下
つづきでおわり
城の中庭、煌々とたかれたかがり火と月あかりの下。
しゃべる馬「はい、それではたのしいたのしいお祭りの宵、最後の最後のおたのしみ、勇者決定祭をはじめます。えー、みなさまたいそうお待ちかねのなか、わたくしが四の五のしゃべっていてもしょうがないので、わたくししゃべる馬ですが、しっかと口を閉ざし、ただのあまり走らない馬になることにします。それでは、とっとと出てきやがってください。選手が舞台にあがったら、その時、時をおなじくして勇者決定祭開始です!」
剣士、弓使い、スカンポ吸い、謎の男、入場。
妹「姉さん、ビバリの姿が見えないわ」
姉「あらやだ、逃げだしたのかしら」
妹「それじゃ、あたいたちの塚はどうなるっていうのさ」
姉「しようがないわね。それなら逃亡力士塚にするっていうのはどうかしら」
妹「そりゃあいいや! 力士が逃げた塚なんて、つくろうったってつくれやしないもの!」
姉「そうね。きっと歴史になるわ」
姉妹「おほほあはあは」
遅れて少女、ぽてぽてと入場。
姉「あらビバリだ」
妹「ビバリだ姉さん」
姉「あらま、おどおどとしている様子だわ」
妹「おどおどとしているビバリだわ」
姉「歌でもうたって勇気づけてあげようかしら」
妹「それはいいわ! はあ〜、美少女少女とあなどるなかれ〜」
姉「そこな少女は日本の力士〜」
少女「やめろ!」
剣士、少女に斬りつけるが、少女はなんとかかわす。
少女は 「きゃー。なにするのあんた! あぶないでしょ! 女の子にそんなものを…バカなの!?」
剣士「力士に加減無用!」
横薙ぎの二撃目、少女はかがんでハイハイのように逃げだす。
妹「ぶっとばっせー。ビバリ、ぶっとばっせー」
少女「むちゃいうな!」
姉「ゴンスケのときみたように、なげ殺しておしまい犯罪者!」
少女「ぶっそうなこというな! あたしの罪を知らしめるな! って、きゃー」
容赦なくふりおろされる三撃目、それをスカンポ吸いが受けとめる。
少女「す、スカンポ!」
スカンポ吸い「否! わたしはスカンポにあらず! わたしはあなたとグミの下僕! これからはわたしのことをグミ…」
そこに弓使いのはなった矢が。矢はスカンポ吸いの体をつらぬく。
少女「ちょっと…スカンポ? スカンポ!?」
スカンポ吸い「無念…しかし…わたしは…わたしのことを…ただ一度、グミ吸い、と」
剣士の追撃により、ふっとぶスカンポ吸い。
少女「スカンポー!!!!」
姉「もりあがってきたわね」
妹「このさきがたのしみね、姉さん」
姉「ええ、力士に味方なんか要るもんですか」
妹「スカンポを吸うやつってのは、いつだって余計なお世話をはたらくものだね」
少女「そこうるせえ! スカンポ!? 大丈夫? って…死んでる!」
姉「そりゃあ」
妹「そうだわ」
少女「うるせえ! あーどうしよ。死にたくない…ひー」
少女めがけて矢が飛ぶ。逃げた少女は謎の男の前に。
少女「弓ってあんた頭おかしいでしょ!? 矢ガモ…矢ガモの犯人あんたなんじゃないの!? この社会不適合者! ヘンタイ! きゃー。くるなー」
剣士の追撃。しかし、謎の男が素手で剣を受けとめる。
少女「え!? あ、まだ生きてる…」
謎の男「力士ビバリよ」
少女「え? な、なに?」
謎の男「力士たるもの勇者であらねば、ならない」
少女「そんなのしらないよ!」
謎の男「よく、みておけ。これが力士のちからの…ほんのひとかけだ!」
謎の男、剣士の剣を打ち上げ、剣士の胸に頭突きをかます。
剣士、ふっとび戦闘不能。
少女「おお!? え? なになに!? 味方!?」
姉「あらま。これはライバル出現だわ」
妹「けっ。ちょっとはつかえるやつもいないともりあがりにかけちまわあ! いまだ! そのフードやろうはスキだらけだ! やっちまえビバリ! ちぎってなげえ!」
少女「え!? この人、敵なの!?」
姉「かんたんにひとを信じちゃいけない」
妹「信じるから裏切られるんだ!」
少女「それは…たしかに…」
矢が飛んでくる。謎の男はそれをキャッチ。
妹「それ! 手がふさがったぞ! いまだ!」
少女「そんなこといわれても! どうすりゃいいのよ!」
姉「そうねえ、その位置からすると、相手の手でキンタマを突きあげてやればいいんじゃないかしら?」
少女「ええ!? こ、こう? やっ!」
謎の男、急所攻撃をかわす。
謎の男「さすがに、それをくらうわけにはいかない。ぜったい痛いし、作戦まる聞こえだったし」
少女「そりゃあまあ」
姉「そう」
妹「だね」
謎の男「すこし、まっていろ。じゃま者にご退場ねがうとする」
謎の男、弓使いに向かう。
弓使い、発射。謎の男はかわす。かわされた矢が少女にあたる。
少女、腹にささった矢を不思議そうにみつめる。
少女「なに…これ…あっ!」
少女、腹をおさえてうずくまる。
姉「あらま」
妹「矢がささってら! 力士の腹に!」
謎の男と弓使い、しばしの格闘のすえ、謎の男が弓使いをふっとばす。
しゃべる馬「おっと、こうなりますとお? これは、今宵の勇者決定祭、あっさりと、決着、とあいなったのでしょうかこれは!? 勝者は、勇者は、そこに立つフードの野郎で決着なのですかこれは!?」
謎の男「すこし早合点だしゃべる馬よ。わかっているぞ力士! さあ、立つんだ力士! 見えすいた芝居はよせ!」
妹「そうだそうだ! 力士をなめるな! 力士はつよいんだよ!」
姉「力士たるもの、たとえ矢の雨のなかに立っていたって無傷で盆踊りをおどりつづけるものよ」
少女、むっくりと立ちあがり、矢をたたきつける。
少女「なんなんだよその力士像!」
しゃべる馬「あ、力士は死んだふりでした。勇者決定祭は続行ですはい」
少女「なんなんだよ! みんなして力士力士って! 力士だって矢で射られたら死ぬでしょフツウ!」
姉「矢でつらぬかれるぐらいで死んでしまう力士なんて」
妹「いないよねえ?」
少女「いるよ! フツウそうだよ! おまえらそもそも力士のことほとんどなんもしらなかったじゃんかよ! 無責任なこというな!」
姉「力士が怒っているわ」
妹「これが音にきこえるおこ力士! ちくしょう! もりあがってきたぜ!」
