686 小鬼の穴再び
「ギャギュア、ギャ」
暗闇の奥から数匹のゴブリンが武器を構えてこちらへと掛けてくる。
「『勇者』様、ここは私達にお任せくださいませ。皆様方は武器の更新のため、今は仮の装備を使われているのでしょう。であれば……」
剣を抜こうとした俺の前にオートミが立ち、デカメロンさんと二人で攻撃魔法の呪文を唱えだす。
「この程度の魔物であれば、皆々様の手を煩わせるまでもなく、正使殿と私の魔法でも十分に撃破出来ましょう」
二人の放つ魔法がゴブリンを薙ぎ払い、数人の僧兵たちが手早くゴブリンの武器を回収していく。
「ふうむ、これでは拙僧等は戦う機会を得られぬでしょうかな。ここまで魔物が脆ければ、お二方の魔法のみでかたが付いてしまい、拙僧らの刃の届く範囲に魔物がたどり着く事はありませぬか、このような下級迷宮、まして『活動期』になりたての場では、湧く魔物の数も質も不十分、これでは修練を積む事は到底。かといって、護衛対象である方々を置いて掃討に出るわけにも、むむむ」
「コンナ殿、今は『勇者』様御一行に最短でこの『迷宮』を『沈静化』して頂く事が、何よりも優先されます。不満はある事でしょうが、忍耐を」
物足りなさそうに、手に持った柳葉刀を振るコンナにデカメロンさんが諭すように話しかけるけど、どう見ても美女と野獣、いや一応は女同士、聖職者同士なんだけどさ。
「く、承知しております。ですが、拙僧も修行中の身、より高みへ至るためにも修練の機会を頂きたく」
「わかっております、そう遠くないうちに神官長猊下より命を賜り、次なる闘争の機会を得る事となりましょう」
「おお、それは重畳、承知仕りました、今はお役目に専念する事といたしましょう」
うーん、猛獣使いかな。
「ま、また魔物の声が、に、匂いも」
「巡検使様、旦那様、ミーシア様のお言葉通り魔物の気配が近づいております、御注意くださいませ」
斥候役の二人が警告を発するとほぼ同時に、オートミとデカメロンさんが呪文を唱えだし、ゴブリンが姿を現すと同時に呪文を放ち数秒で全滅させる。
しかし、魔法が使えるとはいえ、元王女と令嬢なんて言う温室育ちの二人が、それも片方は数か月前まで寝たきりだったっていうのに、こうもあっさり倒せるって、俺が初めてこの『迷宮』に入った時って無茶苦茶苦労したよね。
(まあ、この二人は、短期間とはいえお主の『迷宮攻略』にも同行して居ったからのう、多少は『成長補正』の影響を受けて、能力が上がっておるのじゃろうて。それにこの程度の敵であらば、今のお主でも同じように短時間で倒せるじゃろうて)
今の俺って、ステータスやスキル的にはあの頃と殆ど変わってないはずなんだけど。相当上がってるだろう魔法系は今も昔も役に立たないから。
あ、『闘気術』だけは成長しているか、それでも戦闘に関しては元のステータスが低いから『闘気術』で多少上げてもたかが知れてるんだよね。
(お主は、あまり自覚して居らんようじゃが、これまでにも盗賊や刺客などを相手にして、お主は普通に剣で戦い勝ってきておるじゃろうが。あの者達も物理系のステータスやスキルでいえばお主より優れておったじゃろうて、そうでなくともゴブリンの進化種やオーガなどに対しても、お主は勝ってこれたじゃろうて)
(それは、そうだが、といっても『魔道具』の効果があってのものだからな)
俺単独の力で勝てた相手なんてほとんどいない、大抵はパーティーのみんなや、神殿の連中なんかに手伝ってもらってか、装備に頼って何とかって感じだぞ。
(忘れておるのかの、お主はこの『迷宮』を最初の目標とした時点で『切り裂きの短剣』『軽速の足輪』を持って居ったし、神殿から魔法攻撃ができる三つの指輪も受け取って居ったであろう。お主が『魔道具』なしで戦ったのは『魔法士』が使えぬとわかり神殿へ向かう最中に放棄された村でゴブリンの群れと戦った時が最後じゃろう)
そういえば、そうか……
(お主が、この『迷宮』を攻略し、ゴブリンキングを倒した時と、今のお主で、個人の戦力として考えればそこまで大きく変わっておらぬじゃろうが、それでもお主はゴブリンキングなど比べ物にならぬ程の魔物を幾つも屠っておる。これ自体はお主の成長といえようて、スキルやステータスではなく、戦闘におけるとっさの行動や、相手との駆け引き、剣を使う際の細かい技量などについてじゃ。そういった意味では、時折儂の鍛錬を受けておるお主は、しっかりと成長して居る。少なくとも、必死になってゴブリンキングと泥仕合を演じておった、あの素人ではなく、今であれば装備込みでとはいえ、それなりの武芸者として扱われてもおかしくない程度の実力はあろうて)
そういわれると、少し自信が付くような気もするな。
(実際、『鬼族の街』や『鬼軍荘園』でも、お主は十分に戦えておったのじゃ。今であれば数日もあればこの程度の『迷宮』お主単独でもなんとかなるかもしれぬぞ)
そ、そんなものかな、あの頃はかなり死にかけたんだけどな。
(まあよいか、今回は魔法職としてまだ新米も同然のこの者達を育てる機会と思えばよかろう。この程度の魔物であっても『成長補正』があれば、多少は強くなれるじゃろうからの。戦闘における判断などが未熟であろうとも、一撃の火力や、魔力量が増えれば、魔法職はそれなりに戦えるものじゃからの)
