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五 想定外

 昼休みの始まりを告げる放送があっても、まったく聞こえないといわんばかりに、茂は端末へ向かって集中して作業をしていた。

 そして同じ島の中で唯一まだ席に残っている、斜め向かいの席の同僚へ向かって、声をかける。

「三村、この間の会議で各部へふられた資料、まだ四か所から出てきてないよ。まとめ資料の作成が進まないから、俺から督促しといていいよな?」

 三村英一はその端正な顔の端正な両目をまるくして、同僚の淡い色の瞳を見返した。

「・・・・・・」

「聞こえてる?」

「あ、ああ。」

「じゃあそうするから。」

「・・・・・・」

 端末をひとしきり操作した後、茂は視線を感じて再び英一のほうを見た。

「何?」

「いや・・・・。どうしたんだ、河合。」

「?」

「おかしいぞ。」

「は?」

「お前がちゃんと仕事してるなんて。」

「・・・・・」

 茂は作業が一段落すると同時に、ため息をついて、少しうつむいた。

「殺人事件の波紋は大きいんだな。」

「・・・・うん。」

「高原さんか。」

「うん。」

「考えたくないことがあるとき、仕事で紛らわそうとするとすぐに無理が来るぞ。」

「・・・・・・・」

「俺も経験あるからさ。」

「・・・・・・・」

 英一は立ち上がり、オフィスの出口を指差した。

「弁当か?今日」

「いや。猫との戦いで精一杯で作るゆとりがない。」

「じゃあメシ食いに行くぞ。」

「あ・・・うん。」

 ロッカー室から弁当を持って戻ってきたベテラン係長は、入れ違いに一緒にオフィスを出て行った二人を、目を少し丸くしながら微笑し見送った。

 昼も比較的空いている、ビルの最上階の展望室のカフェで、二人はランチセットを注文した。

「先輩達の様子はどうなんだ?」

「相変わらずだよ。高原さんは今週一度も事務所に来てないんだって。・・・まだ次の警護案件が入っていないから、来なくても支障がないとはいえるけど、こんなこと初めてだって。葛城さんが心配してた。葛城さんは単独の警護案件が入って準備で少し忙しいんだけど、昨日、高原さんの家に行ってみるっておっしゃっていた。どうなったかは分からないけど。」

「そうか。」

「三村、お前は何か連絡とかしてないの?」

「高原さんと?」

「うん。・・・だってさ、悩みがあるとき、相談するのは結局お前だと思うからさ・・・高原さんって。」

「だとしたら嬉しいけど、なんの連絡もないよ。あれから。」

「そうなんだね・・・・。」

 英一は茂より十センチほど背が高い長身にふさわしい長い足を、所在無げにテーブルの下へ伸ばす。

 絵に描いたような美青年である英一を、周囲の女性たちがちらちらと盗み見るのは、茂はもう慣れっこだった。葛城と一緒にいる時と比べれば、どうということもない。

「波多野さんは何かおっしゃっているか?」

「・・・何も。俺には、あえてもうこの案件については話さないと決めておられるような感じ。」

「そうか・・・。」

「悔しいよ。先輩が苦しんでいるに違いないのに、なんにもできないんだもんな。」

「実力も挌が違うけど、精神的にもまるでステージが違うってことなんだな」

「そんなにはっきり言うなよ。でもそういうことだよ。」

「先輩達も、弱さも欠点もある普通の人間だ。なら、もう少しお前に何か頼ってくれたらいいのにな。」

「そうだよ。」

 茂は絹糸のような明るい自然な茶色の髪を、振り払うように頭をふった。

「三村、どう思う?」

「この先、どうされると思うかってか?」

「そう」

「あまり言いたくない。」

「言ってよ。」

「山添さんの事件のとき、高原さんはお前に、山添さんの尾行と監視を頼んだよな。」

「ああ。クライアントを襲撃した犯人が山添さんの知り合いだったから警護に支障を来した責任を取って・・・・・、警護業務が終了した後も、犯人との間で何かけじめをつけようとするんじゃないかって、高原さんが心配した。そして、そのとおりになった。」

