猿たちは毛皮を着た人間では無い
二日ほどで書いたストーリーです。
至らないところも多々あると思いますが、どうか最後まで読んで頂けると幸いです。
人気のない古い倉庫の入り口で私は相棒と二人で立っていた。
黒塗りの車が三台、倉庫に横付けされている。中ではもう取引きが始まっているであろう時間だ。
「ちょっくら小便行ってくらぁ。」
「ああ。」
まったく人間と言うのは不便なものである。腹が空けば物を食べなくてはならないし、食べたら食べたで今度は排泄しなければならない。
私は、そんな不便な相棒を横目で見送り、再び見張りに入った。
私はhu3387-05-15022マシュー。アンドロイドだ。
よっぽどの事がない限り異常は見落とさないだろう。
私の様に戦闘用に造られたアンドロイドは戦争がなければ中々仕事にありつけない。
見た目は人間そのものだが、アンドロイドというだけで世間の風当たりは強くなるのだ。
今日の仕事は私の戦闘能力を生かした、ある組織の用心棒だ。この仕事だって、斉藤と一緒だから請けられた様なものだ。
「待たせたな。」
斉藤が持ち場に戻り、私の肩をポンと叩いた。
私は、今まさに気づいたふりをしながら、人間を真似た薄い笑顔を造る。
「手は洗ったのか?」
「洗ったさ。うるせえ奴だな。」
斉藤は今まで私が接してきた人間とは違う雰囲気を持った人間だった。
あの戦争から帰った私には、この国にいる場所はなかった。人々は私を恐れ、触れようとしなかった。
その日のエネルギー調達もままならない状態だった私に、声をかけてくれたのはこの男だ。
それはまるで人間同士でする接し方のそれだった。
斉藤は煙草とジッポライターを取り出すと、不器用にそれに火を着けた。
「体に悪いぞ。」
ふうと濁った空に煙を吐くと、予想通りの答えを言ってくれる。
「ほんと、お前はうるせえ奴だな。」
プログラムされた笑顔が、自然とこぼれるのはこの男の前でだけだった。
「斉藤。ちょっとこい。」
黒く、高級なスーツに身を包んだ、黒人の男が斉藤を呼んだ。
「へい。」
さっき着けたばかりの煙草をブーツで踏み消し、男に着いていく斉藤。
「おい、アンドロイド。お前はそこで待ってろ。」
少し嫌な気分がして、私は男を無視した。
「マシュー。悪いな。多分、今日の分をくれるんだ。俺がしっかり貰ってくるからここで待っててくれ。」
斉藤が人懐っこい笑顔で私に言う。
「・・・分かった。」
斉藤と男が倉庫の奥に消えていく。
私は内臓マイクの感度を最高にした。
「あのアンドロイド、躾がなってないぞ。」
黒人の男の低い声をマイクが拾う。
「へえ、すみません。あいつは俺の相棒なんで、勘弁してやって下さい。」
いつもとは違う営業用の少し高めの斉藤の声だ。
「ふん。まあいい。今日の分だ。」
「ありがとうございます。」
「アンドロイドは信用できないが、お前は信用してる。次も頼むぞ。」
「へえ。お任せ下さい。」
「こちらからまた連絡する。今日の所は帰っていいぞ。」
「へえ。ではまた。」
そこまで聞くと私はマイクの感度を平常値に戻した。
* * *
私は斉藤を乗せて車を走らせていた。
高速道路の脇から伸びる超高層のビルは空を覆い隠し、輝く街の灯はまるで満天の星空だ。
あの明かり一つ一つに人々の生活があるのだと思うと、よくもまあここまで増えたものだと感心すらしてしまう。
斉藤は倒したシートに体を埋めて、さっきから垂れ流しにしているテレビを見つめている。
「物騒な世の中だな。」
テレビからは閉鎖的な総合高層マンションの殺人事件について報道していた。
「なんだ、斉藤。お前の隣にいるのは戦闘用アンドロイドだぞ。」
にやりと笑顔を作り、斉藤の反応を待つ。
「そりゃあ物騒だな。」
ふふっと鼻を鳴らし、斉藤は目を閉じた。
「少し寝る。着いたら起こしてくれ。」
「ああ。」
私は音を立てない様にテレビの電源を切った。
斉藤の住むマンションは居住区のみの一番スタンダードなタイプだ。電気は一応、自由に使えるらしい。
人間が住むマンションなだけはある。
エントランスには簡易ロボットがいて、警備をしている。斉藤と一緒でないと私はそこで止められてしまう。
一緒でも型番と認識番号が記録され、行動が監視される。二十四時間以上滞在すると、私の内臓端末に警告のメールが届くしくみだ。
私はそれが嫌で、斉藤の部屋には入った事がない。
「おい、着いたぞ。」
マンションに横付けした車の中、私は斉藤の機嫌を損ねない様に気を付けながら、彼を起こした。
「んん。」
斉藤は低血圧気味に息を吐くと、軽く伸びをしてみせた。
「おう、早いな。」
