604 負傷者保護
「き、来ます。に、匂いは鉄じゃない金属の装備と、ま、魔物皮装備、あ、後、焦げた匂いと、ち、血の匂いも、あ、足音は、ご、五人分。あ、後は蟲が、い、いっぱい、た、たぶん今日戦ったのと同じ魔物だと、お、思います」
前方を睨んでいたミーシアの警告に合わせるように、俺の方もこちらに向かってくる冒険者連中を確認する。ミーシアは鎧にも感知系の効果があるけど、それ以上に職や種族に関連した索敵能力が上がってるのかな。
俺の『聖者の救世手』に付いてる『範囲内探知』も、結構広い範囲をカバーできるはずなのに、それよりも少し早く、冒険者たちの情報が分かったもんな。
うん、確かにミーシアの言う通り、金属鎧の盾前衛ぽいのが二人と、皮の防具の軽装の剣士みたいなのが二人、後は魔法職が一人か。
「リャー、あのお姉さんたち怪我してるよ」
暗くて俺だと『範囲内検知』がないと全く分からないんだけど、アラはもう見えてるのか、まあ狙撃は視力が重要だろうし、視力系のスキルもあるからな。
アラたちの言う通り、こっちに逃げてくる五人のうち四人、盾役の一人と軽装の二人、魔法士が怪我をしてて、血の跡を床に残しながら逃げてる。無事なのが一人だけって感じ的には魔物を誘っているんじゃなくて、敗走って感じだな。
特に盾役はかなり重症らしく両肩を仲間に支えられながら走ってるし、先頭で逃げてる魔法士も片腕が原型が分からないほどボロボロだし、背中の黒羽も片方が折れ曲がっててもう片方は途中で千切れてる、黒羽の魔法職って事はまさかこの女は……
「どちらにしろ負傷者が流す血の匂いで魔物が寄ってくる、倒し方は気にしないで、出来るだけ短時間でどんどん倒していくぞ。アラ、逃げてくる冒険者たちに当たらないように狙えるなら、弓を好きに打って魔物を足止めしてくれ。ハルは目視でしっかり狙えるようになるまでは待て、巻き込むとシャレにならない、安全にヤレるようになるまでは範囲の広い魔法は使うな」
ハルもアラも魔法の威力も範囲も大きいから、下手をすると、シルマ家の親戚、もしかするとハルの元姉妹を死なせたなんて事になりかねないもんな。
「分かった、やっちゃうね」
アラは簡単な事を言われたみたいにすぐに弓を取り出して、どんどん放っていく、アラの弓は『次矢生成』の効果があるし、普通の矢も十分用意があるし『引き戻しの指輪』で回収も行けるから、いくらでも撃てるな。
そのうえで『四弦万矢』から貰った弓スキルと『加剛』の効果があるから、体液がまき散らされる事さえ気にしなければ、ここら辺の魔物相手なら一撃必殺が狙えるよね。
「仕方ありませんわね、わたくしの目では、まだはっきりと見えませんもの、でも見えるようになりましたら、新魔法を試していきますわよ」
そう言えばハルに今回教えた魔法は、ピンポイントで狙うような魔法だったな。それだったらしっかり見えるようになれば逃げてくる相手を巻き込まずに済むか。
「いくよー、えい、えい」
両手に装備している『力の動籠手』があるし、レベルが上がってるから、子供のアラでも『加剛』の効果で強くなってる弓を簡単そうに引けてるな。
「ひっ」
「な、て、敵襲か、お嬢様、御下がりを」
アラが次々と放った矢が冒険者たちの顔のすぐ横や肩を組んでる連中の間を通り抜けて、その後ろにいる虫を一匹ずつ吹き飛ばしてるけど、ギリギリを通り過ぎて行ってるから、そりゃ怖いだろうな。
とは言えわざとビビらそうとしてる訳じゃなくて、冒険者にすぐにも襲い掛かりそうな危険度の高いのを何とか倒そうとしてるんだよね。
狭い道だし、逃げる相手に飛掛ろうとするなら、ほとんど真後ろにいる魔物が一番危険だから、どうしてもギリギリを狙う感じなるんだろうな。
「お嬢様ですって、この『迷宮』でそのように呼ばれる相手となりますと……」
と、アラの腕前に感心してる場合じゃなかった。
「うちの弓使いの腕なら誤射の恐れはない、このまま支援するからそのまままっすぐ走ってこい、下手に避けようと、予想外の動きをされると逆に当てかねない。背後から魔物にのしかかられたくなかったら、ともかく走れ」
