690 餌場
「ハ、ハル様、お、落ち着いてください、『活餌』になるって、わたし達みんなで、リョー様の職を取るって事ですか」
なんか、ハルの中では答えが出てるんだろうけど、俺達にはチンプンカンプンだな。
「ハル、とりあえず俺達にも分かるように説明してもらえないか、みんなに俺の職を取らせる必要が本当にあるのか。『活餌』だぞ、どう考えてもまともじゃない職名だぞ」
「そんなものは、『隠蔽』でもすればどうにでもなりますわ。この職はかなり有用な物でしてよ、それにもしも私の予想通りでしたら、この職はわたくし達にとって、非常識なくらいに役立つはずですわ」
有用って、攻撃能力皆無なうえに紙防御な職なんだけれど。
「確かに貴方個人にとっては、今までやっていた事の延長線上でしかない、新鮮さのない職に見えるのかも知れませんし、今までさんざんそれで苦労して来たのでしょうけれど」
そうだよ、今までだって、さんざん誤魔化し誤魔化しして何とかやってきてたんだから。
「ですけれど、それは見方を変えましたら、魔法をろくに使えない役立たずも同然のはずの魔法職が、多少威力のある武器を持てば工夫次第で迷宮攻略の第一線で戦える。まがりなりにも活躍して手柄を上げる事ができるようになるだけの能力でしてよ」
え、もしかして褒められてるのかな、役立たず同然とか言われてるけど。
「ま、まあ、貴方の場合ですと、何度私が非常識と口にしたか分からないような、変態じみた発想による功績もありますけれど。ですが、そうでなくてもリョー、貴方は『軽速』と『切り裂き』『超再生』の三つの効果だけで幾つもの戦果を挙げて来たでしょう。『活餌』の職は、そのうちの二つ『軽速』と『超再生』の効果を再現できる職でしてよ」
確かにそれはそうだけど、そのそもそもの能力が、やりくりしないとまともに戦えないんだからさ。
「どうも貴方は、自分の戦力を非常識なくらいに過小評価しているようですけれど、並みの戦闘職では『青毒百足』や『帝王具足蟲』のような大物を相手にして正面から戦った場合、勝つことはおろか生き延びることなんて、よほど運が良くなければ出来ませんわよ。私達は『成長補正』で強化されてきましたから何とか戦えてましたけれど。あれほど大所帯の『百狼割』の一党でも、まともに前に出て戦えていたのは頭目をはじめとした数人だけでしたでしょう。貴方はすでに一定以上の実力を持った、ひとかどの戦士だと周囲からみなされていることを自覚なさい」
そうは言うけどさ、どうしてもさ。
「まあ、貴方の場合ですと、比較対象になるのが『剣狂老人』や『四弦万矢』のような非常識な強さを持った武芸者や、歴代の『勇者』や私達『勇者の従者』のような者達になってしまうので、自己評価しずらいのかもしれませんけれど。まあそれは今話す事ではありませんわね、重要なのは貴方でもそれだけの戦果を上げれるようになった要因となる力が、元から十分な戦闘力を有するこの子達にも付くという事ですわ」
そう言われると、確かにそうなのかもしれないな。
「そうでなくても、この子達の役割的にちょうどいい能力の職でしてよ。前衛壁役であるミーシアでしたら、耐久力や継戦能力が上がるのは重要ですし、挑発で敵の動きを管理できるのも都合がいいでしょうね。それに重戦士の欠点である素早さの低さに関しましても補強されますわ。あと回復職としても贈与系のスキルは相性がいいと思いますわよ、怪我を治すだけでなく体力や疲労も贈与することで回復させられますもの」
(ふむ、確かに悪くないのう。ミーシアには『肉食回復』と『貯食』のスキルがあるからのう、倒した魔物などを十分に食べて蓄えておけば、いざという時、他者に分け与える余力は十分用意できるじゃろうて。それに『活餌』は魔力量も増えやすいじゃろうし、回復職を続けるのにはちょうどよかろうて)
「サミューにしましても、リョーと同じような死にたがりの癖がありますからちょうどいいですわ。耐性スキルを過信して自分の危険を忘れた非常識な行動をしたとしましても、『活餌』の職で生命力や再生系のスキルが強化されていれば何とかなる可能性も上がるでしょうし」
「ハルさん、私はそんな事はないですよ」
「だまらっしゃい、強力な毒使いである『薬師』を相手にしておきながら、わざと毒を受けて相手の油断を誘い、そのままやり返すだなんて真似をしておいて、誰がそんな言葉を信じるといいますの。トーウやアラにしましても、防御力の劣る軽装職にとって、回避能力や生存性の高まるスキルやステータスは安定感が出るでしょうし、素早さが上がるのは純粋に戦力強化になりますわ」
そう言われてみるとそうか、トーウみたいに一撃離脱で戦ったり、アラみたいに装備に制限があるなら、素のステータスやスキルで安全性が上がるのは確かに悪くないよな。
「私にしましても、『活餌』は魔力量が増えやすいようですし、身体能力が低い傾向にある純魔法職にとっては、距離を詰められた時の時間稼ぎに使える回避や持久力が上がるのは有効ですわ。近接攻撃力なんて私には必要ありませんから『活餌』のステータス傾向でちょうどいいですし。それに、挑発スキルもちょうどいいですわね」
挑発って、普通はミーシアみたいな壁役の仕事じゃないのか、魔法系ジョブが使ってるイメージがないんだけど。
