75 大鬼の村
結局あれから一晩中野営地の周囲を走り回って魔物狩りに明け暮れてたから、ひたすら眠いんだよなあ。
でもあのままここに居たらどうなってたか解んないもんね。うん、自分の理性には自信がないから。
(しかしまあ、弱いくせにずいぶんと無理をしたのう)
まあ一人だったからさ『軽速』も『切り裂き』も使い放題だったし、かなり八つ当たり気味にゴブリンを狩りまくったから。
そのおかげでムラムラは何とかなったけど、あれなんだっけ高校か中学の保健体育でこんなのあったような、こうスポーツとかに打ち込んで性欲とかを誤魔化すってやつ、ダメだ名前が思い出せない、何しろ大昔の話だもんな。
(それで、あのゴブリンの死骸はどうするのじゃ)
(どうするかな)
暗い中だと上手く剥ぎ取りが出来ないからとりあえずはぜんぶアイテムボックスに放り込んどいたんだけどあんまり使い道がな、防具を装備していた個体や武器は入らないから置いて来ちゃったし。
「タイミングを見て回収しないとな」
「む、何か言われたかリョー殿」
「いやなんでもない」
(装備類は今頃、別な鬼共が回収している事であろう)
なぬ、ウソだろう、鬼の爪だけじゃ大した稼ぎにならないのに、武器や防具こそが金になるというのに。
(仕方あるまい、弱いはずのお主が大量に戦利品を持ち帰れば怪しまれるだけじゃろうが)
そうなんだよな。
「そう言えばリョー殿、他にも『魔道具』を持っておられるはずだが、それらはなぜ使われぬのか」
(な、なぜばれておるのじゃ)
まあ、『切り裂きの短剣』は一回プテックに貸したし、キッシュ達の自殺止める時に『風砂』と『氷水』も使ってたもんな、見逃してくれなかったか、持ってるのは知ってるのに使わないんじゃそりゃあ不審に思うよね。
(ご、誤魔化すのじゃ、お主の手の内を知られては後々敵対した時に対策を立てられるぞ)
首飾りさん結構トラブルに弱いよね、まあ仕方ないか『チート勇者』と一緒じゃピンチなんてめったになかったろうし。
「ああ、あれか、あの短剣は切れ味だけは良いが斬れる物と斬れない物があってな、下手な物に当てると折れてしまうんだ」
(なんじゃと、お主自分が何を言うたのか解っておるのか、みすみす自らの弱点を教えるなど)
そこまで動揺しなくてもいいと思うんだけどなあ。
「なんとそのような欠点があるとは」
(愚か者が、このお人よしが何を馬鹿正直に話しておるのじゃ)
「と、言う事にしてある」
(な)
とりあえず絶句してる首飾りを無視して、ザ・日本人と言った感じのあいまいな微笑を浮かべてみる、これでたぶん。
「そうか、そうであったな、生き馬の目を抜くような日々を送っている冒険者に対して手の内を晒せと言うのは、思慮のない発言であった、詫びよう」
ほらね勝手に勘違いしてくれた、ミムズは元々俺の事を過大評価してるし、思い込みも激しいキャラだから、思わせぶりな事を言って置けばこうなると思ったんだよね。
(それにしても、こちらにもことわざが有ったんだな)
(今言うべき台詞がそれかの、それらは歴代の『勇者』が持ち込んだものじゃ。それにしてもお主、本当のことを言っておきながら相手をだますとは、まるで詐欺師の様じゃのう)
ビジネスマンと言ってほしいな、世の中信用や接待も大事だけど駆け引きが出来なきゃ営業職なんて出来ませんて。
「確かに我々も他者にはおいそれと見せられないスキルなどが有るしな」
「姉さま、それは」
「む、そうであった、今の言葉は忘れてほしい」
あれなんかいま余計なことまで聞いたっぽい、隠しスキルが有るだろうって事は『鑑定』の結果が丸ごと『阻害』されてるから、何かあるんだろうなーとは思ってたけど、これも国家機密に該当とかじゃないよね。口滑らしたから口封じとかは無いよね。
(今の感じならプテックの血の他にも何かあるって事か)
(かもしれぬの、確かにあのスキルは回復量が高い上に体力まで向上させるというのはかなり効果的じゃが、あの副作用があまりにもアレな上にプテックの負担も大きい故に戦闘中は使えぬ。あれならば魔法薬を多量に用意するか、高レベルの治癒師でも連れていればいい話じゃからな)
そっかそうだよね、『馬のふん(略)』ならもっと役に立つもんね異常状態も治るし全快だし、まあコストパフォーマンスと気分的なダメージは考えたくないけど。
