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656 遺産相続 2

(ラクナ、この状況を見た時にシルマ家がどう反応すると思う)


 今の俺はシルマ家本家に属するガルを抑え込んで顔に短剣を当てがってるって、傍目から見れば人質を取ってる凶悪犯のように見えるんじゃ。


 いや、ガルが俺達に対して問題を起こして自宅謹慎させられてたのに脱走したのは、シルマ家の連中は知ってるはずだから……


(状況や前提がどうであれ、エル・シルマの弟が捕えられているとなれば、助けぬ訳にはいかぬじゃろうの。いきなりお主への攻撃を強行して救出とまではせず、交渉から始めるとは思うが決裂すれば仕掛けてくると思っておった方がよかろうて)


 マジかよ、いやさっきのガルを殺すと不味いって話を考えれば、何となく想像は付いたけど。あれ、でも待てよ、それなら……


(俺がこうしてガルを抑え込んでる時点でシルマ家の面子的にはマズくないか)


(確かにそうじゃが、そうであっても五体満足で生存しておれば多少怪我をしておってもシルマ家としての報復まではいかぬじゃろうし、ガルの行動に問題があるのは確かじゃから、謝罪と賠償くらいは引き出せよう。ただ問題となるのはガル個人の面子は大いに傷付くじゃろうし、エルに助けられ弱みを作ったと考えた際に、この者が何を考えどう動くかはわからんの)


 ああ、ガルの奴のプライドも面倒なのか、コイツの場合普通に暴走しそうだな。


(ラクナ、もしも俺がここでガルを殺してシルマ家と敵対した場合、実際のところどうなると思う)


 さっきの話だとシルマ家はなりふり構わず仕掛けてくるだろうって事だったけど。選択肢として考慮できるのか、考えておいた方が良いのか。出来ればやりたくはないが……


(そうじゃのう、お主等の側にもそれなりの被害は出るじゃろうが、最終的にはお主が勝ってシルマ家が滅びる事となろうの。お主のパーティー自体『成長補正』によりかなりの力を付けておるし、何よりこのような事でお主を失う事は神官長殿も望むまいからの、いざとなればあの聖騎士やコンナ達どころか、なりふり構わず僧兵団を動員し護衛としてお主に付ける事じゃろうし、積極的にシルマ家を潰しにかかるじゃろうて、それこそ降伏せぬのなら一族郎党皆殺しにしてでもの)


 神官長さんなら、たしかにそこまでやりかねないか。


 さすがにそれは無しだな、こんな襲撃をしてくるガルだけならともかく、ハルの実家を相手にそこまでの事は出来ないから。というかガルを殺せばそこまでの事態になるのか。


(先ほども言ったが、自らの地元で身内を殺され黙っていれば、それでシルマ家は終わりじゃ、同じ滅びるのならば、周囲に舐められて摺り潰されて消えるよりは、仇の幾らかを道連れに華々しく散った方が、家の名誉という意味でも、生き残りが数代後に家の復興を図る上でも幾分マシじゃろうて)


 うわあ、ほんと勘弁してほしいんだけど、この世界の殺伐とした考え方。


(とはいえ、ライフェル神殿がお主を守るために地方貴族の家を一つ潰すとなれば、他の者達はお主と神殿との関係を疑い、お主の正体に気づく者も出かねん。それにシルマ家の滅亡は、神殿としても避けたいところじゃろう)


 神殿的には、シルマ家と敵対したくないってことなのか。いや俺が『勇者』だって事を他に知られたくないってのもあるんだろうが。


(シルマ家を適度に弱体化させて神殿の影響力を強めるというのならばよいかもしれぬが、族滅となると些か問題があるのう。没落しかけておるとは言えシルマ家はこの地域の諸領地を纏める名門クレ侯爵家の重鎮にして、一貴族の家臣である地方貴族でありながら多くの貴族家や他国にも影響力を持つ家であり、更には今回失敗するまでは長きにわたって『地虫窟』を管理し続けてきた実績のある家じゃ)


 それはまあ分かってる、だから敵対するのは面倒だと思ってたが、神殿なら勝てると言ったのはお前だろう。


(それが急に無くなれば、周辺勢力の均衡が乱れ、場合によっては内乱などによって、地域戦力の低下から『迷宮』管理に支障をきたしかねん。ムルズに続きそれほど離れておらぬこの地域もとなれば神殿の負担も大きくなろう。シルマ家には戦力を失った現状にふさわしい程度まで、徐々に影響力を失ってもらい、穏便な形で他の勢力へ段階的に権限を取られていくというのが望ましい流れじゃ)


