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九 模索

 和泉は後輩エージェントが目を閉じた後も、ベッド脇の椅子へ腰かけたままその顔をじっと見つめていた。

 しばらくして、目を閉じたまま、再び板見が口を開いた。

「怪我したことを酒井さんと深山さんに言わなかったこと・・・・反省してます・・・プロのエージェントとしてありえないことだったです・・・。」

「・・・・・」

「でも、今また同じ状況になったら、同じことをしてしまうと思います。」

「そうなの・・?」

「ターゲットに刺された、って言ったら、その場でお二人は俺の救護を最優先されるでしょう。」

「そうね。」

「援助要員が到着するまで、おふたりのうち一人は・・・深山さんは俺につく。だから、第二の襲撃は名実ともに酒井さんが一人で先行されたでしょう。」

「そうかもしれない。でもホテルにも仲間が潜入してたわけだし・・・・結果的にはきっと・・・」

「はい。問題なくミッションは遂行できたと思います・・・。でも想像すると悔しいんです。きっとお二人は、俺のことを一言も責めない。」

「・・・・」

「怒りも叱りもしない。うかつにもターゲットに返り討ちに遭うなんていう失態を演じて、ミッションのリスクを高めたのに、絶対責めない。」

「・・・・」

「きっとそうですよね・・・・そうだったに違いないですよね・・・。」

「そうだろうね。うん、確かに・・・そう思うよ。私も。」

 ため息が響いた。板見も、和泉もだった。

「でもだからといって、あんなことをしていいわけじゃなかった。それはわかってます・・・・。」

「そうだね。」

「・・・車に乗るまでは持ちこたえられると思ったんですが、気が緩んだとたんに体に力が入らなくなって・・・・気が遠くなりました。お恥ずかしいです・・・。」

「細いけどかなり深い傷だったし、出血も多かった。当たり前だよ。」

「・・・・・・」

 少し表情を和らげて、和泉は琥珀のような色をした目で、板見の几帳面そうな顔を見下ろす。

「板見くんはうちのチームで、エージェントとして、もういろんな場面でずいぶん活躍してる。だけど板見くんが言ってるのは、・・・頼ってもらえてないって言ってるのは・・・・なんていうか、物理的なことというよりも、精神的にってことなんだろうね。」