(もしかすると、ミムズの『狂化』などの事かもしれぬが、他にも何かあると考えておいた方が良いじゃろうな)
そっか、まあ取りあえず言って置くことは。
「情報の売り買いで稼ぐ予定はないし、あえて世間話をするような相手もいない」
こう言っとけば大丈夫かな、あれ、でもこれだと俺ってさびしい人みたいに聞こえるかも。
「リャー、アラ置いてっちゃめーなんだからね、なのにまたー」
ああ、俺にはお前がいたよねアラ。
「そうだったな、悪かった。だけど約束通りきちんと帰って来ただろう、ちょっと周りを散歩してきただけだ」
アラに見せるように小指を立ててからふわふわの髪を撫でる。
「えへへ、約束だもんねリャー」
アラも嬉しそうに小指を立てて満面の笑みを返してくれる、やっぱりうちの子は世界一可愛いなー
(やれやれ相変わらずの親ばかぶりじゃのう)
うるせー良いじゃねえかよ。
「う、ああ、うん」
(どうやらリサの目が覚めた様じゃな)
「解る?」
「君はオーガに捕らわれていたのだがその事は覚えておるか、君の他に生存者がどこかにいるのか」
いや目を覚ましたばかりでそんないきなり聞いても解らないと思うんだけどなー
「わ、わたし一体、え、服が、これはどうなってるの」
あー服が多少乱れてるもんね、俺は出来るだけそっち見ないようにしてるけど、彼女はさっきまで自分で服を乱しちゃったもんな、血や泥やその他色々と汚れも出来てるし。
「服が乱れて、こんなに汚れて、貴方たち一体わたしに何をしたの」
「落ち着かぬか自分たちは何もしていない、それよりもオーガの事を話してくれぬか、他にも鬼は居るのか、生存者は」
だからさ、パニクッてる相手にそんなに畳みかけても仕方ないって、これじゃあ変な誤解をされたままになりそうだな。
「アラ、アイテムボックスにみんなの着替えが有ったよな」
「うん、あるよ」
「それじゃあ、あのお姉さんに大きさが合いそうなのを一つ出してくれ」
多分サミューの服ならサイズ的に何とかなりそうな気がするんだよね。
「はい、リャー」
アラが出してきたのはワンピースタイプのメイド服、まあエロメイドの服だもんな、その手の物しかないか。
「あのお姉さんに持って行ってあげなさい」
「わかった」
アラがリサに駆け寄ってメイド服を差し出すと、不思議そうにそれを見てる、まあ普通は訳がわかんないよな。
とはいえこれで少しはパニックが収まったかな。
「俺は少し周りを見てくる、その間に着替えて置け」
下手に色っぽい恰好をされてると、こっちの精神衛生上ね色々と、蛇の生殺しだから。
「え、あ、はい、ありがとうございます」
「アラも行くの」
アラが一緒だったら戦利品を持ち帰っても変じゃないか。
「そうだな行くか」
「うん」
いきなり抱きついてくるアラを抱き上げて、野営地から離れる、さてとゴブリン狩りだー
「紳士なのだなリョー殿」
「あまり、見ないように、してた」
あれ、なんかいい感じに勘違いされて好評価を受けてるっぽいけど、あ、そうだ忘れてた。
「火のそばに茶葉とポットが置いてあるから淹れておいてくれ」
周囲を偵察していくつかゴブリンの集団を潰してから野営地に戻ると、着替え終わったリサがお茶を飲んでいた。
(どうやら落ち着いたようじゃな)
まあそのための着替えとお茶だからね。清潔な衣類と温かい飲み物だけで結構リラックスできるものだし。
「おおリョー殿、戻られたか」
「お帰り」
「アラのおかげでだいぶ狩れた、ところで何かわかったか」
俺の言葉にアラが不思議そうな顔をしているけど特には何も言わないか。
(ほとんどお主の『軽速』で倒したようなものじゃからの、とはいえ疑問に思っていながらも黙っているとは賢い子じゃのう)
当然だろうちの子だよ。
「ああ、リョー殿が戻られる前にいくらか話を聞いていたのだが、彼女の集落がオーガの群れに襲われたらしいのだ」
まあこれだけ鬼がいればそういう事態も発生するのか、ただちょっと面倒なことになりそうな予感がするな。
うん、クエストフラグにしか聞こえない。
「それでなのだが、昨日倒したオーガはその群れの一部らしく、彼女を連れて集落を出たそうなのだ」
