99 奴隷娘たちの危機
ここ最近お待たせしてすみません。
「はあ、はあ」
だめ、いけません、このままでは。
「ふう、はあ」
それだけは、絶対に、わたしは。
「ああ、うう」
たすけないと、わたしが、助けに行きませんと。
「……さん、だ、大丈夫ですか」
「……ミュー、しっかりいたしなさい」
強く体が揺すられていきます。
「サミュー、おきなさい」
目を開けると、わたしを見下ろしてくるハルさんとミーシアちゃんが。
「あ、これは、夢でしたか」
「どう致しましたの、寝つきの良いサミューがうなされるだなんて」
「や、やっぱり野宿の疲れがでたんでしょうか」
あたりを見回すともう明るいですね。寝過ごしてしまったようです、これは失敗でしたね。
「そうですの、もしもサミューの体調が悪いのでしたら、今日は狩をせずにこのまま引き上げましょうか」
ハルさんがわたしを心配して、そう提案してくれますけど、今回の狩りを楽しみにしていた彼女に悪いですね。
「いいえ、大丈夫です、少し夢見が悪かっただけですから」
原因は予想が付きますから、おそらくは一昨日来た御主人様からの手紙のせいでしょうね。
あんな少人数で、大量のオーガと戦った上に、しかも今度は『大規模討伐』に、それもあのマイラス様と一緒だなんて。
「ゆ、夢ですか、何か温かいお茶を入れますか」
ミーシアちゃんにも心配をかけてしまったみたいですね。この子のことだから自分のせいだと思ってしまったら大変ですね。
「大丈夫です。それよりも朝ごはんにしましょう」
きっと大丈夫です。たまたま同じ『大規模討伐』に参加するだけなんですから、何も起こるはずが有りません。
マイラス様は、御自分の快楽と利益にしか興味の無い方ですから、それ以外には手を出さないでしょう。ですからこの心配も、きっと杞憂です。
「あ、朝ご飯なら、準備しました」
ミーシアちゃんに言われて、やっと気が付きましたが、焚き火の傍では、昨日たおした一つ目猪の肉がこんがりと焼かれています。
これだけの量を料理するには、それなりに時間がかかったはずです。なのに気付かずに寝てたと言うのは、不覚としか言いようがないですね。
「早く食べて、狩りを再開いたしますわよ、まったくあれだけ魔物が溢れていたと言うのに、『迷宮』の中まで出向かないと獲物が居ないだなんて、非常識ですわ」
焼肉と野菜を挟んだパンを受け取りながら、ハルさんがぼやいています。まあそれも仕方ないでしょうね、彼女の言うとおり、数日前までなら簡単に見つかった魔物が殆どいなくなってしまいましたから。
「や、やっぱり、あの隊商の護衛の人たちが、みんな倒しちゃったんでしょうか」
「でしょうね。まったく、自分達だけで近郊の獲物を狩りつくすだなんて、常識が有りませんわ、非常識ですわ」
「まあ、それでも昨日は結構な量が取れたから、いいじゃないですか」
『薬師の森』の中に入ったおかげで、昨日は数日ぶりに大きな狩りになりました。暴れ大熊を四頭も仕留めましたし、ホワイトウルフや一つ目猪は数えきれません。
おかげでこの数日は機嫌の悪かったハルさんがほくほくしてましたが、その分、今日の狩りへの期待も大きいんでしょうね。
「ええ、ですから、食事が終わりましたら早速狩りを再開いたしますわよ」
「グルルル」
楽しそうに笑みを浮かべていたハルさんの言葉を、消すかのように森の中から獣の声が響いてきました。
「どうやら、焼き肉の匂いに獲物が誘き出されて来たみたいですわね。ちょうどいいですわ、ミーシア『索敵』で相手は見つかりました?」
「は、はい、あっちの方向から、九頭くらい、で、でも嗅いだ事の無い匂いです。それに大きい」
ミーシアちゃんの嗅いだ事の無い匂いという事は、今まで戦った事の無い魔物という事でしょうか、一体どんな。
「初見の敵でしたら、まずは様子見が基本ですけれど、鍛え直したミーシアの剣を試す絶好の機会ですわね」
「は、はい」
ハルさんの言葉に、ミーシアちゃんが慌てたように朝食を食べきって、大盾と以前よりも大きくなった長剣を構えます。
「ハルさん、よかったんですか、せっかくレベルの高い剣でしたのに、別に鉱物を追加して刀身を覆うなんて」
剣は大きくなりましたけど、その分レベルが下がったのではないでしょうか。
