599 一息中
「さてと、やっとひと心地付けますわね」
テトビの紹介した宿に着いて、借りた部屋の居間に入ったとたん、ハルがソファに体をもたげるように座り、そのままテーブルに前のめりに体を預けるる。
まあ、気持ちは判るかな、ずっとマコトさんたちと一緒で気を使ってたんだろうし、ほとんど移動だったり『迷宮』で狩りだったりだから、こうやって部屋でのんびりできるタイミングなんて殆どなかったもんな。
「旦那様、一通り部屋を確認いたしましたが、監視や盗聴の出来そうな隠し部屋や覗き穴、刺客の侵入出来るような裏口の類は見つかりませんでした。窓の類も外から狙撃できそうな建物がいくつかありますが、旦那様のお部屋の窓は侵入も狙撃も可能性は低いかと」
手早く、室内を全て見て回ったトーウが報告してくる。
王女様の警護中じゃないんだから必要ないって言ってるんだけど、俺が王都から帰ってきてからというもの、宿とかに泊まる度にこんなふうに警戒してるんだよね。
(仕方なかろうて、トーウのように護衛を生業としてきた一族で生まれ育った者が、例えお主の仕込みだったとはいえ、主を目の前で囚われ助ける事も出来なかったなどとなれば、思いつめるのも仕方なかろうて)
う、そういわれるとちょっと良心が痛むんだけど……
「し、侵入されそうな部屋は、わ、私が使って、け、警備します」
なんかミーシアもやる気になってるんだけど。
「アラもリャーを守ってあげるんだからね」
アラもかよ。
(まあ、トーウもそうじゃが、ミーシアにしろ、アラにしろ、おぬしに依存しておる所があるからのう。それぞれ理由や性質は違うじゃろうがの)
「御主人様、部屋の掃除状況やベットの状態も確認しましたが、問題ありませんでした」
トーウたちに合わせたのかサミューも、部屋の状況を確認してくれるけど、確かに宿によっちゃ、シーツが使いまわしたんじゃないかってくらいに汚れてたりする事があるもんな。
しかしトーウもサミューもよくこの短時間でこの部屋の事を調べたよな。この部屋、居間を中心に寝室が3室(主寝室が一つと使用人や護衛用の部屋が二つ)、更に専用の浴室と給湯室まであるなんて言う、贅沢なつくりだって言うのに。
テトビの奴、よくこんな部屋を手配できたよな。
まあ、あいつのおかげで男女別で寝れる部屋を取れたんだから、俺としてもありがたい話だけどさ。
そいうやアイツ、なんか他にも用事があるって出て行ったけど、確か後で来るんだったっけ。
多分また俺を使って儲けようとするつもりなんだろうけど、あいつの持ってくる話の場合、俺にも十分旨味が有ったりするから、ついつい毎回乗っちゃうんだよな。
いやいや、そうじゃなかった、今回の目的はあくまでもシルマ家というか、ガル・シルマが俺やハル達にちょっかいを出してこないように、当主の証である『黒羽の手帳』を確保するのが最優先目標なんだから、そこは忘れないようにしないと。
「リョー、こういう時は誉めてあげる物じゃないかしら、トーウもサミューも貴方のために働いたのですわよ」
テーブルに上半身を預けたままでハルが言って来るが、行儀悪いけどいいのかお嬢様よ。
まあ、それだけ疲れてるって事なのかもしれないけど。
うん、考えてみればマコトさん達と一緒に俺が合流する前から、『迷宮』でピンチだったんだし、みんながまともに休憩できたのって、カミヤさんの所で俺がムルズの話を聞いてたり、勇者の武具の加工をしてた数日ぐらいだったか。
「まあ、いいですわ、それよりもこれからの事を話し合いませんと、事前に準備する事や『迷宮』での行動方針などを決めないとダメでしょうし」
「いいのか、疲れてるんじゃないかハル」
今になって気が付いたけど、ハルは地元に帰るのに、お嬢様から奴隷に落ちぶれた状態のままだし、実家と対立どころか実の兄に命を狙われてるかもしれないって状況じゃ、ストレスが溜まっててもおかしくはないか。
「私が言い出した事で、此処に居るのですもの、休暇が欲しいだなんて贅沢は言ってられませんわ」
「すぐにお茶の用意をして来ますね」
「ハル様、せっかくですのでお聞きしますが、『地虫窟』というのはどのような『迷宮』なのでありましょうか、こうして改めて話し合いが必要という事は、一般的な『迷宮』の魔物とは違うのでありましょうか」
サミューが給湯室へと移動するのを見送りながら、トーウが聞いてくるけどまあ確かに特殊だったよな。
