77 奴隷娘のお留守番
ああ、また説明会。
そのうち設定厨と言われることになりそう……
先日大量に購入した布を広げて色を選びます。御主人様はお若いですし明るい色の方が良いでしょうか。
冒険者や傭兵の方などは目立つ服装の方が良いんでしたか、騎士のように紋章や旗が無いので戦場や『大規模討伐』などでは目立たないと手柄を立てても気付かれないらしいですし。
「ですがあまりにケバケバしい色は似合わなそうですし、周りが派手な中では落ち着いた色合いの方が逆に目立つかもしれないですね」
その方が似合いそうですし、あまり奇抜な服装で御主人様が軽く見られても問題ですから。わたし達の安定した生活のためにも御主人様には頑張っていただきませんと。
もしも、わたしがまた売りに出されるようになったら、今度こそマイラス様に。
いえ、悪い事を考えるのはやめておきましょう。
「それは、リョーの服を作るのかしら」
「おはようございますハルさん。ええ、そうですよ、これが終わったらハルさん達の分も作りますからね」
皆さんの採寸はしっかりと覚えていますから、まあハルさんが好みそうな刺繍を付けるとすると少し手間がかかるでしょうが。
「それは嬉しいですけれど急ぐ必要はありませんわ、アラが居ないとかさばるだけですし」
そうですねこの家も一時的な借り物ですから余り物を置くわけにもいかないですし、と言って馬車に置いておくのもなんですから。
「そろそろ朝食の時間ですね、魔物肉はもう残ってないので干し肉を調理しますか」
「あ、あの狩に行ってきますか、街の近くでも魔物の匂いがする様になってきましたから」
そうですか、でもおかしな話ですね『薬師の森』は街からそれなりに距離が有るはずですし、この街は冒険者さんが多いですから魔物駆除はしっかりされてるでしょうから。
まあいいですか、魔物が多ければしばらくは食費を気にせずにいられるという事ですし、採集物はハルさんのお小遣いにもなるでしょうから。
適度な大きさに刻んだ野菜と削った干し肉を鍋で煮込みながら買いだめしておいたパンも温めます。
「はあ、サミューやミーシアが料理担当ですとホッとしますわ、リョーがいると焦がしてしまいましたり生焼けのままでしたり散々ですもの」
最近は御主人様の料理の腕も上がってこられたのですけどね。
「失礼させてもらう」
今日もお客様ですか、せっかく料理が出来たと言うのにもう少し遅くしてほしかったですね。先日街中でお会いしてからというもの毎日同じ時間にいらしていたのに、こんなに早くどうしたんでしょうか。
「ハルさん、ミーシアちゃん」
「解っておりますわ」
「は、はい」
二人が奥の部屋に入るのを確認してから玄関の戸を開けますけれど、やはりお客様はこの方ですか。
「いらっしゃいませ、エル・シルマ様、本日も主は不在ですので、わたくしサミューが対応させていただきますことをお許しください」
深く頭を下げてからシルマ様を室内にお通しします。
「そうか主殿は今日もおられないか、そろそろ主殿がどこに行かれているのか、もしくはいつごろ戻られるか教えては貰えないか」
「申し訳ありません、シルマ様にお伝えしてよろしいのかどうか、主より事前の指示がないためわたくしでは判断致しかねます」
とりあえずお茶をお出ししましょうか、お供の方にも出しますが多分今日も飲まないのでしょうね。
「すまない、それでは君に直接交渉したいのだが」
わたしと交渉ですか内容は想像が付きますけど、わたしでは判断できませんね。
「私の妹であるハルを、できればミーシアも一緒にシルマ家で買い戻したい」
やはりそこですか、まあお気持ちは解りますけれど。
平民にとってなら奴隷落ちなどはそれほど珍しい事ではないですが、貴族や騎士の御家から奴隷を出すという事は敵の手に落ちたという事か、一族の者を売らなければならないほど没落したかという事のどちらかですから、御家にとっては最大級の恥辱の一つになりますから。
