594 とある元勇者の事情 1
ここから3話ほど、夢のない話が続いたりします……
ご注意ください。
「さてと、もうちょっとで目的地に着くけどさ、リョー君の所の子達もその手前にある村で待っててもらえるかな、うちの子達もそこで待たせるし、ライフェル神殿の施設があって警護要員もいる村だから、安全とかは心配しなくても大丈夫だよ。これから会いに行くのは、ちょっと気難しい子なんであんまり大人数で行くとさ」
やっとか、ハルの話を聞いてから三日目だけど、これでマコトさんの用事も終わりだな。ここからなら十日くらいで『地虫窟』のある、ハルの実家近くまで行けるかな。
「確か、ここで最後でしたよね」
他の所は、『勇者の子孫』とか、マコトさんと取引のある商会や飲食店だったけど、最後の目的地は、『元勇者』本人の所だったっけ。カミヤさんや他の『元勇者』の所には、マコトさんの部下が別で届けに行っちゃったらしいから、まあ生ものなんて鮮度が重要なんだから、一斉に送った方が効率的だよね。
「そうだね、あの子への届け物が終わったら、ボクはしばらくの間はうちの子達に頼まれてる用事を片付けて回らないといけないから、そこでお別れだね」
そっか、マコトさんのパーティーメンバーって、あの人と愛人契約を結ぶ代わりに、『勇者』の力で何か困りごとを解決してもらったり、『成長補正』の恩恵を受けたり、金を稼いでもらったりしてるんだっけ。
「さて、それじゃあ行こうか」
『元勇者』か、どんな人なんだろ、今まで実際に会ったり、話を聞いたりしてきたのがアレな、いや個性的な面々やヤスエイみたいなガチの犯罪者だったから、まともな人だったらいいな。
「さあ、着いたよ」
途中の村でみんなを待たせてから、マコトさんと二人でそれぞれ荷物を載せた馬に乗って一時間くらい進んでから、マコトさんが前方を指さすけど、あれは小規模だけど神殿じゃないかな。
うん建物の作りの特徴とか、所々にある飾りの形なんかが、今まで見てきたライフェル教の施設と共通してるから、たぶん間違いないよな。でもさ、神殿の手前の村にもライフェル教の戦力と防御施設みたいな建物を置いてるとか、これは厳重に警戒してるって事なのかな。
「あそこが、元勇者のナマヤス君が、保護されてるというか養われて生活している修道院だよ」
神殿で生活してる、じゃなくて保護に養うって、その言い方だとあの神殿を下宿とか拠点代わりに使って活動してるというより、あそこに閉じこもってるように聞こえるんだけど。
「保護とか養うという言い方は、なんかアレじゃないですか。それじゃあまるで力を無くしたとか、何かの病気で寝たきりになったとか、自力で稼げなくなったみたいに聞こえますよ」
そんな訳ないよな、『禁欲』に失敗した時の俺じゃあるまいし、『勇者』の力があれば、その気になればいくらでも『迷宮』で稼げるんだから。
「稼げなくなったというか、稼ぐ気力が無くなったって感じかな。それでナマヤス君はあそこに引き籠っちゃっててね。だからステミちゃんの指示で、食事やら生活のアレコレ一切を、あそこに詰めてる尼僧や女神官達が面倒を見て、女騎士が警備してるって訳さ」
そんな事までするのか、ライフェル神殿の『勇者』に対するアフターフォローって感じなのかな。
考えてみればカミヤさんみたいに社会的に成功できるとは限らないというか、前に聞いた話だと失敗する方が多いみたいだから、こういうのも必要なのかのしれないな。
年取った後も冒険者として活動して生活するなんてのはきついだろうし、それまでに生活基盤を作れてないと神殿のお世話になるしかないのかも。
「まあ、神殿としては、ごく稀にナマヤス君がヤル気になった時に備えてるってのが本音なんだろうけど」
やる気か、まあずっと閉じこもってたら、気が滅入るだろうから、たまには外で運動がてらに戦いたくなるのかな。そのタイミングで戦ってほしい『迷宮』を伝えたり、それに同行して『成長補正』でレベル上げするための要員って事なんだろうか。