「私も、あの『迷宮』については、家での教育で聞かされた知識が大半でして、魔法の練習をかねて入り口付近に多少入った事しかありませんので、実経験はほとんど無いのですけれど、聞く分では特殊な魔物の居る場所らしいですわ。それもあって魔法系の家であるシルマ家にあの『迷宮』の管理を任されたらしいですけれど」
「わ、私は、シルマ家の方々を守る、か、壁役で、な、何回か入った事が、あり、ます。で、でも、攻撃しちゃダメって、た、盾で防ぐのと、押さえつける事しか……」
ああ、そっか、そう言えばあの『迷宮』はそうだったな。
「ミーシアちゃんが前衛に居て、防ぐだけだったんですか、確か御主人様とアラちゃんはその『迷宮』でフロアボスを倒したんでしたか。どんな感じだったんですか」
ポットと人数分のカップを持ってきたサミューが、お茶を入れながら俺の方に聞いてくる。
「ああ、ウジ虫とかムカデ、ミミズみたいな這い回る虫の魔物ばかりの『迷宮』だな」
「まあ、幼虫などは濃厚な味わいのものが多いですし、ムカデなども上等なカニやエビのようなぷりぷりとした食感が……」
「トーウさん、街で食用に使われている種類ならしかたないですけど、勝手に食べちゃダメですからね。ですけれど、虫系の多い迷宮という事でしたら、そこまで珍しくはないような気がしますけど」
俺の虫という単語に反応したトーウをたしなめながらサミューが続きを促して来るのにこたえる。
「他の『迷宮』より明かりが少なくて、照明になる魔法や松明なんかが必要だな。そのせいか魔物は視力よりも嗅覚に頼ってるらしくて、血や体液の匂いに敏感らしい。それもあって、魔物を倒したら、匂いに気づいた他の魔物が集まって来る前にすぐに移動するか、戦う時には魔法で丸ごと火で焼くとか、冷却や電撃なんかを使った血を流さない方法で、魔物を倒すのが基本らしい。倒した後も返り血が付かないように注意しないと、いつまでも魔物に追いかけまわされるらしいからな」
「あー、思い出した、あの時リャー、自分で手を切って大怪我して、魔物さんたちを引き付けたんだった。もうあんな事しちゃめーなんだからね」
そう言えばあの時は、『青毒百足』を横取りされた後で、魔物に囲まれて逃げ場がなかったから、どうせ『超回復』で生えるからって、片腕を切り落として、魔物がそれを食おうと奪い合ってる間に逃げたんだったっけ。
あの頃はまだアラも弱かったからな。
「そ、それはまさか、当家、いえラッテル子爵家の方々が、旦那様と敵対した時の事でありましょうか。まさかそのような事になっていましたとは。当時ラッテル家に属していたものとして、どうお詫び申し上げればいいのか。このトーウ、いかような罰でありましてもお受けする所存でございます、ですからどうか、ラッテル家には……」
そうだった、あれをやらかしたのはラッテル家の連中で、確かウサギの血を掛けられたせいで魔物が集まって来たんだったっけ。
待てよ、上手くすれば、俺達でも魔物を引き寄せる囮に使えるか。
「トーウ、その話はもうとっくに解決しているんだから、気にする必要はないって知ってるだろう。詫びはもう何度も受けてるんだから」
「今の御主人様のお話ですと、確かにミーシアちゃんは守りだけに専念するしかなさそうですね。いえ、魔法の使えるハルさんとアラちゃん、『魔道具』のある御主人様しか攻撃手段がなくなりそうですね」
重くなりかけてる空気を換えようと、サミューが話題を戻してくれたのか。
「そうだな、今回は魔法を主力において、ミーシアとサミューには防御、トーウには索敵に専念してもらう事になるか。ただそうなると魔力の消費に気を付けないとな」
「リョー、サミューの使っている剣でしたら、大丈夫ではないかしら」
あっそっか、サミューの使ってる『焼灼の利剣』なら、切ると同時に傷口を焼くから血は流れないのか。
「そうですね、この剣なら確かに大丈夫かもしれませんね。それに鞘の効果を使えば、多少血が流れても、水で洗い流して匂いをごまかせるかもしれませんし」
「ねえリャー、アラとミーシャが前に出てすんごく頑張って、やってくる魔物さんたちを全部やっつけちゃったら、良いんじゃないかな」
アラがとんでもないこと言って来るけど、まあ確かにミーシアとアラは殲滅力がすごいもんな。ハルの魔法もあるし、サミューもかなり強くなってるから、俺とトーウで敵をかく乱していけば……
「それもありかもしれないが、いちいち倒していれば、時間がかかりそうだし、疲労もあるだろうから、全滅させて戻って休んで、また全滅させるって感じになるかもしれないな」