わたし自身、系譜上は御家が一度断絶した際に行方知れずという事になっていますし。
ですので穏便に買い戻して、ハルさんの奴隷落ちを無かったことにしたいと言うのは理解できます。理解できますが。
「たいへん申し訳ありませんが、そう言ったお話に対応することは出来かねますので、主が戻るのをお待ちいただけないでしょうか」
おそらくハルさんは御実家に戻りたいのでしょうが、わたしが奴隷である以上は御主人様の御意向に従うしかありませんから。
「それは理解できるが、奴隷頭の君の裁量で何とかして貰えないだろうか、もちろん十分な対価は払うし君にも礼はしよう」
奴隷頭ですか、まあ最年長ですし毎回私が対応しているのでそのように思われるのも仕方ないかもしれないですね。
「主は私たち奴隷の役職は定めておられませんし、当家の奴隷の売買についての権限を主より与えられてはおりませんので。シルマ様のご要望には添えかねます」
「く、私達のパーティーは今日街を出る、主殿が戻られたらシルマ本家へ当主のエル・シルマを訪ねるように伝えてもらいたい」
「承知しました、シルマ様の御言葉は間違いなく主には伝えますが、実際に伺うかどうかは主の判断になりますのでその点はご了承ください」
御主人様はおそらくまだハルさんを手放しはしないでしょう、何時かは解放されると言っておられましたがしばらくの間はハルさんの魔法が必要でしょうから。
「ハルさん、大丈夫ですか」
シルマ様が帰られてから食事を始めましたけれど、やはりハルさんの元気がないですね。少しだけでもお兄さんとお話できる時間を取るべきでしたでしょうか。
「大丈夫ですわ大した事じゃありませんもの、お兄様がどんなお考えであられてもリョーがいない事にはどうにもならないのはわたくしでも解っていますもの。それにこれからお買い物と魔物狩りに行くのでしょう」
何でもなかった事の様に言っていますけど、大丈夫なんでしょうか。
「で、でも、ハル様」
ミーシアちゃんも意外そうですね、まあ気持ちは解りますけど。
「ミーシア貴方はどうなのかしら、わたくしと一緒にシルマ家に戻りたいのかしら」
「え、わ、わたしはリョー様と一緒の方が街でお肉や甘い物がいっぱい食べれるし、サミューさんのご飯美味しいし、『迷宮』でも魔物のお肉が……」
御主人様を慕う理由は食べ物だけですか、一度口が肥えてしまうと以前の食生活にはなかなか戻れないと言いますから切実な問題なのかもしれないですね。
「そうでしょう、わたくしだってまだリョーを手放す気はありませんわ」
何かおかしいですね、手放す手放さないと言うのはハルさんでは無くて御主人様の決められる事ではないでしょうか。
「ええリョーは魔法だけは知ってますもの、もっと多くの珍しい魔法を吐き出させてから捨てて上げますわ」
いえそれはさすがにどうかと思いますが、まあ、保身の為に御主人様を籠絡しようとしているわたしの言えた事ではないかもしれませんけど。
それにしてもミーシアちゃんは食べ物、ハルさんは魔法、わたしは保身と皆さんそれぞれ下心が有るんですね。
まあ奴隷の主に対する思いなどというものはこんな物かもしれませんが。本心から御主人様を慕われているのはアラちゃんだけですか、これでもしアラちゃんまで何か裏が有ったりしたら報われませんね御主人様。
「御主人様、ですか」
今頃あの方はきっと……
「サミュー、サミュー」
あら、ハルさんが目の前で手を振ってますねどうしたんでしょう。
「本当にリョーの悪い癖が移ってしまったみたいですわね、考え込んだまま動きが止まってましたわよ」
ああ、考え込んでしまったみたいですね、とりあえず二人とも食べ終えたみたいですし片付けてからお買い物に行きましょうか。
