605 負傷者救護
「どんどん撃っちゃたら、めーだよね」
アラが弓を放つと、高速で放たれた矢が大型芋虫の頭部を吹き飛ばす。
アラの弓スキルは『四弦万矢』の影響で、破壊力が上がってるもんね。点の攻撃で貫通してしまうと、当たりどころ次第では仕留められないから、移動エネルギーを丸っと衝撃に代えて内部を破壊するって、コンセプトの攻撃だからな。
結果、鉄砲みたいな感じの、撃たれると中の肉がぐちゃぐちゃになってたり、反対側から破裂するみたいに飛び出す感じになって真ん中に当たればほぼ即死させてるんだよな。うん、見た目小学生高学年くらいの子がやっていい攻撃じゃないよな。
ただまあ、力の方向性自体をコントロールする『衝射』の方はともかく、簡易的な『鏃潰』だと、使うだけで矢じりが変形して潰れちゃうから。
壊れてもいい『次矢精製』で作れる分だけにして、次の矢が作られるまでの間に放つ通常の矢を『引き戻し』で再利用しようと考えると、『鏃潰』と『衝射』を使い分けなきゃダメだしな。でもアラの熟練度だと、簡単な『鏃潰』の方が威力あるんだよね。
「もう一度行きますわよ『高速重石弾』、『熱光線』」
ハルが両手を広げるように前に出し、それぞれの手から前方に放たれた魔法が魔物たちを蹂躙していく。
うんどっちもいい威力だな。
『高速重石弾』の方は、焼酎の4リットルボトルみたいなデカい金属塊が回転しながら高速で飛んでいくからな。掠っただけでも肉が回転に巻き込まれて抉られるし、直撃すれば弾丸より一回り位大きめの穴が縦に並んだ魔物に次々と空いていくもんな。
でも思ったほど音がしないな、こう大砲みたいに凄い音がしそうなものだけど、そう言えば、進路上の空気抵抗を減らしてるんだっけ。土系統だけじゃなく風系統の熟練度も上げられるって狙いでこの魔法にしたんだった。
それなら音が出ないのも当然か、もしかしてこれなら音速になっても衝撃波とかでないのかな。
それに、『熱光線』の方もシャレにならないな、ハルが『光魔法士』を取ったし、得意な火系統も絡むからちょうどいいかと思っただけなんだけど、属性の相性が良いのか威力があるな。
CDくらいの直径の丸い断面の光線が一瞬で棒状に走ったら、当たった魔物に一秒と掛からずに光線と同じサイズの穴が開いて、一瞬でその背後の魔物に同じように当たって穴が開いて、またその後ろの魔物にってのを繰り返してるし、そのうち最初の方に貫かれた魔物が勝手に煙を上げて徐々に燃え上がってるし。
たぶん高熱の光線の直撃にさらされて、その部分の温度が一気に上がって、短時間で溶解・蒸発してるんだろうし、その後は高熱の近くで熱せられて周りの肉が発火点になって自然発火したのかな。
まあ、とりあえず二人に任せておけば、此処は何とかなりそうだから、今のうちに魔物の死骸を回収しておこうかな。
アラやハルの魔法で、部屋に居る魔物も黒焦げだったり原型を残してなかったりするけど、それでも有効利用できる素材が取れるだろうし、放置してたら、それ目当てにさらに魔物が寄ってきそうだしね。
「リョ、リョー様」
ハルとアラが魔法で魔物を倒し続けている音を聞きながら、死骸を回収していると、ミーシアが慌てた声で呼びかけてくる。
この部屋の中だけじゃなく、入り口近くの魔物の死骸の山も回収できたけど、奥の方はまだ魔物が集まって来てて、俺の頭上を魔法や矢が飛んで行ってるんだよな。
まさか、ファンタジー世界で、匍匐前進する事になるとは思わなかったな。
と、そうじゃなかった、ミーシアが呼んでるんだから、何かあったのか確認しないと。
「どうした、ミーシア、トーウもか」
俺が這ったまま部屋に戻り、魔法を放っている二人の横を抜けて、部屋の真ん中に戻ると、寝かせられた負傷者たちの横でミーシアが回復魔法をかけ続けている。気が付けばトーウがサミューと位置を代わって、スキルで作った薬を荷物から取り出すふりをして使い、回復に参加している。