この状況じゃ、流石に横取りなんて文句は言われないよな、あんな死にかけてるような状況でそんな事を言って来るなら、助けなくてもいいのかなって気もするし。万が一後でごねて来たときは、まあ、念のために対策を考えておこう。
「ミーシア、サミュー、負傷者が部屋に入ってきて、必要そうだったら前に出て負傷者を保護、魔物を防ぎながら後退、追って来るなら、斬り倒して構わない。逃げてくる連中が拒否しない限りはここまで連れて下がって来てくれ、下がった後で手当てが必要なら、ミーシアは魔物が俺たちの近くまで来ない限りはそっちに専念、サミューはミーシアの護衛と救護の手伝い。その時は俺が前に出て壁をやる、俺だけで無理そうならアラは剣に持ち替えて手伝ってくれ。ハルはアラと魔法で支援を冒険者を巻き込まない限りで好きに打て、トーウはそのまま後方警戒を続けてくれ、こんな状況で後ろからも魔物に来られたら、ハルたちが危ない」
とりあえず、逃げてくる連中を保護しながら、魔物の撃退って方針で行くしかないか。
「弓でこちらを撃ちながら、このまま、走れだなんて、盗賊やならず者の類ではないかしら」
片足を引きずりながら走っていた速度を緩めかけて呟く黒羽の魔法職に、仲間に支えられている初老の盾職が声を掛けて逃走を促す。
「ですがお嬢様、このままでは魔物の餌食になります、御家再興のためにも、どうかお命を第一に、例え辱めを受けようとも、耐えがたきを耐え、忍び難きを忍び、どうか兄上様の為にも、シルマ家の為にも、ここは忍耐を。いかんともしがたき恥辱に耐えきれぬとなれば、僭越ながらこのジイめが介錯仕り、御嬢様と御家の誉をお守りいたしましょうぞ。その際は家中の者共には、御嬢様は見事自裁なされ、純潔を守られたと報告いたしますゆえ」
なんか、状況が状況とはいえ、この物言いだと俺らの事を危険人物と思われてる感じだな。
てか言い方が、時代劇みたいな。アレだろ、助ける代わりに分かってるだろ、みたいな感じで、俺にエロい事の相手を迫られるとか思っちゃってるんだろ、アレなエロファンタジーみたいな感じで。
でもって、無理な要求されたら出来る範囲なら我慢して、どうしても出来ないことを要求されたら自殺してでも名誉と貞操を守るってか、ほんとにこの世界の倫理観って。
でもさ、シルマ家って事は……
「リャー、入って来るよ」
アラの言う通り、部屋の中に連中が入ってくる。
「ま、前に出ます、あ、あの人は……」
盾を前に構えて大剣を抜いたミーシアが、そのまま前進して、逃げてきた連中の横を駆け抜け、手近な魔物数匹を盾で押し返してから、大剣でぶった切る。何かに気づいたように、一瞬びくりと体が震えてたけど、その後はいつも通り大ぶりの攻撃で魔物を切り飛ばしていく。
「通しませんよ」
ミーシアの影に隠れるように続いたサミューも、両手に持った剣と長鞭をそれぞれ振るって、ミーシアの横を抜けようとしている魔物を倒していく。
「まあそうですわよね。まあどうでもいいですわ、アラ、右の方から回り込んでくる魔物を狙ってちょうだい、わたくしは左を倒しますわ」
「わかったハリュ」
負傷者たちの真後ろをミーシア達が防いでくれてるから、ギリギリを狙う必要はなくなったけど、魔物の方も、狭い通路を抜けて部屋の中に入った事で横に広がってくる。
それに合わせるように、ハルがアラに指示を出して左右の魔物を魔法で撃ち削っていく。
「そ、その羽は、シルマ家御家中の御味方か、御嬢様お気を確かに、御味方ですぞ助かりましたぞ」
最後尾で魔物を防いでいたもう一人の盾職の男が、ハルの方を見て俺達をシルマ家の仲間だと思ったのか、声を上げているのに合わせて、他の連中も少し活気づいてる。
薄暗いから黒い羽根があることくらいしか見えないのかもしれないな、顔が見えてハルだって分かってたらまた違う反応だったろうし、いや、デカい家らしいから、家臣とか分家の連中とかはハルの顔を知らない可能性もあるのかも。
「ミーシア、サミュー、そのままその連中を連れて下がって頂戴」
「俺が前に出て、魔物を押さえる」
やっぱり出るしかないか。
どんどん魔物が部屋に入って来てるもんな。あそこに負傷者がいると、殲滅狙いで範囲魔法を使えば確実に巻き込んじゃうからな。