(どうやらリサは保存食では無く携行食だったらしいの、おそらくは群れを維持するために狩猟に出ていたのであろうな)
だからそう言うあからさまな表現はやめてほしいんだけどな。
「それでだ、彼女の話では村にはまだ生存者がいるようなのだ、ゆえに我らは救出に向かう事にした」
事にしたっておい、こっちに相談も無しかよ。
「待て、幾つか確認したい、残りの鬼の数と集落の位置は解るか」
あんまりいい予感はしないけどな。
「先ほど聞いた話では、鬼の数ははっきりしないが昨日の倍はいるようだ、位置はここからレイドの街と反対方向へ一日半ほど歩いたところらしい」
「却下だ」
どう考えても条件が悪すぎだって、これなんて無理ゲー
(お主、言うとは思ったが……)
「本気?」
「そんな、どうか助けてください」
うわー非難の声しか聞こえないよ、完全に悪役だね俺。
「もちろんだ」
「何を言っているのだリョー殿、鬼の脅威にさらされている民草を見捨てると言われるのか」
「行っても無理だ、昨日の十体でもあれだけ大変だったんだ、まして二回に分けてだぞ、もしも十体同時だったらどうなってたか、なのにそれ以上の数を同時に相手にするのは無謀だ」
「不利だからと言って見捨てることなど自分にはできない」
ああ、やっぱりそう言うと思ったよこの騎士バカ女は、そんなアニメの主人公じゃあるまいし強敵に立ち向かえば新しい力が湧くわけじゃないだろ、普通に考えれば自殺行為だぞ。
「それに食料の残りも少ない、アラのボックスはとっくに空だし、ミムズとプテックのボックスも殆ど残ってない、俺のはまだあるがこの人数ではあと一食か二食だ、集落に着く頃には全員空腹だぞ」
「例え一日や二日食べずとも、騎士の誇りと使命感さえあれば役目に障りはせんわ」
ああ、熱血はこれだから嫌だ、旧日本軍みたいなこと言ってんじゃねえよもう、『腹が減っては戦は出来ぬ』って言葉を知らないのか、実際の歴史でも戦記小説でも補給の失敗は敗北フラグだぞ。
「食料だけじゃない、薬の類も足りない、MP回復薬も、体力回復薬も、傷薬もかなり使って残りはほとんどないんだぞ」
昨日までの作業ゲーは範囲スキルや広域魔法を使いまくるのが前提だったから、薬は使いまくってたからな。
「その程度は些細な事、攻撃スキルが使えなければ槍と剣のみで倒せばいいだけの事ではないか」
これだから精神論で話をする奴は嫌いなんだよ、どんだけ根拠を出して何を言っても気合と根性で済ませちまうから。
「指揮権は俺にあったはずだ」
あーあ、このセリフだけは言いたくなかった、この手のパターンでこう言う事を言った時の返事ってのは大体決まっているから。
「依頼人は自分だ、そもそもこの依頼が民草を救う為である以上、これを見捨てることは絶対に出来ない、これも依頼の内だと思ってもらおう」
ほらな、間違いなく指揮権の話は無かったことになるんだよ。
「別に見捨てるとは言っていない、一度街に戻って物資と戦力を補充してから助けに行こうと言っているんだ、街まで行けば冒険者もまだ残っているだろうし、もしかしたらリューンの兵もまだいるかもしれないだろう」
それならどれだけ鬼がいても確実に勝てるからな。
「それでは遅すぎる、オーガは人肉を食すのだぞ、一日救出が遅れればそれだけ犠牲が増える」
「助けに行った俺達が全滅したら、誰も助からないぞ。犠牲が増えても確実に助けられる手を取った方が良い」
消防に就職した同級生が昔言ってたよな、救助の基本は助けるほうの安全が確保されてから行動する事で、助ける方が死ぬような事はしちゃダメだって。
「それでもだ、自分の安全の為に誰かを見捨てるような事はできない、他者の犠牲の上で自己の保身を図るような事はもう二度と、二度としないと誓ったのだ、ミムズは人を守る立派な騎士になると」
(これは説得は無理じゃろうな)
だろうな、最悪『軽速』と『切り裂き』を使えばアラだけでも守れるかな、オーガ数十匹相手じゃきつい気もするけど、やるしかないか。
ちなみにリョー君が思い出せなかった単語は『昇華』です。
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27年7月5日 誤字、句読点修正しました。