これはアレか、サミューの手当てじゃミーシアの補助にならないレベルの重症って事か、後方の警戒をトーウからサミューに変えて薄くしてでもやらなきゃならない状況って事か。
「け、怪我が治らないんです。他の人達は何とかなったんですけど、スル様とクレンド様の怪我が、見える傷は塞いで血は止められたんですけど、衰弱が酷くて、た、たぶん内臓が……」
ああ、そう言えば内臓を損傷してたりすると、強力な回復魔法じゃないと直しにくいんだっけ、後は胃腸の中身が漏れ出すと腹膜炎を起こしたりするんだったか。
その話は、確かミカミが説明してたんだよな、あの時は腹を切り裂いて中に直接浄化と回復をかけてたっけ。アレは、技術と知識のあるミカミだからできることで、俺達がマネしても上手くは行かないか、此処で下手に助けようと手を出して、治療の甲斐なく死なれてしまえば、俺達が余計な事をして死なせたって、シルマ家から責任を問われかねないか。
「く、が……」
傷は塞がったけど、痛みがあるのか、どことなくハルに似た面影をした魔法職が、青白く冷汗の浮かぶ顔をしかめる。
「臓腑もでございますが、背中の羽や指先などの部位欠損、変形・破損の大きなものは、わたくし達では元に戻せませんので。また、そちらの高齢の方はおそらく毒も受けられているかと。これ以上は、わたくしとミーシア様では……」
トーウが、途中で言葉を止めてるけど、これって……
(これ以上の治療を行うとなれば、サミューの『捕殺鞭』に付けた『創薬』の効果を使い、そこまで効果は高くない魔法薬を大量に作るか、さもなくばお主が持っておる『聖馬の不苦無痛丸』を使うという事になるじゃろうが、この娘達ではそれを判断できぬじゃろうからの。『癒しの短剣』もあるが、流石にここまで弱っていては、回復するより先に刺された痛みと出血で命を落とすかもしれぬし部位欠損までは直せぬからの、それにアレには浄化の効果はないゆえ、臓器損傷で胃腸から漏れ出した汚れを消す事は出来ぬしの)
ああ、確かに俺達なら十分助けられるのか、でもなんでトーウたちじゃ判断できないんだ。
「御主人様、どうか……」
離れたところでサミューが心配そうにこっちを見てるけど。
(忘れたのではあるまいな、『創薬』の効果は元々『勇者の武具』である『薬師の創薬刀』の効果だったのじゃぞ、普通に考えればどこぞ貴族の家宝でもおかしくない装備であり、ヤスエイのやっていた事を考えれば利用価値も非常に高い物じゃ。トーウのスキルも似たような物じゃが、効果の強さ、作れる量が大きく違うじゃろうし、あちらの方がスキルよりも誤魔化しにくいからの。『聖馬の不苦無痛丸』にしても、お主がムルズで大貴族を二家も追い込んだように、あの薬は効果が高いために、非常に希少価値が高く高額になっておる。どちらにしろお主が持っておるとなれば、奪おうとする無法者、あるいは譲るよう迫る貴族筋などがいるやもしれぬの)
そういう事か、使えば俺に不利益が発生する可能性がある選択肢だから、トーウたちの判断で勝手に使う事が出来ないって事か、たぶん俺達だけだったら問題なく使えたんだろうけど、第三者の目がある以上は。
「何か、手段がないのか、冒険者であろう、何か、何か、御嬢様とクレンド殿をお助けする物を持ち合わせては」
うーん、テンパってるな。まあ、自分の主筋が命の危機ってなれば、護衛としては慌てるか、死んでしまえば処罰されるだろうし、下手をすれば処刑という事もあるかもしれないから。
確か、前に『百狼割』に言われたのは、危険な場所で薬とかの用意が足りないのは、自業自得で人に頼るのは恥、それでも頼むなら相応の代償をみたいな話を聞かされたんだけど、あれは堅気じゃない傭兵界隈の話とか、あの集団独自の矜持についての話だったのかな。
とはいえ見捨てるのはありえないか、だけど……
