一 再来
主役が特にいない回ですが、大森パトロール社と阪元探偵社の、いわばふたつの会社そのものが主役といえるような内容にしたいと思いました。
河合茂は平日昼間勤めている会社の自席で、終業ベルが鳴ったとたんに、なにやら熱心に書き物を始めた。
斜め向かいの席からの、同僚の視線にも気がつかない。
そのとき、茂の携帯電話が着信を知らせ、茂は慌てて応答した。
「はい、河合です。あ、先生・・・・ありがとうございます、お世話になりました・・・・はい、今から迎えに行きます。あ、治療代はおいくらくらいになりますか・・・?・・・げっ!・・・あ、いえ、なんでもありません。・・・はい、それでは。」
がさがさと手元のものを片づけ、茂はあたふたと席を立った。
三村英一は斜め向かいで立ち上がった同僚を見上げながら、少し遠慮がちに声をかけた。
「河合」
茂は上着を片袖だけひっかけたかっこうで、その透明度の高い琥珀色の両目で、英一の端正な漆黒の両目を見下ろした。
「なに?」
「誰か怪我か病気なのか?」
「ああ・・・人間じゃないけどさ。」
「え?」
「猫を拾ったんだ。アパートの前で。で、インターネットで調べたら、そういうときはすぐに獣医さんに連れて行くこと、ってあったから。」
「なるほど」
「やっぱりちょっとウイルスに感染してたって。注射とかしてもらって、薬ももらえるみたい。」
「お前、動物飼ったことあるのか?」
「ないよ。それじゃ、俺急ぐから」
「ああ。」
茂が走り去るのを、黒髪の長身の美青年は微かに当惑した表情で見送った。
そして自分も退社すべく立ち上がったとき、茂の机の上に置き忘れられた1枚の紙が目に入った。
そこには「猫の里親募集します。三毛猫、メス、一歳くらい」といった内容が途中まで書かれていた。
平日昼間勤めている会社と同じ最寄駅だが駅の反対側にある雑居ビルの二階に、大森パトロール社の警護部門の事務所がある。そこで土日及び夜間限定でパートタイムの警護員として登録している茂は、しかし平日夜としてもかなりいつもより遅い時刻に事務所に到着した。
従業員用入口をカードキーで開けて入り、事務室内へ足を踏み入れると、先輩警護員の葛城怜が自席からこちらを振り返り手を振った。
「こんばんは、葛城さん」
「茂さん、こんばんは。今日はちょっと遅めですね。」
「はい、ちょっと先に用があって・・・」
葛城のところまで茂が行くと、葛城は扉が閉まっている応接室のほうを一瞥し、再び茂のほうを見た。
「今、晶生と波多野部長が話してます。私にまで仕事が割り振られるかどうかは、まだ微妙みたいな感じですね。」
「そうなんですね。」
茂が尊敬する先輩警護員である葛城怜は、濃い栗色の長髪が似合う、男性離れした絶世の美貌の持ち主だ。背格好は、身長百七十センチくらいの細身で茂によく似ているが、その外見からは想像できないような有能な警護員である。
が、しばらくして葛城はその非常な美貌の顔をゆがめて、連続してくしゃみを始めた。
ハンカチを取り出して口を抑えるが、まったく止まらない。
「か、葛城さん、大丈夫ですか?」
葛城は、切れ長で天然のアイシャドウをしたような艶な両目を真っ赤にして涙を滲ませながら、鼻声で答える。
「は、はい・・・・はっくしょん!あの、えっと茂さん、もしかしたら」
「?」
「猫を触ってこられました?」
「あ!」
茂は自分の上着の前身頃に目をやった。猫の毛だらけだった。
「実は、私・・・猫アレルギーで・・・」
「な、なるほど。ちょっとキレイにしてきます。」
踵を返し、茂はビルの化粧室まで行って上着やズボンをぱんぱん叩き、鏡と目で念入りにチェックした。戻ってくると、ちょうど応接室から波多野営業部長と高原晶生警護員が出てきたところった。
「なに泣いてるんだ?怜」
