二人の手は
私は自分の寝室に向けて、鬼道家の邸宅の長い廊下を歩いていた。今の今までのことが全て歩いてる内に思い出せる、その位廊下は長かった。既にこの家にメイドとして来てから半年を超えている。今は西暦2113年7月8日、私は16歳になっていた。この半年の間で私はアオイを守るための修行をした。肉体鍛錬は勿論、有事に対しとっさに判断できるように訓練もした。アオイの命を狙う者から身の危険を守れるように、ナイフや小銃の訓練もしている。訓練担当をしていた郷田さんによると、私は随分と見込みがあるという。社交辞令では無いだろう、そういう間柄でもない。更に言うと、私は体格に似合わず膂力があり、並外れた体力があるらしい。自分の力については昔からそこまで気にはしなかったが、こうやって人に言われると、自分の謎のままの出生と合わせて改めて疑問に思う。---私は一体何者なのか、と。考えても答えは出ずじまいなので、思考はいつもここでストップする。私は首に架けられていたペンダントを右手で握り締めた。父が遺したペンダント、ここに私の正体がある。鬼道家のサイバー担当の杉原さんにも調べてもらったが、どうやら粒子レベルで何かの記録が保存されているようだ、との見解だ。これを解析するには、世界のどこかにある超高精度精密精査機と計算できる超大型コンピューターが必要とのことだった。それは"さら"と関係があるのだろうか。堂々巡りだ。もう夜も遅い。やはり考えるのはここまでにしよう。生きていれば、また新しいキーワードが出てくるかもしれない。そこまで考えて、やっと自分の寝室にたどり着いた。
扉を開けると、そこには…森谷さんがいた。なんで私の部屋にいるのだろうというよりも、女の子のプライベート空間くらい考えなさいよとの気持ちのほうが上回った。
「えっと、森谷さん、なぜここに?」
窓の外を見ていたのだろうが、森谷さんはカーテンを全て閉め、こちらに振り向いてきた。
「ああ、鈴さん、お待ちしていました。少し重要なお話をしたいと思っています。」
「…何事でしょう?」
「いいですか?では。…鈴さんのお父上、シバさんを襲撃した犯人について情報があります。」
心の中で身構えた。ついに何かが分かるのか。
「襲撃した犯人…組織の名は、《ヒーロー》らしいです。これは略語で、正式名は《Hell of Lotus》と呼ぶらしいです。」
《ヒーロー》?まるで子供が名付けた様な名だ。…あれ?
「Lotusの頭文字は"L"ですが、HEROの該当する部分のスペルは"R"じゃないですか?」
「そこは…私も分かりません。どういう意図でそうしたのか。」
たぶんHEROと無理矢理こじつけたのだろう。ますます子供っぽい。…いや待て、そんな子供相手に父は殺されたというのか?今なら分かるが、父は相当な手練に感じられていた。昔何をやっていたのかについては聞けずじまいだが。だとすると、悔しく思う。なんでもできる父は憧れの存在だったからだ。憧れの人が子供相手に負けたとなって悔しくないはずがない。
「私から今伝えられる情報はこれまでです。もっと詳細な情報を手に入れられれば良かったのですが…。」
「これだけでもありがたいです。」
「そう言ってもらえると情報を手に入れた甲斐があります。それでは、これにて失礼。」
その言葉を最後に森谷さんは寝室を出て行った。私はその後も《ヒーロー》とやらについて考えたが、思い当たる節は無かった。だがそれよりも一つ疑問が出てきた。森谷さんは"どこでこの情報を手に入れたのだろう"?
謎は残ったままだったが、ベットで横になる内に次第に眠気は私を包み、ついには就寝した。
翌日、早朝に起きた私がすることはまず、アオイを起こしに行くことだ。郷田さんは防犯上一緒に寝たほうがいいと言っていたが、それはアオイが拒否した。私に配慮したのだろうか。正直私もアオイと寝るのは避けたい。アオイも17歳、お互い思春期だし、ナニかあったら困る。まあそういう事態になろうとしたらアオイの顎を叩き割ってやるだけだが。
私の寝室からアオイの寝室までだいたい歩いて5分はかかるが、今日は4分位で着いた。少し早足になったのかもしれない。何故とは考えなかった。さて、アオイを起こそうか。私流の起こし方はこうだ。まずこっそり部屋に入り、寝ているアオイに近づく。ぐっすり寝ていることを確認したら、目標( お腹の辺)に向け照準を定め…肘鉄を、下ろす---!!
