92 お嬢様の覚悟
「たしか、トーウだったか」
俺の目の前にいるのは、薄物一枚しか羽織っていない、スレンダー美少女。しかし、この状況はアラの教育には悪そうだなー
「はい、トーウ・ショウ・ラッテルでございます。不束者ではありますが、どうか末永くご使用くださいますよう、お願い申し上げます」
ご、ご使用って、そ、そう言う事だよね。
「アラ、隣のベッドで寝てなさい」
幸いこの部屋はベッドが二つあるから、とりあえずアラは寝かさないとね。これ以上話を聞かせると情操教育に問題が有りそうだし。今の眠そうな状況なら、すぐに寝付くはずだ。
「リャーは」
「俺はお姉さんと少し話をしたら寝るから、先に寝てなさい」
「わーった」
大人しくベッドに潜り込むアラ、うんいい子だいい子だ。布団から顔を出してこっちを見て来たアラに頷いてから、トーウに視線を戻したら、まだ頭を下げていた。
「いつまでそうしているんだ」
「面を上げる、御許可を頂いておりませぬので」
おいおい、俺は一体どこのお偉方なの。
「楽にしていい」
「ありがとうございます。えっとリャー様とお呼びして宜しいでしょうか」
ああ、そっかアラはさっきもその発音だったもんな。
「ダメーーーー」
え、今叫んだのはアラか、トーウもびっくりした顔してるよ。
「リャーをリャーって言っていいのはアラだけなの、アラじゃない子はリョーって呼ばなきゃダメなの」
え、え、え、これっていったい。
「リャーもだよ、他のこに呼ばせちゃめーなんだからね」
(やれやれ、このような幼子に妬心を起こさせるとはお主も悪い男じゃのう)
妬心って、ひょっとしてヤキモチって事か、そっか俺はそんなにアラに好かれてるのか。ちょっとうれしいかも、いやいやそうじゃないよな。
「アラ、わかったからもう寝なさい、それと初対面の人をいきなり怒鳴り付けちゃダメだぞ」
「はい、ごめんなさいお姉さん。リャーお休み」
さてと、アラも寝たことだし。
「幾つか聞きたい事が有るが、まずはどうやってこの部屋に入った」
トーウに向き直って、問い質す。宿の親父は知ってそうだったから、二階に上げたのは親父だろうけど、いくらなんでも鍵を開けたとは考えられないんだよな。そんな事すれば宿の信用にかかわるだろうし。
それにしてもほんとスレンダーだな、こうして正面から見ても凹凸がほとんどないし、これは貧乳どころじゃなくて無乳のレベルだぞ。
「わたくしには『開錠』スキルが御座いますので、それを使わせていただきました」
おかしいだろ普通の貴族令嬢がなんでそんなスキル、持ってるんだよ。
(ふむ、確かに持っておるようじゃのう)
まじかよ、鑑定結果はと、うお、まじだ。
トーウ・ショウ・ラッテル
毒士 LV12 暗殺者 LV4
技能スキル 罠発見・解除・設置 開錠 索敵 気配察知 見破り 潜入 変装 隠密 壁登り 格闘 毒戦闘 毒魔法
戦闘スキル 毒手 麻痺毒爪 猛毒爪 眠毒爪 強蹴撃 強拳 毒霧
身体スキル 味覚強化 毒耐性 利き毒 速度強化
生活スキル 毒物鑑定 薬物鑑定 野菜鑑定 山菜鑑定 食肉鑑定 魚貝鑑定 料理解析 毒物調合 野草鑑定 雑草鑑定 虫肉鑑定
おいおい、なんかいろいろおかしいだろ、明らかにご令嬢のスキルや職業じゃないぞ。『毒士』に『暗殺者』って物騒すぎるだろ。
(どうやらラッテル家は、『毒味役』だけでなく身辺警護も兼ねていたようじゃのう)
そんな事あるのかよ。
(食事を欠かす事が出来ない以上、『毒味役』は常に主と行動を共にするからのう。護衛役も兼ねれば効率的じゃろう)
まあ一人二役で人件費の削減になるのかなでもさ。
(いくらなんでもこの職業は無くないか)
だって『毒士』に『暗殺者』だよ。
(ラッテル家の特性を考えれば『毒士』はおかしくあるまい。『毒味役』の役割上、『毒耐性』の熟練度を上げる為に毒物と向き合わねばならなかったじゃろうし、無手でも戦える『毒手』系統のスキルは、武器の持ち込みが制限されるようなところでも有効じゃ)
そう言われるとそんな気がするけどさ、じゃあ『暗殺者』はどうなるんだよ、どう考えても逆だろふつうなら『騎士』とかじゃないのか。
(『暗殺者』は格闘系統と索敵系統のスキル補正が有るからのう。それに刺客の手口を知っておれば対策も立てやすいじゃろう)
ああ、元泥棒が防犯のハウツー本書いてるようなもんなのかな。
