カレーと志保と時々時人。
学校が終わり家につき、鍵を開けようとするとすでに開いていることに気づいた。
母だろうか。
しかし母に限ってこの時間に仕事があけることはないだろう。
あったとしても家に帰って爆睡するはずだ。
恐る恐るドアを開けると玄関で驚くべき人物が待っていた。
「おかえり時人♡あたしにする?あたしにする?それとも、あ、た、し?」
…志保だ。
両手にネギをもち、ウキウキとしている彼女。
しかし、北上志保は僕が中学三年生の時に殺した。
何故彼女がここにいるのだろうか。
「志保、なんでここにいるの。あとネギ臭い。」
「ふふふん、時人に会いたい思いが叶ったのかしら…それより時人…私と一緒にいい事…しましょ?」
それは未練と言う奴であろうか、ワイシャツのボタンを外そうとしてくる手をはたき落とした。
…志保は僕の事を怒っていないのだろうか。
恨んでいないのだろうか。
恨んでいるからこそ今ここに存在しているのかもしれない。
志保の首には締めた僕の手の痕がくっきりと残っているのだ。
「志保、僕を恨んでいるならこんな茶番はよして、さっさと殺してくれないか?」
志保は何のこと?ととぼけるように顔をしかめる。
「もしかして、この首のこと?…この痕ね、時人が始めて私に本気で関わってくれたものだと思うと愛しく感じられるの…」
狂っている。
さすが僕の妹というべきか、その発想は普通の人間ができるものではないだろう。
「ねぇ、時人…」
志保はわけのわからないような力で僕を押し倒した。
これは幽霊の特権なのだろうか、押さえてくる力は僕の身体を動かそうとしない。
そしてもう片方の手は下半身へと伝っていく。
僕のあらぬ場所を触ってくる志保の手に懐かしさを感じてしまった。
「…わ、わかった、…から、さすがに玄関でヤるのはさ、やめようよっ…。」
志保は嬉しそうに微笑んで、片平に玄関の鍵が閉まる音もきこえた。
今日の志保に敵う気がしない。
「あれ、消えない…」
一通りヤりおえた志保は服を着替えたきょとんとした。
僕は妹と知ってからヤってしまった現実に絶望している。
「私時人とセックスしたいから幽霊になったのかな…って思ったのに!」
「そんな妹いやだよ…」
志保は妹という言葉に反応すると嬉しそうに振り返った。
「ねぇねぇ、志保、時人の妹なのね!時人お兄ちゃん…!どうする?時人お兄ちゃんと雌豚に名前の呼び方かえてもう一回する!?する!?」
「…しねぇよ!」
過去に何度もヤったのは確かだがこれ以上ヤるのは殺してしまった父と志保の母に申し訳ない、そして僕には雪ちゃんがいるんだ…
週末のデートの約束を思い出すと口角がゆるんだ。
「そうだ、時人学校帰りでお腹すいたでしょ?私カレー作る!」
傍において置いたネギを持つと志保は僕の部屋をでていった。
…
「ネギはカレーにいれないでね!?!?!?」
悔しくもその声は届かなかった。
そうだ、父(故)が料理が苦手だったとしよう。
そうしたら僕は父からこの料理が苦手な部分を受け継いだといえる。
そして志保もその部分を受け継いだとしたら。
…僕は今日死ぬのかもしれない。
第一ヤったあとすぐに食べれるかと言ったら微妙な気もするが、今は時に身を任せるしか方法はないのかもしれない。
「…冷たかった。」
志保の手、身体、中。
全部、全部ひんやりとしていて、とても人間とは言えない。
それぐらい冷たくしたのは僕。
志保を人間じゃない何かにして、まだここに止まらせてるのは僕のせいだ。
全部、僕のせいだ。
あの頃繋いだ志保の手のあたたかさも今の僕には何も思い出せなかった。
「時人♡ご飯出来たよ♡リビングにきて♡」
悪魔の呼び出しだ。
「はいはい…」
こいつは、何処かのアニメみたいに僕が泣いたら消えたりするのだろうか。
ネギはせめてみじん切りにされると僕は願っていた。
しかし目の前にあるカレーは乱雑に刻まれたネギが5割ほどをしめている。
なんてネギ畑。
そして端からはさつまいもらしき何かと長芋らしき何かが覗いている。
もやしはライスと混ぜられていた。
なんだこれは…?