「ぐはぁ!!」
今日はいい具合に決まった。あれだけ昨日夜中までゲームをしてたんだ。深い眠りに落ちてるのは確実だ。たまに対策としてなのかお腹に枕を隠してることもあるが、今日は忘れたみたいだ。
「がはっ…くぽぉ………。」
そこまで強くはやっていないので今痛がっているのは演技だろうそうだろう。そんな見え透いた演技をする子にはもっとやらなくては。
「ま、待て!待て!死んじゃう!!いつか死んじゃう!!」
そうか、死なれても困るので今回はここまでにしておきましょう。
「いつも思うがっ!目覚ましにしてはやりすぎじゃね!?」
ちゃんと約束した時間に起きればいいのです。そう、約束。今日はなんと万年引きこもりだったアオイが外に出るのだ。しかも本人たっての希望で。そういう気になってくれただけでも仕えてた私にとっては嬉しいものだ。
「さあ早く着替えて下さい。それともなんですか?私に幼子のように着替えさせて貰うことを望んでいるのですか?」
「あ、それもいいかも…。」
も、が言い終わったタイミングで下顎を上に押し込んでやった。ガッと音が朝の鬼道邸に鳴り響いた気がした。
「こ、この…鬼畜女!」
「文句言う暇があったらさっさと着替えなさい。約束したのはそちらですよ?」
がるる、と威嚇しながらものそのそとベットから這い出てきたので、私はアオイの寝室を一旦退出した。
別に着替えている姿など興味は無い。それは、どうなのだろうか?思春期の子はみんな異性の裸を見たいと思うものだろうか。もしそうなら、私には思春期の気持ちというものが欠落しているのかもしれない。メイド云々でなく、人として修行しなくてはいけないのはそこなのではないかと思った。
「鈴!ちょっと来てくれ!」
なんだろうと思い、扉を開けると、そこには…トランクス一丁のアオイの姿があった。
「………。」
「なあ、みんなって何着ているんだ?着替えるのは自分でやるが、選ぶのは鈴も手伝って…あれ?」
どうやら思春期の気持ちが欠落しているのは私だけではないようだ。
ぎゃあああ、というアオイ様の声が壁5枚は挟んでいるはずのここまで聞こえてきた。
「なあサツキ?鈴が来てからやっぱりアオイ様、変わったと思わねぇか?」
「そうですね、性格はだいぶ上向きになったと思います。それに、ここも女の子が来て華やかになりました。良いことです。」
自慢らしいハーブ茶をすすりながら森谷サツキは答えた。その何事も達観したような態度が羨ましくもあり、妬ましくもある。また、いざというときには頼りにもなる。俺には到底たどり着けない境地だ。
「郷田さんも鈴さんが来てから生き生きしているように見えますよ。」
それはそうだ、何故なら。
「一番鍛え甲斐がありそうだからな!」
鬼道家には執事は10に近い位いるが、正直どれも小粒だったのだ。久々に腕が鳴る相手が出来て良かったと思う。それが女の子であれ、鬼道家に仕えるとならば容赦はしない。鈴にはのびしろがある。元より身体能力が並外れて高かったが、鍛えたら更に強くなった感じがある。ちなみに、俺の後にサツキが"拾われて"来たが、サツキは最初から鍛える余地が無いほどに能力が高かった。あえて何故とは考えない。ここに拾われてくる奴等はみんな理由がある。その理由を探ってはいけないのがここの暗黙のルールだからだ。
「俺たちには出来なかった、アオイ様を変えるということを、鈴はやってくれそうだな!」
「そうですね。」
鈴という存在が、アオイ様をどの様に変えてくれるか、楽しみだ。
俺は怖かった。外に出るのがだ。鈴から外の話を聞き、昨日はわくわくして外に出てみたいと思ったが、いざとなると情けない話だが、怖い。人の視線が、動きが、陽光が、怖い。
「いやまだ門すら出てないんだけど。」
鈴が何か言っているが、俺のこの気持ちは分からないだろう。
「誰もアオイなんか気にしないよ。」
「気にしてくれないのもなんか嫌だなあ…。」
「ちゃんと私が見ててあげるから、何も心配はいらないよ。さあ頑張って!」
俺のようなのに対して頑張れは禁句だということを知らないな。…あ、そうだ。
「キスしてくれたら行く気出るのになぁ…。」
「どこの骨折られたい?一本くらい…。」
「すみません許してください冗談です。」
冗談ですぐ解決できる内に謝っておいた方がいい。これ鈴に対する鉄則。
「………ん。」
すると鈴が手を差し伸べてきた。これは…?