 ああ、そういう心配もあるのか。


(それに『地虫窟』の管理にしても、ここまで育ち『青毒百足』やその亜種がこのように複数出てくるような『迷宮』を安定して管理できるような集団を用意するというのは、神殿としても難しい物じゃ。それならば弱体化した今のシルマ家を神殿が支援し立て直す形で、神殿の影響下に置きながら、シルマ家の持つ『地虫窟』攻略の知見を有効利用するのが、最も効率がよかろう。そういう意味で、お主を守るためにシルマ家を叩き潰すというのは、必要ならば躊躇はせぬだろうが、避けられるのであれば避けたいところじゃろう)


 要は、シルマ家には利用価値があるから乗っ取りたいし、潰した時はデメリットもあるから、穏便に対応した方が良いって事か。


(まあ、お主がガルを殺めてもさほど問題とならぬ方法もない事はないがのう)


 なんだ、そんな方法があるのか、ここまでやらかすガルを排除してシルマ家と対立しないなら、いやそれでも……


(簡単な事じゃ、ハルを奴隷から解放し『黒羽の手帳』を根拠としてシルマ家当主に付かせたうえで、お主が婿としてハルと結婚するのじゃ。さすればガルを殺めた事も、新当主とその配偶者が家中の不穏分子を粛清しただけの事となる。エルを始めとしたシルマ家の者達は従うしかあるまいし、家内の問題であれば他の勢力は何も手出しは出来ん)


 ん、いや、何言ってるんだこの首飾りは。


(そうなれば、当然『勇者』は引退する事になろうし、『禁欲』を破り早々に子を作る必要が有るじゃろうが、お主が居れば神殿もシルマ家立て直しへの協力は惜しまぬじゃろうて、それどころか積極的に支援するかもしれぬ。『成長補正』で十分にステータスを上げた(育った)ハルは、魔法系勇者であるお主の子を産むのに丁度よい母体であろうて)


 母体って、いや神殿なら当然の考え方か、結局は俺の子孫を確保したいってのが神殿側の本音だろうし。だからと言って、俺がそれに応える必要はないんだがな。


(ラクナ、その選択肢は無いな。分かっているだろう)


 ハルがシルマ家の当主になるのは、彼女の為にも考えているが、それにプラスして保身の為だけに俺がハルと結婚するなんて、そんな彼女の人格を無視して利用するようなマネは……


(まあ、お主であればそう言うであろうのう)


 コイツ、判ってて提案しやがったな。


(ほれほれ、いつまでも儂と問答しておってもしょうがなかろう、見てみよ、もうエル達はこの場に到着しおったぞ)


「これは、巨大な『青毒百足』の死骸と野営地跡だと、まさかここは…… む、そこにいるのはガルと『虫下し』殿、となればハルもか、一体どうなっている、誰がアレを倒したというのだ…… いやそれよりも、ガルを…… そもそもなぜガルがここに…… まさか、『黒羽の手帳(アレ)』を見つけた者がこの者達の中に居るのか……」


 ラクナの言う通り、見覚えのある鴉人を中心とした集団が、俺達とは別な入口から姿を現し、ほぼ同時に別な入口にも人影が。


「まさかこのような事になっているとは、両集団の様子からも明らかに人対人の戦いがあったとしか、いえまだ事態が継続中でしょうか。それにしても背後から拘束されながら目の前に刃物を宛がわれるとは、痛みはそれほどではなくとも、恐怖心や不安感をどれだけ味わえ……」


「正使様、今重要なのはガル・シルマと思わしき人物が拘束されている事ではなく、『活性化』の恐れがあるこの『迷宮』で人同士の戦闘がまた起こり、よりにもよってその当事者の一方が我らライフェル神殿が正式に依頼し参加している冒険者であり、もう一方がこの『迷宮』に責任があるはずのシルマ家家中の者である事でしょう」


「そ、そうですね副使、まずはやるべきことをしませんと。これまでの経緯を考えれば、どちらが不当に仕掛けたのかは想像に難くありませんね。何しろ一方は過去にも同様の不法行為があり謹慎処分を受け、本来であればこの『迷宮』いるはずのない者なのですから」


「両巡検使殿、ご注意を、事態が分からぬ以上、戦闘に巻き込まれるやもしれませぬ。ふむ、対魔法職となれば、距離を詰める事が肝要、ミカミ殿、ラーン殿、いざとなれば拙僧と共に突っ込みますぞ」


 別々の入り口からほぼ同時に入って来たシルマ家とライフェル神殿の連中がそれぞれ警戒するように入り口を背に陣取り出す。まあ、何が起こってるかはっきり分からない以上、警戒するのは当然か、死骸とは言え『瘴気蜈蚣』みたいな大物の姿もあるんだし。


