600 重石
「本来でしたら、命懸けで、当主であられた御父様だけでも逃がすなり、自分が死んでも家宝である『黒羽の手帳』を持ち帰るべきでしたでしょうに。武家の郎党としては非常識な失態でしたわ」
「ハル様、そのような物言いはあまりにも、例え奴隷になり籍を抜かれたと申しましても、御自身の生家を、まして名誉の討死を遂げられた、お身内の方々に対してそのような物言いはあまりにも……」
同じ元令嬢として、気になったのかトーウが注意するような言葉を口にすると、その言葉の途中に被せるようにハルが口を開く。
「トーウ、貴女の御家とは違いますわ。御家と所領を守るために、民に施す糧を得るために、罪まで犯し命を捨てるような騎士達は、奴隷落ちした後でも貴方を主家の姫君として扱いしてくれてますし、同じ目的で自らの指を冒険者へ差し出すような事が出来る当主様も、貴方の事を心配くださっていますけれど。わたくしは、わたくしは実家から、実の兄から面と向かって恥辱と呼ばれ、命まで狙われてますのよ」
「それは……」
「そもそも、主の首なり遺骸なり遺品なりを、持ち帰るなどというのは武家に仕える郎党であれば当然の事ではありませんの。せめて『黒羽の手帳』が無事であれば、シルマ家は直ぐに持ち直していましたわ。それどころか、遺品漁りに入った冒険者の話では、逃げ出したと思しきシルマ家の者の死体がいくつも見つかったなどと、不名誉な話までありましたわ。彼らが臆病風にとらわれ、なすべき事をなさなかったばかりに、私やミーシアのようにシルマ家に属する子女や奴隷たちが売られる羽目になりましたのよ。『大規模討伐』の失敗で出た負債の削減と当座の資金を確保するなどという理由で」
「は、ハル様……」
「小さな分家など家長であった親が死に、後見が居なくなったせいで、出会った頃のアラのような幼女まで残らず売られた所もありますわ。私はシルマ本家の末娘でしたから、他の分家を納得させるために、唯一本家筋から売られましたけれど。商品価値があるとして、奴隷商で留め置かれリョーに売られる事にならなければ、今頃どうなっていたことか。他の売られた者達がいま生きているかすらわからないですわよ」
ハルが立ち上がり小刻みに翼を震わせながら言葉を続ける。
「誰もが売られる前から、新しい主人次第でどうなるか分からないと分かっていましたけれど、それでも皆が皆、御家のためならと、身を犠牲にする覚悟を決めて奴隷となりましたのに。それを恥辱と、家の汚点だと、私達を売った金で身分を保った者に言われた気持ちが貴女に分かりまして」
「ハルさん」
いつもよりも強い、普段とは違う声音でサミューがハルに呼びかけ、彼女の前に入れたてのお茶を置く。
「心身が疲れている時は、自分でも思っていなかった言葉が飛び出し、普段なら決してしないような行動を思わずしてしまう事もありますよ。お茶でも飲んで、少し気を休めてはどうですか」
「サミュー、そうね頂きますわ」
差し出されたお茶をゆっくりと一口飲んだハルが、深呼吸するように大きく息を吐きだし、崩れるようにまた座り込む。
「ごめんなさいねトーウ、この土地に来て神経質になっていたみたいで、取り乱してしまいましたわ、先ほどの暴言を許してもらえると嬉しいのですけれど」
「いえ、ハル様、こちらこそ、御心情を察せず、不躾な発言をお許しください」
「サミューにも、余計な手間をかけてしまいましたわね、お茶をありがとう、とても美味しいわ」
「いえ、身分のある御家の方々には、色々な事情がありますから、仕方がないかと。ただ、過去や今を嘆き続けるよりは、これから先の事を考えた方が、気持ち等が楽になりますよ。生き続けていれば、思わない形で、幸せな事や良い事が有ったりするものですよ。辛かったはずの過去や無くしたはずの過去も、思わぬ理由で、まったく違って感じるようになる事もありますし」
お茶を飲み干した、ハルのカップにサミューがお代わりを注ぎながら微笑みを浮かべる。