「今回、どうして誰も、そういうことをお前に頼まないんだろうな。別の誰かがやるのかね。」

「・・・・・・高原さんクラスの人に、そもそも尾行とか小手先のことは通用しないからかな・・・・・でもそれは山添さんだって結局似たようなものだったけど・・・・」

「高原さんは、クライアント・・・いや、元クライアントが起こした殺人事件について、自分たちが警護をしたことが遠因だとでも思っていらっしゃるのかね。」

「そうなんじゃないかな。」

「いくらなんでも、ご無体なことじゃないか?」

「そうだよね。」

「むしろ普通に考えれば、大森パトロール社の方針そのものについての、課題といえるはずだ。どんなクライアントも守る。ごくごくわずかの例外を除いて。そしてそのこと以外のことは、やらないし、考えないし、関知しない。この方針に、疑問を感じるような事件だったことは確かだと思う。」

「うん。」

「でも、今までもそういう疑問は、何度でも感じてきたはずだよな。その度に、完全とはいえなくても何度でも乗り越えてきたはずだ・・・大森パトロール社は。」

「うん。」

「高原さんはさ、単に、クライアントのことが許せないんじゃないかな。」

「・・・・・」

「同僚を殺したクライアントでさえ守った人だよ。でも今度のクライアントは、警護員が守ったその命で、殺人を犯した。ちょっともう、許容範囲を超えた。」

「責任を感じている、とかいう次元じゃないのか。」

「そう思うよ。」

「・・・・・・」

 食事が運ばれてきたが、ふたりはなかなか手がつかなかった。

「そして、問題はたぶん・・・・高原さんが、ご自分のそういう単純な怒りの存在を許さないタイプの人だってことだろう。あの人は、基本的にどんなことも、どうあるべきかで考える。何か問題があると感じたら、どうすれば一番あるべき姿を実現できるか、そういう風に考える。自分の中のありのままの自然な感情をそのまま受け入れることが難しいと思う。そういうタイプの人は。」

「・・・・・」

「それがなんなのか分からなくても、とにかくあるべき正しいかたちに、自分を正して正して、矯正して矯正しようとする。」

「・・・・・」

「だから周囲には、どうすることもできない。そういう人って、おもてに出る行動は、どこまでも、正しいんだから。」

「・・・・どうなるってこと・・・?」

 英一は水を一口飲んだ。

「今回のことで、大森パトロール社はクライアントのご家族に、クライアントを守ったことを感謝されなかったはずだ・・・いや、むしろ責められたかもな。」

「・・・ちょっとそんなことを、聞いた。葛城さんに。」

「でも、もっと責められるかもしれないことを、なさると思う。」

「さらに何か、関わるってこと・・・?ご家族に・・・?」

「ああ。クライアントを、自首させるために。なにかなさる。そう思うよ。」

「・・・・・どうして・・・・」

「正しいことだろう?」

「そうだけどさ」

「とことん自分を追い詰める。自分を責める人間がいたら、逃げるどころか最後まで問題を追及する。納得できないことがあったら、執拗に自分を叱咤して究明を課す。そういう人だ。」

「そうだね・・・・。確かに、そうだね・・・・」

 茂は背筋を伸ばして同僚の目を凝視した。

「?」

「三村、お願いだよ、予想してくれ。」

「・・・・・」

「推定してくれよ。具体的に、どこで、何をするのか・・・・高原さんが。」

「・・・・・・いいけど・・・さらに色々業務上の秘密を話してもらわないといけなくなるが。」

「いいよ。お前なら、大丈夫だからさ。」

 茂は改めて森川清二氏の警護案件について、全体の概要を説明した。



 星の少ない、しかし微風が心地よい夜が、静かに更けていく。

 高原は、警護用のゴーグルではなく、事務所にいるときのようなメガネをかけ、まるで気まぐれに散歩に出た人間のような気軽な服装で、街灯の明りと明りの間の微かな暗闇に、時を忘れたように立っていた。

 待ち人はほぼ予想通りの時刻、予想通りの状況で現れた。

 門扉に手をかけた森川清二は、静かに声をかけてきた、よく知っているボディガードのほうを驚愕して振り向いた。自分の家の前の路上、自分の斜め後ろの位置から、高原晶生警護員・・かつて自分の警護を担当した、今はそうではない人間は、偶然遭遇した旧知の間柄であるかのような表情でこちらを見ていた。