「だいぶ疲れてたみたいだな。ぐっすり寝ていたようだ。」
「ああ、最近またペットが増えてな。苦労が増えたんだ。」
斉藤はよく捨てられた犬や猫を拾っては部屋で飼っていた。
それらは飼い手が見つかるまで斉藤の手で大事に育てられる。
彼自信、両親に捨てられ施設で育った為、放ってはおけないのだろう。
「今度、マシューにも見せてやるよ。暴れん坊で困ってンだ。」
「いや、遠慮しておくよ。」
以前、斉藤が飼っている犬の散歩をさせていたら、いつの間にか膝の人工皮膚が食いちぎられていた事があった。以来、斉藤のペットに関しての申し出は断る事に決めている。
彼はその事を知った上で私に語りかける。
斉藤はふふっと鼻を鳴らし、車を降りた。
「じゃあ、また仕事が入ったら連絡するから。」
「分かった。」
バタンと車のドアを閉めると斉藤はマンションに消えていった。
* * *
私は部屋に入ると椅子に腰掛け、自己メンテナンスのプログラムを立ち上げた。
静かに椅子に座り、メンテナンスをするのが私の一番落ち着ける時間だ。
隣の部屋では人間の親子が会話している声が聞こえる。人間専用の居住区に住めないくらいだ。余程、金銭的な余裕がないのだろう。
この部屋は会って間もない頃の斉藤が手配してくれた。決していい部屋ではないが、アンドロイドが暮らすのには不自由がない。
それに、私はこの何もない部屋が気に入っていた。
人の目を気にして、人間らしく偽り、人間のような生活をする事も出来るが、アンドロイドの私にとって、それこそが不自由であった。
出会った頃の斉藤のデータを検索して私はほくそ笑んだ。
彼は笑っていた。
あぁ、やはり彼だけが私を優しい気持ちにさせてくれる。私が人間だと錯角させてくれる。
メンテナンスを終えて私はシャットダウンした。
* * *
朝はまず内臓端末にアクセスする事からはじまる。
今の私は端から見ればただの良く出来た人形にしか見えないだろう。端末にアクセスするのに特別な動作は必要無いのだ。
大量の広告メールに混じり斉藤からのメッセージが届いていた。
時間は午前3時3分。送られてきた映像を開く。
斉藤の顔が目の前に現れる。そこは斉藤の部屋ではない様だ。
「マシュー。聞いてくれ。外からかけてる。電波が良くない。」
データにない場所だ。映像は暗く、それだけではどこと特定は出来ない。
「ヤバい事になった。俺は死ぬかも知れない。」
汗が一筋、彼の頬を伝う。
「一つだけ頼みがあるんだ。」
なにがあった。彼は簡単に死ぬような男ではない。
「俺の部屋に入れるように、許可しておいた。俺のかわりにあいつらの世話をしてやって欲しいんだ。」
誰かに騙されたのか?
「それ・・・」
電波を妨害されたのか、映像はそこで切れていた。
私は言い切れぬ不安に襲われた。
斉藤が死ぬ。斉藤。私はどうしたらいい?命令をくれ。斉藤。
「彼が死ぬわけがない。」
人間のような独り言を呟き、私は過去のデータを検索した。彼がどこにいたのか、何故外にいたのか、データを検証してみる。
高速で斉藤に関するデータが展開する。
斉藤の声が、顔が、私の中を駆け巡る。
「アンドロイドは信用できないが、お前は信用してる。次も頼むぞ。」
「へえ。お任せ下さい。」
「こちらからまた連絡する。」
私は昨日の黒人のデータを開いていた。彼なら何か知っているかも知れない。
「こちらからまた連絡する。」
黒人の男の顔をクリーニング。身元を検索する。人間居住区のデータベースにアクセス。彼の名前、住所を確認。検索結果を表示する。
「・・・・・・・・・。」
* * *
私は例の黒人、ハンク・アーロウに会いに人間居住区に来ていた。
ハンクは人間でも一握りの者しか住む事の許されていない、特別居住区に住んでいた。道路は完璧に整備されており、歩道を行く掃除ロボットが辺りを清潔に保っている。
彼の住むマンションはやはり人間専用であった。
「アンドロイドでよろしいですね?認識番号をお願いします。」
やけに高い声に設定された管理用簡易ロボットが私に話し掛ける。
「hu3387-05-15022マシュー。ハンク・アーロウに会いに来た。」
簡易ロボットはしばらく私を見つめた。しびれを切らして、私がもう一度認識番号を言おうとした時だった。
「ようこそ。hu3387-05-15022マシュー。申し訳ありません。あなたは侵入が許可されていません。」
「私はハンクに会えればそれでいい。」
やはり簡易ロボットはしばらく私を見つめる。
「申し訳ありません。あなたは侵入が許可されていません。」
「入れなくてもいいんだ。ハンクを呼び出してもらいたい。」