「手、位は繋いであげる。周りが怖くなったら、私だけを見ればいいから。」
いいのか?と思った。でも、こうやって今の俺には手を差し伸べてくれる人がいる。なら応えないわけにはいかない。俺は鈴の手を、握った。すると鈴も握り返してくれた。鈴の手はとても細くて折れそうで、でも柔らかくて温かかった。
「さ、行こ?」
「…おう!」
俺はおよそ数年ぶりに外の世界へ飛び出した。
ちょろい。その感想に尽きる。ちょっと優しくすればこれだ。もしかしたら私、男の心を掌握出来る才能でもあるのではないかとも思った。でもこうして一歩前進したのは嬉しくも思う。いやまあ父以外の男と手を握ったのは初めてなので、恥ずかしさはあるんだけど。
確か目的地は…。
「ゲームショップ、だっけ?」
「あ、ああ。いつも通販だから、実際に店で売られている光景を見たいなと思って…。」
今回はそこにしか行かないと決めている。例えアオイが他にも行きたいと願っても帰るつもりだ。アオイは外に出るのは久々なのだ。関知出来ないと思うが、かなり疲労も溜まるはずだ。無理はさせるものではないし、いっぺんに行きたいところ全部回ったら次、外に出る口実が無くなってしまう。そう考えながら目的地に向かった。
「(やべぇよ…。鈴と握った手が汗だくだよ…。大丈夫かな、気持ち悪がられてないかな…。一旦手を離そうにも鈴は強く手を握っているのでなかなか離せないし。絶対こんな汗だく男嫌に感じるよな、気分害するよな。いや待て鈴はそう、ただのメイドなんだ。それ以上の関係ではまだない。心配するな、幻滅されても最低でもメイドとして尽くしてくれる。いや更に待て、"まだ"ってどういうことだ?俺は将来的に鈴とそう言う関係になることを望んでいるのか…?ええい!堂々巡りじゃ!)」
「(うわ、私汗すごい…。手を繋ぐという行為がこんなにも恥ずかしいものなんて知らなかった。私だけを見てと言った手前、頼りにしてくれてそうだし、手を離すのははばかられるな…。もしここで離したら弱みを見つけられた気分になって嫌だな…。)」
私からなのか、それともアオイからなのか分からないが、繋いだ手から汗が出ていることを感じる。今更手を差し出したことを後悔した。いやでもあの時はこれくらいしか方法がないと思ったから、こうしたんだ。ええい、ならば、己の心に従おう。
どぎまぎしながらであったが、私とアオイは無事ゲームショップにたどり着いたのだった。
「うええ、やっぱりいっぱいあるんだなあ。どうしようかなー。せっかくだし新作の格ゲーでも買うかー。」
ゲームショップという所はおよそ100年威容が変わってないようにも見える。今の時代、ゲームはほとんどがダウンロード式だ。ソフトで売られているのはむしろ少ない。それでも未だ売られている理由は、一部の熱烈な愛好家が要望した結果と聞いている。全世界的にネットワークが敷かれているが、それでも通信が不安定なところは不安定だ。そこら辺、需要があるのだろう。だが今日はゲームショップに客足は他に来ていないようだった。
「今年はまだ年末でもないのに、格ゲーの競争率高いなー。なあ、鈴はどれがいいと思う?」
アオイからソフトがいくつか提示されてきた。格ゲーとは格闘ゲームの略である、それと…。
「私格闘ゲームなんて、下・右下・右・パンチのコマンドしか知らないよ?」
「なにゆえ!?それ知っている方が驚きだよ!?」
いやだって伝説的なコマンドだし。ちなみに私もゲームは結構嗜んでいた。
「最近のゲームってやけに複雑だし、10の歳をこえてからは遠ざかってたけど、それでもやってる時はやってたからね。だからレトロなゲームが好きだよ。」
もっと言うなら、ストラテジーとか戦略シュミレーションとかが得意だ。
「レトロゲーいいよな!100年以上も前のゲームをプレイしてる時って何故か感動するよな!」
「少ない情報量の中でも圧倒的な世界観を保有出来る位の知恵が練り込まれているのはすごいと思うよね。」
ゲーム探しのことはすっかり忘れて、二人、ゲーム談義に花を咲かせてしまった。
それは唐突に現れた。覆面を被った人間が数人、4人か?がゲームショップに押し入ってきた。私はすぐさまアオイとともに棚影に隠れた。
「対象者はこのどこかだ!探せ!ヤッちまえ!」
手には銃器らしき物を持っている。あれは…モデルガンなどではない。本物だ。瞬時に判別できるように訓練して来たんだ。そして問題はここからだ。