ハンカチを持ったまままだ目と鼻を真っ赤にしている葛城に、高原が声をかける。
「茂さんに泣かされたんだ。・・・・ね?茂さん。」
葛城は戻ってきた茂の方を見て笑った。
「いえあの、違います!あ、いえ、そうです。」
打ち合わせコーナーで茂が持ってきた麦茶を飲みながら、高原は笑いころげた。高原晶生警護員はやはり茂が尊敬する先輩警護員であり、葛城以上に有能な、大森パトロール社の全ての警護員が一目置き頼りにするような存在である。すらりと背が高く、眼鏡の似合う知的な容貌には、不思議な愛嬌が同居している。同じく大森パトロール社ができたときからいる四人の警護員のひとりである葛城と、特に仲がいい。
「せっかく河合が良いことしてるのに、そんなに嫌がらなくてもなあ」
茂は引き続きガムテープで上着の細かい猫の毛とフケを掃除しながら恐縮している。
「いや、俺は猫は好きなんだよ晶生。ただくしゃみと鼻水が出るだけだ。」
「大変だなあ。」
「お酒が好きなのにアルコールに弱い人みたいですね」
「そういう人たまにいるよな。河合もちょっとそうだよな」
「はい」
「で、お前飼うのか?その猫」
「住んでるアパートはペット禁止なんです。が、大家さんに交渉して、飼ってくれるひとが見つかるまでの間なら、いいってことになりました。」
「そうか。じゃあ事務室に飼い主募集ポスターでも貼るか。」
「はい、つくってきたんで是非・・・・あれ?」
茂はカバンの中を見て、書きかけていたポスターを忘れてきたことに気がついた。
「猫の写真もつけるといいよ。」
「そうですね。明日は持ってきます。」
「誰も引き取り手がなかったら最後は俺が飼ってやるかな」
「でも晶生は出張警護が多いからなあ」
「そのときは河合がうちに泊まって面倒みてくれ」
「もちろんです!」
「怜は広い家に住んでるのになんで猫アレルギーなんだろうな、ほんとに」
「ごめん」
高原は笑って葛城の頭を叩いた。
「なに真面目な顔してるんだ。冗談だよ」
「広い家といえば・・・・」
茂がふと思い出したように途中まで言い、そのまま言いよどみ、そして沈黙が流れた。
「はははは、茂、そりゃ無理だ」
三人は同じ方向を振り向いた。茂の後ろに、波多野営業部長が相変わらずまったく似合わないメタルフレームのメガネをかけてにやにやしながら立っていた。
「やっぱりそうですよね」
「月ヶ瀬はおよそこの世の生きとし生けるもの全部嫌いだからな」
「はあ・・・・」
笑いながら波多野は行ってしまった。
さらにしばらく沈黙が流れた。
「俺も、無理だと思うな。」
高原が微笑しながら言った。
月ヶ瀬透警護員は、高原や葛城の同期でやはり有能な警護員だが、その独特の性格のため同僚たちの多くは彼が苦手である。
「葛城さんのおうちも広いですが、月ヶ瀬さんのところはちょっと普通じゃない大きさですよね。うっかり迷い込んだら玄関の場所が分からなくなると思いました。」
「そうだよね。」
「ひとりで・・・・お住まいなんですよね、あそこに。月ヶ瀬さんは。」
「ああ。」
「・・・・・」
茂が黙り込んだのを見て、高原と葛城はしばらくためらっていたが、高原が再び口を開いた。
「河合、お前の疑問はわかるよ。あいつが意識不明の重体で入院したとき、身元引受人は波多野営業部長だったからね。家族は?ということだよな。」
「・・・・はい。」
高原は椅子の背もたれに体を預け、両手を頭の後ろで組んだ。
三人のほかには誰もいない事務室が、一瞬しんとなり、パソコンの静かなモーター音だけが響いた。
「月ヶ瀬の母親は、事情があってあいつを育てられなくて、施設に預けられたそうだ。そして、たった一人の身寄りだったその母親も、すぐに亡くなった。」
「・・・・・」