「手はあるが、いいのか本当に」
相手はハルの親族なんだから、見捨てるなんてマネは出来ないんだけど、でも要はハルを売った家の連中だ、いやそれを言ってしまえばハルの覚悟を無駄にするのか。それでも素直に渡したくないと思ってしまうのは、俺の性格が悪いんだろうな。
「お嬢様を助ける事ができるのなら直ぐにでも……」
「支払いは、シルマ家持ちで良いんだろうな。うちの連中を見て勘違いしているかもしれんが、俺はシルマ家とは縁のない冒険者だ、それと回復手段はこちらの飯のタネだ、そちらの名誉にかけて他者への口外はしないでもらおう」
「く、足元を見おってからに、後でレイドの町にあるシルマ家の別宅に来るがいい金をくれてやる。秘密などと大げさなことを、いいおって在野の冒険者のつまらん秘密など、誰が話すものか」
「そうかそれなら」
『アイテムボックス』に手を入れて『馬のふん』を二つ取り出し、指の間に挟むようにして相手に見せる。
「ライワ家の秘薬だ、話通り後で代金を取りに行かせてもらうぞ」
実際のところ、金銭難だろうシルマ家からいくら取れるかなんて分かった物じゃないけど、此処で貸しを作ったってはっきりさせておけば、今後『迷宮攻略』のうえでシルマ家と何かあった時のカードになるかもしれないし。
「な、ラ、ライワの秘薬だと、そのような物がこんなところに有るはずが、謀っているのではあるまいな」
「本物だ、信じられなくても飲んで試してみれば、すぐにわかる事だ。どうせ後払いなんだ、偽物なら助からないから俺は金を取れない、本物なら命を拾うだけじゃなく、目に見えて結果が出る、それだけで真贋が付けられるだろう。どうせ、これ以外に助けるメドはないんだろ」
ミーシアの回復魔法やトーウの薬じゃ直せないような傷や毒も、これなら一発だから。死にかけてる二人は、負傷してもついさっきまで何とか逃げ続ける事が出来てたんだし、あれだけ出血しつづけるような傷でまだ動けてたんだから、重傷を負ってからそんなに時間は経ってないだろう。
あの勢いで出血してて、何時間もたってるなら、ここに来るより前に大量出血で意識を無くすか動けなくなる、もしくは命を落としてるだろうから。
(ラクナ、確か回復魔法や魔法薬で部位欠損が治せるのは半日以内だったよな)
それ以上かかると、切り落とされた部位を繋ぎなおす以外の方法じゃ、失われた部位が生えてくるまで、大変なんだったよな。
(そうじゃの、それ以上経ってしまうと、強力な薬を使ってもわずかな部位しか生えぬため、何度も繰り返し長い年月と多量の薬、頻回の回復魔法などを費やしてやっとという事になるの、いくらか裕福な地方貴族程度はもちろん貴族でも薬の供給に伝手があるならばともかく、無い物はよほどの影響力・財力がなくば難しかろうて)
「ライワの秘薬、それが本物なら……」
まだ時間の余裕がある以上、これを飲ませれば、ボロボロで原形をとどめてない、数か所で折れ曲がって指が一つしか残ってない腕も、片方が千切れて無くなっている翼も短時間で回復して元の形に戻るだろうから。
「どうする、飲ませるのか、飲ませないのか、他に方法はないし、早くしないと助からないだろ」
この場で問題なく使える回復手段があるミーシアとトーウで無理な以上あとはこの薬を取るしかない。どうしても払えないって言うのなら、貸し一つって事にすればいいからな。
「く、け、献上しろ、悪いようにはしない、シルマ家はこの地の名門だ、それを献上するのならば、エル様に取り計らってやろう。当家で雇い入れる事も、運が良ければ侯爵家へ仕官の推薦だって……」
献上しろって言いながら、こっちに武器を向けてるってのは、交渉じゃなくて実質脅迫じゃないのか。
これは流石にこれ以上の話は無理か、失敗したな。
どうする、此処ですぐに渡したら、俺が脅しに、シルマ家の名前に負けたって形になりかねない、そうなれば貸しを作るどころの話じゃなくなる。