「この中にいる、対象者…。ここには"私たち二人"と店員さんだけ…。」
いや待て、店員がいない、どこにも。隠れたのか?考える間に覆面たちは間近のレジを素通りしていった。
「どうやら狙いは私たち"どちらか"みたい。」
「………ごめん、動揺してて意味が分からない。何事!?」
馬鹿、声が大きい。気づかれないようにと願ったが、天は私たちに味方しなかったようだ。
「!そこにいるぞ!」
覆面たちの内、二人が棚を挟むように近づいてきた。身のこなしからして、素人だろう。何故とはこの際考えなかった。考えることは、今この状況をどう乗り切るか、だ。私には武器は無い。護身武器は全部置いてきてしまった。迂闊だった。更に私たちの後ろは壁だ。逃げられない。ならばどうすればいいのか。挟撃・素人・逃げられない。これらから導き出される答えは---。
ついに覆面二人は同時に姿を現した。だが、撃つことはできまい。何故なら、覆面男二人と私たちは"同一直線上"にいるからだ。撃ってこようものなら味方に当たる可能性がある。
予想通りだ。ならば、その間隙を突いて戦うしかない。まずは最も近くにいた覆面に襲いかかった。その手にしていた片手銃を上に向かって突き上げた。こうしてひとまずは一人射線を逸らすことは出来た。間髪入れずに追撃、足を思いっきり踏んでやった。そこからの反応は人によって違うが、こいつは最初に銃を突き上げられたことに反応して顔を上にあげていたままで、そのまま体を弓なりに反らせた。更に追撃、空いた喉元に向け思いっきり手を突き上げた。こいつは即座に動かなくなり、その場に倒れ込んだ。人質にして逃げる案もあったが、こいつは私には背が大きすぎた。
「伏せて!」
私は落ちた銃を拾いながらアオイに向け叫んだ。アオイは意図をくんでくれたのかは分からないが、すぐにしゃがんでくれた。そして私は動揺しているもうひとりの覆面に向け、撃つ、振りをした。効果は覿面だ。この覆面は身を屈めた。その隙に私は走り、こいつを蹴った。この覆面はそのまま後方の壁にぶつかり動かなくなった。
「うお、すげえ!」
まだだ、後少なくとも二人はいる。その時だ、一人が棚影から姿を現した。私はその事前にマガジンと装弾されていた弾を外した状態の片手銃を3人目の覆面に向け投擲した。銃は一直線に覆面の顔へと向かい、そして命中した。あ、目に当たったみたいだ。これは痛そうだと思いつつ、悶絶している覆面から片手銃を剥ぎ取った。
4人目はレジカウンターに隠れたようだ。隠れたままこちらの方へ滅茶苦茶に弾を撃っている。だがそこに隠れてしまった時点で私たちの逃走は確定した。レジカウンターの真反対で棚で死角となるところには、人が出れるくらいの窓があるのだ。私は銃から弾薬を取り除き、覆面に向かい投げつけた、と同時にアオイを引っ張り窓を開け、外に連れ出した。
逃走に成功した。外で待ち構えている奴はいなかった。私たちはそのまま近くの交番へと向かい、警察に事情を話して保護してもらった。
「大丈夫だった?」
私はアオイに話しかけた。まだ動揺しているようだった。
「ああ…。」
久々の外出でこれだ。トラウマになるだろうな。
しばらく時が過ぎた。取り押さえられた覆面たちは別所に送られたが、意識がある者は犯行について口々に頼まれてやった、金のためにやった、と言っているという。詳細はまた後日明らかになるだろう。私は勘問を受けたが、正当防衛ということで即日解放された。
「なあ、聞いていいか。」
「ん、なに。」
「なんで撃たなかったんだ?鈴なら撃つこと出来ただろう?」
その問いには答えなかった。さて、なぜでしょうね。
「また、手、繋いで、帰ろっか。」
アオイは驚いた目でこちらを見たが、数刻もしない内に、頷いた。
鬼道邸に着いたとき、繋いでいた私たちの手はやはり汗で濡れていた。
閲覧頂きありがとうございます。
鈴さん怖いでしょう。
戦闘はもっと残酷描写になる予定でしたが(指を折るとか)、想像すると鈴がとても怖い存在になってしまうのでこうしました。
今回の話より、様々な人の主観で物語が動きます。個性を出すのとか、難しいです。
二話目で今更ですが、登場人物の名前はみんな草花に由来しています。鈴は鈴蘭ですね。
次回はたぶんラブコメ度が増してエロ要素が出るかもしれません。それでは。