「構いませんわ、せっかく『青強鋼』の出物を買いましても、他に使い道が有りませんでしたし。あの鉱物は鉄よりも比重が重いですし、魔力との親和性も高いので、ミーシアの力を生かす重量武器としても、『付与効果』をかけるにも適してますもの。いい時期にいい鉱物が買えましたわ、加工代金も金具に、柄と鍔、鞘を付けるだけで済んだんですもの」
「はい、振りやすくなりました」
まあ、ミーシアちゃんが嬉しそうに振り回してるから、いいんでしょうね。それに、これからまたレベルを上げて行けばいいんでしょうし。
「さて、来たみたいですわよ」
わたし達の見つめる先で、立木が押し倒されて、黒い巨体が姿を現します。あれは、あの姿は。
「どうなってますの、六足羆だなんて、それも複数頭、こんなの非常識ですわ」
「グルルル」
唸り声を上げながら、ゆっくりと近づいてくるのは、前足が四本ある大きな黒熊。間違いありませんあの魔物は、昔わたしが襲われた。
「下級とは言えフロアボスが、群れで徘徊しているだなんて、どうなってますの」
フロアボスだったんですか、あの頃はただの侍女でしたから、戦う事などできずに囮になる事しかできませんでしたが、今ならきっと。
「まあいいですわ、ミーシアの剣のレベルを上げるにはちょうどいいですし、毛皮も爪もいい値が付きますもの。何より内臓、特に胆嚢は薬の材料として高額になるらしいですわ」
「た、戦うんですか、フロアボスなのに」
「何を言ってますのミーシア、だからこそ美味しんじゃありませんの、フロアボスの素材だなんてめったに採れませんもの、希少な素材はそれだけ価値が有りますわ」
ハルさんには、あの獰猛そうな熊たちがお金に見えてそうですね。むかし襲われた記憶のせいで、すくんでしまった自分が馬鹿らしくなってしまいます。
「分かりました、行きますよ。ミーシアちゃんは前衛で一頭ずつ順番に倒してください、それ以外はわたしが囮になって引き付けます。ハルさんは魔法で支援をお願いします」
「が、頑張ります」
「それは良いですけど、火炎や溶岩は使いませんわよ、せっかくの毛皮や内臓がダメになってしまいますもの」
「そうですか、それなら……」
熊たちから視線を逸らさないままで、手早く作戦を伝えると、二人とも納得してくれましたね。
「いきますよ」
ハルさんの数歩先で、熊たちを待ち構えるミーシアちゃんの横を駆け抜けて、魔物たちへ向かって鞭を振るいます。
「こっちへきなさい、わたしが相手をしてあげますよ」
長鞭を使って、数頭の顔を叩き意識をわたしの方へ向けます。
「グガアアア」
「ガラアアア」
狙い通り七頭を引き付けられましたね。後はこのままわたしが囮になって、引き付けておけば。
「うあああああ」
大型の二頭の突進をミーシアちゃんが、盾と剣で受け止めてます。出来るだろうとは思ってましたけど、さすがにこの光景は凄いですね。あの二頭は、変身したミーシアちゃんと同じくらいの大きさが有ると言うのに。
「はああああ」
ミーシアちゃんが片手で盾を跳ねあげると、四本の腕を使ってのしかかっていた、大きな熊がそのまま弾き飛ばされます。
「えええいいい」
剣を振るって押さえていた熊の手を跳ねあげます。四本の腕が持ち上げられ、がら空きになった熊の腹部へミーシアちゃんの剣先が差し込まれます。
「うおおおお」
根元近くまで剣を突き刺されても、熊はそのままミーシアちゃんを抱きしめて捕まえようとします。
「うらああああ」
剣を掴んだまま、盾を熊の胸に当てて、そのまま押し倒します。本当に怪力ですね、普通なら大男でも逆に押し倒されるところでしょうに。
「今ですわ、『氷壁結界』」
二頭の熊が並ぶように倒れているのを見逃さずに、ハルさんがそこへ飛び込んで魔法を発動させます。あの魔法は本来なら、術者の前に氷の壁を作って敵の接近を防ぐものですが、壁の出来る場所に何かがあれば、例えば倒れた魔物の手足などが。
「ガウッ、ガア」
「グウ、グルウ」
手足を氷の壁の中に閉じ込められ、二頭の熊が必死に暴れていますが、あれだけの厚みのある氷ならそう簡単には抜け出せないでしょう。前に似たような戦い方を見た事が有ったので試してみたんですが、上手く行きましたね。
「グララアアアア」
わたしの頭をかみ砕こうとした、熊の口を避けます。向こうを見ている場合じゃなかったですね。わたしも必死になりませんと。
「ギャウン」
避けると同時に乗馬鞭で鼻と目を叩き、怯んだ隙に距離を取り同時に他の数頭へ長鞭を振るいます。これなら、まだ大丈夫ですね、この程度の狙いと速さなら、今のわたしなら問題なく引き付けながら避け続けられます。何もできずに食いつかれていたあの頃が、ウソみたいですね。
