607 二つの指輪
「さあ、どういたしましょうね。あちらの店で服を仕立てるのもいいですし、でもそれよりもちょっとした装飾品を探してもいいかしら、サミューやトーウにも戦闘時以外に付けられる小物が一つ二つあれば、今着ている服でもより見れたものになるでしょうし。いい物でしたら長く、それこそ何十年も使えますもの、ミーシアやアラの事を考えますと、この先成長して着れなくなってしまうような衣類よりも、小物の方がいいですわね。決めましたわ、今日は宝石類を買いに行きますわよ」
商業区の通りで、ハルが張り切りながら婦人向けの店をみてまわり、みんながそれを追いかけているけど、ハルはずいぶんはしゃいでるな。
「ハリュ、そんなに走っちゃめーなんだよ」
「そうですわね、いくら気が逸っていると言いましても、街中で走るだなんて、はしたなかったですわね。わたくしとしたことが非常識な事をしてしまいましたわ。ですけれど、時間は有限ですもの出来るだけいいものを見つける為にも、早く店に入って、物色しますわよ」
うん、アラに窘められるとか、よっぽどだよな。
「ハルさん、お小遣いの範囲を忘れちゃだめですよ。それに今日は『迷宮』で使う食材や雑貨も買いますから、いつまでもはいれませんからね」
「仕方ありませんわね。出来る事でしたら、あの子達に似合うだけでなく、後々価値の上がりそうな掘り出し物を見つけたいのですけれど。分かりましたわ、やっぱりいそぎますわよ」
ああ、普段なら一緒に冷静なブレーキ役をやるハルが暴走しちゃってるから、サミューが止めるしかないのかな。
「は、ハル様、わ、私は、飾っても、に、似合わないですから……」
「そんな事はありませんわよ、貴方は可愛いらしいですし、それにスタイルもいいのですもの。もう少し背筋を伸ばして顔を上げましたら、宝石もドレスも似合うはずですわ、貴女の純白の髪と肌には、どんな色の石が合うかしら」
確かにな、ミーシアは肩幅もあるしモデルさんみたいだから、きれいな格好してポーズ極めたりしたら似合うだろうな。
「ハル様、そのような贅沢な物、わたくしには、旦那様の大切なお金を、私ごときのために使うのは心苦しく」
「何を言ってますのトーウ、わたくし達はリョーの奴隷であり、財産の一部でしてよ、それを飾り立てる事はわたくし達の資産価値、リョーの財産の値を高めることになりますわ。掘り出し物などを見つけられれば、後で高く売れますわよ、そうでなくともリョーが持っていたという事で、価値が上がるかもしれませんし」
ん、どういう事だ。
(宝石や装飾品などは、その質や細工の良さ、美しさなどで価値が決まるが、その品に関する謂われも重要なのじゃ。名の知られた人物が所有しておったじゃとか、物語や歌に残るような場面で付けておったじゃとかじゃのう。高名な貴族や王族、聖職者、武人、役者、楽師、美女、貴公子などが愛用しておった、というだけで好事家は値を釣り上げおる。複数の『迷宮』を踏破した『虫下し』の寵愛する女奴隷が付けていた首飾りというのも、もう何年かすればそれなりに価値が付こうて)
要は有名選手の使ったグローブとバットみたいな感じでファンがプレミア付けて買うって事なのか。まあ、そういうのが好きな人はホント金を掛けるらしいからな、野球ボールだって大量生産品なのに、ホームランボールとか、ウィニングボールになるとプレミア付くらしいし。
(おぬしが公にしておらぬ『勇者』や『尚武法師』の身分を明らかにすれば、それだけで額は跳ね上がろうし。例えばムルズ王女と神官長猊下の会談を手配した時に付けておったじゃとか、ヤスエイ討伐の際に使ったなどとなれば、安物のカフスボタンやナイフですら、どこぞの貴族家の家宝になりかねんぞ)
そこまでか、いや勇者とか高位の聖職者しかも、一国の歴史に関わる様な状況が重なれば、そんな事もあるのか。
「旦那、ずいぶんと羽振りがいいようですねえ、聴きやしたぜ、早速やってくださったようで。シルマ家の上の方は報せを聞いて大騒ぎらしいですぜ、どんな形であの薬の貸しを返すことになるのかってね」
はしゃいでいるハルの様子を少し離れてみてたら、いつの間にかペテン師が横に居やがった。
「ウサギって言うのは、ずいぶんと耳が良いんだな。あの一件は秘密にするように言ってたはずなんだが」
これはシルマ家の情報管理能力がヤバいのか、いやそんなはずないよな。
ハルとかの話だと交渉事や裏取引、脅迫なんかでのし上がってきた家のはずなんだから、秘密を簡単に漏らすようなヘマはないはずだよな。となると、テトビの情報収集力が高いって事か。
「へへ、どんなご立派なお屋敷、堅固なお城でやしても、虫が一匹も居ねえなんて事はありやせん。どこかには蟻の開けた巣穴や、シロアリに食われて脆くなった木材、ハエが集ってウジがわく汚物が有るもんでさ」