カレーじゃない、カレーじゃない何かだ。
ルーが入っているだけありがたいような気はするが、これはカレーじゃなくてシチューのルー…
何かを諦めた僕は椅子にスッと座り覚悟を決めた。
…死ぬ覚悟を。
「召し上がれ♡味見したけどすっごくまずかったよ!がんばって!」
その報告は絶対にいらない。
「…いただきます。」
手を合わせ箸を手にと…
「スプーンをくれませんか…」
「あ!やだ間違っちゃった!」
この子はお嫁にいけない、無理だ。
「はい、ごめんね!」
渡されたのはデザートを食べる時の小さいスプーン。
「…ふざけてる?」
「え?」
「…あ!やだ!大きいスプーンだよね!あわわ、あわあわあわ…ごめん、時人ごめんね!」
…志保は志保なりに、僕に楽しんでもらおうとしているのかもしれない。
少し…いや、かなり空回りはしているけどカレーを作ってくれたりしているんだ。
「はい!これだよね!」
大きいスプーンを渡してくれる。
もう一度手を合わせ今度こそカレーを口にいれた。
……
ノーコメント。
「…あのさ、志保。」
「何…?時人。」
志保は僕の向かいの席に座った。
さっきまでの慌ただしい空気は何処かへ行ったように場が静まる。
「ありがとう。今日、カレー作ってくれて。」
志保は申し訳なさそうに目線を下げる。
手でカエルを作ったり、指が落ち着かないようだ。
「ううん、不味いし食べてくれなくてもいいのよ、私もうちょっと料理、練習しとけばよかったね…」
「食べるよ、全部。それとさ、あの…今更なんだけど…こんな僕を好きになってくれてありがとう。」
目を丸くして顔をあげた志保。
途端に涙を流し始めた。
「な、泣くなよ!」
急いでティッシュを探す。
あぁ、こんな時はどうすればいいんだろう。
「時人さ、優しくなったね、明るくなったよね。好きな人もできて、楽しそうで私のことも忘れてくのかな、そうなのかな。」
志保は、過去の人間になることがとてつもなく怖いのかもしれない。
忘れられるのは、いやだよな。
大丈夫、もう、忘れない。
「忘れないよ、志保。志保と過ごした中学生の頃も、今日作ってくれたカレーも。」
志保の流した涙はテーブルにつくことはなく、染みることもなく消えていく。
志保の手を握ると少し、あたたかさを感じた。
懐かしい、あたたかさ。
「あのね、時人、時人のこと私大好きよ、死んだって変わらないの、大好き。」
志保は僕に抱きつく。
僕も志保の背中に手を回した。
志保はあの時から何も変わらないのだ、何も。
そうだ、僕はまだ志保に伝えていないことがあったんだ。
これを伝えたいがために僕は志保をよんでしまったのかもしれない。
「あのさ…志保、僕も志保のこと、ちゃんと好きだったよ。」
「うん……うん…!」
嬉しそうに微笑んだ志保はサラサラと僕の手から消えて行ってしまった。
しばらく心がぼーっとしていて、ソファに座った僕は時計をじっと眺めていた。
時計のチクタクと動く音が部屋に響く。
まだ残っている志保とカレー(シチューライス)の香りが混ざった匂いが部屋に漂っている。
キッチンを見るとがんばってカレーを作ったあとが残っていて、テーブルの上にはまだ一口しか食べていないカレーが残っていた。
僕は椅子に座り、またカレーを食べ始めた。
全部、食べなきゃね。
「……不味い。」
一生忘れないような、そんなまずさだった。