90 騎士の誓い
久しぶりの二日連続投稿です。
今回は若干流血がありますのでご注意を。
部屋から一階の食堂に降りると、テトビが酒とつまみを手にしながら待っていた。
「聞きやしたぜ、今回はオーガ相手に大活躍だったらしいじゃありやせんか」
この野郎銀貨三枚分しっかり頼みやがって。
「活躍したのは俺じゃない」
実際に鬼を倒したのは殆どミムズ達だからな。
「それも旦那の作戦あってのものだって聞いてやすぜ」
「どこの情報かしらんが、そんなデマを信じるようじゃ詐欺師だけじゃなく情報屋としても三流みたいだな」
「まあこれは、今日来た里の連中が言ってるだけですからね」
あれ、ひょっとして脅かし過ぎたかな、もしかすると俺に襲われるのが怖くてヨイショしてるのかな。
たしかあの連中は、この街に移住してる親戚とかを頼るらしいから、もしかすると『青毒百足』の事とか聞いてさらにビビったのかも。
「安心して下せえ、本命の方は色々な所から情報を集めて裏を取ってありやす」
まあ詐欺師なんてのは、情報がしっかりしてなきゃ仕事にならないんだから、そこら辺は大丈夫だろうけど、問題は。
「解ってると思うが、俺をだましたり情報が間違っていた時は」
「わ、分かってやすってそんなこた、旦那には稼がせていただきやしたし、ましてこの街でそんな事した日には商人連中から総スカンされちまいまさあ」
まあそれもそうか、あんまり脅し過ぎて萎縮されても困るしこの位にしとくか。
「そ、それで、旦那の調査するように言った件、ラッテル子爵がなんで金を集めてて、キッシュの旦那らがあそこまで見境なかったかって理由ですが」
やっと本題か、まあほんとなら調べる必要はないんだろうけど、勢いで金貨を200枚も出しちゃったからね。あの金が犯罪とか変な事に使われてこっちにまで飛び火してきちゃたまんないから。
「どうやら蝗害だそうで」
コウガイ、ってあれだっけバッタとかイナゴがすんげえ群れを作って作物を食い尽くすって奴だよね。
「あれは一度起こると何年か続くらしくて、ラッテル領はこれで七年間根こそぎ食い尽くされてるらしいですぜ」
それはキツイだろうな、中国の歴史小説とかだととんでもない被害が出てるもんな。
「麦や野菜はもちろんらしいですが、牧草がやられて牛や羊も全滅。さすがに軍馬は死なせられねえってんで、交流のある貴族の領土に連れてって、雑草を喰わせるついでに人や荷物を運んで小銭を稼いでるそうで。まあそのせいで馬は生きてるってだけでボロボロになっちまいやしたが」
そう言えば軍馬なのに肉にしかならないって査定されてたっけ。
「特産だった麻も取れないんで領民は飢える一方。噂じゃ騎士や地方貴族までもが、飼料用の雑穀を粥にしたのに蝗の死骸を入れて食ってる有様らしくて。馬車に小麦を積んでラッテル領に行きゃ、帰りには同じ重さ分、年頃の娘を連れ帰れるってんで、奴隷商人が穀物を買いあさって近郊の相場が見る見る上がってるそうですぜ」
娘を売って飢えを凌ぐか、まるまる時代劇みたいな話だな。
「あっしも一枚噛みたいとこでやすが、奴隷の仕入れは資格がないとできやせんから、麦相場に少しからむ位ですかね。おっと話がそれやしたね。てなわけで税収がほとんどない中での蝗対策に飢餓対策と、子爵領の財政は火の車でして。子爵公館の家財道具一式から所有する奴隷、伝来の家宝や王室からの下賜品、親戚筋から送られたご令嬢のドレスまで、金になるもんはとことんうっぱらって芋や豆を買い込んで配給してるらしいでさあ」
てことは、あの金はみんなの食費になるのか、それだったらもう少し出してもよかったのかな。金が足りなくて餓死されたとか聞いたらやだもんな。
「それで金が必要なのか、だがずいぶん切羽詰ってたな」
金さえあれば買えるんだし急ぐ必要はないよな、あ、でも餓死手前の人とかがいるのかな。
「そうもいかねえんですって、さっきも言った通り麦や雑穀を始めとした食料品の相場が軒並み上がってやしてね。蝗害は周辺の領土にも広がってるやしくて。奴隷商人の他にも、そこら辺の領主もこぞって食料を買い込むってんで、目端の利いた商人や有力貴族が手広く買い占めを始めたらしいでさあ」
あれこれも歴史小説とかで聞いた事が有るような。
「一度買い占められりゃ、価格を維持するのに売り渋りが始まるのは目に見えてやすから、市場に出る前に現物を押さえようと、色んなとこの使用人が農村を走り回って、収穫したての作物をその日のうちに買い上げてるわけでやして。中には農夫の顔に金貨を投げつけて奴隷がそのまま収穫してくなんて事も有るらしいですぜ」
そりゃまた、そのうち打ち壊しとかが始まりそうな話だな。