まあ確かに、今だって二人の魔法でほとんどすべてのゴブリンを瞬殺してるからな。
「ふむ、どうやら最奥に到達したようですな。さて、ボスの首級くらいは拙僧が頂いてもよろしいでしょうかな」
コンナが腕まくりをしながら楽しそうに言ってるけど、もうなんかさ。
「そうですね、コンナ殿にはここまで守って頂いた事ですし、これからの事を考えても、戦闘を制限したことで戦のカンが鈍られるようなことになってもしょうがないですか。承知しました、どうぞ御随意にボスを切り捨ててくださいませ」
「おお、これは重畳、では、いざあああああ」
「ギャアアアア、ブエッ」
「はーっはははは、大量大量」
「グゲエエ、ブバッ」
「まだ、まだああああ」
「ヒェエエエエ、ゲッ」
「逃すかあああ」
嬉々として『鮮血柳葉刀』を抜いたコンナが一人でボス部屋に飛び込むと、中からはコンナの叫び声と、ゴブリンのものと思える複数の悲鳴が聞こえてきて、徐々に声の数が減っていく……
うん、なんかこう音だけを聞いてると殺人鬼が被害者の家に飛び込んでいったみたいに聞こえるんだよな。
「もろい、この程度か、貴様その程度でよくもキングを名乗れるものだな、下賤な魔物が少数の主とはいえ王と言うのであらば、相応の誇りなり矜持なりを見せてみよ」
「ゲ、ゲエ、ゲバ、バ」
「もうよい、戦えぬのならば、拙僧の経験値として大いなるライフェル神の意向を遍く示す糧となるがよい」
静かになったボス部屋に入っていくと、そこら中にゴブリンの斬殺〇体が転がってて、ひときわ大きいボロボロになった首なし死体のそばにコンナが血まみれで……
うん、気にしちゃダメだな、コンナってだけでもう答えになってると考えよう。
「なんとうらや……、いえ、『勇者』様、ごらんのとおりボスは片付きましたので、『鎮静化』をどうぞ、万が一これで必要な条件が見されない場合は、私ども神殿で次の『迷宮』を選定しておりますので、ご心配なく」
この惨事としか言いようのないボス部屋に平然と入りながらオートミがこちらへ振り返り話しかけてくるけど、まあ、よく平然としてられるな。
(ふむ、やはりこの程度の下級の『迷宮』、それも『活動期』に入りたてでは、大したものは出ないのう。まさか金貨が数枚に宝石が二個だけとはの。とはいえ、予想通り次の職をとれるようにはなったのじゃから、これで満足すべきところなのじゃろうの)
そうだよな、特に今回の攻略はほぼ神殿側でお膳立てしてくれて、俺たちはただ歩くだけみたいなものだったからな。実際帰り道も、オートミ達が先導してゴブリンを片付けてくれてるし。
「あ、ここって、ねえリャー、ここだよね」
俺の横を歩いていたアラが急に立ち止まって、壁の一か所を指さすけど何の変哲もないただの、いやここって……
「アラ、覚えてるのか」
俺がアラを見つけた場所か、でもあの頃のアラはほんとに小さくて、それでも覚えているものなのか。
「もっちろんだよ、だってリャーが『アラの勇者様』になってくれた場所だもん」
あの頃と変わらず、天真爛漫としか言いようのない満面の笑顔を織れに向けてくれるアラの頭を、思わず撫でてしまう。
「アラは、ほんといい子だな」
「えへへ」
「リョー、こんな所で親バカな事をするのはやめなさい、いくら危険が少ないとはいえ『迷宮』の中でしてよ。いえ、ちょっと待ってちょうだい、ここでアラと出会ったといいましたの、あの頃の私たちが貴方に買われた頃のアラはどう見ても、幼児でしてよ」
俺に突っ込んだ後で、話のおかしさに気付いたのかハルが聞いてくるけど、それは俺も訳が分からない事なんだよな。
「俺もおかしいと思うが、実際にそうだったんだ、十数人のダークエルフのパーティーがここで全滅していた。アラはここに倒れてた一人が体の下に庇う様に隠してた、俺が見つけた時に生き残りはアラだけだった。いや最初はアラに気付けないで、帰りに見つけたんだ」
「その人数のダークエルフの集団が、この程度の『迷宮』で全滅したですって。非常識ですわね、いえ、もちろんダークエルフだからといって皆が強い訳でもなく、初心者もいるでしょうけれど。普通に考えれば、魔族の集落のないこのあたりの地域に来ているという事は、それなりに旅慣れているでしょうから、それならいくらかは戦闘もできるはずでしょうに」
それは俺も思ったな、あ、でもラクナが言ってたか。
「聞いた話では、魔族だけの集団だと、人族中心のこの辺りだと食料を買うのも難しくて、戦う前から衰弱していたんじゃないかって事だったが」
普通に考えれば、じゃあなんでそんなところに来たのかとか、そんな状態で迷宮に入ったのかとか、そもそもアラみたいな小さな子を何で連れて来たんだとか、いろいろと疑問はあるけど、当事者が死んでいるから確認のしようもないからな。
「まあ、ここから少し行けば、ライフェル教の本神殿ですもの、政治的、外交的な目的があるのでしたら誰が来てもおかしくはないのでしょうけれど、でしたらなぜ『迷宮』にとなってしまいますわね」
まあこれ以上は考えても判らないんだから、どうしようもないか。アラの身元にかかわる事だろうから気にはなるけど。
話の調整の関係で、次の投稿まで少し間が空く可能性、もしくは閑話として他者視点を数話挟むかもしれないです。