「お詫びを申し上げなければなりません、森川さん。」

「・・・・」

「奥様はご在宅です。」

「・・・・・」

「そして、私からお願いが、あります。」

「・・・・もしかして・・・・」

「はい。毎日のメール、私が奥様と相談し、送信していました。」

「嘘なのか。急な用件で実家へ行っているというのも・・・明日の入園式に向けて娘が孫と一緒にここにいて、娘が・・・・」

「あなたのお母様と一緒にいるというのも。」

「・・・・・・」

「私を警察へ突き出そうというのだな。」

「全部が嘘ではありません。明日の朝、そう、入園式当日の朝、お孫さんと娘さんはここにお立ち寄りになります。相当に早い時刻に。」

「・・・・・」

「森川さん、あなたがお孫さんに会う時間をつくるために、です。」

「自首せよと?」

「明日、警察へ行ってください。」

「そんな悠長なことを言っているわけか。仕事が終われば警護員というのも呑気なものだな。」

「あなたを襲ったプロの殺し屋たちが、また襲ってくると思われますか?」

「思うよ。依頼主を殺した人間には、報復するんじゃないか?」

「そうかもしれません。・・・ご自宅の戸締り、セキュリティシステムは全て確認してあります。そして出入りはこの玄関だけで可能です。そして・・・・」

「そして?」

「私が朝まで、ここにおります。」

「・・・・・・」

「そして明日、警察まで、ご一緒します。」

「・・・・・・」

「転居するとおっしゃっていました。早急に。」

「妻が、か?」

「はい。ですから、いずれにせよ、この家でご家族と過ごせるのは、今日が最後だと思います。」

「・・・・・」

「家にお入りください。そして朝まで一歩も出ないでください。そうすれば、万一あなたを誰かが狙っても、必ずお守りします。」

「・・・・・わかったよ。」

「早く。」

「念のために・・・」

「?」

「君が、私の味方だという証拠を見せてくれ。」

「・・・・・」

「うまく私を自宅に閉じ込めて、暗殺者たちと連携して・・・ということじゃないとも限らないからね。そうじゃないという証拠を。」

「・・・森川さん、あなたのご判断で、お信じくださいと申し上げるほかありません。」

「そんなことで、安心できると思うか。」

「早くお入りください。私があんな小細工をしなくても、お孫さんの入園式前夜にあなたがご自宅へ戻る可能性は、普通の人間なら考えます。実際に刺客が近くに迫っているかもしれないんですよ。」

「ああ、そうだ。あんなメールがなくても、多分私は今晩ここに立ち寄って、それから孫の家に立ち寄っていたよ。どっちにいるかわからないからね。君の偽メールせいで、その可能性と行先が一〇〇%君の予想通りになったけどね。」

 高原は返事をしなかった。それは森川の言葉に答えられなかったのではなく、警護員としての本能的な行動へと体が反射的に動いたからだった。

 高原がいきなり森川に背中を向けるようにその前面へ体を滑り込ませ、同時に高い金属音が響いた。

 街灯の青白い光をその金茶色の髪に反射させ、音もなく忍び寄った刺客がその右手のナイフを弾かれ、殺気に釣り上った茶色の目でボディガードの両目を捉えていた。

「早く家へ!」

 叫ぶと同時に高原がスティール・スティックを今度は刺客のナイフではなく腕に向けて振り抜く。

 それは空を切り、同時にもう一人のエージェントが森川の背後に回り上着のようなものをその顔に被せて視界と動きを封じた。

「うう・・・っ!」

 森川の苦しそうな声が微かに響く。板見がしっかりと森川を拘束していた。

「どうしてあなたが、ここにいるの」

 態勢を立て直しながら、そして高原の両目を視線にとらえ続けながら、深山祐耶が恐ろしく低い声で言った。

 高原は一瞬我が目を疑い、深山の顔を見た。

 深山の両目から、紛れもない、涙が零れ落ちていた。

 高原はスティール・スティックを持った手をゆっくりと下ろし、アサーシンのナイフを待った。

「殺したくなかった」

 細く美しい銀色の刃物が、若き殺人専門エージェントの右手に構えられたまま恐ろしいスピードで振り下ろされたとき、あがったのは血しぶきではなく、別の警護員の叫び声だった。