「サミュー、そうでしたわね、貴女は、貴女も…… いえ、何でもありませんわ」
彼女達を見ながら、俺は、何も言えなかった。
この世界では異邦人でしかない俺は、こちらの人達の事を、文化や常識を、騎士や貴族の考え方を当然のように感じられないし知らない、だから俺には彼女達の立場や状況も、思っていることも、本心から理解する事が出来ない。
何より俺は、金で彼女達を買ったんだから……
「リョー、わたくしの切り出す事ではないかもしれませんけれど、話を戻しますわ。貴方達はどうやって、あの化け物を倒しましたの。専用の用意をした精鋭数十名を含んだ、数百人の郎党や冒険者、傭兵を返り討ちにするような怪物を、たった二人で倒すなどという非常識なマネを、どのようにして行いましたの」
「え、あ、ハル、すまない、俺は……」
「ああ、その顔を見ますと、貴方がどんな非常識な事を言いたいのか、なんとなく分かりますけれど。奴隷の主なのですから、こんな事でいちいち奴隷に謝らないで頂戴。第一、先ほどの私の言葉で聞こえていたかもしれませんけれど、貴方は、冒険者をしている奴隷の主としては、まともな方、いいえアタリの方なのですわよ」
当たりって、俺がか。
「奴隷の身でありましても、こうして十分な装備が与えられて、真っ当な衣食を保証されて宿の客室にも泊れますし、無理をしない範囲でレベルを上げられて、使い潰される恐れがほとんどないばかりか、主が『勇者』様だっていうんですもの。これでしたら、夜な夜な性の捌け口の様な扱いを、性奴隷を兼ねる事になりましたって、十分におつりが……」
何か、ハルがとんでもない事を言い出さなかったか、いま……
「ち、違いますわよ、これは『勇者』の所有する奴隷という立場がどれほどの物かを、世間一般で奴隷達がどう考える物なのかを客観的に説明するための例えですわ。別に私が、そうなりたいですとか、そうなっても構わないと思っている訳ではありませんわよ。不埒で非常識な勘違いはしないで頂戴まし」
そ、そうだよな、そんな事したら、ほんとにシャレにならんというか、俺が俺の人格を疑う事になりそうだから。
そもそも俺には『禁欲』があるんだし。というかさっきとは違う感じで顔を赤くしたハルの羽がバタついてて、強風が、お茶の水面が荒れてカップから零れそうなんだけど。
「それでありましても、もしも、もしも貴方が、私達に何か引け目を感じているのでしたら、どこかで私やミーシアと一緒に売られた、シルマ家ゆかりの奴隷を見かけ、その者が不幸な目にあっているようでしたら。私に当てる分のお金を使って、そういった者達を買い戻すなり、ライワ家に紹介するなりして貰えないかしら。売られた時にはまだ未熟で、魔法もまともに使えない者達ばかりでしたけれど、それでもシルマの系譜に属する者でしたら、私ほどでなくとも才は有るはずですわ、鍛えれば一角の魔法職にはなるでしょうから。決して貴方の損にはなりませんわよ」
「そうか、わかった」
また奴隷を買うって言うのは、抵抗感があるけど、それでもその方が良いというのなら。
「もう、また話が逸れてしまいましたわ。それで、どうやって『青毒百足』を倒したのか、いい加減教えてくれないかしら」
「えっとね、リャーが、ザクッて切って、ぐいって入れて、ドカーンてやったの、でもリャーが痛いからあれはもうやっちゃめーなの」
アラが説明してくれるけど、擬音ばかりで判りにくいな、見た目は12歳くらいなんだから、もう少し大人っぽい話し方をしてもいい気がするんだけど、まあ可愛いから良いか。
「あれは運がよかったとしか言いようがないな。『切り割きの短剣』で殻を切って穴を開けて、そこに腕を突っ込んで、『雷炎の指輪』と『風砂の指輪』を使って、体の中から火と風で吹き飛ばした。反動で腕は再生するまでボロボロになったし、ちょっとでも何かがずれていれば、一撃でやられてたかもしれないな。あとはアラの範囲冷却の魔法は有効だったか、動きが少し遅くなって取りつきやすくなった」