いや、違うな、マコトさんが指でやってるアレなジェスチャーは、日本のテレビとかならモザイクが入りそうなヤツじゃ……
「神殿としては、貴重な『勇者』のタネを逃す手はないからね。あそこに居れば三大欲求に関してだけは、いや生理的欲求だけじゃなく安全の欲求までは、困る事はないかな。それ以上の社会的欲求とか承認の欲求とかになると、引き籠ってるうちは難しいだろうけど。あれ、そうでもないのかな、あそこに居れば尼僧や女神官達が、勇者様、勇者様って持ち上げて上げ膳据え膳だろうから、あっちの意味でも『据え膳』だしさ、いやそれだけじゃナマヤス君の場合は満たされたりはしないかな」
やっぱりそっちのヤルか、三大欲求、生理的欲求って事は食事、睡眠、異性には不自由しないと、怠惰で退廃的なハーレムって感じなのかな。ある意味で男の夢なのかも……
「あえて言うなら、不健全で本能的な最大限の性活ってところかな」
うわあ、なんかもう、アレな……
俺もこのまま魔法が使えるようにならずに、諦めたらこういう事になるのかも。
待てよ、食う・寝る・ヤルだけで他の事はみんな、お金持ちで権力のある神殿がやってくれるし、美人のウェルカムな集団に囲まれてるとか、ある意味で最高のくっちゃね生活なんじゃ。
「まあ、あれが出来るのは、タネを蒔けたり、種を宿せたりする、神殿にとって繁殖を期待できる子だけだからさ、異性が相手だとふにょったままの僕なんかは、自力で生きていくしかないだろうね」
なんか、ほんとライフェル教ってその分野に関してはあからさまだよな。てことは、もしかして枯れたりしちゃったら……
「さ、それじゃあ行こうか、あまり待たせてもアレだしさ、せっかくの食材が痛んじゃ困るだろ」
「え、いいんですか、あそこ女子修道院でしょ、男子禁制じゃないんですか、俺が入っちゃマズいんじゃ」
いや、本来はナマヤスっていう人のハーレムなんだろうけど、それならなおさらマズいんじゃないか。大奥とか後宮みたいなものって事だから、マコトさんはその恐れはないだろうけど、俺は異性愛者の男なんだし。
「大丈夫だよ、キミも僕も『勇者』だからね。あそこにいる女の子達にとっては、『勇者の子供』を産んで、神殿のために尽くす『勇者の子孫』を育むってのが目的であって、その父親が『勇者』なら誰でもいいんだよ。ナマヤス君だろうとカミヤ君だろうと、リョー君だろうとね。彼女達の信仰上では何も問題はないんだよ」
うわあ、あからさまなというか、そこまで行くともうカルトみたいな感じになってくるなライフェル教は。
「あそこには、ナマヤス君がたまにしかその気にならないせいで、まだ手を出されてなくてヤキモキしてる子が大半だから、『男性勇者』様は色んな意味で大歓迎なのさ。とはいえリョー君の事情はあそこにも知らされてるだろうから、心配しなくても、おかしなレベルのアプローチはないと思うよ」
それはそれで安心なような不安なような。
「それに、ナマヤス君自身はあそこに居る子の誰をいつ抱いたかとか、その後でどうなったとか、ほとんど気にしてないし覚える気もないだろうから、そもそも抱いた子の顔と名前が一致してるかも怪しいからね。まあ、NTRれたってナマヤス君が知っちゃうと面倒なことになりそうだから、お持ち帰りするならバレないようにするのと、今の話を彼の前でしちゃだめだよ」
一緒に生活してて、肉体関係もあるのに、顔と名前が一致してなくて居なくなっても気にしないって、どういう事だよ。なのに執着はあるの、おかしくないか。
「さ、こっちこっち」
話をしている間に、女性の聖騎士と僧兵が守る門を抜けて、宗教関係者とは思えない、いかにもな格好をした女性たちの居る廊下を進んでいく。
「とりあえずパパっと何品か作っちゃうから待ってて」
まるで自分の家のように平然と台所に入っていったマコトさんが、『アイテムボックス』から次々と魚介を出していく。