「・・・・・そうだと、思います・・・・」

 ふっと和泉は微笑んだ。同時に目を開けて和泉を見た板見は、少し意外そうな表情をした。

「でも私、思うんだけど」

「和泉さん?」

「同じことを考えてるんじゃないかな。どうして頼りにしてもらえないんだろうって。いや、それどころか・・・自分は全然だめだから、頼りにされるにも値しないって。」

「・・・・?」

「酒井さん、そう思ってるんじゃないかな。」

「・・・・・」

「板見くんが眠っている間、何時間もこの病室で、ずっと座ってたんだよ・・・・・酒井さん。」

「・・・・・」

「一言もしゃべらないで。すごい情けない顔で。」

「・・そうなんですか・・・・・」



 吉田は酒井のほうを見て微笑した。

「コーヒー、冷めてしまう。せっかく深山がおいしいのを淹れてくれたのに。」

「そうですな。」

 テーブルと自分の間に固定していたカップを、酒井がようやく口に運んだ。

「板見が、あなた達に怪我のことを言わなかったのは、どうしてだと思う?」

「途中でミッションから抜けるのが嫌だったんでしょうし・・・・僕たちに心配かけるのが・・・・」

「そうね。」

「もっと普通に甘えてくれると思っていたのに・・・・」

「甘えてほしい?」

 深山がきっぱりとした顔で吉田を見る。

「はい」

 酒井は再び黙り込んでいる。

「それなら、深山、あなたももっと板見に甘えなさい。」

「え?」

「後輩に素直に弱さを見せてほしいと思うなら、まず自分がもっと後輩に弱さを見せること。怖がらずに。」

「・・・・・・」

「板見に、悩みをもっと話しなさい。愚痴を言いなさい。」

「・・・でも・・・・」

「あれも、日々成長してる。いつまでも新人じゃない。昨日より今日、確実に成長してる・・・・少なくとも精神的にはね。」

 足を組み直し、吉田は眼鏡の縁を少し持ち上げ、穏やかに笑った。

 そして笑顔をふっと止め、酒井のほうを見た。

「あまり落ち込むな。」

「・・・・」

「お前の考えてることは想像つく。」

「・・・・・」

「でもそれはありえない願望だ。捨てなさい。」

「・・・・恭子さん・・・・」

「・・・・・何?」

 酒井が顔を上げて上司の顔を、すがるように見た。

「・・・無理です。」

「困ったものだわね。」

 深山がふたりの顔を見比べ、「?」という表情をした。

 吉田は苦笑した。

「酒井はね、たぶん・・・板見に一生危険なことをしてほしくないし怪我もしてほしくないし悩みも持ってほしくない。そう思ってる。いつも、そう思ってる。」

「・・・・・・」

「絶対無理な願望だけど、気持ちはわかる。」

「・・・・・・」 

「理性ではなくて、頭ではなくて、心でそう思ってる。」

「・・・・・・」

「そうよね。・・・そして、その思いは、伝わるのよ。後輩は、先輩のそういう思いを感じ取る。そのとき、どんな気持ちになると思う?」

「・・・・・・」

「たまらなく、くやしくて、歯がゆいでしょう。そしてきっと思うでしょう。そんな先輩を、いつか自分が守る立場になってみせるって。頼られる存在になってやるって、そう思うでしょう。」