よく考えてみればあの状況って、ムカデの中身も同じように丈夫だったら、大砲みたいな感じで、唯一の開口部だった俺の方に火と衝撃波が来ててもおかしくなかったんじゃ。
あれ、なんか、みんな引いてるような……
「まったく、貴方らしいとしか言いようのない、非常識な方法でしたわね。自爆同然の一か八かの方法では、失敗する可能性も高そうですから、やはり他の方法も必要そうですわね」
「御主人様、もう少し御自愛をしてください」
「そ、それは、あ、危ないと思い、ます」
「ね、リャーは、めーでしょ」
「旦那様、もしもその戦法を取られるのでありましたら、僭越ながらこのトーウが『魔道具』をお借りして、旦那様に代わり役割を務めたく、今回の『迷宮』ではそれほど御役には立てませんし、ミーシア様の回復魔法や私のスキルの練習にもなりますし」
いや、トーウにやらせるくらいなら自分でやるけど、俺には『超回復』があるんだし、それにもしもやってもらう事になっても『馬のふん』のストックが十分あるんだから、回復の練習台の為に大怪我を放置するようなマネはしないよ。
「とりあえずそんな非常識な手段には頼らずに済むようにしたいのですけれど。聞いた話では『青毒百足』のような大型の魔物がおりますと、他の魔物は寄ってこないそうですもの、魔法以外の体液が飛び散る様な攻撃も倒すまでの間でしたら使えるはずですわ。倒しましたらリョーの『アイテムボックス』に入れてすぐ移動して、サミューの鞘で返り血を洗い流せばいいんですし。であればミーシアの一撃にも期待したいところですけれど」
そう言えば、確かに『青毒百足』の時は倒して、血を浴びせられるまでは雑魚は出てこなかったな。ハルの言う通りミーシアだったら有効打を狙えるかも、剣も鉄球も、破城槌も破壊力が半端ないもんな。
「となるとアラは先日『剣狂老人』に教わった技がちょうどいいかもしれないな。『硬竜は甲を穿たれ心突かれ』と『竜群は身を圧され崩れ堕つ』だったか、一点に攻撃を集中させるのも、広い範囲で押しつぶすのも確かに、硬くで大きい相手には有効そうだが」
「おじいちゃんの技を練習して使えるように頑張るね」
「それも有効ですけれど、魔法もいくつか用意したいところですわね。冷却が動きを鈍くして有効だというのでしたら、アラにはもう少し冷却効果の高い魔法を覚えさせれば、より確実になるでしょうし。私も有効打になるような魔法が欲しいのですけれど」
有効打って、ハルなら今のストックでも十分……
いやダメか。
「今のハルの魔法だと当てにくいし、洞窟だと使えない恐れもあるのか」
「ええ、『溶岩密封』などは、素早く動き回る相手には避けられる恐れがありますし、しかも高熱を周囲に放ちますので、洞窟や屋内のような狭い場所ですと周りを巻き込みかねませんわ。今までも洞窟系の『迷宮』では、わたくしはあまり役に立てませんでしたし」
そう言えば『蠕虫洞穴』でもそんな感じの話をしたっけ。
「そうだな、ハルはどういった魔法が良いんだ。確か今の職は『光魔法士』と『風魔法士』だったよな」
「ええ苦手属性を上げるために、取った職ですけれど、今思うと少し早まった気がしますわね。とりあえず理想は、周囲に影響をあまり与えない、一点に威力を集中できるような貫通力の高い魔法かしら、爆発や炸裂、高熱など伴うものですと、私自身や貴方達を巻き込みかねませんもの」
「普通に考えるなら弾丸とか矢を飛ばすような形状の魔法だけど、火の属性はダメだな、風や水も威力を上げるために圧縮して飛ばすと、はじけて回りに飛び散るか。雷撃は熟練度が少し低めだし、となると土か氷の系統か」
「そうですわね、氷でしたら攻撃と同時に冷却も出来ますけれど、何処まで行っても氷は氷、強力な魔法になりましても当たった時の破壊力などはそこまで大きく上がらず、より冷たく温度を下げる力や凍り付かせる範囲や規模があがる方向へ威力が上がると聞きますけれど、流石にあの巨体では多少凍らせてもすぐに抜け出せそうですし、確実に傷を負わせるのでしたら土系統かしら」