少女「かってにもりあがってんじゃねえよ! 音にきこえたってなんだよ! おまえら力士は日本からくる強いやつぐらいの認識しかなかったじゃん! あー、せっかくこのまま死んだふりしてればなんとかなるかもっておもったのに!」
姉「まあなんて」
妹「ひきょうな力士!」
少女「うるせえー!」
謎の男「ふははははは!」
少女「笑ってんじゃねえ! だいたいおまえのせいだもう! だいたいがおまえのせいだ!」
謎の男「そう怒るな力士よ」
少女「怒ってない!」
姉「怒ってる」
妹「よ、ねええ?」
少女「そこはもうだまってろ!」
姉「怒られた」
妹「のよ、ねええ?」
少女「ちっ!」
謎の男「力士よ。たしかにおまえの言うとおり、フツウの、力士ならば、たとえヨコヅナであっても矢で射られたら無事ではすまない」
少女「でしょ!?」
謎の男「ああ、そうだ。フツウの、力士ならばな」
少女「そうよね!? あいつらほんとなんもわかってないんだから…って、あんた、フツウの力士を知ってるの!?」
謎の男「ああ、知っているとも。よく、知っている。とてもよく。むしろそれだけしか知らなかったといってもよいだろう」
少女「なら、それならさ、あたしが力士じゃないってわかるでしょ!? みんなに言ってやってよ!」
謎の男「それはできない」
少女「なんでよ!」
謎の男「なぜならおまえはフツウの力士ではないが、力士だからだ」
少女「はあ?」
謎の男「そして、力士たるもの勇者であらねば、な」
少女「あたしのどこが力士だっていうのよ。あたし、甘いものあんまりすきじゃないのよ!?」
謎の男「力士が甘いものばかり食べているとおもったら大まちがいだ。もちろん、スイーツ親方、なんてものもいるがね。だいいち、よく考えてみたまえ。フツウの女子高生が、腹に矢をうけて無事でいるということはありえるのかね」
少女「無事じゃないよ! 制服に穴あいたじゃん! どうしてくれんのよこれ」
謎の男「縫え。縫いつくろうのだ。力士にはあんがいそういう細かい仕事が好きなやつがおおい」
少女「うるせえ!」
謎の男「そうだな。喋っててもらちがあかん。力士の強さを、体で知ってもらおう」
少女「ヘンタイ…ヘンタイだ。手とり足とりのついでにことに及ぼうってあんばいね!?」
謎の男「そんな、裸でゴルフレッスン、裸でツボ押しマッサージ、のような昭和に一時的に流行ったハウツー本の体裁をかりたエロ本のような教習本みたいなことはしない。それにしてもあれらはいったいどういった層をターゲットにしていたのだろうか。教師歴30年、趣味は漢詩作り、新聞の投稿欄に最近のバラエティー番組はけしからんといった趣旨のものが採用されて、それを家宝のように大事にしている。そんなまじめだけが取り柄のおっさんが、これは教習本だから決してハレンチなものではない、と自己を納得させて」
少女「なに言ってんだよ!」
謎の男「…そうだな。しゃべっていてもしょうがない。おまえに宿る力士の強さをおしえよう。いくぞ!」
少女「くるな!」
謎の男、少女と四つに組む。
少女「ちょ、やめてよ!」
謎の男「ぬ、押しても引いてもびくともせん」
少女「だから、やめてってば!」
少女、謎の男をふり回す。謎の男は踏ん張り、体勢がいれかわる。
謎の男「く、あやうく離されてしまうところだった」
少女「は、な、れ、ろー」
少女、謎の男をのど輪でつきはなそうとする。
謎の男「いかん!」
少女「え、きゃー」
謎の男、のど輪をかわし下手投げをうち、少女を転がす。
謎の男「すさまじい、かいな力、だ。私が技を知らなければどうなっていたことか」
謎の男、少女に近づく。
少女「あ、とう!」
少女、すばやく立ちあがりポーズ。
謎の男「ふふふ、あふれんばかりの闘志だな」
少女「え? あ、いや、これは」
謎の男「あいつもそうだった。何度投げとばして土俵にころがしても、何度でも立ちあがり、何度でも向かってきたものだよ。まあ、すぐに私たちの立場は逆転したのだがね」
少女「なに言ってんの!?」
謎の男「…いそがしかった頃の、思い出話、さ」
少女「ひとりごとかよ!」
謎の男「さあ、向かってくるのだ! 私が、君を、勇者にしてやろう!」
少女「だから、あたしは力士でもなければ、勇者でもないんだってば!」
少女、謎の男につっこむ。謎の男、ずずっと押されながらもいなして、ころがす。
何度かくりかえす。
謎の男「はあ、はあ、廃業した身にはつらいものがある」
少女「ちくしょう! 次こそぶったおす!」
少女、つっこむ。謎の男、ふきとばされる。
少女「やった!」
妹「やっばしたー! やっぱり力士はやっばしたー!」
姉「重戦車だわ! ビバリは重戦車!」
少女「これであたしの優勝だあー! …ってあたしはいったいなにを…」
謎の男、むくりと起きあがる。
謎の男「力士の、魂。そのカタマリが、君に、そうさせるのだ。とても純粋な、力士の魂が」
少女「まだやる気!?」
謎の男「いや、私の負けだ。たちあがることもままならん。土の味を感じたのは久しぶりだ。ふふ、勇者は君だ!」
少女「やったぜ! …ってあたしはまた…」
しゃべる馬「あーっと、どうやら決着の様子です。決着の様子ですよ?」
妹「勝ったー!」
姉「はあ〜、見目麗しい長髪の〜」
妹「絹より光る白い肌〜」
姉「生まれは日本の美少女が〜」
妹「今宵勇者になりかわる〜」
姉「至極の当然みなが知る〜」
姉妹「力士たるもの勇者であらねば〜」
雲が煌々と光る月をかくす。あたりはひとつ暗くなる。
どこからともなく魔王登場。
魔王「くくく、お楽しみの夜にもうしわけない」
謎の男「もう、かぎつけてきたか!」
魔王「私も、だいぶ待っていたものだよ。だいぶ、長い時を」
謎の男「…勇者は、あらわれたぞ!」
魔王「それはたいへんよろこばしい。しかし、貴様にできなかったことが、仮にも相撲界の頂点に立った男がやり遂げられなかったことが、はたしてそこな少女にできるものか…」
謎の男「…おれは純粋にはなれなかった、それだけだ」
魔王「くくく、それもいいだろう。土まみれの男には、言い訳がよく似合う」
謎の男「…ちっ、あいかわらずめんどくさいやつだ。おれは、おまえが、きらいだ」