「ハンク様とのアポイントメントはお持ちですか?」
「いや、ない。」
「それでは、お呼出しすることは出来ません。」
アポを取っていた所で一体この馬鹿なロボットはどうしてそれを判断するつもりなのだろう。
諦めて立ち去ろうとした時だった。1人の男がエントランスに降りてきた。
「おい、お前。」
エントランスから私にかけられた低い声はハンク本人の物だった。
* * *
私はハンクの黒い高級車に揺られていた。
運転手はアンドロイドの様だ。深々と帽子をかぶり、さっきから一言も喋らない。
「斉藤はいい男だった。私達の事をよく理解し、よく働いてくれた。」
ハンクは斉藤の最後をお前に教えたいと言って、私を車に乗せた。
「私は斉藤を信用していた。そしてお前は斉藤の信用していたアンドロイドだ。」
「だからなんだ?」
ハンクは一息おいてこう言い切った。
「お前を信用しよう。」
それからハンクは喋らなくなった。
ハンクの車が辿り着いたのは、いつも彼らが取り引きの場に使っている倉庫だった。
「降りてくれ。」
私はハンクに言われるまま車を降りた。
「斉藤とこの場所が何の関係があるんだ?」
ハンクは中に入るように促し、私はそれに続いた。
「斉藤はここで死んだ。」
ハンクは言った。
「彼は死ぬ前、お前の心配をしていたよ。」
そうか。やはり斉藤は死んでいた。
「誰にやられたんだ?一緒にいたんだろう?」
「ああ、そう。そうだったな。」
ハンクは低く笑った。
「彼は知りすぎたんだ。彼は私が殺した。」
分かっていた。この男が。
「・・・そうか。これからお前を殺さなくてはならなくなった。」
私はハンクに言った。
ハンクは低く笑っている。私は肩に収納されているナイフを取り出し彼に向けた。
「おい。さっさとすましてくれよ。」
ハンクが声をかけた暗闇から、先ほどの運転手が姿を現した。
「隊長、お久しぶりです。」
私は帽子を脱ぎ去ったそのアンドロイドに見覚えがあった。
「あの戦争以来ですね。」
ニヤニヤと笑うそのアンドロイドは戦時中、私の部隊にいたhu3386-07-15889ジャックだった。
「ジャック。」
「隊長。斉藤に関するメモリーを渡してくれれば、破壊だけはしないでおいてあげますよ。ねえ、ハンクさん!」
ハンクはふんと鼻を鳴らし、私を見た。
「隊長。俺、最新鋭の装備に換えてもらって気分がいいンすよ。骨格もフルセラミックで軽い。勝てっこないっスよ。」
「相変わらずのお喋りは治ってないみたいだな。」
「はっ、隊長こそ。相変わらずの小言はまだ健在ですね。俺が一瞬で・・・」
言い切らない内に、私のナイフが彼の首を、セラミックの骨格ごと切り裂いた。
「戦闘中は喋るなと教えたはずだ。」
転がった首から電気ショートの音が消えるのを確認し、ハンクに向かう。
「おい。」
彼は拳銃を私に向け、立っている。
「そんな物、アンドロイドに向けてどうする?」
それでも拳銃を向けたまま彼は言う。
「殺さなきゃ、俺がやられてた。斉藤は、俺達を裏切った。だから殺した。」
私は彼に近付く。
「おい。人間。命は尊いものなんじゃないのか?」
私はハンクの手を拳銃ごと握りつぶした。
「うわあ!ア、アンドロイドが、人間を殺したらどうなるか、分かってるのか!」
苦痛に顔を歪めるハンク。
「どうでもいいんだ。そんな事。」
私はナイフを大きく振り上げた。
* * *
十年後―
私は窓際に座り、外の様子を眺めていた。
今日はジュニアスクールの入学の日だ。子供達が道路にたくさん溢れている。
人間と言うのは不便なもので、知識や知恵は学校などで習うなどするしか入手する方法がない。
「マシュー!」
1人の少年が私に声をかけた。
「どうしたの?」
「もう、今日は学校まで車で送っていってくれるって言ったじゃん。」
そう催促すると彼は玄関に駆けていった。
彼は私と斉藤の子供で、人間だ。
あの事件の後、斉藤の部屋に行った私は彼を見つけた。
斉藤は犬や猫の世話をしていたのは知っていたが、人間の世話までしているのは知らなかった。
彼は戦争孤児だった。郊外で餓死しかけている所を斉藤が助けたらしい。
私は斉藤の家にいた彼と、犬2匹を引き取り、育てる事を決めた。
「ノートパソコンは持った?」
「持ったよ。」
「家のIDは?」
「持った。」
「あ、ネクタイが曲がってる。」
彼の卸し立ての制服のネクタイを直してやる。
「もう、マシューはいちいちうるさいなあ。」
予想通りの彼の答えに、私は自然と笑顔になった。
おわり
ありがとうございました。
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