593 黒羽の家
「家督の証って、一体……」
「そのままの話ですわ、当主もしくは次期当主だけが所有を許される品でしてよ。一族の者は『黒羽の手帳』の所有者に逆らうことは許されず。もしも何かの事故で失われたのならば、それを持ちかえった者がその功績をもって次の当主となる事が出来ますわ。もちろんそれがその者の仕組んだ行為、例えば正当な所有者から盗む、奪うなどでない場合に限りますし、当主が殺され敵に奪われた時には、仇を取って取り返すというのも必要になる場合がありますけれど」
それは、確かに今の状況というか、俺と出会う前のハルやシルマ家の話と合致するよな。
確か、前当主、ハルの父親が『地虫窟』での『大規模討伐』に失敗して全滅したせいで、討伐のために費やした資金が回収できずにシルマ家は没落したんだよな。
それでハルやミーシアは売られたんだけど、そう考えると前当主の持っていたんだろう『黒羽の手帳』は『地虫窟』の奥に落ちてるはずって事か。
しかし、手帳なんかが何で当主の証になるんだろ、イメージ的には剣とか冠とかのほうがそれっぽい気がするけど、そう言えば昔のゲームで国璽になるハンコが王位の証になるってのがあったな。
「『黒羽の手帳』っていうのはそんなに貴重な物なのか」
「ええ、シルマ家の全てと言っても過言ではありませんわね」
そこまでの物なのかよ。
「あの手帳は、シルマ家開祖が複数の『魔道具』を組み合わせて作りだした特殊な『魔道具』でして、ページ数は無限にあり、表紙に付けられた羽は専用のペンでして、インクが切れないのはもちろんの事ですけれど、所有者の望むままに自動で動き、脳裏に思い描いた考えの全てを一瞬で書き記す事も、参加した会合で数百人が丸一日交わした議論を一言一句漏らさずに記録する事も、目にした図面や書物を書き写すことも、所有者の見た光景を描くことも、指示をすればすべて自動で書ききりますわ」
それは凄いな、ワープロに、コピーに、写真にって、しかも音声をそのまま文章に出来るとか、会議録付けるのに便利だろうな。
「さらには、使用者が読みたいことを思い浮かべながら、手帳を開けばその事が書かれたページが自然と開かれ、その後のページもそのことに関して記されたページに、それも読みやすい順番に置き換わりますし、開祖の血を引くものしか使う事は出来ませんわ」
自動検索機能みたいなものまであるのかよ。しかもセキュリティ機能も付いてると。
「この『魔道具』を作った開祖は、自らの魔法研究の数々を記し、子孫が代々それを受け継ぎ発展させることを望んだそうですわ。それからの数代は、それぞれの当主や近親者が研究した様々な内容、各地で収集した魔法の呪文や効果、各種儀式、薬草の種類や魔法薬の調合法、魔法系スキルの取得条件などを記していたそうですわ」
それってかなりスゴイ内容なんじゃないのか、この世界で個人オリジナルだったり一部でしか教わらない希少なスキルとかって、威力にもよるだろうけど、かなり価値があるんだよな。『剣狂老人』とか『四弦万矢』のスキルをアラが習ったって話で、テトビが警告してくるくらいだし。それがオリジナル魔法だって同じじゃないんだろうか。
確かに、その知識を独占して誰に教えるかを自由に選べるのなら、一族内での権威の源泉になるのかも。
「けれど、そのうちそれ以外の記録もするようになりましたの」
それ以外って、ある意味研究所のデータベースみたいなものだろうに。いや、まてよ……
「魔法師としての功績で侯爵家の家臣として、家格を上げていく際に知りえた、他の家臣の家の醜聞、冒険者や傭兵として活動する分家筋の集めた各地の噂や醜聞、侯爵家重臣となり王宮や他貴族家との交渉を担当するようになってからは、対外交渉の過程で知りえた他の貴族家や王宮の官吏の弱み、交渉の詳細を記した覚書や、裏取引の同意書、送った賄賂の内容など。ほかにも冒険者や武芸者に対しての貸し借りや、シルマ家としての契約書、諸流派、傭兵団、武家への支援額などが記されるようになりましたわ」
それは、大国の某捜査機関初代長官の秘密ファイルみたいなものか。でも、今の話し方だと何代もかけて集めた情報だよな、そんな古いネタに意味があったりするのかな。
(問題ないじゃろう、というよりも有効じゃろうの、貴族の功罪は個人単位よりも家単位で考えられる事が多いからの。先祖の罪が明らかになる事で、その家を継いだ現当主が罰せられることもある。とはいえよほどでなくば処刑や追放などはなく、降爵や削封、罰金、取り潰しなどじゃがの。罪を犯した当時に罰せられていれば失っていたはずの財や地位を改めて没収するという形じゃのう)
先祖の罪を子孫が償うってのは、なんか理不尽な気もするけど、相続と思えばおかしくないのか、日本だって土地や預金なんかの資産を相続すれば借金や負債も一緒に相続する事になるんだし。
(武芸者などにしても、流派や家門の先達や師のうけた恩や仇、貸し借りを返さずにそのままにすることは、一門の名誉や信用、あるいは周りからの評価に関わり最悪侮られる事にもつながるからのう。例えば以前に仇討騒動のあったピリム・カテンやその子孫は、助太刀を買って出た『四弦万矢』やその子孫に何かあると知れば、助けに行くのが当然の事となる。お主に対しては『大規模討伐』などで借りを返し終えておるから、あれ以上は無いじゃろうが)
うーん、封建的というか家父制というか、こういう中世っぽい感覚は慣れないな。