少女「あのー、いいっすか。あの人知り合い?」
謎の男「ああ、知り合いさ。最近はあまり知り合いとは言いたくないがね」
少女「誰っすか?」
謎の男「…この世界を支配する、この世界の頂点に立つ、ただの、力士さ」
姉「この世界の頂点?」
妹「ということは、こいつが」
姉妹「魔王!?」
少女「え!? そうなの? じゃあこいつ倒せばいいの!?」
謎の男「まあ、そのとおりだ」
妹「ひゅー、ビバリはやる気だぜ! さすが勇者! クライマックスだ!」
魔王「倒せるかな? 君に、私が」
少女「戦うまえから負けること考えるバカがいるかよ!! …あれ? あーいや、戦いたくないですはい」
魔王「ふふ、それでは、このとおり」
魔王、謎のエネルギーを手から発し、城を壊す。音をたててくずれる、城。
少女「…ダメだろ? なにそれ。ダメでしょそれ。なにその摩訶不思議感。そんなの力士じゃない。うん。そんなの力士じゃない。反則よ反則! あんたの反則負けよ! それなら、よし、あたし勝った? あ、やった、あたしの勝ちだうん」
妹「勇者が勝利宣言だ!」
姉「まあ! あんな破滅的なちからを目の前にして、なおも勝利を確信するとは!」
少女「いやいや、そういうことじゃなくてね? 相手が反則を犯したから、これはあたしの勝ちってことで、どうかひとつ納得を、納得をしてもらいたい!」
謎の男「いまはそんなことをいっている場合ではない! かまえろ力士!」
少女「え? な、なに? とう!」
少女、ポーズをきめる。
魔王「ふふふ、おちつけよアニキ」
謎の男「貴様に兄と呼ばれる筋合いはない!」
少女「え? 弟さんなのあの人?」
謎の男「ちがう!」
少女「はあ」
魔王「つれないなあアニキ。その昔、俺たちは、兄弟力士として」
謎の男「だまれ! 俺の弟は貴様ではない!」
少女「兄弟力士って、あんたは、まさか!」
謎の男「そんなことはどうでもいい! 魔王! 貴様なにをしにきたのだ! まさか力をひけらかすためにきたわけではあるまい!」
魔王「ふん。なに、貴様が動いたとなれば興味のひとつもわくものだ。そして…どうやら、その少女、ホンモノらしいな?」
謎の男「ああ、そうだ。この少女こそ、貴様を倒し、この世界に安寧をもたらす勇者だ!」
魔王「ホンモノの勇者ならば、こちらとてそれ相応にもてなさなければならないというものよ。そこなる力士よ!」
少女「な、なんすか? あ、いや、なんでしょう、か?」
魔王「3日、3日だ。3日後の夜に、私の城まで来い。そこでひとつ、この世界の存亡をかけた大一番といこうじゃないか」
謎の男「ちっ」
魔王「文句はないなアニキ。それともこの場で殺されたいか?」
謎の男「…3日後、だな? 余裕をかましやがって」
魔王「強者と戦いたいのだ。私の力を知ってなお、立ち向かってくる、そんな強い力士と」
謎の男「いいだろう」
少女「よくないですよ?」
謎の男「…お前の望むどおり、3日ののちまでに、この少女をお前よりも強くしようではないか」
魔王「ふふん、親方になることからも逃げた貴様に稽古がつけられると?」
謎の男「それがお前の望みだろう?」
魔王「…それでは皆々がた。3日のち、世界の破滅とともにまたおあいいたしましょう」
魔王、消える。
謎の男「あいかわらず、口を開けば嫌味ばかりのいやなやつだ。…しゃべる馬よ!」
しゃべる馬「はっ」
謎の男「あの男の言葉を聞いていたな?」
しゃべる馬「もちろんでございます」
謎の男「私にはやることができた。お前にはこわれた城を…いや、この国を任せる」
しゃべる馬「はっ。うけたまわりました! して、王は?」
少女「王!? M氏って王様なの!?」
謎の男「M氏と呼ぶでない! しゃべる馬よ。私にはやることができた。それはわかるな?」
しゃべる馬「はっ。旅立たれるのですね?」
謎の男「そうだ。…いそがしくなるな。ではしゃべる馬よ。いけ」
しゃべる馬、走りさる。
少女「あのー」
王「なんだ」
少女「あたしって、勇者ですか?」
王「そのとおりだ」
少女「勇者って、わりあい自在ですか?」
王「ジザイ? 言ってる意味がよくわからん」
姉「王様、勇者ビバリはこう申したいのですよ。勇者になれば恩赦が適用されるのかと」
少女「ちょっ」
妹「なんてたってビバリはさっきヒモのゴンスケをあざやかに殺しちまったものです」
少女「ちょっ」
王「ゴルヌズイのコケシ娘か」
姉「はい。ゴルヌズイ村どころか国中で一番かわいいと名にし負う、うわさの鍛冶屋の姉妹、その姉のヒツジと申します」
妹「かわいくてなお塚を作る姉妹、その妹のサルと申します。姉さん、あたい王様ってはじめてみるわ」
姉「わたしも今の王様を見るのははじめてだわ。近くにいたのに気づきやしなかった。ご無礼をおわびいたします」
王「かまわない。ましてや私は隠れていたのだからな」
妹「王様!」
王「なんだ」
妹「王様! あたいの右手! と左手!」
姉「あらやだこの子ったらまったく」
王「ほほう? なんと立派な。こんなに白くて分厚い両手など、これまで見たことがあっただろうか」
妹「えっへへー。自慢の両手さ」
少女「…白くて分厚いことがそんなにいいことなの?」
姉「あらなにか?」
少女「なんでもないですはい」
王「鍛冶屋の姉妹よ。よくぞ力士をここまでみちびいてくれた」
姉「王のお言葉あってこそのことです」
妹「ご褒美はいりません!」
王「ほう。なんと殊勝な」
妹「なんせあたいにはもう、この両手がある!」
王「はっはっは。なるほど。思わず妬いてしまうわ。サルはその手をどこで手に入れたのやら」
妹「ビバリにやられたのさ!」
少女「ちょっ」
王「なるほどなるほど。力士との握手はいいものだろう?」
少女「そうなんです私はかるく握手をって、え? 見てたの!?」
王「見ていたさ。ゴンスケ殺しの場も、サルの見事な口上も」
妹「ほめられた! 姉さん、あたいほめられた!」
姉「それではサルちゃん。ここに塚をつくりましょう。妹ほめられ塚ね」
妹「石を、姉さんあたい石をさがしてくるよ!」
姉「あらあら。それでは王様。わたしたちは塚をつくることにいたします」
