608 夕食後
「ふう、以前と変わらず、良い味でしたわね、懐かしくてつい食べ過ぎてしまいましたわ」
買い物の後でハルが選んだ飲食店に入ってしばらく経ったけど、確かにハルにしては結構食べたよな。今のハルの話しぶりだと、シルマ家にいた頃に馴染みにしていた店なのかな。
「ほんと、おいしいね」
「あ、揚げたお肉が、お、美味しいです、で、でもお肉じゃないのかな」
「なんと旨味の詰まった料理でしょうか、ぷりぷりとした歯ごたえと、濃厚な味わい、まるで高級なエビのような味わい。まさかこれが虫肉だなんて、言われなければ気が付けませんでした。丁寧に料理されて、雑味や臭みの一切が抜かれ、付け合わせる野菜やソースも厳選され、旨味を上手に引き立てております。まさにこれは料理人の創り出した芸術品」
「確かに、丁寧な下処理と調理がされていますね、どんなふうに作ったのでしょうか、この味ならアラちゃんやトーウさんの食育にも……」
みんなの反応もいいみたいだな、ミーシアとトーウがいつにも増してお代わりしてるし。
「この店は、虫肉の中でも、ムカデ肉の料理が自慢なのですわ。本来であれば虫肉などは、下賤な肉とされて、食い詰めた者や貧困層、あるいは迷宮で食料を節約する場合などにしか口にしないモノですけど。『地虫窟』では食事で多くの経験値が得られる高レベルの虫が多く、近郊の町々では一般的な食材として流通していますわ。特にムカデ系の魔物は、強力なモノが多い上に、このように味わいもいいものですから。この店のような高級店でも使われ、特に上質な物は御領主、クレ侯爵閣下の晩餐会で出される事もあるそうですし」
そんな高級食材なのか、まあ、考えてみれば高級エビみたいな味がする、デカい塊だもんな。そりゃ旨いか、フライにしても焼いても、スープに入れても旨いんだろうな。
美味しそうに食べてる皆につられて俺も食べすぎたな、この店は精進物なんかもあって、野菜料理も乳製品も美味しかったからさ。
うんちょっとお腹が苦しい……
これは仕方ないかな、試してみるか。
買い物の途中でテトビに渡された『魔法浸透の指輪』の指輪を空いている指にはめる、しかしこうして見ると、元からしてた指輪やら、腕輪やらで、手元がじゃらじゃらしてて成金みたいな感じになってるな。
いや、これは仕方ない、どれも必要な装備品だし、街中とかだとあんまり大きな武器を見せびらかすと嫌がられたり警戒される事もあるから、万が一何かあった時に備えて、武器ほど目立たないこういった『魔道具』は携帯に便利だからさ。
戦闘で使えるモノを全部『アイテムボックス』にしまってると、いざって時に取り出すのに、どうしてもワンテンポ遅れるから。まあ、その時は携帯しててもそんなにおかしくない『斬鬼短剣』を使った方が早そうだけど。
いやいや、こうやって『魔道具』のレベルをこまめに上げていけば、いざという時役に立つはず、何より『魔法浸透の指輪』の場合は、装備のレベルだけじゃなく俺自身の回復魔法も熟練度が上がるから。
指輪をはめた右手を胃のあたりに向けてから、頭の中の記憶に意識を向ける。
二回目の職として『聖者』の職を取った時に、回復系や支援系の魔法を大量に覚えたけど、強力な回復魔法だけじゃなく、簡単というかほんとにこんな魔法が必要なのか、造った奴は何を考えてたのか、と思うような魔法もあったんだよね。
まあそれでも、今までの俺じゃ使えない魔法ばかりだったんだけど、指輪で回復魔法が強化されて効果が中まで浸透するのなら、ついでに『魔力回路』じゃなくても出来る工程を、俺の無駄に高い魔法系ステータスで補えばなんとか行けるはず。
「『胃液促進』『消化液促進』『蠕動補助』」
これですぐに効果が出る訳じゃないけど、胃液を始めとした消化液や消化酵素の分泌量が増えて効率も高まるらしいし、胃腸自体の動きも良くなって、消化の速度が上がっているはず。