「今日もいい買い物が出来ましたわ、魔法石に魔法薬に『簡易魔道具』まで、本当でしたら宝飾品も良い物が有りましたけれど『アイテムボックス』に入れられないですから」
先ほどと打って変わったようなほくほく顔のハルさんが満足そうに買った物を確認していますけど、今日はいつもに増して買い込みましたね。
普段は狩った魔物の採集物や『溶岩密封』で作った石を売ったお金の範囲内で済ませていたのに、今日は御主人様から頂いた金貨にまで手を付けていましたから。
「とりあえず食事にしましょうか、そろそろちょうどいい時間ですし歩き回ってお腹が空いてしまいましたわ」
「わ、わたしも……」
もうそんな時間ですか、今から帰ってもお昼ご飯を用意するには時間がかかってしまいますね。
「そうですね、今日は外で食べましょうか」
ここでしたら少しお値段が張りますけど『昼顔亭』が近いですし。
「あの店ですわね、安っぽい店ですけれど味はまずまずですから異存はありませんわ」
「りょ、量も多いです」
決まりですね、すぐ目の前まで来ていたお店のドアを開けます。
「いらっしゃいませ、あ、サミューさんどうぞ」
何度か食べに来た事が有るので顔を覚えられたみたいですね。給仕のお嬢さんが席を用意してくれました。
「おすすめ定食を四つお願いします、二つは大盛りで」
「分かりました、でもすごいなこのお店結構高いのにこんなに頻繁に来れるなんて、あーあわたしも身売りして奴隷になろうかな」
確かに貧しい家などでは口減らしの為に奴隷になると言うのは珍しくないですし、商家や騎士の家の使用人になれればそれなりの生活が出来ますから、ですがそれは買ってくださった方次第でしょうね。マイラス様のような方に買われれば生地獄を味わうことになりますし。
御主人様に買われたわたし達はかなり運のいい方でしょうね。
「もし奴隷になるのなら、奴隷店に入ったらすぐ職業訓練を受けて『技能奴隷』になる事をお勧めしますよ」
しっかりとした知識や技術が有ればそれに合わせた買い手が付きますし、それなりの扱いが期待できますから、運よく役所などで働く公有奴隷にでもなれれば出世も夢ではないですし。
「勉強ですか、でも私は頭も悪いし不器用だから大変かも」
「それならやめておいた方が良いですよ、取り柄が無いと農奴や鉱山奴隷にされるかもしれませんから」
特徴の無い若い女奴隷ならほとんどの使い道は性奴隷しかありませんし、どなたかの妾などになれるならいいですが娼館にでも売られたらすぐにボロボロになります、運悪く『繁殖奴隷』にでもされたら一生を狭い部屋の中で過ごすことになりかねません。
「それじゃあ戦闘奴隷は、サミューさん達もそうなんでしょ」
これは彼女のためにも少し強く言った方が良いかもしれませんね。
「冒険者に買われた戦闘奴隷の半分は、買われてから五年以内に魔物に食べられるらしいですよ」
まあこれはわたし達も他人事では無いですけどね、御主人様はわたし達を大事にしてくれていますが『迷宮』に関してはかなり積極的ですから、普通の冒険者は『迷宮踏破』を実際にしようなどとは考えないらしいですし。
「そんな」
「まあ、口減らしやお金のためでないのでしたら、奴隷になろうだなんて考えるものではありませんわね。奴隷から宰相や豪商になった人物もいるらしいですけれど、平民からそうなった人物は数百倍、貴族は更にその数十倍ですわ、才覚に自信がないのでしたら変化など考えず、ご自分の仕事を全うすべきですわね」
ハルさんも言いますね、やっぱり朝の事が堪えているのかもしれませんね。
「サミュー食事が終わりましたら魔物狩りに行きますわよ」
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