「晶生!クライアントを!」

 葛城が深山に飛びかかっていた。深山を組み伏せようとしたがそれは叶わず、二人はもみ合うように横倒しに地面に倒れこんだ。

 そして深山がナイフを逆手に持って体を起こし、美貌の警護員を見下ろした。

「葛城さん・・・。あなたが守ろうとしたのは、クライアント・・・?それとも・・・・、高原さん?」

 深山が高原に向かってナイフを振り上げた時点で、既に高原は左手で後ろ手に板見の腕をつかもうとしていたが、アサーシンのナイフの軌道から解放されたことで、次の瞬間には板見から難なく森川を奪い取り、玄関から家の中へ退避させた。

 内側から玄関の鍵がかけられるのを確認し、高原が路上の葛城に駆け寄ったとき、既に二人のエージェントの姿はどこにもなかった。

 いつの間にか近づいていた一台の車の、ヘッドライトが高原と葛城を照らし、降りてきた茂が二人のところへと走り寄った。

「怜・・・・!」

 葛城は、路上に仰向けに横たわり、目を閉じたまま動かない。

「葛城さん!」

 高原は両手でそっと葛城の頬に包むように触れた。薄い手袋を取り、親友の僅かに開いている美しい唇に指をあてる。

「息、してない」

「・・・そんな・・・!」

「・・・怜・・・」

 


 街の中心の古い高層ビルに入っている事務室で、カンファレンスルームの舟形テーブルに設置した通信機器からの音声に耳を傾けていた吉田恭子は、ふーっと息を吐き出して椅子の背にもたれた。

 しかしすぐに入口ドアのほうを振りかえった。

 別のチームのリーダーが、微笑しながらこちらを見て立っていた。

 吉田の隣に座っていた和泉が、立ち上がって席を譲った。

「いいです、和泉さん。お気づかいなく。」

「いえ。ちょうどコーヒーを入れてこようと思っていたところですから。」

 一礼し、庄田直紀が椅子に腰かけた。その肌はぬけるように色が白く、涼しげな切れ長の両目は上品な顔立ちによく似合う。その容姿も静かな物腰も、彼がこの探偵社でおそらく最も多くの人間を殺してきたということを俄かには信じがたい事柄に思わせる。男性にしてはあまり背は高くなく、百六十五センチほどだが、傍にいる人間を圧倒するような隙のなさは、現役のアサーシンの引退後も変わらない。

 吉田はその鼈甲色の眼鏡の奥の静かな両目で、同僚の顔を一瞥して一礼した。

「この度は、うちのチームのトラブルのフォローで色々迷惑をかけた。」

「いいんですよ、吉田さん。」

「最後の襲撃の準備、短時間であそこまでやってもらって、感謝している。本当に、ありがとう。」

「お役に立てて、私も嬉しいです。」

 吉田はため息をついた。

 元アサーシンは両目を伏せ、微かに苦笑した。

「心労が続きますね・・・吉田さんも。想定外のことはなにも起こっていないとはいえ、特に・・・あの若いアサーシン君のことはご心配だったでしょう。いえ、ご心配でしょうと現在進行形で申し上げるべきでしょうかね。」