「まあそんな訳でやして、早いとこ金を用意して買い込まねえと、現金は有っても現物がない。もし買えやしてもとんでもない値段で少量しか買えずに、結局は飢え死にが先に延びるだけってな訳でして、まああの時期に金貨二百枚ありゃあ、味さえ気にしなきゃそこそこの量が買えやしたでしょ、何とか切り詰めりゃ次の収穫までギリギリ」
そうか、それならまあ、後味は悪くないか。
「まあ、また蝗が出りゃあ、もうお終いでしょうし、領土を建て直す体力が残ってるかってのもまた別でやしょうが」
ああ、この男は一言多いな、せっかく人が良い気分になったってのに。まあ、こっちの依頼通りしっかり調べてくれたんだから良しとするか。
「なるほど、手数をかけたな、これは礼だ」
財布から銀貨を数十枚取り出そうとすると、慌てたようにテトビが手を振る。
「いやいや報酬だなんて、旦那から金は取れやせんて」
おい、さっきの酒代はどうしたんだよ、それに。
「お前相手に借りを作るつもりはない、タダより高い物は無いと言うしな」
「いえいえ、そんなこたあ、ありやせんて、旦那相手に貸しを作ってどうにかなんて、ですからお金は。いえありがたく頂きやす、頂きやすんでその物騒なモンをしまって下せえ」
周りから見えない様に、『切り裂きの短剣』をチラつかせただけであっさり受け取りやがったよ、まあこいつの切れ味はこの街の連中ならみんな知ってるだろうからな。
「これで貸し借りなしだ」
「まったく物騒な旦那で、この額じゃ多すぎなんで一つだけ追加情報を、キッシュの旦那とその御一同でやすが昨日からまたこの街に、しかも……」
テトビの言葉を遮る様な大きな音を立てながら宿屋の扉が開けられる。
「こちらに『迷宮踏破者』のリョー殿が御出でと聞き申したが相違ないか」
あれ、なんだろこの声この台詞、凄い聴き覚えが有るんだけど。
「おやまあ、噂をすると何とやらですかね」
楽しそうにテトビが視線をやる先では、キッシュとその御仲間たちが勢ぞろいしてるし。
「な、なんだ、何の用だ」
まさか、金が足りなかったとかか、俺を襲って金を奪うつもりか。やるならやるぞ、数を揃えたって負けないからな。
「おお、ここにいらしたかリョー殿」
なんだなんだ、ぞろぞろと入ってきてお店に迷惑じゃないか。てかこんな所でみんなして跪くとか、あーあ、周りのお客が引いちゃってるよ。
「リョー殿、この度はまことに申し訳なかった、難癖を付けた上に御命まで狙い。それでありながら我らに対してあれほどの施しを頂きなんと言っていいのか」
うーん、なんだろこの重い雰囲気、てかいい加減頭を上げてくれないかなこっちが辛いんだけど。と、とりあえず。
「別に許したつもりはないが、それにもう顔を見せるなと言ったつもりだったんだが」
ね、もう許してお願いだからほっといて、お金は返せなんて言わないからさ、周りの視線が痛すぎます。
「リョー殿のお怒りはごもっとも、ですが我らがこうしておめおめと生き恥を晒しているのは故あっての事、リョー殿への償いと御恩への御返しは、いつかわれらの命をかけて子爵家総出にてする所存ゆえ、それまでの約束の品としてひとまずこれを」
なんだろこれ、栄養ドリンクくらいのサイズのガラス瓶だ、中に液体とこれは、えええええ。
「我らが主君ラッテル子爵の小指にございます」
ゆ、ゆゆ、指い、な、なんで、なんでこのタイミングで指が出てくるんだよ、これってアレか、あの特殊な職業の方々のする『エンコ詰める』って奴ですか、なんでこの世界にこんな習慣が有るんだよ。
「これだけでは、納得成されぬでしょう、ゆえに我らも」
キッシュの声に合わせるように、全員が短剣を抜いてそれぞれの指や耳たぶに刃を当てる。ちょ、ちょっとあんたら何するつもりなんだよ。
「行くぞ」「「「「応」」」」
ギャアアア、一斉に切り落としやがった、店が血まみれじゃねえか、何やってんだよこいつらは。
「我らが誓約の証として、これを」
それぞれが小瓶に切り落としたものを入れて差し出してくるけど、何この猟奇な展開はどうなってるの。
(ラ、ラクナこれは一体なんだ)
(騎士や冒険者等の戦闘職がおこなう約束の一種じゃ、こうして体の一部を約束の相手に差出して誓約し、約束が果たされたならばそれを返してもらう。約束の種類としては永続的な物では無く、『~まで~をし続ける』など期限を区切ったり、約束した役目を終えるまで等といった物が多いの)
それで、誓約の証って事か、でもさ。
(なんでこんな約束の仕方をするんだよ)
(戦闘職にとって部位欠損は戦力低下に係わる、ゆえにそれだけ重い約束だという事じゃ)
まあ確かに指を怪我すれば握力が減るから武器を持ちにくいだろうし、耳たぶが欠損すれば音を聞きにくくなるか、でもおかしくないか。
(魔法薬を使えば部位欠損なんてすぐ治せるだろう)
『馬のふん(略)』ならその位できそうだよね。実際に『超再生』なら出来ちゃうし。