王「あいわかった。良き立派な塚を築いてくれ」
少女「いいのかよ! なにその文化!」
姉妹、塚をつくりはじめる。
王「まったく、よくはたらく娘らだ。あの姉妹の築く塚はいずれ神話になろう」
少女「はあ。あの、M氏」
王「M氏と呼ぶなといったろ! それに私はM氏というわけではない!」
少女「はあ。あのー…」
王「ゴンスケの件か? そのことならなにも心配いらない。ゴンスケにおいては、まことに残念ながら、生きているし」
少女「生きてるの!?」
王「さすがにわが民草が瀕死におちいっているのを見て、放っておくわけにはいかなかった。あのあとしゃべる馬が医者のもとへ運んだのだ。しゃべる馬の脚は遅いが、あれでなかなかはたらく馬だ。脈がなかったのは、単に瓦礫に圧迫されていたからだろう」
少女「なんだか暴れん坊将軍みたいなことしてたのね…ってそんなことはどうでもよくて、じゃ、じゃあ、あたし、無罪?」
王「ゴンスケはどうでもいいが、幼子の両手にあのような怪我を負わす暴行をはたらいておいて無罪とはいえないな」
少女「す、すいません。でも、わざとじゃないんです!」
王「ふふ、まあいいさ。3日のちに君があいつを倒さなければこの世界はおわってしまうのだから。サルも、よろこんでいるし」
少女「それはよかったですはい。ほんと…」
王「…」
少女「…あー、えっと、どうしてお兄ちゃんは」
王「お兄ちゃんと呼ぶな! いいか? 言っておくぞ? 私はM氏本人というわけではない!」
少女「はあ。それは、どういう?」
王「私はMの横綱だ!」
少女「…いや、Mが横綱でしょ?」
王「そうではない。私はたしかにMの横綱だ。綱、なのだ。わかりやすくいえば、綱に宿ったMの精神、といったところか。だいたい顔も体もまるでちがうだろ!」
少女「はあ」
王「まるでわからない、という顔だな。さもあらん」
少女「はい。ちんぷんかんぷんってやつです」
王「よくききなさい。おそらくきいたところでわかるべくもない話だが、きいておいて損はなかろう。いいかね。この国、この世界は、お前の世界にある物質や形なき概念、形而上の力が形になっている世界だ。ツクモ神、ということばを聴いたことはないか?」
少女「ツクモガミ?」
王「100年つかった縫針が意識をもったり、愛着をもって人に使われた道具や、憎しみや恨みを仮託されてあつかわれた道具などが意識をもつと、ツクモ神になる。そうだな、生き人形、というものもある。古びた少女人形がまばたきをしたり、髪が伸びたり血の涙を流す市松人形、人のみていないところでトコトコと歩きだすりかちゃん人形、そんなちょっとした都市伝説の類いもツクモ神とよべる。愛された人形、憎しまれた人形、悪意の依り代にされた人形、ピグマリオン・コンプレックス。かんたんにいってしまえば、それらにある一定の手順を加えると、この世界の住人になる。もちろん人形にかぎった話ではないが、わかるか?」
少女「あー、わからないけど、なんとなくわかった、わかりました」
王「たとえば、あのヒツジとサルのコケシ姉妹。これなどはわかりやすい」
少女「あ、はい。コケシですね」
王「いや、ちがう」
少女「ちがうのかよ。ウソだろ」
王「彼女らは、干支、だ」
少女「エトってあの十二支の干支ですか?」
王「そうだ。そのヒツジとサルだ。この世界では、神格化の手前、な状態にある物事も形をなしている。もちろん干支はそろっているぞ?」
少女「あー、しゃべる馬さんとかですか」
王「ちがう」
少女「ちがうのかよ。ウソだろ」
王「あいつの中身は、競馬場に舞いちるハズレ馬券、だ」
少女「しょうもないね」
王「そうでもないぞ。ハズレ馬券には種々の悲喜こもごもがある。泣いたり笑ったり、ハズレたことでこれからまっとうに生きようとする者もいれば、首をくくるしかなくなる者もいる。なかなか大きなエネルギーをもっているのだ」
少女「はあ。じゃあついでに、ゴンスケなんかはなんなんすか。ニキビとかメタボの脂肪ですか?」
王「ちがう」
少女「でしょうね」
王「あれは、おはらのしょうすけさん、だ」
少女「おはらの?」
王「正確にはしょうすけさん的なダメ人間キャラ、の集合体だがな。年々ちからが強くなってきているようでこまっている。ちなみに勇者決定祭に参加していた者は剣士がゲームのキャラで、弓使いがとある山、スカンポのやつは、スナ○キンと憧憬の入り混じったピーターパン症候群的なものだ」
少女「なんだかてきとーになったわ」
王「そして私が横綱である」
少女「であると言われましても」
王「なぜ私がこの世界の王であるかについて語るならば、それは神話から連なる相撲の歴史を語らなければならなくなってしまう。タケミカヅチがどうの、野見宿禰と当麻蹴速がどうのと、ついつい長くもなろうというものだ」
少女「そうですか」
王「かんけつに言ってしまうと、三次元空間をおおう膜からぴょこりとヘルニアしたようなこの世界において、横綱の綱、というものは、人間世界と神の世界、そしてその狭間にあるといっていいだろうこの世界をつなぐものなのだ。まさしく世界を結びつける綱だ。人間世界において宇宙はヒモで、ヒモといってもジゴロのヒモではなくストリングのヒモだが、宇宙はヒモでできているというが、なんのことはない。人間世界と神の世界、次元の高低は横綱でつながっているのだ」
少女「それが事実ならアインシュタインもびっくりして、出した舌を噛みきるでしょうね」
王「よって私は王なのだ。納得せよ」
少女「納得せよといわれましても。じゃあなんで弟さんが魔王になってるの?」
王「謎の整体師のせいだ」
少女「謎の整体師!」
王「納得せよ」
少女「それは無理があるでしょ!」
王「ふむ。そうであろうよ。しかし、それが事実なのだ。元来私たち綱は代々横綱力士の意識を投影された存在だ。もちろんそれは力士たちの意識ではなく、私がお兄ちゃんではないように、人びとが横綱に抱くイメージ、概念が形となってあらわれたものだが。そのおかげで人間的に変な力士はたくさんいたが、神事をとおしてこちらに反映されると、だいたい同じような王となっていた」
少女「へえ」