 長い沈黙があった。

 酒井はコーヒーカップをテーブルに置き、ソファーの背に身をゆだねた。

 そして天井を見たまま、呟くように言った。

「なんかお笑いみたいな、行き違いをしてるんでしょうな・・・・俺たち・・・・。こんなことでは、この先も思いやられますな。」

「そうよね。そうでなくとも、我々は、会社全体としても決して平坦な道行じゃない。エージェントが、チームの中で、無駄に行き違っている場合じゃないわよね。」

「まったくですな。」

 深山がため息をつき、酒井はそのままの態勢でしばらく脱力していた。

 そして、酒井が顔を戻し、吉田の顔を見た。

「でも恭子さん」

「?」

「俺の心の願望を消すのは、やっぱり、無理です。」

「そうだと思ってる。」

 聞いていた深山は自分でも意外そうな顔をしながら、少し笑った。そして新しいコーヒーを淹れに台所へと立った。



 終業とともに席を立とうとした茂は、しかし一応斜め向かいの同僚に近況を言ってからにしようと思い直した。

「三村」

「なんだ?」

「えっと・・・・」

 少し考え込んだ茂を、面白そうに英一が見る。

「礼なら何度言ってもいいぞ」

「せっかくホントに言おうと思ったのに」

「当分猫の生活用品には不自由しないだろうからね」

「そっちか。・・・・日曜の夜は、一緒に高原さんの手伝いに行ってくれて、ありがとう。まだちゃんとお礼を言ってなかったから。」

「そうだったか?そういえば昨日の月曜は、お前は一日廃人状態だったもんな。」

「睡眠時間が一時間くらいだったんだから」

「もしかしたら、月ヶ瀬さんは今日あたり退院されたんじゃないか?」

「大当たりだよ」

「いよいよ戦いが」

「そう。高原さんが敵陣に乗り込まれた。」

「大げさだな」

「葛城さんが言ってたもの。月ヶ瀬さんの自宅にアポなしで行くと殺されるって大森パトロール社ではいわれているって。」

「今回は業務命令なんだろう?」

「うん。でも高原さんが寝首を掻かれないかちょっと本気で心配なさってた。葛城さん。」

「冗談か本気かよくわからないな。葛城さんも。じゃあもしかして、お前とか葛城さんとかが、また高原さんに黙って様子を見に行ったりするのか?」

「そうだね・・・・。特に葛城さんと何か約束してるわけじゃないけど・・・・・俺は行ってみようと思ってる。」

「・・・・・・」

 英一が少し別のことを考えていることに気がつき、茂は親友の漆黒の両目を見た。

「三村?」

「いや、あのさ・・・・河合」

「何?」

「森川清二氏が殺されたこと、いや、それよりも・・・・・森川が自宅から逃走したこと・・・・。すごく、ショックなんだろうなと、思う。」

「・・・・・」

「高原さんも、葛城さんも、そしてお前も。」

「・・・・・」

「前も少し言ったけど、・・・そしてたぶん余計なことではあるんだろうけれど・・」

「・・・・・」

「今は、あまり考えるな。」

「・・・・・」

「そういうのは少し後にするのがいいと思う。」

 茂は丸くしていた両目を、やがて細め、微笑した。

「ふうん」

 英一は当惑したような顔で茂の顔を見返す。

「何だよ」

「慰めてくれてるんだよね?もしかして」

「確認するな」

「ありがとう。大丈夫だよ」

「・・・・・」

「昨日からずっと考えてるんだ。」

「何を?」

「高原さんに次にお会いしたとき、なんて言って慰めようかって。」

「・・・・・・」

「今のお前の言葉、なんか参考になった。」

「・・・・・・」



「お前全然食べなかったな。もったいないなあ」

「だからまだ食欲ないって言ったでしょ。」

 家政婦さんが廊下からドアを開け恐る恐るこちらを見ている。高原が笑顔で促すとようやく言葉を出した。

「・・・あの、食事の後片付けが終わりましたので、今日はこれで失礼いたしますが・・・・・お台所に、残り物はまた温めて召し上がれるように置いてありますので。ポットに新しいコーヒーもお淹れしておきました。」