まあ、胃液が出過ぎちゃうと、胃壁にまで消化液が働いて荒れて、胃炎とか胃潰瘍になりそうだけど、そこは『超再生』で何とかなるだろうから。
しかしこれってうまく使えるようになればかなり便利だよな。
ざっと記憶を見た感じだと、胃腸だけじゃなくその他の臓器や器官の働きなんかにも、適応した魔法があって、肝臓の効果を高めてアルコール脱水素酵素やアセトアルデヒド脱水素酵素なんかの分泌量増やしたり、腎臓からの排出なんかを促進すれば、お酒を大量に飲んでも悪酔いや二日酔いにならずに済みそうなんだよな。まあ、それでも俺は酒を飲めないんだけどさ。
他にも使いようがありそうなんだよね、前にカミヤさんが言ってたっけ、感情とかもホルモンの分泌量が影響してるって、確か鬱とかの薬もそういった脳内の物質の働きに作用するものがあったはず。
なら上手くすれば、落ち込んでる時とかに、幸福感を感じるようにできたり、逆に落ち着かせたりとか、いや脳内〇薬なんてふうに言うくらいだから、素人が下手にやり過ぎるとヤバいことになりそうな気がするな。
うん、どう考えてもやってる事は洗脳とか、ヤスエイのアレな薬漬けみたいな感じになりそうだから。
それ以外で、思いつくのは成長ホルモンとかか、筋トレの効率が上がったりするんだったっけ、この世界だと、ステータスでの補正の影響が強いけど、それでも筋肉があればその分だけ力は強くなるから、効率的に鍛えれば。ダメだな、それもやり過ぎるとドーピングしたビルダーみたいなゴリゴリな体になりそうで、逆に動けなくなりそうだ。
そう言えば二次性徴とかにも、ホルモンが影響するんだっけ、不妊治療とか豊胸とかでも使うとか。
思わず視線が動く、トーウは、まだ成長期だよな……
「何を考えてるんだ俺は」
大きいも小さいも共に尊いステータスだという事を忘れるなんて、どうかしている。というか、どう考えても、今考えたアレコレは最低な考え方だろ俺。
「お客様、よろしいでしょうか」
馬鹿な事を考えていた俺に、いつの間にか近くに来ていた店員が声を掛けてくる。
「なんだろうか」
「別なお客様が、お話をしたいとのことでして、もしよろしければあちらの個室にいらしていただけないかと」
俺と話をしたいって、心当たりが複数あって誰だか分らないな。多分一番確率が高いのは……
「どなたの招待なのか、聞いてもいいか」
俺の質問に答えようとする店員が、チラリとハルの方に視線を向ける。
あ、この反応は、やっぱりか。
前は常連だったのだろうハルが来たのに、店員たちは何の反応もしなかったってのに、このタイミングで初めてハルの事を気にするって事はさ……
「シルマ家の御子息、エル・シルマ様にございます」
やっぱりか。
「分かった、伺わせてもらおう」
こういった招かれ方をした場合、相手が言及してこない限り未成年や奴隷、身分の低い従者なんかを連れて行かないらしいから、俺一人で来たんだけど。
「お招きにあずかる、シルマ殿」
招かれた部屋に入ったら、居るのはエル・シルマだけか。
ダメだなあ、せっかく招く側になって、自分の場所に俺を呼び込んだんだから、ここは数を用意して囲んで威圧感を与えるところだろう。
身分の低い従者がアウトって事は逆に、それなりの身分のある取り巻きや分家なら連れてこれるって事なのに。
(これは、お主を甘く見ておるという事なのか、それともこの者自体が甘いという事なのか、どちらにしろ交渉に向かう姿勢としては、真摯なのかもしれぬが落第点じゃのう。まあシルマ家没落前のこ奴は、『大規模討伐』への参加もできぬ程度の立場、本家の息子と言いおってもまだ成長途上であり、継承順位も低かったのじゃろうて。当主となる予定が無いのであれば、それ用の教育も受けてはおらず。何事もなくば、将来は家の戦力として仕える程度の期待しかされておらなかったのかもしれぬの)