「あいつの里親になった人物は、子供がいなくて妻とも死に別れて、月ヶ瀬を養子にするまではひとりで生活しておられたそうだけど、非常な資産家で、そしてすべての財産を養子である月ヶ瀬に残そうとしたんだ。」
「そうなんですね」
「ただ、その養父は、かなり手の込んだことをした。」
「?」
「月ヶ瀬は成人するとすぐに養父のもとを離れて独立した。少しでも世話になる時間を短くしたかったんだね。そして財産も相続しないと言ったんだって。で、養父は月ヶ瀬が警護員になって間もなく病死されたんだけど、その遺言が・・・・」
「どんな内容だったんですか?」
「遺産の半分を月ヶ瀬のいた児童養護施設に、半分を月ヶ瀬に譲る。いずれも財産管理人をつける。ただし児童養護施設へは五十年間の分割払いとし、次の条件が満たされなくなったときは、残額は犯罪者の人権擁護団体への寄付に切り替える。その条件は、月ヶ瀬が半分の遺産の相続を放棄しないこと、移転や贈与もしないこと、そして月ヶ瀬が養父の住んでいた家に住み続けること。」
「なるほど・・・・」
「養父は、あいつが犯罪者をなにより憎んでいることをよく知っていたんだな。」
「すごく愛しておられたんですね」
「え?」
「月ヶ瀬さんのことを・・・・そのかたは。」
「ああ・・」
高原は少ししてから微笑み、茂の顔を見た。
「・・・そうだな。」
葛城も笑い、そして鼻をすすった。
「おい、晶生、怜、それから茂」
「はい!」
おもむろに呼ばれ再び三人が同じ方向を振り返ると、波多野部長が書類の束を手にし、三人に応接室へ来るよう促していた。
麦茶の入ったピッチャーとグラス四つ、そしてコピーされた書類が置かれたテーブルを挟み、部長と三人の警護員達は応接室のソファーへ座った。
「今日のうちにやっぱり話しておこうと思ってな。」
「はい」
「晶生に・・・高原警護員にご指名で依頼があった警護案件だが、晶生とも話したが、引き受けることにした。」
「はい」
「見てのとおり、二度目のクライアントだ。」
「・・・・」
書類に目を落とした茂と葛城は同時にあっと声を出した。
葛城が波多野の顔を見る。
「茂さんと私が警護して、途中で警護員が交代した・・・・」
「そう、森川清二氏、例の観光船で阪元探偵社のエージェントに襲撃されて、メイン警護員を茂からもう少しベテランの警護員に換えた方だ。」
「そしてその後一旦、警護契約は終了したんですよね。」
「そうだ。その後も、執拗な脅迫が続いているそうだ。」
「それは・・・・」
「自宅の中にメモが置かれていたり、車のエンジンが細工されていたり。いつでも殺せる、と明確に見せながら一切実際に手を出さない、心理的に最もイヤなタイプの脅し方だ。」
「・・・・・」
「そして今回は奥様ではなく、ご本人から直接ご連絡があった。かなり精神的に参っておられるようだった。」
「犯人はやはり・・・・」
「脅迫文の内容から考えると、依頼主は前回と同じと思われる。退職した会社のもと部下・・・・クライアントの退職の少し前に自殺した・・・・そのもと部下のご遺族だと考えられる。当時の仕事の異常な繁忙状況と、部下を死に追いやって恥じない彼への非難が繰り返し書かれている。もちろん、自殺した社員に同情したもと同僚たちかも知れないがね。」
「はい」
「そして本当に殺される日が近いと、思われたそうだ。」
「・・・・晶生を指名してこられたのは・・・」
「うちで一番腕のいい警護員を。単にそれだけのことだそうだ。」
「なるほど」
「そして、我々にとって関係ないといえば関係ないが、最も重要といえば重要なこと・・・・・・脅迫そして襲撃を、引き続きあいつらが請け負っているのかどうか、だが。」
「・・・そうとしか、考えられなさそうですね。」
葛城が顔を曇らせる。波多野はこれまでの脅迫の記録に改めて目を落としながらため息をつく。
