抜け殻
部屋がきたない。
至る所にとぐろを巻いた服の死体が散乱し、もはやいつ出したのか記憶にもない雑誌が幾重にも積んである。丸いテーブルは物置きと化し、縁からはみ出したゴミたちがランダムに突出して複雑な輪郭を描く。空気も湿っぽく、薄い。汗と本と埃、それからよく分からない匂いがする。
ここまで来ると、いっそ清々しいほどの汚さだ。座るスペースを作るために本の山を足で退かす。まるでテレビの中のコメディのように雪崩が起こる。崩れたのは本なのか、俺の心なのか。飽きれた笑みを浮かべながら、出来た隙間に膝を抱えて蹲った。
俺は深く呼吸をする。想像よりずっと重い空気が肺を満たし、口から落ちる。
無意識にポケットを探っていた。空っぽのそこには、少し前まで煙草とライターが入っていた。そういえば、禁煙してたんだっけ。
口が寂しい訳じゃない。探し物がないことに特に落胆もしない位には喫煙者ではなくなっていた。ただ、何かが足りない。
淹れたてのコーヒーの香り、パンの焼ける芳ばしさ、少し調子の外れた鼻歌、洗いざらしのタオル、柔らかな笑み。
嗚呼、彼女がいないのか。
そう気づくまでに随分と長い時間をかけた。
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