だが、このままだと、本当に助けられなくなる。どうする……
ハルたちの方に視線を向けると、いつの間にか『銀狼のコート』のフードをかぶって、髪と顔を隠している。こんな状況なのに俺に方に何も言ってこないのか、いいのかハル、このままだと……
いや、バカなこと考えるな、俺が変な交渉をしようとしてやらかしたのを、ハルに責任を押し付けようと考えるなんて。
仕方ないか、脅せば何とでもなると、周りやシルマ家から舐められることになるだろうけど。直接敵対したわけじゃない、うちの子達と大した変わらない年の女の子、それもハルの関係者をこのまま見捨てる訳にはいかないよな。
前の、大規模討伐の時みたいに、負傷者や危険が多すぎてこっちも助ける余裕やリソースがない状況じゃないんだから。
(相手が悪かったのう、もう少し立場や見識のある者が相手であらば、現在の状況、事の是非、今後への影響などを考えて交渉できたであろうが、おそらくは本家の者とはいえそこまで序列の高くなさそうな娘の護衛程度では、目の前の状況しか見えぬ、近視眼的な判断しかできぬのじゃろうて。この薬の代金を払える約束をする判断力や権限もなく、かといって護衛対象を死なせる事も出来ぬと考えた結果じゃろうて。これが令嬢本人が相手であれば話は違ったかもしれぬが)
「よ、よさぬか、お前たち、迷宮で、それも本来であれば、シ、シルマ家が責任を負うべきこの『地虫窟』で、御家の名を貶めるがごときマネを、御嬢様の立場を考えぬか、慮外者めが」
ん、重傷だった男の方が目を覚ましたのか。
「ですが、クレンド殿、このままではスル様が」
「シルマ家がその名をもって、冒険者を権力で脅し、希少な薬を奪ったなどとなれば、御家の評判はどうなる。御家が信用を無くせば、今後誰がシルマ家の呼びかけに応え、エル様の為に戦おうとするというのか。場合によってはエル様の元に集まっている、傭兵や冒険者も、離れかねぬぞ。御家復興の大願のために必要な『地虫窟』攻略の芽を貴様らが潰すつもりか」
これは、効果が薄いなりに、トーウの薬が効いて来たのか。
「まして今のおぬし等では、いや万全の状態であったとしてもこのメンツでは、武器を向けても勝てる相手ではない。『百足殺し』いや『虫下し』殿ですな。当家の当主代理、エル様がお世話になりました」
「な、この者が……」
クレンドと呼ばれた重装壁役の言葉に他の連中が驚いてるな。そう言えば、この地域だと以前のアレコレで俺の評価が他よりも高いんだっけ。
「俺を知っているのか」
「もちろん、某は『鬼族の町』での討伐にも参加したので、その際に貴殿のお顔は拝見しております。ましてや貴殿は『鬼族の町』攻略で活躍されたばかりでなく、かの神官長猊下より名指しで依頼を受けるほどの方、それほどの相手であらば、覚えておくのは当然の事かと」
ああ、そう言えば、俺が追い出されるような形でこの侯爵領を出た後で、神官長さんがそれをネタにくぎを刺したんだっけ、冒険者を蔑ろにしてると神殿も見放すよって感じで。
「某程度でその秘薬の贖いとなるとは思えぬが、某の家族、妻子や孫もまとめて支払いに当てよう。ゆえにどうか、どうか御嬢様を、御嬢様をお助けくだされ」
頭を下げてくる、初老の相手に向かって、指に挟んでいた『馬のふん』を軽く放り投げる。危ない所だったな……
「な、これは、二つ、『虫下し殿』」
「お前さんも死にかけだろう。薬は売買でなく貸し一つって事にしておくとエル・シルマに伝えておけ。『鬼族の町』で共に戦った縁に免じて貸しにして置くとな」
この爺さんのおかげでホント助かったわ。でなかったら、流れ次第じゃ、あの魔法職たちを見捨てて、下手すりゃ残った連中と殺し合いになってたかもしれないんだし。
おっかしいな、リョー君がうまく話を纏める予定だったのに、気が付けばポカをしている。