「そうだな。どれもこれもさりげないくせに鮮やかな、プロの芸当、しかも芸が細かい。」
「はい」
茂は顔を蒼白にして唾を飲み込んだ。あの、観光船の屋上デッキで茂をいとも簡単に、しかもまったく本気ではない攻撃でねじ伏せた、上品な顔立ちをしたエージェントの姿が蘇っていた。
「森川氏は、前回とは比較にならないほど、本気で依頼してこられたよ。ここまで恨まれていて、殺されるのは仕方がないのかもしれない。しかし自分には幼い孫がいる。せめてそれが幼稚園の制服を着るのを見てから死にたい、ってね。」
「・・・・・脅迫状に、もしかすると」
「そうだ。それまでの間、生きていられないと、あったそうだ。」
「・・・・・ようやく・・・どれだけ恨まれていたかについて、ご理解をされたということなのですね・・・」
「さらに」
波多野はソファーの背にもたれ、少し視線を上にあげながら言った。
「他のもと部下に、提訴もされたそうだからな。暴行で。」
「暴行?」
「現役の部長時代に、書類を投げたり椅子を蹴ったりは日常茶飯事だったそうだが、提訴された内容は、・・・・仕事中に中身の入ったペットボトルを部下に向かって投げつけ、足に当たったというものだそうだ。」
「よくその場で会社から罰せられなかったですね」
「そういうことはよくあったが、会社からは黙認されていたようだ。つまり会社にとってはそれだけ”使える”社員だったってことかもね。」
「会社のほうも訴えたほうがよさそうですね」
「そうだな。・・・・・で、うちの態勢だが」
「はい」
「基本的に晶生の単独案件にするが、怜がサポートでついてくれ。期間はとりあえず二週間。」
「つまり、幼稚園の入園式まで、ということですね?」
「そうだ。それから、茂、お前は研修扱いで”見学”しろ。平日は夜間の送迎。そして土日は日中の移動時警護。最終日の入園式当日は昼間の会社がもしも休めたらでいい。」
「はい。・・・あの、波多野部長」
「なんだ?」
「ありがとうございます。俺も警護を見させてくださって」
「お前にも早く一人前になってもらいたいからな」
打ち合わせを終え、波多野部長が帰宅し、三人の警護員たちも帰宅準備を始めた。
茂が黙ってロッカーへ向かおうとするのを、後ろから呼び止め、茂の肩を高原が叩いた。
「あの探偵社が相手である以上、お前でもほかの警護員でも、そう簡単にはいかなかったさ。元気出せ、河合」
「はい・・・」
「葛城怜不幸の話、最新版を後で話してやるから」
「どんなお話ですか?」
「猫好きな彼女に怜が四日間でふられた話。」
「・・・・晶生。」
葛城の美しい両目に睨まれて高原はそこで話をやめたが、内容は茂にも十分に想像がついた。
街の中心にある古い高層ビルに入っている事務所は、深夜は「本体部門」のいずれかのチームが残っていることが多い。この日も例外ではなく、そして「A種案件」の準備であることを示すように、静かな緊張感が満ちていた。
いつもは書庫や作業室として使われることのほうが多いカンファレンスルームが、今は実際に会議室として使われていた。
「何秒前までカウントするんや?祐耶」
舟形のテーブルを囲み座っている五人の人間たちの中で、一番長身で一番リラックスした風で座っている男性エージェントが、緩やかな関西弁で隣のエージェントに尋ねた。
「ゼロコンマ一秒。当然でしょ。」
尋ねられたエージェントは心外な質問だという表情で答えた。異国的な顔立ちによく似合う自然な金茶色の髪は、大きく波打ち肩近くまで伸ばされている。
「今回のお客様は、これだけ時間をかけてターゲットを追い詰められたことに加え・・・・最後の最後まで、選択の余地を残すことを希望されている。」
二人の女性のうちの一人、チームリーダーの吉田恭子が、メガネの奥の静かな瞳で部下たちを見ながら、言った。