王「しかし奴の場合はちがったのだ。それはさまざまな要因がある。親子関係であったり、兄弟関係であったり、本人の相撲に対する気高き意志であったり、そのなかで決定的になったものが謎の整体師だ」
少女「謎の整体師!」
王「うむ。謎の整体師! なのだ」
少女「それで、謎の整体師! がどうして?」
王「謎の整体師! は、ただの謎の整体師! であったのだが、これが偶然にも、ある種こちらの世界に干渉する謎の! パワーをもっていた。神事としての相撲という概念にたいし、おそらく謎の整体師! 本人すら知らぬ別の概念、ちがう、謎の! 概念を干渉させる力をもっていた。相撲の歴史はじまって以来のことだ。究極的にいえば、魔王の誕生は、はっきりいって謎! だ」
少女「スタートを切っておいてなんですが、もう謎を強調しなくていいです。食傷気味ですし、バカにされてる感じがする」
王「そうか。気に入っておったのだが。まあよい。とにもかくにも生まれいでてしまった魔王。奴の力はとんでもなく強力だ。それはもととなった人物の相撲に対する想いがいかに強烈だったかというものもあるのだろうが、こればかりは謎! …ではなくて、類推の域をでない」
少女「もう、やめてね?」
王「魔王の力は強力で、なんといまなお人間世界の本人の力をも吸い取っている」
少女「あー、激やせしたもんねえ。オヤカタ」
王「奴の力は、いまの私とくらべ、おおよそ2倍」
少女「あー、それじゃ勝てないよねえ」
王「魔王誕生初期には私の力もだいぶ吸われたものだが、ありがたいことに私のもととなった人物が相撲界をはなれたおかげで、私は力を吸い尽くされることなく、この世界に残ることができた」
少女「アメフトとかやってたもんね」
王「きっとアメリカの気風と日本の相撲とは、まるであわないんだろう」
少女「ざっくりいうわね」
王「ちゃんこ屋を始めたときにはびびったものだが、…洋風ちゃんこ屋だった…!」
少女「洋風ではないよ!? 名前がカタカナだっただけでしょ」
王「どのみち潰れたからセーフだろう。相撲界をはなれた氏のおかげで私はいるのだ。しかしこうとも考えられる。引退後、氏に降りかかったいくつかの災難は、私を経由して魔王にエネルギーを吸われた結果だと!」
少女「もう、魔王許すまじ、ね」
王「というか、弟許すまじ! なんだあの野郎! 長男なめんなクソが!」
少女「あー、あれね。M氏とあなたはリンクしてるものね…」
王「だいたいあいつは兄の立場のひとつも考えちゃいねえ!…はっ、いかん。もとの人格の波動につつみこまれてしまうところだった」
少女「ねえ」
王「なんだね」
少女「それであたしはどうしてここにいることになるの?」
王「そうであったな。ではあえてきこう。なぜ自分がここにきてしまったとおもう?」
少女「そんなのわかるわけないでしょ!」
王「では、ここへ来る前にはなにをしていた?」
少女「なにって…そりゃ…」
王「どうした?」
少女「そりゃ……その…」
王「なにか思いあたる節でもあるのか?」
少女「あまりおぼえてないというかなんというか」
王「記憶がないわけではないようだな。なにか言いづらいことなのかもしれないが、幸い姉妹は塚作りに精をだして、こちらの会話など月より他に聴くものもなし。そして、おそらくお前の疑問にこたえられる人物は、私か奴だけだろう。言ってみなさい」
少女「…その、もみあいというか、ケンカをしてまして」
王「ほう! ケンカを! 相手は力士かね!?」
少女「そんなわけないでしょ!?」
王「それはすまない。つい、な。つい」
少女「力士とケンカしてここにきてるなら、あたしだってなんとなく納得できるわ! 短絡的! 短絡的だわそりゃ!」
王「それで相手は?」
少女「女よ。幼なじみの、友だち」
王「ほう。して、なぜケンカをすることになったのだ」
少女「それは…あたしがね、好きな人がいて…」
王「なんだつまらない。色恋沙汰か。つまらぬま」
少女「うるさいな!」
王「つまらぬからかいつまんで話すのだ」
少女「あーもう。かいつまんでって言われてももとからばっちし話す気なんかない!」
王「つまらぬつまらぬ」
少女「うぜえなお前。あーもう。あたしがあの子が好きだって相談してたら、じゃあわたしがなんとかしてみる、って協力することになったと思ったらあれよあれよというまにそのふたりの間に恋がうまれてカップル誕生よ! あたしが協力してたんじゃないのそれ!? どうなってんの!?」
王「なんだ。よくある話じゃないか。つまらないことこの上ない」
少女「つまらないってなんだよ! そいつあれよ!? 告白の練習とかいって何パターンもふたりで告白の形を練習したのに、これでいこう、って決めたパターンをつかってあいつに告白してんのよ!? ありえない! ダシにつかわれたのよ!? あたしのすべてを!」
王「そんなことはどうでもいい」
少女「うるさいな!」
王「そんなちいさな出来事で、どうしてこちらに来たというのだ。なにかもっとおおきな出来事があったはずなのだ。ここはいわば神話につらなる世界。生半可なことで来ることはない」
少女「とはいっても、あたしも記憶があんまり。そうだなあ。そうそう、あいつ、幼なじみの子ね、あいつがデートしてるのしらばっくれるからさ、あたしケータイで証拠つきつけたのよ。現場写メってたからさあ」
王「ストーカーだな」
少女「偶然の出来事よ! そんでまあ、あいつがみとめて、逆ギレしてきて、もみあいになって、そう、あたし、おさえつけてたの。そしたら、あいつ空いてる手であたしのケータイを投げてさ。そう。ケータイが飛んで落ちたらたいへんだから、あたしあわてて空中でキャッチしようとして、できなくて。でもなんとか空中でケータイをはたいて外には落とさなくて…あれ? あたし落ちた?」
王「なにがなにやらわからぬ。落ちた落ちないと、いったいどこでお前たちは話しあっていたのだ」
少女「放課後、理科室のベランダ。ほらあいつ科学部だから」
王「そんなことは知らんが、それは何階の話だ」
少女「何階って、ああ、6階。ほらあたしの学校えんぴつビルみたいな構造してるからさあ、縦に長いんだよねえ。9階まであるんだ」