「ミーシア、行きますわよ」
「は、はい、こっちです、こっちにきて下さい」
ミーシアちゃんの『引き寄せ』スキルに、二頭の熊が誘き出されるのを見送って、さらに続こうとする残りの熊を、鞭で挑発してこちらに引き止めます。
後はこのまま同じ要領で戦い続ければ。
「グガ、ガ、ガ、ガギャ」
小柄な一頭の首に絡めた長鞭を引きながら、必死に距離を取ります。
他の熊達はすでに、ハルさんの魔法で体の一部を氷に捕らわれて、身動きが取れなくなり、ミーシアちゃんが一頭づつ仕留めています。
「く、もうすこし」
少しづつ鞭を引く力を強めていくと、それに合わせてだんだん魔物の動きも弱々しくなっていきます。
ほとんど動かなくなった魔物の背中に飛び乗って、首元に片足をかけて両手で鞭を引き付けます。このまま絞め続ければ。
あら、今ゴキリと変な音がしましたけど、なんの音でしょうか。熊は完全に動かなくなったので、多分倒したんでしょうけど、こんな短時間で絞め殺せる物でしょうか。
「サ、サミューさん、この魔物首の骨が砕けてます」
「サミューも非常識ですわね。レベルが上がっている分、腕力も付いているのでしょうけれど、これはさすがにありえませんわ」
わたしもハルさんから非常識認定されてしまいましたか、まあ仕方ないかもしれませんね。こんなに太い筋肉で覆われた首を砕くなんて、さすがに自分でも呆れますね。
「まあいいですわ、皮と骨それに内臓を回収しますわよ、肉はせっかくの高レベルモンスターですし、食用にしますわ。小分けにして馬車に運べば全部回収することも出来ますわね」
これだけの量を解体ですか、馬車がいっぱいになってしまいそうですね。
「まあ取りあえずは、朝食にしましょう、せっかくの肉が有るんですし」
そうですね、まずは料理にしますか、少しでも量を減らせるようにミーシアちゃんにタップリ作らないと。
「よう、嬢ちゃん大量みたいだな」
馬車に最後の採集品を載せ終えたのを待っていたかのように、先日の隊商の護衛さんが話しかけてきます。後ろには騎鳥に乗った護衛さん達だけでなく、街にいた冒険者さん達もいますね。
「あら、これから『迷宮』で狩りかしら、それでしたらお気を付けになってちょうだい、フロアボス級の魔物が数頭うろついていましたから」
「今積んでたのがそうかい、フロアボスを狩るたあ、やるねえ嬢ちゃん。しかも見た感じ毛皮の傷もほとんどなさそうだ、そこまで気を付けて倒すのは骨だったろうに」
普通に考えればそうですよね。本当ならもっと強力な攻撃魔法や、剣での切傷でボロボロになってるでしょうから。
「まあ作戦勝ちですわね。本当はこんな大物を倒す予定では無かったんですけれど、どこかの誰かさん達が、街の周囲の獲物を狩りつくしてしまったみたいですので」
ハルさんの言葉に少し険が有りますね、まあ『迷宮』まで狩りに来るとなれば、どうしても手間がかかりますから。
「まあ、そう言うなって、こっちも生活が懸かってるんでね。クニに帰えりゃ、かかあとガキが腹をすかして待ってるんでな」
「あら、そうですの、それで居なくなった獲物を求めて『迷宮』討伐ですの。でも欲をかきすぎて深追いしないように、気を付けなさって、今の『迷宮』で不用意に奥に行けば危険ですわよ」
まあ、あれだけの人数が居れば大丈夫でしょうね。『大規模討伐』ほどではないでしょうけど、『迷宮』で狩りをするには十分すぎる戦力です。
「なに、そんなに危険がなくて、稼ぎのいい依頼が有ったんでね」
「あら、そうですの、もしよかったらわたくし達も協力させて下さらないかしら」
稼ぎのいいと言う言葉に、ハルさんが引かれたみたいですね。
「そうかい、協力してもらえると助かるな」
「それで、どんな内容なのかしら」
「なに、大したことじゃねえ、かよわい嬢ちゃん三人を生け捕りにするだけの簡単なお仕事さ」
いつの間にかわたし達を囲むように散開していた冒険者たちが、一気に武器をこちらに構えだしました。
サミューさんが、六足羆と遭遇したお話は、奴隷侍女をご参照ください。
それとですが、今回で99話、次回から三ケタ突入ということで、記念のため、次回はこれまでのキャラ紹介にさせてもらいます。
キャラは少ない方だと思ってたんですが纏めてみると意外と人数が居ました。
H27年9月5日 誤字修正しました