まあ、汚職のない組織、穴のない組織なんてないか。向こうでもいろいろ黒い噂はあったよな、~社の部長の裏金の相場とか、××関連の案件での談合はどこが取りまとめてるとか。いやあまり思い出したくない話だな……
「後は、適度な所に蜜やら砂糖、でなきゃ腐肉でもおいときゃ、虫の方からよって来るってもんでさあ。昆虫採集ってのは、餌を蒔く場所と時間、餌の種類を間違えなきゃ、なんかかんか捕まえられやすから」
昆虫採集って、そう言えばカブトムシを取るのとかでそういう罠を使うって聞いた事があるような。
「とはいえ、御屋敷で虫がわくのは、大抵は庭先なり台所、便所なんぞでやすから、そういった虫を調べても屋敷の奥の詳しい様子は判りにくいもんですが。今回は運よくきれいな蝶々が蜜に誘われて捕まえられやしてね。思ってた以上に詳しい話が聞けやした。まあ、あの御家も色々中で派閥があるらしいですから、これからも毎回詳しい話が取れるとは限らねですが」
なんかな、こういう話を聞くとテトビって優秀なんだなと思うよな。見た目や言動は、ほんとに三下って感じなのにさ。
「それででしてね、今回の探索で旦那がお困りだったって話を、あっしの依頼主が聞きやして、旦那の為にこういったものをご用意してくださったそうで」
そう言って、テトビが差し出してきたのは指輪が二つか。
魔法浸透の指輪LV56×2
付加効果 体内浸透 防具透過 回復魔法強化 局所集約 熟練度上昇
これは、回復魔法を補助するアイテムなのか。
「いやはや、いくら神殿の治療施設で使ってるものだって言いやしても、それなりに値の張るものを、予備を含めて二つも用意するなんざ、お金持ちは違いやすねえ」
今の話と効果を考えれば、回復魔法を補助するアイテムって事か、具体的にどう言うアイテムなんだろう。
(今、この者が言うたとおり、神殿の療養所などで使われる『魔道具』じゃの、神殿領にあるいくつかの『迷宮』で、時折取れる物での、神殿は年月をかけてそれなりの数を保有し重要拠点や危険度の高い地域の治療施設に配布しておるのじゃ。効果としては、ミーシアのように内臓損傷や深い場所の怪我を治せない者でも、それができるようになるという事じゃのう。体内浸透というのがその効果じゃ。本来はより高位の回復魔法を覚えるか、でなければ以前ミカミのやったように、腹を裂いて、直接内臓やその周囲を回復・浄化してから、斬り空けた穴を塞ぐ、手術のようなマネをせねばならぬが、これを使えば腹に手を当てた状態で中に魔法を通せるのじゃ)
ああ、ミカミのアレかアレはあの人の性癖もあって、治療というより拷問みたいな感じになってたよな。とはいえ、こっちでやるとなればトーウの毒で眠らせたり麻痺させてないと、痛みがひどいことになるだろうな。でも下手をすればその毒でとどめを刺しちゃいそうだから、これはありがたいのかも。
(また、回復魔法などは怪我と術者のあいだに物があれば、それが効果を弱めるため、防具や衣類を脱がして傷に直接触れて魔法をかけた方が効率がよいとされておるし、防具によっては魔法防御の効果により、回復魔法までもが妨害されてしまう事もある。じゃが『防具透過』があれば、脱がさずとも防具の上から回復する事が出来る。防具によっては脱がすのに手間と時間がかかり、それによって治療が遅れる場合や装備の上から魔法をかけ不十分な回復となる場合もある。じゃがこれがあればそう言った時間の無駄も防げるじゃろう。さらに『回復魔法強化』だけでなく『局所集約』もあるからのう。これは、放たれた魔法を一点に集約させることで効果を高める物じゃから、普通の回復魔法では塞げぬような重い傷を少しずつじゃが確実に塞いで行けるようになろうて)
へー、そういうのもあるのか、うちの子達ってあんまり回復をする機会がなかったから、知らなかった。ミーシアが回復魔法を使う時は大抵、俺は前の方で戦ってたりするし。
(本来、『聖者』の職があるお主には、こういった『魔道具』が無くとも、同じように防具の上から内臓も直せる、高位の回復魔法が使えるはずなのじゃが、なにせ『魔力回路』がのう)
どうせ俺は、攻撃魔法も回復魔法も覚えているだけで使えないし、物理攻撃は装備頼りの無力な勇者ですよ。
(まあ、そんなお主じゃから、これを用意したのじゃろうて、これならお主でも多少の怪我程度なら対応できるじゃろうし、熟練度を上げていけば、魔力回路に負担を掛けずにより効果の高い魔法が使えるようになるやもしれぬからのう。上手くすれば多少の病も直せるかもしれぬのう。病の中には、内臓に小さな傷が出来るというものもあるらしいからのう、そういった病は回復魔法が効きやすいのでな)
もしかして、二つって言うのは予備じゃなくて俺の為なのか、これで練習して回復魔法を使えるようにってことなのか。