ああ、それはきつい話だな。要は重役どころか主要な管理職あたりまでまるっと居なくなった会社で、いきなり取締役に担ぎ上げられた現場監督みたいな感じなのかな。
とりあえず、エル・シルマの正面の席、扉を背にする形になる下座へ座る。
「いや、貴殿には当家の者が助けられたと聞いた、この場で礼を言わせて頂きたい。また、その際に当家の郎党が不適切な言動をした件も併せて謝罪させていただく、すまなかった」
「シルマ殿とは、『鬼族の町』で共に戦った仲だ、流石に気にするなとは言えないが、貸しという事にさせてもらおう」
本来なら、相手は貴族に使える地方貴族の一族、俺は無位無官の冒険者なんだから、こっちが下手に出た方が良いんだろうけど、状況が状況だし、向こうだってこっちを無礼打ちになんてできないだろうから、このままタメ口で行っちゃおう。
あ、もしかしてただの冒険者相手に、当主候補が礼を言ったり、何より謝ったりするのが周りに見られるとまずいから、こうしてサシで会おうとしたのかな。
「そうか、そう言って貰えるのなら、この件の御恩と詫びは何時か返させていただく事とさせて貰おう。貴殿には『鬼族の町』攻略の際にも、当家のみならず、他家の者達も世話になった。それらも併せて礼を言わせていただきたい。貴殿に譲って頂いた採集品や捕獲した魔物の売却益やあの攻略での手柄もあって、シルマ家再興の目途も立ち、御主君より下された罰が撤回されるのも近いとのこと。あの資金のおかげで、現在行っている迷宮攻略の戦力を集める事も出来たしな」
そう言えば、『鎮静化』の行き帰りで倒した魔物の素材とか、生け捕りにした変異種オーガとかを分配したんだっけ。俺の取り分だけでも結構いい額になったから、そう考えると『大規模討伐』みたいな大々的なのは無理でも、それなりの数の冒険者とかを雇えるのかな。
聞いた話だと、芋虫なんかはそれほど金にはならないけど、ムカデ系の魔物は防具や道具の材料としていい値段が付くらしいし、一定数を定期的に狩り続けられれば、冒険者に賃金を払っても赤字にはならないんだろうな。シルマ家自体の戦力もあるんだし。
「とはいえ、どれほどの恩人であったとしても、家のため、何が有ろうとも譲る事の出来ぬ一線はある、その上で問いたい事があるがよろしいか」
「なんの事だろうか」
これは、間違いなく、俺達の目的だろうな。
(エル・シルマとしては、お主がハルを次の当主に立てて傀儡とし、シルマ家を乗っ取るのではないかと疑っておるのじゃろうて。ガル・シルマ等と、家督争いで誰よりも先に『黒羽の手帳』を入手せねばならぬという時に、ハルを奴隷にしておるお主がいきなり現れおったら、そう考えるのが当然であろうて)
まあ、実際に俺は手帳を手に入れてハルを当主にしようとしてるんだから、疑われても当然か。とはいえ、乗っ取りとか傀儡なんてのは考えてないけど。
とは言え、それは悟られないようにしないと、うちの子達が強いとはいえ、この町も『地虫窟』も相手のホームなんだし、数の差は大きいだろうから、表立って敵対するのは避けた方が良いだろうな。
「貴殿らが、この町に滞在し『地虫窟』で狩りをしている理由を伺いたい、事の次第によっては……」
「ライフェル神殿の依頼だ、神殿はクレ侯爵領の二つの『迷宮』の現状を憂慮しているらしい。『鬼族の町』は例のアンデッド騒動があったばかりで、取りこぼしが無いのかの調査をしているらしいし、『地虫窟』の方も、大量に犠牲が出て『活性化』の心配があるらしい。俺は神殿が本格的な攻略を始める前の事前調査を依頼されている。神殿関連の仕事は今まで何度かしてきたし、『青毒百足』を仕留めた実績もあるからな、依頼主としても丁度よかったんだろう」
エル・シルマの表情が変わったな、まあ神殿の後ろ盾ってのはそれだけデカいんだろうけど。