氷で冷やしてダメージ与えながら動きを鈍らせるって言うのも悪くない気がするけど。
「だが、土にしても威力は、いやそうでもないのか」
確か土系統って……
「ええ、土や砂だけではなく石やより固い鉱物なども、それこそ鉄等も作れたはずですわ、なぜか金や銀などの貴金属やミスリルなどの魔法金属は魔力消費が激しすぎまして、まともにできないそうですし、鉄なども魔力や熟練度がよほどなければ、造り出しても短時間で消えてしまうそうですけれど。もしかしますと力を取り戻したリョーでしたら、いいえ今考える事ではありませんわね。それで何かいい魔法はないかしら、一点を破壊できるような高威力な魔法は、貴方の知識でしたら何か丁度良いのがあるんじゃないかしら」
「何かないか思い出すから少し待ってくれ」
魔法の知識か、『勇者』と一緒に『魔法士』の職を取った時に、大量に魔法系スキルと魔法の知識が頭に入って来たんだけど、量が多すぎて、強い土系統とかって、広い括りで考えちゃうとアホみたいに思い浮かぶから、もう少し絞り込まないと。
今回必要なのは純粋に力を一点に絞って、硬い外殻を破壊ないしは貫通するようなんだから、やっぱり感じ的には銃や大砲の弾とか矢みたいな形の魔法だよな。
そう言えば営業先のトークでそんな話をしたような。ああそうだ、どこかの銀行の重役だ。延々戦車の話を聞かされたんだよな。
その時に聞かされたのが、確か砲弾の威力は弾の重さと速さで決まるんだったか。硬さも必要だけど、それ以上に重さと速さ、特に速さが破壊力には重要だって言ってよな。
でもって硬いだけだと角度次第で弾けたりするから、二重構造とか複合構造にするなんてのも聞いた気がするけど、そこまで考えて複雑すぎる魔法だとハルが使えないかもしれないから、重い素材を速く飛ばす魔法で、ハルの魔法系ステータスや熟練度に合わせて丁度良さそうなのを探すか。
お、あった。うーん、『高速重石弾』か、重い石って言うけど、金属の弾みたいだし、単に魔力で弾を飛ばすだけじゃなく、風系統も組み合わせてるのか。
発射の時は圧縮した風で後押しして、更に『飛行妨害』みたいに前方の空気抵抗を消して、速度を上げてるのか。
(ああ、その魔法かのう、確か『重石』の系統は、過去に『勇者』とともに行動した『魔導師』が編み出したものじゃったのう。『勇者』が口を出して上手く行きおった珍しい魔法の一つじゃ。たいていの場合、おぬしら『勇者』が魔法に口出しをすると、使い勝手の悪い魔法や、役に立たぬ魔法が出来たりすることが多いのじゃがのう)
あれかな、マンガとかアニメの魔法を再現しようとして、とんでもない事になったとかって感じかな。それとも、向こうの科学知識をこっちの人に伝えて再現するってのが難しいのかも。
(それを作らせた『勇者』は儂とは別な『魔法石』が担当しておったが、向こうではタングステンとか言う金属らしいのう。正確には意味合いが違うらしいが、魔法名を付けていく際に解りやすく『重石』という系統名にしたらしいのう。あまり使われない言葉じゃと呪文としてとっさに言いにくいし、効果を想像しにくくなるからの)
ん、タングステンって、ガチの徹甲弾の材料じゃないかよ。例の銀行重役が言ってた素材だよな、いや劣化ウランじゃないだけマシというところか。
(まあ、魔法系統としては未完成だったらしくてのう、ハルも言っておったじゃろう。特殊な物ほど創り出しにくく、維持も難しいのじゃ。『重石』系統も、創り出した金属が短時間で霧散するため、打ち出し使い終わった矢玉などはともかく、防壁や敵を串刺しにした杭なども、すぐに無くなってしまうのでのう。使い方や使う魔法の種類や使う時機なども考えねばならぬ)
防御力は高いけれど隠れ続ける事の出来ない壁か、まあ、時間がないから、そういったのは後でどうするかでとりあえずはこの『高速重石弾』を使うか、もし余裕があるなら冷却系も一つハルに教えてもいいかも。