「少し離れたところで呪文を唱えて魔法を組んで、魔法が構成し終わる時期に合わせて挑発スキルで魔物を引き寄せられれば、射程の短い使い道が限られる魔法をより使いやすくなりますわ。それに真直ぐにこちらへと魔物が向かってくるのでしたら、横方法に移動してる場合と違い、偏差射撃みたいな手間が省けますし、人型の魔物でしたら向かい合っている方が正面面積も増えますわ。狙いをつける手間が省ければそれだけ手数や威力を増やせましてよ。そうでなくても他の子達と挑発スキルを使い分けて、魔物の動きを誘導できれば、密集させて一網打尽にしましたり、縦に並ぶようにして貫通力の高い魔法で一気に仕留めたりできるかもしれませんわ」
おお、魔法を効率よく使うために、挑発で誘導ってか。
いや、考えてみれば普通にあり得る考え方か、戦争物の映画なんかであるよな、射撃が多方向から通りやすいキルゾーンを用意して、そこに敵をおびき寄せるってヤツ。釣り野伏せりなんかもやってる事は一緒だよな。
「というように、『活餌』の職だけを見ても、私達にとってはかなり価値があるものになりますわ。ですけれどより重要なのは、この『活餌の餌場服』の効果ですわ」
これの効果って、まあ確かに強力な壁を作れるっていうのは、敵と一緒に閉じ込められる俺の被害さえ気にしなければかなり優秀な気がするけど、みんなの職とどう関係するっていうんだ。
「貴方も知っての通り、かつてのシルマ家はクレ侯爵家の対外交渉を担当していましたわ。他の領主貴族家や王宮の官吏はもちろん他国の使者などとも交渉してきましたし、その立場を利用して色々と私腹を、いえ広い人脈を介しての私的な交渉も行っていましたわ。そういった経緯もありまして、シルマ本家に産まれた子弟・子女は交渉事や契約に関して一定以上の教育を受けますの。そういった中では言葉の解釈の仕方や、契約書での誤魔化しの確認の仕方というのも教わりますわ」
契約書の注意点か、確かに向こうでもあるからな、ちっちゃい字で詐欺みたいな文面を隠してたり、長々と書いてその途中に紛れこませたりとか。あと法律とかも、この条文はこんな風に解釈できるとかって法務の連中に言われてもチンプンカンプンだったよな。契約書を作っても法務に訂正されたりしたな。
「そういった中で習ったことの一つに、一見同じ意味に取れてしまう別の言葉が、一つの文章の中に含まれている場合ですと、詩文や散文であれば表現技法で済みますけれど、契約書や法令等でそういった事があるのなら、それはそうする理由が何かあると考えて、注意して文面を読むようにというのがありましたわ」
同じ意味に取れる別の言葉って……
「先ほど貴方が口にし、私が確認した『活餌の餌場服』の効果ですけれど、『餌場作成』の効果は『装備者』を基準として餌場を作るという事ですわよね」
「そうだな、俺と俺を狙う敵を囲って壁を作って、俺が逃げるか死亡するまで維持される」
「ええ、ですけれど、餌場の中で得られる補正に関しての説明では、『装備者』に対しての効果と貴方が口にしたのは二つ目の壁の中での俯瞰視と敵意の感知についてのみですわ。三つ目の補正では『リョー』と全く同じ幻を作れるとなっていますわ。これは、一見同じ意味に見えますけれど、本当にそうかしら」
「ハル様、『活餌の餌場服』が『勇者の武具』である以上、これはこの武具を与えられた勇者である旦那様しか使用できない専用装備です、であれば『装備者』と旦那様は同一ではないのですか」
ハルの問いかけにトーウが答えるけど、いや確かにそれは違うな。
「今現在は確かにトーウの言う通りですけれど、それは永続しませんわ。『勇者の武具』はそれを所有する『勇者』がいなくなれば、通常の『魔道具』等と同じように誰でも使えるようになりますもの。実際に私達も『薬師』の武具であった『薬師の創薬刀』と『騎士の消撃盾』を素材として装備に取り込んで使っているでしょう。もしもの話ですけれど、数十年後にリョーが死亡して、リョーのこど、こ、子供が『活餌の餌場服』を受け継いで使用し、幻を作り出した場合ですと、そこに現れる幻は一体誰の姿をしているのかしら」
「あ、先ほど聞いた説明ですと、『リョー』、御主人様と同じ見た目の幻という事は、誰が使ってもご主人様の姿で幻が作られるという事ですか」
そうだよな、鑑定の文面通りに解釈すると、今サミューが行ったみたいに、『リョー』の姿をした幻しか作れないって事になるよな。
「解説の通りですと、そうなりますわね。まあ、これ自体はリョーが生きている間は検証できませんから、こうして仮説を立てる事しかできませんけれど、『鑑定』でリョーの姿と説明されている以上はほぼ確実でしょうね」
なんか、個人的にはちょっと嫌な効果に見えて来たな。下手したら数百年先にも俺の姿をした幻が囮に使われるかもしれないってさ。
いやまあ、魔物相手とか敵の意識をそらせるための囮にするだけなら、人の姿をしてさえいれば誰だっていいだろうから、使用者と違う俺の幻が出ても、使い道にそこまで違いはないのかもしれないけど。
「そして、餌場の中で得られる補正の一つ目としてリョーが口にした内容は、『活餌』に対して『活餌』として得ることのできるスキルの効果上昇や、『活餌』と関係の強い複数のステータスに約二割の補正、となっていますわよ。貴方達はこの説明の言葉をどういう風に読み取るのかしら」
それって、まさか『活餌』の職を持っていれば、ここにいる全員が餌場の中でスキルとステータスの補正が得られるって事か。