「だから、カウントは直前であればあるほどいい。けれど深山、自分の身の安全を考慮して決めなさい。プロなんだから。念のために言うけれど。」
「大丈夫です、吉田さん。」
深山祐耶は金茶色の長髪を両手で後ろにかき上げ、微笑した。
長身の男性エージェントは笑いながら深山のほうをもう一度見た。
「無理すんなよ、祐耶。お前、アサーシンのナイフの一振りの背後に、どんだけたくさんの大変な事前準備があるか自覚してるやろな。」
「もちろんだよ、凌介。和泉さんも、板見くんも、そして吉田さんも・・・・僕のたった一度の襲撃のために、何日も夜遅くまで作業してくださってた。」
「そうやそうや。庄田さんのチームと連携したストーカーばりの周到な脅迫も・・・」
「酒井、そのことはもういい。」
吉田が酒井凌介をたしなめる。
「大切なことは、お客様にご満足頂くことだから。」
「はい。」
吉田は和泉と板見のほうを見た。
「アサーシンのカウント・・・ふたりは初体験だわね。前回は、一度目と二度目の襲撃の間に、ご指示を受けるというかたちだったから。」
「はい」
「殺人専門のエージェント・・・通称”アサーシン”は、そうではないエージェントだと通常はやらないような、ぎりぎりの選択の余地をお客様に提供することが多い。それだけ技術が高いってことから来るサービスだけど、危険を伴う。」
「はい」
「前に板見がターゲットとの会話を中継しながら、お客様からの指示を待ったことがあったけど、それの極端なかたちと考えればいい。・・・・アサーシンが通信機器を通じて言葉でカウントする・・・・”スリー、ツー、ワン”・・・そして”ゼロ”と言ったとき、もう戻れなくなる。」
板見と呼ばれたやや小柄な男性エージェントは、その宝石のような輝きを持つ大きな目で上司の顔を見た。
「アサーシンが”ゼロ”と言うまでは、殺害中止命令が出せるということですね、お客様は。」
「そうよ。」
続きは酒井が言った。
「その”ゼロ”を、殺害のどのくらい前に言うかは、殺害のやり方とか状況、そして自身の力量とかを全部考えた上で、そのアサーシンの裁量や。一秒前に言う奴もおれば、五分前に言うこともある。」
「・・・・」
「やめられなくなるのが”ゼロ”ということは、その前までは、ストップがかかったらほんまにやめなあかんということや。それは意外と難しいことやで。カウントが直前であればあるほどな。」
「殺害を中断することで、ターゲットから反撃される危険もある。」
「はい」
「ボディガードからも、ね。」
「・・・・・」
板見と、そしてその隣の背の高い女性エージェント、和泉がそろって浮かない表情でうつむく。
吉田は鼈甲色の縁のメガネを右手で少し持ち上げ、静かに笑った。
「なにを心配している?和泉、板見。」
「・・・・・」
板見は答えない。
和泉は健康的な小麦色の肌と対照的な、ごく明るい茶色のショートカットの髪を揺らし、頭を左右に振った。
「心配なんか、いらないですよね、吉田さん。すみません。」
「そうだよ、和泉さん」
深山が笑った。
「僕は、今回、またチャンスを頂いたことにすごく感謝してます・・・吉田さん。大森パトロール社の高原警護員が今回警護を担当する。それなのに、いや、それだからこそ、僕にやらせてくださる。本当に、嬉しいです。」
「エージェントは相手がだれであろうと、一度与えられたミッションは全力で遂行する。阪元探偵社の基本的な方針だから。社長も二つ返事でご了解くださった。もちろん・・・」
酒井が苦笑していることに気がつき、吉田は一瞬言葉を切ったが、再び続けた。
「もちろん、ご心配なさっていないわけではないけれど。」
「・・・はい」
「くれぐれも、無理だけはしないで。深山」
「はい。」