦めるのを願っている。手を差し伸べることはせず、陪観という名の外野に立ち、困っていても関わろうとしない。むしろ、無言の圧力をかけて目の前から追い払おうとする。

 その考えが、気に入らなかった。


 幸か不幸か、身にまとった制服は悠と同じ学校のものである。

 悠はサイフの中身を確認すると、狭い空間から芋虫のように座席から這い出る。念のため、席を取られないように体操服を残して、運転席横の精算機へと向かう。


「あのー……この娘、知り合いなんで」


 精算機に二百円を放り込むと、軽快な音と共に『入金完了』と液晶に表示される。乗客たちはやれやれといった様子で、みな自分の世界へと戻っていく。


 悠もそそくさと座席に戻ろうとした矢先、右腕がピンと張る。


「え?」

 見ると、先ほどの少女が俯いたまま右の手首を掴んでいた。

 少女のてのひらは羽毛のように柔らかく暖かい。けれども、力はしっかりと込められている。


「なんで……」


 しぼり出すかのようにか細い声で、少女は訴える。


「なんで助けちゃったのぉ……!!」


 目には大粒の涙を浮かべ、唇はわなわなと震えている。

 てっきりお礼の言葉を言われると思っていた悠は、戸惑いを隠せなかった。

 何故助けたのか……それは困っていたからでないのか。頭の中で返答の組み立てをしていると、不意に少女の鞄から何かが飛び出した。


 とても小さいそれは、涙目の少女の脳天を足蹴にし、跳躍する。

 体長は三十センチ程だろうか、狩衣かりぎぬを身に纏い、はみ出た手足はふさふさの毛並みで獣のものだ。烏帽子えぼしを被ったその姿は、まさにミニチュアの狐宮司きつねぐうじである。


「ふ、フーちゃん……」


「この――バカもんがぁ!!」


 フーちゃんと呼ばれた小さな狐は、犬歯けんしをむき出しにして吼える。


「満足に人間を助けられないどころか、人間に助けられるとは何たる体か、ひかり!」


 ひかりと呼ばれた少女の目の前に降りてくると、ズビシィとおうぎを突きつける。


「で、でもボクは助けてなんて言ってないよ!」


「お前は誰かに助けてくれと言われんと、救いの手を伸ばさんとでもいうのか!?」


「う……」


 確信を突かれたのか、ぐうの音も出ない様子だ。


「そういうところが神としての自覚が足らんというのだ!」


 と、フーちゃんは袂から小さな本を取り出した。シンプルなデザインでイラストなどは見受けられない。

 それを真上に放り投げると、小気味よい音と煙の演出によって、手帳のようなものに姿を変えた。

 白色を基調とした、ボタンで閉じるタイプだ。

 そして、どこから取り出したのか身の丈大の木槌を振りかぶる。


「規定により、スタンプボッシュート!」


 その声を引き金に、パチンとボタンが外れ手帳が開かれる。

 一見、手帳と見えてとれたそれは、分厚いスタンプ帳であった。

 勢いよくスタンプの押された紙へ木槌を振り下ろす。

 すると、みるみるうちにスタンプの跡が剥がれ、フーちゃんのたもとに引き寄せられていく。


 ひかりは小さな嗚咽おえつを漏らしながらも、その光景を見守ることしかできなかった。

 同様に、悠もまた一人と一匹のやり取りに呆然とし、立ち尽くしていた。

 十六年間という短い人生であるが、物事の分別くらいはできる青年として成長してきた。だが、目の前で起きた出来事に理解が追いつかなかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