「ありがとうございます。」

 高原が一礼した。

 月ヶ瀬が不機嫌そうな表情でソファーにもたれる。

「部屋に行っていいんだぞ。家から出さえしなきゃいいんだから。本でも読まないと退屈だろう。この家にはテレビというものがないな。」

「養父が嫌いだったんだ。無駄に充実したステレオセットはあるから音楽聞きたかったら使っていいよ。地下にはライブラリーもある。」

「後で試してみるよ。・・・せっかくだからコーヒーでも飲むか。」

 高原は廊下に出て、やがてコーヒーセットを持って戻ってきた。

「それにしても、広い家だな。何部屋あるんだ。」

「十二部屋だよ。」

 二十人は座れそうなソファーセットが小さく見えるようなリビングルームで、高原はふたつのカップにポットからコーヒーを注ぎながら笑った。

「下宿屋でも始められそうだ。」

「空き部屋を会社の寮か何かに使ってもらえないかね。」

 高原は目を少し丸くし、月ヶ瀬の顔を見た。そしてそのまま何も言わずに固まった。

「・・・・・・・」

 月ヶ瀬はその美しく冷たい切れ長の目に軽い動揺をよぎらせ、高原を見返した。

「・・・冗談だからね?」

「・・・・・」

「何?」

「あ、いや・・・」

 引き続き高原が何か言いたそうな様子なのを見て、月ヶ瀬は苛立った様子で尋ねた。

「だから、何?」

「えっと・・・」



 夕日が落ちすっかり外は暗くなったが、小さな病室は再び現れた異国的な顔立ちの青年が持ち込んだ空気で、明るさが増したように思われた。

「徹也くん」

 呼びかけに返事はない。

 深山はベッドまで近づき、もう一度言った。

「気分はどう?徹也くん」

「・・・・・・」

 板見は起こしたマットレスにもたれていた上体をさらに少し起こして、来訪者のほうを見た。

「深山さん、すみません、俺のことだと思わなくて」

「君、下の名前、徹也で合ってるよね。」

「はい。でも、俺、会社に入ってから下の名前で呼ばれたことが一度もなかったんで」

「そうか。ちょっと気分が変わって良いかなって思ったんだけど」

「うーん・・・・・」

 あまり板見は同意しない様子で首をかしげた。

「変?」

「やっぱり苗字のほうがいいです。」

「そうかー。」

 深山ががっかりしていることに、少し悪いと思ったように板見が言った。

「和泉さんもいますし」

「?」

「俺が徹也くんになったら、和泉さんだけ苗字のままになってしまいますし」

「麻衣さんって呼ぶから大丈夫だよ」

「たぶんセクハラで訴えられると思います」

「そうかなあ」

「和泉さんそういうことは厳しいですからね」

「なるほどなあ」

 ほの明るい照明の下で、深山はベッド脇の椅子に腰かけた。

「大分体力が回復してきたみたいだね。」

「はい。昨日今日、二日間ゆっくり休めましたから。ありがとうございます。」

「よかったね。そういえば、今日は凌介は来てないの?」

「・・・はい。」

「・・・・・」

「酒井さん、昨日あのあと体調は大丈夫でしたか?」

「うん。昨日別れた時点では、もう特に問題なさそうだったよ。君が元気になるにつれて、凌介も元気になると思うよ。」

「・・・・・・」

「どうしたの?」

「俺、いつまでも子供みたいな存在なんでしょうね・・・・酒井さんにとって。」

「・・・・」

「それはやっぱり俺の実力がまったく未熟だからなんだと思いますし、仕方のないことなのかもしれませんが・・・・。でもそれだけじゃなくて、さらに酒井さんは・・・」

「・・・・凌介は、なに?」

「もしかしたら、あろうことか、俺のケガのことでご自分を責めたりなさってるんでしょうか」

「そうだね。たぶん、そうだと思う。」

「・・・・・」

「正確には、ケガもだし、そのことを君が黙っているようなことに、そんなふうにしてしまったことについて、だね。」

「酒井さんのせいなんかじゃないのに・・・・」

「僕でさえ、全部はよく分からないから、きっと板見くんにはすごく分かりにくいことだと思う。」

「・・・・・」

 深山は金茶色の髪を微かに揺らして、顔を傾け微笑した。

「凌介は、君に、エージェントとしての自分の全てを伝えたい。余すところなく伝えて、一流のエージェントに育てたいんだ。それなのに、どんなものからも君を守りたいんだ。もう絶望的に矛盾してるんだよ。」

「・・・・・・」

「だから、凌介自身が一番こまってるみたい。」

「・・・・・・」

「許してあげてね。そして、温かく見守ってあげて。」

「・・・・そんな、俺なんかが・・・・」

「君だからこそ、なんだよ。」

 板見はゆっくりとうつむいた。

「どうしたらいいんでしょうか・・・・俺は・・・・」

 深山は板見の声が少し震えていることに気がついた。

「・・・ごめんね、僕にも、よくわからない。」

「・・・・酒井さんに、元気でいてほしいんです。困らせたくない。でもそんな方法、存在しない気がします」

「そうだね」

「絶対・・・存在しません」

 さらに深く、板見はうつむいた。

 深山はゆっくり立ち上がり、顔をあさっての方向へ向けながら、手だけを板見の肩に置いた。

「そうかもしれないね。」



 高原はシャワーを浴びると、家政婦さんが洗濯してリネン室に置いていってくれたシーツ類を抱えて二階へ上がり、月ヶ瀬の部屋の前で立ち止まった。

 ノックするが、返事はない。ため息をついて高原はドアを開ける。

「寝る前にベッドのシーツ替えろよ。せっかく糊してアイロンまでしてくださったんだからね。片手しか使えなくて無理そうなら、手伝うから」

 そこまで言って、高原は言葉を止めた。

 真っ暗な部屋で、ベッドの足元にもたれて床に直接座り、月ヶ瀬は目の前のガラス戸からベランダ越しにぼんやりと外を見ていた。

「・・・・風邪ひくぞ。」

「・・・・」

「月ヶ瀬」

「・・・シーツなら、ベッドの上に置いておいて。」

「・・・・・」

「自分でやるから。」

「ああ。」

 高原は一旦月ヶ瀬の部屋を後にし、隣の客用寝室で自分のためにベッドの用意を始めたが、ふと手を止め、もう一度月ヶ瀬の部屋へ行った。

 月ヶ瀬はさっきと同じ場所で、そして頭をベッドにもたれさせるようにして、寝息をたてていた。

「ほんとに風邪ひくぞ。」

 肩に手を置き、揺すって起こそうとするが、反応はない。月ヶ瀬が強い睡眠導入剤を使うことは波多野部長から聞いていたので驚きはしなかったが、高原は一瞬途方に暮れ、ベッドのほうを見た。