「でも今は、庄田、あなたのほうが困っているように見える。」

 庄田は苦笑を普通の笑いに変え、頬杖をついた左手でこめかみを押さえるようにした。

「・・・さすがですね・・・吉田さんには、隠し事はできない。」

「顔色が悪いけど、なにかあった?」

「ありましたよ。さっき、浅香からメールが来ました。」

「浅香から?でももう今回の仕事の事前準備は全部・・・」

「はい、もう仕事は終わっています。終わったはずだったんですが・・・・。今、社長と一緒だそうです。」

「えっ」

「もう想像つきましたか?」

「ついた。チームリーダーに無断でエージェントを連れておられるということは、社長の悪い癖が出たということね。」

「はい。」

 入口からコーヒーを三セット持って入ってきた和泉は、次の庄田の言葉を聞いて危うくそれらを取り落としそうになった。

「・・・社長は、襲撃現場に、向かわれているんだそうです。浅香に車を運転させて。」

「・・・・」

「とにかく危険すぎます。ご自分のお立場をいかがお考えなのか・・・」

 吉田は顔面蒼白になったまま、窓のほうへ焦点の合わない視線を投げた。

 二人のチームリーダーに近寄りがたく、和泉はしばらくそのまま立っていた。



 高原は必死で手の震えを止めようと努めながら、葛城の口元で呼吸停止を確認した右手を、次に葛城の首元へとずらし、頸動脈に触れた。

 その手を、やや華奢な手が静かにしかし強くつかんだ。

「・・・・!」

 驚愕して高原がその手の主の顔を見た。

 葛城が大きく開けた両目で高原の顔を見上げながら、左手で同僚の右手をつかみ、怖い顔をしていた。

「どう・・・?晶生。」

「・・・怜・・・」

「どんな気持ちになった?」

 高原は数秒間固まっていたが、答えず、葛城の上体を助け起こした。

「・・・・・」

「そんなふうな思いを、みんなにさせようとしたんだよ。晶生は。俺にも、茂さんにも、英一さんにも・・・・崇にも、波多野さんにも。」

「・・・・・・」

「仲間が死ぬって、どんな気持ちかほんとに分かってる?」

「・・・・・・」

「万全の準備をしても、仕事で命を落とすことはある。でも、なんなんだよ、これは。どういうことなんだ?」

「怜、俺は・・・」

「プライベートとでも言うつもり?俺たちに関係ない活動だとでも言うつもりか?」

「・・・それは・・・・」

「業務範囲を超えること・・・それについては俺も人のことは言えないから、お前のことも言わないって、決めた。そう言ったはずだ。だから、一緒にやるから。」

「怜・・・・」

「警護業務が終わってもどこまでもおせっかいを焼きたいなら、一緒に焼くから。波多野さんに言えないことなら、一緒にルール違反するから。ひとりでやるな。俺に・・・みんなに言ってくれよ。手伝ってくれって、言ってくれよ。」

 高原は一言もなく、うつむいた。

 茂が立ち上がり、後ろの車を振り返りながら言った。

「高原さん、今日これからここで門番されるおつもりですよね?三村の車で来たんですが、俺も参加します。よろしくお願いします。」

 驚いて自分のほうを見る高原に、茂は微笑した。

「食べ物とか防寒具とか調達してきました。」

「・・・・」

「あ、別にわざわざ行ったわけじゃなく、猫の餌と砂を買ったついでですから大丈夫です。」

「・・・・・」

「車の中で交代で寝ましょう。葛城さんも入れば三交代になりますから。」

 英一が運転席から手を振っているのが見えた。

「ありがとう。河合。お前の見張りじゃいまいち頼りないけど、なんか精神的には嬉しいよ」

「ひどいです!高原さん」

「俺の行動を予測したのは三村さんか。」

「はい。でも葛城さんもだいたい予測されてましたよね。」

「・・・怜、すまない。」

「謝っても、ゆるさないよ。」

 高原の手を借りて、葛城が立ち上がった。

「晶生!」

 葛城が小さく、しかし悲鳴に近いトーンで言い、高原と茂はぎょっとした。

「どうした?怜」

「その血・・・どこか怪我したのか?」

「え?」

 高原の服の脇のあたりから前身頃にかけて、血糊が付着していた。

「いや、俺はどこも負傷はしてない・・・」

「じゃあ、森川さん?」

「それも違う。最後、退避の直前に確認した。」

「そうだよな。・・・襲撃を排除したら、その次に警護員が本能的にやることが、クライアントの負傷の有無の確認だから・・」

「じゃあ、この血は・・・」

「あのエージェントしか、ありえないな。」

「・・・・・」

 そのとき、玄関の扉が開き、警護員たちは一斉に振り返った。

 森川清二の妻の、美和氏がドアを中から開き、こちらを見ていた。

「奥様?」

「夫が・・・・」

「森川さんが?」

「・・・いなくなりました・・・・」

「えっ」

「裏口が開いていて・・・いつの間にか・・・・・」

 高原は美和氏に駆け寄った。

「セキュリティシステムは?」

「内側から解除されていました。」

「それはつまり・・」

「はい。夫が自分で解除したということです。」

「・・・・・・」

 茂が取り落とした通信機器がアスファルトの地面に落ち、鈍い音をたてた。



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