「神殿、そうか、伯爵閣下から通達のあった件か、く、その事については領府より伺っている。貴殿がこの地の法令と礼節を守りその範囲内で活動する限り、クレ侯爵家の御家中に連なるものが貴殿の行動を掣肘するような事はない。だが、騎士として耐え難き無礼や不敬が貴殿に有ったならば、その限りではなく、各々の名と誇りを守るための行いは禁止されてはいない。その事はゆめゆめ忘れることなく、行動されよ」
こっちが神殿の看板をかさに着て相手を過度に追い込むような様な事をしたら、逆襲されても仕方ないって事か。
「用件は済んだ、失礼させてもらおう。時間を取らせた詫びに、貴殿らの食事代はこちらで支払いを済ませて置く。今日の品書きにはなかったが、近隣領地の『迷宮』で取れた『高跳び兎』の肉と『黒林檎』の実を仕入れているそうだ。この店の兎肉のパイ包みと焼林檎は、常連のよく知る名物料理だ、頼んでみると良い」
そう言って、エル・シルマが席を立ち、テーブルを回り込んで俺の横を過ぎようとするときに、声を掛ける。
「ああ、そう言えば、こちらも聴きたい事が一つあった」
「ん、なにか」
「シルマ家は、ライフェル神殿に対して今も敵意があるのか」
大昔に見た刑事ドラマのマネをして、相手が話は終わったと気の抜けたタイミングを狙って、動揺させるようなネタを振って反応を見るってのをやってみたけど、あれは『すいません、後もう一つだけ』だったっけ、『うちのカミさんがね』は独身だから使えないけどさ。
「それは、どういう意味か、まるで当家が神殿に対して何か敵対行動を取ったような物言いをされているが、あらぬ嫌疑を向けて、何かを企んでいるのか」
口調がきつくなったな、まあでも、何を言われてるか分からないって表情だ。
「いや、ムルズでも神殿関連の仕事をしたが、その際に盗賊狩りに出たうちの連中が、神殿側の領地で盗賊まがいの略奪行為を働いていた主戦派貴族の遊撃隊の中に、ガル・シルマがいるのを確認したそうだ。しかもその際に『薬師』との繋がりを匂わせる発言もしていたというのでな。そうであるなら、シルマ家がライフェル神殿に敵意があると判断しても文句は言えないだろう」
エル・シルマに恨みはないし、これまでの事を考えれば悪い奴じゃないと思ってるけど、それでもガル・シルマを押さえて、あいつがハルを狙ってこないようにするには、エル・シルマを利用するしかないからな。
神殿の後ろ盾がある今の俺たちにとっては、何を考えてどう動くか分からない感情的なバカ貴族の方が危険だからな。まともな貴族や騎士なら、神殿が領主に話を付けた段階で、こっちが何かしない限りは手出しされる恐れはなくなるけど、マイラスやヤスエイと付き合うような、考え無しの場合、何がスイッチになって暴発するか分からないもんな。
悪いけど、こうやって告げ口してでも、エル・シルマに警戒してもらわないと、マイラスがミムズを利用した時みたいな事になってたらシャレにならないからな。
ついでに、ハルが当主になるとしても、そのすぐ下にガル・シルマみたいなのがいたら大変だろうから、このネタでエルがガルを潰して、家の中での地位を確立してくれると、ハルも多少はやりやすいだろうから、少なくともエルの性格なら、非合法な手でハルを排除したりはしないだろうし。
「なんだと、あの痴れ者が愚かな真似を。リョー殿、誓って言うが我がシルマ家はクレ侯爵家の家臣、主家はもちろん王家もムルズの争乱では神殿への後援を宣言されていた情勢下において、シルマ家が家としてムルズの反神殿派勢力に味方することなどあり得はしない、その事はお疑いなきよう願います。失礼いたす」
うーん、嘘をついている感じはないかな、あの寝耳に水としか言いようのない表情が演技だとしたらよっぽどだよな。
朗報、リョー君、ノクタ主人公でも通用する能力が手に入りそう。