まあいいやそれよりも問題は。
「それで一体何の用なんだ」
なんでこんな所にいるのかが、問題だよね。
「はい、りゃ、いいえ、ええと旦那様にわたくしをお試しいただきたいと思いまして」
だ、旦那様、それにお試しってええ、な、なにを試せって言うんですか。
「わたくしの純潔をお試し下さりたく」
純潔ってアレだよね、もうまんまアレをしろって事ですよね。
(どうやら、何としてもお主から金を引き出したいようじゃのう)
「悪いがそういった物を受け取る気はない、女を抱く気はないからな」
いやほんとは、とっても興味あるんだけどさ『禁欲』がね有るからね。
「そ、そうなのですか、ですがそこを何とか御翻意いただけませんでしょうか」
う、また頭を下げてきて、襟口から胸元が。うんやっぱりぺったんこだよ、じゃなくて。
「頭を上げてくれ、何と言われてもそう言う事をする気にはならない」
「そうでございますか。も、もしも、わたくしの行動で御気分を害されたのでしたら、なにとぞご容赦を。今宵の事は全てわたくしの一存でございますゆえ、どうか御家にはラッテル家にはお咎めなきようお願いいたします」
あれ、なんかこの展開キッシュの時とそっくりだな。やっぱり地元が一緒だと考え方も似るのかな。
「別にそんな気はない、担保なら『指』だけで十分だし、金の方はある程度めどが立っている。どうせ使い道の決まってない金だ、寝かせておくのももったいないしな。せいぜい利子で稼がせてもらうさ」
(本当にお主は素直でないのう)
うるせえな、お金は大事なんだよ。しかし、人の体の一部で金を貸すとかベニスの商人みたいだな、いやあれは順番が逆か。
「それでは、わたくしが居なくともラッテル家を支援して頂けるということでありましょうか」
「支援じゃない、投資だ」
「それでも十分でございます。どうか、どうかラッテル家とその領民をお願いいたします。わたくしは、もうお目見えする事はありませんが、ご健勝と御活躍を陰ながらお祈りしております」
やっと立ち上がってくれたか、ってこんな所で着替えないでくれ。目の毒だから生殺しだから。慌てて回れ右をして背中を向ける。
「お手数をおかけいたしました。失礼いたします」
衣服を正したトーウが、深々と頭を下げてから出ていく。ああ、やっと一息つけるよ、疲れた疲れた、さて寝るか。
「今のお姉さん泣いてたね」
あれ、アラ起きてたのか、てか泣いてたってマジか。でもアラは視力いいから見間違いは無いよな、まあ俺には関係ない……
「もうだいぶ暗いな、お嬢さんに夜道は物騒か。ちょっと送って来る」
「うん、わかった、アラまってるけど、早く帰って来なきゃめーだからね」
(まったく、ほんとうに素直では無いのう。女子を泣かせて心配になったと言えばよい物を)
さてと、下手に声をかけるとまた面倒なことになりそうだから、気付かれないように追いかけるか。
(女子一人を追いかけるのに、『軽速』で足音を消し、更に屋根の上を飛び交って追いかけるとは、やり過ぎではないかのう)
まるで人を付きまといの変質者みたいに言うんじゃない。
(しかし、護衛の為に鍛えられた『暗殺者』を気付かれずに追跡するなど異常じゃぞ)
いやただ単に、トーウがまだ若くて未熟なだけじゃないのか。もしくは落ち込んでてそれどころじゃないとか。
しかし、どんどん人気のない方に行くな。貴族のお嬢様の行くようなあたりじゃないぞ。
(金がないのじゃろう、まともな宿を取るのも惜しいのかもしれぬのう)
ああ、そっか宿代も馬鹿にならないもんな。素泊まり雑魚寝なら安いけど、まさかそんなところにお嬢様を泊めるとは思えないし、まさか空き地に天幕でも張って野営してるのかな。
「ここでしたら、何方もおりませんし、他の方の迷惑にはならないでしょう」
おいおい、まさかこんな所で一人野宿するのかよ、木が一本生えてるだけの空き地だぞここは。このままじゃ俺、朝まで見張ってなきゃダメかな。ん、懐から取り出したのは、なんだ。
(おそらくは家伝の品なのじゃろうな)
『ラッテル家の紋章旗』か、特に『付加効果』もないただの旗だよな。
(旗を枝にかけて掲げて、占領でも宣言するつもりかのう)
そんな訳ないだろうが、てか地べたに正座して旗に正対って何したいんだ。