稼ぎは凄い事になりそうだけど、『黒羽の手帳』の取り合いは、ある意味で競争みたいなものだから、攻略速度も必要か。
「もう一つ問題がありますわ」
「ん、ハルなんだ、問題って」
「あの『迷宮』は雑魚が多く押し寄せてくるだけではなく、『青毒百足』などの強力なフロアボスが徘徊していますのよ。確かリョーが一体倒したらしいですけれど、過去の記録では『地虫窟』で多くの犠牲が出た場合、『青毒百足』やそれに匹敵する魔物が複数体、『迷宮』内を徘徊するのが確認されていますわ。それも、『迷宮核』の蓄える霊気が多いほどより大型化するらしいですの。おそらく今回も、同じような状況になっていると思われますわ、リョー貴方、あの魔物を何体も安定して倒し続ける自信はありまして」
あの魔物って『青毒百足』か。
「貴方も御存じとは思いますけれど、あの魔物の外殻は非常に硬く、巨体もあって倒すのは困難ですし、何よりあの魔物は一か所に留まらずに『迷宮』の中を動き回ってますのよ。直前に準備する事も出来ず突然戦闘になるのでは危険度も変わりましてよ」
確かに硬いよな、いまだって現役で俺やうちの子達の装備なんかに使ってるけど、かなり強い魔物の攻撃とかも防いでくれたりしたもんな。
ボスモンスターに齧られても平気だったり、至近距離での爆発にも耐えたし、マイラスの魔法を食らっても無傷だったっけ。
それに突然エンカウントするって言うのも確かにやばいか、普通のボスやフロアボスみたいにどこかの部屋を守ってるって言うのなら、その直前でボス用の装備に変えたり、休憩や回復魔法でしっかり状況を整えて、こっちは万全の状況で仕掛けれるのに、今回の場合はいきなり奇襲される事もあり得るって事だもんな。
「わ、私も、シ、シルマ家で、あ、あの魔物だけは、会ったら、ぜ、全力で逃げるしかないって、ど、奴隷兵は、追いかけられたら足止めの、お、囮にされるって、言われてました」
扱いが酷いな、奴隷兵、でもそんなんじゃどうやってシルマ家は『地虫窟』を管理してきたんだ。『鎮静化』したって魔物が居なくなるわけじゃないから、安定させるには増えた魔物を倒す必要もあるんじゃ。
「では、シルマ家の皆様方はどのような形で、その魔物を屠っていたのでありましょうか」
トーウも同じように疑問に思ったのか、まあラッテル家も領内に『迷宮』があるんだから、その管理なんかについては教わってたのかな。
「『青毒百足』を始めとする、大型の虫魔獣を倒す手段は当主やその側近だけが知らされていたそうですわ。普段の狩りでは、大型魔獣を確認次第、直ちに撤退するのが定石でして、それを繰り返して魔物の徘徊する範囲や大きさ、種類などを特定したうえで、綿密な計画を立ててから、『大規模討伐』を行い、冒険者や傭兵に雑魚の露払いをさせ、当主が精鋭のみを率いて待ち伏せて一匹づつ確実に倒していく、というのがシルマ家での定石だと教わりましたわ。その話の後には毎回、大型魔獣退治での重要な役目を与えられるよう、研鑽を積み鍛錬を続けることこそが、シルマ家に生まれた子女の役割などと言われ続けてましたけれど」
なるほどね、万全の態勢で倒していってたって事か。
まあ、俺らじゃ同じ事をするのは難しいかな『黒羽の手帳』の入手は早い者勝ちになる以上、時間のかかる調査をする余裕もないし、ノウハウもないから。
「とはいえ、大型魔獣の討伐方法を知らされて、その待ち伏せに参加を許されていたものは、一人残らず前回の『大規模討伐』に参加いたしまして、お父様や伯父上様方、エル兄様より年長だったお兄様方やお姉さま方と一緒に、全滅してしまいましたもの。しかも、その手段が記されていたであろう『黒羽の手帳』も失われてしまいましたから」
ん、それって……
「歴代のシルマ家の先祖の方々が、いかにして『青毒百足』などの強敵を倒していたのか、それが、強力な魔法なのか、効果的なスキルなのか、有効な職なのか、それとも専用の『魔道具』なのか、リョーがやる様な相手をはめる戦術によるものなのか。何も分かりませんの、私だけではなく、おそらく今現在、生きてシルマ家に籍を有している誰もが、知らないはずですわ」
ちょっと待て、有効な攻略法じゃないと突破するのが難しい関門があるのに、その攻略法はその関門の先にあるし、それが手に入らないと破滅しかねないって事か。
これって、シルマ家はほとんど詰んでないか。
いつも誤字報告ありがとうございます。
数日前に活動報告も更新してますので、もしよければ……