(言っておらなかったの、部位欠損は負傷から半日以内に回復させねばならぬのじゃ。半日を超えると魔法薬や回復魔法は効き難くなりちょっとした欠損を直すのでも強力な魔法薬を何年も飲み続けねばならなくなる。例外は失った部位が適切に保存されており、それを傷口に当てながら治療した時のみじゃ)
ああ、それでか、約束を果たして返してもらえば元の体に戻れるってわけか。逆に言えば果たさないと返してもらえないんだから約束の達成率も高くなるだろうし、それだけ重い約束の仕方って事かな。それで前にアラと『指切り』した時に刃物が出てきたんだな。
「解った、受け取ろう」
しかしいくらなんでも、子爵自らの指ってのはやり過ぎの気がするけど。
「おお、必ずや、いつか必ずリョー殿のお役にたって見せましょう」
あれ、なんか嫌な予感がしてきた。
「まさかとは思うが、俺について来るつもりじゃないよな」
やだよそんなの、こんな暑苦しいメンバーがついて来るとか、アラの教育にも悪そうだし。
「そうしたいのは山々ですが、我らも主君より与えられた役目が有る故、そう言う訳にも行かず」
ああ、よかった。
「まずは、この街にも迷惑をかけたので、せめてもの償いにと此度の『大規模討伐』に協力するつもりなれば」
そっか、『大規模討伐』なら戦力が必要だろうしね、うん、この街の人達からはキッシュ達の印象は悪いだろうし、名誉挽回の機会になるのかな。
「ですが、このまま別れてしまい償いが出来ぬ事になっては大事ゆえ」
なんだろ、何か嫌な予感が。
「また、く、く」
ん、言い淀んでるけどどうしたんだろ。
「キッシュ卿お気持ちは解りますが、これは全て民の為ひいてはお家の為ですぞ」
「だ、だがおいたわしや」
なんだ、なんなんだ、一体どうしたってんだよ。
「リョー殿、恥を忍んでお頼み申す。千枚もう千枚金貨を都合して頂けぬか」
千枚か今の持ち金だと出せない額じゃないし、特に使い道もない。出してもまだ何百枚か残るから金に困ることは無いだろうけど。
もしかすると、これはもう金策が他に無いから藁にもすがる様な感じなのかな。でないとほとんど面識のない冒険者なんかにこんな事をお願いしてこないよね。
どうするかな、多分これも飢饉対策に使うんだよね。となると出さないのは後味悪いけど、でもあっさりと出すのもなんだか……
「も、もちろんいつかはお返しする所存。さらには、く、更には担保も用意いたすので、なにとぞ、なにとぞどうか金子を」
な、なんだろう、血を吐くようなって例えがピッタリな感じの言い方なんだけどさ、どうしたのそれ。
「キッシュ殿、これは御主君の決定でござれば」
「なによりも、融資と言いながら足元を見てきた、他の貴族や商人たちの過去の醜聞等を考えればリョー殿の方がはるかにましでしょう」
はるかにましってその言い方は失礼じゃないか。しかしまあ、やっぱりあるんだね落ち目の所に金をチラつかせて、無茶な要望を通させようとする金持ちって。確かにそんな連中とは違うつもりだけどさ。
「う、うむ確かに、あの少女への対応を見ている分では信用も置けるが」
そうか、アラをきちんと面倒見てるって事で信用されるのか。しかしここまでして出し惜しむ担保ってなんなんだろ。やっぱり家宝とかかな、威力のある『魔道具』とかだったらいいな。
「キッシュ殿、今まで何度も話し合い決まった事ではござらぬか」
「全ては、民の為、民の為ですぞ。ここで金子を持ち帰らねば、押さえている分はすぐに他の手に回ってしまいますぞ。さすれば民は冬を越える事が出来ませぬ」
うーん、必死そうだなここまで切羽詰ってると断りにくいよね。何より指も受け取っちゃったし、あれひょっとして先に指を渡してきたのってここで断りにくくするためじゃ。それにさっきキッシュに話しかけてる時にこっちの方チラってしたよね。
これは出すしかないだろうな、そう言えば前もこんな事が有ったような、金の代わりに物を受け取るってあれは何の時だったっけ。
「それにこれは御本人も納得の上の事ですぞ」
「そうであったな、仕方あるまいお通しせよ」
そうだあれは、ユニコーンの長老からヤッカを押し付けられそうになった……
「こちらが、ラッテル子爵家令嬢、トーウ・ショウ・ラッテル様でございます」
騎士達が左右に避けて作ったスペースを歩いてきたのは十代半ばくらいのスレンダーな少女だった。
いきなり美少女をプレゼントされたらどうしますか。
1、ありがたく受け取る
2、丁重に送り返す
3、他の誰かに引き渡す
4、奴隷としてうっぱらう
どうしようか悩み中だったりします、とりあえずは何話かはごまかしながら考えよう。
それと87話のディフィーさんとリョーの会話を修正しました。
H27年8月6日 誤字修正しました。