「父上様、母上様、本日までの14年間、深い愛情を注いでわたくしを育てて頂きまことにありがとうございました。特に蝗害に襲われてよりの7年間は御家と御領地の大事の中にもかかわらず、わたくしに多くの御心を割いて頂き感謝のしようもございません」
何だろうずいぶん重たい空気が……
「山よりも高く、海よりも深きこの御恩は、今生でお返しすることは出来かねますが。御二方の長き御寿命が果て、玄孫たちに見送られたのち、天上にてお返しする所存にございます。願わくば、その日が一日でも、一刻でも先でありますよう」
あれ、小難しい言い方してるから、話の内容は解りにくいけど。とっても嫌な予感がするんだけど、気のせいかな。
「お二方のご健康とご長寿、御家と御領地の再興を草葉の陰で祈らせていただきます。度重なる不孝をどうかお許しください」
だー、やっぱり死ぬつもりだー
その短剣ちょっと待ったー
全速力でトーウに駆け寄り『軽速』の解除と同時に喉に突き付けられた短剣を蹴飛ばす。
危なかった、なんだどうなってるんだよ、ラッテル領の連中は自殺が趣味なのか。
(今回はともかく、キッシュ達の時はお主が煽ったのじゃぞ)
う、まあそれはそうだけどさ。
「なぜ、なぜ止められるのですか、もうわたくしには行くところはございません。もうこうするしか無いのでございます」
そんな、泣きながら死のうとしてるのをほっとける訳ないじゃん。
「金は用意する、利子も取らないし期限も指定しない、それなら問題は無いだろう」
「いいえ、そうではございません。貴方様は貴族家に娘が一人いれば、どれほどの負担が生じるのか御存じであらせられましょうか」
そりゃあ、ハルを見てればどれだけ金使うのか想像はつくな、だけどそれは節約すれば問題ない話じゃないのか。
「我が国では爵位を持つ貴族とその家族は、年に一度王宮に参内する義務がございます。そしてその度に新しい衣服を仕立てねばなりません。たった一度しか袖を通さない衣類の為に、何十枚もの金貨が使われるのでございます。それだけの金貨が有れば、どれだけの民が飢えを凌げる事でしょうか。わたくしはただ御家にいる、それだけで領民たちを苦しめているのでございます」
確かにそれじゃあ帰りにくいだろうけどさ。
「俺の所の他にも、行くところはあるんじゃないのか」
貴族家のご令嬢なら、引き取り手はいくらでもあるだろ。まあどんな目にあうかはわからないけど、死ぬよりはマシじゃあ。
(それは、かなり外道な提案じゃと思うぞ。あの騎士どもがお主に渡したほうがまだまし、そう判断するような相手じゃぞ)
いやそれは解るけど、これ以上の女の子を面倒見るのは俺の精神衛生上さ。
「それだけは決して出来ません。あの方たちが求めているのはわたくしではなく、ムルズ王国『宮廷御毒味役』の職にございます」
ん、なんでそんな事になるんだ。
「当家は、その特殊な御役目故に、代々必要なスキルや知識を受け継いでまいりました」
そういや、『毒耐性』とかは狙って取るにはリスクがデカすぎるんだっけ、だけど『毒耐性』無しで毒味やるのは怖いよね。でもそこまでしてほしい役目なのかな。
「スキルの流出を防ぐために、当家では外から新しい血を迎え入れることはあっても、一族の者が他家へ嫁ぐことを禁じてきました。跡取り以外の者は臣下に降るか、領内の家へ嫁ぎ。それらの家の者も、許可なく他領に嫁いだり。仕官することは禁じてきました」
門外不出ってやつか、まあそれだけが取り柄で貴族になった家みたいだしな。
「それゆえに、他家ではこれを機にわたくしを娶り、その子を将来の『御毒味役』に据えるつもりなのです。『御毒味役』を通った食品はそのまま国王陛下や王族の方々が御口に入られます。『御毒味役』になれば、陛下に毒を盛ることも出来るようになってしまうのでございます」
それはそうだけどさ。
「我が国では御家騒動が起こるたびに、王族の方々が暗殺されて参りましたが、毒殺された方が御一人もいない事が当家の誇りでございます。もしわたくしのせいで、その誇りが汚されたり、それが原因で我が国に内乱が起こる位でしたら。わたくしはこの場で、この場で」
うわー思いつめてるな。
(これは死なすか、受け取るかしかなさそうじゃのう)
だよねー
なんだかんだで一番重たいヒロインになってしまいそうな予感が。
古めかしい、言葉遣いをさせてみたいのですがなかなかうまく、もし誤用があれば教えてください。
H27年8月18日 誤字修正しました。