「巡検使殿、先ほどまでの異様な戦闘音は一体なにが有ったというのだ。む、見てみよオピオ、あれに見える魔蟲の巨躯を、あの大きさは先日都市を騒がせたムカデや『虫下し』がこの『迷宮』より持ち帰ったものよりもはるかに大きいぞ。あのような大物を仕留めるとは見事であろう、まことに天晴れ、このような大手柄であらば殊勲者には褒美を何か用意せねば。む、『虫下し』のリョーがなぜあのような事をしておる、種族を見るにシルマ家の子弟と思わしき者をあのように羽交い絞めにするとは、あれではまるで盗賊のようではないか」


「ナロキ、不用意な事言っちゃダメよ。何があったか分からないけれど、『虫下し』の一党は奴隷を多用しているそうだもの、一方の意見にはなるけれど、嘘の恐れがない『奴隷の証言』があるなら何があったかは判るでしょうし。それに状況次第で変わるかもしれないけど、今の私達が関わる必要が有るのか、そもそも関わる権限がある話なのかも分からないんだし」


 ああ、神殿勢の後から、リューン王国の二人も来ちゃったよ、冷静になって考えるとこれシルマ家的にはかなり面倒なんじゃ、ガルがやらかして返り討ちになったっていう状況を、高位聖職者と他国の王族なんて言う誤魔化しや口封じができない証人に目撃されたんだから。


(よいではないか、これでガルの無法を白日の下に晒せば、シルマ家としてもお主に危害を加えにくかろう。殺された訳ではなく取り押さえ引き渡したのなら、お主を仇と見るのは難しかろうし、家中の者の意識も仕掛けておきながら生け捕りにされるなどと言う無様を晒した、恥ずべき身内(ガル)へと向くじゃろうしの)


「『虫下し』殿、この事態についての説明と、貴殿が捕えているガル・シルマの引き渡しを要求する。その条件となる貴殿の要求を確認したい」


 エルの要求はラクナの予想通りか、まあ部下を庇わない上司に付いて行くかと考えれば、俺でも理解は出来なくもないか。


 交渉は気を付けないとな、下手へたに丁寧で下手したてな対応をすれば、武力で訴えれば何とかなる、なんて事をシルマ家の連中が考えるかもしれないし。


「状況の説明か、簡単に言えば俺達がここを発見し、そこにいるデカブツを仕留めた。場所を確保して放置されてた物品を戦利品として整理していたが、そこを賊に襲われたんで頭目を捕縛したところだ」


 ガルのやらかしを強調するためにワザと『賊』や『頭目』って言ってみたが、エルやシルマ家の連中が目に見えて反応してるな。そんなんで大丈夫なのかね、『黒羽の手帳』の話を聞く分だと、シルマ家って陰謀含みの外交をやってる家なんだよな。


 いや、そういう教育をしっかり受けて来てただろう、シルマ家の本来の後継者候補や側近候補はこの部屋に転がってた死体のどれかだったのか。


 だから、こうなんだろうし……


「違う、俺だ、俺がその魔物を倒したんだ、俺の新魔法で、それをコイツが、この下賤な冒険者が手柄を奪おうと、ハルを使い……」


 俺に捕まったまま、ガルが大声でがなり立てて、勝手な事を口に出しているのをあえてしばらく放置する。


(お主もこういう事に関しては性格が悪いのう、ガルの自滅を分かって放置するとは。これまでにも『青毒百足』を何匹も仕留めて持ち帰えっており、『山崩し』のやらかしで街が襲われた時も、多くの者の目前で『百狼割り』と共に大ムカデを撃退して見せたお主と、以前にこの『迷宮』で危機に陥り、お主に助けられながら不義理を行い謹慎処分中のはずのガル。普通に考えればどちらが『瘴気蜈蚣』を倒す力を持っているかなど、火を見るより明らかであろう)


それにすぐ気づく、ラクナも十分性格が悪いと思うんだけどな。


(実力のない者が、出来ぬはずの手柄を声高に叫んでも、周りは醒めた目で評価を下げていくだけじゃ。こうして反論や話を止めたりせず、押さえつけつつも口だけは放置しておるだけで、相対的にお主が倒したという事だけでなく、ガルが襲撃した側であるという事も信じられるようになるじゃろうて)


 だよな、だからガルを勝手に叫ばせるだけで俺は有利になっていく。


(まあ、お主が無名の冒険者であれば、シルマ家の一員であるガルとの信用の差で話が変わって居ったかもしれぬが、これまでの実績、町を守った事や、リューンの王子達とのやり取り、何よりライフェル神殿が名指しで依頼を行う相手というのが、お主の信用を高めた結果、ガル如きではとうていのう。じゃと言うのにこの醜態では、わずかなりとも有ったかも知れぬ勝ち目すら自分で潰したような物じゃて)

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― 新着の感想 ―
見苦しいですねぇ、雑魚という言葉がぴったりだわw こんな雑魚をエルはどう処理するんだろ、大分甘ちゃんだから翼切り落として追放程度が良い所かね。 流石に賊行為してるし軟禁監禁程度では許されんだろうが殺…
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