(とはいえ、世代を重ねれば、その恩義への報いを受ける資格を有する正当な子孫かどうかなどの証明が難しい場合や、あるいは受けた恩の事を子孫に伝えられていない場合などがある故、特定の符帳を伝えたり、何かの証の品を預けることで、それを示したものに対しては便宜を図るという形式をとることも多い、おそらくはそれらの符帳や、証となる品の隠し場所などを記しておるのじゃろうの)
なるほど、いざとなった時に助っ人を頼めるのは、『黒羽の手帳』を読める人物だけになるってことか、いや貴族を脅せる弱みも握ってるなら、それは権力に繋がるよな。
「それ以外にも、侯爵家の筆頭家臣に上り詰め『地虫窟』の管理権を与えられてからは、定期的に行われる『大規模討伐』で得た膨大な戦利品とその一部を売却して得た多額の金貨を、各地に隠しましたり、様々な商会に貸して運用させたりしていたそうですけれど、それらの隠し場所や貸している商会やお金を引き出すための証文なども全て『黒羽の手帳』に記されているようですわ」
それはまた、今度はどこぞの組織の指導者とかかな、たまに聞くよね政治団体とか秘密組織とかで、トップだけが隠し口座の口座番号と暗証番号を知ってるせいで、その人が居なくなると団体の金が使えなくなっちゃうから、誰も下克上してトップを排除しようとできないってやつ。
そうかなると、一族の知識技術、コネクション、資産を一手に握ってるってなるとそりゃ手帳の持ち主には逆らえないよな。
いや、でもそれって拙くないか。
「ハル、もしかしてだが、シルマ家が没落してハルやミーシアたちが売られることになったのは、『大規模討伐』に失敗したことだけが理由じゃなく……」
「ええ、『黒羽の手帳』の行方が知れなくなったせいもありますわ。本来であれば一度や二度『大規模討伐』に失敗したところで、後払いになっていた各種物資等の請求など問題なく払えるはずでしたし、すぐに再攻略のための戦力の手配も出来るはずでしたわ。それだけの資産と各貴族家や騎士家、武術流派などへの伝手がありましたもの。ですけれど『黒羽の手帳』が失われたことで、多くの資産の在処が不明となりましたせいで、屋敷に残っていた支払いで資金が枯渇いたしましたの」
まあ、そうなるよね。
債券や証券が無くなったら、シルマ家が債権者だって証明が出来なくなるだろうから、借りてる債務者側はしらばっくれるよな。
それに貴族とかにしても……
「弱みを握られていた貴族などは、これ幸いとシルマ家を見放し、逆にシルマ家に対して圧力を加えて利権を奪おうと致しましたり、中には改竄あるいは偽造されたと思わしき証文を用意して、シルマ家に対して支払いを求めてくる家までありましたわ」
そうなるよな、脅されてた相手の手元から証拠がなくなれば、やり返そうとしたり、万が一また証拠が出てきたときに備えて今のうちに潰そうとしたりするよね。
改竄された証文にしてもさ、本来ならそういう契約書とかはお互いに同じ文面のものを持つはずだけど、それも『黒羽の手帳』にまとめて記載してたんだろうから、偽物だって証明が出来なかったんだろうな。
「『黒羽の手帳』が何なのかは分かった、それでハルはなんでそれを手に入れたいんだ」
いや待てよ、それがあれば、というか失われた家宝を持ち帰ったとなれば、その功績でハルは晴れてシルマ家に帰れるんじゃないだろうか。
そうなると寂しいけど、ハルにしろサミューにしろ、ミーシアにしろ本人の意思に反して奴隷になって、金で俺に買われたわけなんだし、自由になれるのなら仕方ないよな。
『鬼族の町』での収益でシルマ家の金銭的な問題がある程度解決してるからまた売られる恐れは少ないだろうし、『黒羽の手帳』を手に入れてその中のネタを使えるようになれば、一度奴隷落ちしたって事も何とかなるんじゃないだろうか。
それに、アラも成長してるし、トーウはたぶん当分はうちのパーティーを出て行こうとはしないだろうし、サミューもあの感じだから。ハルとミーシアが帰ってしまっても、何とかなる、はずだよな。
「今のままでは、ガル兄様、いえガル・シルマが『黒羽の手帳』を狙っているからですわ」
ガル、あいつか、サミューたちに聞いた話だと、ヤスエイに雇われて盗賊まがいの焦土戦に参加してたらしいし、その前にはマイラス達とユニコーン狩りにも参加してたな。確かにアイツもシルマ家の一員なんだから、『黒羽の手帳』を手に入れれば当主になれるのか。
「ガル・シルマの性格を考えれば、あの方が当主になればシルマ家の権威を守るため、前当主の娘でありながら奴隷落ちした、一族の汚点である私を排除しに来るでしょうから、それを防ぐためにも、私たちが先に手に入れるのですわ」
ああ、前に会った時のガルの言動を考えればありえそうだな。貴族や騎士じゃなければ人じゃない品にしてもいいみたいな感じだったもんな。とはいえ、あいつ程度に狙われてもって気がしちゃうな……
今までだって元勇者とか貴族に狙われて襲撃されたりしてたし……
「魔法師の家系とはいえシルマ家自体だけではそれほど脅威ではないでしょうけれど、油断すれば万が一という事がありますわ。そうでなくとも『黒羽の手帳』を有するシルマ家当主の影響力があれば、他の貴族家や場合によっては小国なども協力させてくるかもしれませんもの。貴方と神殿の関係は公にされてはいませんし、ライワ伯爵家の影響力の小さい国や地域もありますもの」
そう言われると、確かに面倒なことになりそうだな。マコトさんの用事が終わったら、ハルの要望通り『地虫窟』に行った方がよさそうだな。
でもそうなったら、ハルとはきっと……