かといってミーシアとサミューが、逃げる連中の手助けをしちゃうと魔物を抑えきれなくなりそうだけど、二人が防いでても、完全に抑えきれないだろうし、ここまで来るのがやっとだったポイ連中が俺たちの所まで付く前に追いつかれそうだし。
それなら俺が代わりに……
ミーシア達の頭上を『軽速』と『闘気術』を使って飛び越えながら、上空から下に向けて『風砂の指輪』と『水氷の指輪』で石弾や氷弾を放って、数体を仕留め、更に『斬鬼短剣』を抜いて、斬りかかっていく、倒し切る必要はない、ともかく魔物たちの前で動き回って注意をこっちに向ければ。
「ミーシアちゃん行きますよ」
「は、はい」
サミューが、黒羽の魔法職をお姫様抱っこのように抱き上げて走り出すと、ミーシアは残った三人の怪我人の内、重装の一人と軽装の一人を両肩に一人ずつ担いで、それを追いかける。
残った最後の軽装の負傷者は、無事だった壁役が肩を貸して運んでいる、これならあと数秒稼げば、安全な場所まで下がれる。
「ミーシアちゃん、そこに下してこの子の治療をお願い」
サミューはハルたちの背後に回ってから、抱えていた魔法士を地面に寝かせて指示をすると、ミーシアも肩の二人を地面に寝かせる。
「アラ、範囲魔法をお願い、わたくしは通路の方を狙いますわ。遠慮なく高威力を見せつけてごらんなさい。リョー、アラに合わせて退避してちょうだい」
「わーった、行くよリャー」
魔物を切り続けて、押し寄せる何体かを倒し、何体かに動けない程度のダメージを与え、その何倍もの魔物の攻撃をともかく避け続ける。
ヤバイ、物量で押し寄せられるのってこんなきついのか、こっちの攻撃で倒す量よりも、一体攻撃してる時間で寄ってくる魔物の方が多いし、こいつら考え無しで押し寄せて来るし、痛みや脅しでひるんだりが殆どしないから、牽制とかも出来ないし、仲間同士で間隔も空けてたりしないから、俺みたくセコク隙を突いてチマチマ戦うタイプにはやりにくい。
これなら、『斬鬼短剣』よりも、『鬼活長剣』に持ち替えて『闘気術』頼りでともかく振り回して当てていった方がまだましか、こいつらは芋虫みたいな感じだから柔いし。
「あと少しだけなら、まだ時間を稼げる」
防具がしっかりしてるから、のしかかられても、そこまでじゃないし、どうせ多少噛まれたり食い千切られても再生するし。ともかく一匹でも傷つけて攻撃を俺の方に向けて……
「いっくよー」
アラの合図に合わせて『軽速』を最大限に使い魔物の背中を蹴って上空へ飛び上がり、天井の突起を掴んでぶら下がる。
「せーの『雷炎波濤』」
アラを中心とする半円状に、三メートルを超える高さの火の波と雷の波が、交互に何度も部屋中に広がっていく。
うわあ、部屋の中にあふれ出してた魔物の大半が丸焦げになってやがる。
「わたくしも行きますわよ、見てなさい。『高速重石弾』、『熱光線』」
部屋の中が片付くのとほぼ同時に、ハルが『二連続発動』で二つの魔法を同時に放つ、アレはどちらも今回伝えた魔法だけど、両方とも直線的にまっすぐ進んでいく魔法だから、通路を埋め尽くして向かってくる群れにはちょうどいいのか。
「な、なんなのだあの魔法は、あのような魔法、シルマ本家の方々が使われていたか」
サミューに包帯を巻かれている、負傷者がハルたちの魔法を凝視してるな。ハルの親戚だと思う魔法職はもう起き上がる体力もないのか寝込んだまま、ミーシアの回復魔法を受けてるな。初老の盾職も朦朧としているのか座ってうつむいたままだ。
感想を言ってた最後尾にいた盾職は、見た感じ純粋な戦士っぽいけど、シルマ家に仕えてる連中なら魔法に詳しくてもおかしくないのか。
「リョー、まだ通路の先にはいるはずですわ。前に出て通路の入り口を押さえて、このまま火力で制圧しますわよ、アラ行きますわよ」
ハルの言う通り、通路の向こう側からは物音が続いてるし、『周辺察知』にもかなり反応がある。多分血や魔物の死体の匂いに集まって来てるんだろうな。
「俺が入り口前で控える、アラは弓で足止めを優先、矢の残量を気にしながら、できるなら呪文を用意、ハルは自分の判断でどんどん撃っていけ」
「わーった」
「仕方ありませんわね」