「よしよし、事前に連絡しておいた通りご飯は炊いてあるね、これなら酢飯は直ぐ作れるし、薬味なんかもあるし、あんまりナマヤス君を待たせても悪いから、揚げ物とかは次にして、まずは海鮮丼とかお刺身、ちらし寿しにしようかな」
手早く生の魚を切り身にしたり生の貝やエビを剥いていくけど、ん、あれ、なんかおかしくないか。
「マコトさん、その食材は冷凍してないやつですよね、今朝解凍するって言って『冷凍用アイテムボックス』から移し替えてたのとは別ですから。確かその『アイテムボックス』にも冷蔵機能はあったと聞きましたけど、この世界で生食はマズいんじゃなかったでしたっけ」
向こうでだって寄生虫とかは加熱か冷凍をしないと死なないし、加熱してない食材で食中毒になったら、この世界の医療技術じゃ命に係わるって、言ってましたよね。捕ったその日に鮨にして食べた時だって、湯通ししたり焼いたりして加熱してましたよね。冷蔵してたからって数日たったのを生でってヤバくないですか。
「まあ、確かに命に係わる事もあるからね。とはいえナマヤス君は食べ物も生が好きだし、何よりそこら辺の事を気にしないというか、自暴自棄になってるというかね」
ん、どういう事だ。
「ここだよ、ナマヤス君はこの部屋からほとんど出ないからさ」
作り終えたばかりの料理を乗せたお盆を持ってマコトさんの後に付いて行くけど、ほんとあの人、ここが自分の家みたいに動き回るな。てか、その部屋に居るってのは判ったけど……
「ちょっと待ってください、引きこもってる部屋にそんな簡単に入ってもいいんですか」
なんか、日本でなら色々トラブルになりそうな気がするんですけど。というか『元勇者』のステータスを持った相手でそんな事になると、俺はシャレにならないんですけど。
「大丈夫大丈夫、彼も日本人相手なら、そこまで拒否感はないから。いきなり逃げ出したり物投げたりはしてこないよ」
その言い方だと、この世界の人間に対してはって事なのか。
「さあ、入った入った」
あっさりと、マコトさんがドアを開けて、中に入るとイメージとは違い大きな窓のある広く明るい部屋、いや温室の中で、痩せ気味の男性が観葉植物の手入れをしている。
「やっほー、ナマヤス君、お届け物に来たよ、とりあえずお昼の用意をしたけど、夕ご飯も楽しみにしててね」
「ああ、マコトさんお久しぶりです。そちらの方は……」
剪定してたバラに向けていた顔を上げ、こちらを向いたナマヤスさんが俺の方を不思議そうに見てくる。
「彼かい、この子はリョー君って言ってね、今の現役勇者で…… ちょっちょっとナマヤス君」
「現役、勇者、日本から、東京から来たばかりの、東京に帰れる資格のあ、る……」
急に表情が消え呆けたような顔をしたナマヤスさんが、ゆっくりと震える手を向けながらこっちに歩いてくる。なんだ、まるでゾンビ映画みたいな……
「お、お願いだ、僕と代わってくれないか、ハーレムでも『魔道具』でも『武具』でもこの世界で手に入れた物なら全部あげるから、代わりに君の、日本に戻る権利を、僕に、僕にくれないか、もう嫌なんだ、帰りたいんだ、日本に、僕の家に、こんな世界に残るなんて選ぶんじゃなかった、家族に、母さんに会いたいんだ、こんな、誰も信じられない家族の居ない世界になんて、もう、もう居たくない」
俺の両肩を、ナマヤスさんが掴んでくるけど、震えててほとんど力がこもってない。
「ナマヤス君、無理を言っちゃだめだよ。一度引退しちゃったらもう帰れないっていうのは判ってるだろう。『勇者召喚』は呼び出された本人が死にかけて召喚された瞬間を、本人と紐づけて召喚魔方陣に記録するけど、『勇者』が引退して新しく次の『勇者』が召喚されたら、記録は上書きされて前の『勇者』の分の記録は消えちゃうって、キミも引退の時に確認されて、書類にサインもしたただろ」
え、何それ、引退時に残るかどうかが最初で最後の選択みたいなのは聞いた事があるけど、サインまでするの。
「あ、ああ、そう、そうでしたね。ご、ごめんなさい、思わず……」
なんだったんだ一体。