「ベッドに入ってから飲んでくれよ。しょうがないな。」

 新しいシーツに取り替えてベッドを整え、そして高原は月ヶ瀬を抱きかかえてベッドの上へ移動させ、寝かせて掛布団をかけてやった。

 部屋を出て行こうとすると、後ろから呼び止められた。

「優しいね、高原。」

「・・・・・」

「ホントに、無駄に。」

 高原が振り返ると、同僚がベッドの上で横たわったままあきれたような顔でこちらを見ていた。

「起きてたのか」

「怪我のための薬と、睡眠薬は一緒に飲んじゃいけないっていわれたから」

「なるほどな」

 テレビもラジオもない巨大な家は、壁の隅々まで圧倒的な静寂が満ちている。

 月ヶ瀬のほうに向きなおり、高原は腕組みをして顔を少し傾け、微笑した。

「夜になると、ますます静かだな。お前が好きそうな環境だ。」

「そう?」

「そうだろう?だからこそ・・・・」

「高原。君があんな顔をしたのはどうして?」

「?」

「病院で僕が・・・・阪元に僕個人のことを言われた話をしたとき。」

「・・・ああ」

「犯罪者の家族を差別するなんて許せない?」

「・・・・・」

「僕は、そのことは全然かまわないと思ってる。本当に。」

「・・・・・」

「犯罪者は社会から責められ、差別されるのが当然だし、そうあるべきだと思う。そしてそれが家族にまで及ぶこともね。それが、社会のルールに背くということなんだから。」

「・・・・・」

「僕が許せないのは、僕を差別する人でも社会でもない。犯罪を犯した父親そのものだ。」

「・・・そうか。」

「そして、僕を育てなかった母親。」

「・・・・・・」

 高原は腕組みを解き、その場に立ち尽くした。

 月ヶ瀬は顔をまっすぐ上に向け、天井を見つめた。

「ゆるさないよ。」

「・・・月ヶ瀬」

「・・・・・」

「たぶんだけど・・・・一番許せないのは、とても早く、母親が亡くなってしまったこと、なんじゃないか」

「・・・・・」

「お前から家族というものを・・・・二回ずつ、奪ったんだよな。父親も、母親も・・・・」

「・・・そうだね」

「でも、養父のようなかたも、おられた。」

「まあね。でも、養父も、僕が一人前になるかならないうちに、さっさと亡くなった。」

「・・・・・」

「早く死んじゃうのって、ほんとにずるいよね。何にも責任とらなくていいんだもんね。」

「・・・・・・」

「いなくなる。これ以上の無責任、ある?」

「月ヶ瀬」

「だったら、はじめからいないほうがよっぽどいい。」

「・・・月ヶ瀬」

 高原は足を踏み出そうとしたが、すくんだように体が動かなかった。

 月ヶ瀬は天井を見たまま、やがて声のトーンを低くして、言った。

「・・・ごめん。夜、寝付かれないといつも妙なことを考える。だから睡眠薬がないと困る・・・・。君も、寝入り端の僕に近づくとろくなことがないから、夜はさっさと自分の部屋で寝るようにしたほうがいいね。・・・それじゃ、おやすみ。」

「・・・ああ。おやすみ」

 ドア口まで行き、もう一度高原は振り返った。

「あのさ、月ヶ瀬」

「・・・・・なに?」

「たぶんまた明日も、寝入り端のお前に近づくと思うけど、気にしないでくれ」

「・・・・・」

 高原は廊下に出て、ドアを閉めた。


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