王「そんなサブインフォメーションなぞいらないが、要は6階から身を投げた?」
少女「うーん。そうかも。そんで、気がついたらあの姉妹と会ってた」
王「ふむ。身投げ、失恋のすえの身投げだとしたら、この世界にくる理由にしてはちと弱い」
少女「そんなこと言われましても」
王「アホな理由で少女が死んだところで、はたしてこの世界とつながることなどできるのだろうか」
少女「アホな理由っていうな! ていうか、死んだのあたし!?」
王「これはいささか言葉にすぎた。死んではいない。死んでいようはずがない。もし死んでいたとしたら、お前は生身でこちらにこれないのだ。そういう仕組みになっている」
少女「そう…よかった」
王「しかしもちろんこの世界で死ねば、死ぬ」
少女「…でしょうねー。あはははは。はあー」
王「お前がなぜ力士に選ばれこの世界にやってきたのか、結局なにもわからなかったが」
少女「この役立たず」
王「つまりお前は謎の! 力士なのだが」
少女「しつこい」
王「とどのつまり、お前のやることはただひとつ!」
少女「魔王を倒すんでしょ。戦うんでしょ」
王「そうだ。魔王に負けても、戦わなくても、どのみちお前に待ちうけているものは死だ。ならば!」
少女「戦うまえから負けること考えるバカがいるかよ! …って、なんかあたし好戦的!?」
王「 そのあらがえぬほどの闘志! 見事! 力士の血がそうさせているにちがいない!」
少女「あたしは力士じゃないのに…でも、なんだかフシギにやる気が…」
王「さて、そうと決まっては時間がおしい。さっそく稽古をはじめよう。力士たるもの勇者であらねばならない。そして、勇者は世界をすくってごっつぁんです!」
少女「意味がわからないぞそれ!」
コケシ姉妹の歌をバックに、魔王と少女の稽古シーン。
途中からアメフトやちゃんこ作りをはさむ。
姉妹の歌。
稽古は続くよ朝昼晩
3日ののちに決戦だ
少女と魔王の決戦だ
少女はいまに化けてゆく
稽古は続くよ朝昼晩
広がる草原駈けぬける
出たぞ毒ガニ青いカニ
革靴はいてけっとばせ!
稽古は続くよいそがしく
南国気分でポキを食え
本土上陸メットをかぶれ
メリケンナイズの美少女だ
稽古は続くよどこまでも
メイクアップもままならず
野菜もカニもざく切りだ
鍋にぶち込めごっつぁんです
3日後、約束の時、魔王の居城。
玉座へつづく扉のまえ。
少女「ついに、やってきた」
王「まさしく。いまやお前は立派な力士となった」
姉「ほんとによくがんばったわ」
妹「ビバリが岩を砕くから、たくさん石を確保できたわ」
姉「さあさあ、力士は戦いのまえに一杯の水を飲むのでしょう? これをのみなさい」
妹「のまっせのまっせ」
少女「ごっつぁんです! …ところでなんであんたたちまでいるの?」
姉「だって、ねえ」
妹「ヒマだから、ねえ」
少女「なんだその理由は!? 王様としてはいいの!?」
王「かまいやしないさ。それにこやつらは戦力になる」
少女「マジかよ」
王「ああそうだ。この姉妹はただの鍛冶屋でも塚作りの名人でも」
姉「かわいくて」
妹「歌のうまいだけの姉妹ではないのだ!」
王「そう! この姉妹の真骨頂は」
姉「治安維持を名目とした武術禁止令、その実態は王政に不満を持つ民たちから反乱の力をそぐ政策。しかし民とてバカではない。来るべき時にそなえ、武術はかたちを変えて王の目から逃れ、いまも脈々と受け継がれている」
妹「そのとおり! 暴虐悪政私利私欲、筆舌尽くしがたい悪に対抗するために、われわれは爪を研ぐことを忘れてはいない!」
王「村に伝わる秘伝の武術!」
姉「かたちは変わり、いまもなお!」
妹「盆踊りとして伝えられているのだ!」
姉「稲を刈る動きはすなわち!」
妹「朽木を刈るがごとくの低空タックル!」
姉「刈った稲穂をまとめる動きは如何!」
妹「相手の攻撃をさばく、回転運動!」
姉「最後にぽいっと投げる動きにいたっては!」
妹「首相撲でつかんだ相手を振りまわし、必殺のヒザをぶちこむ!」
王「それこそすなわち!」
姉「悪虐の限りを尽くす王を!」
妹「ぶったおすためのもの!」
王「いまこそがその秘めたる力を解放するときだ! いくぞ!」
姉妹「おー!!」
姉妹、王をボコボコにする。
王「なぜだ!? なぜこうなる!?」
少女「あんたがその暴政をしく独裁者だからじゃない?」
王「暴政ではない。それがこの国の伝統なのだからしたかないではないか。ずっと続いてきたものじゃないか」
妹「まだ口をきくか!」
姉「天誅が必要ですわね」
姉妹、また王をボコボコにする。
王「なぜだあ!」
姉妹「あほあほおほほほ」
少女「よし、悪人の成敗が終わったことだし、大悪人の成敗もちゃんちゃかとおわらせちゃいましょうか」
姉「革命が終わったいま、そうなれば私たちが次代の王になるわね」
妹「戦争! 王になったらおれは毎日カニのやつらと戦争するんだ! 血みどろだ!」
王「そんなことはさせんぞ! 私はまだ生きている!」
姉「こいつめ!」
妹「トンボみたく背中をパクリと裂いてやる!」
王「こんどはやられるか!」
少女「うるさい! もう…とっとと行くよ! 扉あけるからね!?」
王「国政にあだなす不届きものを放っておけと!?」
姉「その言葉! 聞き捨てならない!」
妹「のしつけてかえしてやる!」
少女「やめろ! あけるよ!? この扉あけたらもどれないよ? 重大なイベントじゃないのこれ?」
王姉妹、戦いはじめる。
少女「なんなんだよ! 魔王の間に突入するってときにチームワークもへったくれもない勇者パーティなんて前代未聞だよ! お前ら戦力になるんじゃなかったのかよ! やめろ! 叩くな! 泣くな! え!? 泣いたフリすんな! あーもう! あけるからね! せめて邪魔にならないようにしててよね!」
重厚そうな扉をあける少女。
少女「…おばんでーす」
魔王「ふはははは、よくきた力士よ。…この期におよんで仲間割れとは勇ましい」
少女「気にしないで」
魔王「…それは正直むずかしいが、いいだろう。もとよりそやつらにどうこうできる戦いではない」
少女「なんかすいません。大事な場面に緊張感なくてなんかすいません」
王「魔王よ! いまこそ」
妹「スキあり!」
王「ぐほっ」
魔王「…まあよい」
少女「…うん」
魔王「少女力士よ。この3日、ちゃんと力をつけてきたか?」
少女「いまではそこでボコられてる王を赤子の手をひねるがごとく!」
魔王「ふははは! よくぞそこまで力をねりあげた! 高揚せざるをえないぞ。この勝負まえの高揚感。ずいぶんと長いあいだ忘れていた」
少女「あんた、何回も優勝してきたもんね」
魔王「そこにいるクズとちがってな。しかしこの高揚感はそれらおも超える。これは、そう、某国民的女優とはじめてデートするまえのような期待感と」
少女「うるせえ! なにとくらべてんだよ!」
魔王「ふふふ」
少女「ふふふ、じゃない! 気持ち悪い。 さあ、とっとと一番取るよ! こっちは、なんていうか、あいつら止めないといけないし、はやく元の世界に戻りたいしで暇じゃない!」
魔王「望むべくもない。それでは、はっけよい、といこうじゃないか。そのまえに…」
魔王、手からエネルギーを少女に照射。
少女、耐える。
少女「こんなものきくか!」
魔王「ほう。城を破壊したときよりも強くしたのだが。さすがだ力士よ!」
少女「最後に言わしてもらうわ! あたしを力士とよばないで! セクハラだからねそれ!」
魔王と少女、激突。
縦横無尽の戦い。
少女優勢。
少女「イケる! どうだ!」
魔王「くっ、よもやこの魔王の力を上回るとは! ならば!」
魔王、スキをついて距離をとると、王と姉妹にむけて手をかざす。
少女「なにを! 人質なら、相手をえらぶべきね」
魔王「そうではない。こうするのだ!」
王「なんだ!? 力が…」
姉妹「チャーンス!」
王「うおおおおおお」
魔王、苦しみだす。
少女「いったいなにをしたというの!?」
魔王「はあ、はあ。やつの力を、吸いとったのだよ。これで私は完全なものになる」
少女「いまさら王の力をあんたに上乗せしたところで、あたしに勝てるとでも!?」
魔王「ふふふ、上乗せではない。ふたつにわかれていた力がひとつにもどったのだ。わずかといえ欠けた宝石の価値と、欠けるまえの価値。値段の差は上乗せか? ちがうだろう? 宝石本来の値段は数倍にもなろうものよ。私の力とて同じこと。いまの私は、まさしく完璧だ。お前に勝ち目はなくなった」
少女「戦うまえからなにいってんだよ! …だったらはやく吸いとってればよかったんじゃ?」
魔王「…弟というもののなかには、兄を相手に本気をだせない者もいるらしい」
王、青息吐息。おどろいているようすのコケシ姉妹。
少女「…まだ、死んでないみたい」
魔王「ほう。かろうじて残っている力があるようだ。なんともしぶとい」
少女「あんたを倒せばあいつは?」
魔王「さて、どうなるか。間にあうかどうか、私を倒せるかどうか、倒したところで生き返るかどうか」
少女「あんなやつでも、いちおう世話になってるからね。地獄にたらされた蜘蛛の糸のように細い希望であっても、賭けてみたくもなるわ」
魔王「ふふふ、さあ、つづ」
妹「なんかよくわっかんねっけど、とどめだ!」
少女「は!?」
姉「やっておしまいなさい!」
少女「おい!」
姉妹、王にとどめをさす。
王「お、おま、え、ら…」
王、死ぬ。
少女「うそ!? マジかよ!?」
姉妹「あはあはおほほほ」
魔王「なんと」
少女「おい! お前らなにやってんの!?」
妹「これからはかわいい姉妹が王だ!」
少女「ふざけんなよ!?」
姉「ぴーんときましたわ」
少女「はあ!?」
姉「わたくしぴーんときましてよ!」
少女「だからなにが!」
姉「わたくしたちが前王にとどめをさしたのは、ワケがあってのこと!」
少女「ワケ?」
妹「悪い王はきえてしまえ!」
姉「と、それだけではないのです」
妹「やったー、あはあはあは」
少女「うそつけ! すごい勢いでよろこんでるぞこいつ!」
姉「まあまあ、ききなさい。ビバリ、前王は魔王にすべての力を吸いとられるまえに死んだのではなくて?」
少女「それは…」
少女、魔王の様子をちらりとうかがう。
魔王「まさか、そんなバカな」
姉「おほほほほほほ! たとえ砂つぶのように小さなキズであろうと、たしかにキズがあるのなら、それは完璧とはいえないのではなくて?」
魔王「ちっ」
少女「と、いうことは?」
姉「魔王は完璧にはなっていない! 力なぞたいしてあがっちゃいないのよ! そして! わたしくしたちかわいい姉妹は! とっさの機転で勇者の危機をすくった英雄として凱旋し、そして不慮の死をとげた前王の最期の言葉にのっとり、王につく!」
妹「さすがねえさんだ!」
少女「最期の言葉ってあんた」
姉「たしかに前王は言いました。おまえら、を次の王に指名する、と!」
妹「やったぜ!」
少女「いやいやいや、言ってないし、M氏はうらみ節だったぜ?」
妹「ビバリ! 歴史とは」
姉「人びとの手によりつむがれてきたものです!」
少女「ねつ造っていうんだよそういうの」
姉「さあ、ビバリよ! もとの世界に帰りたくば、そこなる魔王をやっておしまい!」
少女「なんかものすごく利用されてる気がする。けど、あたしはあたしでやることをやるだけだ!」
魔王「ならん。弱者からの挑戦を受けてたつことが横づ」
少女「うるせえ!」
少女と魔王が格闘。
少女勝つ。
少女「よっしゃー!」
妹「ねえさん。やったよ。ビバリがやった!」
姉「ええそうね。ビバリはよく勝つ力士だこと」
少女の体を淡い光がつつむ。
少女「なにこれ?」
姉「どうやらおわかれのときが来たようですね」
妹「ビバリ。おわかれだ。ビバリとかわいい姉妹のおわかれだ」
少女「そ、そう? ずいぶんと急ね。でもまあ、帰れるならいいや」
姉「ほんとにそうかしら」
妹「ほんとにそうであろうかしら」
少女「え?」
姉「あなたが帰る世界では、あなたはいそがしく過ごせるのかしら」
妹「あなたが帰る世界では、今日よりいそがしく過ごせるのかしら」
姉「愛だの恋だの学校だの宿題だの、あふれこぼれる人間関係だの。そんなもので時間をつぶして、それはとても退屈なのではなくて?」
妹「誰かを想うこともままならず、何かを手にすることもままならず、苦痛と同列に幸せを語る世界に、あなたは退屈をするのではなくて?」
少女「はあ? 急になにを」
姉「王と魔王の消えた今」
妹「あなたはこの世界で誰よりも自在な存在」
姉「王をこえ、きっと神にだってなれるわ」
妹「夜ふかしにうるさい親もなく、成績が悪ければゴミをみるような目でみてくる教師もなく、受験もなく、就職活動もなく、あるがままのあなたでいられる世界」
姉「好きな人は好きなままで、嫌いな人はいつでも消せる」
妹「誰よりも強く、誰よりも優しく、誰よりも残酷で、誰よりも尊く。あなたが自在でいられるこの世界をすててまで、あなたは帰りたいというのかしら」
少女「そんなの、帰りたいにきまってるでしょ!」
姉「神にだってなれるというのに」
少女「なにが神よ。この世界じゃなんでも自在だって? そんなのただのひきこもりと一緒じゃない! ひきこもりの現実逃避とおんなじじゃない! なんでも自分の思いどおりになるって、そんなの世界に自分ひとりしかいないこととおんなじよ! それこそ退屈だわ! だいたいあたしがこの世界にとどまったら、現実のあたしはどうなるのよ! 寝てるんでしょ? きっと病院にいるわ。あたしが目をさまさなかったら、誰が治療費を払いつづけるのよ!」
妹「あなたは帰ると言う」
少女「帰るわよ! どうしたのあんたら急に! あたしのことなんかほっといて勝手にこの世界の王にでもなんでもなればいいじゃない!」
姉「世界の、世界が、世界を」
妹「世界に、世界で、世界は」
姉「にがにがになる」
妹「とろとろになる」
少女「はあ?」
そのとき、王の声。
王「いけない。私と魔王の力が消え、あまつさえより強大な力が残ってしまったことにより、この世界のバランスが崩れようとしている!」
少女「あんた、大丈夫だったの?」
王「大丈夫、ではない。今の私は崩れようとするこの世界の意思のようなもの。が、今はそんなことを気にしている場合ではない!」
姉妹「あががががが」
王「このままではお前はこの世界に取りこまれてしまう。新たなる概念になってしまう」
少女「あたし帰れないの!?」
王「代わりのものが必要だ! それさえあれば私が力を引き継ぎ、この世界を安定させられる!」
少女「代わりのものってなによ!? どうすればいいの!?」
王「綱に代わる、なにかを、はやく!」
少女「はやく、っていっても、どうすればいいっつうのよ!」
王「すばやくパンツを脱いで、力を込めるのだ! パンツに」
少女「なにその儀式!?」
王「美少女のパンツには大いなる綱と同じ力がある!」
少女「そんなこというと怒られるよ!?」
王「さあ、はやく! 帰れなくなるぞ!」
少女「あーもう!」
少女、パンツを脱ぎ、たかだかとあげ、念をおくる。
少女「こ、これでいいの? きゃっ」
少女の体が消えてゆく。
少女「ちょっと! これでいいの!? ねえ!」
王「大丈夫だ。これで良い。さようなら。さようならだビバリよ。勇者よ。そして立派な力士よ」
少女「あたしを力士と」
少女、消える。王姉妹も消える。
現実に戻る。
病院のベッドでねむる少女。少女のかたわらには髷をゆった若い力士。
少女、目を開ける。
力士「目が、目が…起きた! いまナースコールを!」
少女「呼ぶな!」
力士「え!?」
少女「…はっ」
きょろきょろとあたりを見渡す少女。
少女「ここは、日本?」
力士「え? 日本ですよ。病院です」
少女「病院…そう、ですか」
力士「…はい。では、お医者さん呼びますね。あと、ご家族の皆さんもじきにやっていらっしゃると」
少女「あたしは…どうなったんですか?」
力士「はい。あー、私が道路を自転車に乗って走っていましたら、空からあなたが降ってきましてね。なんでもアクシデントがあって落っこちてきたとか。それで、私とたまたまぶつかって、それでまあ、いまにいたるわけですが」
少女「はあ。あなたは、力士、ですか?」
力士「ええ。力士ですよ。私は力士。アントニオ猪木が大好きな力士です。まだまだ弱いですがね。こころざしは誰にも負けません。すぐに強くなっていつか横綱になりますよ! いやあ、あなたも運がよかった! あなたの下敷きになった男が私でなければ大事故になっていた。力士でよかったってなもんですわ。あははは」
少女「おまえのせい、か…」
力士「あははは…は?」
少女「おまえのせい…おまえのせいであたしはラブもロマンスもねえ世界で戦わなけりゃならなかったのか!」
少女、立ちあがる。
力士「ちょっとお嬢さんなにを。あまり興奮してはお体にさわりますよ」
少女「だまれこの変態!」
力士「いや、体にさわるってのはボディにタッチするって意味ではなくて」
少女「うるせえ!」
少女、力士をなぐる。
力士、ばたんと倒れる。
医師などがあらわれドタバタ。
少女、「力士」という言葉に反応し、
「あたしを力士と呼ぶな!」
で、エンド。
真っ暗闇、コケシ姉妹の声。
姉「あらいやだ。また道に人が落ちているわ」
妹「今度はやけに肥えてる人だわ」
姉「力士かしらねえ」
妹「力士だろうかしらねえ」
姉「王様のところまで連れていかなきゃあねえ」
妹「少女の下着をかぶった王様に、おしえてあげなくちゃあねえ」
おわり
先日、おもうところあってIQテストをやった。
思いのほか結果がよくて、気分がよくなった。とても気分が良い。
しかし、そんなメンサに入れるぐらいの高IQを持つ男がどうしてこんな無秩序なものを書いてしまうのか。どうして見切り発車するのか。どうして具合が悪くなるまでラッキョを食べつづけてしまうのか。どうしてセロリを食べすぎて調子を崩すのか。どうして砂肝はあんなに美味いのか。そのくせどうしておれはレバーが大キライなのか。
高IQマンのくせに、そんなこともおれにはまるでわからない。自身が高IQの持ち主だと知らなければ、そんなこんなをわからなくてもどうでもよかったのに。
そんなパラドックスを抱えて生きてる今日この頃でした。まったく才能ってやつは厄介だ。
とまあ、おれがなにを言いたいかというと、みんなはネット上の簡易なIQテストの結果を鵜呑みにしてはいけない、ということ。おれは鵜呑みにし続けて生きていくけど。